恋愛リスタート!
日常編
「俺は...お前のことが、好きなんだ」
夏を思わせる暑い六月の末。
日が暮れる時間でもまだ恨めしいくらいに差してくる日差しが、俺と彼女を照らす。
学校の放課後、部活前の時間。
言いたいことがある。そう言って幼馴染である彼女とここに二人きりになって。
俺は高鳴る緊張を抑え、彼女に向かってそう叫んだ。
「え...」
彼女は戸惑っていた。
そのまま5秒ほどの沈黙が流れる。
「ご...ごめんね...」
彼女の答えはそうだった。
何年もそばにいながら、その時の困ったような彼女の表情を見たのは始めてかもしれない。
「私とじゃ、釣り合わないよ...」
「そんなことは...」
「だめ...ヒロ君のことがもっと好きな人に悪いよ」
「高槻は...俺のことどう思ってるんだよ!」
俺は、つい声を張り上げてそう言ってしまう。
「...」
彼女はしばらく沈黙した後、口を開ける。
「今は...嫌いかな」
「...」
嫌い。
その一切包み隠されていない大きな爆弾をもろに受けた俺は、すぐには何も言い返せなかった。
「今は...って」
「遅すぎたんだよ、何もかも」
「...」
遅すぎる。そうだな。
俺が彼女に対して恋心を抱いたのはいつだっただろうか。
今思えば、とても昔の話に思えた。
だが、今に至るまでに、いろんなことが起きすぎた。
それでも、チャンスはいくらでもあったのだ。
もう、あの頃には戻れない。
「ほら部長!部活行こ!なるちゃんが待ってるよ!」
何も言えずにいた俺に対して、彼女がそう言ってくる。
まるで、先程までのことを無かったことにするように。
「...そうだな」
「作品もあとちょっとで完成だし...頑張らないと!」
俺は彼女にそう言われ、部室へ向かう。
部長...
俺はこの学校の「ノベル研究部」という部の部長を務めていた。
彼女はその部員で、副部長でもある。
俺が部長であることに対し、「心配だから」という理由で自分から副部長を立候補したのだ。
それは今から約2ヶ月前。
季節は春。
シャワーのように細かく心地いい雨音が、カーテン越しから聞こえてくる。
「ノベル研究部」に務めていた俺は、ある問題に直面していた。
それは部員の数である。
この学校では部活を行うためには、最低3人の部員が必要であった。
その人数に達していない場合、1ヶ月以内に部員を見つけてこなければ廃部になってしまうのだった。
俺が学校に入学したばかりの頃、この部活に入部した時にはまだ最低限の人数は揃っていた。
だが1、2年経ち、俺が3年生になる頃までには全く新入部員が入ってくることはなかった。
そして今では俺一人となってしまった。
もともと廃部寸前の部活だったらしい。
今まで部員の人数に対して無関心だったことも悪いのだが、今こういう状況になって、ようやく事の重大さに気づいた。
「はぁ...」
探し始めて約1週間が経つも、まともに人が増える気配はない。
俺は今日は諦めて帰ることにした。
「あ...!」
部室の扉を開けると、そこには俺のよく知る顔が立っていた。
「どうもヒロ君...」
「どうしたんだ、こんなところで?」
彼女、高槻麻衣は俺の住んでいる家の隣に居住している幼馴染である。
彼女とは幼少期の頃からの付き合いだった。
昔からお節介で面倒見がよく、俺の救いであった彼女のことが俺は昔から好きだった。
だが、ある出来事をさかえに、俺はその恋を諦めていた。
...俺は過去に、彼女にフられたのである。
忘れもしない中学2年の春
俺が彼女に告白しようと決め、校門前で待ち合わせをして。
幸運にも午後の授業が早めに終わり、俺は予定より約20分も前に校門に着いていた。
...何時間待っただろうか。
完全に日が沈み、冷え切った空気の中、俺は待っていた。
しかし、いつまで待っても彼女が現れることはなかった...
そんな彼女が今、この「ノベル研究会」の前に立っていた。
しかし、彼女が今ここに立っているのはおかしかった。
彼女はバレー部で、今そっちの方で活動しているはずだった。
「その...今足りてないんでしょ?部員」
「え?」
「これ!」
そう言って高槻が渡してきたのは一枚の紙。
「これは...入部届け?!」
「私で良ければ...入ってあげようと思って」
「でも高槻、バレー部の方はどうしたんだよ?」
「辞めるよ。」
高槻は迷いもないような目で、俺にそう言ってきた。
「高槻はそれでいいのか?」
「私、ヒロ君のことが好きだから」
彼女は俺の目を見つめながら、唐突にそう言ってきた。
「またそれか」
「嘘は言ってないよ?」
高槻は、俺に対して好きと言ってくることがよくあった。
言い出すようになったのは、俺たちが高校生になり始めた頃からだと思う。
それが本心なのかどうかは分からないが、俺はそれを無難に受け流し続けてきていた。
「だから...自分の好きな人が苦しんでる姿は、あまり見たくないというか...」
恥ずかしがっているような表情で、彼女はそう言う。
「ふーん、で、本心は?」
「これが本心だよ!...入部ダメかな?」
こうなった彼女は断ってもきかないと、俺はよく知っていた。
「高槻がそれでいいっていうならいいけど...」
「ふふ...やった!」
ガッツポーズを作りながら、嬉しそうな表情を浮かべる彼女。
「私、本を書くことはそんなわからないけど...読むのは好きだから」
高槻はいつもこうだった。
困ってる俺を放っておけない。
いいって言っても聞かないので、俺は高槻に助けてもらう度に申し訳ないと思うことしかできなかった。
「別に俺のことは放っておいてくれてもいいのに」
「私が決めたことだから」
俺の強がりも高槻には全く効かなかった。
実際、ノベル研究部の現状はとても厳しいものだった。
今彼女が入って、協力してくれるのは非常に助かる。
「そうか...よし、分かった。今日はもう終わりだけど、明日からよろしくな」
「ヒロ君は...もっと私に頼ってくれていいんだよ?」
「そうは言ってもな」
「好きな人には頼って欲しいものなんだよ~」
彼女はそう言うと、無邪気に笑いながら、俺の腕に抱きついてくる。
「あっおい?!」
「フフフ~誰も見てないから大丈夫だよ~」
高槻はずっとこうしたかったと言わんばかりなほど嬉しそうに、俺の腕に頬を擦りつけながらそう言う。
高校生になり、俺に好きと言い出すようになってから、高槻がこのような行動を取ることも日に日に増えてきていた。
俺はそれにどう答えていいか分からず、ただただ慌てることしかできなかった。
「じゃあ、これからよろしくね!ヒロ君」
俺の腕から手を解き、隣にいる俺の好きだった人は、そう言う。
そうして俺の部活継続の危機に一筋の光が入ることになった。
翌日の放課後。
雨は綺麗に止んでいた。
授業を終え、俺は高槻と共に部室へ向かった。
「私、バレー部を辞めようと思ってるんですけど」
部室と言ってもノベル部ではないが。
俺は先生と話す彼女の後ろで待ちながら、その様子を眺めていた。
「そうか...」
彼女の言葉を聞き、うろたえるような表情を作るバレー部の顧問。
「どうしてかな?」
しかし、すぐに表情を戻し、真面目な顔で高槻に理由を聞く。
「ノベル部に入ろうと思って」
「ノベル部か」
顧問は少し考えるような表情を見せてから、答えた。
「君は、ノベル部が今どんな状況でいるか、知ってるのかい?」
「はい」
「それを知った上で、そこへ入ろうと?」
「そうです」
「ほう...」
そう言うと、その顧問は後ろで待機していた俺と目線を合わせた。
「君は?」
「3年の里中です。里中孝宏」
「彼がそのノベル部の部長です」
名前を告げた俺に付け足すように、高槻がそう言う。
「ノベル部は今、何人で活動しているんだ?」
「一人です。私が入ると二人になります」
俺が言う前に彼女が答えてしまったんで、俺はだんまりするしかなかった。
「部を続けるには、最低3人の部員が必要だが、足りてないみたいだね」
「はい」
「どうするんだね?」
「彼と一緒に見つけます」
俺が言うまでもなく彼女が早々と答えてしまうので、何も言えずにいた俺はどこか情けない気持ちになっていた。
「君は...どういう考えでいるのかな?」
そんな俺に顧問はそう聞いてくれた。
「彼女と二人で協力して部員を探します」
彼女が言ったことと同じことを告げる。
「ふむ...そうか」
何かを察したような表情をする顧問。
「なんとなくね、高槻さんが考えてることが分かったよ」
「え?」
顧問が言ったことに対して、きょとんとする高槻。
「いいよ、退部を認める」
「あ、ありがとうございます...」
高槻はきょとんとした表情のまま、そう言う。
「大会も控えてたからさ、君には少しばかり期待もしていたんだが...そういうことなら、しょうがないね」
「はい...」
「ノベル部の方でも、頑張ってくれたまえ」
顧問は、ちらりと横目で俺を見てから、そう答えた。
「じゃあ...部室行こうか。」
「うん...」
高槻は少し悲しそうな表情をしていたのが目に取れた。
バレー部を引退し、彼女にもどこか思うところがあるのだろうか。
「大丈夫か?」
なんとなく心配だったので、俺はそう声をかけた。
「あの...えと...実は今日...」
「今日は帰るか」
「あ...」
なんとなく彼女が言わんとしていることを察して、俺はそう言った。
「でも...」
「いいよ、高槻なんか元気なさそうだからさ」
「え...」
「バレー部引退して、色々思うことがあるかもしれないし...」
それが本当にバレー部引退のせいなのか、それ以外のことのせいなのかは分からない。
「いやそんなことは!ないんだけど...」
高槻は、俺に何か言いづらいことがある。
鈍感な俺でも、それに気づくことはできた。
「引退して直後、すぐに新しい部活動に来ても、やりづらいだろうし」
だが俺がわざわざその内容に首を突っ込む必要はないのだ。
俺は気づいていないフリをして、部室に向かっていた道を引き返し、学校の外へ向かうのだった。
「ヒロ君!」
「...ん?」
学校から出て、校門に差し掛かった時。
唐突に彼女に名前を呼ばれて、俺たちは立ち止まる。
「私、あなたのことが好きです」
「また...」
幾度となく聞いた、その言葉。
「ヒロ君は、どう思ってますか?」
しかし、彼女の顔と口調がいつものそれと違っていた。
「今、答えて欲しい」
彼女は真剣だった。
幸い、周りには人が少ない時間帯だった。
嫌、幸いではなく、高槻は狙っていたのだろう。
この時間は、帰宅部を除いて皆部活に励んでいる時間だ。
昨日の雨でぬかるんでいて、今頃は外で活動しているはずの野球部もいなかった。
「答えて...!」
「え、それは...」
高槻は、身を乗り出しながら俺にそう訴えてくる。
いつもは見ない、彼女のその表情に、俺は圧倒されていた。
「...なんで今更」
「え...」
「あの時、お前は俺をフったじゃないか」
未だに忘れもしない、あの5年前のこと。
言いたいことがあると、彼女にそう伝えて。
放課後に校門で、と約束をして。
「ずっと待ってたのに、高槻は来なかった。」
その時のことを、俺は彼女に訴えた。
「嘘...」
「え?」
俺のその話を聞いて、彼女は何やら困惑していた。
「違う...違うよ...ヒロ君勘違いしてる」
今度は彼女の言葉に俺は困惑する番だった。
「だってあの時、あなたの前には...!」
「高槻さ~ん!」
その時、学校側の方から、女の子の声が聞こえた。
それは昨日自分たちのクラスへ転校してきたばかりの女の子の姿だった。
結局、その後高槻は用事で先に逃げるように帰ってしまい、雪野さんと2人で帰ることとなった。
「里中さん...でしたよね?」
「あぁ...うん」
と言っても、彼女と話すことなんて滅多になく、そもそも俺は高槻以外の異性と話すこと自体が苦手だった。
「私は雪野奈留と言います。転校してきたばかりですが気にせず話しかけてくれれば、嬉しいです」
彼女は同級生に対しても、敬語を使って話す子だった。
だがとても積極的な印象があり、初対面の自分でもがつがつ話しをふってくる。
異性と話すことに関しては乏しい俺は、そんな彼女に対して情けなく応答を繰り返すことしか出来なかった。
「ノベル部...でしたっけ?」
「え?」
「里中さんが入ってる部活」
「ああ、そうだよ」
「里中さんは何でノベル部に入ろうと思ったんですか?」
「あぁ...それは...」
俺との会話は、初対面同士にも関わらず、ペースよく進んでいた。
自分が何も話せなくとも、向こうからどんどん話題をふってきてくれる。
高槻以外でここまで異性と会話したのは、おそらく生まれて初めてだと思う。
「昔から主人公が大切な人を救う...みたいなお話が好きで...そういうのを自分も書いてみたいと思ったんだ」
「...」
雪野さんは黙って俺の話を聞いてくれる。
彼女とは、他の異性の子と違って、気軽に話ができていた。
転校してきて早々から色々な人と会話出来ているのを考えると、納得できる気がした。
「まぁ...恥ずかしい話だけどね」
俺は初対面の彼女に対して、自分の夢である小説家について語ってしまっていた。
高槻にもここまで話したことはないのに...
