もっと、きままに!

「不器用」で「優しい」、そんな日常。

『深く考えこむくらいなら、何も考えず気ままに生きろ』
父親の言葉。まだ、小学一年生くらいの頃だっただろうか。
『うん、わかった! 』
まだ純粋すぎた私は、そう答えていたのを思い出す。
「きまま……か」
私の名前でもある、その言葉。
"比良坂 きまま"
親が私に付けてくれた名前。
気ままに生きてほしい。そういう両親の想いが込められたこの名前。
私は、その両親の想いに答えられているのだろうか。


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――――ピピピピピピピ


電子音が聞こえ、私は目を覚ました。
耳障りな音を鳴らし続けるそれを黙らせ、そこに映る時計の針を見る。
時刻は、七時三十分の針を指していた。
「はぁ……」
私は、憂鬱だった。
「きままー!起きてるー? 」
「起きてるよー! 」
下から聞こえるお母さんの声に受答えしながら、私は体を起こす。
ハンガーにぶら下がる衣服を手に取り、私は鏡の前まで移動した。
目にかかりそうで、かからない位置まで伸びている黒い髪の毛。他の人たちと比べて、小さな背。元気のカケラも伺えない、くらーい顔。
「ひどい姿だなぁ……」
自分の姿が映り出された目の前の鏡を見ながら、私はそう呟く。
それが、私、比良坂きままの姿だった。
衣服をハンガーから外し、自由になったそれを一旦ベッドの上に置くと、私はパジャマを脱ぎ始めた。
今日から小学五年生になる女の子とは思えない程の、自分の胸を見て、私はうんざりする。
(また少し大きくなってる気がする……)
自分で言うのもなんだが、私の胸は大きい。
周りの男の子からはジロジロ見られるし、邪魔だし、はっきり言って私にとってそれは不快なものでしかなかった。
これを羨ましがる女の子の声をよく聞くのだが、私には何が良いのかさっぱり分からなかった。
そんなことを思いつつ、私は服を着替えていく。
そんな私の性格からは全く似合わない、洗いたてでほんわり甘い匂いのする、可愛げなミニスカートを、少し躊躇いながら着る。
女の子らしさが足りない! とお母さんに言われ、買ってきて貰ったこのスカートを、今初めて着るのだ。
「はぁ……」
私は、今日で二度目の溜息をつく。
(今日から新学期か……)
新学期になれば、当然クラスもクラスメイトも変わる。
私はいつも以上にどんよりした気分を感じながら、部屋の扉を開けた。


「えー? タカくんならもう先に行っちゃったよー」
お母さんのその言葉を聞き、私は落ち込む。
「そっか……」
タカくんと言うのは、私の実のお兄ちゃんである鷹にぃ……じゃなかった、比良坂 鷹のことである。
そんなお兄ちゃんにちょっと用事……というか、この服に関して感想を貰いたかったのだが、もう彼は既に出掛けてしまっているみたい……。
(あぁ、そういえば今日ゲームの発売日だっけ……)
月末の金曜日。お兄ちゃんは決まって早朝に出掛けている。……ゲームを求めて。
(しょうがないな……帰ったら見て貰おう)
私のお兄ちゃんは、ゲームが大好き。どんなゲームかは、あまり大声では言えないけど……。
でも、カッコいいのだ。なんでもできるし、優しいし、何より私の気持ちを分かってくれている。
私は、そんなお兄ちゃんに憧れていた。
朝起きたら、私はいつもお兄ちゃんのところへ顔を出す。
そして、ちょっと話をする。それだけで元気になれる。不思議な人。
だから、今日の服装が見てもらえなかったことが、ちょっと残念だった。


