コーラルブロウザー 第一話 コーネリア
…コーラルワールド
この世界の言葉で"遥かなる大地"という意味の名を冠するこの世界
混沌の大地とも揶揄されるこの世界は
ある次元においては"地球"と呼ばれる星、その地球から、遥か彼方の昔に分岐をはじめた最も遠い平行宇宙の一つに存在している
この世界においては、地球では空想上の物とされる様々な生物が地上を闊歩し
人々は森に住まい、山に住まい、ある時は大小の都市を作り、それぞれに趣の大きく異なる土地を形成し
剣と銃、機械と魔法、ヒトと亜人
様々な相反する存在が、時には混沌と、またある時は整然と存在し、共生を続けていた
世界を見守る者"時の管理者"たる8大精霊たちの加護において
世界は発展し、時には衰退し
小さな、あるいは大きな戦争を起こしながらも
世界は未だ変わりなく、そこに在り続けている
それは、世界が平和である証拠であるのかもしれない
目を覚ました瞬間、普段とは違う天井にちょっとだけ戸惑う
そんな自分自身が少しだけ可笑しくて、思わず笑ってしまいそうになる
自宅のベッドで眠ったのは、いったいどれ位ぶりなのだろうか
その天井を毎朝見る事が、本当は当たり前の光景なのだという事を思い出しながら
寝転がったままで手近のカーテンに手を掛けた
カーテンの隙間から漏れる光で、周囲が思っていたより明るい事に気が付くとベッドの周辺へと目を向けた
辺りの明るさから、そろそろそれなりの時間になっているはずである
すぐにでも時間を確認したかったのだが、自分の位置から見える範囲に時計の類が見当たらない
ふと、宿舎の方にそういった類のものを殆ど持って行ってしまっている事を思い出した
「…しょうがないか」
いくら久方ぶりに自宅で夜を過ごせたといっても、別に今日が非番という訳ではない
ここから城までの距離を考えると、何時までも寝ているわけにもいかないというのが辛いところだ
「……ん」
そのまま軽く伸びをすると、勢いを付けてベッドから起き上がり居間へと歩き出し、通りがてらに部屋のカーテンと窓を全て開けていく。起きたついで、というやつだ
眩しい朝日が部屋に差し込んで来る
入り込んでくる風の気持ち良さも、朝の光の眩しさも
こうもはっきりと肌に感じるのはどれくらいぶりだろうか
コーラルワールドの南半球にある大陸ロスタリカ
地球で言うところの、オーストラリア大陸とほぼ同じ位置に存在しているその大陸の北西の端に
コーネリアという非常に栄えた都市がある
コーネリアは発達した蒸気機関技術と、世界的に有名な機械化騎士団を持ち、世界中の様々な国との交流が盛んな平和な国だったのだが
10年程前に突如、隣国カラングからの侵略を受け戦争状態にあった
しかし、その戦争も一月ほど前に終結し、今は平和な時間が国に流れている
だからこそ、騎士団に所属する彼女が久方ぶりに自宅へ戻る事が出来たのだ
「まいったわね…」
周囲に時間を知る為の物が見当たらない
街道のざわめき具合を見る限りでは、まだ時間に余裕があるようにも感じられる
だからと言って、不確かな感覚だけを頼って、のんびりしすぎる訳にもいかないだろう
仮にも、国民の模範となるべき騎士団員なのだから
いつも口うるさい元老院の爺様方の顔が頭をよぎったが、軽く無視を決め込んだ
「いくつか、時計を戻しておかなくちゃ…ねえ…」
誰もいないリビングでぼやきつつも、手際良く寝巻きから普段着へと着替えて行く
素早くいつもの服装に着替えると、鏡の前に立ち、軽く全身を見回し、おかしなところが無いか確認する
別段、おかしな部分がある訳ではないのだが…
「ん~~……」
鏡に映る自分の姿に違和感を感じてしまう
いつも使っている髪止めを、宿舎のほうに忘れてきてしまったせいだ
周辺の窓とカーテンを閉めなおすと、早歩きで玄関へと急ぐ
開け放ったドアからこぼれた朝日が、いつも城の宿舎で感じる以上に眩しく、彼女の元に降り注いだ
コーネリアという都市は、いつも朝から盛大な賑わいを見せる
元々、コーラルワールドという世界自体に、人間、あるいは亜人と呼ばれる種族はそれ程多くは住んでいない
世界中の人口を足してすら、10億、あるいはそれにすら届かないとも言われている程度なのだ
だが、世界でも5本指に入るまでに発展したその都市には、世界各国から様々な種族が集まり、10万人を超える人々が生活をしている
そんな大都市であるコーネリアの中央を貫く大通りともなれば、朝早くから見渡す限りの人だかりが見える…筈だったのだが
彼女が予想していた以上に、人影がまばらだ
「早すぎた…かな?」
普段ならば見渡す限りの露店で埋め尽くされている大通りも、今はまだ地面がはっきりと見える位に空いている