どこか彼女には、不思議な力があるように、俺は感じていた。
「そんなことないです。とてもいい話を聞かせてもらった気分ですよ!」
雪野さんは初対面の人相手に対して、何のためらいもなく、満面の笑顔を俺に見せながら、そう答えてくれた。
「昔...その物語の主人公みたいに、困ってる人は放っておけないって人がいたんですよ。」
「え?」
「そんな彼が、一人ぼっちだった私を助けてくれたんです」
彼女が過去の話をし始める。
「私、その人のことが好きになったんですよ」
「うん」
俺は、黙って彼女の話を聞いていた。
「私は思い切って彼に告白したんです」
彼女はそう言いながら、どこか悲しそうな表情をしている気がした。
「...」
それから少しの沈黙。
「...で、どうなったの?」
黙ってしまった雪野さんに対し、俺はそう声をかけた。
「でも...ダメでした...」
「あ...」
俺はそこから、彼女と話をするのを控えた。
彼女の目には、うっすらと涙が溜まっていた。
その翌日。
結局あの後高槻と話す機会は訪れないまま、今こうしてノベル部の活動をしている。
その彼女は今目の前にいるのだが、互いになかなかこの話題を出せずにいた。
「なるちゃんを誘おうと思うんだ」
「...」
部室で部員集めのことについて話を始めて、一番最初に彼女から出た提案がそれだった。
なるちゃんというのは、雪野奈留という最近この学園に転校してきたばかりの女の娘であり、俺たちと同じクラスメイトの同級生だ。
そして、昨日校門で高槻を呼んだ張本人でもある。
彼女はクラスからの評判は良く、転校してきて早々に複数の人たちと話すようになっていた。
高槻も彼女とはよく話すらしく、部活もまだどこに入部するか決めていないという。
俺はその彼女との関わりは、昨日話したくらいだったので、この部活に入部させるということに対してはちょっと不安だった。
「でも俺、まともに喋ったことないんだよな...」
「大丈夫、私もすぐに話せるようになったから、ヒロ君もきっと!」
俺は雪野さんとは昨日のこともあり、今日はなかなか話しかけることが出来なかった。
彼女も彼女で、俺と目が合う度に、ちょっと慌てた反応をして目を背けてしまうのだ。
そのせいで俺は雪野さんとまともに会話することは出来ずにいた。
「まぁとりあえずさ、明日から雪野さんを狙ってみようと思うんだけど」
「何でそんな雪野さんにこだわるんだよ」
「何ていうか...直感...かなぁ?」
「え...」
「雪野さんならここで上手くやっていける気がするんだ」
高槻の雪野推薦理由は「直感」という、極めて曖昧で適当なものだった。
「まぁ...特に俺にもあてがあるわけじゃないしな...」
「じゃあ明日、私が誘ってみるね!」
俺も特には反論はしなかった。雪野さんだから何がダメということもないし。
雪野さんは既に学校にはいなかったので、その日はそれで活動を終了することになった。
翌日。
授業を終えた放課後、部室では俺と高槻、そして高槻が連れてきた女の娘の姿があった。
「どうも...雪野奈留です」
「どうも、里中孝宏です。聞き及んでいると思いますが、ノベル部の部員です」
俺はできるだけ変な印象を与えないように気をつけながら、彼女に自己紹介をする。
「そんなに緊張しなくても、ヒロ君は優しいから大丈夫だよ」
「は、はい...」
高槻が少し笑いながらそう雪野さんに言う。
雪野さんの前でも何のためらいもなく俺を「ヒロ君」と呼ぶ高槻。
とても恥ずかしいのでやめて欲しいと思ったが、今は口には出さないことにした。
「高槻の言う通り、気楽にしてくれればいいよ」
「ほら、本人もこう言ってるよ」
「うん、ありがとう麻衣ちゃん」
普段の雪野さんは、今ほど緊張するようなこともなく、普通にクラスメイト達に心を開いている。
だが俺と対面している時は、彼女からいつものその表情はなくなっていた。
「で...この部活のことだけど...」
「入ります...入らせてください!」
俺がその話をするのを遮るように、雪野さんが大声でそう言い、俺に向かって頭を下げる。
「...あ、うん、とりあえず入部届けを...」
「あ...それってOKってことですか?」
「というかそのつもりで君をここに呼んだんだけど...」
「ありがとうございます!」
そう言いながら鞄から出した入部届けを俺に差し出す。
俺はあっけにとられながらもそれを受け取った。
「おい、高槻」
「ん?」
黙ってその光景を見ていた俺の幼馴染を呼ぶ。
「お前、雪野さんに何言った?」
「私はヒロ君が部員足りずに困ってるから助けてあげてって言っただけだよ?」
「...そうか」
どうやらそこらへんの詳しいことは知ることはできなさそうだった。
「麻衣ちゃん、里中部長...これからよろしくお願いします!」
「え?部長?」
雪野さんが唐突に言ったその言葉に、俺は反応する。
「え...里中さん、部長じゃないんですか?」
「いや...俺が一人になってから、特に部長とか考えてなかったんだけど...まぁ俺がやるのが普通だよな」
つい最近まで廃部の危機で精一杯だったので、新しい部長のことなんか何も考えていなかった。
俺以外の二人はこの部活に入ってきたばかりなのでこの部活のことについては何も知らない。ここは俺が部長をやるのが妥当だろう。
「ヒロ君が部長やるの?」
「ダメか?」
「いや...じゃあ私が副部長になっていいかな?と思って...」
高槻が俺から目を背けながら、どこか恥ずかしそうな様子でそう立候補する。
「え?」
「私なら、ヒロ君をちゃんとサポートしてあげられる気がするんだ...ヒロ君だけだと心配だし、ね!」
自信満々に、ガッツポーズを作りながら俺の幼馴染が言う。
「私は、それで不満ないです」
雪野さんもそれを受け入れる。
「別に...それでもいいけど」
「やったー!」
高槻は嬉しそうにそう叫ぶと、唐突に俺に抱きついてくる。
「うおっ?!」
「あっ...」
しかし雪野さんの存在を気にしたからか、慌てて俺から離れる。
「仲がいいんですね」
彼女はそんな俺たちの光景を見て、フフフッと笑いながらそう言う。
「あぁごめんこんなとこ見せて...高槻も周りを気にしろ...!」
「アハハハ...ごめんねなるちゃん」
「いえいえ、見てるとこっちまで嬉しくなってきます」
雪野さんは微笑みながら、そんな俺たちの光景を眺める。
「私も二人のノリについていけるよう頑張りますね!」
そう言ってガッツポーズを作りながら笑顔を作る雪野さん。
先程までの彼女の緊張も、この会話を通して消えてるように見えた。
そして俺は、そんな彼女の笑顔に無意識にも惹かれていた。
「ヒロ君!」
雪野さんの笑顔に見入ってた俺は、幼馴染によって引き戻された。
「あっ...何?」
「これで3人集まったから、ノベル部は無事再始動!だねっ!」
高槻が今にも俺に抱きつくのを耐えている様子で、嬉しそうにそう言う。
「だな...ノベル部としての活動時間はあまり残されてないけど、二人ともよろしく!」
これで、俺がこの学校を去るまでは、ノベル部として活動することができそうだ。
今回のことは、高槻には感謝しなければならない。
(まぁ昔から高槻に面倒かけてばっかりの人生だったからなぁ...)
