夜重丸
「夜一郎、起きなんし」
彼女は天津神琴。
「ん...もうちょっと待ってくれよ...」
目をこすりながら布団に潜る彼の名は杉田夜一郎。
「今日は依頼が入ってるでありんす。さっさと起きなんし」
神琴は夜一郎の布団を剥ぎ取るとそう言った。
「へいへい...」
夜一郎はダルそうに起き上がると畳んである服に着替え始めた。
「朝飯出来てんのー?」
「もう食べてる時間はありんせん。わっちはもう食べたでありんす」
「マジかよ!なんで起こしてくれねぇの!?」
夜一郎は少し怒りながら言った。
「何度も起こしたでありんす!」
神琴はかなり怒りながら言った。
「........」
言い返せなくなった夜一郎は急いで着替えて靴を履いた。
神琴も靴を履くと急いで家を出た。
走りながら依頼人の元へ向かう。
「今何時だ!?」
「...7時30分じゃ。間に合うといいのじゃが...」
そのあと20分ほど走りつづけ、やっと依頼人の家へたどり着いた。
「はぁ...はぁ...はぁ...」
「はぁ...はぁ...す、すいませーん!」
夜一郎が叫ぶと立派な門がゆっくりと開いた。
「ようこそいらっしゃいました。夜一郎様、神琴様。どうぞお入りください」
出てきたのは若い男性。執事だろうか。
二人はその男に着いて行く。
「...こちらへ」
入らされたのは、かなり豪華な応接室だった。
ソファには一人の女性が澄まして座っていた。
「え、えーっと、依頼を受けました夜重丸です」
緊張しながらも夜一郎は言った。
「わざわざ来てくださったのね。どうぞお掛けになって?」
女性は微笑むとそう言った。
二人はぎこちない動きでソファに腰掛けた。
(おいおいおいおいなんだよここどこのお嬢様からの依頼だよ)
(わっちが聞きたいでありんす!)
「お名前は?」
女性は微笑んだままそう聞いた。
「は、はい!杉田夜一郎です」
「天津神琴です。あなたは?」
「私は西園寺彼方よ。今日依頼したのは私なんだけど、早速調べて貰いたいことを言うわね」
執事の男が紅茶を持ってきた。
彼方はそれを見送ると話を始めた。
「...私の旦那のことなんだけど、最近夜中に家を出て、朝に帰ってくるの。夜の間何をしているか、調べて欲しいの」
彼方は紅茶を一口飲んだ。
「あぁ...はい。分かりました。代金はどうしましょうか?」
こんな金持ちが依頼なんて一体どんな内容だよと思っていた二人は依頼内容を聞いて胸を撫で下ろした。
「...1万でどうかしら」
「まことでありんすか!?」
1万という額を聞いて神琴は敬語で話すという事を忘れて叫んだ。
それを見て夜一郎は神琴にチョップした。
神琴はいてっと言うと顔を赤くして俯いた。
「...ただし、相手の写真を撮ってくること。いいかしら?」
旦那の不倫相手の写真を撮る。それを証拠に問いただすつもりか。なかなかゲスいお嬢様だなと夜一郎は思った。
「...では、旦那様が夜の間何をしているか調べる。そして不倫だった場合相手の写真を撮る。代金は1万円。これでよろしかったですか?」
神琴が言った。
「ええ、よろしくね」
「...夜一郎、あやつじゃ。」
神琴は一人の男を指差した。
「.........ホントだ。よく見つけるねー」
夜一郎はその男と彼方から貰った顔写真を見比べて言った。
男の隣には一人の女がいた。
「尾けるぞ」
神琴はそう言って歩き始めた。
「ちょ、そんな堂々と尾けて大丈夫ー?」
「大丈夫じゃ。周りから見てもただのカップルにしか見えまい。コソコソとしている方が怪しまれるぞ。ほら、早く来なんし」
神琴は電柱に隠れている夜一郎に手招きした。夜一郎は不安そうな顔をしながら神琴の隣に寄った。
「....また客になんか言われるよ....」
居酒屋夜重丸の常連は夜一郎と神琴をくっつけようとしているのだ。
「黙りんす。わっちとて好んでやってなどいない」
その後ずっと男をつけていると、宿屋の前で男は止まった。女と何か喋っている。
「ちょっとあの二人やる気満々じゃーん?どうすんの神琴サーン?」
「...写真は撮った。何をしているのかも調べた。...頼まれたことはすべてやった。調査を終了しても文句は言われないじゃろう」
「それは調査終了ということでいいんだな?」
「...そうじゃ。....それにここは居心地が悪い...」
辺りを見回すとカップルや夫婦がワラワラいることに気付いた。
「....そうだな」
夜重丸