烏シリーズ

淡々としたホラーです。

高校三年生の秋。
受験のストレスで軽い鬱になっていた僕は、平日に体調を崩して高校を休み寝込んでいた。元々身体はあまり丈夫ではなかったため、このようなことは珍しくなかった。
目が覚めると夕方の5時過ぎだった。父も母も仕事で、帰ってきている気配もない。弟も部活動だろう。

静まった部屋の外から遠くで車が走る音が聞こえてくる。僕はふと、その音のする方に目を向けた。窓だ、カーテンが開いている。何かと目が合った。ベランダの柵に何かが居る。カラスだ。カラスが窓の向こうから僕のことをじっと見つめている。

僕はそのカラスに違和感を覚えた。そしてその違和感の正体は直ぐにわかった。
目が赤い。赤黒い。まるで血のような色だ。その赤い目とにらめっこをしているんだ。目をそらしたいが、なぜかそのカラスの目から視線を外すことが出来ない。

しばらく睨み合っていると、喉の奥から血のような味が上がってくるのがわかった。吐き気が襲う。そしてさっきまでピクリともしなかったカラスは「カァ~」と鳴くと同時に僕は嘔吐するように激しく咳をした。痛い、吐血した。
しばらくすると落ち着いてきたので、僕は再び窓の方へ視線を移した。カラスはもう、そこには居なかった。

ふと時計を見ると、時刻は午後6時前だった。玄関の戸が開く音がした。母が帰ってきた。誰が帰ってきたかは、だいたい音でわかる。ちなみに弟は既に帰っていたようで、ゲームをやりながら気に入らないのか、何か文句を言っている声が聞こえる。

いつも通りの日常に戻ったようで、僕はほっとした。外もだいぶ暗くなってきたので、カーテンを閉めようとして窓の方へ行くと、さっきまでカラスがとまっていた柵の下には黒い羽が一つだけ落ちていた。あのカラスの羽だろうか?あれが一体何だったのかは分からないが、一つ思い出したことがある。

僕の友人に、霊感が強くてオカルト好きな変わったヤツが居た。そういう知識も豊富で、そいつとは中学二年の時からの付き合いだ。あだ名はカラス、少し前までときどき会っていたが、お互い受験で忙しいので、最近は連絡すら取っていない。烏といると、やたら霊に遭遇しており、当時は心霊スポットのような所にも行ったりして、その時の体験談がいくつかあるが、それはまた別の話。