俺は心の中でそう思いながら、自分の幼馴染の姿を見ていた。
彼女は、その笑顔とは裏腹に、どこか悲しそうな表情をしているように見えた。
それから数日が経過したある日。
部員が3人になり、廃部を免れた我らノベル部は、約1ヶ月後に迫った小説の新人賞に応募する作品を作っていた。
「ねぇ部長?」
隣に座る俺の幼馴染が、俺をそう呼ぶ。
俺がこのノベル部の部長に任命されてから、高槻は俺のことをプライベートでも部長と呼ぶようになっていた。
「ここのヒロインのセリフ、もうちょっと自然な感じにできないかな?」
「やっぱり不自然過ぎたか?」
と言っても人数が少なくなってきてからまともに活動してこなかったため、分からないことだらけの状態だった。
さらに期間も最初からあまり残されていない状態で始めた為、最初から切羽詰った状態でのスタートだった。
人数もあれから増えることはなく、俺と高槻と雪野さんの3人だけの活動となっていた。
でもあまり多いよりもこれくらいの人数で丁度いいのかな...と俺は思っていた。
「雪野さんはどう思う?」
「私もそのセリフは不自然に感じますね」
「やっぱそうかぁ~」
雪野さんとも、あれから一緒に部活動を始めてからだいぶ打ち解けてきた気がする。
廃部騒動の時は俺と会話することすら困難だったけど、今は部活動以外の時間でも普通に会話できていた。
「どうしようかな...」
「部長、さっきからずっと手が止まってるよ...」
ノベル部と言っても、まともにシナリオが書けそうなのは俺しかいなかった。
高槻も雪野さんも、読書はするがろくに書いたことがないという。
結果、俺がシナリオを書き、高槻と雪野さんはその補助という形になった。
「今日はもう遅いし...また明日にしてもいいと思う」
雪野さんがそう言ってくれる。
「...ああ、そうだな」
時間があまりないのも事実だが、一人にはなるが家で書く事もできる。
何より、一度休んで気持ちをリセットさせることも重要である。
「私も疲れたかも...今日は終わりにしよっか部長...」
高槻も異論はないようなので、今日は帰って体を休めることにする。
帰りの道。
「じゃあ、部長と麻衣ちゃん、また明日お願いしますね」
「あぁ、またな」
「なるちゃんまたねー」
今日は時間も遅く校舎にはほとんど誰もいなかったため、俺ら3人で帰ることにした。
俺たちは部活帰り、学園を少し歩いたところの分かれ道で道が違う雪野さんと分かれる。
「じゃあ、私たちも帰ろっか」
「だな」
雪野さんを見送った後、俺たちも家路に向かう。
「あと1ヶ月で間に合うかな小説」
「正直不安だよ...」
「動くのが遅かったよねー...といってももう私達今年で卒業だし...」
「そうだな...」
俺たちは今年で卒業を迎える学年で、そろそろ進学・就職どうこうについても考えなければならない時期だった。
そういうのを考えるとこの部活も来年には高い確率で終わることになる。
「ほんと...この部活で何か一つはやり遂げてみたいな...」
「じゃあ頑張ってシナリオ書かなきゃね」
「だな...」
「...」
「...」
会話が止まってしまった。
俺と彼女の間に沈黙が流れる。
そういえば最近、高槻とこう二人きりになった機会があっただろうか...
そんなことを思いつつ、俺は高槻に伝えなければならないことを思い出していた。
もう結構前のことになってしまったが、あの校門での出来事。
5年前の中学2年生の春。
校門で高槻と待ち合わせの約束をする。
約束の時間は放課後の15時30分。
授業が早く終わった俺は、予定よりも20分も早くその場で待機していた。
外では高槻たちがいるはずの体育の授業が実施されていたので、俺はあまり目立たないように校門で待つ。
俺は高槻の様子が無性に気になって、体育の授業にいるはずの高槻を見ようと校門から眺めていた。
そして約10分がすぎ、体育の授業が終わる。
高槻含めた女性たちが、一斉に教室へ移動していく。
俺は緊張で頭をクラクラさせつつ、その時を待っていた。
しかし、先に俺の前に現れたのは、体操着を来た違う女の子だった。
俺は彼女とは友達の関係だった。
異性との関わりが乏しい俺のために、高槻が俺にその子を紹介してくれたのだ。
俺は、その場で彼女に告白をされた。
その時の時刻は、15時半ちょっと前。
着替えを終えた高槻がこの場に到着していてもおかしくない時間だった。
この光景を、高槻は見てしまったのだろう。
もちろん俺は、その告白を断った。
彼女には申し訳ないとは思ったが、しょうがない。
そして、彼女が俺の場から立ち去り、高槻が来るのを待っていた。
しかし、俺が待っていた人は、日が暮れても現れることはなかった。
俺が本当に好きなのは、紛れもなく高槻である。これは絶対に変わらない、昔から変わらぬ事実であった。
俺は、それを伝えなければならない。
(ふぅ...)
だいぶ遅くなってしまった。
もうこれ以上放置する訳にはいかない。
俺は心の中で、覚悟を決める。
「あのさ」
「え?!何?」
急に俺に話しかけられた高槻は慌てて返事をする。
「言いたいことがあったんだ...」
「え...」
彼女と俺の帰り道の途中。
二人で立ち止まり、迎え合う。
「俺は...」
その言葉を言おうとした時、途端に大きな電子音が鳴り、俺の言葉を遮る。
「あ...ごめん...」
それは彼女のポケット...携帯から流れてくる音だった。
「ちょっと待ってて、お母さんから」
そう言うと高槻は彼女の親からの電話に集中する。
それは1分たたない程度で終わった。
「あぁ...ごめんね部長、母さんが心配してて...もう夜遅いから...」
「あぁ...そうか」
「ここまで遅くなるとは思ってなかったから...私も親に電話するの忘れてて...」
「じゃあごめん!また!」
そう言って彼女は家に向かって走る。
「ちょっと待って!」
「え?!」
俺がそれを声で止めた。
「明日の放課後...部活行く前!」
「教室で話すから...みんなが、いなくなるまで待ってて欲しい!」
「うん、分かったよ!」
高槻はそう答えて去っていく。
「はぁ...」
とりあえず...明日また改めて伝えることはできそうだ。
それに安心し、俺は安堵の息を吐く。
早めに伝えないと、下手をしたら伝えられないまま卒業を迎えてしまいそうだった。
「明日...か」
俺は高鳴る鼓動を抑えつつ、自宅に向かって歩いた。
「俺は...お前のことが、好きなんだ」
そして、5年間抱き続けたこの想いを、彼女に伝えた。
学校の放課後、部活前の時間。
言いたいことがある。そう言って幼馴染である彼女とここに二人きりになって。
俺は高鳴る緊張を抑え、彼女に向かってそう叫んだ。
「ご...ごめんね...」
彼女の答えはそうだった。
「私とじゃ、釣り合わないよ...」
「そんなことは...」
「だめ...ヒロ君のことがもっと好きな人に悪いよ」
「高槻は...俺のことどう思ってるんだよ!」
俺は、つい声を張り上げてそう言ってしまう。
「...」
彼女はしばらく沈黙した後、口を開ける。
「今は...嫌いかな」
「...」
嫌い。
それが彼女の答えだった。
「今は...って」
「遅すぎたんだよ、何もかも...」
「はぁ...」
俺は、ため息をついていた。
「また手が止まっていますね...」
「そうだな...」
シナリオを書く俺の手が全く進んでないのを見てそう言う雪野さん。
しかし、俺のため息の理由は、そっちよりも圧倒的に大きなモノが原因であった。
「早く書かないと期限までに間に合わないよー?」
その大きな原因の張本人である彼女が、俺にそう言ってきた。
「そうだな...」
「なんだか今日の部長、元気ないですね...」
雪野さんが心配そうに俺の表情を伺う。
正直、まともにシナリオを書く気力など、今の俺にはもうどこにも感じられなかった。
「はぁ...」
帰り道。
今日何度目になるか分からないため息をする。
結局今日は何も活動出来ずに終わってしまった。
「二人には申し訳ないことをしたな...」
今、俺は一人で家に向かっている。
高槻は帰ることが決定した途端、「今日は二人で帰るといいよ!」と訳の分からないことを言って、俺たちのことを待たずにさっさと帰ってしまった。
彼女なりに空気を読んだのだろう。今は俺と一緒にいづらいはずだ。
雪野さんとも途中の帰り道ですぐに別れてしまうので、結局は一人になるのだった。
別れ際に「生きていればきっといいことありますよ!」と謎のアドバイスをしてくれたが、俺はそれをありがとうという無機質な一言でしか帰せなかった。
「はぁ...」
再度ため息を繰り返しつつ、俺は一人、家路に向かうのだった。
翌日の放課後。
部活の時間になる。
「ここの主人公の感情がうまく伝わらないから...もっと何を考えてるのかわかりやすくした方がいいかも」
「分かった」
「ここ、何が言いたいのかよく分からないです...」
「あぁ、そうか...了解」
今日の俺の頭は絶好調だった。
昨日のことに対して吹っ切れたような感覚に陥っていた。
「今日は手が止まらないですね...」
「これなら間に合うかもしれないね!」
「今日は昨日やらなかった分も頑張るぞ...!」
雪野さんや高槻を驚かせるほど、俺は作業を進められることができた。
まるで嫌なことから必死になって目を背けるように...
そして応募期限日を迎えるころには、シナリオはほぼ完成に近い状態になっていた。
そして応募期限最終日。
「終わったあああ」
「間に合った...」
なんとか作品を間に合わせることができた。
「良かったですね...頑張ったかいがありました」
「部長の最後の追い上げが良かったね」
「...だな」
あの失恋の日から今に至るまで、約1ヶ月。
あれから、その話題を高槻と話すことは一度もなかった。
その分、この小説作成の方に力を入れることができた。
そのおかげで、今回のこの成功を収めることができたのだ。
「これで、この部活として、少しは記録に残るようなことができたかな...」
「何もせずに終わるよりはこれで良かったに決まってるよ!」
「ここに転入してきたばかりですが...この学園で何かを達成することができて私は満足です」
二人が喜んでくれている。
この光景を見てると、本当に諦めずにやって良かったと思うことができた。
「そういえば...作品の方はどうしようかな?」
「そうだな...データとか消すのは勿体ないよな...」
「できれば、せっかく作ったんだから...実際に本の形にしたいよね」
高槻がそう提案する。
「顧問に頼んでみるのはどうでしょうか...」
「顧問...か」
言われてみればこの部活には顧問がいない。
いや、実際にはいたはずなんだが、人数が減って、まともに活動しなくなってから次第にいなくなっていた。
実質今は俺たち3人だけでこの活動は動いていた。
「出来ると思う。以前はクラブ誌として、先輩方の作品が刊行されてたから」
「そういえば顧問って会ったことなかったね...今更だけど...」
「1年前くらいにはまだいたんだけどな...活動が減ってくに連れて顧問も来なくなってきてな」
「そうなんですか...」
「とりあえずその顧問だった人に頼んでみようか」
俺たちはその顧問に会いに、おそらくいるであろう職員室へ向かった。
「これを本に?」
「できますかね...?」
「いいよ、待ってて」
作品の部誌は、思ったよりもスムーズにできそうだった。
「案外すんなりいけそうだね」
「とりあえず作品が無事、形にできそうで良かったよ」
「完成品が楽しみですねー」
自分たちの努力が今形になると思うと、素直に嬉しいと思えた。
「本なんだけどすぐには出来ないからあと30分くらい待っててくれないかな?」
作品のデータを持ったノベル部元顧問である先生が、俺たちにそう伝えてきた。
「わかりました...では30分くらいたったらまたここに来ます」
俺たちはそう言って、また部室に戻った。
「あぁ、私先に帰るね」
「何かあるのか?」
部室に戻ると、高槻がそう言い出してきた。
「うーん...今日は家に早く帰らないといけない用事があって」
「ふーん...そうか」
「...わかりました」
「じゃあ、また明日!」
「明日作品見せてね!」
高槻がそう言って足早と部室を出る。
早く帰らないとと言ってもなぜ今になって言うのだろうか...
