「さみだれ」

二話以降、強い性描写、残酷表現がございます。ご注意ください。二話の「続・さみだれ」は時系列としては「さみだれ}の前になります。

「さみだれ」

ふりやまない五月雨の中、二人の旅人が街道を歩いていた。街道といっても、すでに山道に差し掛かり、雨をしのげるような人家はおろか、いい加減な山小屋もない。この二人が雨の中を歩き続けて、早くも一刻が立とうとしていた。
二人の足が棒のようになっても、なお容赦なく雨は容赦なく降りしきり、先頭の男が空を見上げて舌打ちする。そして後ろを歩くもう一人に声をかけた。「これだけ降ると解っていたら、ふもとの村で休むんだったな。」だが返事がない、振り返ると雨の中にもう一人の姿が見えない。ただでさえ視界が悪いのに、こんな所ではぐれたら一大事だ。しかし今まで登ってきた道を引き返すのも何やら億劫である。

旅人の雨具は壊れかけた笠と薄っぺらい蓑、連れの男の身なりも似たようなものだった。男は山道の脇に避け、登って来るであろう連れを待った。山道は早くも雨水が流れ込み、泥水で小川のようになっている。蓑を付けているといっても、男の着物は肩の辺から濡れており、膝から下は雨水と泥で汚れていて、不愉快極まりない。動いているうちは良かったが、一度立ち止ると疲れとともに寒さが襲ってきた。この日、空は曇り、太陽の姿を一度も見ていない。山に入ってからはさらに雲の厚さがました、これではしばらくお天道様の姿を拝むのは難しいに違いない。
少しの間、男は立ち止っていたが、いくら待っても連れの男は登ってこない。とうとう痺れを切らして、来た道を引き返した。濡れた山道に滑りそうになりながら下っていくと、男はひどく腹立たしくなってきた。

何故、俺があの男を連れて旅をしなければならないのか。元々縁もゆかりもなく、突然現れて、勝手にくっついて来た男である。武士として武者修行中であると自己紹介したのは立派であるにしても、自分との力の差は歴然で、相手に与えるものはあっても自分にとって得るものはほとんどない。勝手についてくるのは構わないが、なぜわざわざ俺が迎えに行かなければならないのか。

男は腹を立てながら道を下った。下の方に人影が見える、嫌になるほどゆっくりと動いていた。「おおいっ」男は怒声のこもった声で呼んだ。そこで立ち止まって待っていると件の男がよろめきながら近づいてきた。「すまない…。」変にかすれた声で詫びの言葉をつぶやいた。この男の名は夜霧丸という。先に歩いていた男は香澄重太郎という、他人はこの男を香澄と呼ぶ。香澄は下流の武家の出身だったが流行り病で家族を失った。若い彼は、家や家財を手放し、幾ばくの財産を持って旅に出た。用心棒や暗殺など、表ざたにはできない仕事に手を染めながら、食い扶持を稼いでいた香澄だった。その香澄にある日、夜霧丸と名乗るこの男が近づいてきたのである。


「寒いな」夜霧丸がそうつぶやくと後は押し黙ったまま歩いた。香澄は最初こそ夜霧丸の歩調に合わせていたが、余りの遅さに腹が立ち、手を引っ張って歩こうとした。その手が異様に熱い。驚いて顔を見やると眼には生気がなく顔色は青ざめている。夜霧丸は長雨に疲労が重なって高熱を出していた。香澄は夜霧丸に肩を貸してやると半ば引きずるようにして山道を上がった。雨足は強まる一方で着物は濡れてまとわりつくし蓑は雨水を吸って非常に重い、そこへ病人と来ている。香澄はやけくそになって我武者羅(がむしゃら)に先を急いだ。

しばらくして山村が見えた。村の入り口の一軒家で声をかけると、中から干からびたような婆さんが出てきた。聞き取りにくい言葉でいうには、この村の外れにお堂がありそこなら雨宿りができるということだった。お堂に着くとぐったりとしている夜霧丸を寝かせて、香澄は火を起こせるようなものはないか見回した。薄暗いお堂だが囲炉裏はある。村人の集会場所らしく端っこにはむしろや雑多なものが見える。香澄は凍えるような手で囲炉裏に火を起こした、休む間もなく濡れた着物を脱いでその辺に引っ掛けると、囲炉裏のそばにむしろを敷いて夜霧丸を寝かせてやった。相変わらず熱が高い、夜霧丸は意識こそあるようだが朦朧としていて声をかけても返事がない。いつの間にこんな状態になったのかと自分の不注意を棚に上げて香澄は腹立たしかった。

夜霧丸の着物もはぎ取ると、その辺に引っ掛けた。雨が止む頃にはどちらも乾くだろう。それにしても、と香澄は夜霧丸を見る。肩を貸した時から思っていたがこの男は随分華奢である。日頃ほとんど意識したことがなかったが、こうやって見るとまるで若い娘のようだった。近づいてよく見てみることにした、胸の辺は「醜い傷がある」といってキッチリとさらしを巻いているから良くわからない。背中の傷は武士の恥というが前の傷は特に隠さなくてもいいのではないかと思うが、本人が見せたくないというのであればと、特に気にしたことはなかった。

顔立ちは男の自分が見ても見とれるような美丈夫である。町を歩くと若い娘がすれ違いざまに振り返るのが解る。大抵は香澄ではなく夜霧丸を見ているのである。それを嫌って夜霧丸は深い笠を好んで着けた。髪は長く伸ばして後ろで一つに結んでいた。香澄はふと思って夜霧丸の髪をほどいてみた。その方が乾きも早くなるし、寝ていても楽だろうと思ったのである。

その時、朦朧とした夜霧丸が香澄を見ていることに気が付いた。鋭い鷹のような視線を感じて香澄は身を引いた。「大丈夫か?」と声をかける。夜霧丸は頷くと目を閉じた。あの鋭い視線は一瞬で消え、また苦しげな表情に戻った。夜霧丸は悪寒がするのか手足を引き寄せて身を丸めている。全身が震え、歯がカチカチと鳴る音がした。「夜霧丸、寒いのか?」問いかけても返事はない。雨のせいで空気は冷え切っており、香澄すら寒さに耐えていた。何かかけてやりたいがまだ着物は乾いていない。

少しためらいがあったが、着物が乾くまでと思って夜霧丸の身体を引き寄せた。背中から抱きしめると熱があるのに酷く震えている。このまま冷えると死ぬのではないか、という考えが頭をよぎった。
香澄は夜霧丸の身体にぴったりと身をくっ付ける、肩や膝が冷え切っていたのでそこを温めるように撫でていると、何を勘違いしたのか下半身が反応した。自分に男色の気は無いと思っていたが、女のような夜霧丸の身体にどうしてか興奮していた。髪をおろすと益々女っぽくなった、熱に浮かされた表情も色っぽいとしか言いようがなかった。香澄は疲れているのだと思った、だから男なんかに妙な反応してるのだと納得させようとした。だけど興奮は収まらない。

「夜霧丸、夜霧丸」何度も声をかけたがまるで反応がない。非常にまずい状態だと思ったが、男か女か調べるのには好都合だった。胸は夜霧丸がしっかりと腕を組んでいるため触れられない、残るは下半身だがこっちは今や褌で覆われているだけで手をのばせば簡単に触れる。香澄は夜霧丸の様子を伺いながらそろそろと下の方に手を伸ばした。ちょっとだけ、ちょっとだけ触ればわかる。そこに男のモノがあるのを確認すればトチ狂った自分の興奮も収まるだろうと考えた。股を覆う布に触れるか触れないかくらいの慎重さで香澄は探った。が、肝心なものが解らない。もう少し力をいれ、布ごしにそっと皮膚に触るようにして探るがやはり無い。香澄は慌てた、夜霧丸の顔を見るが寝入ってしまったのか変化はない。
香澄はもう少し大胆になった。夜霧丸の尻の方から前に向かってそろそろと手で探る。かなり前の方に来ても男である証拠がなかった。香澄は夜霧丸の表情を見ながら褌のわきから中に指を差し込んだ、すぐに毛の感触がある、香澄の心臓は激しく動いた。夜霧丸の肩を抱いた手に力がこもる。更に中へ指をのばすと濡れた肉の感触があった。

驚いた香澄はすぐさま指を引っ込めた。もう充分だった。夜霧丸は相変わらず苦しげな顔をしている。どうして気付かなかったんだろう…。どうして男のふりをしていたんだろうそういった疑問が次々と頭に浮かんだが、それ以上に打ち消せない狂おしい思いが香澄を支配していた。下半身から来る欲望、今自分の腕の中で無抵抗に眠っている女への欲望が香澄を苦しめた。男の性、若い雄としての本能といっても良いような激しい興奮が襲ってきた。その興奮に突き動かされるように香澄は夜霧丸の身体を動かした、丸めた身体をとき、こっちに向かせようとした。その時、自分の指先が視野に入った。先ほど夜霧丸の陰部を探った指だった。そこには赤黒い汚れが付いていた。よく見ると生々しい鮮血だった。

すっかり乾いた二枚の着物で夜霧丸の身を包んでやると、香澄は小降りになった雨を避けながら空を見た。外は真っ暗で月も星も雲で隠れて見えない。
冷たい風に顔をなぶられると少し気持ちが落ち着いてきた。夜霧丸が香澄を呼ぶ声がする、少し水を飲ませてやった方がいいなと思いながら、香澄は夜霧丸の許に戻った。

<了>2016年1月27日一部改定。

「続・さみだれ」

香澄重太郎は久しぶりに大きな仕事が成功して上機嫌であった。彼にいつの頃か連れ添っている男、夜霧丸に今日は呑もうと言い出した。
夜霧丸はあまり乗り気ではなかった、呑むのは構わないが香澄が行きたがっている場所は遊郭である。夜霧丸はそういう場所が苦手であった。
遊郭は嫌だという夜霧丸を香澄はなんのかんのと言って丸めこみ、あちこち冷やかしながら一軒の店に入った。

夜霧丸はすらりとして清潔感のあるなかなかの美男子であるのに、女に対して奥手なことこの上ない。
この日も店に入るや店子の遊女らの注目の的になってたちまち挙動不審になった。香澄にしてみれば羨ましい状況であるのに、当の本人は全く迷惑しているのである。
とはいえ香澄もなかなかの好男子だった。二人で並ぶと絵のように映えるがお互いそのことには全く気付いていないのであった。
部屋に案内されると夜霧丸はやっと落ち着いたようだ「どうしてそんなに女が苦手なんだ?」香澄は涼しい顔で尋ねるが、夜霧丸は上手く答えられない。
しばらく考えてから「見つめられると怖い」と本当の気持ちを吐露した。夜霧丸には香澄に気付かれていない秘密があるが、それを話すわけには行かない。
香澄は明るく笑うと徳利を差し出して「一度、寝てしまえば女の良さが解る」といった。

しばらくすると店の遊女達がにぎやかに入ってきた、夜霧丸はじわじわ部屋の隅っこに逃げようとする。それを引っ張り出して賑やかな宴が始まった。
香澄の払いが良かったのか、上等な酒と上等な女が来た。この店はなかなか悪くないなと思いながら、チラリと夜霧丸を見ると遊女に凝視されて慌てている。
「初心な男だ」と思いながらもここは遊女の才覚に任せておこうと考えた。

夜霧丸はそれどころではなかった、遊女はお酌をしに夜霧丸に近づくと、穴が開くほど彼の顔を見つめた。そして「貴方様は…男の方?」といった。
遊女は流石に失礼だと思ったのか、慌てて「いえ、あまりお顔が綺麗なものでしたから…」といって最高の笑顔を見せた。夜霧丸はこわばった笑みで返した。
やはりこういう仕事の者の眼は誤魔化せないと、夜霧丸は内心思った。酒も旨いし料理も旨い、久しぶりに暖かい寝床で寝られるのだから悪い気はしないが
しかし、褥をともにする遊女をどうあしらうかで夜霧丸は悩んでいた。そうこうする内に夜は更けていき、二人はそれぞれの部屋に案内された。
夜霧丸が案内された部屋は金の屏風に椿と雪の絵が描かれ、布団も紅に錦糸で美しい文様が織られていた。それを行燈の光が温かく照らしていた。
こういうところに、客として入ったのは初めてだと夜霧丸は思った。彼の相手をする遊女は非常に艶やかで、彼に好意を抱いているようだった。
彼は困った、このままだと彼女に恥をかかせてしまうし、かといって自分には何もできない。そう考えあぐねていたら隣の香澄が案内された部屋から女の艶めいた声が聞こえてきた。
非常に気まずい雰囲気に呑まれそうになって、夜霧丸は女を見た。女はニコリと笑うと彼に酒を勧めた。勧められるまま夜霧丸が酒を呑むと遊女はそっと近づいてきて、彼の耳元で囁いた「あなた、女の方でしょう?」夜霧丸は観念した。やはりこの仕事の者まで騙すことはできない、この程度の仕草や恰好で誤魔化せるのは香澄くらいなのだ。

困った夜霧丸を見抜いたのか「お連れの方も随分なことをなさるのね…。」と遊女はつぶやいた。「ご存じではないの?」夜霧丸はうなずくしかなかった。
「訳があるのです…。」それで全ての話は終わった、一緒に寝ましょう?誘う女と困惑する夜霧丸、彼女とどうやって夜を過ごせばいいのか解らなかった。
「私に任せて」と言われるまま着物を脱がされ襦袢だけになった。そして布団に誘われる遊女も豪華な帯を解くと身軽な姿になって彼の横に潜り込んできた。
よく見るととても愛らしい顔立ちの女の人だった。思わず見とれていると急に唇を奪われた、まさかそういう展開になると予想していなかった夜霧丸は、一瞬で頭が真っ白になり次の瞬間女を突き飛ばしていた。「キャッ」という声で我に返ると、慌てて女を抱き起した「すみません…。」胸がひどくドキドキしていた。

「良いのよ、貴女接吻は初めてなの?」夜霧丸は黙りこくっていたが首をふった、夜霧丸にも昔好きだった男がいた。
その男に身体を求められたことがあったが唇を重ねただけで逃げ出してしまった。あの時、逃げ出さなければと今でも後悔している。その男が死んでしまうなんて。
そのことがもしわかっていれば、夜霧丸はどんなに恐ろしくても彼に身をゆだねただろう。更に過去を思い出した、私は…自分が女だと思い知るずっと前から男の身体を知っている。
夜霧丸はそういった薄暗い世界で育った女だった。だからこの部屋は、彼女が産まれた世界とは比べ物にならないくらい温かくて明るかった。
夜霧丸は急に目頭が熱くなり首をふって思い出を振り払った、遊女はそんな彼をそっと包んだ。