「じゃあ、行ってきま~すっ! 」
私は朝ごはんを食べ終えると、五年間使い古されてちょっと色あせ気味の赤色のランドセルを背負って、玄関の扉を開ける。
ランドセルの横では、黒くて丸い目が印象的な、思い出深いハートのキーホルダーが笑っている。
外に出ると、新学期日和か、はたまた私への挑発か。空は、一転の曇りも見えないほどの快晴が目の前に広がっていた。
「あ、おはよ~きまっちー」
私が家から出てくるのを見計らっていたかのように、前から声がした。
見ると、引き戸の前で、私を見ながらニコニコしている、黄色い髪の女の子が立っていた。
ちなみに、きまっちとは私のことである。
「あぁ、ふわり、おはよー」
特徴的なピンク色のランドセルを背負っている彼女の名前は、"綾野 ふわり" という、幼少期時代からの幼なじみ。
ふわりは、人と話すことに慣れない私に唯一構ってくれた、私の大切な親友だ。
ふわりが私のことをどう思っているかは分からないけど、同じように思ってくれていたら嬉しいな……。
「え、もしかしてずっとそこに待ってたの……? 」
「え?! い、いや~たった今ここにきままを呼びに来たところだよ~」
何故か、少し慌てたような口調でそういうふわり。
「あぁ、そっか……」
「きまっちは、その……いつもと違うね! というか違いすぎる! どうしたの?! 」
ふわりが私の姿を不思議そうに見回して、そう言う。
「え、何が……? 」
たぶん服装のことなのだろうが、私は気づかないフリをして、何食わぬ顔でかえす。
「スカート! いつもはズボンしか履いてないのに! 」
何故か無駄にテンションを上げながら、そう言ってくるふわり。
「別にいい……でしょ」
私は急に恥ずかしくなり、余計に短めなスカートを手で抑えながら、そう言う。
私は、慣れないスカートに悪戦苦闘中だった。
「はぁ~朝から良いもの見せてもらっちゃったな~!! 」
「……あんまりじろじろ見ないでよ」
嬉しそうな顔でニヤニヤするふわり。
まるでえっちな男の子みたい。
「えーなんで? 見てもらいたいから着てるんじゃないの? 」
「親が買ってきたから、しょうがなく着てるの! 」
「いいの買って貰ったじゃん、似合ってるからもっと自信持って行こうよー」
私のものと同じハートのキーホルダーを、ランドセルの隣で揺らしながら、ふわりが言ってくる。
「そんな自信ない……」
「そんなだからいつまで経っても治らないんだよ~その性格~」
私は昔から人と話すことに対して、強い苦手意識を持っていた。
治したい気持ちはあるんだけど、どうも人を前にすると、変に緊張しちゃって……。
「ムリだよ……」
私はその時、少し俯いていた。
そのことに遅れて気づいた私は、また彼女に心配をかけてしまったと、後悔した。
「ムリとか言わないのっ」
そんな私に、ふわりがそう声をかけてくれる。
「立派なもん持ってんだからさ、もっと見せていかなきゃー!! 」
「ちょっ?! 胸を揉むな! 」
唐突に私の胸を鷲掴みにしてくるふわり。
「ふわぁっ?! 」
変な声が出てしまう。
その声がふわりに聞こえてしまったと思うと、私は凄く恥ずかしくなった。
「まだ小学生の割には大きすぎると思うんだよね~」
「は、恥ずかしいからやめんかっ?! 」
大きさ、形を確認するように揉み回すふわりに、私はそう叫ぶ。
「顔赤くなって可愛いな~きまっち~」
「ふわりのせいでしょっ……ちょっとやめっ……!! 」
周りの男子が羨ましそうな顔をして見てきていることに気づき、とたんに恥ずかしくなる。
「ふわりっ、皆が見てるよぉ~……!! 」
「そんなこと関係ないよ~」
そんな私たちのところに、二人の女の子がこちらに寄ってきた。
「朝から楽しそうやな~……ワシもまぜてくれんか~」
二人のうちの一人がそう発する。
"久里夢 そふと"という、私のクラスメイトだ。
「あ~ゆるりちゃんとそふとちゃん、おはよ~」
そふとの声に反応すると、ふわりは私の束縛を解除してくれる。
二人が来てくれたことにより自由の身になれた私は、呼吸を整える。
「あんまりきままを困らせるのはやめてあげなよ……」
男の子のような短い髪の毛を、綺麗な青色に輝かせながら、彼女がそう言ってくれる。
"瑠璃 ゆるり"という、もう一人のクラスメイトである。