いつもの時間ならば、もうこの通りには足元も見えないくらい大量の露店が立ち並んでいる筈である
時間が確認できない事が、少しもどかしい
「…ま、いっか」
別段、朝早く起きた事が嫌という訳ではない
むしろ、余裕を持って城まで歩いていける事の方がありがたいとも言える
そう思ってしまえば、滅多に見ることの出来ない今の光景がなんだか珍しく感じてしまえるのが、人という生き物
彼女は普段見ることの出来ないこの光景を堪能しながら、城へと足を進めた
城に向かう道の途中に、多くの人で賑わう小さな店があった
彼女の行きつけのパン屋で、いつも訪れる頃にはそれなりに空いているのだが、この日はいつもとは時間帯が違うせいだろう
かなりの人影が店内に見て取れた
彼女自身、あまり人ごみが好きな方ではない為、一瞬立ち寄るのを躊躇う
だが、今日は宿舎の方に外泊届けを提出して来ている為、彼女の分の朝食は用意されていない筈だ
このまま、何も買わずに城まで行ってしまう訳にもいかないだろう
Lim's Bakeryと可愛らしい文字で書かれたドアをくぐる
焼きたてのパンのいい匂いが店内に充満して、食欲が沸いて来る
今にもお腹が鳴ってしまいそうだ
勝手知ったる何とやら、彼女は人ごみの中
迷う事無くいつも自分が買いにくるパンの棚へと足を進めた
軽く周囲を見渡すと、店内をぴょこぴょこと動き回る、小柄な少女の姿が見て取れた
彼女こそが、このパン屋を一人で切り盛りしているリムという名のホビットの少女なのだが、あまりにも忙しすぎるせいだろう、少し足元がふらついているようにも見える
案の定、見ている目の前でバランスを崩して転倒しそうになってしまった
素早く両手を伸ばして、その体を抱きかかえる
「ふぁ…!す…すいませ~~ん!」
元気な声で、リムが謝る
「はいはい、忙しいのは分かるけど、少し気をつけなさいね?」
その声で、リムには誰が自分を支えてくれているのか気が付いたらしい
「お、おばさま…この時間にっていうのは、珍しいですね~」
リムは勢いを付けて彼女の手から離れると、そのままくるっと回転してみせた
周辺の客の目線が、彼女達二人に集まる
無理もないだろう。小柄なリムが、"おばさま"と呼んだその相手は、まだ幼いとすら言える顔付きで、リムよりもさらに二周りほど小柄な女性だったのだから
「あんまり人をジロジロ見るものじゃないと思うんだけど…ねぇ」
そう言いながらも、その顔は笑っている。彼女なりの冗談のつもりらしい
リムは、それを見てころころと笑い声を上げ、そのままレジへと走って行く
話し相手に去られてしまった彼女は、一段落付くまで少し店内をうろついてみる事にする
壁に掛かっていた、シンプルな木目時計を見ると、やはりいつもよりかなり早い時間だった
手近にあったトレーとトングを手に取ると、客の合間を縫って店内を歩き回る
適当に数種類のパンを載せ終わると、そろそろ店内も空き始めてきた
どうやら、あんなにも忙しいのはほんの僅かな時間だけのようだ
ふとリムの姿を探し、店内へ目を向ける
さっきまで店内でパンを選んでいた客の大半が、一斉にレジ前に並んでいるところを見ると
どうやらレジに釘付けにされてしまっているようだ
ぴょこぴょこと動く頭が、ここからも僅かに見て取れる
頑張ってる、という仕草がなんとも可愛らしい
やがて、店内の客が完全にまばらになると、リムがとたとたと駆け寄ってきた
「おばさま、おはようございます」
走り回ったり、大量のレジ打ちをやったりと疲れていない筈もないのだが、その疲れを全く見せない
「おはよう、いつもこの時間はこうなの?」
素朴な疑問、普段目にする事のない光景
「大抵、ほんの十分くらいの間なのですが…、いつもだいたいあんな感じで」
相変わらず元気な声ではある、が、やはり息は上がっているようだ
「そっか…相変わらず、頑張ってるのね」
彼女にとって、リムというのはこのコーネリアに来た当初からの付き合いがある
「もうすぐ、約束の5年が経ちますから…」
「…もう、そんなに経つのね」
5年前、リムは身に覚えの無い多額の借金を背負わされ、一度はこの場所を追い出されそうになった事があった
だが、偶然そこに居合わせた彼女の働きで、5年という返済期限を得る事ができたのだ
そうは言っても、その借金が正当な物である筈がない
だから、5年前にもっと自分が上手く立ち回っていれば、リムはこんな苦労をせずに済んだ筈だ
少なくとも彼女はそう思っている。だが、今のところ確証がない
あれから色々と調べて回っては見たものの、これでも中々忙しい身なのだ。思ったように調査を進めることができなかった
「そんな顔しないで下さい。私は、おばさまには感謝してるんですから。」