烏と僕

僕が中学2年の頃、不思議なヤツと仲良くなった。名前は、仮に烏(からす)とする。初めて見たときは、無口で暗い性格だと思った。そんな僕達が友人となったのは、あの事件からだった。
僕が中学一年の時、二つ隣のクラスに転校生が入ってきた。髪型は七三分け、皆からは『烏』と呼ばれていたが、彼はいつも一人で居り、暗い印象が強かった。
烏とは、中学2年で同じクラスになった。相変わらず無口で、他の生徒とは話そうとせず、初めは彼にに絡んでいた男子生徒たちも、ノリが悪いせいか、次第に離れていった。初めは僕も烏と仲良くしていたわけではないし、話すらしたこと無かった。あの事件が起こるまでは…
その年の7月10日に、『少女殺害事件』が起きた。被害者は10歳の女の子、犯人に関する手掛かりは無く、後にその事件は迷宮入りとなる。事件が起きたのが通学路だったため、帰りは現場を通らなければならない。そこには警察官が数人とやじうまが群がっている。その中には何故だか烏も居た。すると烏が僕に気付いたようで、こちらを向くとニヤリと笑い話しかけてきた。この時初めて烏と言葉を交わした。
「被害者の女の子、隣のクラスに居る男子生徒の妹さんなんだよ。君、知らないと思うけど。」
「そうなんだ…」
僕が返事をすると、烏はまた口を開いた。
「俺、その男子生徒と話したことあるんだけどさ、彼の妹さん、悪霊が憑いてたんだってさ。それも最悪クラスのヤツが。」
ずいぶん突飛な話をされたため、僕はすぐに理解できなかった。
「え?つまり、どういうこと?悪霊に殺されたってことなの?」
僕はそう聞くと、烏は溜め息をついてこう言った。
「違う。被害者の女の子、悪霊に殺されるほど弱くない。弱くないって言うか、霊にとり憑かれても悪い影響を受けない性質って言うか。まぁ、それっぽい感じ。」
ますます訳がわからなくなってきた。そんな人が本当に存在するのだろうか。
そして今更だが、僕はようやく烏にこの質問をした。
「なぁ烏、お前って、霊感強いのか?」
すると烏はニヤリと笑って答えた。
「うん、まぁそこそこね。そういう君は、俺の話を信じるのかい?」
僕にも霊感っぽいものはあって、わずかだが霊的なものを見ることはあった。
「うん、まぁ。霊の存在は否定しないし。僕も、見たことあるし。」
「ふ~ん、なら話が早いね。少女に憑いてた悪霊、どうなったかわかる?」
どうなったのか。少女の命が絶たれたことで、憑いていた悪霊は行き場を失った。つまり…
「その悪霊が、野放しになった…?」
「ぴんぽ~ん。正解だよ。それで、その霊に興味ない?どんな姿をしているとか。」
まさかこいつ、その悪霊を見に行くとか言わないだろうなと思った瞬間、僕の予想は的中した。
「俺はその悪霊を一目だけでも見てみたいよ。君はどうだい?興味無い?」
正直、興味はあったが、そんな恐ろしいものを見に行く勇気は無い。
「それは…ちょっと興味あるけど、もし呪われたりしたらどうするの?最悪クラスってヤバいんだろ?」
「うん、ヤバいよ。確かに憑かれたら最後、誰にも祓えないし俺たち死んじゃう。でも、そんなすごい悪霊がいるなら見る価値はあるよ。」
どうやら烏は本気でその悪霊を見に行くようだ。結局僕も着いていくことにした。
「わかった、僕も行く。それで、その悪霊ってどこにいるのさ。」
「そうこなくっちゃ。もう居る場所は知ってるんだ。着いてきて。」
なぜ居る場所を知っているのか疑問に思い、それを訊こうとすると烏がこちらを振り返った。
「君、なんて名前?」
そうか、僕はまだ烏に名前を教えていなかった。
「僕は雨、よろしく。」
「うん。」
僕は烏に何かを訊こうとしていたが、忘れてしまったようだ。
烏に連れられて来たのは、とある漁港だった。平日の夕方だからだろうか、人がほとんど居ない。烏によると、その悪霊は港と陸続きになっている小島にいるらしい。
「ほら、あそこ」
烏は島を指した。
「行こう」