「私はどうすればいい?」長い時間を経て夜霧丸はやっとそう呟いた「私に任せて下さる?」そういうと夜霧丸の首筋にそっと口づけした。あたしはお客さんを悦ばせるのが仕事なの。
そういって笑うと、夜霧丸の襦袢の紐をほどき肌を露わにした、綺麗な肌ねと言いながら撫ぜたりなめたり。流石、心得たもので心地がいい。
だけど…夜霧丸はこのまま流されていいのか不安だった。「私は男とは寝れないんだ」というと私は女よといって笑われた。夜霧丸が胸の膨らみを隠すために固く縛ったさらしを女は解く。
長く縛っていたのに胸はすぐ弾力を取り戻した。綺麗な形ねといって女はそれを優しく撫でた。その双丘の中央にある深い傷には目もくれなかった。過去にあまりの仕事の辛さに夜霧丸が自ら突き立てた刃物の跡だった、致命傷は免れたが傷は消えずにずっと残っていた。その傷のおかげで夜霧丸は辛い仕事から外された。

女の身体は女が一番良く知っている。とはよく言った物で、遊女は夜霧丸の身体を触りながら快楽の扉を次々とあけて行った。男に触られても何も感じなかった体のあちこちが、この女の手にかかると蕩けるような心地よさだった。夜霧丸は喉の奥から聞いたこともない甘い声が出そうになって思わず口を押えた。遊女は巧みに指を遊ばせながら
「声を出していいのよ、どうせ解らないわ」といって笑った。遊女は夜霧丸の上に被さると、乳房を舐めて乳首を吸った。左手はもう一つの乳房を揉み、右手は身体の下の方へ伸びる。
「ここどう?」といって触られた部分があまりに気持ち良くって泣きそうになった。「ねえ、貴女はあの連れの人の事どう思っているの?」甘い声で遊女が囁く。
「どうって・・・」夜霧丸には解らない、解ってはいけないことだった。「いちど、あの人に抱かれているって想像してごらんなさいよ。」遊女は愛撫の手を止めないでさらに囁いた。
夜霧丸はいわれるまま目を瞑って香澄のことを考えた。香澄に近づいて3ヶ月になるだろうか…。彼は私の仲間を殺した、私の恋人を殺した。
でも彼に罪はない。降りかかった火の粉を払っただけだった。彼はある要人を暗殺し、私の仲間はその要人暗殺に関わったものの命を奪うのが仕事だった。
そして、私も香澄を殺す使命を受けた。だけど香澄は強い。私の力では敵わない、それに香澄はいい男だ。たくましくて優しい、そばに居ると解る、あれは良い男だ。隣から香澄と遊女が交わってる音が聞える。
私も、私も香澄に抱かれたい。夜霧丸は遊女が遊ばせる指を香澄の指だと想像してみた。凄く気持ちがいい。想像だと解っていても、身体の反応が変わるのが解った。
「とろとろになったわよ。」いつの間に入っていたのか付け根まで濡れた指を見せられて夜霧丸は驚いた。今まで何をされても濡れるなんてことなかったのに…。
下半身に力が入って、体が仰け反る。欲望に火がついて夜霧丸の身体はもっと快楽を求めていた。「ちょっと待っててね」女は化粧箱を持ってくると中から玩具を出してきた。
「これまだ新品だから、貴女に使ってあげるわ」嫌だとか無理だとか言って逃げようとする夜霧丸を押さえて、遊女はまた彼女をとろかした。
この人にも敵わないと思って夜霧丸は彼女にされるがままになった。

男性のそれに似せた玩具が自分の中に入ることには抵抗があったが、ゆっくりと入り口からほぐされ狭い道を押し広げられていくと甘い声が喉から漏れ出た。
「可愛いわね」遊女は愛おしそうに髪を撫で、唇を吸った、夜霧丸も必死で彼女の唇を求めた。舌を絡めると不思議な気持ちになった。遊女は上半身を甘ったるく攻めながら
下半身では大胆に動いていた。夜霧丸の反応を見ながら、徐々に徐々に快感を高めていった。夜霧丸はもう声を押さえられなくなっていた、
呼吸が乱れ、初めて感じる狂おしい快楽の中で混乱していた。もっと快楽を求める気持ちと、このままいくとどうなるかわからない恐怖で板挟みになる。
「香澄さんだと思いなさい」遊女が耳元で囁いた。それが突破口になった、遊女の身体にしがみ付いて夜霧丸は泣き叫んだ。遊女は巧みに玩具を動かして
快楽の最高潮で夜霧丸を解放した。悲鳴に近い声を上げて夜霧丸は絶頂に達して果てた。果てた後もなお、やわやわと玩具を動かされ、夜霧丸はさらに呻いた。
この行為がこんなに気持ちいいなんて知らなかった。知りたくなかった。香澄の事を考えて自分が行き果てたなんて知りたくなかった。
夜霧丸がぐったりしているのを見ながら、遊女は妖艶な笑みを浮かべた。そして優しく彼女の肌を撫でた。もちろん二度目の絶頂に向けての愛撫である。


翌日、一晩中遊女に責め続けられてフラフラの夜霧丸を、二日酔いだと勘違いして香澄は遊郭を出た。
悪夢に近いような体験をして青ざめている夜霧丸を感心したように香澄が見つめた。「お前ってずいぶん…」その先は聞きたくなかった。
あっけらかんと晴れた日差しが二人を照らした。面目ないような情けないような気持ちでうつむいている夜霧丸に香澄が能天気に最後の一撃を放った。
「お前の相手したあの遊女、随分良い声をしていたなぁ今度は俺の相手してくれないかなぁ…。」

<了>2016年1月27日加筆修正。

「青葉木梟―アオバズク―」

秋の虫の音にまじって季節外れの梟の声がした。青葉木梟(アオバズク)である。
煌々と輝く三日月の光を避けてぐうぐうと鼾をかいて眠っているのは香澄重太郎、その横で目を覚ましたのは連れの夜霧丸である。
今夜も二人は野宿である。焚き火はすでに消えかけているが残暑の残りで夜はさほど冷え込まない。
また、梟がなく。夜霧丸はぎらりと瞳を輝かせてむくりと起き上がった。香澄を見やるが気付いた様子もない。
この男は一度寝ると深い。そんなことで刺客にでも襲われたらどうするのかと他人事ながら気にかかる。
夜霧丸は猫のように慎重に森の中に入っていった、人が一人歩いているのに数匹の虫が泣き止んだくらいで足音も何も聞こえない。
並みの人間には真似のできない芸当である。青葉木梟の声を頼りに夜霧丸は森の奥深くに入った。
ある木の下で立ち止まると口に手を当て「ほうほう」と同じ種類の梟の声を返した。木の枝が風になぶられてざわめく。
「夜霧丸、首尾はどうだ?」頭上から男の声が聞こえた。男の声といっても微かで訓練を受けた人間にしかわからない声だった。
夜霧丸は跪くと「香澄重太郎はすっかり私を信用しております。」と答えた「何故、早く殺さぬ?」男の声がする「隙がありません」夜霧丸は答えた。
「隙だらけのように思うが?」先ほどの香澄の寝入りっぷりが頭に浮かぶ。たしかに刺殺しようと思えばたやすいかも知れない、が夜霧丸は続けた。
「香澄重太郎を侮ってはなりません。」「掴みどころがなく飄々としておりますが剣の腕は一流、確実に仕留めるために機会を見計らっております。」
「それならば良い」木々の間から男の声が続く「しかし、余りに時間をかけすぎておる」冷たい夜風が夜霧丸のそばを通り抜けた、ぞくりと総毛立つ。
「夜霧丸、お主はあの男を殺す気があるのか?」後ろに黒装束の男が立っていた。夜霧丸は振り返らない。微動だにせず答えた。「当たり前です」
「香澄は私の仲間と婚約者・・を殺しました」「使命は果たします」声が震える、後ろの男の殺気はただ事ではない「そうだ。解っているのならさっさと殺せ」
夜霧丸の首に冷たい感触が走った。殺気は消えている、そして黒装束の男もいつの間にか消えていた。
森の中で一人夜霧丸だけが震えていた、よく見ると赤い血の線が首を一周している。彼の首には髪の毛よりも細い鉄の糸が巻き付いていたのである。
恐らく身動きでもしようものなら鉄線が皮膚に食い込み頸動脈を切っていただろう。
夜霧丸は震えが止まらなかった、いつの間に鉄線を巻き付けられたのか全く分からなかった。

朝になった。目を覚ました香澄は大きなあくびをして夜霧丸を探した。普段の夜霧丸は自分よりも早く起き出して香澄を叩き起こすのに、今朝は足元で丸くなって寝ている。いつもの仕返しに蹴ってやろうかと思ったが止めた。夜霧丸は男のふりをしているが女である。
本人は隠しているし、香澄自身も偶然知ってしまったため、そのことを打ち明けられないままになっている。
だけど、相手が女だと思うと勝手が狂ってしまう、なんとなくぎくしゃくした感じになってしまうのである。
香澄は気を取り直して「夜霧丸!朝だぞ!」と言った。飛び起きた夜霧丸の頭に枯葉がくっついている「いつの間に朝になったんだ?」夜霧丸は慌てて身支度をはじめた。
「枯葉が付いているぞ」夜霧丸の頭に香澄は手を伸ばした。真正面に夜霧丸の顔がある。こういう瞬間が嫌だった。
さっさと枯葉を落とせば済むのに、目が夜霧丸の顔に釘付けになる。男だと思い込んでいた時から美男子だと思っていたが、女だと解ると余計に気にかかる。
今日の寝起き顔も愛らしい。香澄は視線を無理やり引き剥がすと、何食わぬ顔で枯葉を取ってやった。「ありがとう」と言われるとやけに照れ臭い。
香澄はそっぽを向いて自分の身支度を始めた。

夜霧丸はそんな香澄をじっと見ていた、ある日からこの男は何か変わった。自分に対する態度が何か違う。
たぶん、気付いたのだろう。私の正体を。少なくとも女だということは。・・・好都合かもしれない、香澄は戸惑っている。上手くいけばこの男を・・・。
夜霧丸はそこで考えるのを止めた。夜霧丸自身も自分の気持ちが変化していることに気付いていた。自分が女であることを香澄に早く知ってほしかった。
香澄はどう反応するのだろう、受け入れてくれるような気がした、その先はどうなるのだろう?そう考えると心が躍る。夜霧丸は香澄に恋をしていた。
しかも、これまでの人生で自分から好きになった男は香澄が初めてだった。死んだ婚約者は先に相手から好意を表した。すこぶる真面目で紳士的な男で夜霧丸もだんだん好意を持ち、恋仲になった。
しかし、それ以上踏み込むことができなかった。夜霧丸は幼い時から美しく、それを大人に利用された。忍びの術を仕込まれ、美しさを利用して敵に近づく技を徹底的に教えこまれた。
そのため夜霧丸がもの心つくころにはもう男の身体を知っていた、それは不快で思い出したくない経験でしかなかった。
いまでも夜霧丸は、男が持つ女への欲望に激しい嫌悪感が消えない。それは真面目で優しかった婚約者に対しても同じだった。
香澄が相手だったらどうなのだろうか。夜霧丸は思い悩んだ。彼だったら大丈夫ではないだろうか。そんな予感がした。しかし「香澄を殺せ」という先ほどの黒装束の男の声が頭の中に響く。「どうすればいい…。」夜霧丸は深く悩んでいた。

「どうした?」ぼんやりとしている夜霧丸に香澄が恐る恐る声をかけた。適当な茶店で朝食にあり付けたのに夜霧丸は一向に手を付けない。
昨日、上手く眠れなかったんだ。と適当な嘘をついた夜霧丸は慌てて朝飯を食べだした。「ふうん」香澄は不思議そうに夜霧丸を見る。
二人のあてどない旅はもう半年になろうとしていた。香澄はお喋りで自分の事、家族の事、出身地の事なんでも話した。一方、夜霧丸は自分のことを一切話さない。
話しても半分以上が嘘だった。香澄はそれすら無邪気に信用していた。夜霧丸が拍子抜けするほど屈託のない男であった。

いつかの剣を握った時に見せた修羅のような表情が嘘のようだった。

半年以上前のある夜、香澄は黒装束の三人の男に襲われた、その男らは無言で香澄に切りかかり、二人まで切り殺した後、致命傷を受けた最後の一人を香澄は捕え
何のつもりだと詰め寄ったことがあった。しかしその男は自害。香澄はその三つの死骸を打ち捨ててその場を去った。恐らく香澄の口封じのために来た刺客だろう。
はて、どの仕事か…?香澄は以前に請け負ったいわくありげな仕事を五つばかり思い出したが切りがないので止めた。どうせ解らない。
三人の男が香澄に殺された時間は月が雲に隠れてまた出てくるほど。ほとんど一瞬で勝負がついた。

その様子を木陰から見つめる二人の人間に香澄はとうとう気が付かなかった。香澄が去ってずいぶんしてからその死骸の許に駆け寄った陰があった。
夜霧丸である。一人の男の死骸をつかんで名を呼んだがすでに事切れている。もう一人木陰に隠れていた男が出てきて死骸を片づけるように命じた。
夜霧丸も男もみな一様に黒い装束に身を包んで、顔も目元まで隠している。死骸は素早く片づけられ、そこでは何も起きなかったように元の落ち着きを取り戻した。

その数日後、香澄は夜霧丸という男に出会い一緒に旅をすることになるのである。

今朝から夜霧丸の様子はおかしかった。気になって仕方がない香澄だがどうにも声のかけようがない。ぶらぶらと町を歩きながら饅頭屋やら小間物屋やら覗き見していた。
「(夜霧丸のやつ何を難しそうな顔をしているんだろう、もし髪を下したら随分雰囲気が変わるだろうな、そういえばあいつ首に手ぬぐい巻いてるけどどうしたんだ?お!あの着物なかなか美しいな…。)」などと香澄の思考はとりとめがない。そんなことを考えていたものだから、夜霧丸がふと目を止めた小間物屋に自然と目が行った。
何を見ているのかと思えば櫛だった。そういえば夜霧丸はいつも手櫛で髪をまとめている。器用に綺麗にまとめるが、たしかに櫛があった方が楽かもしれない。
「なかなかいい櫛だな」香澄の口からそんな言葉が出た。そしてさっさとその櫛を買ってしまったのである。
「どうするんだそれ?女ものだぞ?」夜霧丸の言葉で香澄は気付いた。なるほどよく見れば女ものである。ぼんやりしていたのは自分も同じらしい。
ただ何となく夜霧丸が髪をおろし艶やかな着物を着ればこういう櫛も映えるんじゃないかとそう思ったのだった。
男ものに変えてもらおうかと思った香澄だが思いとどまった。ちょうどいい機会だと思った。「そうだな、好きな女ができたら贈るとするか。」夕日が二人を照らした。

