歌句集
晩冬〜初春
2/11 札幌駅にて
去りし戀追ひ求めたる停車場の人波に消ゆ
雪粒が如く
2/11 札幌大通り公園にて
掌をそと差し出だしゆきと呼ぶ
その手に觸るゝ冷たきぬくみ
2/11 札幌を発つ
人の世の 苦きを知れり 麥酒の里
2/11 福井へ到る
新しき 居に馴染み入る 冬案山子
2/12
同輩の都會の凱歌聞こゆれば
身を羞づる吾の小さきを知る
2/13
霙降り塞がる夜半に獨り發つ
思ひ震へて道ひた走る
2/14 聖人の日によせて
春一番
精一杯を贈る日の昔映しに ふと笑み溢る
2/15
雪よりも霙が好いねと云ふ君は
何故今日も傘を忘るゝ
2/15
冴返る民主主義の堅き門
シユプレヒコオル打ち棄つやうに
2/16
夜もすがら凍てし面を覆へるは
しんしんと降る細雪なり
2/21
懷かしき級友の名をふと見つけ
夕陽の教室瞼に還る
3/2 児童相談所を訪ねて
吹雪きたる野さへ驅けむと願ひける
愛しの雛格子より見ゆ
3/7
雪とけて何にと問へば
春なりと答ふる人ぞあらまほしける
3/11 三回忌によせて
海に生き海に歸りし海の子の海へ揭げよ
弔ひの旗
春彼岸~秋彼岸
彼岸の瀨
草に寢轉び日を浴びてピアニシモの調べをば聽く
春の花莟より來て滿開の
わが故鄕は遠くなりけり
散れる花枝にありては愛でたるに
何を憎みて踏み躪りゆく
葉櫻の竝木にそよぐいたづらに
立志の人の顏もほころぶ
白花に 薄紅流す 枝埀れかな
畦走る子らの手に持つ幟見て
私かに謠ふ七つの子かな
藤棚の木蔭に憇ふ學生の手帖に泛べる
木の葉と言の葉
天水と蛙の聲に目噤ぢ
げに鎌倉の雨ぞ戀しき
他愛なき思ひに彼の素直見つ
拙き手にて綴りたる日記
凉宵に啼くな茅蜩
十年の思ひ出を思ひ出と呼ばせよ
盤面とレイルの向かうを見遣りつゝ
誰を待てるか浴衣の少女
紅白の煙草を吹かす街のうへ
不二の靈峰衣まとへり
主人なき家の虛空を睨みつく
ひとつ目達磨の丹色烈しく
虫の音の久しく聞かぬ緣側に
ひとり聞き入る月夜のラヂオ
正しきを信ずる靑年を目にしては
バンドネオンの醉ひも虛しく
秋風に渡れる報せ聞こゆれば
結びて届けめ幸あれとこそ
補遺
小正月に
便りなく一年過ぎし正月の煙よ届け彼の地のそらへ
越前海岸にて
凍てる風身を苛めど戸を出でつ
あたゝむすべを知りたるゆゑに
いまの世に何を惟ふか雪中花
ぎりしあ胸に身動ぎもせず
音をあげてはなを劈く潮風に
水仙かすかに甘く薫れり
越前文京にて
大学の壁にひとつの時代あり
葛に隠れし造反有理
日光東照宮にて
霊廟にまどろみゐたり 黒揚羽
新宿にて
氷雨降りくらげ行き交ふ歩道橋
越前花野谷にて
代田には水底都市の賑はしく
若狭高浜にて
杖借りて片手で拝む春彼岸
常陸袋田の滝にて
せせらぎや 磐をも削るみづのいと
遠州浜松にて
砂を蹴る二人の渚寄する波
太平洋の沈黙を聴く
背伸びして丘の向こうの音花火
双子座の二人で見つく婚星
原付や 軽く桜のつむじ風
歌句集