客の来ないレストラン
今日も誰も来なかったな…皆んな殺られちまったか…と店主は溜息混じりに店内をぐるりと見渡した。誰も座らなくなったテーブルにはうっすらと埃が積もり、誰も使わなくなった鍋は錆びつき始めていた。
少し前までは店内は常連客で溢れ返っていて、それぞれが持ち寄った獲物の自慢で皆んな盛り上がっていた。今日は俺の獲物が一番大きいぞ、いや俺の獲物の方が新鮮だ。マスター、今日はイタリア風で。俺は煮付けにして貰おうか。いややっぱり生が一番最高だ。
”政府が実行した野良猫駆除計画は成功を収め、街の野良猫は減り続け今では一匹足りとも野良猫の生存は確認されておりません”
常連客の誰かが置いていった古いラジオから流れてくるニュースを聞きながら、俺が最後の一匹になっちまったのか…と店主は更に深く溜息を零した。
常連客が持ち寄ってくれていた獲物は、常連客が居なくなってしまった現在ではある筈もなく、長年地下にあるこの店から一歩も外に出た事のない店主にとっては食べ物の確保が困難な事になってしまっていて、加工食品のキャットフードも残りあと僅かだった。
このまま俺も終わりかな…と店主が目を閉じると、チュウ、と店の片隅から美味しそうな音が聞こえてきた。思わず生唾を飲み込みそうになるのを店主は必死で堪えた。
老いぼれた自分にこの小さな命を奪う権利などないー
「どうやら可愛いお客様が来てくれたみたいだな。おいで、大丈夫。獲って食べたりしやしないさ」
可愛いお客様の小さなネズミは恐る恐る姿を現した。
「…本当に、獲って食べたりしませんか?」
「勿論。大切なお客様ですからね。ご注文はお決まりですか?…と言ってもキャットフードしか御座いませんが。こんな物しか出せなくて誠に申し訳ない」
店主の紳士的な応対にネズミは安堵した。
「仲間たちはこの店に来るのを怖がっていたのですが、本当に来て良かった。…皆んなを呼んで来ても良いですか?外で私が無事に戻るのを待ってくれています」
「仲間がいるという事はとても素晴らしい事です。貴方の仲間たちを片っ端から食べていた野良猫の仲間の私が言うのも可笑しいかもしれませんが」
「…貴方たちが私たちを食べてくれていたおかげで、私たちは生き続ける事が出来ていたのかもしれません」
そんな事を言うネズミを店主は不思議に思った。野良猫が居なくなった今ではネズミ達の天国なのではないのか?
「まだニュースで発表されていませんが、貴方たちが居なくなって、私たちの数がたちまち増えて政府は大慌てなんです。伝染病の流行を危惧して、今度は…今度は私たちネズミの駆除に取り掛かったんですよ!沢山の仲間たちが殺傷されました…私たちは政府によってばら撒かれた毒入りの食べ物ではなく、安心して食べられる食べ物を求めてこの店にやって来たんです」
ラジオからは古いジャズが流れている。真実を知るのはそれが行なわれたずっと後なのだという事を店主は思い知らされる。
皮肉なものだな…と店主は天を仰いだ。この世の中に居なくても良いものなど存在しないのかもしれない。仲間たちを安心して呼んでおいで、この店には毒入りの食べ物なんか有りはしないのだから、と店主はネズミに優しくそう言った。残り少なくなった仲間は大切にしなくては。
「本当にありがとうございます…貴方の仲間たちも、まだ生きていますよ。街の外れの建物の中に何匹か閉じ込められています。今ならまだ間に合うかもしれません」
その言葉を聞いて店主は今すぐに仲間たちを助けに行きたいと思った。でもどうやって助け出せば良いのだろうか?地下のこの店から長年一歩も出た事のない老いぼれの自分が仲間たちを助け出す事など果たして出来るのだろうか?
「マスター、大丈夫です。私たちは壁に穴を開けるのは得意中の得意ですから。すぐに皆んなを呼んで来ます」
「…手伝ってくれるのか?」
「勿論です。貴方たちはもう私たちの仲間ですからね」
そう言ってネズミはとても立派なピカピカの前歯を覗かせながら店主に向かって笑って見せた。
客の来ないレストラン