その日は野宿ではなく宿が取れた。

荷物の番をすると言って、夜霧丸は香澄を先に風呂に行かせた。金やなんかは番台にでも預けてもいいのだが、誰かが部屋に残っている方が物騒でない。
香澄が戻ると入れ違いに夜霧丸が部屋を出た。階段を下る音がする、この宿場町は賑やかでこの宿も満室に近い。あちこちで人のざわめきが聞える。
宴会をしているのか三味線や太鼓の音なども微かに聞こえる。そんな中、香澄は先ほど買った櫛を取り出した。贈るなら早い方が良いだろう。
上手くいけば今夜…そう考えるとうずうずしてきた。心臓が高鳴って妙に落ち着かなくなった。たぶん夜霧丸は受け取ってくれる、そして男の装いを脱いでくれるのではないか。
わくわくして仕方がなかった。早く戻ってこないかと廊下をのぞいたり、あまりに様子が奇妙だと、返って良くないのではと冷たい空気を吸いに外に出たりと、とにかく落ち着かない。
そのうちだんだん心配になってきた。時間がかかりすぎているような気がする。気のせいだと思いながら部屋をぐるぐる歩いた。そのうち貴重品だけ懐に入れて部屋を出た。

風呂は一階にある。香澄は泊り客をかき分けて夜霧丸を探した、若い夫婦や老人、子どもや行商人風の男まで様々な客が歓談している。
若い娘も多いが夜霧丸は見当たらない、香澄は心配になってきた。まだ風呂から上がってないのだろうか。
この男、妙に勘が働く男で、ふと見ると人気が少なくなった暗がりに、若い男が数人集まっている。ぴんときた香澄はそっとそばに近寄った。
一人の若い男が香澄に気付き目で「去れ」と合図する。香澄は軽く愛想笑いを浮かべて、男らの隙間から中に夜霧丸が居るのを確認した。
「どうかしましたか?」香澄は何食わぬ顔で男らに声をかけた。男達が香澄をいっせいに見る。「こいつは私の連れです何かございましたか?」
香澄に気を取られた隙に、夜霧丸はさっと男らの群れから抜け出し香澄の後ろに隠れた。息が荒い、手首を押さえているのは男らにきつく握られたのか?
そう思うとかっと頭に血が上った。喧嘩は好まないが、これにはどうにも腹が立った。
「なに、そのお嬢さんにちょっと用があってね」不幸なことに男らは、香澄が一人なので気が大きくなったようだ。「先に部屋に戻っていろ」香澄は夜霧丸に言った。
言いながらも男らから目を離さない「でも・・」夜霧丸は躊躇しながらも少しづつ香澄らから離れる。その瞬間一人の男が香澄に殴りかかった。
酒でも呑んでいるのか軌道が甘い。香澄はなんなくかわすと逆に鳩尾に一発くれてやった。もう一人が後ろから襲ってきた、首を軽く曲げて避けると
行き場を失った相手の腕をつかみ関節とは逆にねじり曲げる。「ぎゃ!」という悲鳴が上がった。折ってはいないが相当な痛みだろう。
残りは三人…どう出て来るか香澄は悠然と待った。後ろがざわめいている。くつろいでいた泊り客が騒ぎに気付いてざわめいているのだ。
そうこうするうちに店の者が駆けつけてきた。間を取り持って騒ぎを鎮める、相手の男らはとっくに戦意を喪失していたらしく、さっさと帰っていった。
香澄はほっとして、騒ぎを起こしたことを店の者に詫び、部屋に戻った。

部屋で夜霧丸は泣きそうな顔をして待っていた。その顔を見ただけで何か報われた気持ちがした。夜霧丸は駆け寄るとしきりに香澄の身体を心配した。
大丈夫だと解るとほっとしたのか、へたり込んでしまった。そして風呂から出て来たら、あの男らに目をつけられたこと、逃げようとしたが逃げられなかったことを話した。
よほど怖かったのか涙で目が潤んでる。可愛いなと香澄は改めて思った、洗った髪を乾くまで肩におろしているさまは本当に綺麗だった。悪い奴らが目をつけるのも解る。

香澄は夜霧丸の肩に手をかけ引き寄せた。驚いて振り向いた夜霧丸に有無を言わさず接吻する。夜霧丸の身体がこわばったのが解る。が、無理に振りほどこうともしない。
香澄は夜霧丸の唇をゆっくり味わってからそっと放した。夜霧丸の眼からは涙があふれて落ちた。それが嫌なのか急にそっぽを向いてうつむくと「どうして・・」と尋ねた。
「これを」香澄は懐から先ほどの櫛を取り出した。「使ってくれると嬉しい」我ながら見事な口説き文句である、香澄は若干悦に入った。
夜霧丸は櫛を見つめ、香澄の顔を見た。照れる…。照れるから何か言ってくれ。香澄は出した櫛を引込めたくなった。
「香澄・・・」夜霧丸はつぶやいた「これは女ものだ」いや、それは解っている。「私がもらっていいのか?」もちろんという意味を込めて何度も頷いた。
「ありがとう」夜霧丸は櫛を受け取ると長い間それを見つめていた。じれったい・・いっその事、押し倒そうかという思いが何度も胸をよぎる。

香澄は夜霧丸ににじり寄った。それを察知した夜霧丸はさっと立ち上がった。くそ、こいつ、往生際が悪いぞ。「香澄は、俺のことを知っているんだな?」
ぎりぎり手が届かない所に夜霧丸は立っている。持久戦は嫌だ。「女だってことか?」
女という単語を聞いて夜霧丸はぴくりとしたが、やがて頷いた。顔がほんのりと赤く染まっていく。

くそう、めちゃくちゃ可愛い。香澄は立ち上がると夜霧丸に近づいた「待って!」待ってなどいられない「待てってば!」もう充分待っただろ?
壁際まで追い詰めると、困惑した夜霧丸を見下ろす形になった。櫛を両手で握って胸のへんでしっかりと持っている。もう逃がれる場所はない「待ってよ…。」
力なく夜霧丸は言った「もし、女を抱きたいだけなら、私には手を出さないで…。」そんなわけあるか。香澄は言い放った「俺は夜霧丸が好きだ」たぶん。
「夜霧丸は俺のことが嫌いなのか?」うつむいていた夜霧丸が顔を上げた。そしてゆっくりこういった。「もし香澄に抱かれたら、お前を好きになってしまう」「でも、私は遊び女じゃない」「だから、良く考えて・・」
最後の方は聞き取れるかどうかの微かな声だった。
「わかっている」香澄は夜霧丸をそっと抱き寄せた。夜霧丸は無抵抗だった「夜霧丸が俺と夫婦になりたいって思うんなら、夫婦になるよ」夜霧丸は答えない、手だけが香澄の着物を強くつかむと「私を守って」と絞り出すように言った。

裸の夜霧丸はやはり綺麗だった。前に本人が言っていた通り、胸の中央に深い傷跡がある。「どうしたんだ?」と尋ねてみたが「今は教えられないの」と言ったきりだった
窪んだ傷跡に舌を差し込んで舐める。空いた両手で胸を揉んだ、凄くいい。良すぎてどうにかなりそうだ。夜霧丸は緊張しているのか身体が固く微かに震えている、
力を抜いてと何度言っても出来ないと言って首をふった。男の経験があまりないのだろうか?上半身をたっぷり愛撫してから下半身に指を伸ばした。
遊郭の女ならとろとろに蕩けている頃なのに、夜霧丸の身体はほとんど反応してない。「気持ち良くないのか?」と聞いても「ごめんなさい。私の身体おかしいのよ」と返ってくるだけ。
指でどんなに丁寧に触っても濡れて来ない。弱ったな…香澄の方は今すぐにでも繋がりたいのに夜霧丸の身体が応じてくれない。
「気にしないで・・」そう言われて合わせてみるが、無理に差し込もうとすると明らかに痛そうだ。案じた夜霧丸は「自分でやってもいい?」といって香澄の上に乗った。
夜霧丸は無理やり、香澄のものを自分の中に入れようとした。香澄はどうという事もないが、夜霧丸が押さえ込んでいる声は明らかに苦痛の声だった。
「もういい、止めろ」といおうとした瞬間、夜霧丸の手に何かが握られているのが解った。月影に刃がぎらりと光った。
香澄の胸めがけて、刃を突き立てようとする夜霧丸の手を、反射的につかんだ。「何をする!」そのまま組み伏せると、変な方向で捕まれた夜霧丸の手首が
ぐしゃりと香澄の手の中で嫌な音を立てて壊れた。それとともに握られた短刀が落ちた。右手首を折られたにもかかわらず、夜霧丸は無言だった。
夜霧丸はそのまま香澄を付き飛ばした。「早く逃げて!!」瞬間、夜霧丸の白い肌に無数の細い黒い筋が入った。さらにそこから黒い液が見る見る広がり滴り落ちた。「夜霧丸?」
香澄はその時、初めて天井裏に何者かが潜んでいたことに気付いた。着物と刀を引っ掴むと、窓から外を見た。何者かが屋根伝いに走り去る。
その男を香澄は追わなかった、夜霧丸の傷は思った以上に深く口から血の泡が出ている。「ごめんなさい、ごめんなさい」と泣きながら言うのを喋るなと一括して
ありあわせの布で血が止まるように固く縛った。「しっかりしろ!」香澄は夜霧丸が死なないことだけを願った。

夜霧丸はかろうじて一命を取り留めた。

傷が癒えた頃には、夜霧丸は美しい娘の姿もするようになった。名前も夜霧と改めた。香澄重太郎はすこぶる上機嫌だった。夜霧は美しく、気立てがよく、その上香澄を心から愛していた。後は香澄を狙ったあの黒い影を追い払うだけだった。

夜霧丸が打ち明けたのは、香澄のある仕事が表に知れることを恐れる者がいること、そのため夜霧をはじめとした忍びの者に暗殺を命じたということだった。

「今や私も香澄と同じ、命を狙われる運命だよ」そういうと夜霧はニコリと笑った。
香澄はその笑顔を守るために、彼女を魔の手から必ず守ろうと誓った。


<了>2016年1月27日加筆修正。

「夜霧」

ある旅籠の橋のたもとに立て看板が立っていた。数人の旅人がチラリと見ながら通り過ぎる。一人二人が足を止めじっくりと見ている。
少し離れた場所から数人が眺め、熱心に話し込んでいた。一人が足を止めると人が集まってくる、だんだんと人だかりがして立て看板が見えなくなった。
そこに通りかかったのが二人の武士、名は香澄重太郎と夜霧丸である。香澄は人だかりに目もくれずさっさと通り過ぎようとしたが夜霧丸に袖を引かれて立ち止った。
「どうした?夜霧丸」香澄は立ち止って人だかりを見た。「随分と武士が集まっているな…。」夜霧丸は深い編笠ごしに呟いた。
なるほど香澄らと同じく腰に長いものを差し、編笠を被った素浪人らしき人影が多い。微かに用心棒という声が聞こえる。香澄は眩しげに看板を見ると「行こう」といってその場を去った。「その辺で聞けば何かわかるだろう」
香澄のいう通り旅籠中がその看板の話で持ちきりだった。宿を取るついでに聞くと、近くの町のある屋敷で用心棒を雇いたいという話があり、それを聞いて武士たちが集っているのだという。
香澄も剣の腕には自信がある。話を聞いて「面白そうだな」と不敵に笑った。「冷やかしは良くないぞ?」夜霧丸は香澄の眼が妙にぎらついているのを見て心配になった。
二人はずっと旅をしている。どこか一定の場所に留まるという考えは香澄には無いようだった。夜霧丸もそれに不満はなく香澄の後を付いていくだけだった。
しかし、香澄のいった言葉は意外なものだった。「いつまでもこうやって旅を続けているわけにも行くまい。」そういって宿の部屋で用意させた酒を一口呑むと「用心棒の話はあちこちにあったが、大抵賭博場だの怪しげな所ばかりだった」といった。夜霧は黙って香澄を見つめた、この男がそんな事を考えていたとは思わなかった。宿部屋の窓から涼しい秋風が入ってくる。行燈の光がゆらめき、暮れていく夕べの暗闇の中でその光がだんだん強くなっていった。香澄はその火をじっと見ていた。「この話の雇い主は商人らしいな。なんでも盗賊らから家財を守りたいとか。こんな宿場まで看板を出すなんて、人集めと共に盗賊らへのけん制だろうな…」夜霧丸は空になった香澄の杯に酒を足した。「しかし、どうして急にそんなことを考えたんだ」「香澄は一所に留まるのは好かぬのではないのか?」盃を舐める香澄を夜霧丸はじっと見つめた。「一人ならばな…」ぽつりと香澄は呟いた。
「これから冬になる」ふいに香澄は顔を上げると夜霧丸を見つめた、急に視線が合って慌てて夜霧丸は眼をそらした。香澄は夜霧丸の顔を見、腹を見た。夜霧丸は目の端でその視線の動きを追うと顔が赤くした。香澄は夜霧丸の身体を案じているのだと気付いた。夜霧丸は男の身なりをしているが女である、それも女忍者として訓練を受けている。最初は香澄を暗殺するため男として近づいてきた夜霧丸だったが、共に旅を続ける内に香澄を愛するようになってしまった。香澄もひょんなことから夜霧丸の正体を知ってしまう。いつしか二人はお互いに惹かれあうようになった。「冬になるからなぁ・・」香澄は誰に言うでもなく呟いた。そして空になった盃を床に置くとおもむろに夜霧丸を抱き寄せた。二人が男女の仲になってから数か月がたつ。まだ夜霧丸の身体に異変は起きてないがいつ何が起きてもおかしくはなかった。たしかに冬になれば厄介かもしれない。

夜霧丸にとって香澄を愛することは、忍者として育てられた自分の人生を辞めることであった。それは仲間を裏切ることであった。忍びの社会では仲間を裏切ることは許されない。
裏切り者は口封じのために刺客が送られ必ず殺された。夜霧丸もその役をやったことがある。それはたいへん恐ろしい出来事だった。
夜霧丸がその恐怖を断ち切り香澄と生きようと決心した理由はただ一つ、香澄の剣の強さを信じたからだった。それでも一つの所に留まるのは危険だと夜霧丸は考えている。

