レイ・アークライト 第3話 「ある画家の話」

岡本 誠治

 研究所のリビングの中。今日はまだ誰からの依頼もなく、レイ博士はソファに座ってゆったりとくつろいでいた。するとアンナがやって来て、1通の手紙を差し出す。
「お手紙です」
 レイ博士は、アンナの差し出した手紙を受け取るなり、『どうせ依頼か、謝礼の手紙だろう』と、差出人も確認せずに、封を開けた。
 
『拝啓、レイ・アークライト様へ。このたび、お手紙を送らせていただいたのは、他でもありません。アークライト発明研究所のオーナーである、あなた様に、大切なお願いがあってのことでございます。詳しい内容は、こちらでお話させていただきたいと存じますので、どうか以下の住所までお越しいただけないでしょうか。私としても、突然の無理なお誘いであることは承知の上ですが、何卒よろしくお願い致します』
 
 手紙の内容はいたって簡単で、要するに『頼みたいことがあるから家まで来てほしい』ということだった。
「『詳しい内容はあとで』っていうのが、なんだか引っかかるなぁ。よっぽど大事な依頼なんだろうか。えーと、差出人は……」
 そうして、レイ博士が差出人の名前を口にすると、アンナの目つきが変わった。
「え? そんな、まさか……」
「誰か知ってるの?」
「当たり前じゃないですか。世界でも名をとどろかせるほどの、有名な画家ですよ。なんでも、彼の描いた絵は、どれも10000ベンズ以上の価値があるとか」
 そんな話を聞いても、レイ博士は特に興味を示すことはなく、ふうん、とつまらなさそうな返事を返す。
「ただ……実は、彼の作品が発表されたのは、今から150年以上も前の話なんですよね……」
「とすると、この手紙を送りつけてきたのは、幽霊だって言うのかい?」
 レイ博士は、手紙をひらひらとあおぎながら言った。アンナはあごに手を当てて、考えるようなそぶりを見せる。
「うーん……たぶん、なにかの間違いだとは思いますけれど……それで結局、どうするんですか?」
「そうだな。どうせ今日は、もう誰も来ないだろうし、暇つぶしに招待されてみるか」
 レイ博士は立ち上がって、出かける用意をしていった。
 
 
 
 森の中の、木漏れ日の照る細道を抜けた先に、広々とした、大きな屋敷が建っていた。
 レイ博士が、屋敷の玄関をノックする。しばらく待っているとドアが開き、中からスーツ姿の老人が現れた。
「やあ」
 レイ博士の挨拶に、老人が返す。
「こんにちは。レイ博士ですね。本日はお忙しい中、ようこそお越しくださいました。どうぞ、中へお入りください」
 老人に案内されて中に入ると、室内はとても広々としていて、豪邸と呼んでも差し支えはないほど。しかし、建物が作られてから、かなりの年月が経っているようで、床や壁などがところどころ腐りかけていた。そのうえ、床にほこりやちりが溜まっていたり、天井の一角にくもの巣が張っていたりと、あまり清潔に、手入れもされていないようだった。
 そんな屋敷を歩いていくうちに、老人がある部屋の前で立ち止まり、ドアをノックする。
「レイ博士をお連れしました」
「中へ入れてくれ」
 部屋の中から声が返ってくると、老人はドアを開き、部屋の中へ手を向けた。
「どうぞ、お入りください」
 老人はレイ博士を見送ると、ドアを閉めて、早足で去っていった。
 その部屋の奥では、こちらに背中を向けた男が、椅子に座って絵を描いていた。やがて、レイ博士の足音に気づくと、絵を描くのを中断して、こちらに振り返った。その男は、ベレー帽を被った、まだ二十歳そこらの若い男だった。
「ようこそ。君がレイ博士か。噂によると、なんでも発明できるんだとな」
「そうさ。見たところ、きみは幽霊ではないようだけれど……まずは、どうして150年以上も昔の人間が、そんな姿で生きていられるのか、説明してくれるかい?」
「ああ。全て話してやろう。君をここに呼んだ理由も含めてな」
 男はゆっくりと立ち上がって、はるか遠い昔の記憶を思い出しながら、つらつらと語っていった。
「――あのころの私は、まだ駆け出しの売れない画家だった。道ばたでくだらない似顔絵を描いては、お金を稼ぎ、1日1日を生活するのがやっとだった。しかし、私にはある望みがあった。それは、世界の誰もが認めるような『完璧な芸術』を作りたい、という望みだった。人の命が、今よりもずっと軽い時代だ。いつ、どこで、ばったりと倒れてもおかしくはない。そんな日常の中で、私は日々、『死』を恐れ続けた。もちろん、人はみんな、いつかは必ず死ぬだろう。それが生き物の定めなのは、わかっている。しかし、私はいつまでも芸術を作り続けたかった。ずっとずっと描き続けて、いつか『完璧な芸術』を完成させたい。そして、芸術がいかに素晴らしいかということを、世の中の全ての人々に知らしめたいと思ったんだよ。そんなあるとき、君のご先祖さんと出会ったんだ。名前はたしか――そう、『ジェームズ・アークライト』といったな。私は彼に、『不老不死になれる発明品』を依頼した。とはいっても、当時の私にはお金なんて、スズメの涙ほどしかない。そこで彼は、私にこう言ったんだ。『将来、君の言う『完璧な芸術』とやらが完成したら、それを僕の子孫に譲ってくれ』とな」
「『ジェームズ・アークライト』って、ぼくのひいひいおじいさんじゃないか。するときみは、ぼくのご先祖さんが作った発明品のおかげで、今から150年以上ものあいだ、ずっと生き続けてきたっていうのかい?」
「その通りだ。あれからようやく、1人前の画家として認められるようになった私は、『完璧な芸術』を求めて、ひたすら絵を描き続けてきた。そして、つい先日完成したのが、この絵なんだ」
 男は額縁に入った1枚の絵を手に取ると、レイ博士に差し出した。
「君をここに呼んだのもすべて、この絵を渡したかったからだ。どうだ、頼まれてくれるか?」
「わかった。ご先祖さんからの依頼料、確かに受け取ったよ」
 レイ博士が絵を受け取ると、男は続けて、
「実はな、それからというものの、満足のいく絵が描けなくなってしまってな。何度も描いても、途中で手が止まってしまうんだ。ほら、あれを見たまえ」
 指をさしたその先には、失敗作だと思われる、落書きのような汚い絵が、密集するように積まれていた。
「おそらく……これでもう、私の役目は終わったんだろうな」
 男はそうつぶやくと、マッチに火をつけて、失敗作の山へ放った。するといっせいに燃え上がり、気づいたころには、すでにそこらじゅうに広がっていた。大量の煙が立ち込める中、男はゴホゴホとせき込みながらも、その場から微動だにしなかった。
 その光景を傍観したまま、レイ博士が尋ねる。
「死ぬつもりかい?」
「ああ。もう、生きることに価値はなくなったからな。あの世でまた会おう――」
 男は最後にそう言い残すと、燃えさかる火の中へ消えた。やがて火は次々と他の部屋へ移っていき、しまいには屋敷ごと呑み込んでいった――
 
