寝坊

転職をして今日は初出社。にもかかわらず寝坊してしまった私。
昔から人に起こされないと起きられないのが私の弱点。実家にいたときは、毎日のようにお母さんに怒られてた。
朝食も早々に済ませ、急いで駅に向かう。
走れば間に合う。これでも昔は陸上部。
何とか電車に飛び乗った。間一髪セーフ。おかげで遅刻せずに済んだ。

会社に着いて挨拶回りも終わり、やっと自分のデスクに座れたのは昼前。さて、どうしよう。本当はお弁当を作るつもりだったけど、今朝はそんな余裕はまったくなかった。
コンビニでも行って来よう。と、カバンを開けようとしたとき、ストラップの脇に付けていたチャームが無くなっているのに気が付いた。
今朝、駅前で走っている最中に人にぶつかった。そのとき弾みで取れてしまったのかもしれない。初日からなんてツイテない。
数日前に友達が開いてくれた就職祝いの飲み会でもらった、ハート型のシルバーのチャーム。

帰り道、電車を降りてから今朝人にぶつかった辺りを探してみた。けれど結局見つからなかった。
まさか、駅や交番に届いているとも思えない。
かわいくてちょっと気に入っていた。せっかくくれたプレゼントなのに・・・。
初出社でちょっと疲れた。おなかも空いた。その日は完全に諦めモードだった。

今度友達に会ったらあやまろう。
 
それから一週間。またも寝坊。我ながら情けない。
再び駅まで走る事になってしまった。でも、今日はちょっと余裕がある。と言っても2・3分。
駅前まで行くと、辺りの人をキョロキョロ見回しながら歩く男の人がいた。通勤時間帯でも小さなこの駅の乗降客は少ない。明らかに目立つ。
誰かを探しているのだろうか。
多少気にはなったけど、こっちも遅刻するわけにはいかない。その日も足早に電車に乗った。
 
翌日、今日はたっぷり余裕を持って起きられた。私にだって学習能力ぐらいある。
どれくらい早いかと言うと、いつもより5分だけど。
駅前まで行くと、また昨日の男の人が辺りをキョロキョロ見回しながら歩いている。
時折時間を気にしているように腕時計を見ている。
やっぱり誰かを探している様子。
遠巻きに彼の方を見ながら歩いていると、不意に彼と目があった。

「えっ。何?」。

向こうも一瞬動きが止まった。

「知り合い・・・だったっけ?」

でも私には心当たりがない。彼も私のほうをじっと見ている。
もしかしたら、変な勧誘の類かもしれない。

まさかナンパ?
こんな時間から?
自意識過剰?
 
少し気味悪くなって目をそらし、早足にその場を離れようとしたとき、彼がこっちへ近づいてきた。と同時に

「すみません。」

彼の言葉に驚いて立ち止まった。

「失礼ですが、これ落とされた方じゃありませんか。」
と、ハート型のシルバーのチャームを差し出された。

「あっ・・・それ・・・はい・・・私のです。」
あの日なくしてしまって、諦めて、すっかり忘れていたあのチャーム。

「よかった。誰が落としたのかわからないし、でも、ここ、あんまり人通り多くないから、もしかしたら探してる人いるかなぁと思って。」
そういって彼は、チャームを私にくれた。

「ありがとうございます。もしかして、ずっと落とし主を探してたんですか?」
そう聞くと、彼は少し照れくさそうに、
「なんか綺麗なものだったし、もしプレゼントとかで、なくしたらちょっと悲しいかなぁと思って。」
と言って笑った。

戻ってきたチャーム。彼の親切さ。とっても嬉しかった。

こんなことってあるんだ。

それから毎日、彼と挨拶を交わすようになった。

そして、その日から、私は寝坊をしなくなった。

寝坊

寝坊

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-05-03

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