電脳スーツ
《ご主人さま、朝になりました。お目覚めください》
一人暮らしの翔太を起こしに来たのは、愛用している電脳スーツだった。だが、明け方までゲームを楽しんでいた翔太は、とても起きられない。
「あと五分」
《仕方ありませんね。お休みのままで結構ですので、わたくしを着用してください》
「わかった。とりあえず、立ち上がるから」
翔太がフラフラとベッドから出ると、電脳スーツの各パーツが分離し、着脱モードになって翔太の体を包み込んだ。
《装着完了しました。このまま出勤いたします》
「ああ、頼む」
またウトウトと夢の世界へ戻った翔太には構わず、電脳スーツはマンションを出るなり走り出した。自立して動けるスーツにとって、中の人間が眠って脱力してくれている方が動きやすい。たちまちスピードは時速40キロを超えた。もちろん、人間が呼吸できるよう、頭部はすっぽりカバーされている。周辺には、同じように走行モードで走るスーツが大勢いる。
今の時代にも、一応、自動車というものはあるのだが、緊急車両以外は滅多に走っていない。したがって、道路は電脳スーツで満員状態だ。これだけ混み合っていても、スーツ同士で絶妙にコントロールされ、決してぶつかることはない。
30分ほどで会社に着いた。翔太はまだ眠っている。すると、頭部を覆っていたカバーが収縮し、鼻と口だけ穴が開いた状態で、ぴったり顔面に張り付いた。翔太の目の位置に目の模様が現れ、それ以外のディティールも整えられ、表面上はパッチリ目を見開いた翔太の顔になった。もっとも、本人はまだ熟眠中だ。
「あ、課長、おはようございます」
ハキハキと挨拶をしたが、電脳スーツが体を動かし、声は翔太のサンプル音声を合成して出しているのだ。
「ああ、おはよう。今日もがんばれよ」
そう答えた課長も、よく見れば、顔面の動きが不自然である。
「はい。さっそく、外回りに行ってきます」
その後も、眠ったままの翔太を起こすことなく、電脳スーツはテキパキと仕事をこなしていった。もちろん、生身の状態のままの相手からはイヤな顔をされたが、今やそういう者は少数派で、大半は電脳スーツの仕事モードで、本人は眠っている。そして、実は、その方が仕事がスムーズにはかどるのだ。
ランチの時間となり、翔太は夢うつつのままサンドイッチを食べさせてもらった。
午後は主にデスクワークだが、電脳スーツは直接パソコンにUSBを接続し、アッという間に書類の山を捌いていった。
「課長、それではお先に失礼します」
「ああ、ご苦労さん」
結局、ほとんど眠ったままデスクに座っていた課長も、スーツがパソコン経由で世界中の支店へ的確な指示を出していたので、何の支障もなかった。
翔太はウトウトしながら、自宅のあるマンションへ帰り着いた。電脳スーツが作ってくれた夕食を、寝ぼけたまま済ませると、ようやくハッキリ目が覚めた。
《シャワーでも浴びますか》
「そうだな」
電脳スーツを脱ぎ、シャワーでサッパリした翔太は、張り切って自分の部屋に入った。
「さあ、朝までゲームやるぞお!」
(おわり)
電脳スーツ