隣の芝生の話をしよう

クラマホマル
まっくら
そんなグロくはない 多分

口の中を大きく開く度に、舌の付け根が喉の上に貼り付く。
酸素が足りない、と繰り返される生命への警告は、涙腺を伝ってあっけなく爪触りのいい床の上へと散らばって行った。
錆びついた鉄より赤く汚れた羽根は、元の色を取り戻せないまま、何度かギクシャクと動いては、再びくずおれていく。
――そもそも、こびりついた痛みのせいで、呼吸を助けようと少しでも浮つく顎を支えることすら叶わないのだから、


「モウ限界、って所カナァ」


山積した書類に辟易する王のようなそぶりで、気だるく片手を振る彼は、間違いなく、この城の主。
自分をここまで弄び、叩きつけ、プリズムの数を知りたいと笑いながら鋭くしなる細い鋼鉄で両翼を抉ったのも。

朽ちた石を集め、苔むした玉座以外、壁も堀も罠もない。
唯一そこに装飾として許された、ほんの僅かな翡翠をちりばめた石畳は、
雲の切れ間に光る月を目ざとく見つけ、星空を真似て輝いていた。


2本の角を重たく傾げた王冠の主は、鞭を放り出すと、伸ばした五指を再び曲げ伸ばす。
一連の動作に呼応して地面を打ち破り、這い出たいばらは躊躇なく突き進み、
飛ぶどころか立ちあがることすらままならない、
足元に倒れ伏すばかりの全身を、いっそう高く持ち上げた。

漏れ出る掠れた悲鳴は、蠢く棘に合わせて何度も痙攣のような高低を繰り返している。



ふと、晩餐のように恭しく差し出された、薄紫の身体の上を、金色が埋め尽くした。

「“ボクたちがふたりでイル世界”は、キット一つデハ無いんダろうネ」

解かれていくリボンの端が目に鮮やかで、逆光より痛く、目を細めた。
押し上げられた左足には、感覚がない。
これは本当に自分の靴なのか、中身はきちんとあるのかどうか、
今となっては知ろうが知るまいが何も変わらない現実を気にするばかりで。


「ボクがキミに勝てなかっタリ、キミのコトを愛してヤマない世界もあるのカナ」

変えられるはずの未来に想いを馳せる思考の余白など、とうに塗りつぶされてしまった。


「ねえマルク、キミは見てみたかったと、思ウ?」

形を持たない下半身の霧は、時折冷たいような、熱いような感覚を覆いかぶせるようにして広がっていく。

魔方陣の先端が頬に当たり、新しく出来た皮膚の裂け目を捻り上げた。
身を守る必要も、慮る必要もなくなった魔力の渦とは正反対に、
傷跡へ障らないように、と幾許かの空間をあけて添えられた右手は、身震いをするほど優しい。

「雨上がりの庭を散歩シタリ、摘みたてノ花を贈りあッタリ、夜にハお日様のカオリがするシーツの上デ、他愛もナイ話をスるボクたちヲ」

一通りの“遊び”を終えた後の彼は、決まって同じ声色で、同じ質問を投げかける。

追いすがる子犬のようだ。
絶望に抗う力を持ってして、抉る傷の深さに怯えてまで、なお自分がここに留まる理由に、固執しているとは。


「……馬鹿、みたいなこと、……言わないでちょーよ」

一言を発する合間にも途切れてしまいそうな息をまとめるのに、喘鳴で占められた沈黙を、何度も繰り返す。

つくづく、臆病な王だ。
あれほど夢見た力の源泉を手に入れて、なおも戴冠にとらわれたままの、哀れな魔術師の影が、消えない。

答えは、とっくに決まっているというのに。

降り積もったばかりの雪に身を預けて駆け回る夢も、芽吹き始めた緑を踏み荒らさないように転げて笑う夢も、
見たことがない、と目をそむけて、恐れなければいけないほど、求められているのなら。

「そんな、きらきらした、おとぎ話みたいな世界なんて、」

傾け方すら忘れた爪はそれでも鋭く、包み込む手の甲に、僅かな2本の線をつけた。


「反吐が出るのサ」


目につく悪意に満たして、上手く口角を引き伸ばせたかどうか、牙を伝っていく痛みの加減を慎重に判断しなくてはならない。

ここにいてほしい、と、傷つけるよりも手間のかからない、たったひといきの言葉をかければ、それで済む話なのに。
傍にいたい、と、傷つけられるよりよほど苦しまない、たった数秒の笑顔をみせれば、それで済んだ結末なのに。

かすかによぎった選択の糸は、先ほどよりも明瞭な緋色を前にして、何も絡めとることができなかった。


「ソウダ!ソレでコソ、“ボクのマルク”だヨォ!」


引き抜かれたリボンの切れ端が、青い炎に包まれて、燃えていく。

その先が分かっていても、空虚な愛撫を、待ち遠しいと思ってしまう。

枯れ枝をまとめるように掴みあげられた羽根を、根元から先端まで気まぐれになぞる指に、
ただそれだけの一瞬でも意味のある甘い息苦しさと、叶う筈のない期待に悶える身体が、ひたすらにおぞましい。

そうして、すぐ訪れる、終わりのない衝撃に備え、きつく目を閉じた。

見えないものを羨むことなど、する必要がない。
それでも、喉が割れるほど叫ぶ度に、ここには生えることの許されなかった希望の色を考えてしまう。


“どこかの世界”の自分は、どんな笑い方をしているのだろうか。
できるならば、頬を上げる時に声が漏れるような疼きがなければいい、と願うばかりだ。

隣の芝生の話をしよう

隣の芝生の話をしよう

  • 小説
  • 掌編
  • 成人向け
  • 強い性的表現
更新日
登録日
2016-01-29

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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