「...」
「...」
高槻がいなくなり、場に重苦しい沈黙が流れる。
雪野さんとは今となっては気軽に話せる仲になっていたが、二人きりになるとなぜか緊張して、話しかけるタイミングがつかめなくなってしまうことがあった。
「部長」
その沈黙を先に破ったのは雪野さんだった。
「何?」
俺はそれに対して聞き返す。
「...」
彼女はまた黙ってしまう。
何か言いづらいことでもあるのだろうか。
「部長!」
何かを覚悟したような表情をして、彼女はこちらを見る。
「!」
俺はその時、すぐには何が起きたのか反応出来なかった。
「あなたのことが、昔から、好きでした。」
彼女の顔が俺から離れると、顔を赤らめながら、俺にそう告白してきた。
それが、俺のファーストキスだった。
里中編 1
「はぁあ...彼女欲しいなぁ...」
それは、俺が中学2年生になってから約2ヶ月が過ぎた頃。
夕焼けに照らされながら、桜の花びらが風に乱れるように舞う。
俺はそんな光景を窓から眺めながら、そんなことを思っていた。
退屈な授業が終わり、俺はクラスに一人残っているところだった。
「あの...里中さん」
「あ...」
窓を眺めていた俺に、後ろから声が聞こえてきた。
「あの...すみません...わざわざ私のために残ってもらって...」
彼女はどこか緊張した様子で、俺に話しかけてくる。
今日俺がこの時間に残っているのは、彼女に授業後教室で待っててほしいと言われたからだ。
彼女は小学生からの同級生で、たまに会話するくらいの関係だった。
「いやいや!いいんだよ!で、話というのは...?」
俺はその声に反応して、慌てたように席を立つ。
俺は昔から、どうも女の娘と会話することが苦手でいた。
異性に話しかけられただけで、無駄に緊張してしまうのだ。
「私...あなたのことが好きなの」
「...」
俺は彼女が何て言ったのか、すぐには理解出来ずにいた。
「え...」
「そういうことなの...」
「でも...俺たちそんなに喋ったことない...じゃん?」
「うん...」
「なのになんで...」
俺は小学生からの知り合いとはいえ、彼女どころか、女の娘とろくに会話したことがなかった。
ある一人を除いてだが...
「一目惚れ...だったんだ」
「え?」
「小学生の頃、初めて会った時から...ずっと」
そういうことか。
それなら納得がいくかもしれない。
だが俺のことを好きになる人がいるなんて、生まれてこのかた全く想像もしていなかったことだった。
これは奇跡かもしれなかった。
女の娘と話すことすらままならない俺にとって、空前絶後のチャンスにも思えた。
「里中...くん...」
彼女は俺の答えを待っていた。
この機会を逃したら、俺にまたそのチャンスが訪れることは、ほぼ期待できないだろう。
当然、俺の答えは決まっていた。
「ごめん...その気持ちには答えられない」
「え...?」
俺は今、空前絶後のチャンスを、自らドブに捨てた。
「俺には...他に好きな人がいるんだ」
「あっ...」
俺のその言葉を聞いて、彼女は一瞬泣きそうな顔を見せる。
「うん、分かった。じゃあしょうがないよね」
だが、彼女はそう言ってすぐに笑顔を作ってみせた。
「あぁ...すまん...」
その笑顔の彼女の目は、涙で潤っていた。
「...帰るか」
彼女が泣いて走っていくのを見送った後、俺は帰り支度を始めた。
「ヒロ君!」
「あぁ高槻...」
学校の校門の前。
生まれて初めて女の娘をフった俺を待っていたのは、俺の好きな人だった。
「今日は先に帰っててって言ったのに...」
高槻は、俺が生まれてから現在に至るまでずっと目の前の家に住んでいる幼馴染だった。
彼女とは昔から、登校も下校も一緒に通うことがごく普通になっていた。
「何してたの?」
俺の言葉をスルーして、俺にそう聞いてくる。
「別に...ちょっと用事があっただけだよ」
先ほどあったことを彼女や他人に言うことには、抵抗があった。
むしろさっきのことは、早く無かったことにしたかった。
「普段なんの用事もないくせに?」
「うるせぇ」
この学校に入ってから3ヶ月になるが、俺は今のところどこの部活に入るのか決めていなかった。
俺は授業が終わってもどこかの部活に顔を出そうともせず、さっさと帰ってしまっていた。
もうほとんどの人は部活を決め、入部を決めている人が大半だった。早い人は既に入部していたりもする。
「高槻はバレー部に決めたんだっけ?」
「とりあえずはね。ヒロ君はどうするの?」
俺を煽るような口調で、高槻はそう聞いてくる。
「俺は...別に...」
俺はごもごもした口調でそう答えた。
「部活、どこも入らないの?」
「分からん...」
「はぁ...」
彼女が呆れたように、大きく溜め息をつく。
「ヒロ君...変わったよね」
「え...?」
「昔はもっと積極的だったよ、何事にも」
「それはだって...その頃はまだ子供だったし」
「そうだけど、さぁ...」
俺と彼女は、二人帰り道を歩きながら、そんな話をしていた。
昔...俺がまだ小学生の頃だ。
俺はヒーロー番組が好きだった。
ヒーローが悪いものをやっつけて、大切な人を救う。
そんなありきたりで、だけど綺麗な物語が好きだった。
そして、それは俺の夢でもあった。
困っている人を助け、皆を笑顔にする。
「ヒーローは恐れない!正々堂々戦って、世界を救うんだ!」
そんなことを大声で叫んで。
俺はヒーローになりたかった。
今考えたら馬鹿馬鹿しいことである。
たぶん俺がその頃とても積極的な性格だったのは、そのせいだろう。
「フフフ、ヒロ君かっこいいね!」
そんな俺を、いつも笑ってくれる人がいた。
その人は、いつも俺のそばにいてくれた。
こんな俺を馬鹿だとは思わず、ずっと俺の味方でいてくれた。
俺はたぶん、その頃からその娘のことが好きだったんだろう。
俺がヒーローになって笑顔にしたかったのは、その娘だったのではないだろうか。
俺の大切な、幼馴染...
「ヒロ君!」
「...!あぁ...」
「聞いてる?」
俺はその大切な幼馴染の声で、我に帰る。
高槻と昔の話をして思い出してるうちに、それに入り込んでしまっていた。
「もうしっかりしてよ?私にあまり心配かけさせないでね」
「ハハハ...」
「じゃあもう家に着いたから、また明日ね!」
「おう」
そう言って、彼女は自分の家目掛けて歩いていく。
「俺も帰ろう...」
高槻は昔からそうだった。俺のことをいつも気にかけて、心配している。
俺は、そんな彼女―高槻麻衣―のことが、好きだった。
「ヒロ君!朝だよ!」
「うーん...」
馴染みのある声が、俺の耳に入る。
目を開けると、そこには俺のよく知る顔が、笑顔で俺の様子を伺っているのが見えた。
「おはよう、ヒロ君!」
それが、俺のいつも通りの一日の始まり方だった。
「今日転校生が来るんだってな?」
「それがめちゃめちゃ可愛いらしいぞ!」
夏の到来を思わせるような、暑くて眩しい光が恨めしく感じるこの天気。
今ではもう当たり前になっている、幼馴染と二人での登校の時間。
周りから『転校生』という言葉が、チラホラと聞こえていた。
「転校生が来るみたいだね」
「だな...」
「どこのクラスだろうね?」
「どうかな...?」
正直俺は周りで話題になっている程、その話題について興味が湧かなかった。
「どんな人なのかな?」
高槻は、まるで俺と話すことを望んでいるような勢いで、質問をぶつけてくる。
「別に興味ない...かな」
俺は思っていることを、正直に答えた。
「可愛い娘みたいだね...その娘」
「え?」
「周りの人たち、皆それで盛り上がってるみたいだし」
確かにただの転校生が来るという内容だけで、ここまで話題になることは考えづらかった。
周りからチラホラと盛り上がってるその様子を見る次第では、確かに可愛いから話題になっている様子だった。
「そうか...興味ないんだ...よかった」
「何がよかったんだ?」
「いや、なんでもないよ~?」
何故か嬉しそうな表情で、高槻はそうすっとぼける。
「まぁ...この話題もどうせすぐに収まるだろ」
「ヒロ君本当に興味なさそうだね?本当に男の子?まさかこっちだったり...」
「それはない」
何故か顔を赤らめながらそう聞いてくる彼女に対し、俺は真顔で否定した。
「安心した」
彼女は本当に安心したような表情でそう言うと、安堵の息を吐いた。
「そんな訳ないだろう...」
「そっか」
「それに可愛い娘はもう間に合ってるから...」
「え?」
「ああ?!何でもない、忘れてくれ」
俺は無意識にとんでもないことを彼女の前で口に出していた。
「じゃあ俺、先に教室行ってるから」
「え!あっ」
無性に恥ずかしくなった俺は、彼女の顔を見ることも出来ないまま、無我夢中に教室へ走り出していた。
「...」
「...」
気まずい。
高槻とは同じクラスで、高槻が教室の一番左後ろ、俺がそのひとつ前の席に位置している。
普段なら先生が来るまで二人で話し合っているようなものだが、今日は先ほどの俺の失言のせいか、互いに会話できずにいた。
「フフフ...ハァー...!」
むしろ高槻の方は、何故か笑ったり変な溜め息をついたりしていて、その声を真後ろで聞いていた俺は何か気持ち悪い感触を覚えた。
「おーい皆席に着けー」
時間になり、先生が教室にやって来る。
皆が静かになってくれたおかげで、俺と高槻の気まずさは少し紛れた気がした。
今までで先生が来てくれて嫌な気分になることはあったが、良かったと思う時がくるとは思ってもいかなかった。
「えーと...今日はウチのクラスに転校生が来ている」
途端に、クラスがどっと反応する。
「話題の転校生、私たちのクラスだったみたいだね!」
俺の後ろにいる彼女も、どこか興奮しているみたいだった。
「そうだな」
俺は、無関心にそう答えた。
「雪野!入ってきていいぞ!」
先生が、クラスの外で待っているであろう転校生を呼ぶ。
「おおお...」
「いい...」
クラスに入ってきた彼女を見て、クラスの男たちが所々で反応を示していた。
「えーと...ほら、自己紹介頼む」
先生がどこか言いづらそうにしながら、転校生にそう言う。
「えっと...あの...」
口ごもる彼女を、静まり返ったクラスの中で、見守る。
「雪野...雪野なりゅ...あっ...すいません!」
大事な最初の一言で噛んでしまったああ!!
