宝石箱に、骨。

 宝石箱に飼っていた犬の骨が入っていると聞いて、キミのことが好きになったよ。
 宝石箱といっても女の人が使う、アクセサリーが幾つも収められるようなジュエリーボックスではなくて、宝箱の形をしただけのチャチな箱だ。女児が持っているような、宝石を模したプラスチックがふたに散りばめられた玩具の箱だ。周りの緑や青の石よりも大きな中央の赤い石を、子どもならばルビーだと言い張りそうだと思った。キミには何だか不釣り合いだねと笑ったら、
「親戚の幼稚園児にもらった。誕生日に」
とキミは言ったね。誕生日プレゼントを親戚に貰うだなんて、よほど親族の仲がいいのだろうが、やっぱりキミには繋がらないよ。キミは他人に興味がないのだろう。だからクラスの誰とも喋らないのだろう。学校生活をまるでロボットのように事務的にこなして、生きていくのも憂鬱そうなキミが、小さな子どもからプレゼントされた玩具の宝石箱に、飼っていた犬の骨を収めているという事実に、ぼくの心は打ち震えた。キミにも、情があるのだね。執着も。そういうのすべて、お母さんのおなかの中に置き忘れてきたのかと思っていたよ。
 けれど、キミの人生に関わった一部であるものを、ぼくに見せてくれたということは、キミはぼくに懐を開いてくれたということだ。ぼくは一気に興味が湧いた。キミに。
 きれいな黒髪だ。ブリーチ剤など一度も使ったことがないのだろう。
 飼っていた犬は中学二年の夏に老衰で亡くなったそうだ。キミが生まれた頃にやってきたというのだから、キミにとっては兄弟のようなものか。つらいね。ぼくの愚弟でよければあげようかと言ったら、キミはぼくを睨んだね。ふだん生気のない目をしているキミも、そうやって感情を宿すことができるのだね。安心した。ペットの遺骨をアクセサリーにできるとも聞いたけど、アクセサリーにはしなかったそうだ。
 ところでキミは、犬の話をするときに声がワントーン、上がるね。
 大好きだったんだね、彼のことが。
 なんだかちょっと、妬けるなあ。
 ぼくがキミのきれいな黒髪に指を通すと、キミは、巨大な熊と対峙したかのように、からだを強張らせる。怯えないでいいよ。でも、もっと怖がってもいいよ。おそらく血縁関係にある人以外には心開かないキミが、ぼくに対しては何らかの情が働く。想うことがある。それが例えば嫌悪であろうが、憎悪であろうが、かまわないよ。キミが、キミという人間のまま、ぼくと向き合ってくれることを、ぼくは喜ばしく感じる。
「ねえ、キミ、ぼくと友だちになろうよ」
 ぼくは微笑んだ。
 キミは一瞬、ぼくの顔を見たね。まるで、諦め半分で強請った高価な玩具を買ってあげると言われたときの、嬉しさと疑心の雑じった表情だった。キミはすぐに顔を背けて、頷いた。
「よかった。ぼくね、ずっとキミと友だちになりたいと思ってたんだ」
 友だち、だって。自分で言っていて、おもしろかった。気を抜いたら声を出して笑ってしまいそうだった。玩具の宝石箱に大切に収められた骨に、触れてみたいと思った。触れたらキミのこと、もっと知れるような気がした。
 ぼくを部屋に招き入れてしまったことを、キミは後悔するかな。
 大丈夫。
 悪いようにはしない。
 だから、顔を上げてくれないか。キミ。

宝石箱に、骨。

宝石箱に、骨。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-01

CC BY-NC-ND
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