ふと思ってしまった事が顔にでてしまったのだろう。リムの方が、すまなそうな顔を彼女に向けた
「まぁ、どっちにしても苦労もあと少し、かぁ…なにかお祝いでもしてあげないとね?」
この5年間のリムの頑張りには目を見張る物があった
その甲斐あって、なんとか期日までに借金をそろえる事ができるらしい
「あはは…なんだか、長かったような短かったような…不思議な気分ですけどね」
借金の期日は丁度3日後、奇しくも、この国の建国100周年記念祭の前日だ
(このままあっさり連中が引き下がるとは…思えないけど)
予感めいたもの、というよりも確信に近い感覚
(連中が欲しがっていたのは、多分…大金じゃなくこの土地だろうし)
名目は借金でも、それを返して貰う事を期待していた風ではなかった
となれば、あとは欲しがってるものが容易に想像が付くというものだ
ふと、リムと目が合う。よほど深刻そうな顔をしていたのだろう、心配そうにこちらを見つめていた
軽く手を上げて、何とも無いことをアピール。リムも、それでいつもの表情に戻り、時計のほうへ目を向ける
「んと…おばさま、時間は大丈夫ですか?」
入店してから既に20分程が過ぎていた。まだ余裕はあるのだが、そろそろ店を出たほうがいい頃合だ
「そうね…じゃあ、これをお願いね?」
手にしたトレーを差し出す。リムは手馴れた手つきでパンを袋に詰めて行く
「そういえば、何か違和感があると思ったら…いつものリボン、付けてないんですね」
なんとなく、いつもと違和感を覚えていたのだろう。やっと、その正体に気が付き訊ねてくる
「今日は現場から直に家に戻ったから。ほら、さすがにあのサイズだと、スチームアーマーに乗る時には外さないといけないのよ」
「あはははは…」
軽く苦笑。見慣れたリムには、"あのサイズ"という意味が良く分かる
「最初に見たときは、驚いちゃいましたからね…っと」
一瞬、リムの動きが止まる。その瞬間に身を乗り出しリムの手元にある計算機の金額を素早く覗き込んだ
「200crね?」*(cr=クレジット:世界主要数都市で使用されている共通通貨単位:1cr約10円)
「あ…」
こうでもしないと、リムは採算ぎりぎりまで値引きした金額を提示してしまう
先に読み上げた方の金額をきちんと受け取る、もしくは支払う。二人の間で決めたれたルールだ
大抵は、彼女の方がリムよりも早く読み上げてくるのだが、リムはそれに対して、少しだけ不満らしい
渋々、といった感じで差し出された100cr紙幣2枚を受け取った
「じゃ、またね」
「はい、お気をつけて」
定例通りの挨拶を交わして、彼女はコーネリア城へと足を向ける
大通りには、先ほどと違って所狭しと露店が立ち並んでいた
街を歩く様々な国の様々な人種。これこそが、このコーネリアの繁栄の証であり、他の国には見られない特徴と言えるだろう
今日の空は、何かいつもと違って見える。やはり、久方ぶりに自宅で過ごしたせいだろうか
空と風に誘われて、辺りを散策してみたい気分になる、が、さすがに、宿舎までの距離を考えるとそこまでの余裕はない
名残惜しい、といった感じで、彼女は城へと歩みを進めた
しばらく大通りを直進すると、眼前にコーネリアの城が見えてきた
コーネリア城は美しい城だ
あまり大きくない堀に囲まれたその城は、この国の澄んだ空によく合う白磁色の壁に守られている
壁越しに見える建物には、豪華さこそ無いものの、まるで風景の一部であるかのような、涼しげな空気を感じられる作りになっていた
正面に正門を仰ぎつつ、堀を伝って東門へと歩みを進め、軽く城の方へ目を向ける
正門に掛かる橋の向こう側、堀と正門の中間辺りに数人の人影が見て取れる。身のなりからして、この国の人間ではないようだ
おそらく、建国祭に参加するために訪れた海外からの使節団か何かだろう。城のほうを見上げて、互いに会話を交わしている
諸外国から訪れる訪問客にとっては、足を止めて見入ってしまう程の城であっても、彼女にとっては見慣れた場所でしかない
こちらに気付いた顔見知りの門番に軽く会釈をすると、そのまま堀に沿って歩き出す。やはり、風が気持ち良い
「ん~~っ…」
思いっきり背伸びをする。少々、だらけすぎているなぁと自分で思わなくも無い
「ま、いっか」
少しだけ、何かが変わってゆく朝に、少しだけの期待と希望を持って、彼女は東門をくぐった
コーラルブロウザー 第一話 コーネリア
あとがきっぽいもの
諸事情によるHP消失により、今後はこちらで活動させていただきます
長期に渡りこの物語を書くことをやめていましたので
後に大幅な加筆修正を加える可能性がある点はご了承ください
現状でも、HP掲載時の物から若干加筆修正されています