傷とカーシャ
不滅の体感として残る傷跡を見ながら、美しい花嫁の呼吸を感じる。結婚式当日。十五万円で買った花嫁は満足のいくものだった。従順で、食べていくこと以外何も望まない。花嫁であるカーシャの家は、石炭の労働者の一族だった。そして、石炭産業が斜陽をむかえる頃に、カーシャ一家は、毎日の食べ物を買うお金もない有様だったという。両親は、多くの子供たちを抱えていた。そして、長女であるカーシャは、16才になったばかり。両親たちは、カーシャを嫁にやる決心をした。そのために、先進国の男にターゲットを定めて、ネットで宣伝を行なった。その時、カーシャの写真とプロフィールを見たのが、誰であろう?私だ。私は、ひと目でカーシャを気に入った。また、彼女は、貧しい国の生まれであるために、女性としての分を知っているだろう、とも考えた。カーシャとは、言葉が通じなかったが、少しずつカーシャは、日本語を勉強し、ついには、日常生活に困らないほどになった。そこで、結婚することに決めた。向こうの国の伝統では、花婿は、花嫁の家族に十五万円を払う習慣があるらしい。果たして、日本円で、十五万円を払える向こうの国の人がいるのかは、疑問だ。でも、カーシャを得ることができるならば、と何も言わずにお金を出した。そして、今結婚式をあげている。友人連中には、カーシャは、旅行先で知り合ったと言ってある。もちろん、嘘であるが、今どき、国際結婚は、珍しくもないので、詮索する者はいない。カーシャは、笑顔だ。私が家で、散々叱りちらした成果が早くも出たのだ。私は、日本では、一応大手企業に勤めているものの、万年平社員で、かろうじて、労働者の権利によって、会社にいる身分だった。そんなことをつゆほども、知らないカーシャは、私を敬ってくれる。何より快感なのは、カーシャが、何をされても、顔色一つ変えずに、耐え忍ぶことだった。さすがの忍耐力だ。私は、感嘆する。結婚式の日、私は、カーシャの両親の悪口を散々言った後に、カーシャに、お前と結婚するのは、不本意だ、と言った。それでも、カーシャは、従順に私に仕えることを約束した。十五万円で、私は、奴隷を手に入れたのだ。何と、嬉しいことか。問題は、カーシャが、自分の現実が、この日本では、おかしいものだ、と気づく可能性だった。
結婚後、私はカーシャを家に縛り付けた。家を一歩も出るなと命令し、食材も全て、ネットスーパーですませるように手配した。私は会社で溜まったストレスを散々、カーシャで解消した。まさに、カーシャは、魔法の宝箱だった。私は、彼女を優しく扱っているつもりだった。もちろん、私の言うことを聞く限りにおいてである。3食ご飯は、食べさせたし、毎日風呂にも入らせた。カーシャは、それで幸せなのだ。そういう意味で、私たちは理想的な夫婦だった。少なくとも、喧嘩ばかりしている夫婦よりは、幾分マシだったろう。
私の傷跡は、まだまだ癒えない。あの女に傷つけられた体は、今も悲鳴をあげている。カーシャとあの女は似ても似つかないが、同じ女であることが重要だ。さて、何十年もカーシャと一緒にいれると思うと、嬉しくてしょうがない。
傷とカーシャ