ツッコミ

ツッコミ

 平成の世、いまだにチンドン屋の格好をしたクイの顔を30回見て、29回嫌な気持ちになるのは、僕が悪いのだろうか?それとも、クイが悪いのだろうか?共通の友人サトウが言うには、「お前らは二人とも関西人だよ」だそうだ。苦味を帯びた友人の言葉を聞き流したい。僕としては、クイのようなエセ関西人と同じ生き物のように扱われるのは心外なのだ。しかもだ。サトウは平均の男性の3倍は食べる大食漢。にもかかわらず、評した後げっそりと食欲をなくしてしまった。一体、僕とクイの関係が、サトウのごはんに、どういう変化をもたらしたのだろう。
 雨子と僕の初めての出会いは……そうだな、一か月前だった。それ以上のことは、僕も忘れている。なにせ、最初会った会場で、雨子は僕のファンの一人としてサインをもらいに来たから。そのときの印象を思い出せと言われても、無理な話。僕はファンの顔などすべて記憶から消去している。「なんという漫画家だ」「こんな漫画家の本など、もう買わない」と口から火をふかんばかりに言う人もあるだろう。そんな熱いおせっかいなど最初から、こちらは求めていないのだ。そんなファンの一人だった雨子を脳内に深く刻みこんだキッカケは、やはりクイだった。
 それはクイとの31回目の突然の再会だったわけだ。道頓堀近くの巨大なショッピングモール。僕は、突然降り出した雨のために雨宿りに立ち寄った。思ったより広く、冷房も気持ちが良い。ぶらぶら冷やかし半分で、店を回る。
 「よう」と突然声をかけられる。振り向くと、クイがいた。メガネのクイは、いつものようにストライプの赤白服。ピエロ帽子を、かぶっている。関わり合いになりたくなかったので、気づかないふりをして走り出そうとする。この日もクイに会って嫌な予感がしたのだ。       
 しかし、僕の踏み出した足は空回りをして、床にのびてしまった。クイの横にいた女が僕の足に傘を絡めたらしい。「雨子さん。謝るんや」クイが言うのを聞いて僕は初めて雨子なる女の存在を知ったのだ。彼女は平凡な顔つきで、特徴といえば少々鼻が高いのと髪が長いくらい。「ごめんなさい」雨子は立ち上がった僕にお辞儀をする。僕は、逃げ出すタイミングを失い、しぶしぶ二人とショッピングモールのカフェに入った。
「なんで逃げようとしたんや」クイはにやにや笑いながら、じゃれあうライオンの子供のような目をしている。「ちょっと急用を思い出してな」店員にレモンティーを注文しながら、僕は目をそらす。ここで一つ気になったのは、4人掛けのテーブル席で、なぜかクイが一人で広い椅子を独占している。雨子は僕の隣に窮屈そうにお尻を横たえている。クイが携帯端末をいじりだす。僕は仕方なく荒い息遣いの雨子をうかがう。傘をひっかけられた恨みは忘れていない。「君誰やねん?」「雨子です」雨子は首をねじって僕の視線を避けるようにして、答える。僕を恐れているのだろうか?「先生のファンです。一ヶ月前のサイン会にも行きました」やはり正面のクイを向いたまま、答える雨子。といっても、クイと視線あわせていない。クイは視線を落とし携帯端末をいじり、忙しそうに鼻をほじっている。「それは、おおきに。で?」「はい?」ここまで察しが悪いと僕も疲れてくる。「なんで、ファンの人が、こいつと一緒にいてるん?」「実は、駅前でナンパされまして、私が先生のファンと言うと、会わせてやるって」僕は、地球を侵略にやってきた力のない宇宙人を見るような目でクイを見た。クイは顔をあげると、「おう」と意味のわからない返事。「じゃあ、俺ちょっと急用ができたから!ほな!」席を立つクイ。「おい!!」僕は動こうとするが、雨子が邪魔で追えない。結局そのままクイは行ってしまった。
「先生……」雨子が、長い髪で僕を包むように、立ち上がる。「な、なんや?」「トイレに行ってきます」雨子は、そのままスタスタと奥のフロアに行ってしまう。少し猫背だ。
 外では、いよいよ雨がひどくなってきている。カフェのテレビでは、アナウンサーが「今日の雨、例年の今月の降水量に匹敵する雨が降りました」とわめいている。それを、ぬいぐるみを着た学者が、「いやはや困ったことですねえ」と、目の奥で笑っている。何でも昔は、ゆるキャラだった男。今では文化人らしい。
