執着

執着

死んだほうがいいんじゃないかと毎日考える。
醜い考えかもしれない。でも僕の頭は至ってまともで、他人事とか絵空事ではなく、断崖絶壁の端に立って、深い海に今にも足を突っ込みそうな、そんな気持ちだ。
「死んだらそれで終わりか?」と、誰かに言われた気がする。言われた気がするだけで、誰もそんなこと言っていない。そんな気がするのは、自分の中のもう一人の自分が、僕に言うのでもなく、誰に言うのでもなく、ボソッと聞こえるか聞こえないかの不確かな声で呟いただけかもしれない。
「死んだらそれで終わりか?」
死んだらそれで終わりだろう?
死の先に何があるっていうんだい?
この世界がこんなにも憂鬱で、全て終わりにするには死ぬしかないだろう?それで終わらなければ、これから先あとどれくらい苦しめばいいんだい?
そんなことをいつも考える。
実際にビルの屋上で靴を脱ぎ、遺書らしき物をしたためて、靴下の下に冷たいアスファルトを感じながら、はるか遠くに離れた地面を見下ろしたことはある。
そこから一歩踏み出せば、確実に死はやってくる。この世界に生きる苦しみから、終わりが約束される。だがその一歩がなかなか踏み出せない。それは恐れからではなく、死に執着しすぎてるせいだと思う。
死ぬことは簡単だ。誰もが知っているように、人間という生き物はいとも簡単に死ぬものだ。
僕は死にたいと思うあまりに、「死」というものに執着しすぎている。「死」が美しいとは思わない。どこかの芸術家のように、「死」というものを「美」に置き換えたことはない。ただ執着している。食べ終えた茶碗に米粒がくっついているように、決められたことではなく、でもそれに張り付いているのが当たり前かのように、米が茶碗から離れたがらないように、僕もまた死から離れたくないのかもしれない。
それでも米は人によってはがされ、口へ運ばれる。僕もまた第三者から剥がされることを望んでいるのだろうか?
意味がわからないだろう。
僕も意味がわからない。
でも死というものはそういうものかもしれない。誰しもに訪れることだが、生きることが人生で一度きりならば、死ぬこともまた一度きりだ。
生きることが特別なら死ぬことも特別なのでは、と思う。
僕はそこに、そんな不確かなものに、執着しているのかもしれない。

死んだほうがいんじゃないかと、毎日考える。
だけど、死なないで生きているのはなぜだろう。
誰か教えてくれ。

執着

執着

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-17

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