みんなよりも高い身長を持ち、誰にでも優しく、仲間意識が強い彼女は、クラスからの人気者。
私も、そんな彼女に対して憧れを抱いていた。
「ははは、おじさんは君たちがそうイチャイチャしてる姿を見るのが大好きですぞ~!! 」
ピンク色が目立った、長いツインテールを振り回しながら、そふとが言う。
私といい勝負くらいの低身長である彼女がいるおかげで、他の二人が高い分、私が目立たずにいられたり。
「だからワシのことなんか気にせず、もっとイチャイチャしてくださいな~」
「相変わらず気持ち悪い奴だな」
ゆるりが、そふとに対しての直球な意見を漏らす。
「私も、そう思う……」
「私達をそういう目で見てたなんて……最低!! 」
「えぇ……なんで……」
それに私とふわりが便乗して、途端に弱々しくなるそふと。
「ゆるりん……お前だけは味方でいてくれるって約束したじゃないか!! 」
そう叫んでゆるりに抱きつくそふと。
「あ、おい?! 」
「私とゆるりんは、友達以上に繋がった特別な仲だろー?! 」
「分かったから離せ!気持ち悪いなぁ……!! 」
抱きつくそふとを手で引き剥がそうとしながら、そう叫ぶゆるり。
嫌がりながらも喜んでいるように私には見えたが、本人には言わないでおく。
「はぁ~……」
そんな光景を見ながら、隣にいたふわりが溜息をつく。
「どうした? 溜息なんかついて」
「皆五年生になっても、昔と何も変わらないな、と思ってね」
「あぁ、そっか……」
「今年こそは、きままのその性格もどうにかしてやらないとな」
そふとを無事引き剥がしたゆるりが、私にそう言ってくる。
「きままが一番不安なんだから」
彼女は至って真面目な顔を作りながらそう言った。
「あ、うん……」
そんな彼女の表情を見て、つい私は恥ずかしくなって俯いてしまう。
「あーきまま照れてるー可愛いー」
「うるさいっ!! 」
俯いた私をニヤニヤ見つめてくるふわりにそう叫ぶ私。
ゆるりはたまに急に格好良くなるから、こっちは反応に困ってしまう。
「ゆるりん……お前一体いくらの女の子を堕とせば気が済むんだ……」
「堕とすって……私は男じゃないんだぞ? 」
「ゆるりちゃん格好いい~!! 」
「私は女だあああ!! 」
「ハハハ……」
そんな三人の親友の姿を見つめながら、私は笑う。
「……今日、クラス替え、どうなるかな」
そんな中、私は恐る恐る、心の中でずっと心配事だったことを言う。
「あぁ……そっか、今日クラス替えだったっけ~……」
ふわりが思い出したようにそう言うと、不安な表情を作る。
「大丈夫大丈夫、四年間ずっと同じクラスだったし、今年も一緒にしてくれるでしょ~」
そふとが適当な口調で、そう言い放つ。
「まぁ、気にしてもしょうがないかな……。違うクラスになっちゃっても会えなくなる訳じゃないし」
ゆるりがそう言ってくれる。
「……」
二人がそう言う中、ふわりが謎の沈黙を作っていた。
私は、そんなふわりに声をかける。
「ふわり? どうし……」
「きまっちと離れ離れになるのいやだああああああ!! 」
「ふっ、ふわり?! 」
「ずっと一緒なのおおおおおお!! 」
そう言ってまた私にしがみついてくるふわり。
「クラス替え……実はふわりが一番不安だったっぽいな」
ゆるりが笑いながらそう言う。
「私もゆるりんと離れたら辛いなぁ……なーんて」
「何がなーんてだ」
そう言ってそふとを軽く叩くゆるり。
「あぁん! 」
「さて、そんなこと言ってる間に着いちゃったぞ」
叩かれて変な声を出すそふとをスルーしながら、ゆるりはそう言う。
「あ……」
学校。家から歩いて十五分くらいの場所にある、私たちの学びの庭。
一人で歩くと少し遠く感じるこの距離も、なんだか短く感じる。
彼女たちと暮らすようになってから、もう五年間。
目の前の学校を見ながら、私は改めてそれを実感していた。
「ついでに言っておくとだな、きまま」
「……え? 」
ゆるりに唐突にそう話しかけられ、私はちょっと驚く。
「離れ離れになっても、私たちは変わらない友達だ。例え一人になっても、それは変わらないよ」
ゆるりはそう言うと、笑顔を作って見せてくる。
「はぁ~かっこええなぁ~……これは世の女の子も虜ですわ」
「うるさい」