彼女はきっと、そう思ってるだろう。俺は勝手にそう思っていた。
...不快にも、俺はそれを可愛いと思ってしまった。
「がんばれー...」
「?」
後ろから、彼女を応援するような声が聞こえた。
(どこまでお節介焼きなんだよ、全く...)
俺は心の中で自分の好きな幼馴染にそう突っ込みつつ、転校生の様子を伺う。
彼女は困ったような、おどおどしたような表情を見せていたが、覚悟を決めたのか、再び真剣な顔になる。
「雪野...雪野奈留です。今日からここのクラスのお世話になりますので、どうかよろしくお願いしましゅ!」
惜しい!!
それが、俺たち3人が巡りあってしまった、初めての時間だった。
里中編 2
「雪野さん、おはよう!」
「雪野さん、私と友達になってよ!」
ちょうど一限目の授業が終わると、クラスの女子たちが一斉に立ち上がって、俺のところに来て盛り上がっていた。
...いや、正確には俺の隣の席だが。
「雪野さんって前はどこの学校だったの?」
「前の学校では雪野さんモテたりした?」
「いや...あの...」
遠慮を知らない女達の襲撃を受けた転校生さんは、あわあわしながら困っているようだった。
「雪野さーん!俺と友達にならないー?」
「ちょっと今私たちが話してるんだから邪魔しないでよね!」
一方で、男子生徒たちの入る隙間は女性陣によって遮られ、会話することは困難な状態に陥っていた。
「雪野さんってさ、可愛いよね」
「え...?あぁ...」
隣の騒がしい光景をぼーっと眺めていた俺に、後ろの席に座っている高槻がそう言う。
(お前の方が可愛いんだよなぁ...)
俺は心の中でそう密かに思いながら、決して口では出さずにいた。
「あの調子だと友達に困ることはなさそうだね」
「なんでお前がそんなこと気にするんだよ」
昔から高槻は、俺も含めて誰にでも無駄にお節介なところがあった。
で、自分が困っているところは誰にも見せないように、言わないように、いつも必死でいるのだった。
ずっとそばにいた俺には、彼女が隠しているつもりでもそれに容易に気づくことができていた。
「友達といえばさあ」
「え?」
「ヒロ君が私以外と喋ってるところ、あんまり見ないね」
「だからなんだよ」
「友達いないの?」
「何か問題ある?」
「大アリだよお!」
彼女は怒ったような表情を作って、急に声を張り上げながらそう言った。
「おこなの?」
「おこ...?」
「すまん、なんでもない」
「そうなの...?」
「それはともかく、そういうお前も誰かとまともに話しているのを見たことがないんだが」
「私はいいの!」
「よくないだろ」
「私はヒロ君がいれば何もいらないんですよ」
「そう...」
「今の喜ぶところだと思うんですけど」
「高槻に言われてもなぁ...」
「酷いなぁ...」
無論、嬉しかったけど。
自分のことより、人のこと。
それが彼女―高槻のモットーなのだと、俺は思っていた。
そして、俺はそんな高槻のことが好きだった。
もちろん、友達としての意味ではなく。
「あの、雪野さん!」
「なな、なんですか?」
噂の転校生の周りの人が減ってきたところで、ここぞとばかりに雪野さんに話しかける俺の幼馴染。
「ここにいる可哀想なぼっち里中くんと、友達になって欲しいんです」
「はぁ?!」
初対面の女の子に対して、この女は何てことを言ってくれているのだろう。
「えっと...あの...」
「ほら、困ってるじゃないか...ごめん、こいつが急に変なこと言い出して」
「いや、大丈夫です、すいません...」
言葉とは裏腹に、困ったような表情を浮かべながら、雪野さんは答えてくれた。
「ちょっと何よ変なことって?!」
「初対面の子に向かっていきなり『この可哀想な子とお友達になってあげてください(笑)』ってどう考えても変だろう」
「別にそんな言い方してないでしょ?!」
「似たようなもんだよ」
「人がせっかく友達募集中のぼっちヒロ君の助けになってあげようと思ったのに」
「そんなことは頼んだ覚えもないし、俺は友達募集中じゃない」
「だとしても、友達なしはやっぱり寂しいと思うがね」
今なんで急に口調変えた?
「俺は寂しいとは思ってない」
「あ、あの...」
「おーい席着けー授業始まってるぞー」
雪野さんが何かを喋ろうとしてたところで、休憩時間が終わる。
「はぁ...」
「溜め息つかない」
「いちいち反応しなくていいから」
いちいち反応するあたりが可愛いなぁ
というか思うがねってなんだよ普段そんな言葉使わないだろ
可愛いなぁ
静かだ。あと胸が大きい。
それが、雪野さんに対して抱いた俺の感想である。
彼女は基本無口で、どこかおどおどしてるような印象があった。
先程までは彼女の周りではあんなに沢山いたギャラリーも、今では嘘のようにいなくなっていた。
彼女のこの性格が影響したのだろうか。
雪野さんからはなんとなくとても暗いオーラが漂っているように、俺は感じていた。
俺はこういうタイプは嫌いではないが、高槻の方が好きであることは間違いない。
確かに高槻の方が胸こそは小さいものの、女は身体だけではないのだ。
彼女は、間違いなく過去に何かあった。
もちろん証拠も何もあるわけではないが、俺の厨二的な心が、確かにそう感じさせているのだ。
「...ヒロ君!聴いてる?」
「...え?あぁ何?」
昼休憩の時間、俺はいつも通りたった一人の会話相手である高槻と教室で弁当を食べていた。
「もう...ヒロくんずっと雪野さんの胸ばっか見て...」
「嫉妬?」
「そうかも」
俺は本当に嫉妬であることを心に願っていた。
「そうですか」
隣には、今日の有名人である女の子が、一人で何も言わずに黙々と弁当を食べていた。
もし、こうして俺のそばに高槻がいなかったら、俺も今頃あんな感じになっているのだろうか。
「うん、やっぱりヒロ君には友達が必要です」
「は?」
「ちょっと挑戦してみるね」
そう言うと、俺の唯一の会話相手は突然、一人で黙々と食を進めている話題の転校生の元へ向かった。
「ゆっきのさん♪」
「...はい?」
「一人でお弁当?」
「あっはいそうですけど...?」
雪野さんがちょっと不機嫌そうな表情をしている。
気がした。
「私たちと一緒に食べようよ」
「いえ、結構です」
「即答ぅぅ?!」
「すいません、私は一人がいいんです」
「えぇ...」
雪野さんは(確実に無理して作った)笑顔を作りながらそう言うと、再び黙々と弁当を食べ始めた。
「...」
高槻が困ったような表情をしながら、こちらを見て来ていた。
「...帰って来い」
それが、俺の敗戦した高槻にしてあげられる精一杯の言葉だった。
「雪野さんってさ、可愛いよな」
退屈な授業が終わり、放課後を迎えて、他のクラスメイトがさっさと帰っていく。
そんな中、俺たちはいつものように二人で教室に居残って喋っていた。
「はあああああああああああああ?!」
俺が言ったことに対して、高槻が隣のクラスにも響くんじゃないかと思われるくらいの声を出して叫んでいた。
「高槻さ仮に女の子だとしてもさ、はああああ?!はないだろさすがにさ」
「...」
「ヴッ?!」
「帰るよ」
その後高槻に何故か無言で腹パンを受けた俺は、先に歩いて行ってしまう彼女の後を追いかけた。
ありがとうございますと、心の中で感謝しながら。
「ちょっとトイレ寄ってくわ」
「あっうん」
さっき殴られたせいか、どうもお腹の調子が悪い。
俺は高槻を外で待たせて、トイレに駆け込んだ。
「ふぅ...」
(俺はいつ、言えるのだろうか)
俺は用を足し終えると、ふとそんなことを考えていた。
俺は高槻が好きだ。気づいたら好きになっていた。
小学生の頃だっただろうか、詳しい時期までは覚えていないが、俺は彼女に恋をした。
だがその相手が、よりによってずっとそばにいたあいつなんて。
幼馴染との恋はほぼ高確率で失敗すると、どこかの話で聞いたことがある。
それがどこの誰のデータかは知らないが、正直俺があいつとそういう関係になるというには、違和感がありすぎた。
今は...まだ自信がない。
この気持ちを、今もすぐそこにいる彼女へ伝えるのが果たして正解なのか。
「...ん?」
携帯の通知音が響く。
トイレに入ったまま俺は自分のポケットで鳴る携帯を取り出すと、音が鳴った原因を確認する。
「高槻...?」
すぐそばにいるはずの彼女から、何故か着信が届いた。
「...?!」
俺はその通知分を読むと、手を洗うことも忘れて、慌てて彼女の元へ向かった。
『雪野ちゃんが危ない...早く戻ってきて!』
通知分には、そう書かれていた。
トイレから出ると、問題の現場は思ったよりもすぐそばにあった。
「高槻!雪野さん!」
「ヒロ君!」
「あぁ?誰だよお前」
目の前には、高槻と雪野さんの他に、どこかチャラくさい男子生徒3人が立っていた。
雪野さんが、怯えるように震えているのが分かった。間違いなくこの男たちが原因だろう。
「高槻何があったんだ?!」
走ったわけでもないのに、俺は無駄に呼吸を激しくしながら彼女にそう聞く。
「ヒロ君この人が...」
「おい無視してんしゃねぇぞ!」
「グハッ...?!」
これはずるい。不意打ちである。
訳の分からないまま、俺はこのチャラ臭そうな男に顔面を殴られた。
「いったいなぁもぅ...」
「俺は今雪野ちゃんと大事な話をしてるんだ、邪魔しないでくれよ」
「...それは認められないなぁ」
「は?」
そう彼に言いながら、俺は高槻たちの前に立つ。
状況が理解できてないので何とも言えないが、とりあえず素直に引き下がるべきではないと直感で感じた。
そもそもいきなり人を殴ってくるような人がよからぬ事を考えてない訳ない。
俺は都合よくそう考えておくことにした。
「雪野ちゃんがこの人たちにいじめられてて...」
高槻が何があったのかを教えてくれる。
「おいおいいじめてるなんて人聞きの悪い」
「じゃあ何してたんですかね」
俺はこういう場は全く慣れていなかったが、できる限り強気でそう言ってみせた。
「その雪野っていう転校生、前の学校で生徒に告ったらしいじゃねぇか」
「それがどうした」
「あなたが...好きです...だってか?勝手に勘違いして木村にそう告ったんだぜ?」
「うっ...」
彼のその言葉に反応した雪野さんの声が後ろで聞こえた。
「ちょっとやめてよあなたたち!」
後ろで雪野さんの手を握りながら、そう援護射撃してくれる高槻。
まともに喧嘩したことなく、口では言えても心では滅茶苦茶怯えていた俺にとっては、今の高槻の存在はとても心強かった。
「ちょっと二人で出かけただけですぐ堕ちるってもうほんと面白いわぁ雪野ちゃん?」