 
 
  見る影もない焼け跡の前に、レイ博士と1人の老人が立っていた。
「彼は、自分で火をつけて死んだよ」
「そうですか……」
 それを聞いた老人は、どことなくほっとした様子だった。
「ところで、きみに折り入ってお願いがあるんだけれど――」
 レイ博士は、老人に1枚の絵を差し出して、こう言う。
「どうかこの絵を、もらってくれないかな」
「そ、それは……主様が、アークライト家のご子息である、あなた様へお渡しするために、一生を費やした作品ですよ?」
「わかってるさ。けれども、ぼくには人間の作る『芸術』ってやつが、どうにも理解できなくてね。絵画なんていうのも、はっきり言って、その辺にちらばっている景色のほうが、ずっときれいに見えるのさ。だからこの絵は他の、価値がわかる人にでも渡してほしいんだ」
「は、はぁ……本当に、よろしいのですか?」
 その問いにレイ博士は答えず、ただこっくりとうなずくだけだった。
「……かしこまりました。それでは――」
 老人は絵を受け取ると、もう二度と来ないであろう、屋敷の元から去っていった。
  
  
  
 ある広間に、1つの絵が飾ってありました。
「なんてすばらしい絵なんだろう」
 1人の少年が、その絵に見とれていました。少年は、隣にいる老人の袖を引っ張って、こう尋ねます。
「ねぇ、この絵を描いた人は、一体どんな人なの?」
「彼は、大変ご立派な画家だったのですが……数年前に亡くなられました」
「どうして?」
 少年が尋ねると、老人はしどろもどろと、返す言葉に困っているようでした。
「どうして死んだの?」
 少年は老人を見上げながら、ふたたび尋ねました。老人は、しぶしぶ答えます。
「……彼は病気で、絵が描けなくなってしまったのです。それで――自ら命を絶たれました」
 それを聞いた少年は、しばらく下を向いて、うなるような仕草をしたあと、視線を絵に戻しました。
「それじゃあ、この絵は、燃やしてしまおう」
「なぜですか?」
 予想外の発言に、老人は驚いているようでした。少年は笑いながら、こう答えます。
「だって、そんなつまらない理由で死んでしまうような、変な人が描いた絵なんか見ても、気分が悪くなるだけでしょ。そんなものは、いらないよ」
 それから、その絵は燃やされることになりました。真っ白な煙が、どこまでも高く、上がっていったそうです――

レイ・アークライト 第3話 「ある画家の話」

レイ・アークライト 第3話 「ある画家の話」

レイ博士の元へ、1通の手紙が届いた。 手紙の内容は『頼みたいことがあるから、家まで来てほしい』という、ごくありふれたものだが、 その手紙の差出人は、150年以上も昔の、ある有名な画家だった。 そんな奇妙な手紙に招待されて、レイ博士は、画家の住む屋敷へと向かう。

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-12

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