私たちは、変わらない。良い意味でも悪い意味でも。
それで良いのか悪いのかは、私には分からないけど。
彼女たちともし本当の意味で離れ離れになってしまったら、私や皆はどうなってしまうのだろうか。
「あ、あそこだね、うわぁ人いっぱいだぁ……」
私たちは、クラス分けの内容が展示されてるであろう場所を見つけた。
「見たくないよ~……」
嫌そうな顔をしてこちらを見てくるふわり。
「見ないと始まらんし……」
「人が減ってきたから見に行くぞお前ら~」
「あ、あぁ……」
そふとのその言葉に反応すると、その内容が見える位置まで移動する。


「あっ……」
私はその時、普段見せないようなニヤけっぷりをしていたと思う。


五年三組。私達のきままな一年が始まる。


----------もっと、きままに!----------


『ねぇ……きままちゃん? 』
『え……』
『お友達とは、お喋りしないの? 』
『いや……』
『ほら、みんなお外で遊んでるよ、きままちゃんも行ってきたら? 』
『……』


------------うるさい!


--------------------------------------------------


「きまっち? 」
「あ、あぁ……」
私はふわりのその声で我に返る。
「大丈夫? なんかぼーっとしてたけど……」
目の前で不安そうにこちらを見てくるふわり。
「ん? あぁ大丈夫……」
ホームルームを終え、自由の身になると、真っ先にこちらへ駆けつけてくれたふわりと話をしていた。
今は一限目の放課後。
いつもとは違う、一番左後ろの席と、ちょっと慣れない椅子と机に変な違和感を感じていた。
今日から小学五年生。
ふわりも、ゆるりも、そふとも、皆同じクラス。
私はその事実に凄い安心していた。
クラスの右側を振り向くと、ゆるりとそふとが二人で喋っている。
よくある光景だ。私はそれを見て心の中で微笑む。
二人はこの学校に入学してからの知り合いらしい。
昔ゆるりから聞いた話だけど、大人しかったそふとにゆるりの方から話しかけたのがきっかけだという。
「また、皆同じクラスになれて良かったね~」
「だな」
私達……私とふわりの出会いは、どうだっただろう。
私はふわりとは昔からの幼なじみで、互いに相手のことを理解しあっている……つもりだ。
こうやって二人で話すことが自然になるまで、どれくらいの時間がかかったんだっけ。
「また一年、きまっちと一緒にいれるなんて嬉しいな」
笑顔を向けてそう言ってくるふわり。
そんな顔を見せられ、私はちょっと照れくさくなる。
「わ、私も……」
「相変わらず照れ屋で可愛いな~」
「……」
私はこういう会話は、どうにも慣れなかった。
「あ、二人とも、ご無沙汰ですね~!! 」
そんなセリフと共に、そふととゆるりがこちらにやってくる。
「ご無沙汰ではないだろ」
「あぁ、間違えたーっ!! 」
そふとのボケに、ゆるりがつっこむ。
二人の会話は、聞いてて心地が良い。
「小学五年生になっても、皆変わんないね~ 」
「良い意味でも悪い意味でも変わんないよねー特にこことか」
私の胸の先をツンツンしようとしてくるそふと。
「ちょっ、やめ……」
私は慌てて胸を手で隠す。
「お前も相変わらず変わらないな」                                  
「え、ゆるりんも触って欲しいって? 」
「そんなこと言ってない」
「あぁ、そもそも掴む胸がないかぁ~」
「ちょ~っと静かにしてくれないかな」
そんな会話の中、授業が始まるチャイムが鳴る。
「あーあ、終わっちゃったよー……」
「じゃあ私達、席戻るね」
「私も戻らないと~」
ふわりのその言葉を最後に、私はまた一人になった。
皆が席に戻る。
クラスがまた静かになる。
「ふぅ……」
やはり、会話は難しい。
四人の中に、私はうまく入り込めているのだろうか。
そんなことを考えてしまう私がいた。
「さぁ、授業だぞ席につけ~」
新しい学年での、退屈な授業が始まった。


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『あ、あの~、きまま……ちゃん? 』
『……』
『その、私とグループに、なっちゃったんだけど……』
『……誰? 』
『あぁ! 私は綾野 ふわりっていうんだけど、ふわりでいいよっ! 』
『そう……で、綾野さん何の用ですか?」
『いやだから、隣同士でグループ作ってって、先生が言ってて……』
『……聞いてなかった』
『ハハハ……そっか……』


