雨宮しぐるの怪奇譚
はじめまして、空海まひると申します。
既に他サイト様で連載させて頂いている作品ですが、こちらでも掲載させて頂くので、お楽しみ頂けると幸いです。
ド素人なので文章下手で読みにくいかもしれませんが、優しく見守ってやってください。
肝試しハプニング
暑い、暑すぎる。
暑いだけの平凡な日。冷蔵庫のコーラを飲み干した俺、雨宮しぐるは、そのまま居間へ行き、畳の上に寝そべった。
17歳、高校2年の夏。外では蝉の声が鳴り響いている。あと一週間学校へ行けば夏休みだ。とは言っても、全て午前中の授業で、火、木曜日は休みだから、実際はあと3日で休みだ。
「ただいま帰りました~」
ふと、玄関をガラガラと開く音と共に、少女の声が聞こえた。俺の義妹で13歳の少女、露(つゆ)が買い物から帰ってきたのだ。
「おかえり、外暑かったろ」
「去年より暑いですよ~、氷被りたいくらいです」
「そりゃ、逆に寒くなんだろ」
「えへへ~」
母は四年前に他界、父は海外働きのため、家には帰ってこれない。祖母は母の亡くなる一年前に、祖父は俺が生まれる前に他界した。つまり、この和作りの広い家には、俺と青髪の和服少女、露の二人暮らしだ。
しかし、祖父母の残した財産が多く、父は海外働きで忙しいが給料は良いし、家事は露がこなしてくれるため、生活には困っていない。
だが、そんな俺でも悩みは沢山ある。その一つが、霊感だ。
小さい頃から、見たくもないものが見えてしまうのだ。川から顔だけを出し、生気の無い目でこちらを見つめる黒髪の女、マンションの最上階から人が飛び降りるのが見えて、その場所へ行ってみれば、そこには誰もいない。
そんな体験ばかりするもんだから、時々変な体験をした友人などから相談されることがある。
もしその友人に何かあった場合、簡単な除霊ならすることができる。
これは祖父譲りの力だ。俺の祖父は有名な霊能力者だったと聞いている。
しかし、かなり上手くいく時もあれば、失敗する時もある。
失敗した時は、あぁ、関わらなきゃよかった。なんて思ったりして、近所にある神社の神主さんにお祓いを頼んだりする。
この霊感、俺にとっては邪魔な能力だ。
しかし、露にもそんな風に霊が見えるらしく、お互い良き相談相手でもある。
そんな感じで、なんとなく平凡な毎日を過ごしているわけだ。
ピンポーン
突然、家のチャイムが鳴った。
「露、出てくれるか」
「はい」
露は玄関へ向かい、開けてみると、そこには俺のクラスメイト、山岡が立っていた。山岡を居間へ迎え入れ、露に茶を出してもらうよう頼んだ。
「そんで、用件は?」
「実はさ、もうすぐ、夏休みじゃん。それでさ、クラスの遠藤と杉山と俺で、肝試しすることになったんだけど、お前、霊感あるじゃん。だからさ、一緒についてきてほしいんだけど」
「悪い、お断りだ。って言うか、お前も肝試しなんてやめた方がいいぞ」
「そこをなんとか、俺も遠藤のやつに、半ば強引に連れていかれるはめになったんだからさ。あいつに逆らうと、たぶん霊より怖いからさ」
遠藤とは、クラスのけっこうやんちゃなやつで、どうやら、山岡はそいつに目をつけられてるらしい。
「ったく、けど、俺は行かねーぞ」
「いやいや、頼むからさ!あ、それともお前、怖いのか?」
「バーカ、怖いと言うより、霊感があると逆に狙われやすくて危険なんだよ」
「え?そうなのか?いやでもさぁ、そこのところをなんとかお願いしますよ旦那ぁ」
「誰が旦那だ、気持ち悪い。わかった、わかったよ。ちょっと面白そうって思ってたから行ってやるよ」
「ほ、ほんとか!ありがとう雨宮!」
…言ってしまった。確かに面白そうとは思っていたが、勢いでOKしてしまった。
「それで、場所は?」
「あ、そうだった。向こうに、山があるだろ、そこに、廃墟があるらしくて、そこで夏休みに肝試ししようってことになったんだ」
「へぇ~、わかった」
や「日にちとか時間とかは、明日あたり学校で遠藤たちと決めるから、そのときお前も参加ってことで良い?」
「はいはい、わかりました」
「たいへんお待たせしました。お茶をお持ちいたしました。」
