はじまりの日は黄色いレインコート

 はじまりの日は今にも泣きだしそうな空の日だったが、キミは覚えていないだろうから、ぼくも忘れたことにしている。
 キミはレインコートを着ていてね、黄色のレインコートといえば小さな子どものイメージがあったものだから、ぼくはぼくとおなじ背丈のキミを横から訝しげに眺めたものだ。だって当時、雨はまだ降っていなかったのに、キミはまるで今まさに雨が降っているかのようにフードまで被っていたからさ。それに加えて、ぼくとおなじ背丈ということは中学生くらいだろうに、小さな子どもみたいな黄色いレインコートとくればさ、うん、忘れはしないよ。
 ぼくはコンビニの前で友だちと待ち合わせをしていた。そこへキミはふらりとやってきて、ぼくのとなりに並んで立った。
 正直、最初は警戒したよ。
 ぼくらの年代が着るレインコートって透明のじゃないの、とか、レインコートってこの歳で着る機会ってあまりないよなァ、とか考えながらスマートフォンを操作していたけれど、意識は完全にキミの方を向いていた。
 腫れぼったいねずみ色の空を、キミはにらんでいた気がするのだけど、そこのところはどうなの。
 雨が嫌いなのかもしれないなと思った。
 ならば早く家に帰ればいいのにとも思った。
 けれどもキミは雨が嫌いなのではなくて、他にとてつもなく疎ましく感じる対象があって、怒りがあって、憂いがあって、それらをぶつけるやり場がなくて、空をにらんでいるのかもしれないとか勝手に想像したのだけれど、実際のところ、どうなの。
 高校の入学式で再会したキミの髪はキミが着ていたレインコートではなく、校門の脇の花壇に咲く菜の花みたいな黄色だった。
 菜の花みたいな色だねと言ったら、キミは笑ったね。腹を立てるかと思ったから、驚いた。
「でも惜しいな、これ、ダンデライオンカラー」
としゃべるキミは今もそうだが、どこか浮ついていて、地に足がついていない気がするよ。
 ダンデライオンってたんぽぽのことだよと教えてくれたキミを、ぼくは護りたいと思ったんだけど、キミとしてはいかがだろう。
 キミの、ワイシャツの袖から覗ける右腕の赤紫色の痣がね、襟元から見え隠れする火傷の跡が、ぼくの目の前を真っ赤に染め上げること。
 空をにらんだって太陽は落っこちてこないし、月からの迎えも来ないよ。
 ねえ、だからさ、キミはぼくを頼ればいいよ。

はじまりの日は黄色いレインコート

はじまりの日は黄色いレインコート

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-16

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC-ND