女好きの香澄は毎晩のように夜霧丸の身体を求めた。夜霧丸も香澄に女として求められるのは嫌いではない。むしろ嬉しかった、しかし…。
「夜霧は相変わらずだなぁ…。」寝具の上でたっぷりと夜霧丸の身体を愛撫しながら香澄は呟いた。彼の指は随分長いこと夜霧丸の足の付け根をまさぐっている。最初に比べると随分ましになったものの、そこはまだ充分に湿っていない。「ごめんなさい・・」夜霧丸は辛くなって謝った。
毎晩好きな男に抱かれているのに、夜霧の心に反して身体は香澄の侵入を拒否し続けていた。「いや、謝るのは俺だよ、上手く導いてやれなくてすまない」
だいたい香澄がこういうことを言い出すのは、俺はもう我慢が出来ないという合図だった。「お前の中は最高なんだけどな…。」そういうと香澄は身体を起こすと、夜霧の顔に背を向ける形でその身体にまたがった。そして夜霧の腰に腕を回して少し持ち上げる。夜霧が両足を開くと、香澄の指がその中央の茂みをかき分けて女の部分むき出しにする。
そして顔を近づけると丁寧にそこを舐めはじめた。夜霧の喉からああ・・という声が漏れる。そこを舐められるのは嫌いではない、嫌いではないが死ぬほど恥ずかしかった。
香澄は舌で女の穴を探り当て、ぐいとねじ入れた。中を舐めながら夜霧の声に耳すます、少しでも反応のある部分を探すためだ。さらに口中の唾液を集めて夜霧の膣内に注ぎ込む。
それを舌で塗り広げて行くと微かに水音がし始める、それでも泉から溢れ出るというには程遠い。香澄はできるだけ奥まで舌を押し込み、中を唾液でぬらした。さらにたっぷりと唾液を注ぎ込む。夜霧の喘ぐ声も聞こえるし、何よりもう我慢の限界だった。「いいか?」香澄は夜霧の方に向き直ると尋ねた。答えを聞く前からもう香澄の硬くなった物は夜霧の女の穴の入り口をもてあそんでいる。夜霧は答える代りに香澄の首に腕をからませて頭を抱き寄せると唇を重ねた。香澄の男の物が夜霧の身体にゆっくり入ってきた。先ほど唾液で濡らされた入り口から中央までは順調に入って行く。香澄は硬くなった物の先端から中ほどまでを使ってゆっくり動かした。
夜霧は緊張しているのか身体に力が入っている、首に回された腕からもその緊張が伝わってくる。身体から力を抜けと何度も言っているのにこの癖は取れないようだった。香澄も夜霧の口を吸いたっぷり舌を絡めあわせると、身を起こした。夜霧の腕が香澄の首からほどけて落ちていく。
上体を起こした香澄は本格的に夜霧の体内を味わう体勢になった。香澄にとっては極楽、夜霧にとっては地獄の宴の始まりだった。

さきほど夜霧は香澄の唇を吸いながら、中に入ってくる彼の身体の一部を感じていた。入り口の方は唾液が潤滑油になってさほど違和感はない。
だけど何度か浅めの往復を繰り返されて潤滑油の効果が減ってくると、だんだん肉同士がこすれ合う感覚が強くなってきた。その時、香澄が上体を起こした。夜霧は早く終わってほしいと願った。身体の深い部分に男の物が入ってくるのがハッキリわかった。膣の肉が奥に向かって引きずられている。夜霧の体内は悲しいくらい乾いていた。香澄が腰を引いた、今度は膣の肉が引きずり出されるような感覚を覚えた。「大丈夫か?」香澄が尋ねてきた「大丈夫よ…。」嘘だった。それを聞いて安心したのか香澄の物が先端から根元まで入ったかと思うとすぐさま引き抜かれる。夜霧は声を殺した。往復が何度か繰り返されるとその感覚はだんだん痛みになってきた、夜霧は両手で顔を押さえた、痛みで涙が出てきたのだ。「痛い」と叫びそうになる声も殺した、ただ苦しい息が漏れ出るのは抑えられなかった、その息を香澄が喘ぎ声だと勘違いしてくれるのを願った。

一方、香澄は夜霧の身体を楽しんでした。夜霧には物足りない濡れ具合も香澄にはさほど関係がない。夜霧が痛みを隠しているのは薄々解っていたが、腰の動きは止められなかった。
夜霧は歯を食いしばって尻の肉に力を入れた。香澄の呼吸に合わせて膣の締め具合を変える、たちまち香澄の呼吸が激しくなった。夜霧は元女忍者である、当然のように床技も仕込まれた。男を虜にするために仕込まれた技を香澄に使うことに強い抵抗があったが、女として不十分で人並み以上に面倒をかける自分に、香澄がいつか愛想をつかすのではないかという漠然とした恐怖感が香澄と肌を合わすたびに募っていった。彼女は見捨てられる恐怖感に負けてしまい遊女のように身体に染み込まされた床技をそっと香澄に使うようになった。

この夜もその効果はてき面だった、夜霧が香澄の腰の動きに合わせて膣の肉を動かすと、その隠微な動きに香澄はあっという間に虜になった。
香澄は獣のように叫ぶと夜霧の身体を貪るように腰を動かした。早さを増して腰を動かされると夜霧の体内はボロボロになりそうだった。それでも膣を締め上げて摩擦を強くする。
夜霧が目を瞑ると唐突に過去の暗い記憶が甦った。二度と思い出したくないその記憶に身体の芯が氷のように冷たくなった。驚いて目を開けると完全に陶酔した香澄の顔が見えた。
「今、自分を抱いているのは香澄だ」「私の身体で香澄が喜んでいる」「香澄を悦ばせている」そう強く思うことで彼女は辛さに耐えようとした。
香澄の呼吸がだんだん荒くなる、もうすぐ快感の絶頂が来そうなのだろう。夜霧は一そう集中して腰と膣を巧みに動かした。香澄の物が夜霧の子宮を深く突き上げる「夜霧!夜霧!」と香澄の声がもう限界を告げている。夜霧は巧みに強弱をつけて締めていた膣を思いっきり締め上げた。「うわぁぁぁぁぁぁっ!」香澄が大声で叫んだその瞬間、限界まで膨れ上がった男の物の先端から精液がほとばしり出た。そのまま香澄は夜霧の子宮を突き上げる、そのたびに熱い液が噴き出していく。香澄はもう夢中で腰を動かした。快感のあまり正気を失いそうな香澄とは反対に、激しい痛みに苦しんでいた夜霧も耐えられずに叫んだ、その言葉にならない叫び声の意味は今の香澄には届かない。香澄の体内から出て子宮から溢れ出した精液が夜霧の膣を湿らせた。その湿り気を頼りに夜霧は膣を絞めつづけた。
やがて香澄が荒い息とともにぐったりと夜霧の身体の上に倒れ込んだ。精を吐きつくした物を夜霧から抜こうともしない、こうなると香澄はしばらく声も出せなくなる。夜霧はほっとした、今夜の宴も無事に終わったのだ。
夜霧は恐る恐る身体から力を抜き、腕の動きを確かめると香澄の身体に触った、いつもながら驚くほど汗ばんで熱くなっている。その肌を優しく撫でる。夜霧は香澄を心から好きだった、彼に抱かれるたびに下腹部は痛んだが、それ以上に香澄が愛しかった。ふいに夜霧は自分の涙に気付いた。慌てて香澄が気付く前にそっと拭った、要らない心配はかけたくなかった。香澄が良ければそれでいいと思った。

しばらくして香澄が怠そうに起き上がった。それに合わせて夜霧も乱れた寝巻を直しているとふいに香澄が謝った「すまん。また泣かせたな・・」夜霧が驚いて首を降る。しばらくうつむいていた香澄が急に顔を上げると夜霧を抱き寄せた。反射的に身を固くした夜霧の口を吸い、それどころか目の下を舐めまわした「しょっぱい」。香澄の身体をそっと押し戻すと夜霧はほほ笑んでいった「あんまり気持ちよくって泣けてきちゃったのよ・・」今夜の二度目の嘘だった。香澄はじっと夜霧の眼を見つめた、そんなに見つめられると嘘を吐いた口が胸を締め付けてくる。「おまえの胸の傷…自分で付けたんだったっけか…?」胸が更に痛んだ、夜霧には二つの乳房の中央に深い傷跡がある「その時の話を聞かせて欲しいな。」今度は夜霧がうつむいた、本当のことは話したくなかった。「アタシが女忍者だったってことは知っているわよね」香澄がうなずく「仕事で、好きでもない男の人と寝ることもあったの、それが辛くて、もし身体に傷がついたらそういう仕事から外してもらえると思って・・」それで・・・。

「たしかにお前は綺麗だものな。」香澄がそっと近づいてくる「だけど、それで心臓を狙うのか?」どきりとした。ただ身体に傷をつけるだけなら別の所を浅く傷つけるだけでも良かったのではないのか?香澄はさらに問いかけてくる。夜霧は困った、今までずっと避けてきた話題だ「場所もそうだが傷が深すぎる…。間違えたら致命傷だぞ。」その通りだった。
その時、夜霧は未来をかなぐり捨てようとしていた。ぞくりと寒気がしてまた身体の芯が冷たくなった。昔の記憶を思い出しそうになる、嫌だ・・出てこないで。
香澄が腕を伸ばした、逃れるように夜霧は後ずさった「思い出したくないの!」だが抵抗むなしく香澄の手に足首を捕まれそのまま抱き寄せられた「何があったんだ?」香澄の胸の鼓動が聞こえる。夜霧の脳裏に消えて欲しい過去の記憶がまざまざと甦ってきた。

ああ、私は・・
私はなぜ、女になんか生まれたんだろう。

夜霧は両親を知らない。捨て子か、両親が死んだのか、それともどこからかさらわれて来たのか、夜霧がもの心ついたころにはもう忍者の隠れ里で暮らしていた。忍びの術を教え込まれ暗殺者として育てられていた。彼女の美貌はお墨付きだったから、どこかの遊郭の女が産んだ子どもなのかも知れない。自分の両親は誰なのか色々な人に聞いたが解らなかった。誰も本当のことを知らないのだ。
その里では少なからず、夜霧と同じように親の解らぬ子がいた。皆、暗殺者として忍びの術と武芸を学んでいた。誰もがそこに誇りを持っていた。夜霧もそうだった、何の疑いもなく優秀な忍者に憧れを持っていた。

彼女には育ての親が居た。夜霧という名前を与えてくれたのもその男だった。本名は今も解らない、ただ彼女はその男を師匠と呼び、心から慕っていた。
その男は親のいない子を忍びの者として育てる役目をしていた、だから夜霧だけでなく多くの子どもたちが一つの家族のように暮らしていた。たとえ疑似家族だったとしても夜霧にとっては数少ない幸せな時代だった。師匠は忍びの術だけでなく生活を通して家事全般や、女としてのたしなみも教えてくれた。
夜霧は師匠に褒められることが何より嬉しかった。夜霧は彼に見たことのない父の面影を重ねていたのかもしれない。師匠に褒められるために人一倍努力した。
女だてらに武術が使えるのもそのためだった。何事も一番であれば師匠が褒めてくれる、嫌なことでも我慢すれば師匠が褒めてくれる。だからなんでも頑張れた。

その師匠に夜霧は処女を奪われた。

それはある日師匠が夜霧に「一流の女忍者になりたいか?」と尋ねてきたことから始まった。一も二もなく夜霧はうなずいた。それも満面の笑みで。女忍者になる。それにどんな意味があるのかは全く知らなかった。ただ忍者になるということがこの里の皆の目標で、自分は女だから女忍者になるのだとしか考えなかった。「そのためには辛い修業もあるが頑張れるか?」師匠はさらに尋ねてきた。修業ならいくらでも受ける「一流の女忍者になったら師匠は褒めてくれる?」無邪気に喋っていた。「もちろん褒めるさ」その言葉が嬉しくてたまらなかった。

その日から師匠に人影のない部屋に呼ばれることが多くなった。まだ初潮が来る前だったと思う。「女忍者は、敵の男を思うままに操れるようにならないといけない」
「だから男の身体や、心の仕組みをよく覚えるんだぞ」そういって師匠は二人きりの所で着物を脱いだ、初潮が来るか来ないかの思春期に差し掛かっていた夜霧は驚いた。
間近で、裸の大人の男の人なんて、見られなかった。「良く見なさい」そう命じられてしぶしぶ目を向けた、顔が熱くなる…。きっと今自分の顔は真っ赤なのだろうと思うと恥ずかしくてたまらなかった。「お前も着物を脱ぎなさい」さらに驚いた「そんな・・」といいかけてこれが修業なのだと思った。自分から望んだ修業が始まったのだと。
全て脱ぎなさいと言われて腰巻も取った。「ふむ…」師匠の視線が怖い。夜霧は子どもから大人の身体への変わり目にあって、胸が軽く膨らみはじめ、股の辺にうっすらと毛が生えはじめていた。そんな身体を師匠に見られるのは嫌だった。「おいで」夜霧は拒否した「何をするのか教えてください」師匠は軽く笑った。「今日は何もしない」今日は、という言い方が怖かった。まずは男の身体に慣れなさい。そう言われて夜霧は恐る恐る部屋の壁にもたれて座る師匠の横に座った。「いい子だ」その日、初めて師匠は褒めてくれた。

数日間そういう日が続いた。少しずつ身体が触れ合う面積が増えて行った。師匠が夜霧の胸を触り、中の硬いしこりを確認した「触られると痛いか?」と聞かれてうなずいた。膨らみ始めた夜霧の胸は触ると痛む。夜霧から進んで師匠の身体を触ることはなかったが命じられた事はした。師匠は自分の股間にある、男が持っているものを触らせることが多かった。
夜霧が触るとだんだんと固さが増して大きくなるのが解った。どうしてそうなるのかはわからない。「男はそこを触られると気持ち良くなるんだ」夜霧が不思議そうな顔をするので「女にもあるんだぞ」といって夜霧の股間に手を伸ばした。夜霧は驚いて逃げようとしたが一瞬遅れた。すぐに捕えられると臍の下をずっとたどった所にある小さな突起をいじられた。
脳天に突き抜けるような刺激に「あっ」と思わず声が出た。「わかるか?」という問いに、夜霧はうなずいた。「もうやめて」いう夜霧を無視して師匠はその部分を触り続けた。突然、雷に打たれたような感覚が幼い夜霧を襲った。なにがなんだかわからないまま、夜霧は師匠の腕の中でぐったりとした。