露が居間へ入ってきた。
「なんだ、遅かったな」
「すみません、肝試しへ行かれると聞きましたので、御守りを。四人分あります」
「お、こりゃ良い。ありがとな、露」
俺は御守りを露から受け取り、山岡に3つ渡した。
「ありがと、露ちゃん」
「いえ、この程度のことしか出来なくて申し訳ないです。では、私はこれで」
そう言って、露が居間を出ていこうとすると、山岡はそれをニヤニヤしながら目で追っている。
「どうした山岡、キモいぞ」
「え?あ、いやー、露ちゃんかわいいなぁって思って。良いなぁ義理の妹とか!寝るときも一緒なのか?」
バカである。
「んなわけあるかバカ。別々の部屋に決まってんだろ。もういいだろ。その御守り、明日学校で遠藤と杉山に渡しとけ」
「おう!ありがとな!それじゃ、また明日」
その日はそれで山岡と別れた。
次の日、俺たちは放課後、肝試しの予定を立てた。
日にちはまさかの夏休み初日、時間は夜8時に近所のコンビニへ集合となった。
そして、肝試し当日。
時刻は夜8時、俺たち四人は、コンビニに集まった。すると、遠藤は俺の方を見てこう言った。
「お前、霊感あるんだってな。霊がいたら教えろよ。俺が取っ捕まえてやる」
バカと言うよりか、もう発言が幼稚である。
「教えるぶんには構わねぇけど、取っ捕まえるってバカかよ。無理に決まってんだろーが」
「はぁ?てめぇ俺を誰だと思ってんだ!」
バカだろうが。
すると杉山は遠藤を抑えるように言った。
「ちょっ、やめろって遠藤、せっかく霊感があるからって来てくれてるんだからさ。喧嘩は無しな」
「お、おう、そうだな。ったく、口の聞き方には気を付けやがれ」
お前がだろ。俺は心の中で言った。
杉山と遠藤は幼なじみで、遠藤が喧嘩し始めようとするといつも止めに入っている。たしか、柔道の黒帯だったか。遠藤が喧嘩を諦めるのも無理は無い。
そんなこんなで、廃墟まで辿り着いたわけだ。
木々が生い茂る。嫌な気配がする。確実にいる。
「な、なんか、すごい、雰囲気、あるね」
山岡がそう言うと、遠藤がバカにするように言った。
「なんだ山岡、もうビビってんのか。まだ何も出てねぇだろが。おい雨宮、なんか見えるか」
「いや、まだ見てはいないけど、確実にいる。これ入らねぇ方がいいかもなぁ」
何気なく俺が忠告すると、遠藤が溜め息をついてこう言った。
「ったく、お前までビビってんのかよ。御守りありゃ大丈夫なんだろ。ほら、行くぞ」
「御守りがあれば大丈夫ってわけじゃないからな。まぁ、せっかくここまで来たから、入りたきゃ入れよ。俺はもう行かねぇ」
俺が断ると、遠藤は山岡の腕を掴み、廃墟の入り口へ向かった。
オカルト好きな杉山もその後をついていったので、仕方なく俺もついていった。
入り口には南京錠がぶら下がっていたが、鍵は空いていた。
建物の造りは古く、玄関を入って右側に、12畳の畳が敷かれた居間のようなところがあった。
「雨宮、ここなんか居るか?」
遠藤はビビる様子も無く俺に訊いてきた。。
「いいや、ここじゃない」
そう言った瞬間、背後から背筋の凍るような気配を感じだ。
「!?」
俺がとっさに後ろを振り返ると、そこには何もいなかった。
気のせいだったのだろうか。いや、確かに感じだ。この廃屋には何かが住んでいる。
俺の行動に驚いた山岡は、「ひぃ」などと弱々しい声を出している。
それに続いて、遠藤も俺に訊いてきた。
「いま、なんか居たのか?」
「いや、気のせいだったみたいだ」
俺は気のせいだったと言い、先を進むことにした。が、その時、居間のような部屋の隣にある部屋から、女の呻き声のようなものが聞こえてきた。
俺はまずいと思い、進む遠藤の腕を掴んだ。
「なんだよ」
「聞こえる。呻き声みたいなのが。そこの部屋から」
「まじか、ちょっと見てみようぜ!」
「おい、やめっ」
俺が止める間もなく、その部屋へ入ってしまった。山岡はさっきの俺の一言で完全にビビり、その場に縮こまってしまった。
仕方なく俺は遠藤の後をついて部屋へ行くことにした。
「杉山、山岡についててやってくれないか」