そう言うと烏はさっさと歩き出したので、僕はそのあとを付いていった。
島に着くと嫌な空気を感じた。この島の裏側に例の悪霊はいるようだ。
島は大きな岩が積み重なって出来ており、足場はそんなに良くない。
島の裏側へ行くと、そこには一人の女性が僕たちに背を向けて立っていた。
長くて黒い髪には艶があり、一見すると普通の女性のようだが、その周りを黒い何かが漂っていた。
「おお、想像以上だ。世界を滅ぼすくらいものすごい力だよ。」
烏は少し興奮しながらそう言った。
「世界を滅ぼすくらいって…いくらなんでもそれは無いだろ。」
僕がそう言うと、烏はニヤリと笑って答えた。
「確かにね、霊体のままではそこまでの力は出せないだろうけど、生きている人間に憑依してしまえば最強の生物兵器になるよ。」
「生きている人間に憑依したら、その人は死んじゃうんだろ?無理じゃん。」
烏は首を横に振った。
「そうだね、あんな化け物に憑依されたら誰だって死ぬよ。でも、さっき話した殺人事件の被害者の少女は?」
そうか、悪霊に耐性のある人がいるとすれば、憑依されても死ぬことは無い。
「あれほどの力を持った悪霊なら、少女の命は奪えなくとも、意志を乗っ取ることは出来ただろうね。少女の方がどれくらい力のを持っているのかにもよるけど。」
そんな会話をしていると、さっきまで背を向けていた女性がゆっくりと振り向いた。女性の顔は灰色で痩せこけており、目は真っ赤だった。
「あ、まずい」
烏はそう呟くと僕の腕を掴んで、「逃げる」と言ったが、どうやら遅かったみたいだ。
まだ明るい空に黒いものが覆い被さり、あっという間に世界は薄暗くなった。
「なぁ、どうすんだよ。僕ら死ぬのか!?嫌だぞ!霊に殺されるなんて!」
僕は烏に向かって叫んだが、まるで聞いていないようで、
「こいつはすげぇ!俺たち別の世界に来たんだぜ!」
とかテンション上げ上げでそう言っているけれど、それってまずいんじゃ…
「なぁ、別の世界って、僕ら死ぬの?それとも既に死んでるの?」
「いいや死なないよ。ほら、これがあれば。」
烏はそう言うと、ポケットからひし形の綺麗な石のようなものを取り出した。
「なにそれ、お守り?」
僕がそう訊くと、烏は「まあね」と答えてその石のようなものを悪霊に向けた。
「俺たちを守れ」
烏がそう呟くと、その石のようなものは光を放ち、その光に僕らは包み込まれた。
「逃げよう」
烏は再び僕の腕を掴んで走りだした。
島を出てからもひたすら走った。黒い世界の道は途方もなく長く感じた。
気づくと、空は夕焼け色に染まっていた。僕らは走る足を止めた。
「助かったのか…?」
僕がそう言うと、烏は頷いた。走ったばかりで、疲れて声を出せないようだ。
僕も疲れてしまい、その場にへたりこんだ。
すると烏は口を開き、
「実はちょっと危なかったんだよね。パワーストーンの力が消されそうになってた。」
と言った。僕はその言葉に対し、
「もし、そうなってたら?」
と言うと、烏は「死んでた」と一言呟き、それと同時に「ごめんな」と謝ってきた。
「なんで謝るのさ?」
と僕が訊くと、
「いや、俺が誘ったせいで死にかけたわけだし。」
と烏が言ったので、僕は立ち上がって
「別にいいさ、それに少し面白かったし。」
と返した。すると烏は僕の方を見てニヤリと笑うと、
「ふ~ん、そう思うんだ。君は面白いね。」
と言ってきた。
「お前さ、一応謝っただけで本当は悪いと思ってないだろ。」
僕がそう言うと烏は「うん」と答えた。
「いやいやいや嘘でも否定しろよ!最低かよ!」
そう烏に文句を言ったところで、僕はさっき訊き逃したことを口にした。
「なぁ烏、なんであの悪霊があそこにいるって知ってたんだ?」
すると烏はこう答えた。
「霊がどこにいるのか探知できるんだ。不思議だろ?」
霊の居場所を探知できる。そんな能力を持った変なヤツ、烏とはこうして出会った。そしてこれから先、僕は多くの怪奇体験をしていくことになる。