それから夜霧は眠れなくなる夜が続いた、男の友達が何か得体のしれない生き物に感じて怖くなった。仲の良かった数人が「どうしたんだ?」と不思議そうに聞いたが、何も言えなかった。
あの修業は秘密だった、誰にも言ってはいけないと師匠に口止めされていた。夜、皆が寝静まった後、夜霧は声を殺して泣くことが多くなった。

師匠は自分の物を使って男の悦ばせ方を教えて行った。まずは手を使った触りかたを教わった。触る場所、力加減そういったものを一通り教えると、今度は口を使っての悦ばせ方に変わった。最初は強く拒否した夜霧だったが師匠に見捨てられるのが恐ろしくて、恐る恐る口を付けた、最初は先端だけを、だんだんと口の奥深くまで入れさせられた。上手に舐めると師匠は褒めてくれた。嬉しかった、でも酷く惨めな気持ちになった。大人の男の人になると、股間にある物が硬くなるだけでなく、その先端から白い液がでるということもその頃知った。人間の身体から出たとは思えない酷い臭いの奇妙な液に気分が悪くなる。だが師匠は、それが出る瞬間が男にとっては最高に気持ちがよいのだと教えてくれた。

女の身体の気持ちいい部分も教えてやると言って師匠は夜霧の股間を触った、その辺のことは本当に思い出したくなかった。あの雷に打たれるような感覚は、ただ怖かった。しかし、股間の外側と内側を毎日触られているうちに、だんだん我慢が出来なくなり師匠の手で悶えさせられた、やがて師匠の目の前で何度も絶頂に達した。その頃から心と身体が離れて行くような気がした。毎日師匠と股間を触りあい舐めあい悶える自分。師匠を悦ばすことができた時に褒められて喜ぶ自分。そして、そんな自分を激しく憎んでいる自分がいた。

処女を失ったのはその頃だった。いつものように身体を触られ、絶頂を味わわされてぐったりした夜霧の身体に、師匠が覆いかぶさってきた。その時、股間に違和感が走った「何するの?師匠!やめてっ」必死に頼んだものの、子どもの力では大人の男の力に敵わず、股間の違和感は強い痛みに変わってどんどん増えて行った。「まだ早かったか…?」そういいながらも師匠は腰を動かすのを止めない。夜霧は口を手でふさがれて叫び声も出せず師匠にされるままだった。せめてもの抵抗に爪で引っかいたが効果はなかった。「お願いやめて・・」泣いて頼んでも聞き届けられない願いがあることを知った。事が終わった後、夜霧は股間を見て愕然とした。大量の血が流れ出て、辺りを汚していた。初潮も体験していなかった夜霧は恐ろしく、その場で震えて動けなかった。
そんな夜霧を師匠は慰めもせず「女なら誰でも経験することだ」と冷たくいって布きれを放り投げた「何を呆けているんだ?さっさと拭いて綺麗に片づけろ。」
自分が何をされたのかしばらく解らなかった。それから何日もの間、夜霧は混乱していた。

次の日からは毎回師匠と肌を重ねた。股間からの出血は最初の一、二回だけであとはもう出なかった。肌をあわせながら色々な体位を教えられた。その時の腰の動かし方や膣の締め方、上手くできるまで何度も練習させられた。辛くて泣いても止めてくれなかったので泣くのを止めた。ただ言われたままに身体を使えるようになろうとした。初めて自分の力だけで師匠を果てさせた時、師匠は「お前は私が育てた中でも一番の女忍びになれるぞ」と言ってくれた。顔が自然とほほ笑んだ、だけど心からの喜びはもうなかった。

その頃の夜霧を花にたとえるなら蕾の状態だった。もう少しで大輪の美しい花を咲かせられる蕾だった。しかしそのまま自然に花開くのを周囲が待たなかった。夜霧の中でゆっくりと成長していた蕾は、大人の手で無理やり周りの皮を剥がし花びらになるはずの部分を引き出して押し広げ、花のような形になるよう作り変えられた。それはそれなりに美しかったかも知れない。だができたものは無残な蕾の残骸にすぎない。本来、自然に咲くはずだった夜霧の中の花は二度と咲くことはできず、蕾にも戻れず、いびつな形で散っていく運命にあった。

夜霧への「仕込み」は終わりに近づいてきた。夜霧は初潮を迎え、女の忍びとして仕事に就くようになった。彼女の後ろにいて指示を出すのは師匠ではなく他の大人の忍びだった。まだ幼くても輝くような美貌を持った彼女は、暗殺や情報収集など色々な仕事を成功させた。夜霧が近づいた男は簡単に彼女の手に落ちた。彼女の心欲しさに男は、彼女の欲しがるものをなんでも与えた。
暗殺をする時は身体を使った。男が彼女の身体に夢中になっている時に命を奪うのである。そんな彼女の一挙手一投足を仲間の忍びが見張り続けた。たとえ性交の間でも夜霧から目を離さず、どこかから見つめていた。女忍者は心変わりをしやすいというのが忍びの世界の常識だった。夜霧に裏切りをする気はなくても、どこかで誰かが彼女の行動を常に監視していた。夜霧の精神は表向きそれに耐え続けたが、身体が悲鳴を上げていた。
「お主は男をあまり知らんのか?」最初にそう言われたとき何のことかわからなかった。意味を聞くとどんなに触っても女の部分が濡れないのだという。夜霧の体がこの非情な状況を拒否し始めた。
夜霧にはよく解らなかったが、この男をあまり知らないように見えるのに抱くと極上の身体という違和は夜霧が男らを狂わせるための強力な武器になった。

そのため夜霧の身体の異常を誰も治そうとはしなかった。夜霧本人すらそのことを無視した。一方で里では恋人を一切作らなかった、男という存在は自分に痛みと恐怖しか与えないという思いが心の隅に無自覚にあったのかも知れない。夜霧にあこがれる男は山のように居たが誰一人として近寄らせなかった。そのせいで益々評判になり、同世代の里の女の子からは妬まれるようになった。夜霧は酷く孤独だった、何が苦しいのか解らないが毎日が苦しかった。苦しみが耐えがたくなると夜霧は師匠の元に行った。師匠は新しく忍びになる子どもらを育てていた。夜霧の子ども時代のように美しい女の子もいた。夜霧は複雑な思いになった。逡巡した挙句、師匠に思い切って尋ねた「私は、優秀な忍びですか?」師匠は笑って言った「お前は私が育てた中で、最高の出来だよ」そう言われて、はじめてどこかで夜霧の心は落ち着いた。

夜霧にまた新たな仕事が命じられた、これが後に夜霧が一番苦労する仕事になった。仕事の内容は暗殺。それも忍びの世界を逃げ出した元・忍びの男の討伐だった。その男はさる城でそれなりの地位に就いている。そのせいでなかなか手出しができないという。そこで夜霧に白羽の矢が立った。
今や、城通いをいている忍びだった男は、妻と立派な屋敷を持っていた。そこでは手伝いの人間が大勢いて夜霧もその中の一人として雇われた。最初の一か月は何事もなく過ぎた。ある夜、夜霧が一人で夜更けまで繕いものをしていると、件の屋敷の主が入ってきた。夜霧がかしこまると「楽にしてよい」といい「ここには慣れたか?」などと他愛もない話をふってくる。だが視線は夜霧の身体を舐るように見ている。夜霧は鳥肌が立った、激しい恐怖を感じていた、自分でもこんなことは初めてだった。男は音もなく近づくと「声を出してはいかんぞ?」といってそのまま夜霧の身体を抱いた。夜霧は言われた通り声を出さなかった、夜霧の身体を一通り味見すると主は「誰にも言うなよ。」といって素早く去って行った。夜霧は男の残した精を拭き、着物を整えると何事もなかったように夜なべを続けた。

男が夜霧を気に入ったのは間違いないようで、頻繁に人目を忍んでは夜霧に会いに来た。部屋の中だけでなく屋敷の庭の茂みの中や、倉の中などと、うまい具合に人が来ない場所を次々と見つけては夜霧を呼んで抱いた。「旦那様は奥様がいらっしゃるのに、どうして私などに目をかけるのですか?」夜霧は逢瀬の合間に尋ねたことがある「あれとは戦略結婚でな、わしが今の地位にいるのもあの女の親族のおかげなのじゃ」男はこともなげに言った。「お主は一目見た時から、気になって仕方がなかった」夜霧は巧みに腰を動かしながら「旦那様、それが例え嘘でも嬉しゅうございます」といった。「嘘ではない」男の突きが激しくなった「奥が悋気の激しいおなごでなければ、お前を正式に側室にしたいくらいじゃ」快感に喘ぐふりをしながら夜霧はいった。「旦那様、おからかいにならないで下さいませ」「そのようなことを言われては、わたくし旦那様への思いが止められなくなってしまいます」といった。男は「可愛いのう」といいながら腰を激しく動かした。男に身体を預けながら夜霧は慎重に男の隙を探った。この男、流石忍びの訓練を受けていただけあってなかなか隙が見つからない。性交も長く、夜霧が痛みで気絶しそうになるころに達するものだから、うかうかしているとこちらが殺されそうだった。
そうやって数か月が過ぎた。夜霧の見張りをしている仲間の忍びからは、催促の命令が何度も下った。仲間への連絡は庭の小石を少し動かして行った。夜霧も焦っていた、こんなに長い時間を仕事にかけたことはない。またこれほど長い間一人の男の慰み者にされたこともなかった。任務も心配だったが、自分の女としての身体も心配だった。月の物が来ないと酷く焦った。

夜霧が手こずるのには別の理由もあった。この男、女を荒縄で縛って犯すのが大好物なのである。最初は両手を後ろで軽く縛って犯した。夜霧がさほど抵抗を見せないと解ると、だんだん大胆になってきた。手も足も動かせないように縛って犯すのは当たり前になり、拷問に使うような縛り方も平気で行った。夜霧が耐えがたくなって「解いてくださいと」頼む姿にたまらなく興奮するらしかった。・・・たしかに、こんな行為は奥方にはできまいと密かに夜霧は勘付いていた。行為が終わると夜霧の身体にはいくつもの縄の食い込んだ後が残った。
夜霧は作戦の変更を提案した。夜霧だけで男を殺すことは難しい、ならば夜霧が男の注意を引いている間に見張りの忍びが襲いかかるという作戦だった。見張りの男はしぶしぶ承諾した。本来相手の殺害は夜霧の仕事であり、見張りの忍びはあくまでも夜霧の見張りと上部への連絡が仕事だった。たとえ夜霧が死んでもその男は生きて戻って作戦の失敗を告げないとならなかった。

その日は雨が降っていた。寝所を抜け出した屋敷の主は、夜霧が待つ倉に向かった。倉で待たせてあるといっても普通の待たせ方ではなかった。周りの者には夜霧を外に使いに出したと伝えたうえで、実際は倉に閉じ込めてある。しかも猿ぐつわを噛ませて声を出せないようにしてから、両手を後ろ手に固く縛り、天井から吊るすという、酷い状態で放置していた。夜霧はほとんど気を失いそうになっていた。自分の体重が縛られた両腕にかかって激しく痛む。助けを求めようにも猿ぐつわからはくぐもった声しか出ず、外は土砂降りの雨で母屋から離れたところにある。よほどのことがない限りこの倉には誰も近づかないだろう。

吊るされて長い時間が過ぎていた。夜霧の両腕の感覚は痺れをとっくに過ぎて激痛に変わっていた。縄を解かれてもしばらくは使えまい。まともに動くのかも心配だった。
そんな時、倉の戸が開いた。暗くなった中にぼんやりと明かりが見える。明かりはあちこちを照らし夜霧を見つけた。夜霧に動く元気は残っていなかった。「随分こたえたようだな」屋敷の主の声がした。「早く降ろしてください・・」そういうのがやっとだった。主はその辺にあった長い竹棒を持つと夜霧の身体を二、三回打ち据えてやっと降ろした。驚きと痛みで声も出ない夜霧を石の床に仰向けに寝かせると両肩をつかんで全体重をかけてきた。倉の冷たいゴツゴツした石の床に痛む両腕を押し付けられて、夜霧の身体は跳ねあがった。眼から涙がぼろぼろ出た「さて今日も楽しませてもらうぞ。」そういうと男は夜霧の脚を開いていきなり挿入した。さらに肩をつかむと夜霧の両腕を床に押し付けるようにして揺さぶった。猿ぐつわをしていなければ夜霧の絶叫が雨音も掻き消して母屋の方まで届いたに違いない。
夜霧は痛みで錯乱に近い状態になった「止めて下さい!」と声の限りに叫んでも男はにやにや笑いながら苦しむ夜霧の姿を見て喜んでいる。その顔の恐ろしさは忘れられなかった。その後も夢に何度も現れては夜霧を苦しめた。「これは拷問だ…」と夜霧は思った、拷問だと思えば耐えられる。腕と下腹部の痛みを交互に味わいながら、夜霧は行為が終わるのをひたすら待った。「お主は随分我慢強いのう・・」泣き叫ぶのをこらえている夜霧に男は不満げに言った。「ところで、倉に潜んでいる客人はお前の知り合いか?」夜霧が我に返った。その瞬間、倉の物陰から黒い影が走り出た、一瞬で明かりが消え、暗闇に銀色の刃が交錯する「ぎゃあ!」という声が聞えた。長い、長い沈黙があった。どこからか火打石の音がした「ふふ…」主の声だった。

夜霧は寒気がした「これはお前の仲間か?」明かりをかざされた先に両足を切られ、ばたばたともがく仲間の忍びの姿があった。主は忍びを押さえると舌を噛み切らないように手早く猿ぐつわを噛ませ、両手を縛り足の切り口は縄で縛って止血した。「これで、しばらく持つだろう。」

「とんだ邪魔が入ったな」そう言って夜霧に向き直ると何事もなかったように覆い被さってきた「旦那様!家の者に早く伝えなくてよろしいのですか!?」仲間の血でべっとりと汚れた手が夜霧の顔をつかんだ「後でいい」夜霧は計画が最悪の形で失敗したのを悟った。その夜の出来事で主はますます興奮したのか夜霧の体内をいつも以上に蹂躙し何度も出した。

