最初の一歩

最初の一歩

ずっと、人との境界線を踏み越えるのが怖かったんだ・・・。

この一歩はけして無駄ではない。

 8月の体が溶けてしまいそうな日差しで、アスファルトには陽炎が見える。そんな日なのに僕は何故か家の快適な空間に居ようとせず、公園の木の下のベンチで座って何をするわけでもなく、ただ、どこからか聞こえる蝉の鳴き声に耳を傾けながら呆然としていた。
 僕の見つめる先には、大学生くらいのボーイッシュな短髪の女の子と高校生くらいの男の子がキャッチボールをしていた。パシ、パシとボールをキャッチする音が公園に響く。その二人と僕との距離は60メートルくらい離れていたんだけども、公園にはその二人と僕しか居なかったものだから、二人の会話がポツポツと聞こえてきた。「進士(しんじ)は進路とかもう漠然と決めてんの~?」そう言いながら、ボーイッシュな女の子が男の子にボールを投げる。「う~ん。とりあえず進学かな~。夏樹(なつき)姉ちゃんは?」男の子はそう言ってボールを投げ返す。
「私?私は~もう大学四年だからね、就職するしかないね~」と言って再びボールを進士に返す。そんな風にして、二人はどこにでもありがちな世間話をしながらキャッチボールを続けていた。
 そういえば、僕も大学生のときには似たようなことを言っていたものだ。けどもいざ就職して見ると何がしたいかとかよりも自分が何ができるのかが重要なことに気づかされたのをよく覚えている。失敗しながら仕事を少しづつ覚えて、ようやく職場では居ないよりはいいような存在にはなれたような気がする。だけども休日には特にやることもなくこうして、真昼の公園のベンチで時間をつぶしているわけだが・・・。
 そう、僕には一緒にどこかに遊びに行ったりするような間柄の人が居ないのである。「一緒に飲みに行こう」とか「今度、休日遊びに行かない?」とかポツポツと職場の人から誘われたことはあるのだが、どうにも僕は断ってしまう。決して職場の人が嫌いな訳でもなく、むしろ一緒に行きたいのだが、何故だが断ってしまうのだ。「いいですね。一緒に行きましょう」とその言葉を言おうとすると、体がこわばってしまい、言葉が出なくなる。たぶん、ガンガン人と関わって行く子供のときに3人~4人ぐらいから強く嫌がられたのがトラウマにでもなってるんだと思う。人と仲良くするのに恐怖感をぬぐえない自分がいる。最初の一歩その一歩さえ踏み込めれば、この孤独な生活も終わると分かっているのにそれが出来ない。
 そんな風にだんだん、卑屈の思考スパイラル陥ってるときに、また公園でキャッチボールをしている二人の話声が聞こえてきた。「夏樹姉ちゃん折角バット持ってきたんだから使おうよ」「そうだね~、でも二人じゃやりにくいわね~」「じゃあ、あそこに座ってるおじさんに頼もうよ暇そうだし」「そうしよっか」その会話が終わると夏樹という女の子が僕に話かけてきた。「おじさん、一緒に野球しませんか?」彼女の顔を見るとすごくいい顔で笑っていた。「いいよ、僕で良ければ」自分でも驚いた。こんなにすんなりと人からの誘いを受けたのは何年振りいや何十年ぶりだろう。「やった!じゃあ、守備の方お願いします」そう言いながら彼女は僕にグローブを手渡した。僕はベンチから重い腰を上げて、守備についた。
 カキーン!白球が真夏の空に上がる。それを僕は追いかけてキャッチする。「おじさん、上手~」夏樹が手を叩きながら僕を褒める。僕はそうやって打球を捕りながら、「これが僕が変われる最初の一歩かもしれないな・・・」と今まで感じなかった気持ちを感じていた・・・。
 

最初の一歩

最初の一歩

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-17

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