私の彼*その1
「ほぉ。ここが一樹の部屋ですかぁ」
「適当に座ってて。お茶、入れてくる」
はーい。と私が返事をする前に一樹は下に降りて行ってた。相変わらず愛想のない奴だ。
まあ、そこに惚れたんだけどね。
「さて......」
***1
いつも通り、学校の帰り道。一つだけいつもと違ったのは、一樹と一緒だってこと。今日は先生方の会議とかで部活は全部休みらしい。帰宅部の私には関係ないが、一樹が所属するハンドボール部も休みなので久しぶりに一緒に帰ろうってことになった。数歩だけ、後ろから一樹の背中を見ながらの帰り道はなんとなく幸せだ。
「杏奈、この前のテストどうだった」
一樹が後ろを振り返ることなくそんなことを訊いてきた。
「......。悪くなかったよ。バツほとんどなかったし」
「そう」
会話終了。いや、話題振ってきたならもう少し続けろよ。と思ってたら一樹が振り向いて目が合った。
「うちの学校の先生って間違った問題にバツつけないよね」
ぎくっ。
「悪かったんだ? 点数」
沈黙。仰る通りでごさいます。物理なんか、丸がついたのは点数欄だけだし。
「えと、一樹君? ほら、もっとロマンチック香る会話を」
「悪かったんだ?」
「彼氏彼女の帰り道といえば」
「悪かったんだ?」
「はい。悪かったです」
くっ。負けた。ほら、そこの一樹君。笑いこらえなーい。悪かったもんは悪かった。仕方がないことですよ!
私が敗北に打ちひしがれていると、
「今日、うちで勉強しない?」
一樹が小さな声でそんなことを言ったのだ。
ああ、なるほど。やられた。まんまと引っかかったって訳だ。コイツは最初から私を家に招きたかったのか。よし、それなら、
「ほんと? 一樹、頭いいから教えて欲しいな。勉強」
「いいよ」
くるっと再び前を向いて歩き出す一樹。
見てなさいよ。第一試合は負けたけど次こそ勝つ。
そんな闘志を込めた視線を我が彼氏の背中に送るのだった。
***2
「さて......」
まずは観察から始めよう。学習机。本棚。ベッド。南向きの窓。その反対側にはクローゼット。物の少ない部屋だ。
一樹がお茶が入れて戻ってくるまで1分くらい。それほど攻撃のカードはないが、男子の部屋に来たとなったら、
「ベッドの下だぁっ!」
高校生男子はやましい物をベッドの下に隠すと相場が決まっている。
スカートなんて気にせずしゃがみこんでベッドの下を覗き込むと案の定、奥の方に大きめの箱が合った。
「っしょっと」
なかなか重い。取り出してみると外観は鳩クッキーの箱だった。
「さぁて。何がはいっているのかしら。せーの、オープン!」
ザザァっと、手帳のようなものがたくさん出てきた。
「なにこれ?」
一つ拾って見てみると、
「パスポー、ト?」
イギリス、アメリカ、カナダ、日本も。国名は色んなものが揃っていた。開いてみてみると、
「これもっ、これもっ、これもこれもっ!」
全部、一樹の写真。ただ、眼鏡をかけていたり、髪の毛を染めていたり、色んな写真が貼ってあった。
「しかも、全部名前違うし」
誰だよ、Michale Hayashida って。
えと、いったいアイツ何者?
○○○3
「おっと。危ない」
なんか、上で杏奈がドタバタ騒いでるのが気になって、紅茶を淹れることに集中できない。
神経を耳から、手と目に集めるイメージで。
ティーポットへと注ぐ98度のお湯に全神経を集中させる。
この一滴が紅茶の運命を左右するのだ。
「今、最高の紅茶を届けてやる。待ってろ、杏奈」
私の彼*その1