宝くじに当たった男 第5章

第5章  夢の始まり  

 山城旭 ニックネーム ゴリラ。
 外見は百九十五センチの長身、空手の心得もあり、まさに正義のゴリラだ。
 普段は優しいが一旦怒るとゴリラの如く暴れ廻る。アキラを知る人は言う怒った時の、そのパワーはゴリラにも匹敵すると言う。
 決して二枚目とは言えないが、男臭さは天下一品の極上男である。
 昨年は南へアバンチュール? 今年の春は北へとノンビリ旅行の筈が南から北へと人助けの大暴れ、その結果は数人の人を救ってやった。
 今回の戦利品は? いやいや男アキラに惚れ込んだ山崎恭介二十五才だった。
 苫小牧を出たカーフェリーは東京までの二日間の船の旅だ。
 青く澄み切った太平洋の海原はどこまで真っ青な空と、青と言うよりも黒に近い冷たい海流と深い海の色だった。もう季節は梅雨時から初夏へと向かっていた。

 「アキラさん俺、東京は学生の時一回しか行ったことないんだ。なんかワクワクするなぁ」
 「そうかぁ俺は生まれた時から、東京の下町だけどワクワクしねぇぜぇ」
 「ハッハハそりゃあアキラさん。自分が生まれ育った所でワクワクする訳ないじゃないですか。俺だって旭川では何にも感じないすっよ」
 「まぁなそりゃあそうだ。ヒャハッハハ」
 「これからの予定だけど俺のアパートで暫くのんびりしてから、恭介の就職先に案内するからな。昨日先方の旅館に話してOK取ったから、恭介の目指していた料理職人の夢があるんだろ」
 「そりゃあ有り難いですけど、アキラさんは一緒じゃないの」
 「なに言ってやがる。お前だってガキじゃないんだ。我慢しろ。俺も旅館の様子見てから決めるけど……どうしているかなぁ」
 旅館とはアキラが出資援助した熱海の松の木旅館のことだ。アキラが松の木旅館を離れて三ヶ月、そう簡単に状況は変わらないだろうが。

 決して景気がいい訳じゃない。宮夫妻や子供の暗い顔は見たくなかった。
 アキラなりに松の木旅館を建て直しに協力したが所詮は素人、大した役には立たなかったが、そんなアキラを松の木旅館の人達は快く受け入れてくれた。それだけにアキラ心配だった。
 今アキラの自由になる金は一億二千万となった。実際には母に一億、松の木旅館の宮寛一に五千万の出資してある。しかしアキラは自分から言い出したのだ。無かった事になんて出来ない。
 自分の為に使った金は三千万だけなのだが。三千万だけとは三億円当った人の言葉であって、一般庶民にはちょっとした建売住宅が一軒建つ金額だ。
 普通のサラリーマンは親の援助なしで庭付き住宅を持ちには一生に一度出来るかどうかの大仕事なのだ。
 子育てや人並みの行楽や付き合いの中から生み出し金額は大変だ。正に運と言うのだろうか、真面目に働いても金が残らない人がほとんどだ。アキラのようにリストラされて、お先真っ暗な時に神から選ばれた者? 運が強かったと言う事になる。さてさてその強運の持ち主はその運を更に広げられるか。または元の木阿弥で貧乏生活に戻るかなのだが。

 アキラの性格からして、大金持ちとして勝ち組みに入るか失敗して更に貧困の貧乏生活を送るかと言うことになるのだが。人間は持って生まれた性格は簡単には変わるものではない。
 コツコツと安全な道も選ぶも良し、人生はすべて掛けと勝負するも良しその人の性格で使い道は千差万別、もっとも三億円あっての話だが。なんと言ってもアキラの人生は、常に波瀾万丈が好きなようで見る側から見れば、これほどに面白い男は居ない。その面白い男は、久々に自宅は東京、赤羽のマンションに帰ってきた。
 驚いたのは今やアキラの弟分の山崎恭介だった。
 アキラは金持ちだと聞いてなかった。その仕事さえ分からなかった。
 只、分かっているのは生活には不自由していない事だけだったが、なんとアキラが入って行った場所はアパートと言っていたが二十回建ての高層マンションだった。玄関にはカードと暗証番号を入力しないとロビーから先は入れないのだ。いわゆるカードキーだ。

 大理石の敷き詰めたロビー、床はピカピカと光輝いている。
 恭介のアパートと来たら、階段はギシギシと隣の音どころか、その隣の音まで聞こえて来そうな。風呂なしの兎の檻では雲伝の差だった。開いた口を閉じることさえ忘れてアキラの後ろから着いてくる。アキラはドアをカードキーでピット開けた。恭介はアゴでも外れたように、口はアングリと開けたままだ。
 「恭介まぁ入れよ。大した家具もないけど広いのだけが取り得だ」
 「はぁ? これアキラさんの部屋ですか」
 「人の部屋に黙って入ってどうすんだよ。まぁゆっくりしょうぜ」
 「アキラさんって凄い金持ちなんだなぁ驚きましたよ」
 「金持ちなんかじゃないよ。まぁそんな事いいじゃないか」
 アキラは宝くじに当たった事を言わずに誤魔化した。
 「で今日はゆっくりして明日、熱海に行って其処で働く事になるのだが、ちゃんと気持の整理は付いてるだろうな」
 「うん、それは大丈夫なんだけど、コックになるのが夢だったから。でもアキラさんは、これからどうするの」
 アキラもそう言われて返事に困った。人の面倒見はいいけど自分の事となると全く考えてなかった。いつまでも松の木旅館で手伝っても意味がない。その場その場で決めて行くアキラ流? つまり計画性がないだけだ。
 翌日アキラと恭介は熱海の松の木旅館へと向った。
「あっアキラお兄ちゃん」
 宮寛一の娘がアキラを見つけて飛んで来た。
 「よう舞ちゃん。元気にしていたか。お父さん、お母さん元気かい」
 宮夫妻の娘 舞子はアキラには懐いていた。アキラは子供が好きだが、馴れないと子供の方はアキラを見て警戒するか逃げるだろう。しかしアキラを良く知っている子はアキラの優しさを知っている。
 「あのね、今日は板前さんが病気で休んでいるの、それでお父さんが今日は板前さんの代わりにね、厨房に入るんだって」
 「そうか、じゃ丁度いいや」
 アキラは恭介を見た。恭介は頷いた。いきなりの出番である。
 「恭介はどの位の経験あるんだ? 俺詳しいこと聞いてなかったが」
 「えっ言ってなかったすか。見習い含めて五年やったんですよ」
 「へぇ~そんなにやっていたのか、俺さぁ女将さんに見習いで頼んであるんだ」
 「まぁ暫らくやってないから、まだ一人前にはほど遠いすけど」
 アキラは舞子に手を引かれて旅館の裏にある宮家の玄関に向った。ちょうど其処に宮寛一の妻、松の木旅館の女将が出て来た。
 「あらっアキラさんお帰りなさい。どうでしたか旅の方は」
 「あっどうも久し振りです。大した収穫はなかったけど一人厄介者ですが頼みますよ。この男は山崎恭介です」
 「初めまして、ちょっとした事でアキラさんと知り合って、こちらを紹介されました。宜しくお願いします」 
 恭介は女将に深々と挨拶した。

