竜殺し
湖畔に映る、蒼い月が揺らぐ。
「……何か用か?」
砂利を踏み鳴らし近づいてきたのは、エヴァンとかいう蛮族の女戦士だった。
獅子を彷彿とさせる逆立った赤毛に、金色の鋭い双眸。獣の皮をなめして作られた衣服から、無駄な肉のない引き締まった身体を惜し気もなく夜風にさらしている。
「そんなところにいないで、あんたもこっちにきなよ」
エヴァンが顎をしゃくり上げた先には、二人の男たちが火を囲み、笑い声を上げながら酒を酌み交わしている姿があった。
「もしかしたら、本当に最後になるかもしれないんだ。いいだろう?」
そういって俺の肩に回す腕には、断るとへし折るとでもいいたげに軽く力が込められている。俺は頭を振ってから、慎重に言葉を選ぶようにしていった。
「……竜は強い。気を引き締めたほうがいいんじゃないのか?」
「馬鹿だね」
エヴァンは半ば強引に腕を絡め立たせると、「だから飲むんじゃないか」と快活に笑った。
パチパチと爆ぜる焚き火の前で、俺たち四人は腰をおろしている。
オルガ地方山間にある小さな湖の畔。もう少し行けば、荒涼とした岩場が広がり、そこに目的の竜の巣はある。
「とうとう明日か……」
一通り笑い、酒の席での話題が尽きかけたころ。ロイチェルがおもむろにそう呟く。
彼は聖王国の神殿騎士だ。黒髪を短く刈った、精悍な顔立ち。今は鋼の鎧を脱いでおり、鎖かたびらの下のがっしりとした体格をあらわにしていた。
その鍛え上げられた身体が、わずかに震える。
「何だ? 恐いのか?」
それを見たレイブンが長い金髪をかき上げ、揶揄するように笑った。
紫の長衣で長身痩躯を包んだ彼は、戦士ではなく魔術師である。なめらかな鼻梁に、確かな知性を感じさせる翠の瞳。しかし、その飄々とした物腰や言葉尻は、浮ついた街の青年を想起させた。
同年代であるとのことだが、まるで対照的な二人である。
「うるさい。武者震いだ」
そういって、ロイチェルは大きく酒を呷った。
「貴公こそ、声が震えていたぞ」
その言葉に、今度はレイブンが酒を呷る。
「俺のは酒の飲みすぎだよ」
「わかっているのなら、少しは控えるがいい」
「テメェには関係ねぇだろ」
「貴公のへまに巻き込まれるのは御免だからな」
お互い睨みあったまま動かなくなる。湖から吹く強い風に、炎が踊った。
「なんで――」
これまで会話に参加することのなかった俺だが、そんな彼らを見て思わずこれまで黙っていた疑問を声に出してしまう。
「なんであんたらはそうまでして竜を殺そうとするんだ?」
その疑問に、三人は顔を合わせ、
「王都で今、流行病が広がっていてな。その妙薬として、なんとしても竜の胆を手に入れたい」
実直に答えたのは、ロイチェルだった。
「俺は魔術の触媒として竜の目玉が欲しくてだな。……魔術っていうのは金食い虫でね、必要のないものはもちろん金に換えるけど」
レイブンが笑いながら続ける。
「私は単純に強いものと戦ってみたい。自分がどれだけ強いのか試してみたい。好奇心だな」
エヴァンが獣を思わせるような獰猛な笑みを浮かべた。
「……今まで竜を殺せたものはいない。俺の祖父さんの代からずっとだ。それでもあんたたちは行くのか、竜を殺しに」
俺がそういうと、エヴァンが代表するように、
「竜の巣への案内役はあんたの代で終わりだよ。別の仕事を考えておきな」
†
霧の立ち込めるなか、俺は小舟をだして湖の中間まで来ると、冷たくなった三人の遺体を放り込む。
酒に仕込んでおいた薬は、翌朝には屈強な彼らの体温を奪っていた。
「竜なんかとっくの昔にどこかへ行ったよ。いないものは案内しようがないし、殺しようもないんだ」
だから、案内役が自分の代で終わることはない。
そんな俺の目には、湖に立ち込める白く濃い霧に、巨大な怪物の影が映っていた。
竜殺し
むかーし書いたお話です。
今思えばもう少し背景について書いてよかったなーっと。