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「おい比良坂っ! 」
「あっ……!! 」
「新学年早々寝るとはいい度胸だな」
あぁ、授業が退屈すぎて寝てしまった。
……なんて、言えるわけもなく、私は謝る。
「す、すみません……」
前の方で、ふわりが心配そうにこちらを見ているのが分かった。


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授業の終わりを知らせるチャイムが鳴る。
予想通り、私の元へ彼女が歩いてくる。
その顔は怒っているようだった。
「コラーっ!! 」
「うっ……」
「なんで寝てたのっ! 」
こっちに来るがいなや怒り出すふわり。
ふわりは、昔から変なとこに真面目だった。
「ごめんなさい……」
「ごめんじゃなくて、理由を聞いてるんだよっ! 」
「そりゃあ退屈だったからでしょ~」
横から声が聞こえてくる。
いつの間にかこちらに来ていたそふとの声だった。
そして、やっぱり隣にはゆるりがいた。
「退屈なのは分かるけど、寝ていい理由にはならないよ! 」
「あ、退屈は否定しないのね……」
さり気なくゆるりがつっこみを入れる。
「退屈だからといって寝ちゃだめだよ、きまっち! 」
「いや、私は退屈も何も言ってないけど……」
「え、退屈じゃないの?すごいね~きまま~」
大げさな態度を取りながらそう言うそふと。
「退屈じゃないと言ったら、嘘になる」
「コラーっ!! 」
正直に答える私に、また怒鳴るふわり。
「二人共傍から見たら親子に見えるな」
そんな光景を見たゆるりがニヤけながら、そんな感想を漏らす。
「え~きまっちみたいな息子いたら、それはもう大忙しだよ~!! 」
何やら文句言ってるのか喜んでいるのか分からない表情で、ふわりがそう言う。
「こんな母さんいたら疲れるし……」
ふわりみたいな性格の母さんなんて、面倒な説教をたくさん聞かされそうでお断りだ。
「じゃあ訂正、親子じゃなくて、恋人みたい」
「あ、それいいねぇ! 」
「なにもよくない」
そもそも女の子同士だろう、というのは言わないでおく。
「二人が恋人だとしたら、ふわりが女の子できままが男の子って感じかな」
ゆるりが勝手な感想を述べる。
「きまっちは女の子だよ!! 」
「なんでふわりが怒るんだ」
「ワシもきままが女の子派かな~」
「派ってなんだよ、派って」
いやらしく笑みを浮かべながら言うそふとに、私がつっこむ。
「えーふわりは女の子っぽいとこ多くて可愛いと思うんだけどな、私は」
「ゆっ、ゆるりちゃんは逆に男の子みたいだけどね~」
そう言われてどこか慌てたような口調でふわりがそう言う。
「なんでだよ! 」
怒り気味に言うゆるり。
ゆるりは男の子みたいと言われることに憎悪を抱いている様で、言われるといつも怒っていた。
別に悪いことではないと私は思うのだけど、彼女には気に入らないらしい。
「その怒り方とか」
「じゃあどうすればいいんだよ」
「喋り方変えればいいんじゃない? 」
そふとがそう提案する。
「変えるったって……」
「もっと女の子らしく喋ってみるとか……? 」
「べべっ、別に女の子らしくなりたいとか、思ってるわけじゃ……」
「え、違うの? 」
「じゃあどうやって思ってるん?」
「何も思ってないよっ?! 普通に喋ってるだけで……」
「ほんとかよー」
そんな話をしていると、放課の終わりを知らせるチャイムが鳴った。
「あぁ、授業始めるから、席座って~」
さっきから前の教師用机で突っ伏せて寝ていた女の先生が、眠たそうな顔をしながらそう言う。
ちなみに、担任である。
「じゃ、じゃあ授業始まったから!! 」
逃げるようにそう言い放つゆるり。
「この話、あとでまた聞くからな~? 」
「忘れないでね~? 」
そふととふわりが楽しそうにそう言っている。
「普通に喋ってるって言ってるだろ?! 」
二人にそう言われたゆるりが、困ったような顔を作っていた。
「ハハハ……」
私は三人のそんな様子を、笑いながら眺めていた。


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「はぁ……」
私は溜め息をつく。
『これで、いいのかな……』
授業をよそ見に、私はそんなことを考えていた。
私は四人の中にいるだけで、安心してしまっているのではないかと。
『もっと、喋れるようになりたい、んだけど……』
四人の中で、私だけ浮いている。
私はどうしても、そんな気がしてならなかった。


