極楽の条件
目が覚める、という感覚はなかった。
起き上がっても、地に足がついたような感触はない。
周囲は満開の桜の木々、その花びらの大地が地平線まで続いていた。
ここはどこだ?
自分の記憶が確かなら…。
「おつかれさまでしたー。宇宙飛行士、川西龍さんですね!」
薄明りから湧き出るように、少女の声がした。
巫女のような姿で、小学生くらいの可愛らしい黒髪の子が、ぺこりと小さな頭を垂れた。
その隣には、ローブを纏った金髪で巨乳のお姉さんが、気だるそうに細腕を組んでいた。
「なんだここは…?」
「いちおう、分魂広間と言ってます。私は、ヒノモトですっ」
元気いっぱいの子である。そうだ、
「俺は死んだのか?」
「はい、宇宙船の事故で。で、確認させてもらいたいんです。特定のシューハによる処理を望みますかー?」
「え…?しゅうは?」
「シューキョーってやつです。これがいろいろ面倒なんです」
女の子は、手持ちのメモをめくりあげる。
「いや…、特に無かったと思うけど。まあ、初詣とかする程度で」
少女の顔がぱぁっと明るくなる。
「じゃあじゃあ、私の担当です!えへへへっ!」
隣の金髪巨乳は、その胸と同じくらい大きなため息を漏らし、「じゃなんで、クリスマスとかやってんのよ…」と、ブツブツ言いながら消えていった。
ヒノモトと名乗る少女は、俺の手を握りながら、「そこが、私たちのいいところなんですよねー?」と毒っ気なく微笑んだ。
* *
彼女に連れられて、しばらく歩くと、同じ姿の少女に手を引かれる、一人の少年を見かけた。
「あの子も死んだのか?」
「はい」
と、ヒノモトは端的に答えて、
「でも、未成年っていうんですか、極楽の対象ではないんです。もう一回、ヒトに転生してもらうんです。あ、こういうの全部、みなさんの使っている言葉でいうと、ですけどねー」
「……俺は…?ここはゴクラクじゃないんだな?」
「えへへへ」
少女は始終、にこにこしている。それが無垢でもあるし、すべてを見透かしているような感じもした。
「俺は虫も殺したし、いい人間だったのか、自分じゃわからない。いろんな悪口も陰口も言ったし、沢山の人に迷惑をかけた。寄付したのなんかも人並みだ。親孝行もまだ全然…」
「なるほど、なるほどぉー」
少女は俺の話を楽しそうに聞いていた。
ふと、少女から視線を前に戻すと、目の前に巨大な門があった。
ヒノモトはその前にひらりと立ち、俺を見上げた。
「どんな悪いことをした人でも、それは、あちらでの罪です。人が人に決めた罪です。私たちは、そこは見ません。全く関係ないのです。逆に、どんなに偉いことを成し遂げても、それもあまり関係ないのです」
小さな胸をつんとつきだして、解説する。そして、一通の白い封筒を差し出した。
「はい、どうぞ」
「…?」
それを開ける間、彼女はこういった。
「この先、あなたが神様の序列に加わるか、もう一回、ヒトになるか、あるいは虫さんや魚さんになるかは、そこに書かれた数によって決まるんです。これが、一番大事なのです」
一枚の白い紙に、数字が書かれていた。
「ではでは、行きましょー」
門がゆっくり開いていく。眩しくて先は見えない。
「何の数だこれ?」
ヒノモトは笑顔で振り向いて、
「あなたが、『ありがとう』って言った数です」
と言った。
極楽の条件