ささくれ
ささくれ
この痛みは、一体なんだろう。
そう1日考えてみたけれど、1日も終わろうとしている頃になっても、いまだに理由は分からない。
もうずっと、脇腹が痛んで仕方がない。大きく伸びをしてみても、横になってうずくまってみても、呼吸法をどんなに変えても変わりなく私を苦しめる。
大概の痛みならすぐに治る。治らない時もあるが、それは決まって、こじらせてしまった時だ。例えば、熱がでる前だとか、食べたものが古かったとか、理由は様々だ。
これは我慢できないほどの痛みではないけれど、こうも1日付きまとわれるとうんざりとする。それでも、どうしようもない。そんな日もあるだろうと諦めるしかない。
ーーああ、眠たい。
眠たいけれど、眠る前にやるべきことはまだ残っている。食器を洗わなければならないし、今日使ったハンドタオルを鞄から出して、変わりに新しいものを入れておかなきゃならない。明日着るものを適当に選んで、ひとまとめにしておこう。これで寝坊しても10分もあれば家から出られるから安心だ。洗濯をするには時間が遅すぎるから、それは明日にするとして、明日の朝食はどうするか。そう悩んだところで、いつも通りだ。豆乳とバナナ。時間がかからないから、最近の朝食はこれで統一されている。
さあ、大方済んだはずだ。あとは風呂に入って眠るだけ。
さてと、服を脱ぎ捨てる。風呂場の横に張り付いている姿見の鏡に自分の姿が映ると、毎度のことながら肩を落とす。どうしたことか、また太った。見なくても分かっているけれど、見ればみるほど溜息は出る。体重戻さなければ、なんて言葉はもはや遠い昔に色褪せた。
けれど、そんなことを考えても仕方がない。今日気にしたからって、明日劇的に体重が減っているわけでもあるまいし、今はこの現状をやり過ごすことだ。
溜息をもう一つ吐き出すと、最後の日課に取り掛かることにした。いつものように棚からハサミをとりだし、皮のカバーを外す。それから体に当てて皮膚の下に向かわせる。ショキショキと軽い音がする。鋭い銀の刃で自分の体を切ってゆく。正確には脂肪だけだ。脇の下から脇腹まで、それから直角に曲がって下腹の下をハサミは進む。
ショキショキ、ショキショキ。
ふう、と溜息を吐き出して、べろん。と脂肪を私から剝ぎ取る。まるでベーコンの白い脂身のようなものが左手からぶら下がっている。見下ろせば、脂肪だらけだった腹はすっきりとしている。肌には、引き剥がされた脂肪の粒が沢山ついている、これはすぐに払えば問題ない。放っておけば肌はぶつぶつになってしまうから注意が必要だ。
ふと、手からぶら下がっている脂肪を見る。脂肪の内側は見下ろした肌よりもでこぼことしている、ぼんやりと見ていると、一部分だけ不思議な箇所がある。まるで棘だ。恐らく脂肪が固まり、石のように硬くなったのだろう。私は脂肪を持ち上げてそれをしげしげと見つめた。
長さは2センチほどで、そこそこ長い。棘の周りは炎症を起こしているようで、棘を中心にして、やはり2センチほどの範囲でほんのり赤くただれている。
ーーああ、なるほど。
今日1日脇腹が痛んだのは、これのせいだったと納得した。それから我にかえる。いけない、いけない。こんなことを考えている時間はないのだと。けれど再び、余計な思考が私の邪魔をする。
この棘を取ってしまおうかと。けれど瞬時に思い直す。それをするには、私には知識が足らなすぎるのだ。棘を取ったらどんな影響が出るか分からない。
一瞬躊躇し、えいっと、手に持った脂肪をすっきりとしたお腹にくっつける。早くしなければならない。戻せなくなってしまうから。
そう恐怖に掻き立てられながら、棚から針と糸を取り出す。もうすでに糸は通してある。ぐるっと一周縫い合わせて、ほう、と息を吐き出す。縫い終わりの糸の始末をして、それから明日のために針に糸を通しておく。ハサミもカバーをして棚にきちんとしまう。
それから熱い湯船にどっしり肩まで浸かった。これで明日には縫い目もなくなって、いつも通りだ。
棘のせいでまだ痛む、ぶよっとした脇腹を気遣いながら、湯船に深く深く沈んだ。
ー終ー
ささくれ