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「……時間だ、答えを聞こう! 」
どこか愉快そうに、そふとが言う。
給食を食べ終え、今は昼の休憩時間。
私たちは、いつもの様に私の席に集まって、おしゃべり。
「なんのことだよ」
「えー? ゆるりんが、女の子みたいになりたいって話」
「そんなこと言ってないだろっ?! 」
「あれぇ~?? そうだっけぇ~??? 」
「そうだよ!! 」
「大丈夫大丈夫、心配しなくても、ゆるりちゃんは立派な女の子だよ~? 」
「だ~か~ら~!! 」
普段の落ち着いた姿とは違った表情を見せながら怒るゆるり。
ゆるりは、この二人には弱いみたいだ。
「きまっちも、ゆるりちゃんには女の子らしくなって欲しいって思うよね~? 」
「え、あぁ……、うん。その方が可愛いと思うよ」
ふわりに唐突に話を振られ、私は慌ててそう答えた。
「な、何言ってんだきままぁ?! 」
「ほぉ~、きままも言うようになりましたね~……」
そう言って、何故かどこか関心したようにうんうんと頷くそふと。
「きまっちひどいっ! 私にも可愛いって言ってよ~!! 」
「えぇ……? 」
一人で真っ赤な顔を隠しながら俯くゆるりを見ながら、私は呆然としていた。


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――――キーンコーンカーンコーン


授業の終わりを示すチャイムの音が鳴る。
時刻は、十六時。一年前を比べて、一時間帰る時間が遅くなっている。
(低学年の頃は、十四時くらいに授業が終わるのが普通だったのになぁ……)
私は机の中の教科書類をランドセルの中に入れながら、昔の学生時代のことを思い出していた。
「きまっち~」
「あ、ふわり」
「帰ろっか」
「うん……」
私は用意を済ますと、目の前の幼なじみと一緒に、教室の扉へ向かった。。
「あ、二人とも帰るの? 」
「え? うん……」
そふとと喋っていたゆるりが、私たちに声をかける。
「ワシらも一緒に帰るで~」
「結局いつものメンバーか」
「きっと、離れられない絆で結ばれてるんだよ~」
私は、そんな三人の会話を聞きながら、一緒に教室を出た。


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「だああああつっかれたああああ」
オレンジ色に染まる空の下で、そふとが伸びをしていた。
空がこんな色になるまで学校にいたことは、去年までの私たちにとっては珍しいことだった。
「久々の学校だもんね~」
「学校が始まって早々、この時間まで授業だしなぁ……」
ゆるりがちょっと愚痴気味にそう言う。
「あ、あの……ふわり」
「ん? 」
「なんで腕組んでるの……」
「え? きまっちがどこにもいかないよーに! だよっ! 」
「私はペットじゃないぞ……?! 」
さっきから私の腕と自分の腕を組んで離そうとしないふわり。
「ラブラブやなぁ~……じゃあワシらも……」
「ちょっ、抱きつくなっ?! 」
「もっと女の子らしく素直になれや~」
「そ、そふとも女の子ならもっと女の子らしくしろぉ?! 」
二人は、楽しそうだ。
まるで、四人でダブルデートでもしているみたい。
「なんか、楽しそうだね、きまっち」
「……え? 」
「なんというか……今日、ずっと浮かない顔だったから……」
「別にそんなことは……」
私そんな顔してたのか……?
「いや、まぁ私がそう見えただけだけど」
何やら安心した様な顔で、ふわりが話を終わらせてしまう。
おかげでこっちはモヤモヤしたまま。
「ん? 二人とも何話してんの~? 」
「え、二人だけの秘密~」
「なんだそれ」
そふとたちに聞かれ、ふわりは適当にそう答える。
「あぁ、ここでお別れかな」
気づけば、ゆるりとそふとと分かれる道に出た。
「もう着いちゃったかー」
「まぁ、明日も会えるしね」
「じゃあ、何か最後に言い残すことはないか? きまま? 」
「えっ、私……? 」
そふとからのフリに、私は戸惑う。
「じゃあきままの最期の締めで、解散だな」
(ど、どうしよう……)
三人が何やら期待の目でこちらを見てくる。
私は、考えた。
『今日はお疲れ様、また一年間よろしく! 』
これは、普通すぎる。つまんねぇ奴……となって場が白けるに違いない。
『五年生になろうと六年生になろうと、お前らはずっと私の親友だ!! 』
インパクトはあるが、言った後のことを考えると、怖くて言えない。
「……」
三秒くらい沈黙した後、私は口を開けた。
「こ、今年こそは、人と喋れない性格、治そうと思いますっ!! 」
「……」
そして、再び三秒ほどの沈黙が流れ……
「よく言った、よく言ったぞきまま~!! 」
「よく言えました~きまっち~!! 」
「言ったからには、ちゃんと実行して貰うからな! 」
三人の歓声の言葉が発せられた。
「あ、頑張ります……」
私は、小声でそう言った。