「ねぇねぇ今度は僕とデート行かない?」
「雪野さんが何か君たちに悪いことしましたかね?」
「はぁ?何女の前だからって強がってんだよお前!」
「グハッ?!」
また殴られた。喧嘩なんて生まれて二度とやらないと思ってたのに。
「グフウッッ?!」
勝てるわけがない。俺は自分の好きな女の子も守ってやれないのか。
「グハアッ?!」
「ヒロ君!」
高槻が叫んでるのが聞こえた。
でももうダメだ。
アニメの主人公だったらここらへんで覚醒できるのだろうが、残念ながら俺は普通の人間だった。
「ウッ...?!」
段々と意識が遠のいていくのが分かった。
「君たち!何をしている!」
「あ、ヤベッ...」
そのまま向こうの世界へ行きかけた時、先生の声が聞こえた気がした。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないです」
翌日の朝の学校。
喧嘩騒動はとりあえず一件落着した。
先生が早めに気づいてくれたおかげで俺以外の怪我人が出ることはなかったらしい。
雪野さんをいじめていたあいつらはそれなりの処分が下されるらしいが、正直あまり興味はなかった。
それよりも、高槻も雪野さんも無事で何よりだ。
「あざがまだくっきり残ってるよ」
「仕方ないだろ」
俺の後ろの席で、笑いながらそう言う高槻。
「感謝して欲しいけどな」
「してますしてます!」
「じゃあ何して欲しいの?」
「何してくれるの?」
「質問に質問で返すのは違法だよー!」
「違法ではねーよ」
例え怪我をしても、高槻との何気ない会話だけで癒された。
こんな大切な幼馴染に怪我なんてさせられない。本気でそう思える。
それは友情だけの理由ではないとはっきり理解していた。
俺は、完全に彼女に堕ちていた。
「おーい皆席着け~」
先生が来て、授業が始まった。
「雪野さんが今日休みだから、今から配るプリントを誰か家に届けられる人はいないかー?」
雪野さんは今日は学校には来ていなかった。
昨日のこともあってか、仕方ないことなのかもしれない。
転校早々ひどいことがあったものだ。
「はい!私が届けます!」
「おう、じゃあ頼むぞ高槻」
予想通りというか、お節介な幼馴染がそのプリントを受け取った。
「はぁ...」
なんてことだ。
と言うのも、高槻が急に用事を思い出したというので、雪野さんのプリントを俺に押し付けて先に帰ってしまったのだ。
『ごめん!いつか借り返すからお願い!』
そう言われて受け取ってしまった俺も悪いのだが。
どうせ明日になったらそんな借りなんて忘れてる癖に何を言ってるのか。
でもやっぱり、大好きな幼馴染に言われちゃうと断れないもので。
先生に教えてもらった地図を頼りに、俺は雪野さんの家に着いた。
「雪野」の表札を確認して、俺はインターホンを押そうとした。
「あっ...」
その時、後ろから雪野さんの声がした。
「あぁ雪野さん外にいたんだ...」
「はい、何かご用ですか...?」
雪野さんがどこか不安そうにしながら、俺にそう聞いてくる。
「これ」
昨日のこともあり、あまり話しかけずらかった俺は、さっさとプリントを渡して帰ろうかと試みた。
「...」
「雪野...さん?」
残念ながら、そう上手くはいかないみたいだった。
「すいません...こんなところで...」
「いや...大丈夫気にしないから...」
突然、彼女は俯いて泣き出してしまった。
「すいません、昨日のことを急に思い出しちゃって...」
「大丈夫だよ、君は何も悪くない」
とりあえず雪野さんの家に入れてもらった俺は、雪野さんの部屋にまで案内される事態となってしまった。
しかもよりによって他の家族は皆出かけているらしい。
思春期の男の子に対してこれはあまりよろしくないことじゃないのかと、俺は勝手に思っていた。
「少し...話をしてもいいですか?」
珍しく、彼女の方から話をふってきた。
「別に問題ないよ」
俺はそう答えた。
今の状況に、心の整理が間に合ってなかったため正直それどころではなかったが。
「昔...私、ある人に初めて恋をしたんですね」
「うん...」
「でもそれがとんでもない罠で、その男の人に騙されちゃったんです」
「...」
雪野さんが話しているのは、昨日のあのチンピラ共の言ってたことの話だろう。
正直、あまり聞きたくはなかった。
「それで、その罠にハマってから、私はイジメを受け出し始めて...」
「雪野さん、もう...」
これ以上聞くのは、俺の精神が持ちそうになかった。
「だから転校してきたんですけど...昨日のことでこの学校にも噂になっちゃいますよね、だからまた...」
彼女が、また、今にも泣きそうな表情をしていたので、俺は黙っていられなくなってしまった。
「え...?」
「その時は...俺がまた守るからさ」
抱きしめることを抑えながら、俺は彼女にそう言ってみせた。
「だから俺たちさ、まずは友達になってみないかな...なんて...」
「里中...さん」
俺は心拍数を極限まで高めながら、会ってたった2日の異性の子に対して、初めての友達申請をしたのだった。
高槻編
「お母さんおはよう」
太陽が照りつける朝。
彼女が私と彼の場から離れてから数年がたったある日。
気づけばもう高校生になっていた。
まだ学校へ行くには早すぎる時間。自分の枕元でうるさく鳴り響く目覚まし時計の音を聞き、私は目を覚ました。
「今日も早いね~いいことだわ。また孝宏くんに会いにいくの?」
「そうだよ」
目の前に用意されている朝ごはんを食べつつ、それを作ってくれたであろう母親と会話をする。
「で、どうなの?」
「何が?」
「孝宏くんとのことに決まってるでしょ?」
「別に普通だよ...」
「普通って、あんたまだ何もできてない訳?!」
「タイミングがつかめなくて...」
「はぁ...」
私は、孝宏くん―ヒロ君のことが好きだった。
「あんたねぇ...こういうことは、早く言わないと手遅れになっちゃうよ?」
「分かってるけど...」
と言っても、自分が恋をしていることに気づいたのはつい三日前のことである。
いつも当たり前のように近くにいた彼に対して「好き」と告白するということだけでも、とても難易度が高く感じられた。
「こういうことはさっさと言ったほうがいいよ~。経験者の私が言うんだから、間違いない!」
母親にそう忠告される。
私の母親は、自分と同じくらいの歳の頃に、好きな男性がいたらしい。
しかし自分のその想いを伝えられないまま、その男性には彼女が出来てしまう。
幸せそうにしている二人を見た私の母親は、後悔と共に、どうでもよくなっていた。
しかしその彼は、本当は自分の母親のことが好きだったらしく、付き合っていたその娘と別れて母親に告白する。
だが母親はそれを断った。むしろ彼女と別れた彼に対して別れることなんてなかったと言ったらしい。
「鉄は、熱いうちに打つんだよ。何事もね」
「うん。頑張ってみるよ」
「麻衣は可愛いから、心配しなくても大丈夫よ」
「ちょ...何言ってるの?!」
冗談半分で、母親は私にそう言う。
「じゃあ行ってくるね、お母さん」
私は部屋にある時計を確認しながら、何かを期待してるような気持ちでその場を立つ。
「うん、頑張ってらっしゃいね~」
その母親の言葉を最後に、私は早々と家を出た。
「ねぇヒロ君、起きて」
私はいつものように、寝起きの悪い彼の元を訪れる。
「ん...高槻おはよ...」
私の言葉に反応した彼は、重いものを持ち上げるような、辛そうな表情をしながら体を起こした。
「おはよヒロ君!」
「わざわざ毎朝起こしに来なくてもいいのに」
「ダメ?」
「いやダメじゃないけど...なんか申し訳ないなと思って」
私はその申し訳ないという言葉に、引っかかりを覚えた。
私は自分の意思でそうしたいと思い、ヒロ君を起こしに来ているのだ。
昔から鈍感な私の昔からの幼馴染。
私はずっと前から、彼のことが好きだったのかもしれない。
(・・・よし)
私は、先ほどの母親との会話を思い出す。
私はこの流れを利用して、彼に対し挑戦的な態度を取ってみることにした。
「ヒロ君。私ヒロ君のこと好きだよ」
私はヒロ君の反応を伺うつもりで、そう言った。
私のその言葉は、ちょっと震えてたかもしれなかった。
「...は?」
突然の私の言葉に、ヒロ君はぶっきらぼうにそう返してくる。
「だから、毎朝ヒロ君のことが気になって、朝起きたら真っ先に会いにきたくなっちゃうんだ」
それでも私は、彼に対して真剣な表情を作ってみせた。
「高槻...お前...」
「...ヒロ君?」
ヒロ君はじっと私の顔を見ていた。
今にも吸い込まれそうな私の好きな人であるその目に、私は目が離せなくなっていた。
「あー...なんてね!冗談冗談!!」
「え?」
それに耐え切れなかった私は、この話を無理矢理終わらせようとした。
「いいから、早く顔洗ってきて!寝癖もひどいよ!」
話の流れを変えるために、私は彼に洗面所へ行くのを促す。
「高槻...」
「な...何?」
「顔赤いぞ?」
「そ、そんなことないです!!」
「なんで敬語なんだよ...」
彼のその言葉で、私は自分が今激しく動揺していることに気づいた。
(はぁ...)
そして、私は心の中でため息をついた。
私は、彼とのこんな当たり前の生活が好きだった。
幼馴染としての普通の会話。何の変哲もない日常。
こんな生活が、いつまでも続けばいいと思っていた。
そして、この想いが、彼に伝わるのを信じて待っていた。
しかし、彼はその時が来るまで、気づいてくれることはなかった。
それは、私がまだ小学生だった頃。
真上にじりじりと照らされる真夏の光にダメージを受けつつも、私は彼のいるところを目指して走っていた。
私が目的の家に着き呼び鈴を鳴らすと、彼のお母さんが扉の前で待つ私を出迎えてくれた。
私はその母親の了承を得ると、彼のいるであろう部屋に向かって走り出した。
「孝宏ー、高槻ちゃんが来たわよー!」
彼のお母さんが、私の目的の人に向かって叫ぶ。
私がここまで興奮してるのは、今日が大事な約束をした日だからである。
「痛っ...」
それは昨日、私とヒロ君の二人で下校していた時のこと。
私が道につまづいて転んでしまった時だ。
「おい大丈夫か?」
「いたた...大丈夫...」
私は膝を擦りむいていたが、彼に心配をかけたくなかったため嘘をついた。
「嘘を付け、怪我してるじゃないか」
「あっ」
そういうと彼は私の膝を確認する。
やはり、彼にはこういう嘘は見抜かれてしまう。
正義感が強いというか、優しすぎるのだ。
そして、そんな彼を、私は...
