清流
青々と茂る木々やクマザサの間をよく見ると、大人が屈めばようやく通れる程度の獣道がある。あいつといつも使っていた川べりへの抜け道だ。
顔にへばりつくクモの巣を手探りで引き剥がしながら通り抜けると、懐かしい風景が眼前に広がった。
川は三、四メートルくらいの幅で、澄んだ水に川底のごろりとした石が透けて見える。朝のキリッとした空気に白い陽の光がさして、川沿いの新緑が溌剌と輝くようだ。
私は鼻から深く息を吸った。清らかな水や、瑞々しい緑の匂いが冷たい空気に乗って肺を洗う。ふうっと吐く息には、私の心から染み出た複雑なようで単純な寂しさが溶け込んでいる。
あいつは、無事にやってるだろうか。
また、ここに沢蟹を取りに来れるのだろうか。
どうもそんな事ばかり考えてしまい、横隔膜の辺りから、熱いものがこみ上げて、目頭からこぼれ出しそうになる。
私は慌てて川の水を手にすくい、顔を洗った。キーンと刺すような冷たさで、目が覚めた心地がした。
「待ってるからね」
私は誰にともなく呟いた。頼りない言葉は、内緒話のような川のせせらぎと一緒に朝の静寂(しじま)に消えていった。
向こうの方では薄い朝もやが、遠慮がちに木立を包んでいた。
清流