 「こちらこそ宜しくね。どうぞ中にお入りになって。いま主人を呼んできますから」
 恭介とアキラは応接間に通された。数分して宮寛一が応接間に入って来た。
 「やぁアキラさん久し振り。どうだったね、旅は」
 「いやこれと言った事はなかったんですがね。あっ彼ですよ」
 又 同じ様に宮に恭介を紹介した。
 「丁度良かった。板前がちょっと長期入院することになりそうで困ってた処だ。こちらこそ宜しくお願いします」
 丁度良かったは果たして恭介の実力次第だが、恭介は役に立つのか?

 松の木旅館で二~三日休養してから晃は寂しがる京介を残して東京に戻ることにした。そうなんだアキラは早く浅田美代に逢いたかった。東京に帰った翌日に浅田美代と逢う約束を取り付けてあった。久し振りの再会だ。またあのレストランで逢うことになっている。夕刻の六時少し前にアキラはレストランに入った。
 もう何度も利用している店だ。そして二人の思い出の場所でもある。
 水色のワンピースに少し長めの髪、なんとも爽やかな姿で美代が現れた。
 今時は珍しい控えめな彼女、爽やかな美代にアキラはウットリとする。
 「お久し振りです。アキラさん元気でしたか」
 「美代さんも元気そうで、本当に久し振りで」
 なんとなく二人はギコチない感じがした。アキラは柄にもなく浅田美代みたいな清楚な女性には、どうしても気を使いすぎるようだ。
それを程、大事な女性なのだ。彼女の前では紳士でいたかったアキラ。そんなアキラを美代は好きだった。逞しくて男らしくて純なアキラが。このままだと互いに、純すぎて愛の告白なんか出来そうにもない。誰かが後押ししてくれなくては、いつまでもこのままかも知れない。
 「美代さんにお土産があるんだけど」
 
 「えっ本当ですか? 私の事を忘れないで居てくれたのね」
 「忘れるなんて、とんでもないす。気に言ってくれると良いのですが」
 アキラが照れくさそうに美代に手渡した。浅田美代はニッコリ笑って嬉しそうにアキラに断って土産を開けた。
それはオパールのネックレスとブローチのセットだった。そのオパールの淡い輝きは清楚な美代に良く似合っていた。美代のキラキラ光った瞳が、熱い涙に埋もれて その瞳から雫がこぼれた。

 「ありがとう、アキラさん嬉しいわ。本当にありかどう」
  美代はアキラの心のこもった贈り物に感動した。
  そんなアキラはどんな思いで買ったのだろうか、そのゴツイ体で、さぞかし顔にいっぱいの汗を浮かべて買ったではないだろうか。美代も多分、アキラは照れながら買った姿を想像して自分の為に買ってくれたアキラ。勿論プレゼントの品は気に入ったが、それ以上にアキラの気持が嬉しかったのだ。
 「いやぁ良かった。気に入って貰えて、あんまりこんなの買った事ないので」
 あんまりとは言ったが、あんまりどころか初めてだった。
 「それで北海道の方はどうでしたか」
 「ええまぁ、一人旅ですからね、何か参考になればと行ってみたのですが。それがね、ヒョンなことで一人の若い男を松の木旅館に紹介したんです」
 「あの松の木旅館ってアキラさんが働いてしていた所でしょ」
 「そうです。丁度 板前さんが入院することになって」
 そんな会話の中で、美代はアキラに伝えることがあった。
 「あっそうそう西部警備の社長、相田さんが心配していましたよ」
 「そう言えば、あれ以来ご無沙汰だなぁ僕のことを気に掛けてくれて今度、挨拶に行って来ますよ」
 「そうね、きっと喜ぶと思います」

 二人はレストランを出てネオン街を歩き出した。その身長の差はなんと三十二センチもあったが、美代も決して小さくない百六十三センチあるがアキラが大き過ぎるのだ。その美代がさりげなくアキラの手に自分の手を絡ませた。
少し驚いたアキラは急に胸が熱くなって鼓動がドクンドクンと波打つ。
 この年になって女性と手を繋ぐなんて夢のような。アキラは今、甘い夢の世界をさ迷っている。きっと二人の恋は熱く熱く育って行くことだろう。アキラさえドジをしなければ。

 翌日に西部警備株式会、社長 相田剛志に電話を入れた。
 その翌日の夜に料亭に浅田美代と共に招待された。さすがは一流企業と社長、都内でも有数の名の通った料亭だった。しかし相田社長は、なんの取り得もない若者を気に掛けてくれるのかアキラは不思議でならなかった。しかしそれは予想外の人物が絡んでいた。
 アキラと浅田美代はタクシーで料亭に行った。タクシーがその料亭の中庭まで入って行った。広い庭園になっている。ここは赤坂でも有名な(料亭 華憐)政治家でもよく使う高級料亭だ。
 まさに都会のオアシスだ。池には蓮の花が咲いて鯉が優雅に泳いでいた。

