ロックグラスの中の惑星

 星が欠けることをキミは期待しているようだけれど、たとえば地球とおんなじ球体の星が欠けるとして丸い形のものがどうやって欠けるのかと訊ねたら、キミは真顔で、
「左斜め上が削れる」
と云った。
 けれども、けれどもね、キミ。
 たとえば地球とおんなじ球体の星の左斜め上が削れたところで星は自転するのだから、左斜め上ではなく右斜め上が削れているように見えることも、ただ大きな穴ぼこだけが開いているように見えることも、まったくもって変わりなく球体に見えることも、あるんだよ。
 そんなことよりも、キミ、いつからそこに立つようになったの。
 地球にいた頃もターンテーブルを回していたっけ、キミ。
 フロアで踊り騒ぐ客たちの視線を一身に浴び、恍惚の表情を浮かべるキミは、どうしてそうも破滅的で悪魔的な曲ばかりを選ぶのか。
「星の左斜め上が削れたとして、削れた左斜め上にぼくたちの住むこの街も含まれていたとしたら、ぼくたちはどうなると思う」
なんて、キミが訊くものだから、わたしはまじめに答えたよ。
「削られ方によるけれど、ばかでかいスコップで地面から掘り起こすのだとしたら、スコップの上のわたしたちは星の外に抛り捨てられるんじゃないの」
「うん、そういう線もあるね」と頷くキミ、何様か。
 ヘッドフォン片手にスクラッチ決めちゃってるキミに、女の子たちがきゃあきゃあ騒いでいるけれど、キミ、彼女らにたとえば星が欠けたならなんて話してごらんなさいよ。きっとドン引きされるから。
 タール七ミリのたばこを吸っていると、あちらのお客様からですとカウンター越しの店員に差し出されたのは、オン・ザ・ロック。
 あちらのお客様とはどちらのお客様だと窺えば銀色の髪の男がひとり、わたしに手を振り額から生えた二本の触角を揺らしている。この星の先住民はナンパ野郎ばかりで退屈しない。毎晩ちがう男とベッドにいるけれど、そういえばキミとは一度も寝たことがないね。地球にいた頃からの付き合いなのにね。
 緑や青や紫の閃光に網膜を焼かれる。
 爆音と共に踊り狂う客たち。
 勢いで酒をあおるものだから、正常な判断ができなくなってくる。
 オン・ザ・ロックの氷は球体。
 球体は星。
 星が欠けるということは、左斜め上が削れること。
 ダンスフロアより一段高いところから何かを叫んでいるキミへ、もしこの星の左斜め上が削れたとして、削れた左斜め上にわたしたちの住むこの街が含まれていたとして、地面から掘り起こされて星の外に抛り捨てられるとしたら、その時はキミと手を繋いでいたいな。
 わたしは今夜も退屈しのぎに、触角を生やした銀色の髪の男と寝る。

ロックグラスの中の惑星

ロックグラスの中の惑星

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-18

CC BY-NC-ND
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