水族館にて

 永遠に青い海の底で生まれたような気がする。
 気のせいかもしれないが、そこはかとなくそんな気がしている。
 だから水族館に来ると泣きたくなるのかもしれない。自由のようで不自由な魚たちを見ていると、海へ還してあげたいと思う。人間の合図で芸をやるよう仕込まれたイルカやアシカたちを、かわいそうだと思うのはわたしだけかもしれない。
 空気が読めないとよく言われる。
 学校に引き続き会社というのもなかなか退屈で、他人とおなじことをやるというのは実につまらないし無個性しか生まないと思うのだが、大人というのは型にはまった従順な若者を重宝したがる。人間は変わり者を蔑む傾向にないだろうか。もし海の中で生まれたと言えば会社の人たちはわたしを変人扱いして避けるのでしょう。
 学校も会社もおなじこと。
 国語ができたところでおなじこと。
 数学の難しい計算をすらすら解けたところで変わり者がいれば、なにか犯罪でも仕出かすのではと不審がって遠ざかる。
 さて、わたしが水槽の中に入りたいとお願いしたら水族館の人たちはどう思うか。
 できればシロワニの泳いでいる大水槽がいい。
 あの底まで潜れば忘れていた何かを思い出せるかもしれない。実はわたしは永遠に青い海の底で生まれ陸に上がってきたのでした、とかね。
 ウェットスーツはいらないの。
 不思議と生きられるような気がしている。
 気がしているだけではどうしようもないことはわかっている。可能性はあくまで仮定。
 そういえば恋人に、週三で水族館に通うのはやめろと咎められた。ひとりで水族館なんて変だと言い放った恋人とはさっさと別れるつもりでいる。
 シロワニが悠々と泳ぐ大水槽のガラスに額をあてる。
 目をつむる。
 浮遊感がやってくる。
 話し声や靴音が聞こえなくなる。
 代わりに、ちいさなプランクトンが生まれては死んでいく度に、ぷつ、ぷつ、と弾けるような鳴き声を発しているのがわかる。
 つむった目の裏側で紫色の光が弾け飛ぶ。
 白い光もびゅんびゅん飛び交う。
 わたしを早く永遠に青いそこへ連れていってと願う。
 誰に?
 誰かに。

水族館にて

水族館にて

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-13

CC BY-NC-ND
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