どう思っているのだろう。この頃は、まだ答えに出せずにいたのだった。
「体がなまってるから、こんな怪我をするんだ」
「え?」
「明日、学校休みだよな」
「うん...」
「体を鍛え直そう」
「え...?」
彼の突然の言葉に、私は戸惑っていた。
「明日、公園でランニングだ!俺と一緒に!」
その言葉が、休日なのにも関わらず、彼を起こしに行っている理由だった。
いや、休日だろうと関係なしに毎朝起こしに行ってるんだけど。
それでも、今日は異様に心が高ぶっている気分だった。
ヒロ君と二人でランニング。ただそれだけの話だ。
なのに、私はとても落ち着いてはいられない気持ちに駆られていた。
「ヒロ君起きて!朝だよ!」
ドアを開けると同時に、私は大声でそう言い放つ。
「うーん...おはよう高槻...」
「おはよう、ヒロ君!」
体を起こして眠たそうにしている自分の幼馴染に、私は笑顔でそう言った。
「あ!ガメンライダー!今何時?!」
唐突に、ヒロ君は言う。
「大丈夫、まだ10分前だよ」
私はそう答えた。
ヒロ君はヒーロー番組が大好きで、毎週の休日の朝に放送していたヒーロー番組を欠かさず見ていた。
それを知っていた私は、大体この時間くらいにヒロ君を起こしに来ることが日課になっていた。
「チャンネルチャンネル!」
先程までの眠たそうな様子はどこにいったのか、起きて早々慌ただしくするヒロ君。
「そんなに慌てなくても...」
「今日はいよいよ黒幕との最終決戦なんだよ!少しでも見逃すわけにはいかないの!」
興奮気味な様子で、ヒロ君は言う。
「私がこうやって起こしに来てくれるから、見逃さずにすんでるんだけどねー」
「あ、あったあった!」
ヒロ君は、私の言ったことを受け流しながら、チャンネルを見つけてテレビをつける。
「むぅ...」
私は不機嫌な気分になった。
(誰のおかげで起きれてると思ってるんだか...)
寝坊気味なヒロ君が学校を遅刻しないで来れるのは、私が毎朝起こしに来てるからである。
「あの...ヒロ君?」
私はなんとなく不安だったため、今日の本題について聞いてみることにした。
「ランニングのことは...ちゃんと覚えてるよね?」
「え?何か言った?」
「!」
私は彼のその言葉に、怒りを覚えた。
「な、何でもないよ!!」
「あ、おい?!」
私はそう言うと、彼にベーと舌を出して、自分の家の方へ走っていった。
「ヒロ君の嘘つき...ヒロ君の嘘つき...」
私は自分の部屋で座り込みながら、そうぶつぶつ言っていた。
「おい麻衣ー!孝宏くんが呼んでるぞー!」
私のお父さんの声が聞こえる。
「ふん、知らないもん、ヒロ君のことなんて...」
私はそう言って、無視し続けた。
その時、ヒロ君の叫び声が聞こえた。
「おい高槻!今日はランニングの約束だろ!逃がさないぞ!」
ヒロ君は、ランニングのことをちゃんと覚えていた。
「え...」
ただの私の勘違いだった。
「はぁ...はぁ...」
頭の芯に突き刺さってくるような真夏の道の反射。
焼けつくような真夏の陽射し。
もう走り出してから10分が経過しただろうか。
私はそんな状況の中で、必死に公園を走り回っていた。
「ほら頑張れ頑張れ!」
彼はまだ元気そうだった。
その彼の元気そうな顔を、私は今までどれだけ見てきたのだろう。
私は、彼のそんな姿を見ることが好きだった。
「はぁ...ヒロ君...」
ヒロ君は、隣で一緒に走ってくれていた。
それだけのことなのに、私は走ることの辛さよりも、そのことによる幸せを大きく感じていた。
「ヒーローは恐れない!正々堂々戦って、世界を救うんだ!」
「知らないよぉ...」
何かのヒーロー番組の台詞か何かだろうか。彼は嬉しそうにそう私に叫びながら、応援してくれていた。
「はぁ...もうダメ...」
走り続けて15分くらいたったのだろうか。
「ちょっと休憩するか?」
私がもう限界そうに見えたのか、ヒロ君はそう聞いてくれた。
「うん...」
私たちは、公園の近くの木陰に座って休憩を取っていた。
「どうだった?走ってみて」
「疲れた」
私はちょっと怒ったような態度を取りながら、そう答えた。
「ハハハ、そう怒るなって」
彼が笑いながらそう言う。
「これで、もうあんな馬鹿みたいな怪我をすることはなくなったかな!」
「これくらいじゃ何も変わらないよ...」
私は呆れたようにそう口にする。
「でも...」
私は、何に対してなのかはよく分からない覚悟を決めて、少し恥ずかしく思いながらも、彼の手を握る。
「...ん?」
「ヒロ君のこと、もっと好きになれたって、思えたからいいよ」
私は、緊張しつつ、よく分からない気持ちで、彼にそう言った。
「えっと...」
彼は途端に顔を赤らめていた。
「どうしたの?顔赤いよ?」
「か、帰るぞ!今日の特訓はもう終わりだ!!」
照れているのを隠すように、ヒロ君がそう叫ぶ。
「一緒に...帰ろうね」
「うるせぇ!」
そうして、私たちは一緒に、家に向かって歩きだした。
(いつまでも...あなたのそばでこうしていたいな...)
今も変わらない、その夢を見ながら、私は今を幸せに生きていた。
雪野編 1
私の名前は、雪野奈留。中学1年生。
それ以上でもそれ以下でもない、ごく普通の女の子。
と、自分では思っていた。
そうであると思い込んでいた。
私はいつも一人だった。
友達なんて...一人くらいしかいなかった。
...ごめんなさい。本当は一人もいません。
友達なんて、いる訳ないじゃないですか。
だって誰も話しかけてくれないんですもん。
私から話しかける義理なんてないですし...ないですし...
ごめんなさい、私にその勇気がないだけですよね。そうですよね。
季節は...春が終わるくらいかな?私がこの学校に入学してから2ヶ月が過ぎた頃。
私は今、教室の自分の席に座っています。放課中です。
すみっこです。クラスの一番左後ろのところです。
嬉しいです。誰にも見られないし目立ちません。
最高の席ですよね、皆さんもそう思いますよね。
ハハハ...
私は人間が嫌いです。
当たり前ですよね。
だから私は誰と話すつもりもありませんし一人でも平気です。むしろ一人の方が断然いいです。いいんです。
だって喋るという行為自体面倒臭いじゃないですか。口なんて物を食べる時以外に使い道なんてありません。
少なくとも私はそう思ってます。はい。
「雪野さん...だったよね?」
あれ...今なんか声が聞こえたような気が...
気のせいですよね。
私に話しかけてくるような物好きな人が、この世に存在する訳がないですよね。
「雪野さん聞こえてますか!」
「ひゃあ?!」
私は、普段開けない口から変な声を出しながら驚く。
引かれないかな。
引いてくれたら、この男子生徒くんは私から距離を置いて、もう二度と私と話そうなんて考えはしなくなるだろう。
そうなってくれると嬉しいな。
そんなことを考えながら、私は、その物好きな男子生徒くんにそう聞き返した。
「な...なんですか?!」
「いや...一人で何してるのかなぁ...と思って」
「はぁ(何もしてないですよ。)」
「一人で何してるの?」
「何もやってないですけど...(それをあなたに言ったところで何か意味はあるんでしょうか?どうなんでしょうか?)」
私は不機嫌そうな態度で、そう答えた。
「あっそう...」
「何か私に用があるんですか?(用が無いのなら、さっさとどっか行ってください)」
「いや別に...」
「は...?」
なんだこの人...私に喧嘩でも売ってるんでしょうかねぇ...?
いや買わないけど。
「いや、ホントちょっと声かけてみただけだから...」
「あぁ、そうですか...」
用も無いのに話しかける必要性はどこにあるのか。
私はお前の友達でも彼女でもないんだぞ。
「ごめんね、じゃあまた」
そう言い残すと、その物好きな男子生徒くんは、向こうの男子生徒の集団のところに入っていった。
「はぁ...」
滅多に動かさない口を動かしたせいで、無駄に疲れてしまったではないか。
それになんの意味もない会話。貴重な時間を返して欲しいものだ。
まぁ時間があったとしても何もするつもりはないのだが...
誰とも話さず、何の生産性もない毎日を過ごす日々。
(今日も何事もなく一日が終わるといいなぁ...)
私はいつも通り一人すみっこで席に座りながら、そんなことを考えていた。
「よう」
「うわぁ?!」
その日の放課後。やっと苦痛の学校生活から開放されると思ったその時。
校門を抜けたところで突然声をかけられた私は、恥ずかしながらも大げさに声を出して驚いてしまった。
「一緒に帰るか...?」
そこには、そこで待機していたであろう例の男子生徒が立っていた。
「...(またお前か...)」
「一緒に帰ろう!」
その変な男子生徒くんは笑顔を作りながら、なんの躊躇いもなく、私にそう提案してきた。
「...(どうやって断るか...)」
私はそのことばかりを考えていた。
結局断ることが出来ないまま、二人で帰ることになった。
「...」
「...」
しかも会話はゼロ。そっちから誘ってきたのに何も喋ってこないのか...
「あのさ...」
「え...?」
何も会話がないまま3分くらいが経過してから、ようやく男子生徒くんの方から口を開ける。
おせーよ!いつまで待たせんだよ!会話が途切れてる時間が一番苦しいんだって言ってんだろ!
私なら、誰かと会って喋る時はあらかじめなんて言葉で話しかけるか決めておくぞ?
まぁ自分から話しかけるなんてハイレベルなことはするつもりはない訳ですが...
「今度暇な時、二人で出掛けようか」
「ひゃあああ?!」
彼のその言葉にびっくりした私は、また変な声を出してしまった。本日2回目である。
「えぇ...」
うわぁ引かれてる...これ絶対引かれてるよね。
もーうだからコミュニケーションなんか取りたくないって言ってるんですよー!
「ごめん驚かせて...ダメかな?」
そもそも何の関わりもない二人で出掛けようなどと、一体この男子生徒くんは何を企んでいるのだろうか?
