レイ・アークライト 第1話 「タイムライター」

 馬車と自動車に、大勢の人ごみが入り乱れるレンガ造りの街並み。そこから少し外れた人通りの少ない街中を、スーツ姿の男が歩いている。男はしばらく歩き続けていたが、ある建物の前を通りがかると、ぴたりと立ち止まった。
「……ここか」
 玄関の上には『アークライト発明研究所』と書かれていた。男がドア横のブザーを押す。しばらく待っていると、中から2本のお下げを伸ばした茶髪の少女が出てきた。腰にエプロンを巻いた紺色のワンピースを着ており、見たところまだ未成年の子供だが、それでも大人に負けないような、しっかりとした心構えを持っているように見えた。
「こんにちは。なにかご用ですか?」
 少女が尋ねると、男は目を丸くして、こう返す。
「ここに『レイ博士』という人物がいるって聞いたんだけど……ひょっとして、お嬢さんのことかい?」
「いいえ、違いますよ。わたしは、レイ博士の助手です」
 そう言って、少女はくすりと笑った。
「そ、そうか。なんせそうとう『変わった人』だと聞いていたものだからね。それで、レイ博士は中にいるかな?」
「ええ。ちょうど、リビングでくつろいでいるところですよ。よかったら、中へどうぞ」
 そのまま少女に案内されて、中へ入っていった。玄関から右手には、2階に繋がる階段が伸びており、左手には廊下が続いていた。その廊下を歩いていき、左側のドアを少女が開く。
「どうぞ、お入りください」
「ありがとう」
 そこはソファが2つと、その中心に挟まれるように机が置いてある、とてもシンプルな部屋だった。
「ソファに座ってお待ちください」
 そう言って、少女は部屋から出て行った。男はソファに座りながら、懐中時計を眺めて時間をつぶす。そのうち、少女が1人の男を連れて戻ってきた。
「やあ、初めまして」
 その声の主は、茶色いハンチング帽にパイプをくわえた、二十歳ほどの若者だった。服は白いシャツにオレンジのベストで、ベージュ色のズボンをはいていた。
「ぼくがこの研究所のオーナー、レイ・アークライトさ。『レイ博士』と呼んでくれ」
 『レイ博士』というその男は、遠くから見ればただの青年にも見えるが、顔の上半分にはマスクのような影がかかっていて、どことなく冷たい印象があった。ところがそんな顔に似合わず、話し方はずいぶんと気さくで、『なるほど、確かに噂通りの変わった人だな』と、男は思うのだった。
「それから彼女は、助手の『アンナ』だ」
 レイ博士が少女に手を差し伸べると、それに合わせて『アンナ』と呼ばれた少女が、ぺこりとおじぎする。
「ああ。こちらこそよろしく」
 最後に男が言って、3人ともソファに座った。
「俺が今日ここに来たのは、レイ博士に『ある発明品』を作ってほしいからなんだ」
 男はそう前置きしてから、続けてこんな話を始める。
「俺はどこにでもいる、普通のサラリーマンでね。朝起きては会社へ行き、夜帰っては寝る……そんなつまらない毎日の繰り返しだ。このまま自分は、何の楽しみもない人生を過ごしていくのだろうか。そう考えたら、もうなにもかもが嫌になってきてね。そんなあるときに、ふと思ったんだ。『数年後の自分はどうなっているのだろうか』と。もしも、これから先の未来がずっとつまらないままだったら、いっそのこと仕事なんかやめてしまおうってね。だから君には『未来がわかる発明品』を作ってほしいんだ」
「ふーん……『未来がわかる発明品』か。いいよ、作ってあげる」
 男の話を聞いたレイ博士は、平然とした様子でうなずいた。
「本当か?」
「うん。もちろん、依頼料はちゃんと支払ってもらうけどね。えーと、そうだな……だいたい、150ベンズってところかな」
 レイ博士が要求したその金額は、男の年収と変わらないほどの大金だった。
「150ベンズだって!? ずいぶんと大金をふんだくるんだな」
 男が顔をしかめる。
「当たり前だろ。未来を知るなんてことは、超能力でも持っていない限り、どんなに頑張っても、できることじゃないからね。そんな実現不可能な望みを叶えるための対価なんだから、高くて当然なのさ」
「……なるほど。それもそうか」
 レイ博士の話に納得した男は、
「よし、わかった。ちょうどそれなりに貯金はある。全部一括で払ってやろうじゃないか」
 小切手帳を取り出すと、すぐさま書き終えて、レイ博士に渡した。
「たしかに受け取ったよ。それじゃあアンナ、『あれ』を持ってきてくれ」
「はい」
 アンナはどこからか、アタッシュケースを持ってきた。ケースを机に置くと、中から四角い機械を取り出す。
「なにそれ?」
「これは『アルケメーカー』と言って、どんなものでも発明できる、魔法の機械なんです」
「へえ。なんでも発明できるなんて、ずいぶんと便利な道具だな」
「もちろん、使いこなせる人間は限られてるけどね」