公衆トイレの話

僕が中学1年の時の話。
昔から放浪癖のようなものがあり、よく色々な場所へ一人で出掛けていた僕は、その日もある散歩コースを歩いていた。
散歩中、突然尿意を催した僕は、近くにあった公衆トイレを見付け、その中に駆け込んだ。
外から見てもそこそこ汚れているトイレだったが、中に入ると想像を絶する光景が広がっていた。
まず、臭すぎる。床には排泄物がべったりと落ちており、便器はこれでもかという程汚れていた。
そして一番気持ち悪かったものが、壁に落書きがしてあったのだ。あまり使われない公衆トイレの落書きはときどき見掛けるが、まぁどんなものかは大体分かるだろう。
僕はあまりの気味悪さに、僕は用を足さずにその公衆トイレを出てしまった。
だからと言って小便を我慢することは出来ず、僕はその公衆トイレの裏で用を足した。
スッキリした僕は、そのまま帰ろうとしたが、不意に何かの視線を感じた。ふとその方向を振り向くと、そこには公衆トイレの汚れた窓があり、そこから男性の顔が覗いていた。そのあと、僕はそこから必死で逃げ帰った。

中学2年の夏、僕はオカルト好きで霊感の強い友人であるカラスにこの当時体験した公衆トイレの話をした。
カラスとは彼のあだ名で、私服は全身黒く、雰囲気も暗いため、皆からそう呼ばれていた。
一通り話終えると、カラスがその公衆トイレに行ってみたいと言い出した。
正直、僕はあまり乗り気ではなかったが、烏が居れば大丈夫なような気がして、あれの正体が何か分かればそれはそれで面白いなどという感情が生まれつつあった。所謂、好奇心というものであろうか。
しかし、たった1年前のことだと言うのに、その公衆トイレが何処にあったか思い出せない。
僕がカラスにそのことを告げると、さっき話を聞いたから場所くらい分かると言った。
カラスは、霊の居場所が分かる能力があるらしく、彼が「面白いものがいる」といえば、それは殆どの確率で霊のことだ。また、居場所だけでなく、その霊がどのようなものなのか、悪意は無いか、などのことまでわかってしまうらしいのだ。
だからまず最初に、僕が公衆トイレで見た霊に悪意は無さそうかどうかを訊いてみた。
すると、カラスは一瞬考えた後にこう言った。
「悪意は無いよ。ただの悪戯みたい。」
それなら良いやと、僕たちは例の公衆トイレへと向かった。
歩いていくごとに、その公衆トイレの場所を思い出してきていた。
そして、その公衆トイレへと辿り着いた。
相変わらず汚い小屋のようだが、おそらく中もそのままだろう。
僕が「中に入ってみる?」とカラスに訊くと彼は「やめておこう」と答えた。
そしてカラスは話始めた。
「このトイレ、やっぱり怖いね。君は窓越しに男の顔を見たと言っていたけど、それだけじゃないよ。もっと多い。そろそろ帰ろう。なんか吐きそう。 」
烏がこんなことを言うのは珍しかった。
何時もなら、もっと積極的に心霊現象に関わっていくカラスが、もう帰ると言うのだ。勿論、カラスが関わりたいものは悪意の無い霊だけだ。先ほど、ここの霊に悪意は無いと言っていたが、なぜ吐き気を催す程帰りたがるのだろうか。
それをカラスに訊くと、彼はこう答えた。
「一つ一つの霊魂が悪戯心を持っているんだ。それも、一つや二つならまだ良いけど、あまりにも数が多すぎて悪戯心が悪意に匹敵する程大きくなったのかもしれない。きっと君が見た男の霊が他のものを呼び集めたんだろうね。」
それなら、と言い、僕はカラスに質問した。
「僕が行ったときには、あの男一人だけだったのか?」
カラスは首を横に振った。
「いいや、他のものも1年以上前からここに居るようだよ。君は霊感があるのに、その霊感が鈍感だね。」
軽くディスられたようだが、それよりも当時幾つもの霊がこのトイレに居たことにゾッとした。
「カラス、帰るか。」
「うん、そうだね。」
散歩コースを引き返すため、振り向こうとしたそのとき、僕は見てしまった。
男子トイレと女子トイレの窓越しから怪しい笑みを浮かべながらこちらを見る、無数の人の顔を…