 アキラと美代は思わず顔を見合わせた。二人には不似合いな高級旅程に心の動揺を隠せなかった。ここを利用する人々は諸名人、政界の人々が出入りする場所。二人にはジャングルの世界から大都会の真ん中に来たような気分だった。その料亭 華憐玄関には二人の仲居さんが迎えてくれた。
 「いらっしゃいませ。本日はご利用有難う御座います」
 「私、山城旭とこちら浅田美代さんです。相田社長のお招きで」
 「ハイ! 承っております。どうぞこちらへ」
 アキラはその格式に押されてカチンカチンの状態だった。赤い絨毯がいかにも高級料亭の威厳を漂わせている。
 その仲居が「お連れ様がお見えになりました」と声をかけた。仲居に即されて二人は部屋に入って驚いた。其処には相田社長の他に、見慣れた人物が座っていた。
 「ようアキラ! 久し振りじゃのう」
 なんと、その人物は占い師の真田小次郎ではないか。
 「あっ? と、とっつぁん……どうしてこんな所に」
 「山城君、久し振りじゃないか、それと浅田さん。まぁ入んなさい」
 アキラはキツネに摘まれたような顔で案内された席に座る。

 驚きは後にして、浅田美代と真田小次郎は初対面であり自己紹介された。
 「山城君、脅かして悪かったなぁ。実は真田さんは僕の大先輩にあたり大学時代の(占い研究会)で懇意にさせて貰っているんだよ」
 「まぁそう言う訳だ。アキラ本当はもっと前に話さなければいけなかったんだが、つい言いそびれてしまってな」
 「しかし驚いたなぁとっつぁん。いや真田さんと社長と知り合いとは」
 「ハッハッ先輩! 先輩も山城君の前では形無しだなぁ」
 「なぁに相田さん。アキラに(さん)呼ばわりされたら気色悪いですよ」
 「済みません社長、いつもの癖が出てしまって先生をやっていた人だとは聞いていましたが、なんと呼べばいいでしょうかね」
 「アキラ今更 何言っているだ。とっつぁんで結構だよ。ハッハハ」
 そんな会話を美代きはキョトンとして聞いていた。まるで話が空中を飛んでいて美代には、なかなか内容が理解出来なかった。その辺を察して相田は美代に細かく説明してやった。すると美代は真田に向き直って。
 「あの~私、真田さんとは初対面ですが、いつぞや電話でアキラさんの消息をお聞きしました。その説はありがとう御座いました」
 「なんの、それにしてもこんな綺麗なお嬢さんがアキラと……」
 そう言われて美代はちょっと顔を赤くして下を向いた。
 「先輩、お嬢さん困っているじゃないですか。山城君の人柄でしょう」
 相田社長は困った美代を見て助け舟を出してくれた。
 美代は小さく相社長に頭を下げた。アキラはどん人でも息合うだなぁと関心した。親子ほど年の離れた二人が意気投合する処がアキラらしいと思った。

 アキラも場所柄と相田社長を前にして、どうも硬くなっているらしい。
 アキラは改めて相田社長に挨拶した。
 「この度は僕のような者を気に掛けて戴き有難う御座います。社長の好意に背いて好き勝手な私には有り難過ぎて返す言葉も有りません」
 その丁重な挨拶に真田小次郎はアキラの新しい部分を見た。
 「ところで山城くん、最近は旅に出たり旅館を手伝ったりと色々やっている みたいだが、なんか金の羽振りも良いとか? それで真田先輩が君のことを心配してくれて今回、場を設けさせて貰った訳だよ」
 アキラは自分のような若者をそこまで心配してくれる二人に胸が熱くなった。
 そして今まで母にしか言ってない苦しい胸の内を話べきかと思った。
 「そうなんだ、アキラ。余計なお世話かも知れないけどなぁ、ちょっと儲けたとか言っていが、どうもその後の行動が無職の人間がどうしてそんな余裕があるのかと思ってなぁ信用はしているけど心配でな」
 それは事情を知らない人は誰でも不思議でならないだろう
 浅田美代でさえ、アキラは信頼しているが心配だったのだ。
 ここまで心配してくれる人を前に、もう本当の訳を言う時だと思った。
 金のない若者が突然と億万長者になった。例え若者でなくても同じだろうが

 予断だがこんな実話がある。
 宝くじの当選者が何処で宝くじが当ったのが知れたのか、そんな話が広まるのは早い。まず保険会社のターゲットにされた。沢山の保険会社が殺到した。勿論その話を聞きつけた不動産屋、株投資、自動車屋、などなど。
 そして、お決まりの遠い親戚、取り巻く知人など「金を貸してくれ」と、中には脅迫がまいの者まで現れて、とうとう夜逃げ同然に遠い所に転居してしまったと言う怖い話だ。気の弱い人だったらノイローゼに成りかねないのだ。

 アキラはいよいよ宝くじに当ったことを話つもりになった。
 しかしその前に話して置きたい事がある。浅田美代への愛の告白だ。
 彼女も話した後だと何かと気が引けるだろうから、そこでタイミング良く相田社長が助け舟を出してくれたのだ。
 「その前に、浅田さんと山城くんは、上手く言っているのかね? 僕は君達の仲を心から応援しているのだがね」
 突然そんな話を言われて美代は頬を赤く染めた。
 「……僕は不器用で人からは怖がられ、そんな僕に美代さんは優しく接してくれて、なんて言っていいのか」
 しばしアキラは次の言葉に詰まってしまった。
 「そっそんな、私の方こそアキラさんと居ると落ち着くのです」
 アキラは相田社長と、真田に軽く頭を下げて美代の方に顔を向けた。
 「突然こんな事を言うのもなんですが、僕は美代さんが好きです。そして僕が一人前と認められたら結婚したいと思っています。本当に突然こんな話を言い出して済みません」

