「どんなに大きい生き物も、ひとりぼっちは寂しいよ。」絵本の挿絵の鯨はいつもひとりぼっちだった。

「誰にも看取られず、気付かれず。ひとりで海底に沈むことだってきっとあるはずなんだよね。」
珍しく絵本を広げる彼女はそっと絵本に描かれた鯨を撫でる。
「いつか、私が死ぬ時が来たらそっと海に流してくれる?」
僕は開いていた本に、桜の栞を挟んで考える。

いつか彼女を海に還さなければいけない日が来るらしい。
海に還った彼女はゆらりゆらりと波に揺られて、白く柔らかい肌は魚達の一部となって、ゆっくりゆっくりと海底に沈んでいく。
彼女が沈むのをやめた時、其処は真っ暗な海底で。
隣には小さな彼女の何倍もの大きな大きな骨が横たわる。
骨が少しずつ崩れ、砂と混じる。
彼女の骨なのか、それとも海底にひとりぼっちで沈んだ鯨の骨なのかわからなくなって。
終いには、粉々になって混ざり合う。

「嫉妬するなぁ。」

其処まで考えて、彼女の髪に指を通す。
彼女は小さく肩を揺らす。

「でも鯨はずっとひとりぼっちだよ。」
彼女はスンッと鼻をすする。
「海底には、他に魚がいるよ。鯨が砂になって海に溶け込むのを見続けてくれる、魚がいるよ。」
僕は小さく呟くと彼女は僕の手をそっと握ってくれた。

「私にも、君がいるから大丈夫かな。」
僕はそっと彼女を抱き寄せる。
「あんまり、遠くに行かれちゃうと会いに行くのが大変になってしまうので。出来れば隣にいて欲しいけど、それは君の世界を狭めてしまうかな。」
細くて小さな肩はまた、ケタケタと揺れる。
「じゃあ君が、たくさん私を連れ出してよ。」
小さな彼女を抱き締めると、彼女は僕に溶け込んだかのように体温が上がる。
ぽんぽん、と背中をゆっくりと叩かれる。

大丈夫、大丈夫。
そういうかのように背中に小さな振動が続く。
僕はその振動に安心し、目を瞑る。

目を開けた時、外は雪が降っていて。
子供のようにはしゃぐ彼女を外に連れ出して、
また2人っきりの世界へ。
白銀の世界は僕達をきっと受け入れてくれるだろうから。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-04

CC BY-NC-ND
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