純情サンタン
雨之香
あまのじゃくガール × 操作ボーイ
「ちょっと、なによあれ」
待ち合わせ場所である駅前の噴水を前に、足が止まった。
今日は衣純守との、はじめてのお出掛けの日だった。
お察しの通りあれから色々とあって(成り行きで)付き合うことになったのだけれど、相変わらず憎まれ口の叩き合いの日々だった。
それでも今日は“デート”という特別な日だから、ケンカだけは避けようと思った。
それなのに。
「どうせ、あれでしょ。今流行りの太陽光発電の勧誘でもされてんでしょ」
スカウトされているのは明白だった。
いやらしさの限界である際どい丈のタイトスカートを纏う、(かなり)キレイなお姉さんに衣純は捕まっていた。
(せっかく早めに来てあげたのに、なによあれ。デレッとして、衣純のヤツったらだらしない)
私は遠巻きに木陰から、その様子を悶々としながら覗き見していた。
(ちょっと、あの人しつこくない?)
いつもみたく邪険にあしらえばいいのに、衣純は私でさえも見たことのない極上のスマイルで対応していた。
しばらく待たされた私はフラストレーションを溜めながら、出ていくタイミングを見計らっていた。
しかし次に現れたのは、OL風の少し年上の女性二人組だった。
執拗なスカウトに困っていた衣純を見兼ねて、どうやら助けに入ったようだった。
知り合いを装うためなのか、それでも密着しすぎな気がした。
(衣純のくせに、モテてるとかあり得ない。
別に普通じゃん。学校では騒がしいガキだし、口も悪いし、全然優しくないし。幼稚な嫌がらせばっかり。ムカつく……)
はじめてのデートなのに、楽しみにしていたのにこんな気持ちになるなんて、がっかりだった。
私はすっかり鬱憤を溜めてから、一段落した衣純の元へーー待ち合わせ場所へと向かった。
「成瀬、おせえ。どれだけ待たせんだよ」
彼の第一声がこれだった。
私の気持ちを知りもしないで、俺様な発言をしてのける衣純に、怒りの沸点はすぐに達した。
「時間を見なさいよ。待ち合わせ、ちょうどじゃない。あんたの目、おかしいんじゃないの?」
そうだ。
私よりキレイで優しそうで可愛いげのあるお姉さんたちに、相手されるくらいの人なんだ。
衣純はそれくらい多分、かっこいいんだ。
それなのに、私を選ぶなんて衣純の目は節穴だ。
「おかしいのはおまえの方だろ。普通は、待ち合わせの五分前に来るのが常識ってもんだ。バカ」
「なによ。衣純のくせに常識なんか、語らないで。
言われなくてもね、来てたわよ。何も知らないくせに。デレデレ鼻の下伸ばしてる腑抜けに言われたくない!」
「はあ? 誰がいつデレデレしたっつーんだよ。いい加減なこと言ってんな」
普段は素直になれないから、服装だけはってかわいく繕ってきた。
そしたら、少しは私でも素直になれる気がした。
だけど、口から出てくるのは本当に可愛いげのにない言葉たちばかり。
これじゃ、なんの意味もない。
本音は衣純と同じ気持ちで私も会いたくて、早く待ち合わせ場所に来た。
今日くらいは少しだけ素直になって、衣純にもっと私を見てほしかった。
甘い展開なんかも、秘かに期待していた。
それなのに。
「そもそも、あんたと出掛けるのが間違ってたのよ。
今日だって本当はバイトが入ってたけど、代わってもらったの。こんなことなら、稼いでいた方がよっぽどましよ。もう帰る!」
イライラして仕方がなかった。
自分にむしゃくしゃして、いてもたってもいられなかった。
衣純は何も悪くないことも、私がただ当たり散らしていることもわかっていた。
だから、腹が立ってどうしようもなかった。
(帰りたくない。バイトの方がいいって言うのもウソ。謝って仲直りして、衣純とデートがしたい……)
「い、衣純?」
突然私の手を掴むと、衣純は強引に連れ出した。
「ちょっと待ってよ。どこに行くの? 私はーー」
「このまま帰らせてたまるかよ。言われっぱなしじゃ、俺の気が済まないっての。いいから黙って着いてこい」
ぐんぐんと先を急ぐ衣純の背中からは、今までにない怖さを感じた。
珍しく無言のこの状況にも落ち着かなくなった。
(どうしよう。本気で怒らせちゃったのかな……)
手に汗を握りながら、行く先もわからないことに不安が募っていく。
ショッピングモールを離れて人も斑になってきた。
景色は段々と住宅街へと変わっていく。
「衣純、ここってーー」
「俺の家だよ」
「え?」
戸惑う私に衣純は漸く足を止め、振り返った。
その顔には怒りはなく、むしろ口元に少しの笑みを浮かべて言った。
「ここなら人目を気にしないで、成瀬も言いたいこと言えんだろ」
私はもう敵わないと思った。
付き合ってから、衣純はどんどんと大人に素敵になっていく。