 なんと、ぶっきら棒なアキラの突然の結婚宣言だ。美代は強い電流が体を流れて感電したような衝撃を受けた。
相田社長と真田はニコリとして、静かに頭を縦に二回軽く振った。
 浅田美代は、アキラの突然の愛の告白どころか結婚宣言までしてしまったのだ。美代はもう心臓が飛び出しほどに驚き、そして止めどもなく澄んだ綺麗な瞳から泪がこぼれ落ちるのだった。
 そんな浅田美代の姿を見た相田社長と真田は、また先程と同じ様に納得したかのように、頷いた。美代は少し落ち着いてから静かにゆっくりと話し始めた。
 「……わたし男の方にそんな風に言われたの初めて……でもアキラさんの言葉、本当に嬉しいです」
そのまま美代は下を向いたまま黙ってしまった。そして暫らく、その部屋は甘い空気に覆われて庭から小鳥のさえずりがピピィ~~と二人を祝福するかのように響き渡った。その静けさを破るように、相田社長と真田が拍手を送った。
「いやぁ良かった、良かった。いいねぇ先輩!若い人は」
「アキラ、浅田さんに感謝しろよ。おまえは幸せものだ」
美代はさすがに結婚の約束こそしなかったが、言葉のアヤは違うが美代の嬉しいです。と、その表情で誰もが読み取れた。
 「みっ美代さん。ありがとう」
 なんとアキラは顔を真っ赤にして、目が潤んでいた。きっとアキラにとって宝くじに当った時よりも何も、生まれて二十七年、今日が最良と日となったことは言うまでもない。

 やっと胸につかえていた物を吐き出したアキラは語り始めた。
 「実は……相田社長の会社にお世話になって嬉しくてそして感謝していました。なのに理由も言わず辞めてしまった事は申し訳なく思ってます。その訳は誰にも言えずに、挙句に母にまで誤解されて、それで数ヶ月前に母にやっと話しました、その事とは幸か不幸か宝くじが三億円当ってしまったんです」
 真田と美代は驚いた表情を浮かべたが、相田剛志は予想していたかのように、やはりそうかと言うような表情をしていた。金持ちは、そんな心理が読み取れるのだろうか?
 アキラの話は、ひとつひとつ苦しみから解放されるように更に話は続いた。
 「それでですね。暫らく社長の所で働いていたのですが、どうしても割り切れない疑問が浮かんで来たんですよ。生活する為に働き金を貯めて将来何かをやってみたいと思って、しかしその金が突然に出来て、このままで良いのかと思って、旅に出ることにより何かヒントになるような事に出会えるのじゃないかと思って、結局は旅に出たんです」
 「なるほど、若いのに礼儀正しい君がねぇ。どうも様子がおかしいと感じてたんだが、誰でも普通じゃいられないだろうな」
 相田社長は納得して、真田と美代に目を移した。

 「アキラどうりで大判振る舞いしてくれると思ったが悩みもあるように見えたよ。それであの熱海の旅館の主人と知り合った訳だな」
 「そうです。関西の温泉地で、ちょっとした事があって偶然にも東京の銀行に運転資金借りに来て断られた処に出会ってね。どうやら旅館が資金繰りで追い詰められて途方に暮れてたみたいで、つい五千万ほど貸してあげたんです。ついでに手伝いに旅館に行ってたんですよ」
 アキラの話を聞いて相田社長、真田、美代は目を丸くした。
 「アキラらしいなぁ、俺と出合った時は二~三万の金に苦労してたくせに一、二度会った人間にポンと五千万も貸してやるなんて」

「山城くんは、その金で商売をやって生かしたいと思っている訳だな。まぁそれなら、もっと社会勉強して何が自分に向いてるか見定めて、その時が来たらいつでも相談に乗ってやるから来なさい」
「有難う御座います。社長にそう言って戴けるだけで幸せです。その時が来たら遠慮なく相談に伺います」
「今日は山城くんと浅田さんに取っても目出度い日になったし近い将来二人三脚で頑張っている姿が浮かぶようだ」
相田社長と真田は若い二人の門出を心から喜んだ。
 アキラも胸の痞えが取れて、そして最愛の恋人美代と愛を確認して今宵はアキラそして、美代は生涯忘れられない日となった。
 その夢のような日から三日後、アキラと占い師の真田小次郎は馴染みの居酒屋で飲んで居た。どうやらこの二人は、根っからの庶民派のようだ。なんと言っても格式に拘らず、肩肘張ることもなく飲める場所だ。
 それにしても真田小次郎なる人物、かなり顔が広いようだ。
 なのに何故、教師の椅子を捨ててまで、占い師を続けるのだろうか? 真田は離婚暦があり現在は一人身、子供も居ないそうだ。離婚が原因で教師の椅子を捨てたのか、真田は多くを語らなかった。過去暦を見れば、アキラなど付き合う対象にならない人物。
 そんな身分を知っているアキラだが、おかまいなくコキ降ろす。ただ嫌悪感を感じさせない所がアキラの人柄のだろう。年齢差も倍も違うのに、何故こうも気が合うのだろうか。
 「とっつぁん、この間は驚いたなぁ、あの社長の知り合いとはなぁ」
 「そうか驚いたか、まだ序の口だ。次は総理大臣でも連れて来ようか」
 「とっつあん幾らなんでも其処まで言うかぁ、ヒャッハッハッ」
 「でも美代さんの事は感謝しているよ」
 「ありゃぁ? 今度は急に素直になったじゃないか」
 アキラは宝くじと、美代と言う最大のものを、ふたつ手に入れた。振り返ればアキラの人生、やや不幸の陰りが漂っていた日々だった。何故かこの真田小次郎との出会いから運命が変わり始めている。
 アキラは心に決めた。せっかく神が与えてくれた好運を離さないと。その為には、社会勉強を身に付けて、商いの心得を学ことだ。今のアキラの頭に残っているのは、ほんの少し学んだ旅館経営とことだけ。
 しかし、それは二~三億円の金ではどうにもならない。
 もし銀行が融資相談に乗ってくれるにしても、事業企画書にしても担保、保証人、何ひとつ借りられる材料が揃っていないのだ。ただ漠然と思っている今の段階なのだ。それでも夢だけは確実に広がって行くのだった。