仲間の男は殺されずにどこかへ連れて行かれた。夜霧はその場に居たということで、座敷牢のような場所で拘束されて見張られていた。「私は関係ありません!」と何度言っても信じてもらえなかった。普通の思考であれば、夜霧と主が睦み合っているところに賊がやって来て返り討ちにあったのだから、夜霧が疑われる可能性は低い。だけどこれではまるで夜霧も同じ賊の一味の扱いである。「もしかして、最初から私を女忍者だと知ったうえで・・」何もかも気付いたうえでこの屋敷の主は仕掛けてくるのを待っていたのではないか。里を抜けようと思うほどの忍びならそのくらいありうるかも知れない。夜霧はこの仕事の困難さを今更ながら痛感した。

主は一日に一度、夜霧に会いに来る、そして人払いをしてから夜霧を凌辱した。「どうして私をここに閉じ込めるのですか?」夜霧は何度も聞いた「あの賊はお前の仲間ではないのか?」主は嗤う。「どうしてそんなことを?私はあんな賊は知りません」主は嗤って答えない「お主、月の物が来ないな…」その言葉がぐさりと夜霧の胸を突き刺した。毎日のように抱いていたので主は夜霧の身体の状態に詳しい。夜霧は震えながら聞いた「私の身体に旦那様の御子が宿っていたら、どうされるおつもりですか?」また主は嗤った「おろせ」

数日後のことだった「賊が吐いた」といって、主は夜霧を地下室へ連れて行った。むせ返るような血や何かが腐ったような匂いで充満している地下室。そこには様々な拷問道具がそろっていた。その部屋の一角に仲間の男が酷く無残な姿で捕まっていた。そして夜霧の顔を見るなり「その娘だ!その娘も俺の仲間なんだ!」といった。あまりのことに夜霧は呆然とした。何を吹きこまれたのか解らないが仲間を売るなんて忍びとして最低の行為だった。「と、言っているが?」主は冷たく嗤った。「私は、知りません」夜霧はそう答えるしかなかった。「嘘だ!その女は嘘をいっている!俺たちは忍びなんだ!」夜霧は頭をふった、男の状態を見ればどんな酷いことをされたのか解る。解るけどどうやって助けたらいいのか解らなかった。「夜霧!お前も認めろ、この人は俺たちを助けてくれると言っている、本当のことを言えば殺されなくて済むんだ!」嘘だ。そんなの嘘に決まっている。この男がそんなことする訳がない。「お前の本名は夜霧というのか・・」主はまた嗤った。

「違います」「知りません」夜霧はその二つの言葉だけを繰り返した。仲間の男が悲痛な顔で懇願する、見ていられなかった。仲間の男は正しく、自分は嘘をついているのだ。その問答にたっぷり時間をかけた後「お前がこの男の仲間ではないと言い張るのなら、この男を殺してみろ」といった。そんなことできません!という夜霧「約束が違う!」とわめく仲間の男。「それでは、あの焼けた鉄棒で構わん、あの男に押し付けろ」主は冷酷に言う。夜霧は必死になっていった「旦那様、私が憎いのなら、私を陥れたいのならどうぞ私の命を奪ってくださいませ」後ろ手で縛られたままの夜霧は膝を付き汚れた床に頭を付けた。「私はこのような言いがかりは耐えられません!」主は床に付けた夜霧の頭を踏みつけた。割れるのではないかと思うくらい強く踏まれると、次に腹を狙って思いっきり蹴り上げられた。「貴様を殺すのは最後だ」

夜霧はその血なまぐさい地下室の一角に縛り付けられると、その日から数日間、仲間の男が拷問で痛めつけられる様をずっと見せられ続けた。男は仲間である夜霧に向かって罵詈雑言を吐き、自分の命を助けてほしいと懇願し続けた。夜霧はこの屋敷の主が最初から二人を助ける気などないことを解っていた。それをなんとか男に伝えたかったが、叶わなかった。しばらくして男は苦しみながら死んだ、最後まで夜霧を憎み罵り恨んで死んだ。自分が殺されるのは夜霧が白状しないからだと信じて疑わなかった。夜霧は辛かった、自分が正体を明かして助かる目算があるなら、そうしてやりたかった。でもそれはまずないと思った。自白したら最後二人ともますます激しい拷問を加えられ殺されるだろう。

夜霧の身体にも異変が起きていた、異様に胸がむかつき吐き気がこみ上げて来る。不潔極まりない拷問部屋に一日中閉じ込められているのだから、それも仕方がないことだとも思ったが一抹の不安が消え去らなかった。仲間の男が無残に死んだあとは夜霧が拷問される番だった。
夜霧が受けた拷問は腹に太い縄を巻きつけて縄の両端を男らが力の限り引っ張るというものだった。この方法は腹部が引き絞られ、酷い吐き気と呼吸困難に陥るが、縄さえ緩めればすぐに戻り致命傷にはなりにくい。だから一日に何度でも行うことが可能だった。
主は毎日様子を見に来た、表の理由は自分を殺そうとした賊の仲間に正体を喋らせること。本当の理由は美しい若い娘が拷問で苦しむさまを見物するためだった。夜霧はいっそ早く殺して欲しかった、毎日のように腹を引き絞られ胃液を吐き、窒息して気絶する。すると腹を蹴り上げられて目覚めさせられ、また腹を締め付けられるという繰り返しだった。尋ねてくることも決まって同じ「お前は賊の仲間だろう?」「他に仲間はいるのか?」そういったことだった。答えても答えなくても結果は同じだ、いずれにせよ死ぬまで延々といたぶられるのなら、けして自分は答えないと夜霧は決めた。主が腹を狙う理由も解っている、夜霧の中に居るのであろう自分の子を殺すためだった。夜霧もあんな男の子は産みたくない、しかし子どもに罪はないと思うと苦しかった。だが今の夜霧にはどうすることもできないことだった。

ある日、夜霧は拷問中に下腹部に今までにない激痛を感じた。そして陰部から大量に出血して気を失った。流産である。それを確認すると主は満足げに言った。「その女を簀巻きにして川に沈めろ」

酷く、酷く寒かった、声を出したくても何かが邪魔で声にならない。全身が痛んで動かない、頭が割れるように痛み何も考えられない、ただ激しい恐怖が周囲を真っ黒に取り囲んでいた。

本当ならそのまま夜霧は死んでいた。それなのに、もう一度目を覚ました。最初は何が起きたのか解らなかった、酷い悪夢を見たのに起きたら恐怖感だけが残っていて中身は忘れてしまったようなそんな違和を感じた。すぐ近くに光がある、寒くてたまらなかった…。

「気付いたか?」男の声がした。声が男だとわかった瞬間、夜霧は激しい嫌悪感に襲われて飛び起きた、全身に強烈な痛みが走る。と同時に激しく咳き込んだ、咳き込むたびに身体中に痛みが襲って来るが止められない。誰かが背中をさすった、私に触らないで・・と思ったが言葉にならない、背を丸めてうずくまるとひたすら咳き込んだ、口から水と血の混ざったものが出てくる。自分に何が起きたのか解らなかった。
男は夜霧が落ち着くのを待つと優しく話しかけた「助かって良かった、気絶していたせいかあまり水を飲まなかったようだね」と。夜霧はむせながら男の顔を見た。見覚えがある気がする、でも誰だったか思い出せない「俺だよ…同村のサエグサだ。幼いころからよく遊んだだろう?」同村?と聞いてはっとしただが油断はしなかった。「夜霧、今はとにかく横になれ、まだ起き上がるには早すぎる。」夜霧は男から目を離さないようにして動こうとした、すると下腹部から激しい痛みが襲ってきた。先ほどから感じていたのはこの痛みだった、腹を押さえてもがく夜霧にサエグサと名乗った男は駆け寄った。「触るな!!」夜霧は恐ろしい声で怒鳴った。「わたしに触るな!」その声でサエグサの動きが止まった。夜霧は必死で痛みに耐えた、耐えながら次々と記憶が戻ってくるのを止められなかった、どうして自分は助かったんだろう。あのまま死んでいたらこんなに苦しまなかったのに…。

その日から数日、夜霧は口もきかず物も喰わず、ひたすら痛みに耐えていた。衰弱していた身体はますます弱っていく。サエグサはそんな夜霧をかいがいしく世話をした。
「俺はお前たちから連絡が入らなくなったので偵察を命じられたんだ。」サエグサは話す、夜霧は虚ろな目で天井を見上げていた。「そして君が川に投げ込まれる所を見たんだ。間に合うか心配だったけど、助かって本当に良かった。」夜霧は気付かなかったが、そうやって話すサエグサは本当に嬉しげだった「君がもう少し回復したら里に戻ろう」無邪気にサエグサは言った。里に?夜霧は思った、里に戻ってどうするの?またこんなことを繰り返すの?そもそもどうして私を生き返らせたの…?

夜更けにサエグサが眠ってしまった後、夜霧はこっそりと起き上がった。腹部の痛みをだましながら暗がりでサエグサの持ち物を探った、そして短刀を探し当てた。二人が潜んでいるのは古ぼけたお堂だった、埃を随分かぶっていたが仏像もきちんと安置されていた。夜霧はその仏に祈った、私が殺した数々の人と、私が助けられず苦しんで死んだ仲間と、産まれずに死んだ私の子がどうか成仏できますように、そのためなら私は地獄に落ちても構いません。そして短刀を抜くと躊躇なく胸の中心に突き刺した。その瞬間、夜霧の目の前が真っ暗になり何も聞こえなくなった。

かたりと、いう小さな音がした。その音でサエグサは目を覚ますと夜霧の方を見た、夜霧が変な格好で倒れている。手から短刀の鞘が落ちている、辺りに血の匂いが立ち込めていた。

ギリギリだった。彼女の体力が消耗していたのが幸いした、短刀は心臓までは届かずに止まっていた。短刀を抜くと血が噴き出した。布を強く巻きつけて止血しようとしたがなかなか止まらない。サエグサは自分を責めた、どうしてもっとちゃんと見ておかなかったのか、夜霧が悲惨な目にあったのは解っているつもりだった。だけど彼女の苦しみは全然わかっていなかった。包帯の上から布で夜霧の傷を押さえた。それでも血は止まらず布は真っ赤に染まっていった。「死ぬな、死ぬな」サエグサは呪文のように唱え続けた。俺はまだ君のことが好きだって伝えていない。
結局、夜霧は二度も死にそこなった。二回とも助けたサエグサを恨んだ。サエグサは夜霧を里に連れて帰った、夜霧は里に戻ってからも一か月以上動けなかった。その間、サエグサは良く面倒を見た。そしてサエグサは夜霧に自分の気持ちを伝えた、昔からずっと好きだったこと、大きくなって夜霧が美しくなってもっと思いが募っていたこと、何もかも洗いざらい話した。当たり前のように、夜霧からの良い返事は帰ってこなかった。
それでもサエグサは夜霧から離れようとしなかった。サエグサは自分が助けてから夜霧はずっと虚ろな目をしていることを気にしていた。夜霧は先の仕事で何があったのかは一言も喋らなかったしサエグサもあえて尋ねないようにしていた。ただ、彼女が話せるようになったら真剣に聴こうと考えていた。周りの人間はサエグサと夜霧が良い仲になったと噂したがとんでもない間違いだった。サエグサは夜霧に手を出さなかった、出せるはずもなかった、起きていても何かに苦しみ、眠っていても何かにうなされている15になるかどうかの娘をさらに傷つけるようなことは出来なかった。

サエグサは時々姉を呼んで夜霧の世話を頼んだ。夜霧は男に身体に触れられるのを極端に嫌がった。もしかしてと心配していたが無事に月の物は来ているらしい。ただ苦しみ方が尋常ではなく夜も眠れないほど痛むらしかった。姉は「前からこうなのか?」と尋ねたそうだが、夜霧は答えなかったという。
しばらくして夜霧は起き上がれるようになり、少しなら歩けるようになった。生気のない目は相変わらずだがなぜだか、それがぞっとするほど美しく見える事があった。何かこの世のものでは無いような美しさがあった。もう一人でも大丈夫という夜霧だったが、サエグサは心配でならなかった。何かにつけ顔を見に行っては声をかけた。

ある日の夕暮れ、夜霧の家にサエグサはいつものように向かったが、中には誰もいなかった。辺りを探してみたが見当たらない。そんなに長い距離を歩けるほどは回復していないはずなのに・・と思いながらサエグサは村を探し回った。片端から人に聞いて回ると夜霧がふらふら歩いているのを見たという話が出てきた。進んだ方角を聞くと夜霧を育てた師の家の方角だった。夜霧は師を誰よりも慕っていたから会いに行ったのだと直感した。サエグサは礼を言うと慌てて夜霧の後を追った。

太陽は山間に沈み、空は茜色から紺色に変わっていく。紺色の空には星がいくつか瞬いていた。夜霧は師匠の家の前に居た。中からは賑やかな子どもの声がする。酷く懐かしい、自分はもうこの家に入ってはいけない気がした。自分はもう汚れすぎたのではないかと思った。だけど得体のしれない不安が背後から迫っていた。それから逃げるように一歩、また一歩と、夜霧は師匠の家に近づいた。中に声をかけようか迷っていると子どもらが走り出してきた。そして夜霧を見つけると「お姉ちゃんどうしたの?」と元気な声で聞いた。夜霧が子どもに気圧されてまごついていると中から「誰か来ているのか?」という男の声がした。
人影が見える「夜霧じゃないか」声の主は師匠だった「どうしてここに居る?」そう言って子どもらを連れて屋敷に戻ろうとする。その師匠に追いすがるように夜霧は聞いた「私は優秀な忍びでしょうか」師匠は立ち止ってふりむくと「身体に傷のある女忍者など使い物にならん」といった「早く帰れ」夜霧は何も話せなかった、呆然として師匠の家を後にした。自分は何をしにここに来たのだろう。足を引きずるようにして家に向かおうとした。

月明かりに道が二手に分かれている。どっちが家に向かう道なのか夜霧は思い出せなくなっていた。山影が見える、木がざわめく。遠くに家の明かりが見える。ここはどこだろう?何かに追いつかれそうな気がして動こうと思った、だけど足が動かない。逃げなくちゃ・・怖いものが迫ってくる・・振り向いちゃ駄目、見ては駄目。怖い。

ふりむいた。

夜霧の背後に地獄の業火のように燃え盛る憎しみがあった。私が見殺しにしたあの仲間の忍者のものだろうか?ちがう。私が殺してきた人々の憎しみだろうか?ちがう。あれは私自身の憎しみだ…。ふと前を見ると目の前に惨めに立ち尽くす女の姿が見えた。あれは誰だろう?知っているはずなのに思い出せない。それなのにあたしはあの女を死ぬほど憎んでいた。あの女は愚かだ、惨めで哀れな女だ。死ねばいい。生きている価値などない。あんたが生きているかぎりあたしは苦しいのだ。死ねないならあたしが殺してやる。殺してやる。殺してやる。