「わかった」
俺は山岡を杉山に任せ、部屋の入り口まで来た。どうやら台所のようだ。遠藤はどこだと思い、部屋の中を見渡すと、俺のすぐ隣に居り、強張った顔で一点を指差していた。
俺が遠藤の指差す方を見ると、そこには確かに髪を後ろで束ね、エプロンをかけたワンピースの女の霊が後ろを向いて唸っていた。
俺は直ぐに遠藤の腕を引き部屋を出ようとした。すると、さっきまで唸っていた女が言葉を発した。
「待って……どうして…私を…」
もちろん待つわけがなく、遠藤を連れて部屋を出るため振り返った。しかし、そこにはさっきまで台所の隅で唸っていた女が、なんと目の前にいたのだ。目は飛び出し、鼻は潰れており、今にも吐いてしまいそうな顔だ。
声が出ない。動けない。金縛りのような感覚に襲われ、俺はただその恐ろしい顔を見ていることしか出来なかった。
しかしその女は、こちらを見ているだけで何もしてこない。ひょっとして、御守りが効いているのだろうか。俺はそう考えることにした。
しばらくすると女も諦めたのか、目の前でスゥ…と消えてしまった。それと同時に体を自由に動かせるようになり、直ぐに台所を出て、杉山たちと合流した。どうやら杉山たちには何もなかったらしい。
俺は遠藤を支えながら、さっき起きたことを杉山たちに簡単に話すと、もう帰ろうということになり、玄関から外に出た。
「うわぁっ!!」
外を見た杉山が、突然大声を出した。そりゃそうだ。そこには、さっきの女の霊の他、顔の潰れた子供二人の霊が、行きに来た道を塞ぐように立っていた。もうそれを見た山岡は気絶してしまい、杉山がそれを支えている。
「お父さん…お父さん…」
突然、子供二人の霊がそんなことを喋り始めた。すると遠藤はゆっくりと、その子供の霊の方へと歩いていく。
「おい、遠藤!待てよ遠藤!」
俺が声をかけても止まらず、腕を掴んで戻そうとしても、そのまま進もうとしてしまう。顔は無表情でまるで死んだ人間のようだ。
もうこうなればと思い、一か八かで気休め程度だとは思うが、お祓いをしてみることにした。やり方は簡単、祖父が作ったらしい御札を、心の中で「助けてください!」と念じながら遠藤に貼り付けるだけ。なのだが、御札の枚数が少なく、あまり使いたくはないのだ。
御札を貼ると、遠藤は歩くのをやめ、そのまま地面に倒れこんだ。すると、さっきまで道を塞いでいた霊が、いつの間にか消えていた。どうやら上手くいったみたいだ。
その後、遠藤も山岡も直ぐに目を覚まし、俺たちは家へ帰った。まったく、夏休み初日から本当にバカなことをしたものだ。
次の日、遠藤が家に礼を言いに来た。今までこいつとはあまり関わらなかったけど、意外と良いヤツなのかもしれない。
「昨日は、助けてくれたみたいでありがとな。なんか、色々悪かった」
「いや、全員無事でよかった。でも…」
「ん?まだ何か?」
「いや、なんでもない。けど、一応心配だから、神社とか行って神主さんに話した方がいいぞ」
「おう、わかった、ありがとな。んじゃ、今日は失礼したな。」
「ああ、またな」
はっきりと見えた。遠藤が玄関を開けたとき、家の門の外で遠藤を待ち構えるように立つ、目が飛び出た昨日の女の霊が。
怪雨
プルルル…プルルル…
夏休みのとある日、俺(雨宮しぐる)は、午前8時に電話の音で起こされた。
「もしもーし」
「おう、しぐるか」
電話の相手は、近所にある神社の神主をしている長坂さんだった。
「何の用です?眠いんすけど」
「夏休みだからって寝坊か?まあいい、ところで、この前お前のクラスメイトの、遠藤ってやつがうちに来てな」
遠藤のやつ、肝試しの件でうちに礼を言いに来たあと、俺に言われたとおり神社に行ったらしい。
長坂さんは、そのまま続けた。
「お前たち、肝試しに行ったんだろ?あいつにたちの悪い悪霊が憑いていたな。一応お祓いは済ませておいたぞ。他のメンバーは無事だったのか?」
「ええ、遠藤だけでしたよ」
「そうか、ならよかった…あぁ、じゃあな」
「え?あぁ、では」
それだけかよ。と思ったが、早く済んでよかった。