 「アキラ、折角手にした大金だ。有効に使えよ」
 「あぁやっと胸の支えが取れたようなんだが、どうして良いやら」
 「今アキラがやって見たい仕事、または子供の時になりたかっ仕事を、あせらずに、じっくり世間を見渡して決めればいいよ」
 「そうなんだよなぁ、このままじゃ美代ちゃんと結婚も出来ないよ」
 「ほう、とうとう美代さんから、美代ちゃんになったか」
 「アレッ俺そんなこと言ったけっ」
 どうやら今のアキラは浅田美代の事で頭がいっぱいのようだ。その日は深夜まで飲んだアキラと真田だったが、真田小次郎は別れ際にこう言っ
「今は何も考えるな。遊べ、遊びの中からヒントを見つけろ。その時が来たら応援してやるから、但し一回につきビール一本だぞ」
 真田らしい教えにアキラは苦笑しながらマンションヘと帰って行った。
 アキラは真田に言われたことが、まだ頭に残っていた。
 遊べ、でも散々遊んで来たアキラだ。これ以上どんな遊びがあるのかと人間とは勝手な生き物だ。勉強しろと言われれば嫌になる。遊べ遊べと言われれば、これまた変に遊びにくいものだ。
つまり人に命令されたり、束縛されたりするのが好まないのだ。しかし世の中の仕組みは、常にある意味では束縛されている。日本人なら、その日本国の法律に従って生きなければならない。いわゆる一種の束縛には変わりはないのだが。

 とかく人生は束縛と言うルールの下に生きて行かなければならない。
 ならばいかにその束縛という呪縛の中から己の人生を切り開きか、より良い人生を送れるかは自分次第だ。例え親がレールを敷いてくれても最終的には自分の力だけが幸福を手に出来るのだ。
 (遊びの中にヒントがある)真田小次郎がヒントを教えてくれた。
 今は占い師だが元教師の言葉だけに重みがあった。しかしアキラには何を遊んで学べと言うのか皆目、見当が付かなかった。結局アキラは一睡も出来ずに朝を迎えた。目が充血している
 真田小次郎の(遊べ)がアキラにはヒント処か重荷になってしまった。     
 アキラは朝になって眠気が襲って来た。そのまま、また眠ってしまった。やがて眼が覚めたら、もう夕方になっていた。何故か今日は自分自身に腹を立てていた。自分に自問自答した。眠い時は眠り起きたい時に起きる。余りにも 情けない生活している自分に腹を立てたのだった。
 先日は美代の前で偉そうな事を言ってたが、あれは何なんだ?
 しかし焦ってもこれと言った答えが出る訳でもないし。相田社長が料亭で言った言葉をアキラは思い出した。
 (もっと社会勉強して、何が自分に向いているか見定めて)
 そんな事を言ってくれた相田社長だったが、見定めが難しいのだ。
 だが、そんなややっこしい事、アキラには難しすぎた。

 アキラは翌日の朝、赤羽のマンションに帰宅した。
 今はまだ先の事は良い。自分の心に閉まって置いて、その翌日に熱海に向かった。あの山崎恭介は頑張っているかな? 女将さんや宮さんに心配かけてないか? そんなことを考えながら熱海の松の木旅館に車を走らせていた。
 丁度この時刻は旅館がもっとも忙しい夕刻にアキラは到着した。
 なんとなんと思ったより泊まり客が沢山訪れて女将もアキラが帰って来たのに気が付かない程に忙しかった。アキラは挨拶を後回しにして早速、旅館の半纏を着て接客に勤めた。
 「お疲れ様でした。さぁさぁお客さん、こちらへどうぞ」
 その大きな体格で厳めしい顔を恵比寿様のような顔に変えて、せっせと客を案内するアキラ。
 「あら? アキラさん。お帰りなさい」
 やっと女将はアキラに気付いた。それ程に忙しかったようだ。
 「やぁ女将さん。忙しそうで何よりですねぇ」
 久々の松の木旅館を手伝ってアキラは自分が家族の所に帰った気分だった。
 何せホテルや旅館業は夕刻から客が寝るまで忙しい。やっと夜の十一時、厨房も仲居さんも一段落した。しかし女将や主人の宮寛一は、何かとやる事が多いのだ。
 夜中の十二時近くにやっと全ての仕事が終った。そこに松の木旅館の主、宮が声を掛けてきた。
 「やぁアキラさん。いやぁ助かっていますよ。紹介してくれた山崎くん、正直驚いたよ。多少の腕は持っているかなと思ったけど、多少なんてもんじゃない。うちの板前もビックリしてますよ。流石はアキラさんが見込んだ人だ」
 「えっ恭介がですか? そんなに凄いんですか」