雨の記憶

雨。それが僕のあだ名だ。
かといって、特別雨が好きな訳でも無く、嫌ってもいない。
しかし、雨には少し思い出がある。これといって特別なものでは無いが、今でも雨が降ると思い出すのだ。
中学2年生の冬のことだ。
朝の天気予報では晴れだと気象予報士が言っていたにも関わらず、その日の夕方はどしゃ降りだった。
学校を出るときにはまだ降っていなかったが、しばらく歩いていると降ってきたのだった。
この時季に降る雨のことを時雨と呼び、何ともかっこいいものだが、僕は冬の寒さが増すようで少し苦手だ。
近くに雨宿りできそうな店も無かったため、たまたま通りがかった神社の屋根がある所で雨宿りをさせてもらうことにした。
そこは至って普通の神社で、僕が雨宿りをしている場所の向かい側に社務所があった。しばらくその社務所をぼーっと眺めていると、戸が開いて誰かが出てきた。
見たところ、僕と同い年くらいの少年のようだった。
傘をさした彼は、僕のいる方へ歩み寄ってきた。そして口を開き、
「急に降ってきたね」
と言った。
何か少女漫画で見たことあるシチュエーションだなと思ったが、僕は普通に「うん」と答えた。そもそも男と男だ。
少年はなかなかのイケメンだが、少し疲れているようだ。
「寒いだろ。社務所の中入れば。」
彼はそう言うと、僕を社務所の中へ招き入れた。神社の関係者なのだろうか?
社務所の中に入ると、そこには中年の男が座っていた。
僕が「こんにちは」と挨拶すると、男は「おお、いらっしゃい。まぁ座って。」と優しい口調で言った。
僕は「失礼します」と言い畳に腰を下ろした。
少年は雨宮というらしく、歳は僕と同じで、通っている中学も同じ。しかも隣のクラスだった。
そして、社務所の中で寛いでいた中年の男がこの神社の神主で、長坂さんというらしい。
ちなみに、雨宮は長坂さんの知り合いで、神社にはよく遊びに来るのだそうだ。
僕は二人の話を色々聞かせてもらった。
特に雨宮の話は色々と興味を惹かれた。
雨宮は霊感が強いらしく、霊を見るのは日常茶飯事だそうだ。
僕はそういう話が大好きで、僕自身も恐怖体験を幾つかしてきたので、その話をしてすぐに打ち解けた。
僕はこの時、何故だか最もオカルト関連では親しい友人のことを話さなかった。
その友人を、仮にカラスとしておく。
カラスには強い霊感があり、怪談話のネタにするにはピッタリの人物だったが、雨宮にはカラスのことを全く話さなかった。
今思えば、あの時僕は無意識に、カラスのことは雨宮に話してはいけないと察していたのだろう。
理由はわからない。だが、おそらくそうだったのだ。
どれ程の時間話していたのだろうか。
雨はすっかり止み、夕空にカラスの鳴き声が響き渡っていた。
僕は雨宮と長坂さんに別れを告げて帰路に着いた。
次の日、僕は昼休みに雨宮のクラスへ行き、彼の姿を探した。しかし、教室に雨宮は居らず、僕は校内の何処かへ行っているのだろうと思った。
「何してるの?」
不意に背後から声を掛けられた。
驚いて後ろを振り向くと、そこにはカラスの姿があった。
「あ、いやぁ、ここのクラスに雨宮ってやつがいるらしいんだけどさ…」
僕は昨日の出来事をカラスに話した。
僕が話し終えた後、カラスは表情を変えることもなく、僕にこう言った。
「雨宮、そいつ、この前の少女殺害事件の被害者である女の子の兄だよ。今は学校に来れてない。」
…僕は言葉を失った。
この年の夏に起きた少女殺害事件。僕とカラスが出会うきっかけとなった事件だ。
カラスは続けてこう言った。
「彼とはもう関わらない方がいい。それ以上のことは何も言えない。」
僕は何も言うことが出来なかった。
その日、僕はそれ以上カラスと話すことは無かった。
家に帰って自室に入ると、僕は昨日の出来事を思い出していた。
そういえば、雨宮が話していた怪談で、一つ気掛かりなものがあった。
その怪談は以下の通りだ。

とある一人の少女に悪霊が憑依した。その悪霊は少女の意思を乗っ取り、殺人を犯そうとした。それを阻止するべく、一人の祓い屋が動いた。しかし、少女がどこにいるのか分からない。そこで祓い屋は、とある霊能力者を訪ねた。その霊能力者は、霊や悪霊に憑依された人間の居場所を突き止めることができるという。少女の居場所が分かった祓い屋は、少女を見付け出すとすぐに殺した。しかし、殺したのはその祓い屋ではない。祓い屋はある特殊な方法を用いて、少女に憑依した悪霊に、その少女を殺させた。

と、話はそこまでだ。
この話をしていた時の雨宮の表情は、どこか悲しそうで、複雑なものだった。
僕はこの話に登場する、霊の居場所が分かる霊能力者というものに心当たりがあった。
その人物は、カラスのことだ。
彼は霊の居場所を的確に探し出す能力を持っている。
それにこの話、おそらくあの少女殺害事件と何らかの繋がりがあるかもしれない。
事件現場でカラスと不自然な出会いをしたあの日、カラスは少女に憑依していた悪霊を見たいと言った。
少女という憑依型を無くし、野放しになった悪霊の様子を、彼は見てみたかったのだろうか。
もういい、これ以上詮索しても良いことは無いだろう。僕は頭が痛くなったので、その日は夕飯の時間に起こされるまで寝てしまった。
あの時以来、僕はあの事件のことや雨宮のことを忘れようとしていた。その後、特にカラスとの関係は変わるということは無かった。
今更だが、つまりこうだろう。
カラスはあの事件の犯人を知っている。
そして雨宮も、カラスが事件に関与していることを知っていたのだ。
カタカタとキーボードを鳴らしながらこの文を書いていると、何の前触れも無く雨が降ってきた。
今日の雨は、悲しいようで、どこか少し怪しい。そう思えた。

赤目の黒翼

 もう、これで三度目だ。
彼は電話に出ない。コール音が耳元で何度も繰り返され、気が狂いそうになる。と、不意にコール音が止み、電話越しからは「ゴゴゴゴッ・・・」という、強い風のノイズが聞こえてきた。
「もしもし。」
ノイズの合間に聞こえてきた声は、間違いない、彼のものだった。
「もしもしカラス?!今どこにいるんだよ!」
「・・・」
暫しの沈黙が続く。
「なぁ、何か言えよ。」
電話の相手はあれから一言も話さず、自然とこちらも黙り込んでしまう。ただ、暴風のノイズだけが俺の耳を劈いていた。

