雨のコインランドリーに回るカラス

この街では決まって、夜になると雨が降る。

 外に出ると雨が降っていた。今日という一日もあと数分で終わろうとしている。街灯に、赤いレンガの屋根に、道の片隅を歩く猫の頭の上に、夜の雨は同じ強さと同じリズムで降り続けた。赤と青の水玉模様の僕の傘の上でも、雨音は同じように弾けた。数日分の洗濯物を詰め込んだ、ナイロン製の手提げ袋の端っこが、雨で滲んでいた。僕はそれがなるべく傘の下に入るように手で抱えこむ。足元からひんやりと立ち込めてくる冷気を感じながら、暗い夜道を歩いた。
 深夜のコインランドリーには誰もいなかった。僕は一番奥から一つ手前の洗濯機に数日分の洗濯物を押し込んだ。そしてベンチに座り、洗濯されている衣類の様子を眺めた。もしも自分が靴下だったら、汚れるたびにここに来て洗濯できるのになと思った。同時に右足と左足に別れたら思考や性格はどうなるのだろう、と考えたところで、この妄想のくだらなさに気付く。
「きっと雨が降っているせいだ…」
静かに回る洗濯機と降りしきる雨の中で、白く無機質な光を放つ蛍光灯だけが元気だった。何か別のことを考えようとしたが、うまく頭が働かなかった。腕時計の針はすでに明日を指していた。コインランドリーの中で、僕の昨日は死んだ。一定のリズムで降り続ける雨のように、いつもと変わらない日々の中の一日だった。窓ガラスに映った、頬杖をついて座っている僕はひどく疲れた顔をしている。その理由を僕はずっと前から知っていたが、とりあえず今はこの長雨のせいにしておきたかった。
 しばらくして、洗濯機は動かなくなった。僕はベンチから重たい腰を上げ、蓋に手を伸ばした。しかし、僕が開けるよりも先に、蓋はひとりでに開いた。そして中から、一人の少女が飛び出してきた。黒い、うさぎの耳がついたパーカーに、長い夕日色の髪。よく見慣れた顔だった。
「なにを…しているの…こんなところで…」
「……カラスに、粉砂糖をかけていた」
彼女は洗濯機から出てくるなり、僕の方を一瞥して不愛想に答えた。そしてパーカーのポケットに手を突っ込むと、靴下を取り出した。紺色に白の格子模様。僕のものだった。彼女はそれを僕の手のひらにのせると、何事もなかったかのようにコインランドリーをあとにした。出ていく際、彼女は僕の傘を持って行った。僕はそれを止める気にもなれず、彼女の後姿をただただ見ていた。
 やっとの思いで洗濯機に視線を戻すと、数日分の汚れはきれいになっていた。僕はそれを丁寧にたたんで、手提げ袋の中に詰めた。外に出ると、雨はいつの間にか止んでいた。無限に落ちてくる雨粒の中に一粒だけ光って落ちる真珠のような一日を、僕は夢に見る。

雨のコインランドリーに回るカラス

雨のコインランドリーに回るカラス

この街では決まって、夜になると雨が降る。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-17

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