 「山崎くんの得意は和食より洋食だけど、これがまた凄い。つい山崎くんの得意料理を板長と相談したら快諾してくれてね。一品料理を夕食に出したんだ。これが評判良くてねぇ」
 「へぇ驚いたなぁ、恭介って凄いとこあるんだな。いや予想外だ。でっ恭介は皆さんに迷惑かけてないでしょうねぇ心配でね」
 「いやいや迷惑かける処か、若いのに礼儀をわきまえていて、ちゃんと自分の立場を分って働いているから評判も上々ですよ」
 「社長それは褒めすぎじゃないですか」
 確かに宮寛一は立派な旅館の社長だ。しかし宮寛一はどうしても意識する。なんたってアキラから五千万の融資がなかったら倒産していたかも知れないのだ。その点では今もアキラは宮寛一の大恩人に変りはないが、やはり此処は 宮寛一の城、従業員から見れば立派な社長である。
 「アキラさん……どうしんだい急に社長だなんて呼んで」
 「いっいや俺はまだ人生経験少ない若造だしハッハハ」
 とアキラはつい、照れ笑いして誤魔化した。
 「あのさぁ、アキラさん気を使わないでくれよ。今まで通りの宮さんの方が、互いに気が楽で良いのだけどなぁ」
 宮は嬉しそうに話した。年が離れても宮は遠慮して欲しくなかった。そんな話をしている所へ、女将の貞子が入って来た。
 「あらっ? どうしたのアキラさん」
 丁度、照れ笑いしている所へ女将が興味津々で問い掛けた。
 そんな話を宮寛一は笑いながら女将で妻である貞子に説明した。
 「あらっアキラさん今まで通りでいいのよ。アキラさんらしくね。そんなに気を使って貰ったら、こちらこそ大恩人に頭が上がらないわよ」
 「女将さん。大恩人だなんて止してくださいよ。俺いや僕の方こそ、松の木旅館に帰って来た時、我が家に帰った気分になって一人身の俺、いや僕には有難いと思ってるのに」
 だいたい年上の人に敬語を使うのは当り前だが、やはり同様に敬語なら「俺」より僕の方が正しいだろう。
 慣れない敬語にアキラは(俺)と(僕)で苦労していた。
 「アキラさんの気持ちは嬉しいわ。でも気を使わないで下さいね。その方が自然ですから今まで通りで行きましょうよ。ねぇ貴方」
 と夫の寛一にも女将は同意を求めた。とにもかくにもアキラは松の木旅館に完全に受け入れられていた。
それからアキラは久し振りに恭介と話ことが出来た。
 「お帰りなさい。アキラさん」
 この恭介もまた、アキラの魅力に惚れ込んでいた一人だ。以前にチンピラに脅され多大な借金を背負わされ自殺しようとした所を助けられ、オマケにチンピラと戦い借金も返済出来た。今では兄のように慕っていた。
 「よう恭介、女将さんと社長が凄く褒めていたぞ。料理が美味いってな、何かの間違えじゃないのか」
 「またまたアキラさん。相変わらず口が悪いんだからハッハハ」
 「処で恭介は調理師免許持っているのか?」
 「勿論です。夢を叶えるには最低条件ですからね」
 「そうか大したものだ。見直したぜ」
 今宵は恭介、女将に寛一とアキラ。久し振りの笑いの耐えない夜だった。

 アキラは恭介の思いがけない料理の腕前に驚いた。人は見た目だけで、その人物の評価を決め付ける事が出来ないと改めて知らされたアキラであった。
 それなら俺だって、自分にさえ分からない能力を秘めて、いるのじゃないかと。
 しかしアキラは今、心の中でその力が育っていると思い始めたのだった。
 それから約一ヶ月間、アキラは松の木旅館の手伝いをしていた。そんなある日の事だった。三十数名の団体客が入っていた。
 それも今日は旅館を貸切りだと言うことだが、その日の夕刻その団体客が大型バスで松の木旅館の玄関に到着した。なんでも十日ほど前予約した高知からの団体客と言う事だったが。
 久振りに大勢の団体客とあって、宮や女将など総出で出向かいた。
 なんと! その団体はどこから見てもそれ(ヤクザ)と分る風体の人達だった。最初に三十名の男達がバスから降りると、大型バスの出口を挟んでキチンと整列して最後に出てくる人間を出迎えた。

 松の木旅館の人達はその様子を見て、呆気に取られたのをよそ目に見事な大島紬かと思われる着物を流暢に着こなして、キリリとした眼差しで辺りを見回した。男どもが軽く頭をたれる中を颯爽と歩いた。
 その時、宮や女将は相手を確認しないで予約を入れた事を悔やんだ。
 松の木旅館の人達は、大変な事になったと身体が凍りついた。宮寛一と女将はその、脳裏に浮かんだのは?
 『こんな時、アキラさんが居てくれたら、どんなに心強いか』
 しかしなんと間の悪いことか、当のアキラは伊東の方へ視察に行っていた。アキラは幾らでも沢山の旅館、ホテルに泊まって見ておきたかった。毎日のように泊まり歩いたら大変な金額になるが、今のアキラは多少の支出にしか過ぎない。なにせ成金様である。
 あの塩原温泉の名もない小さな旅館の露天風呂そして、あの清流とで言うのか、きれいな小川が頭から離れない。熱海にあって塩原にないもの? 塩原にあって熱海ないもの。なら他所の地ならまだ何かあると他人から見れば、ただの浪費と思われる旅館の渡り泊まり。アキラは人がどう思うか気にしない。今またひとつ見え始めたのだ。

 一方、松の木旅館全体の空気が、凍りついたままになっていた。
 松の木旅館の予約表には(貸切り 代表 坂本愛子様御一行)と記されていた。しかし松の木旅館の女将は一瞬、心の中でハテ何処かで聞いたような? と感じたが勘違いとすぐに思い直して従業員達に笑顔で目配りした。従業員もハッと我に返りいつものように、その一行を出迎えた。女将は松の木旅館の玄関で改めて、その代表者に深々と頭を下げた。
 「本日は遠い所を大変お疲れ様でした。当、松の木旅館へようこそ、いらしゃいました。どうぞ旅の疲れを癒して下さいませ」
 と丁重に女将の挨拶が、その代表者と団体に笑顔が振り注がれた。
 「女将さんですか? 今日はお世話になりますよ。驚かれたでしょう。どうも人相の悪い者達で申し訳ありません。まあそんな訳もありまして貸切りでお願いしたのですのよ」
 「滅相も有りません。何か粗相がありましたら、お許しください」
 代表者の坂本愛子に丁重に挨拶されて、女将は心の中を見透かされる思いだった。その一行を向かえ入れて、松の木旅館は宴会の準備で慌ただしくなった。
 宮と女将は、あの女性の貫禄には驚いた。これが本物の貫禄というのだろうか。その筋の者達と思われる男達を束ねる女性。並の男だって出来はしない。