高校三年生の秋、以前からなりかけていた鬱の症状が一気に進行し、学校も中退しようと決めていた時のことだ。しばらく連絡を取っていなかった中学時代の友人であるカラスというヤツに話したいことがあり、久々に連絡を入れたのだが、いつまで経っても返事は無く、気になって彼の住んでいる借家を訪ねてみたところ、そこは既に空き家になっていた。
何も言わずに引っ越してしまったのか。そう不審に思い、彼のケータイの番号へ電話をかけ続けてみたところ、三度目で漸く出てくれたのだ。
しかし、俺が何と質問しようと、カラスは何も答えてくれはしない。取り敢えず、ずっと話したかったことだけを伝えることにした。
「そういえば、この前俺が病気して寝込んでたら、窓越しに赤い目の烏がずっとこっちを見ててさ。その後、すぐ吐血したんだ。気が付いたらもう烏は居なくなってて、確か、うつ病が酷くなったのがそのすぐ後からなんだ。」
「知ってるよ。」
やっと声を出した。
「え、知ってるって・・・なんで?」
「君さ、いつから自分のことを“俺”なんて言うようになったの?」
「・・・っ!」
待て、よく考えてみろ。俺の一人称は今まで何だった?僕、そうだ僕だった。だったらなぜ今は俺と呼んでいる?いつから、いつから俺は俺になったんだ。
「やっぱり、自分で気が付かなかったんだね。」
「だ、だから?そんなこと今は関係無いだろうが。」
正直、全く関係が無いとは思えなかった。何のためにカラスがそんなことを言ったのか。彼は無意味な発言などしない人間だ。何故・・・。
「あの時・・・からだ。」
俺の脳は静かに記憶を呼び覚まさせた。そう、あの時だ。あの赤い目をした烏が、俺の前に現れた時から。
「思い出した?そう、代わったのさ。僕から君へとね。」
「何を・・・。」
カラスの言っていることがさっぱり理解できない。何も言えずに呆然としていると、カラスは淡々とした口調で語り始めた。
「僕が中一の頃、まだ、君のいる町へ越してくる前に、赤い目の烏が僕の所へ来たんだ。そいつは人の言葉を話したよ。そして、僕と契約したいと言ったんだ。敵を倒すためにね。それ以来、僕は霊の居場所を探知する能力を得た。けどもうそれも限界だ。だから次は君に乗り換えるらしい。」
ついさっきまでは平凡だった日常を、彼の言葉が一気に崩壊させた。俺はしばらくの間、オカルトとは縁の無い生活をしていた。あの烏が現れたのが久々の怪異だったのだから。あの出来事がこんな、こんなにも突飛な世界の扉を再び開くことになるとは、一体何の縁なのだろうか。
「理解したかい?カラスくん。」
「俺が・・・カラス?」
ほんの数分で物事を理解してしまった自分が、どれほど恐ろしい人間だと思ったことか。中学時代、カラスと共に体験してきた怪異が鮮明に蘇る。
そうだ。これからは俺がカラスになるのだ。今後も多くの怪異と向き合い、ひたすら何かを探し続ける。
「なぁ、◯◯。」
「珍しいなぁ、君が僕を本名で呼ぶなんて。」
「それしか呼び方無いだろ・・・今からカラスは俺なんだから。あのさ、お前は、これからどうするんだ?」
「・・・さあね。ただ、僕らはまたいつか出会うかもしれないよ。」
俺もそんな気がする。そう言おうとしたが、言葉が喉に突っ掛かった。
「お前との心霊スポット巡り、散々だったよ。」
「それはどうも。じゃあね、カラスくん。」
そう言って彼は電話を切った。
記憶の中で、赤い目の烏が鳴いたような気がした。

烏シリーズ

ありがとうございます。

烏シリーズ

怪談。兎に角怪談です。

  • 小説
  • 短編
  • ミステリー
  • ホラー
  • 青年向け
更新日
登録日
2016-02-15

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 烏と僕
  2. 公衆トイレの話
  3. 雨の記憶
  4. 赤目の黒翼