「ダメって何が?ちょっと聞いてなくて...」
出来ればその話を無かったことにしたくて、この男子生徒くんが諦めてくれるよう、とぼけてみせた。
「今週の土曜、二人でどこか出掛けよう!」
「...」
どうやらこの人は本気のようです。
「用事とかあった?」
「ないけど...」
「じゃあ、行こう!」
どうしよう、断らないと。
こんな約束してもロクなことがないと、私は今までの経験から確信していた。
とにかく、断らなければ。
断らなければいけないのに。
「いいですよ...何時からですかね...?」
「どうしたらいいんだあああああ?!」
家に帰って部屋に着くと、私は大変なことに気づいてしまった。
...今日金曜日じゃねぇか。
(「今週の土曜、二人でどこか出掛けよう!」)
私はついさっき聞いた彼の言葉を思い出していた。
今週の土曜ってことは明日ってことなのか...?
嫌、流石にそれは話が急すぎる。ということは来週の土曜である可能性が...?
彼に聞こうにも、私がその男子生徒くんの連絡先を聞いている筈もなく。
というかなんで聞いておかなかったのか...
嫌まぁ、そこまで親しくない人の連絡先を聞く必要などない訳だが...
というか、どうしてこんな約束をしてしまったんだろうか...
明日特に用事がある訳でもないのだが、わざわざ見ず知らずの相手とデート...じゃなくて出掛ける必要性などない訳で。
(二人でお出掛け...)
デート。恋焦がれる二人が愛を深め合うために二人きりで出掛けるイベント。
当然、そんなイベントは人との関わりが嫌いな私には興味のないことであり、生涯その時が来ることはないだろうと思っていた。
(「雪野さん...だったよね?」)
私は、初めて彼にかけられた声を思い出していた。
今まで誰ともまともに会話したことなどなかった人生。
ましてや異性との会話など考えられないことであった。
(まぁとりあえず明日向かってみるか...)
明日来ずに約束をすっぽかしたなんてことになるといけないので、とりあえず明日、約束した集合場所に行くだけ行くことにした。
そう、約束したから私は行くのだ。その筈なのである。
「あ...」
私は再び、大変なことに気づいてしまった。
「着ていく服どうしよう...」
当日。
普段誰かとどこかへ出掛けることがない私にとって、まともな服など持っている筈もなく。
買うのも今更なタイミングだったため、私は諦めて、持っている服の中でもまだまともなものを取捨選択してきた。
...つもりだ。
「あ、どうも...」
「あ...」
約束していた集合場所にたどり着くと、彼はそこにいた。
「だいぶ早かったですね...」
約束の集合時間は午前中の11時だったはずだが、現時点での時間はまだ10時20分だった。
何故か無駄に緊張していた私も大分早めに来てしまった気はしていたが、心配はいらなかったみたい。
「何ていうか...できるだけ早く君に会いたくてね」
「...え?」
彼は何を言っているのだろう。
「君に会いたかったんだよ」
「何がですか?」
「いやだから...」
私は難聴にならざるを得なかった。
「とりあえず、さ!」
私はこの話の流れを変えようと、違う話題をふってみることにした。
「え?何?」
「えっと...」
しかし人との会話に慣れてないこともあり、私は何を話そうか悩む。
(どうしようか...)
雪野編 2
「これからどうするのかまだ聞いてないんですけど...」
私は、一番肝心なことであろう彼の目的を聞いてみることにした。
「あぁ...それね...」
「はい」
「俺も特には決めてないけど?」
「え...?」
「行きたいところに行くだけ、思うがままに」
「それはつまりどういうことなんですかね」
「そういうことだよ」
「何の目的もなしに、見ず知らずの人をデートに誘うんですかあなたは?!」
「デート...?」
「うわあああぁぁああぁぁあ」
「え、ちょっ...」
今日は最悪の日になる。
私はそう確信しながら、さっきの自分の失言に後悔しつつ、彼から逃げるように一目散に走り出した。
「...」
「...」
あの後、私たちは商店街を二人で歩いていた。
この男子生徒くんは走り出した私を追いかけてきて、私の隣で黙ってついてきていた。
「どこか行きたい場所とかある?」
会話がない私に対し、男子生徒くんが先に会話をふってきた。
「別にどこでも...」
「...そう」
そこで会話が途切れてしまった。
再び、二人の中で重苦しい空気が漂う。
私は、この空気が嫌いである。こうなるからあまり人と関わりたくないのである。
いやまぁ、もちろんそれだけが原因という訳ではないが。
「...」
「...」
私は今、異性と隣同士で商店街を歩いている。
会話がないとはいえ、今のこの状況は、自分にとっては考えられないことだった。
(これ、周りから見たら...恋人どうしに見えたりするのかな...)
(って、私は何を考えているんだ...)
黙っていたら変なことを考えてしまう。
この迷惑な男子生徒くんも何も喋ってくれそうにないので、いちかばちか私から話しかけてみることにした。
「あ...あのぉ」
「え、あ、何?」
「あ、えっと...」
しまった。
そういえば話す内容考えてないじゃないか。
人と会話する時はしっかり考えてから、さしあたりのない言葉を頭の中で見つけ出してから口を開けるのは基本中の基本なのに。
私としたことが、ましてや昨日あったばかりの異性の人に対して何も考えずに話しかけてしまったではないか。
これは大変だ。一大事だ。
どうしよう。
あ、そうだ。
まだこの男子生徒くんの名前を聞いてなかったじゃないか。
そうだ、丁度いい。今それを聞くことにしよう。
「男子生徒くんの名前、まだ聞いてなかったですよね」
「男子生徒くん...?まさか俺のこと...?」
「いやああああごめんなさいなんでもないですうぅぅ」
...死にたい。
いや、死なないけど。
いや、やっぱ死ぬかも。
あの後、結局どこに寄ることもなく。
商店街を出て、道路に出て。
このまま真っ直ぐ行くと、私や彼が通う学校があるのだが、このまま行くとそこまでたどり着いてしまいそうだ。
そして、そこまでの会話は...微妙。
彼の方から話しかけてくることがあるが、私がその会話から上手く話を広げることができる訳もなく。
せっかく誘ってきた彼に、どこか申し訳ない気持ちになってしまう。
訂正。「せっかく誘ってきた」じゃなくて「無理やり誘われた」だ...何を言ってるんだ、私は。
あれ?私からオーケーって言ったんだそういえば...
「悪い...ちょっとトイレ行ってくるから」
「あ...うん」
学校手前の道路の途中で、彼は目の前のコンビニへ入っていく。
「はああぁ...」
彼がコンビニへ入っていくのを見ると、瞬間、私は大きな溜め息をついた。
極度の緊張で強ばっていた体が、少し和らいでいく感じがした。
さて。
今の内に状況整理だ。
この男子生徒くん...ではなく、彼の名前は「木村 直」という名前らしい。
先程の件の後、わざわざ向こうから教えてくれたのだ。
まぁ流れで私の名前も教えてしまった訳だが...
まぁそれはいいとして、肝心なのはなぜ彼は私をこのデートのような何かに誘ったのか、だ。
分かりやすく選択肢にしてみよう。
①私をからかうため・②彼の暇つぶし・③彼もぼっちだから
④私のことが・・・
「おまたせ」
「まさか...私のことが好きだから?!」
振り向くと、用を足し終えた男子生徒くんがそこには立っていた。
「...誰が?」
「...」
「...誰が?」
「...」
「...なんの話?」
「...知らない」
「学校まで来ちゃったな」
「...そうだね」
結局、私たちは二人で学校までたどり着いてしまった。
「寄っていくか?」
「え?」
「別に休日だろうと学校は開いてるだろう」
「行く必要は...」
「行くあて、ないんでしょ?」
「ですけど...」
「じゃあ行こう?」
「あ、あの...」
「うん?」
(なんで私を誘ったんですか?)
私は、その一言が言えなかった。
言おうとすると、何故か途端に顔が熱くなっておかしくなりそう。
やはり、普段から人とのコミュニケーション取ってないと、いざその時になると体もおかしくなってしまうのかな。
うん、そう。きっとそう。
だから関わりたくないんだって。
特に異性となんかありえない。
そうだよ。今日が終わったら、また私はいつもの一人きり生活に戻れるんだよ。
それまでの辛抱。今日だけは、頑張って乗り越えなくちゃ。
「木村...さん」
「...え?」
「あなたが...好きです...」
「雪野...さん?」
言いたかった本当のことを、私は彼に伝えた。
「...は?」
「え?」
「いやいや急に告白とかマジ勘弁」
「勘弁って...」
私は彼が何を言ってるのかが分からなかった。
「何急に顔赤らめて「好きです...」とか言い出してんだよほんと面白いな」
「は...?」
私は彼が何を言ってるのかが分からなかった。
「ていうか俺彼女いるし...お前みたいないつも一人のキモい女なんかと付き合うわけないだろうが」
「彼女いる...?」
私は彼が何を言ってるのかが分からなかった。
「これは面白いネタになるわ~ちょっと異性に話しかけられたからって勘違いとか」
「...」
私は彼が何を言ってるのかが分からなかった。
「じゃあ俺、もう満足したから帰るわ、じゃあね」
「...」
私は彼が何を言ってるのかが分からなかった。
...いや。
答えは、①番の、「私をからかうため」だった。
ただ、それだけの話。
(私も...帰ろ...)
やっと念願のぼっち生活に戻れる。
もっと長くなると思ったが、結構早めに終わって良かったな。
ハハハ...
「...」
私は、その場で座り込むと、約10分程たった一人で、涙を流していた。
翌日。
例の男子生徒くんは、私が彼に告白したことを他の生徒たちにばらした。
私はからかわれ、イジメられた。
そのイジメはとどまる事を知らず、どんどんヒートアップしていった。
私は辛かった。
早く一人になりたかった。
早く私を一人にして。
もう私に居場所なんてない。
こんなところに私がいる意味なんてない。
どこか違うところにいきたい。
前の一人だったあの頃にもどして。
もどして...
私は、転校を決意した。
親に頼みこんで、なんとかもう一つの近いところにある中学校への転校が認められた。
とりあえず、一安心。
これでもう一回リスタートが出来るんだ。
あの、忘れもしない私の初めての恋。
もうあんな悲劇は起こさない。
私は変わらなければならない。
私は結局、恋することを諦めきれなかったのだ。
「えーと...今日はウチのクラスに転校生が来ている」
これから私が通うことになるであろうクラスの担任の声が、教室の方から聞こえてくる。
私は今から、この担任の合図とともにこのクラスに顔を見せることになる。
ここが大事。最初が肝心。ミスは許されない。
前みたいに嫌われてはいけない。あの頃と同じ過ちを繰り返す訳にはいかない。
噛んだりするのはもっての他だ。変な印象がついてしまうに違いない。
「雪野!入ってきていいぞ!」
(普通に、違和感なく自己紹介...噛まないように...噛まないように...)
私はそうお祈りしながら、担任の先生の声に導かれつつ教室に入っていった。
恋愛リスタート!