 竜馬隊一向が一風呂浴びて居る頃、隊長である坂本愛子が女将の側にやってきた。
 「あのう女将さん、実はこちらの旅館を指名したのは訳がありまして」
 「はぁ? それと申しますのは」
 女将は訳があると言われて、またビックリ。まさか夫が他にも内緒で金を借りて大勢で押しかけて来たのではと少し頭をよぎったが。とは言っても、当の旦那の宮は、側で一緒に坂本愛子の話を聞いていた。
 宮からも金を借りて怯えるような、また驚いた表情はしていない。
 なら松の木旅館と、この女性や団体となんら関わり合いがないのだが。
 そんな大騒動? いやまだなってはいないが、そこへアキラが帰って来た。
 「実は女将さん。こちらに山城旭さんが居ると伺っておりますが、今も元気で居りますか? 以前に私の友人が大変お世話になりまして、なにせ私どもはご覧の通りの家業ですので……山城さんが気にする事なく来て下さいと声を掛けて頂き山城さんの言葉を信じ、それではと今日になった次第ですのよ」
 「まぁアキラさんのお知り合いでしたか、あの方はすぐ人を魅力の虜にする所がありますから」
 「そうなのですよ。私の友人も彼に助けられ懐が大きくてね。私どもはこう云う家業で、何処にでも泊まれる訳でないので貸切りなら他の客にも迷惑かかないし山城さんの紹介なら快く泊めてくれると思いましたね」
 アキラも今日は貸切りの団体客が泊まるのは知っていたが、まさか坂本愛子が率いる「竜馬隊」とは知らなかった。アキラが松の木旅館に入ると仲居達みんなが緊張した表情で、せっせっと夕飯などの準備に追われていた。

 一生懸命なのは分るが、それにしても緊張し過ぎているなぁと感じた。
 そんな時に泊り客が浴衣姿で、大浴場からあがって来た所に三人ほどの若い衆が談笑しながら歩いて来た。アキラはひと目で分かった。なるほど緊張する訳だと思った。その三人の若い衆とアキラの目があった。
 「いらっしゃいませ。どうぞごゆっくり」とアキラは客に挨拶した。
 その百九十八センチと長身の男を一度見たら忘れなれないアキラの風体。
 三人は、あっと驚きの声を発した。
 「あっ? あんさんは山城さんだったよねぇ隊長が逢いたがっていますよ」
 「えっ隊長……まさか高知の」
 「まぁ大きな声じゃ言えませんがね。竜馬隊です。へぇ」
 「そうかい、それは御丁寧に早速挨拶に伺わなければなぁ」
 みんな一風呂浴びてリラックスしたのか、旅の疲れも取れて笑顔だ。宴会場の準備も出来た。どこでもそうだが代表者の挨拶が始まり乾杯の音頭と共に宴会が始まるのが恒例だ。ここでは勿論、竜馬隊を率いる坂本愛子の挨拶から始まった。ただし無礼講はこの世界ではご法度である。上下関係は絶対である。
 アキラは早速、女将の所へ駆けつけた。さぞかし驚いているだろうと。
 そんな女将はアキラと会って、その話しで苦笑した。
最初は身が凍りつく程、驚いたが自分の取り越し苦労と分って安心したと。
冷静に考えてみれば、その竜馬隊は物静かで、なにひとつした訳でもなく、
ましてや坂本愛子は、丁重な挨拶までして安心させている。女将は外見だけで判断した自分を恥じていた。
 「やぁ女将さん、僕もいま知って驚いてますよ。以前にある人を連れて行ったら其処(高知の竜馬隊)だったんですがね。なんでも明治時代から、あの坂本竜馬の末裔と言われて今では珍しい任侠の人達で義理と人情が売りの人達ですよ。来るなら言ってくれればいいのに」
 「私もビックリ怖そうな感じの方達なもので、でも坂本様は丁寧に挨拶されて私の方が逆に失礼したのじゃないかと」
 「なぁに女将さん気にする事は有りません。あの人も分っていますよ」
 宴会場では坂本愛子の挨拶も終り、宴で若い衆も盛り上がっていた。
 アキラは宴会場の襖を控え目に静かに開けたが、しかしその身体は控えめじゃなく、目立ち過ぎて皆がアキラの方を向いた。
 「失礼します。本日は遠路ご苦労様です。いつぞやはお世話になりました山城旭です。隊長さん始め皆さん、お懐かしゅう御座います」
 「いよ~~~山城さん逢いたかったぞ」
 大広間から誰となく歓声が起こった。アキラは大きな身体を控えめに隊長の坂本愛子の所へ挨拶に向った。
 「隊長さん、お久し振りです。ご苦労さんです。変りありませんか」
 「突然みんなで押し寄せて悪かったわねぇ。ほら昨年暮れに、こちらに遊びに来てと、年賀に書いてあったでしょう。丁度こちらの方で会合があったので、若い衆を慰安旅行に連れて来た訳なのよ。もちろん家の家業(テキヤ)でも一応、株式会社なのよ」