確かに、学校での口喧嘩は絶えない。
だけど、二人の時や本気でケンカをした時、衣純は一歩引いた。
いつも素直になれない私が本音を言えるように、空気を作ってくれた。
特に、今みたいに私が引き返せないところまで堕ちてしまった時は尚更だ。
「で、さっきのあれ。本気なわけ?」
部屋に入るなり、衣純は早速本題に入った。
「俺と出掛けるのが間違ってたってのは本気か? 本気ならーー」
言葉の続きを遮るように、私は頭を振った。
しかし衣純は間髪入れず、私に突き刺すよう告げた。
「違うなら違うって、ちゃんと言葉で否定しろよ」
あまりに真剣な声に顔をあげれば、きまり悪そうに衣純は顔を背けていた。
「言っとくけど、スゲーむかついたんだからな……」
言葉にはしなかったけれど、彼を傷つけていたことを私は今さらながら知った。
それからやっと、私は謝罪を口にしたのだった。
傷つけてからじゃ遅い。
後悔してからじゃ間に合わない。
でも、今ならまだやり直せるから。
私は深く反省した。
「ご、ごめんなさい!」
「成瀬……」
「本当は今日、すごく楽しみにしていたの。さっき、思ってもないことを言ったのも、ただの嫉妬から!
本音は……帰りたくない。衣純と仲直りして、デートがしたい……」
恥ずかしさも何もかもを脱ぎ払って、勢い任せに心のうちを吐露すれば、衣純は深いため息を吐いた。
「成瀬ーーおまえ、ずるくない?」
予期せぬ言葉に、私は熱くなる顔のまま傾げた。
「やっぱ、ずるい」
衣純はそう言って私を抱き締めた。
「い、衣純!」
「俺をこんなに浮かれさせて、最後まで責任とれよな」
「最後まで?」
「そ。今日一日デートに付き合えってこと」
おでことおでことをくっつけ、微笑んだ。
(やばい! ドキドキする)
「なあ、返事は?」
「は、はい!」
「はは。成瀬が敬語とかウケる」
「うっさい!」
悔しくてパンチを入れたら、容易くかわされてしまった。
「あまいね」
赤い舌をペロッと覗かせ、衣純は部屋の奥へ進むとベッドに腰を下ろした。
そしてにっこり微笑むと、左隣をぽんぽんと叩いたのだった。
「犬じゃないんだからね……」
ふて腐れたような振る舞いをするのは照れ隠し。
そうでもしないと、恥ずかしさで頭が侵されてしまいそうだった。
隣においで、という彼の合図に胸は騒がしくなる。
言う通り隣に座れば、衣純は言った。
「犬をバカにしてんの? 成瀬は」
「そういう意味じゃないけどさ……」
「でも残念ながら、犬の方がよっぽど可愛いわ」
余計な一言で頭に血が上ったけれど、私は衣純を睨みつけることができなかった。
そうするには、距離があまりに近すぎた。
まるで見つめ合う距離に気が引けたのだ。
「実はさーー」
本音を語る声色に、自然と耳を傾ける。
視界の端に衣純を捉えながら、私は耳に意識を集めた。
「成瀬を見たとき、今日のデート、もしかして楽しみにしてくれてたんじゃないかって思った」
“顔は不機嫌そのものだったけど”
と衣純は付け加えた。
「それは悪かったわね。でも、どうしてわかった……じゃなくて、そう思ったの?」
見透かされていたことにばつが悪くなって、私は今さらながら濁した聞き方をした。
「や、だってさ。今日の成瀬、かわいいじゃん……?」
「!」
そんな照れたような顔して、慣れない台詞を口にしないでほしい。
真に受けてしまうから。
「なんだよ、照れてんの? 言っとくけど、嘘とかじゃないからな。からかってもない。俺の本音だから……」
全身から沸騰しそうな勢いだった。
私がさっき素直になったから、きっと衣純も恥ずかしい本音を言ってくれたのだ。
今はもう、憎まれ口も茶化すこともできない。
得意な虚勢だって張れやしない。
それを衣純はもう知っている。
見抜いている。
「なあ、成瀬」
「なに」
「キスしていい?」
「なっ……。そ、そんなこと……聞かないでよ! 無神経!」
「うっせ! 俺だって聞きたくねえよ。んな、こっ恥ずかしいこと」
「だったらーー」
「いや、だって前におまえ、したら怒ったじゃんか……」
声が沈んだ気がしてちらりと見やれば、衣純は首元に手をやり俯いていた。
まるで凹んでいるかのような仕草に、胸は容赦なく締めつけられた。
だから。
「いいよ……」
「え?」
「だから、していいって言ったの!」
「なんだよ。キレんなよ。あと、本気で殴んのはなしな。冗談抜きで結構、凹むから」
「わかってる……。もうしないから」
こういう時って、どうしたらいいのかわからない。
どんな顔をすればいいんだろう。
どれもみんな違うしおかしい気がして、私はただ俯くしかなかった。
一大決心したのにも関わらず、しかし衣純は言った。
「嫌なら、無理すんなよ。らしくねえだろ」
と。
(どうして?)