私にとって重大な約束を交わした後。
二人と別れ、ふわりと二人きりになった。
「さて、と……」
「……え? 」
二人きりで帰り道を歩き始めて、先にふわりが口を開ける。
「きまっちに、言いたかったことがあるんだけどさ」
「え、うん……」
さっきのテンションとは打って変わって、真面目な表情を作るふわりに、私はちょっと緊張する。
「何か、悩んでない? 」
「……え? 」
その言葉は、きっと親友として私に発せられた言葉なのだろう。
「たぶんだけど、ゆるりちゃんもそふとちゃんも、気づいてるよ」
「うん……」
「私に出来る事なら、相談に乗るよ? 」
「ふわり……」
ふわり。ゆるり。そふと。そして、私。
この四人の輪の中で、自分だけ浮いてないだろうか。
それが、私の頭のなかにずっと引っかかっている、悩み事だった。
「ねぇ、ふわり? 」
「うん」
「私、浮いてないかな? 」
「なんで、そう思うん? 」
「三人が喋ってるところにいるだけじゃないか、とか、三人を眺めてるだけなんじゃないのかって、私思うんだ」
「うん」
私の悩みを、彼女は黙って聞いてくれる。
「私の事、皆ちゃんと友達と思ってくれてるのかな、なんて……」
「それが、きまっちが浮いてるんじゃないか、て思う理由? 」
「うん……」
「なーんだ、心配して損した~」
「……え? 」
「友達と思ってるに決まってるよっ!! 」
「あっ……」
彼女を顔を見ると、初めて見るかもしれない、真剣なその表情と、目のところにうっすら見える涙が分かった。
「ごめん……」
「皆、きまっちのこと大好きだから……嫉妬しちゃうくらいに」
「……」
「ねぇ、きまっち」
「……え? 」
「このキーホルダーのこと、覚えてる? 」
「あぁ」
彼女のランドセルにもついている、私のハートのキーホルダーを触りながら、ふわりが言う。
「まだ小さい頃、ふわりと初めて友達になった時に買ったキーホルダー……」
「うん。友達の証明として、あの時お揃いの買ったんだったよね」
まだ小学校に入る前の小さい頃。
孤独を愛しているフリをして、誰とも話をしなかった私。
先生に二人一組になってと言われて、同じく仲の良い子がいなかった女の子が、私の元に来る。
それが、ふわりとの初めての出会いだった。
ふわりは、当時は人と話すことが苦手であった。
もしかすると、今もそうなのかもしれない。
無駄にお節介焼きなその性格が、返って人を寄せ付けなかったのだ。
不器用な癖に、私にしつこく構おうとしてくるふわり。
彼女は、私を放っておけないと言っていた。
それは、昔も今も変わらずそうだった。
そして、そんな彼女のことが、私は……。
「私は、ゆるりちゃんたちもきっと、きまっちが一人で浮いてるなんて、思ってないよ」
「うん……」
「……そんな難しく考えなくていいんだよ、言いたいこと言えば。私たち、きまっちが思ってるよりもずっと優しいんだから!! 」
「や、ちょっ……」
「きまっち好きぃ~!! 」


私は、涙をごまかすように、いつもより強く抱きしめてくるふわりを、嫌がったフリをしながら受け入れた。

もっと、きままに!

もっと、きままに!

五年前、不安と緊張でいっぱいの入学式を迎えた比良坂きままは、小学五年生の今でも、昔と変わらず「人と会話すること」に慣れずにいた。 数少ない、私の友達になってくれた三人と、四人で過ごすかけがえのない日常をおくりながら、 人との付き合いを知っていく「優しくて」「不器用な」日常が、今日もまた始まろうとしていた。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-18

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著作権法内での利用のみを許可します。

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