「夜霧!」村の外れでぼんやりとたたずむ夜霧をサエグサが発見したのはしばらくしてのことだった。どこへ向かおうとしたのか、師の家でも自分の家でもない、道端で立っていた。「夜霧!しっかりしろ」返事がない。肩を持って揺さぶっても視点の定まらぬ目でどこかを見ている。身体はぞっとするほど冷え切っていた。サエグサは夜霧を担ぐと彼女の家に向かった。布団を敷いて寝かせてやる、心臓は動いているがとにかく身体が冷えていた。「夜霧!夜霧!」いくら名前を呼んでも返事がない。魂がどこかへ抜けてしまったようだった。とにかく身体を温めようと思って布団の中に潜り込んだ。ぎゅっと抱きしめると痩せた身体を感じた。可愛そうに…サエグサは夜霧の髪を撫でた。しばらく抱きしめていると夜霧の身体に温かみが戻ってきた。サエグサは夜霧の名を呼び続けた。そのまま一夜が過ぎた。
明け方近く「サエグサ?」と胸の方から小さな声がした夜霧が正気に戻ったらしい。「サエグサ・・・心配かけてごめんね。」それが彼女の最初の言葉だった。

そのあともサエグサは相変わらず夜霧の元を訪れ、夜霧も少しずつ彼に好意を見せ始めた。二人で並んで座って他愛もないことを話したり、夜霧の手をサエグサが握っても嫌がらなくなったり、そういうことがサエグサにとっては嬉しくてたまらなかった。夜霧はやはり綺麗な娘だった。ほんの少しでも笑顔を見せると更に際立って美しくなった。今の夜霧にこれだけ近づける男は自分しかいないという確信がサエグサにはあった。それだけで満足だった。夜霧もまたサエグサの優しさが頼りだった、サエグサが引っ張りあげてくれなければ、自分はあの地獄のような憎しみの中で延々と生き続けたかもしれない。
ある日、サエグサと夜霧の双方を含んだ総勢5人に仕事の話が来た。さる武芸者を暗殺してほしいという依頼だった。
第一陣と第二陣に分かれて相手を襲うというもので、夜霧が第一陣、春日が第二陣という配置だった。後で知った話だが第一陣は言わば捨て駒で、死んでも惜しくない者が選ばれていた。死に際に相手に怪我の一つも負わせればお手柄だった。だがそんなことは夜霧もサエグサも知らない、ただ決行の日が、ちょうど夜霧の月の物と重なりそうで、夜霧はそれを心配していた。夜霧は流産させられてから、腹の中を痛めたらしく月の物か来ると激しい痛みが起きた。そうなるとろくに動くこともできない。夜霧は不安のあまりそれをサエグサに告げてしまった。サエグサも心配して順番を変わってもらおうと提案した。

それが二人の生死を分けた。最初この仕事の中心である、夜霧の師匠は渋い顔をした。夜霧は死んでもいいがサエグサを失うのは困る。しかしサエグサは食い下がった。私が相手を倒せばいいのでしょう?そう言われてはしかたがない、二人の交代を承諾した。

仕事に出る前夜、最後に二人で過ごした夜に、サエグサは夜霧に少しだけ肌を許してもらえないかと尋ねた。サエグサがこんなことをいうのは初めてだった、何か虫が知らせたのかも知れない。夜霧は迷った、たとえサエグサであっても男性と肌をあわせるのにはまだ強い恐怖感があった。だけどサエグサの日頃の優しさを思うと心が揺れた。
しばらく迷った夜霧だが、サエグサに抱かれてみようと思った。夜霧はサエグサに身を寄せるとそのまましばらくじっとしていた。サエグサの手が夜霧の髪を撫でて顔を上に向かせた。そしてゆっくり唇をあわせた、軽くふれ合わせただけなのに夜霧の身体は緊張した。恐怖感が胸から溢れ出てきた、それでも我慢して、口を開き彼の舌が入ってくるのを待った。だがそれが限界だった。サエグサの舌が夜霧の舌に触れて絡まってくると、夜霧は突然真っ黒な恐怖感に襲われて、サエグサを突き飛ばして逃げ出した。
駆けだしたがすぐ倒れそうになって、しゃがみこんだ。サエグサが後を追いかけてきた、サエグサは「悪いことをした」と言って彼女を慰めた。夜霧はごめんなさい、ごめんなさいと言いながら泣いた。身体の震えがずっと止まらず酷く苦しかった。どうしてこうなってしまうのか、夜霧は思い通りにならない自分の身体を憎んだ。
この次は上手くやろう、サエグサの思いに答えよう、夜霧はそう思うことで自分を許そうとした。だが次の機会は訪れることのないまま、サエグサは逝った。

気が付くと明け方だった。
夜霧は一晩中話していたらしい、香澄は一言一句聞き逃すまいと真剣に聞いていた。時々夜霧が泣いて話が途切れることはあったが、明け方にはすべて話し終えた。夜霧は話した後、呆然としていた。思い出したくなかった思い出が次々に甦って苦しかった。それに大勢の男と関係を持ったことや、流産したことを香澄に伝えてしまった。
これで香澄に嫌われたらどうしたらいいのだろう…。怖くて顔を上げられなかった。
「大変だったな…」ぽつりと香澄が言った。夜霧の身体を抱きしめている腕に力がこもった。「巧く言えないけど、さらにお前を幸せにしてやりたくなったよ」怯えていた夜霧は香澄の腕の中で初めて安らぎを覚えた。

一晩中、夜霧の身体を抱きしめていた香澄は、急に彼女の身体が重くなったので驚いた。話し疲れた夜霧が静かな寝息をたてはじめたのは、それからしばらくしてのことだった。
「どこか、落ち着ける場所があればいいな…」香澄はまた誰に聞かせるでもなく呟いた。

<了>2016年1月27日加筆修正。

「荒療治」

いつぞや香澄がつぶやいた「お前を幸せにしてやりたくなった」ということばに何か具体的な意味が含まれていると夜霧丸は思わなかった。それは好意のことばであり愛情を示すことばだ。それを聞いたとき夜霧丸はこれ以上ないほど幸せだった。だから香澄に何か思惑があるとは思いもよらなかった。

夜霧丸は昨夜、自分が何を口走ったのかよく覚えていないけれども、今朝から、香澄が嬉々としてこれまで来た街道を戻りだしたのには驚いた。「どこへ行くんだ?」と聞いても適当な返事しかもらえない。しかも昨夜いささか酒を呑みすぎていて今朝の夜霧丸は二日酔いで歩くので精一杯だった。頭痛と吐き気をこらえながら香澄の背中を見失うまいとぼやけた目で追う。とても何か考える気にはなれない、容赦のない日差しと乾いた道から舞い上がる土煙がひどく不愉快だった。

二日ばかりかけて戻った宿場町はたしかに以前おとずれたことのある町だった。香澄の目的はここらしいが、夜霧丸にはまだ香澄の思惑を測りかねていた。香澄は夜霧丸を適当な茶店に残してどこかに行ってしまった、宿を探してくると言っていたけどその時の不敵な笑みは何か怪しげな計画をしている時の笑みだ。気を引きしめておかねばと夜霧丸は決意した。香澄はしばらくして戻って来た。宿が見つかったというと、夜霧丸を急き立てる。香澄が取った宿屋は遊郭だった。しかもいつか二人で訪れたことのあるお店だ。何を考えているのだ?と香澄を問い詰めようと思った矢先、夜霧丸の脳裏に閃くものがあった、もしかして自分は香澄に喋ってしまったのだろうか?この宿屋ですごしたあの一夜を。
夜霧丸は女である。今でも旅の道中は男装をして無用な視線を遮っているが、最初は完全に男のふりをして香澄に近づいた。その時、妙な流れでこの遊郭に泊まることになり、遊女と一夜をともに過ごしてしまった。その夜を思い出すと未だに身体がうずく。あれが悪夢ならどれだけ良かったか。遊女の床技であれほど自分が乱れるとは思わなかった。
夜霧丸は恐る恐る香澄の顔を覗き見る、香澄はその視線に気づくと満面の笑みを返した。まずい、本当にばれているのではないのか。夜霧丸は香澄を見て、遊郭を見て、もう一度香澄を見た。深呼吸を一つすると、思い切って聞いた「今夜ここに泊まるのか?お前はいいかも知れないが私は…」女だぞ。という言葉を口にする前に香澄はいった「お前を幸せにしてやろうと思ってな。」そして、この状況では考えられない爽やかさで笑顔を見せた。

夜霧丸の背筋に悪寒が走った。遊女とは話はつけてあるといって強引に遊郭に引き込まれると、あっという間に座敷に通された。一つの部屋に香澄と夜霧丸の二人、酒と肴で晩酌をしていると見覚えのある遊女が入ってきた。その遊女の顔を見るなり、夜霧丸の顔は真っ赤になった、まともに顔も見られない、いつかのあの人だ。一方遊女は、涼しい顔で愛嬌をふりまいて香澄の隣に座った。
この遊女は夜霧丸を女であると見破ったばかりか、それを意に介さず夜霧丸を抱いた。それまで男に抱かれた経験は多い夜霧丸だが女に抱かれるとは思わなかった。しかもその時に今まで経験したことがない快感を味わってしまい、夜霧丸は未だにその衝撃を覚えている。それらの経験は香澄に絶対伝えないでおこうと思っていたのに、きっと酒の力でうっかりと喋ってしまったのだろう。香澄を見ると先ほどの爽やかさは何処かに消え失せていて、ひたすらににやけている。例の遊女はというと、こちらもまた夜霧丸に嫣然とほほ笑んだ。香澄丸の脳裏に「前門の虎、後門の狼」という言葉がよぎった。自分は香澄にまんまとはめられたらしい。
「香澄様とうまくいったのですね、おめでとうございます。」といって遊女はにこにこと夜霧丸に酒を注ぐ、先ほどから機嫌よく呑んでいる香澄は「上手くいってない所もあってなぁ」とぼやく。そしてあろうことか遊女に夜霧丸とのひめごとを赤裸々に話し始めた。「ちょっと、香澄!」夜霧丸はあわてて香澄を止めようとしたが、酔いが手伝って饒舌になっている香澄は手が付けられない。しかも自分のことは端折って、夜霧丸の痴態ばかり並べたてるのだからたまらない。遊女も調子を合わせて面白がるものだからますます話が深まる。そこまで話さなくても・・と思うことまで言われて、夜霧丸は部屋をこっそり抜け出ようと立ち上がった。
酔っ払いとはいえ目ざとい香澄は、夜霧丸の不審な動きを完全に見抜いて。手をつかんで引き寄せた。夜霧丸はふいに男の力で引き寄せられて、あえなく御用となりはてる。香澄の胡坐の上に座らされた夜霧丸は尻に香澄の硬いものを感じてどきりとした。あんな話をしていたせいか香澄のそれは早くも臨戦態勢に入っている。香澄は目の前に遊女が居るのを気にする様子もなく、夜霧丸を腕ごと後ろから抱きしめると、首筋を舐めはじめた。「ちょっと!」夜霧丸は驚いて香澄から逃れようとするが、しっかりと抱かれていて振りほどけない。「夜霧ちゃん、ちょっと失礼するよ?」遊女の声が間近で聞えた。いつのまに忍び寄って来たのか遊女が夜霧丸の帯をときはじめる。「待って!私は・・」夜霧がことばを言い終わらないうちに、香澄の指が彼女のあごを押さえて自分の方に向かせる。先ほどまで夜霧のうなじで遊んでいた香澄の舌は夜霧の唇をしゃぶると、そのすきまから強引に中に入ってきた。「いやっ」といって香澄の腕を振りほどこうともがくが、暴れると余計に腕に力がこもる。息が詰まりそうになるほど胸をしめつけられて夜霧は喘いだ「往生際が悪いぞ?夜霧」そういうと香澄はさらに唇を吸いたてる。無理な姿勢で唇を重ねたせいで夜霧丸の口は周りまで香澄の唾液で濡らされた。続けて衿の合わせ目をぐいっと引かれるとその隙間から香澄の手が入ってくる。手はすぐに夜霧の乳房をとらえてゆっくりと揉みだした。
その間に夜霧の帯をといていた遊女は、脚に指をすべらせてなではじめた。夜霧の足首からはじまり、ふくらはぎに進むとだんだん付け根の方へと上がっていく。それがくすぐったくて仕方がなく夜霧は腰をもぞもぞと動かした。夜霧の顔を押さえて唇を吸っている香澄はそっと目を開いた。目線の先には夜霧のきれいな胸の谷間と、着物から除くむき出しの脚が見える。内ももの白い肌が遊女の指にくすぐられてなまめかしく動くと、着物がはだけた。下腹から脚の付け根の黒い茂みまではっきりと見える。そしてその茂みに遊女の指が触れようと近づいていた。香澄はその光景にどきどきした。
遊女は夜霧の反応を見ながらやさしく指を使った。最初遊女の指が陰部に触れただけで脚を閉じようともがいた夜霧だったが、香澄と遊女が指や舌で彼女の身体をあちこちくすぐるものだから、だんだんと力が抜けてしまった。「いい子ね」そういうと遊女は夜霧の陰部の先端にある小さな突起にふれる「ここ、触るのって難しいのよね。」そういいながら黒い茂みをかきわけて突起を露出させると口を付けた。夜霧の喉から小さく悲鳴が漏れる、遊女は唾液を滴らせて小さな突起をたっぷりと舐め上げた。歯を食いしばり、かろうじて声は殺した夜霧だったが、突起を吸われる強い感覚に反応して身体はのけ反った。香澄は天井に向けられた夜霧の乳房を見ようと彼女の衿を広げて肩から着物を外した。白い乳房と固くなった乳首がむき出しになる、興奮した香澄は乳房を吸おうと彼女の身体を床に寝かせて上に被さった。陰部を遊女に吸われ、乳首を香澄に吸われた夜霧は、びっくりするような喘ぎ声を出してしまった。夜霧は二人から逃れようと暴れた。嫌だ、こんなの嫌だ。香澄だけならともかく二人がかりでもてあそばれるのは嫌だ。「大人しくしろって」香澄が困ったような声でいった「お前の身体を治してやろうとしているんじゃないか。」半分涙目の夜霧には何のことか解らない、遊女が間に入って話した「あなた以前わたくしに、殿方と寝られないと仰ってましたわよね?」夜霧はそんな話をしたことを思い出した。「あなたは香澄様に抱かれても同じなのですか?」遊女のことばが心の痛い所を付く。
そう。夜霧と香澄が男女の仲になってからもう数か月経つが、いまだに夜霧の身体は香澄をうまく受け入れられないでいた。彼女の暗い過去が心に影を落とし、男というものへの根深い恐怖心が癒えないままなのだ。香澄がどれだけ愛情をそそいで彼女の身体を抱いても、夜霧の身体は反応しないまま今に至っている。夜霧はそれを表に出したくなかった、香澄のことが好きなあまり、面倒な女と思われたくなかった。自分が我慢すればいいと思っていた。だけど毎晩肌を重ねるたびに辛い思いをするのも事実だった。
「わたくしと一夜を過ごしたときは、そんなことありませんでしたのに。」夜霧はことばを失ってうつむく。「悪いとは思ったけど、お前に酒を呑ませてその話を聞きだしたんだ」香澄が笑みを浮かべてことばをつないだ。「これまで肌を重ねて濡れたことはないのか?ってね」それを聞いて遊女が笑った、ずいぶん直接的に聞くのですね・・と。香澄も相手が女だと知って驚いたよ。というと二人で笑った。夜霧はなんだか不愉快になる。「そこで俺がこのお姉さんにご教授願おうと思ってさ。」香澄が身をのり出すように夜霧におおいかぶさろうとした。

