応答セヨ

裏山に何かが落ちてきた。みんなそれを、宇宙船だと噂していた。

「なあ、裏山に落ちた宇宙船、見に行こうぜ」
放課後、ちょっとした誘いで宇宙船を見に行くことになった。ちょうど一週間前、裏山に墜落したと言われている宇宙船。本当に宇宙から落っこちてきたものなのかどうかはわからない。便宜上、そのように呼んでいるだけである。宇宙船が落ちてきた日、珍しく機関の人間が街にやってきた。裏山には立ち入り禁止のテープが引かれたり、調査のための道具や機器が運ばれたりして、街中がざわついていた。数日間は人の行き来も活発になりにぎやかだったが、昨日の夜、全ての調査が終わったのだろう。機関の人間はあっさり帰っていった。街は再び静寂を取り戻した。そして今度は俺たちの番、というわけらしい。
 この国では、宇宙開発はほとんど進んでいない。今受けている5限目の講義はちょうど天文学についてだが、秋の空に見える星座など本を読めばすぐに身につけられる知識である。幼い頃、偶然街に残っていた古書から講義では教えていない天文の知識を得た。講義の内容は首都もこの街も同じであるということからも、首都に住む人々はせいぜい全天の星座が88あるということくらいしか知らないだろうと予想できる。だが、天文の知識は持っていても何の役にも立たない。この街では夜になると雨が降るため、星など見えないのだから。俺は小さなあくびをすると、借りた漫画の続きをこっそり読み始めた。退屈な講義ほど、時間はゆっくりと流れる。やわらかな西日が教室の窓から差し込む。この星での夕暮れ時は長い。

「下の店でさ、お菓子買ってから行く?」
「あと飲み物も買って行こう」
ホームルームが終わると、俺たちは教室を飛び出し裏山へ向かった。俺を含めたもの好きな4人は学校の近くの駄菓子屋で飴やらチョコレートやらを各々買い、だらだらと裏山の目的地を目指した。まるでちょっとした遠足である。
「本当に見えるかなぁ」
「機関に全部撤去されてなきゃいいけどな」
「そもそもどうして墜落したんだろう」
「アレだな、敵の宇宙船に攻撃された、とか」
「だとしたらやっぱり宇宙人っていたんだ~!」
「…そういえば、カイくんさ、天文くわしかったよねぇ」
俺は名前を呼ばれて、さっきから自分が一言も発していないことに気付いた。裏山はもう目の前に迫っていた。
「ああ、まあ…昔好きだった程度だけど…」
「…な~んか、今日テンション低くない?」
「…そう?」
確かに、俺のテンションは低かった。宇宙船なんてきっと嘘に決まっている。もし、本当に宇宙船だったとしても、それがどの星から来て、どんな構造をしているかなんてわかるはずがない。夢やロマンを求めても意味のない俺たちは、何が楽しくて宇宙船なんか見に行くのだろう。まして、そんなものにみんな今まで関心もなかったのに。やっぱり来るんじゃなかったかな。考えると妙に苛立ってきたが、それを顔に出さないようにした。いつもそうだった。こんな時、俺は自分が何かを守るためにそうしているはずなのに、何を守っているのかわからなくなる。でも、そうせずにはいられない。裏山に落ちた宇宙船のかたちを、俺は思い浮かべた。銀色の卵型をした、なんともベタな宇宙船が頭の中に描かれた。どこかが破損して、もう飛べなくなった宇宙船。それはきっと俺に似ている。俺は今から自分自身を見に行くのだ。操縦者もいなくなった空っぽの宇宙船は、地に落ちたままどこへも行けずにいる。その姿を。
「もしさ、宇宙船修理できたら俺らも宇宙へ行けっかな」
前を歩く彼の呟きが、やけに眩しく聞こえた。何も知らなければ、俺もそこで笑っていられたのだろうか。でも、知ってしまったのだ。壊れた宇宙船がもう、もとには戻らないことを。
「いつか、行けるといいね」
俺は笑った。また、何かを守った。目的地まで、あと少し。夕日が沈むまでには到着するだろう。壊れた俺が、そこで待っている。

応答セヨ

応答セヨ

壊れた宇宙船を見に行く話。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-17

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