超時空コンビニ

 見た目はごく普通のコンビニだった。その入口の前に立ち、浅井は迷っていた。
(変なとこじゃなさそうだけど、時給一万円なんてホントかなあ)
 店舗の前面はガラス張りなので、中の様子も見て取れる。ちょうど一人の客が出て行き、店内には、制服を着た初老の男性店員一人になった。アルバイトの申し込みをするなら、絶好のチャンスであろう。浅井は、思い切って店の中に入った。
「あのう」
「はい、いらっしゃいませ!」
 予想外に大きな声で返事をされ、浅井は顔を赤くした。
「あ、いえ、違うんです。ぼく、アルバイトの募集を見て来たんですけど」
「ほう、それはそれは」
 店員は何故か少し気の毒そうな表情になり、奥に向かって叫んだ。
「店長!バイトの子が来たよ!」
 奥から出て来たのは、およそ店長という感じではない、分厚い眼鏡をかけた若い男だった。若いといっても、三十前後であろう。
「やあ、ようこそ。奥に来て」
「はい」
 扉を開けると、意外なほど長い廊下が奥に伸びていた。浅井は入ってすぐ右側の、事務所らしきところに通された。
「まあ、そこのイスにかけて。履歴書は持ってる?」
「あ、はい。これですけど」
 浅井が渡した封筒をロクに見もせず、店長という男は「うん、いいだろう」と言った。
「えっ、いいって、どういうことですか?」
「採用だよ」
「ええっ?」
「不服かね」
「あ、いえ、もっといろいろ質問とかされると思ってたので」
 すると、店長は薄く笑った。
「きみは若い。そして、素直だ。それで充分だよ」
「はあ。あ、いえ、ありがとうございます。ところで」
「ああ、時給なら、ちゃんと一万円出すよ」
 浅井は耳まで真っ赤になった。
「いえ、そうじゃなくて、どういう仕事をするんでしょう?」
「まあ、とりあえず、商品補充だな。単純作業だよ」
「はあ」
 店長は、また、薄く笑った。
「心配しなくていいよ。そこに壁掛けの丸い時計があるだろ。あの長い針が、ぐるっと一周するたびに、一万円だ。悪くないだろ」
「そ、それは、もちろん」
「じゃあ、決まりだ。早速だけど、仕事場に案内するよ」
「あ、お願いします」
 店長は事務所を出ると、廊下を奥へ奥へと進んだ。その後ろをついて歩きながら、浅井は首を傾げた。
(変だな。あの店の裏側に、こんなに広い場所があったっけ)
 長い廊下の突き当りは、観音開きのドアになっていた。
「さあ、どうぞ」
 そう言いながら、店長がドアを開けると、運動場がすっぽり入るぐらいの空間が広がっていた。
「こ、これは、いったい」
「ここが、きみの仕事場だよ。ここで、商品の補充をしてもらう。うちのコンビニチェーンはまだまだ小さくて、全国におよそ100店舗しかない。その全店舗の商品棚がここにあるんだ」
「え、どういうこと、ですか?」
 確かに、その広い空間を埋め尽くすように、所狭しと商品棚が並んでいる。しかし、全国の店舗とはどういう意味なのか、浅井にはさっぱりわからなかった。
 店長は、はっきりと笑顔になった。
「すごいだろ。よく見てごらん。商品棚が全部後ろ向きになってるだろ。あれは、全国100店舗の商品棚を裏側から見てるんだ。この部屋は知り合いの博士に頼んで作ってもらった、『裏返された空間』なんだよ。もちろん、実際の空間とちゃんとつながってるから、空いたところにこちら側から商品を置くことができる。まあ、鮮度の問題があるから、おにぎりや弁当なんかは無理だけど、それ以外の品物は、全国どこの店舗でもここから補充できるんだ。どうだい、画期的だろ」
「でも、でも、ぼく一人じゃ、とても捌き切れませんよ」
 店長はニヤリと笑った。
「安心したまえ。『裏返された空間』では、時間がゆっくり流れる。自分のペースで、のんびりやってくれ。補充する商品は、この部屋の左側の倉庫にある。そっちも『裏返された空間』だ。じゃあ、頼んだよ」
「はあ」
 一通り商品を補充し終わる頃には、浅井はヘトヘトになっていた。時間がどれくらい過ぎたのかもわからない。とりあえず休憩しようと事務所に行くと、店長が新聞を読んでいた。
「おお、早かったじゃないか」
「あ、いえ、すみません、ちょっと休憩させていただきたくて」
「ええーっ、まだ休憩は早くないかな。時計を見てごらんよ」
 浅井が壁掛けの時計を見ると、10分しかたっていなかった。
「そ、そんなバカな!」
「ああ、さっき言ったと思うけど、『裏返された空間』では時間がゆっくりなんだよ。でも、心配しないで。ちゃんと、時給一万円は払うからさ」
(おわり)

超時空コンビニ

超時空コンビニ

見た目はごく普通のコンビニだった。その入口の前に立ち、浅井は迷っていた。(変なとこじゃなさそうだけど、時給一万円なんてホントかなあ) 店舗の前面はガラス張りなので、中の様子も見て取れる。ちょうど一人の客が出て行き、店内には、制服を着た......

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-30

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