高嶺の花
篠原が約束の喫茶店に行くと、すでに久保が待っていた。
「おまえが時間前に来るなんて、珍しいな」
「あ、ああ」
上ずった声でそう言うと、顔を赤くした。明らかに様子がおかしい。
向かいの席に座ると、篠原は店員にコーヒーを頼み、さっそく久保に尋ねた。
「どうした。折り入って相談があるって言ってたけど」
「うん」
返事をしたのに、後が続かない。篠原は少し焦れてきた。
「おいおい、おれだって仕事を抜けて来てるんだ。おまえもまだ勤務中だろう。用事があるなら、早く言えよ」
「ああ、うん、ええと、その」
ますます久保の顔が赤くなった。
「言わないなら、帰るぞ」
席を立とうとする篠原を、久保があわてて止めた。
「待ってくれ。言う。言うから約束してくれ」
「何を」
「笑わない、って」
「ふん」
「あっ、笑ったな」
「違うさ。ちょっと鼻から息を抜いただけだ。いいから話せよ」
篠原も少し興味がわいてきたらしく、浮かしかけていた腰をおろした。
久保は何度か唾を飲み込み、ようやく決心したように口を開いた。
「今日、きみの会社に行った」
「ほう、知らなかったな。水くさいじゃないか。なんで声をかけてくれなかったんだ」
「そのつもりだった。でも」
「なんだよ。もったいぶらずに、早く本題を言えよ」
久保は再び顔を赤らめた。
「きみの会社に入るとすぐ、受付があるよな」
「ああ、あるよ」
「そこに、その、すごい美人が座ってるだろ」
「おお、そうだな」
篠原はニヤリとした。
「笑わないって、約束したじゃないか!」
「笑ってない、笑ってない。で、あの娘がどうした」
「ひ、ひとめぼれ、した」
「ほう」
「笑うな!」
「だから、笑ってないって」
「ぼくだって、わかってるさ。こんな風采の上がらない男にとって、彼女が高嶺の花だってことぐらい」
「まあ、そんなに卑下するなよ。確かに彼女は美人だけど、ここだけの話」
「な、なんだよ」
「ありゃあ、人工だぜ」
「それなら大丈夫。ぼくは美容整形に反対じゃない。本人がそうしたいのなら、その意思を尊重するよ」
「違う違う。そういう意味じゃない。あの娘はあの場所を動けないんだ」
「そうなのか。なんてかわいそうな」
「だから、違うって。あの娘には上半身しかないんだ。下半身は」
「そうか、人魚か。道理で人間離れした美しさだと思った」
とうとう篠原は吹き出した。
「何バカなこと言ってんだ。ロボットだよ。上半身だけのアンドロイドさ」
「それでもいい」
「え?」
「好きになった以上、相手の欠点は気にしないよ」
(おわり)
高嶺の花