Day After Day

Kentaro Morita

「ぶっ殺してやる」と言うのが口癖になった。
 けれどこの怒りは、特定の誰かを殺して治まるものではない。では自分を殺して解消するかといったらそういうわけでもない。
 この殺意はどこへ向けられているのか?
 ”世界”とかいう漠然とした答えではどうにもならない。
 あるいは今日、明日に向けられている殺意なのかもしれない。
 明けることのない暗闇、終わることない地獄。そういう明日に向けられている殺意なのかもしれない。
 俺は今まで他人や自分や物に殺意を向けたことはあっても、”明日”に殺意を向けてみたことはなかった。
 だから決めたのだ。明日が俺を殺す前に、俺が奴を殺してしまおうと。

 明日を殺すためには、まず”明日”へ行くことが必要だ。日が沈み、また昇るのを待つんじゃない。今日を生きているこの俺が、この時空の身体のまま明日に行き、そして奴を殺すのだ。殺すのには、ナイフ一本があれば十分だ。奴の身体は巨きくても、空をまるごと引き裂いてしまえば崩し落とすのにわけはない。

 明日には明日の俺がいるだろう。明日の他人がいるだろう。だが、俺はそいつらごとまとめて殺すのだ。明日がなければ、明日を生きる人間は存在できなくなる。しかし今さら同情や心残りで俺の決意が揺らぐことはない。俺の怒りはそんなものにかかずらう俺の心をとうの昔に殺してしまっていたのだ。

 玄関口で、心の準備をする。外はまだ日が昇りはじめたばかりだった。俺は明るみはじめた今日の朝へ出かけるのではない。日付を一つまたいだ、明日へと出かけるのだ。特に理由もないが、靴紐を締め直す。そうだ。明日へ跳び出した途端靴が脱げてしまったりしたら大変だからな。
 何度も深呼吸をして息を整える。用意は整った。これでいつでも明日へ行ける。
 ドアノブに指をかける。刃物でズタズタに切り刻まれた指だ。あかぎれじゃない。俺が自分で切ったわけでもないが、とにかく指は血だらけだった。ポケットにはナイフが一本収まっている。
 ドアノブを回して扉を開いた。朝の乾いた空気が吹き付けてくる。だけど一歩踏み出した先はもう、明日だった。
 俺はナイフを取り出し、そいつの喉元に刺した。もちろん明日に喉なんてない。これは例えだ。明日の奴はビクともしなかった。俺は左手に握っていたナイフを両手で握り直し、更に深く突き刺してそのまま刺創を広げるために駆け始めた。小さな傷口はやがて数十mも続く裂目へと変わり、中からは鮮やかな紅い血が流れ落ちた。俺は走り続けた。明日が絶命するまで、傷口からの出血が大海のごとく道路に溢れるまで………
 
 やがて夕日が沈む時刻になって、ようやく俺は駆けるのをやめた。街は明日の流した血で水没し、夕日が同じ紅色の光を揺蕩う血の海の上へ投げかけていた。

 これで俺の仕事は果たされた。木のいかだに乗って俺は夕日を眺めた。あとはもう元の時間へ戻るだけでいい。

 だけど元の時間とはどこのことだろう。いつの間にか俺は、今日でもなく明日でもない場所へ来てしまったみたいだった。だけどそれならそれでいい。死んでしまった明日の隣に、新しい時間が出来上がるのを待つことにしよう。俺の明日はもうここには存在しない。それだけで俺は満足だった。

Day After Day

Day After Day

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-11

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