 「いやぁ本当に嬉しいですよ。でっあの松野さんは元気でしょうか?」
 「早紀のことねぇ、早紀は旦那の所へ帰ったわよ。その旦那がね、私の所へ来て頭を下げ、早紀を優しくするからと言って笑っちゃうわよ」 
 「そうですか安心しました。でも俺、悪役になったかなぁ」
 「そうねえ、その点では私も同じよ。でも遊びに来てと貴方に言ってたわ」
 「とんでもない。俺は旦那の子分を痛めつけたから敵役ですよ」
 「そんな事ないわよ。貴方は早紀の為にした事なのだから、それでも貴方を早紀の旦那が、逆恨みするなら仁義に反するじゃない。早紀もその点は分っているし、もしそうなら私が黙ってないわ」
 この竜馬隊は仁義を大事にして、これ迄やって来た。例え誰であろうと仁義に外れた事をしたら総力を挙げて戦う集団であった。
 さすがに女とは言え、度胸と貫禄を兼備えた坂本愛子だった。アキラは改めて坂本愛子の、その心意気が好きになった。それからアキラは、竜馬隊一向と共に飲み宴会を盛り上げた。
 しっかり意気投合した竜馬隊とアキラだった。翌日アキラはその一行の観光案内役を引き受けて伊豆の観光地を廻る事にした。
 なにせ竜馬隊一行は、ほとんどが関東地方は初めてらしく見るもの聞くもの珍しく子供のように喜び楽しんだ。しかし見るからに外見は、どう見ても堅気には見えない。
 どんなに愛想を振舞いても偏見を持つなと言っても、これは仕方のない事だ。
 何はともあれ一行は伊豆の観光を堪能した。アキラも彼等とは意気投合して、その帰りに伊豆近海の伊勢海老などダンボール五箱分も彼らに、お土産として無理矢理持たせた。彼らもアキラの観光案内やら気配りに感激して必ず高知に来てくれと、中には泪さえ流してアキラとの別れを惜しむ者もいた。
 短期間の間に、それも怖いお兄さん達の心を掴んだアキラ。
 彼らはアキラを同類と見込んだのだろうか、それともアキラも、その道に憧れた訳じゃないのだろうか? その別れ際に坂本愛子は言った。
 「山城さん、貴方って人は凄い人だわ。人を惹き付ける力があるのね。若い者が本当にお世話になりました。私からもお願いするわ。かならず高知に遊びに来てくださいな。私に出来ることなら、いつでも相談に乗るわよ。楽しみにしていますよ。ありがとう」 
 坂本愛子から最大級の賛辞を送られ、竜馬隊一行は伊豆を後にした。
 これまでのアキラと人の出会いは、アキラの柄に合わない優しさに触れ当の本人は気が付いて居ないだろうが、確実にその輪を広げていった。
 アキラは高知の竜馬隊の人達と、ひと時の再会を喜び気分良くしていた。
 アキラはいま自由の身、特に松の木旅館から給料を貰っては居ないが、それでは申し訳ないと云うので小遣い程度を貰っている。そうする事により双方が気兼ねしなくて済むからと。あとは好意と勉強の為に手伝っていた。
 今アキラは おぼろげながら少し自分が望む世界が見えて来た。

 アキラは一旦東京に戻り、真田小次郎に相談に乗ってもらう為にやって来た。
 ここは池袋の東口、デパート横の路地。夕暮れ時は占い師や易者の稼ぎ時、真田小次郎は会社帰りのOLなどを相手に手相を見ている。
 「ほう、お嬢さんいい手相をしてなさる。これは占い冥利に尽きるね。今週は運がありそうだ。ホレッこの線が延 びているでしょう」
とっ真田は若いOLに説明していた。そのOLは言った。
 「おじさん良い事ばかり並べて本当なの? まっいいわ、信じるわよ」
 OLはご機嫌で夜の街の中に消えて行った。
 「すみません。俺のも見てくれるかい。事業に成功するように占ってくれよ」
 ヌーっと大きな手が真田の前に置かれた。
 「お客さん、この手の大きさだと料金が三倍になりますが」
まさにア・ウンの呼吸で二人は冗談を交えていた。
 「とっつあん。相変わらず若い娘には調子いいんだからハッハハハ。あとで、ちっともいい事なかったわよ。なんて事ないのかい」
 いつものアキラ流の毒舌で再会し、その夜また二人は居酒屋と消えた。
 アキラは各地の温泉で感じたことを真田に語った。
 「でっアキラ。旅館経営でも始めたいと思っているのか」
 「いや始めたいと言うよりも、始める場所も資金がないよ」
 「アキラが本当に旅館業を考えているなら応援するぞ。あの相田さんも、きっと応援してくれると思うよ。おまえの事を気にいってるらしいから」
 「それは有難いなぁ、俺みたいなのに気に掛けてくれて」
 アキラは不思議でならなかった。あの西部警備には少ししか居なかったのに、
どうして其処まで気遣ってくれるのか。

 「旅館かぁ、今のこの不景気の中で商売を始めることは大変だぞ。しかし若いんだから夢は持たなくてはいけないしなぁ」
 「やっと自分がやって見たい事に気付いたようで、でもなぁ素人が無謀な挑戦かも知れないけど、もっと時間を掛けて考えて見るよ」
 「そうだアキラ、時間はタップリとあるんだ。もっと勉強してもっと沢山の旅館を見て参考にするのもいいだろうよ」
 確かに松の木旅館を見て、そして他の旅館と比べても一長一短があった。
 福島の露天風呂とか、きれいな川が頭から離れないでいた。もし、これから本当に旅館業を始めたいのなら、もっと沢山の旅館を見て勉強しなくてはならない。そして資金繰りは別としてどんな場所が良いのか、お客さんに喜ばれるには、どうすれば良いのかまだまだ沢山の課題が残っていた。
 占い師で元教師の真田小次郎にヒントを貰ったアキラは、もっと全国の旅館を見て歩く事にした。海外も考えたけど、やはり日本の旅館形式の良さを頭に描いていたアキラだった。

 真田と別れたアキラは旅に出る前に、どうしても二人の女性に逢って、それから旅に出る事にした。ちょうどこの時刻だと母の居酒屋も閉店している頃だ。
 居酒屋が見えてきた。ちょうど母、秋子が店のノレンを片付けている所だ
 「かあさん。元気かい」 
 「あらっアキラ久し振りだねぇ」
 そんないつもの会話で始まった。久し振りの親子の再会だった。
 母には、自分がやってみたい夢を話した。
 「アキラ、目的があるならやってみればいいよ。若い内だよ。夢を持てるのは」
 そういってくれた母の言葉で決意した。最後にもう一度旅に出ようと。

第五章  夢の始まり 終り 


 

宝くじに当たった男 第5章

宝くじに当たった男 第5章

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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-17

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