たゆたう

 くらげの気分で、揺られる。
 湯船の中。
 キミは洗い場で髪を洗い、わたしは浴槽でうたた寝を。
 だって眠いの。
 眠たいの。
 まぶたが勝手に、落ちてくるの。
 目をつむったら一秒で眠れる自信がある。
 お湯の色は緑色、森の香り。
 ほんとうにこんな匂いするの、森って。
 わたしが訊いたら、キミはシャンプーを泡立てながら頷いた。
 森はそういう匂いだよ。
 野生の鹿やイノシシが住んでいる山の麓で育ったキミが云うのだから、間違いないのだろう。
 そう、ならばわたしは、眠れる森の美女。
 ピンクのドレスを身に纏い…、いや、やっぱり空色で。空色のドレスを身に纏い、花畑のベッドに横たわる。小鳥が囀り子守唄、寄り添う茶色い野うさぎが湯たんぽみたいに温かい。目が覚める頃には日が暮れて、急に冷たくなった森の空気に身震いする。でも大丈夫、おうちに帰ればじっくり煮込んだビーフシチューが待っている。焼き立てのバケットを添えて。
 眠れる森の美女をはき違えているねと、キミは笑った。それじゃあ森で昼寝をする美女だよと付け加えた。
 美女ってところは認めてくれるのね、キミ。
 わたしは歌うように笑った。
 キミも笑った。
 わたしとキミの笑い声が反響する。余韻を残す。
 すりガラスに映る、ぼやけた白熱電球の街灯。それから月。
 わたしは裸で、キミも生まれたままの姿で、今宵はふたりで揺蕩いませう。
 アパートの浴室はちいさなオペラ座。
 演目は眠れる風呂の美女でいかがか、キミ。

たゆたう

たゆたう

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-14

CC BY-NC-ND
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