冬のアイスクリーム
アイスクリームをわざと零すのは蟻に分け与えるためだと云うが、日本の冬に蟻を見たことがない。
蟻は冬眠しているのか。
キミが訊くものだから、きっと冬眠しているのだろうと頷いたが、ほんとうのところはよく知らない。蟻に訊いてほしい。おそらく土の下にいるだろうから。いや、もしかしたら樹の幹の中かもしれないな。
そういえば落ち葉の裏にびっしりくっついたテントウムシを見たことがあるか。
虫が密集している光景というのはなかなかにえぐいものだ。
一匹ならば可愛らしいテントウムシも、二十匹三十匹がうようよしていれば思わず「ひゃあ」なんて悲鳴を上げて寒気立つ。
テントウムシの群れに「ひゃあ」なんて悲鳴を上げた兄は、テントウムシが冬を越すため寝床に選んだ落ち葉ごと放り投げたことがあった。しかも、それが近くのドブ川に落ちたものだから、兄はびーびー泣いたよ。テントウムシが死んじゃう、と泣き叫びながらドブ川に入ろうとする兄を制するのに苦労した。なんせ蟻一匹潰せない優しい兄だ。
冬眠といえば、知っているか。
ハムスターも冬眠をする。
ぼくの言葉にキミは「へえ」と興味なさそうな声を出した。キミが蟻に分け与えたアイスクリームがアスファルトに白い水たまりを作る。夏にだらだら汗を流しながら辛いカレーを食べたり、冬にからだをぶるぶる震わせながら冷たいアイスクリームを食べたり、人間ってみんなマゾじゃないのとキミが高校のときに放った意味わからない言葉、今でもよく覚えている。
正確にはハムスターの冬眠は疑似冬眠といって、まるで死んだように丸くなり動かなくなるものだから、これまたぼくの兄がびーびーと泣きわめいたものだ。ハムスターはからだを温めてやったら目を覚まし、いつも通りに餌を食べた。
人間も冬眠があればいいのにとキミは呟く。
キミが冬眠をしたら四年に一度くらいしか起きてこなさそうだから、ぼくは反対だ。
冬のアイスクリーム