この冬の寒空の下で。

題名『信じてるの証』から変えました。

後一回が、生きてるうちに何度くるだろう。

故郷の人に手紙を出すと、(まあ元気にやりなさいよ)とただ一言返事が来た。

あの嫗は相変わらず明朗闊達で、今朝もまだ日が昇らぬうちから起きて庭やら家周りを掃いたり水をまいたりと、忙しくしているらしい。

あの婆さんには随分世話になった。世襲に遭い、狂わされて一人帰ってきた私を何も言わずせっせと世話を焼き、愚痴やら妄言に付き合い、その度に徳の高い言葉を私に説いて聞かせてはまともになるようにと躾けてくれた。


今、私は旅に出ている。ここの下宿先でこの文を認めながら、これからのことを考えている。
何故私は生かされたか、今生きているのは何故か、私が生きる上で成すべきことは何か。

家族のこと、世間のこと、同じ地獄を見ている者のこと。それを嘲笑う魍魎の如何に打ち払うべきか。


ここまで書いたとき、襖が開いて、可愛らしい紅の着物を着た娘さんが顔を出した。

ーーさん、扉の修理を如何しましょう?

2日前、猫が押入れの壁紙を酷く剥がしてしまい、手間賃も入れて全額払うので修理を宿主に頼んでいたのだ。

ーああ、これはわざわざすみません。ではお暇な時に業者を呼んでくれませんか。出来れば昼過ぎが良いのですが。部屋を片付けますので。

娘さんはにこりと笑って、では明日にでも呼びましょう、時間は十四時頃になるでしょうね。今度の紙は柄物にでもなさってみては?
金と赤の松の画なんて如何でしょう?

とこうおっしゃる。苦笑して、

いやいや、どちらかというと、夕方の雪原なんかが良いところです。私は冬生まれなので、その方が金運が上がりますから。

と返した。
娘さんはしゃなりと微笑んで、お辞儀して盆から茶を畳に置くと、も一度お辞儀して襖を閉めた。トントントンと階段を下りていく音が聞こえた。

卓袱台の上に茶を移し、空気を入れようと目の前の窓を開ける。冬の寒気がふうっと三畳間に入ってくる。眼下を友人で連れ立って行く者、母子が手を引いて行く者、何処とも当てなく遊び歩く御老体など、様々な人間が行き交う。

見ろ。と自分に言う。声にならない声で。
これが人間なのだ。これが欠片もこちらに興味を示さない人達。各々の苦行があり、幸せがあり、他人を省みる暇など無い。

なんて暇人に、醜悪な俗人共と付き合っていたのだろう、何故そんな人間としか出会え無かったのだろうと、都会の人の朗らかな気性に触れる度に思った。

私の家族は、私は、未だ闇から抜け切られずにいる。
しかし前よりは、日が当たる。とてもよく、日が当たるのだ。この部屋は。朝日が眩しく、私は前より、幾分か人らしい生活を送れるようになった。私の名は死ぬまでのびのびと生きて行ける様にと付けられたらしいが、成る程、最近の私はとても人当たりが良い。

さあ、今日も懲りずに駄文を書き散らそうと、私は猫を膝に抱えながらノートに向かい、背中を丸めた。

この冬の寒空の下で。

先は怖いかも知れない。でも進むしか無いし、まぁ気楽に行きましょう。
出来れば笑って行きましょう。

この冬の寒空の下で。

何度も裏切られた。でも陽はまた当たる。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-14

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