 レイ博士があとからそう付け加えた。そのままアルケメーカーを手に取ると、機械が自動的に動き始めた。本体の前面から、透明のパネルが付いた土台が引き出されていき、同時に、本体の上面が上に引き延ばされて、その下の中心にも、透明のパネルが出現した。
「……すごいな。ほんとに魔法みたいじゃないか。いったいどういう仕掛けなんだ?」
「驚くのはまだ早いよ。本番はこれからさ」
 前面のパネルに手をかざすと、中心に白い影が生まれたかと思えば、影がだんだんと形を作っていき、しまいにある物体となった。
「これってまさか……タイプライター?」
 現れた物体を見て、男は不思議に思った。それは一見すると、キーボードを操作して紙に文字を印字する『タイプライター』という機械にそっくりだったが、キーボードの右上には『Submit(送信)』と書かれたボタンがあり、下には、横に広がった穴が付いていた。
「タイプライターに似ているけれども、中身は全くの別物さ。名付けて『タイムライター』だ」
「タ、タイムライターだって? こんなもので、俺の未来がわかるっていうのか?」
「ああ。使い方は簡単だよ。知りたい未来の内容を文章で作成してから、右上のSubmitボタンを押せばいい。あとは機械が勝手に答えを導きだして、下の出口から回答文が流れてくるという仕組みさ」
「なるほど。それじゃあ試しに、まずは1年後の自分がどうなっているか、調べてみよう」
 男はさっそく、タイピングしていった。文章を打ち終えてボタンを押すと、紙が機械の中に取り込まれていき、出口から回答文が流れてきた。
「えーっと、なになに……『1年後、1人の女性と出会い、恋に落ちる』。来年には、この俺にも恋人ができるのか! こりゃあ、明日からも頑張るしかないな!」
 男の表情がぱっと明るくなり、まるで子供のようにうきうきと目を輝かせる。
「よし、次は3年後の自分がどうなっているか調べてみよう」
 男は先ほどと同じように文章を作成してボタンを押すと、出口から回答文が流れてきた。
「えーっと、なになに……『3年後、仕事を順調に勤めた結果、部長に昇進。恋人と式をあげ、結婚する』。なんてすばらしい未来なんだ! ああ、今から楽しみで仕方がない!」
 男の周囲からはバラ色のオーラがあふれ出し、まさに、これ以上ないほどの幸せに包まれているようだった。
「それなら、今度は5年後の自分がどうなっているか調べてみよう」
 男はふたたびタイピングをし始めた。向かい側のソファの2人は、冷ややかな目線を向けていたが、そんなこともお構い無しに、タイピングを続ける。やがてボタンを押すと、出口から、回答文が流れてきた。
「えーっと、なになに……って、あれ? おかしいな……『Future Not Found(未来が見つかりません)』としか、書いていないぞ?」
 紙を裏返したり折り返したりして、なんとか回答を得ようとしたが、やはりその紙には『Future Not Found』としか書かれていなかった。
「レイ博士。これはいったいどういうことなんだ?」
 男が尋ねると、レイ博士はやれやれと手のひらを返す。
「その回答文はね、検索した未来で、使用者がすでに存在していない場合に、算出されるんだよ。つまりこのタイムライターの計算によると、きみはもう、『5年後にはこの世にいない』んだとさ」
 レイ博士の説明を聞くなり、先ほどまで幸せそうだった男の表情は消えうせ、だんだん強張っていった。
「……そ、そんな馬鹿な話があるか! だいたい、俺がどうやって死ぬっていうんだ?」
「知りたいのなら、もう1度タイムライターで調べてみたらどうだい? きみがいつ、どこで、なにをしているときに、どのように死ぬのか、すべてきっちり答えてくれるよ」
「嘘だ……そんな未来など、絶対に信じない! 未来は自分の手で変えられるんだ! こんな機械なんかに、俺の一生を決められてたまるか!」
 そう言い切ると、男はそそくさと部屋から出て行った。静まりかえった部屋の中で、ぽつりとアンナが言う。
「……あの人、結局どうなるんでしょう?」
 その質問に、レイ博士は口の端だけ笑わせて、こう答える。
「さあね。どちらにしろ――未来はたった1つさ」

レイ・アークライト 第1話 「タイムライター」

レイ・アークライト 第1話 「タイムライター」

研究所にやってきた男の依頼により、レイ博士は、未来を知ることができる「タイムライター」を発明する。 男はさっそくタイムライターを使い、未来を知ろうとするが……。

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-05

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