すると、良い匂いがしてきたからそろそろ朝食の時間だろうと思い、俺は居間に向かった。
居間に入ると、義妹の露が目玉焼きの乗った皿をテーブルに置いているところだった。
「あ、おはようございます!旦那様。今日は電話のおかげで早く起きれましたね」
「おはよう。まったく、叩き起こされた気分だよ」
俺はそう言いながら畳に腰をおろした。
露は朝食のサラダを皿に盛っている。本当に毎日世話になっている。
露がサラダを持ってきたところで、俺たちは食べ始めた。
「いただきます」
俺には妹がいた。名前は雨宮ひな。しかし3年前、ある事件に巻き込まれてこの世を去った。その1年後に露が家へとやってきた。妹が生きていたなら、ちょうど今の露と同じ13歳だ。だから、ついつい妹と露を重ねてしまう。
朝食を食べながら、露は俺に話しかけてきた。
「旦那様、この前の肝試しのことなのですが、遠藤さんは大丈夫だったのですか?」
「ああ、問題ない。長坂さんがお祓いしてくれたってさ」
俺は先程の電話のことを露に話した。すると、露は安心したらしく、ほっとため息をついた。
「よかったです。旦那様も、あまり無理をしないようにしてくださいね。お体…あまり丈夫ではないのですから」
「ああ、ありがとう」
そう、俺は幼い頃から病弱で、よく病気で入院したりすることが多かった。それに比べ、妹は丈夫で、とても元気だった。元気だったのに…殺されたんだ。犯人はまだ捕まっていない。あんなに良い子だったのに、なぜひなが殺されなければならなかったのか。
「…だんな、様?」
おっと、妹のことはなるべく思い出さないようにしていたのに。
「あ、あぁ。いや、すまない」
「本当ですか?顔色、少し悪いですけど」
「いや、大丈夫さ。あ、朝飯、ありがとな。ごちそうさま」
「あ、はい。お粗末様でした。くれぐれも、体調にはお気をつけくださいね」
「ああ、ありがとう」
朝食を食べ終えた俺は、自分の部屋へと戻り、読み途中の本を手に取った。まあ、俺の読む本といえば、ホラー小説くらいしか無いのだが。
そのまま椅子に腰をかけ、午前中はずっと、その本を読んでいた。
ふと時計を見ると、時刻は昼の12時。時計を見たと同時に、お昼のチャイムが鳴った。
俺は居間へ行き、露が用意してくれた昼食を食べた。
昼食を食べ終えた俺は、再び部屋へと戻り、本の続きを読み始めた。
しばらくすると、部屋の入口、襖の向こう側から露の声が聞こえた。
「旦那様、お夕飯の買い物に行って参ります」
「はーい、いってらっしゃーい。気を付けてな」
俺は本を読みながら、そう返事を返した。
それからどれ程の時間が経っただろうか。本を読み終え、ふと時計を見ると時刻は15時半。外からは、雨が降っている音がしていた。露はまだ帰ってきてないし、傘は持っているのだろうか。
そんなことを考えながら、何気なく窓の外を見た。そこで俺は見てしまった。さっきまで雨音が聞こえるということだけで、雨が降っていると認識していたが、それは確かに雨が降っている。だが何だこれは、赤い、真っ赤だ。降っている雨の色は、まるで血のように真っ赤だった。俺はゾッとしたが、それよりも出掛けている露のことが心配になった。
大丈夫なのだろうか。外の人達はどうなっているのだろうか。そんなことを考えて焦っていると、玄関をガラガラと開く音がした。
「ただいま帰りました~」
露だ。
「露っ!お前、傘持ってたか?ってか、あの雨何だ!何ともないか?…って、あれ?」
そこに立っていた露は、傘を持ってない。しかも、汗はかいているが、あの真っ赤な雨で濡れた様子も無い。
「へ?何を申しておられるのですか?雨など降ってはおりませんよ?」
俺は訳がわからず、既に閉めてある玄関を開いてみた。だが外は雨など降っておらず、水溜まりすら出来ていなかった。
その後、俺は先程見た雨のことを露に話した。
「また変なもん見ちゃったよ。大丈夫なのかなぁ、俺」
すると露は、少し考えてからこう言った。
「ひょっとすると、死者が旦那様に何かを伝えようとしていたのかもしれませんね。よくわかりませんけど」
