木曜日の悪魔

 最近、友人Tの様子がおかしい。
 社会に出て約三年。
 俺もTも大学を出るまでに就職先をなんとか見つけ、豪遊できるとはいえないもののこうやって休みの日には二人で酒を飲み交うぐらいの余裕はあった。
 俺とTはてきとうなつまみとビールを頼み、品が来るまでの間、水で口を潤わしていた。
「最近よく酒に誘ってくるな。なんか悩みでもあるのか?」
 Tが口端を糸で釣り上げたように笑う。
「悩み事はないが、気になっていることがあるんだ」
「お、本当か。お前は昔からあまり自分のことを話してくれないからな。是非とも聞かせてくれ」
 俺は眉を寄せる。
 やはりこの頃のTの様子は何かおかしい。
 てきかくに何が違うとは表現できないが、以前より顔色が悪い割に口調が妙に元気で若々しい。
 気のせいといわれればそのまま流してしまいそうな程度ではあるが俺はその違和感がどうしても気になった。
 Tは幼い頃に両親を亡くしたらしいし、苦労の絶えない人生だったことは中学からの付き合いからよく知っている。
 親友としてはTを支えてやりたい。
 しかし目の前のTにそれをなんと伝えればいいだろうか。
 散々それでも考えあぐねた俺は諦め、からかう気持ちで口を開いた。
「お前は誰だ?」
 すると個室の中がシンと静まりTの動きが止まった。
 俺とTはしばらくお互いに目を見つめる。
 Tは目を丸くしまばたきを数回繰り返していた。
 俺は小さく息を吐き、先に目をそらした。
 自分でも何をいってるんだと思う。
 仕事疲れでもしているのかもしれないな。
 ふすまが開き、若い店員が注文した物をテーブルへ置き、またふすまが閉まる。
 Tはさっきと変わらず目を丸くしたままだった。
「おい、T――」
「どうしてわかったんだ?」
「え?」
 俺はつばを飲み込んだ。
 Tの隣に悪魔がいたからだ。
 黒い角と尻尾。毒々いい紫の肌。目はギラギラとてかり、口は尖った歯で埋め尽くされていた。
 悪魔は俺が自身の姿を見たことを確かめると姿を消した。
「t……T?」
「Tじゃなくて悪魔。さっき見たでしょ?」
 僅かだった違和感は完全な違いに変わる。
 Tである誰かは姿勢を崩し、大きくため息をついた。
「けっこう自信あったのになー。俺これでも学生時代はなりきりトップ3に入ってる悪魔だったんですよ?」
「どうして悪魔がTにとりついてるんだ」
「もちろん悪魔と契約したからです」
「契約? Tがか?」
「他に誰がいるんですか。まぁ、細かくいうとTさんと契約を交わしたのは俺じゃなくて先代の悪魔なんですけどね。契約したあと先代がすぐ死んじゃったんでかわりに俺が来たんですよ」
「悪魔でも死ぬのか」
「生き物ですからね。寿命で死んで大往生でしたよ」
「いや、死んだ悪魔の話なんてどうでもいいんだ。つまりTは自分の体をかわりにお前たちに何かを求めたんだな?」
「そうそう。えっと何を願ったんだったけな。あちゃ忘れちゃった。また帰ったら契約書見直しとかないと」
「お前らはなんでも叶えられるのか」
「大体ですよ。なんなら友人さんの願いも叶えましょうか。お代はいただきますけど」
「Tを返してくれ」
「それはできないです」
「何故だ」
「今Tさんの体をこっちが使っているのはTさんの願い事をこっちが聞いたからです。もし今俺がここから離れれば報酬と労働のバランスが崩れてTさんの願い事が叶わなくなるどころか、Tさん自身がどうなるかわからなくなりますよ」
「じゃあ俺がTの分を半分払うというのはどうだ」
「できなくはないですけどあんまりオススメはしませんよ。というか、あなたがそこまでやる意味ってありますか?」
「俺とTは昔からの仲なんだ。最近Tをのっとったお前は知らないだろうがTにはたくさん借りがある」
 俺がそういうと悪魔は嬉しそうに両手を合わせた。
「じゃあ友人さんはTさんを知ってるってわけだ。これは助かる!」
「どういうことだ?」
「友人さん、俺とこういう取引をしましょう。俺にTさんがどんな人物だったのか教えるんです。そしたらそれをお代としてその情報に見合った分だけTさんとの契約時間を短くしましょう」
「知ってどうするんだ」
「もちろん今度こそ完璧にTさんを俺がするんですよ。友人さんみたいにまた見破られたら悪魔なんてやってられないですから」
 なるほど、悪魔に手を貸している気がしないでもないが、それなら俺はTの親友として役に立てるはずだ。
「わかった」
「やったー。じゃあ何歳頃の話をしてくれますか? 先代の悪魔がTさんと契約したのはTさんが9歳の頃ですからそれ以前でお願いしますね」
「え?」
「いやー、本当に助かりましたよ。Tさんのことを知ってる人がいて。いやね? 先代がいうにはまるでカラッポだったって、それしか教えてくれなくて。さすがに俺もどんな風にすればいいのか困ってたんですよねー」

木曜日の悪魔

いろんな作品を意識したり無意識だったり。

木曜日の悪魔

くだらないって笑ってやって。

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-12

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