 この茶番に満ちた世界から抜け出そうにも、すでに注文したレモンティーとクイが頼んだパフェが、誰かに味わいつくされるのを待っている。食べ物を残すなと親に口を酸っぱく言われていた僕は、この品々を捨て置けない。どうしようか、考えこんでいると、「先生。私の注文まだですかね?」と突然後ろから雨子の声。「君何頼んだん?」雨子は細身の体を震わせると、「先生」と言う。「なんや?」「だから、先生」「だから、なんや?」「先生を頼みました」「へ?」僕の体はキンキンに固まった。カフェの冷房のせいではない。どうやら、雨子を粗末に扱うとヤバイことになるかもしれない。このとき、クイはロクなことをしないと確信する。「わかった。わかったわ」僕は、雨子を席に座らせると、向かいの椅子に腰かけた。「サインほしいんか?」声を落として、僕は雨子にささやく。「いえ」「じゃあ、僕の風刺漫画の続きが知りたいんか?」「いいえ」雨子は、眉をひそめて答える。気分を悪くしたようだ。「先生って冗談は、あまりお好きじゃない?」雨子は、窓の外の雨の止んだ後の、街並みを見て言った。「何を言ってるんや?僕ギャグテイストの風刺漫画家やで?」「私のギャグはつまらなかったですか?」僕は、このときになって、ようやく雨子の冗談というものに思い当たった。「僕を頼んだ、ってやつか?」「はい」雨子は、肩を落として、視線まで下に落とす。その様は、地獄でも見ているのか、というほどに思いつめていた。
「私、昔から人に影響されやすくて、困っているんです。特に先生の漫画から。仕事場でのギャグシリーズ素敵です。さっきのも、先生の使ったギャグを真似しました。面白い人になりたいんです」雨子は初めて僕を正面から見た。真剣だ。「僕のギャグは面白いか?」「面白いです!」いい気分になった僕は、雨子を胴上げしたいくらい。ひ弱な力では無理だが、今なら力が湧いてきそうだ。レモンティーを、すすりながら考える。「ちなみに、クイは面白かったか?」雨子は、不思議そうな顔をしばらくしていたが、何かに気づいたようで、早口で叫ぶ。「いえ、全然。クイさんって喜劇役者に似てますけど、先生の方が断然面白いです」「そう」僕は、冷静を装いながら、鼻がひきつくのを感じる。うれしいと、つい出る癖だ。
 そこから世間話をする。僕は調子に乗る。
「雨の多い田舎で生まれたんです」「へえ」「シン先生は、どこ生まれですか?」「僕は、大阪。サラリーマンの家。大阪オリンピックの時は盛り上がったもんや」「私まだ生まれていないです」「ちょっと違うで」「え?」「そこは、ツッコむタイミングや!」「あのさ。僕まだ30代なの。オリンピックの時生まれてないよ。それに、大阪言うてるやん」「あ!!」雨子は、ようやく気づいたようだ。「ええか?ツッコミは、いついかなる時も、準備してんといかん!!スピード勝負やで」「わかりました!」雨子の目は、大いなる神秘を掴んだ人のように輝いていた。
 そろそろ仕事場に戻らなければアシスタントに文句を言われそうだったので、二人で、パフェをたいらげる。カフェを出る。雨子は嬉しそうに水たまりもよけずに、かまわず駆けていった。新大阪から、新幹線に乗るらしい。ぬかるんだ公園の赤土をしっかり踏みしめながら、僕は仕事場のマンションへ。
 仕事も一段落すると、昼間の余韻のままに知っている電話番号を押す。「おい!雨子な、クイのこと嫌いやて。クククク」僕はこらえきれずに、笑いがもれてしまう。クイは「ああ」とか「ほう」とか気のない返事をしていたが、僕が雨子との一部始終を語ると、「じゃあ、彼女にツッコミを教えたんだな?」とクイは深刻そうな声色。「どうした?ツッコミといえば、笑いの定番やろ!福岡出身のお前には、わからんやろけどな!」クイから楽しめる返事は返ってこない。面白くないので電話を切る。


 一週間後、一つのニュースが報じられた。

 昨日、総理大臣記者会見にて、某新聞社記者が総理に暴言を吐いた。記者は「これはツッコミです」の一点張り。記者クラブは、この事実を重視している。独自に第三者委員会なる組織を立ち上げる予定。首謀者が他にいるのではないかと調査もする予定。

 

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物語作家七夕ハル。 略歴:地獄一丁目小学校卒業。爆裂男塾中学校卒業。シーザー高校卒業。アルハンブラ大学卒業。 受賞歴:第1億2千万回虻ちゃん文学賞準入選。第1回バルタザール物語賞大賞。 初代新世界文章協会会長。 世界を哲学する。私の世界はどれほど傷つこうとも、大樹となるだろう。ユグドラシルに似ている。黄昏に全て燃え尽くされようとも、私は進み続ける。かつての物語作家のように。私の考えは、やがて闇に至る。それでも、光は天から降ってくるだろう。 twitter:tanabataharu4 ホームページ「物語作家七夕ハル 救いの物語」 URL:http://tanabataharu.net/wp/

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-17

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