露は、自分の考えをおかしな仮説だと思ったのか、照れ笑いながら話を続けた。
「旦那様、いつだかの雨の日の学校帰りに、不思議な女性に会ったとか申しておられましたよね」
確かに2週間くらい前、雨の中通学路を歩いていると、前方に白いワンピースを着た女性が左側にある林の方を向いて立っていた。
よく見ると、いや、よく見なくてもわかった。白いワンピースのちょうど真ん中あたりに、赤い大きめのシミがついていた。俺は直ぐに血だとわかった。これは無視した方が良いと思い、なるべく女性を見ないで先へと進んだ。そして女性を追い越そうとしたその時、突然その女性が泣き出したのだ。興味が無いわけでは無かったが、関わると面倒になりそうだと思い、そのまま家へと帰った。それ以降もそこの道は通るが、その女性とは会ってない。
「もしかして、あの女が…?」
そう思った俺は何の根拠も無いが、とりあえずその女性に会った場所へ行ってみた。そこに女性の姿は無かったが、妙な異臭がしたことには直ぐ気付いた。その臭いは、以前にも嗅いだことがあるような臭いだった。
「この臭い…」
俺はその臭いの正体がわかった。これは、死臭だ。林の中をよく見ると、迷彩柄の布に、何かがくるまっているようなものを見付けた。その大きさは、ちょうど人の身長くらいだった。そこで俺は、警察に通報した。
警察が来て、布の中身を確認すると、それは腐敗した男性の死体だった。その後、第一発見者となった俺達は、署で事情聴取、その後は、そのまま家へと帰してもらえた。
帰り道、俺はずっと疑問に思っていたことを口にした。
「なぁ、たぶん、あの雨は今日のことを伝えたかったんだろうと思う。でも、俺があのとき見たのは服に血のついた女だぜ。でも、あそこで死んでたのは男。それってさ…」
「あ、ゆ、夕御飯作らなきゃ!旦那様、お腹空きましたでしょ!早く帰りましょう!」
露も俺が何を言おうとしたのか察したらしく、俺はその話を止めて二人で家へと帰った。
次の日の夕方、何気なくニュースを見ていると、昨日俺達が遭遇したあのことがやっていた。どうやらあの後、現場から凶器が見つかったらしく、指紋を調べたら直ぐに犯人が特定できたらしい。そして、その犯人の顔と名前が出た。予想していた通りだった。犯人は、2週間前に俺が会ったあの女性だった。このニュースを見て確信が持てた。
あの女性は生きた人間だったのだ。
ワンピースに付いた血はあの男性のもの。
流石にこれは怖い。
幽霊よりもずっと。
なぜなら、2週間前に会ったあの女性は、人殺しをした直後の人間だったからだ。
あの時関わらなくて本当によかった。
もしあの女性に話しかけていたら俺はどうなっていたのか。
そして、なぜあの女性は泣き出したのか。人間の感情は難しい。
だからこそ、人間が一番怖いのかもしれない。
廃屋と少女
7月下旬、夏休みのとある一日。
少し離れたところにある知り合いの家に用があり、今はその帰り道。
影の背が伸びる時間帯、カラスが鳴いている。
知り合いの家は海の近くにあり、帰るときも、しばらく海沿いの道を直進していくのだが、途中でかなり雰囲気のある廃屋があるのだ。
しかし、雰囲気があるだけであって、そこで霊を見たことはない。
だから今日もいつも通り、その海沿いの道を歩いていた。
廃屋が見えるところまで来た。
俺はいつものように、廃屋を眺めながら歩いていた。本当にやめておけばよかったと後悔している。
いつもは何でもないその廃屋。しかしそこには、赤い浴衣を着た少女が立っていた。
祭はまだ先だし、こんな夕方に一人であんなところに?明らかにおかしい。
どう考えても霊だ。そんなことを考えながら廃屋に目を向けて歩いていると、その少女と目が合ってしまったようだ。
暗くて顔はよく見えないが、明らかに目が合った。
俺は一刻でも早くその場を立ち去ろうと足を速めた。廃屋を通り越し、そのまま直進した。
しかし、何だ?後ろから足音が聞こえる。
草履のようなものを履いている足音だ。
どうして今日に限ってあの廃屋に居たのだろう。
しかも後をつけられてる。最悪だ。
「お兄ちゃん…」