そう思って衣純を見やれば、彼は俯いていた。
そう、まるでさっきの私のように。
(拒んでいるみたいに……見えていたんだ)
溢れて仕方ない。
衣純への気持ちがーー好きが溢れて仕方がない。
私は衣純の手を握ると、背を伸ばし赤く染まる頬にキスをした。
「な、成瀬?」
やっぱり、目を見て伝えることはできなかった。
だけど、私は私の精一杯で衣純に気持ちを伝えた。
「衣純が好きだから……私もキスしたい」
“成瀬、おまえかわいすぎ”
困ったように衣純ははにかむと、私のおでこに触れるだけのキスをした。
それから私を確かめるように、頬や瞼に小さなキスをたくさんした。
まるですごく大切なものを扱う仕草に、私は顔を赤らめるしかなかった。
(どうして。すごく恥ずかしいのに、気持ちが止まらない)
触れるだけのキスはいつしか深さを増して、吐息が漏れた。
「ん……」
角度を変えて深まるキス。
私はベッドに沈められていた。
「!」
その時不意に何かが胸に触れた。
いや、触れたのではなく触られている?
「成瀬って……意外と胸あんだな」
「ちょ! どさくさに紛れて、なに触ってんのよ!」
私は急にヘンタイモードに入った衣純から逃れるように、ベッドの奥へと退散した。
枕を持つと胸の前に抱え、防御する。
「なんだよ。その態度」
急きょ不機嫌に声を出し、衣純は苛立ったように私の手を掴み引き寄せた。
「あ……」
「おまえだって悪いんだからな。あんなかわいいこと言われたら、俺でも我慢できないっての……」
「っ……」
「なあ……ちょっとだけダメ?」
甘えた声に体が痺れたみたいに反応した。
私はもう折れるしかなかった。
「ちょっとって、本当にちょっとだけだからね……」
「はは。今日の成瀬、ちょーやべえわ」
「なによっ」
「まじ……かわいい」
耳元であまりにも嬉しそうに囁くものだから、もうなんでも許してしまいそうになる。
耳たぶを甘く噛みながら、私を高まらせていく私の彼。
手を握り合いながら、普段はなかなか言葉にできない愛を確かめ合う。
髪を掻き上げ、首元を露にすると、舌の生暖かい感触が私を襲った。
「ひゃあ……」
私の反応に気を良くした衣純は、小さな笑いを溢していた。
(恥ずかしい……だけど)
一向に私に触れようとしない彼に、もどかしさもあった。
(触っていいって言ったのに、もしかして伝わっていなかったのかな?)
うっすらと目を開ければ、すぐに衣純と目があってしまった。
見られていたのだと知り、堪らなく泣きたくなった。
「なに、成瀬。物足りない?」
見透かしたような物言いが私を追いつめた。
「バカッ……」
もうダメだ。
私はまんまと衣純守の術中にはまってしまったようだ。
デートはまだ、はじまったばかり。
予想以上の甘い展開に、頭はもはやキャパオーバーだった。
悔しい。
だけど、一番悔しいのは、私が思いの外衣純が好きだってこと。
(衣純のやつ。調子に乗っちゃって。今日だけなんだからね……!)
(おしまい)
純情サンタン
ただ甘いだけになっちゃいました。
そろそろ苦いものを……。