後ろからそう呼ぶ声が聞こえた。あの少女だろう。
「お兄ちゃん…」
そう呼び掛ける声は、三年前に亡くなった妹を思い出させた。
しかし振り返れば終わりだ。そんな気がする。
妹のことを思い出させたその少女の霊に少し苛立ちながらも、俺は先を急いで歩いた。
「お兄ちゃん…お兄ちゃん…」
呼び掛ける声は遠ざかるどころか段々と近づいてきているような気がする。
「お兄ちゃん」
声が大きくなってきた。
高い少女の声だが、こういう場面ではそれが逆に恐怖を掻き立てる。
家に着けば大抵の霊は入ってこれないので、早く着きたいのだが家はまだ先だ。
何故だか不思議と俺の家は、霊的なものを寄せ付けないのだ。
名のある霊能力者だった祖父が何かをしたのかもしれない。
「お兄ちゃん。お兄ちゃん!」
声に力強さ入る。無視をする俺に怒っているのだろうか。しかし、その声には違和感を感じる。
「お兄ちゃん!ねぇ!お兄ちゃん!!」
どこのヤンデレ妹だとツッコミを入れたくなると思うが、実際本当に怖くてそんなこと考えてはいられない。
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!!」
さらに強くなっていく声を聞いているうちに、俺は声の違和感が何かわかった。
感情が籠っていない。先程から聞いていても、まるで機械が喋っているようだ。
「お兄ちゃん!!」
誰か来てくれ、頼む!そう心の中で叫んだ瞬間、左手を何かに捕まれた。
俺はその勢いで後ろを振り返ってしまった。
しかし、後ろには誰もいない。あの感触、人の手のような感触だった。
おそらく、さっきまで俺を呼んでいたあの少女が手を握ったのだろう。
ということは、前を向き直るとそこにいるというパターンなのだろうか…恐る恐る前を向くと、近くには誰も居なかった。
しかし、少し遠くに少女のような人影が見えた。陽炎の中に、浴衣を着た少女のような影。
このまま進んではまずい。そう思い、右の方にある道へと進むことにした。
俺はその方向へ歩き始めた。だが、しばらく歩くと、遠くにまた人影が見えた。
赤い浴衣の少女だ。最悪だ。帰り道はあの少女に塞がれた。恐怖というより、なんだか気が遠くなった。
しばらくその少女が立っている方向を呆然と眺めていると、後ろから服を引っ張られた。
全身に悪寒が走る。振り向いたらどうなるのだろうか。
俺は死ぬのか?そんな恐怖と絶望を感じていると、後ろから声が聞こえてきた。
「旦那様?何をなさっておられるのですか?」
聞き慣れた声が聞こえてきた。
「え?」
後ろを振り向くと、そこには露が俺の顔を覗きこむように立っていた。
「今、服を引っ張ったの、お前か?」
俺がそう聞くと、露は頷いた。
「あまりにも帰りが遅かったので、迎えにきてしまったのですが、いつもの道を通らずに帰っておられたのですね。
探してしまいました。さぁ、帰りましょう。お手をこちらへ」
露は溜め息をつきながら優しく言った。
「ああ、ありがとう」
しかし、俺はあることが気になっていた。
先程の少女はまだ居るのだろうか。だが、帰る方向を見ても、それらしき影は見当たらない。
居なくなったのか?
それなら良かったと帰路を歩き出した直後、背後からものすごい殺気を感じた。
急いで後ろを振り向くと、そこには人っ子一人も居なかった。
そこにはただ、カゲロウの揺らめく真っ直ぐな道が伸びていた。
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海辺の町、陽炎が揺らめく真夏日に、電柱の下に一人の少女が立っていた。
歳は17くらいで黒髪。怪しい笑みを浮かべながら見ていたのは、道の向こうを歩いている、青年と青髪の少女だった。
「助けてあげたのよ、感謝しなさいよねぇ~、雨宮しぐる…フフッ、変な名前」
黒髪の少女は怪しく笑いながらそう呟き、二人とは反対方向へと歩いていった。
雨宮しぐるの怪奇譚
これは、私の妄想を文章にしただけの作品です。
非日常的なことが好きで、イラストや小説など、創作に手を出しました。