ぱちん!夜霧の右の手のひらが香澄の頬を打った。「ばかっ」吐き捨てるように夜霧はいうと、香澄から離れようと座ったまま後ずさりする、くやしくて眼から涙が出た「私はおもちゃじゃない・・」夜霧は香澄をにらみ、遊女をにらんだ。遊女は困った顔で夜霧を見た「ごめんなさい」そう謝ると遊女は静かに話し始めた、わたくしはあなたのことをずっと覚えていたのよ。あの人はそのあとどうなったのかしら?二人は上手くいったのかしらってね。わたくしも好きではない方のお相手をするときは辛い、だからあなたの気持ちはわかると思っていたし、好きな方とは上手くいって欲しかった。
でも、あなたはずいぶん辛い目にあったのね。ふと遊女の視線を胸元に感じて夜霧は、はだけられたままの胸元を慌てて隠した。昔、自らの命を絶とうと、短刀で突いたときの傷が胸に深く残っている。香澄はそんなことまで話したのかと頭に血が上った。思わず香澄を睨み付けた。「香澄さまからは何も聞いていませんよ」遊女は心を読んだかのようにいった「私の勘です」呆然として夜霧は遊女を見た。遊女はにこにこと笑っている。この人にはかなわないな…と心でため息をついた。

部屋の中から男女のひそひそ声と甘い喘ぎ声がもれ出た。
寝具の上に男があぐらで座り、その男の首にかじりつくように腕を回した小柄な女は、寝具に膝をつき高く上げた腰をいやらしく動かしていた。そしてもう一人、化粧をして髪をきれいに結い上げた女がいる。その女は小柄な女の後ろに回り込んで座っていて、手は小柄な女の尻にぴたりと当てられていた。
遊女は白くてほそい指を夜霧になめさせた。夜霧はそれが陰部に少しずつ入っていくのを感じていた。どこを触っているのか解らないが、遊女の指の動きはすごく気持ちがいい。香澄はそんな夜霧の反応を見ながら彼女の乳房を揉みほぐす。香澄は右の中指を夜霧の唇にあてて「舐めてくれ」と頼んだ。夜霧はいやらしく舌を絡めて香澄の指をしゃぶった。香澄は夜霧の唾液で濡れた自分の指を遊女と入れ替わりに夜霧の陰部に差し込んだ。普段なら濡れていない夜霧の体内の肉が湿っている、香澄はそれに驚きながらも、いつものように中をいじった。夜霧の様子をみると少し落ち着いてしまったようだ。難しいものだなと思って中を色々にさわる。遊女は見かねて助け舟を出した。「こうよ」
「ああっ!」夜霧が香澄の首に強くしがみ付いた。すでに香澄の指がはいっている陰部に遊女の指がするりと滑り込んだのだ。さらに遊女の指は、夜霧の柔らかい肉を香澄の指を使って心地よく刺激する。思わず夜霧は声を上げて腰をうごめかした。遊女の指が抜けると香澄が教わった動きをまねして触る。飲み込みが早いのかそっくりに動かした。夜霧は喘ぎ声をころすのに必死だった、さっきまでの闇雲な香澄の指の動きが嘘のように気持ちよくなった。たたみかけるように香澄が「ここは?」とか「気持ちいい?」とか聞いてくる。夜霧は恥ずかしさのあまり消えそうな声で「・・気持ちいい。」と答えるので精一杯だった。
「濡れてきた」と香澄が感心していった。ふふふ、遊女の含み笑いが聞える。今は香澄が下に遊女が上に来ている。香澄は夜霧の中に二本目の指を入れて動かし、残った指と手で黒い茂みをかき分けると隠された肉の突起に口づけてたっぷりと舐めていた。遊女は夜霧の横に座って上半身を支えつつ背中にまわした腕で乳房を揉んだ。そしてもう一つの乳房に口づけして吸った。夜霧はのけ反って快感に耐えていた、喘ぎ声を抑えようとすると身体が小刻みに震えた。目を強く閉じても自分の息づかいと身体を二つの唇に吸われる音は聞こえる。耐えきれなくなった夜霧の喉からは「あ・・」「あ・・」と、途切れ途切れの声がもれ出た。「可愛いわね」遊女が夜霧の乳房を舐めながらいった、ふふっと香澄が笑う。色々な女を抱いてきた香澄だが夜霧は格別にいいと思っていた。喘ぐさまがなんともいじらしい。自分のことを好いてくれているところも嬉しくて、どれだけ肌を重ねても飽きない、夜霧には辛いことだとわかっていたが毎晩抱かずにはいられなかった。できるなら二人で喜びを分かち合いたいと思っていた。今夜は指に絡む液がいつもより格段に多い、もしかしたら上手くいくかもしれないな。香澄はそんな予感にわくわくした。「入れたいな」そう香澄がいうと遊女が夜霧の陰部に指を伸ばした。香澄に変わって夜霧の中に指を入れると濡れ具合を確かめる、香澄より細いはずなのに遊女の指に撫でられると、夜霧はさらに快楽を感じた。その様子をじっと見つめる遊女「良さそうね」遊女の指が抜けると夜霧は切なくなった、もっとしてほしいと身体がうずく。香澄が肌を重ねて来た、寝具に押し倒され陰部には硬くなった彼のものが触れている。「ゆっくりとね」遊女は身を引いて二人をみつめた。「入れるよ?」香澄がささやくと唇を重ねてきた。それと同時に夜霧の陰部の入り口からゆっくりと彼のものが入ってくる。身もだえするような快感が襲ってきた、さっきまで指でいじられていた部分を、今度は香澄が男のもので愛撫する。夜霧は思わず足を香澄の腰にからませて自分から腰を動かした。二人で腰を使っているとすごく気持ちがいい。香澄がさらに奥に入ってくると上半身を起こしてさらに腰を動かしやすくした。「はあっはあ・・っ」夜霧の切ない喘ぎ声が部屋中にひびく「ちゃんと見て」遊女の声がした「香澄さまに抱かれているのよ」夜霧は目をあけた、香澄と私がつながっている、つながっていてすごく気持ちいい。「よく覚えるの、身体に覚えこませるのよ」遊女がいった「はい・・」夜霧が答えた瞬間、香澄の先端が最深部に着いた。普段はそこを強く突かれるのだが、その夜はじっくりと奥をいじられる。体位をいくつか変えて香澄のものに奥を触られるとだんだん不思議な感覚が増してきた、夜霧もたまらなくなって腰を動かす。「中はどんな感じ?」遊女は手持ち無沙汰なのが嫌なのか、夜霧の乳房をいやらしく揉んだ。「わかりません・・」という夜霧に「だんだん良くなってくるわよ」といってくすくす笑った。夜霧は仰向けの香澄の上にまたがり下から貫かれる形になった。最深部の不思議な感覚のある部分を探して腰をうごめかす。香澄が見ている前で夜霧は今までないほど乱れた。それを後押しするように、遊女が後ろから夜霧の乳房もみ、陰部の突起をくりくりといじった。香澄から見れば非常に隠微な光景だった。美しい女二人が目の前で乳繰り合っている、しかも一人は恋人で香澄自身のものに激しく感じており、今まで見たこともない快楽の表情を浮かべている。香澄は夜霧の腰の動きから来る快感と、目の前の光景に激しく興奮した。夜霧も消えそうになる意識の片隅で、この感覚を覚えたいと思った。身体の下から見上げる香澄の目が野獣のように輝いている、夜霧はどこかで恐怖を感じた、あの視線は今までなんども浴びせられてきたものと同じだ、男との性交で激しい苦痛に苦しむ夜霧を色んな男たちが獣のような目で嬉しそうに見た。夜霧は頭をふってその記憶を消そうとした。集中しないと・・今私が抱かれているのは香澄なのだから・・。身体から快感の灯が消えていく気がした。「あ・・」と思った瞬間、夜霧は我に返った。駄目、駄目と思いながらも快感が消えていく「どうしたの?」耳元で遊女がささやいた。「なんでもありません」そういいながら身体の芯が冷えていくような感じを止められなかった、目から涙がひとすじ落ちた。遊女が気付いてそっと抱きしめた「大丈夫よ」夜霧は頭をふった。香澄が身を起こして夜霧の顔をのぞきこんだ、先ほどまでの獣のような目はもう無い。「ごめん」夜霧は変なことを思い出した自分が憎かった。せっかく上手くいきそうだったのに、せめて香澄が達するまでは気付かれないようにすればよかった。「大丈夫か?」香澄が心配そうに尋ねる、夜霧は遊女の腕から香澄の胸に身をゆだねた、情けない。

その後、香澄の猛りを鎮めるために夜霧は身体をあたえた。普段より濡れているのは間違いなかったので辛さはなかった。しかし先ほどまでの快感を思い出すと虚しくてたまらなかった。香澄が体内で果てると夜霧は優しくその身体をなでた。二人の情事が済むと遊女が布団の中に滑り込んできた。「眠りなよ」遊女は夜霧に優しく声をかけながら頭をなでた。夜霧はなんといえばいいか解らなかった、せっかく自分のために力を尽くしてくれたのに応えられなくて申し訳なく思った。「明日、またおいで」遊女がにっこりと笑った。「あなたの身体、私が治してあげる・・・・」夜霧は急に悪寒を感じて遊女を見上げた。彼女の顔はほほ笑んでいるが、その奥にたぎる何かを感じる・・どうも彼女は本気らしい。ぞくぞくぞくと鳥肌が立った。

翌日から夜霧は香澄にひっぱられての遊郭通いをさせられた。百戦錬磨の遊女にあの手この手でせめられてふらふらにされた挙句、香澄のもので絶頂に達した、それを一晩中繰り返されると夜霧は最後には気を失った。もう大丈夫、治ったと何度言っても遊女は聞いてくれなかった。しっかり身体に覚えこませないと・・といって舌なめずりした顔は今でも忘れられない。香澄にも女の身体について色々な知識をあたえたようだった。遊女が「もう大丈夫ね」といってにっこり笑った時、夜霧は心底ほっとした。同性なせいかごまかしも効かず、散々に乱れるまで押したり引いたり、入れたり出したり、夜霧の身体が快感を覚えこむまでけして許してくれなかった。男より女の方が怖い・・と夜霧は頭の片隅でそっと思った。

遊女に礼を言って遊郭を去った後、香澄は何を思ったか昼間から「しよう」と言い出した。場所は人気が少ない街道、近くに宿場もないのにどうするのかと思ったら、藪の中に引っ張り込まれ、木を背にして立ったまま肌を重ねた。あまり気の乗らない夜霧だったが香澄に付き合うことにした、気持ちとは裏腹に香澄の濃厚な接吻と軽い愛撫で夜霧の身体はまたたくまに反応し、女の部分から助平なよだれがにじみ出る、片足を抱えられて陰部をあわせると、二人は欲望に任せて身体をむさぼりあった。ひとごこち着いた香澄は満足げに「治って良かったな」といった、夜霧はすっかり変わった自分の身体に驚きながら、全身に広がる満足感を木漏れ日の中で味わった。

了(二〇一二年二月二十四日)

2016年1月27日加筆修正。

「荒療治のあと」

気怠いな…。
ぼんやりと天井の格子模様を見上げながら夜霧は思った。夜明けはまだ遠い深夜だが雲から見え隠れする月の光で多少なら夜目が利く。
手の甲で髪を掻き上げると額に驚くほど汗をかいていた。夏でもないのに背中まで汗で湿っぽい。身体の上で香澄が動いた「抜いていいか?」夜霧はうなずいたが正直言って少し名残惜しい。それをわかっているのか香澄はゆっくりと自分のものを夜霧の身体から抜いて行った。「あう…。」夜霧の体内はまだ刺激に敏感らしく抜かれている感覚が解った。夜霧は快感を追いかけて香澄の物をきゅっと締め付けた「あんっ」声が出るのを止められない。もっとして欲しいと身体が言う。
香澄が笑った気がした。
起き上がった香澄は夜霧に布を渡した。それから自分も適当な布きれで男のものを拭いた。布を渡された夜霧は重い身体を起こすと、股間から流れ出てくる男の精を拭きはじめた。香澄が放った精は身体を起こしたことで余計にとろとろと流れ出してきたが、彼女の股間を濡らしているのはそれだけではない。夜霧自身の身体から出てきた透明な液体が陰部から内腿にかけて驚くほど広範囲に広がって皮膚を濡らしていた。これだけの液が自分の身体から出るようになるとは夜霧は思わなかった。自分は男女の交わりで快を感じることはないと長く思い込んでいた。

あの日まで。

「風呂でも浴びに行くか?」そう香澄が声をかけた。
言葉の意味を理解するのに時間がかかった、霞がかかったような頭で夜霧は考え首をふった。まだ怠くて動くのが嫌だった。寝具の上で座り込んでいると香澄が近寄ってきて身体を抱き寄せる。夜霧の白い首筋を指で撫でて顎を上に向けると唇を重ねる。そのまま首筋から耳元まで愛撫すると耳を噛みながら「満足した?」と囁いた。そんなこと答えられるわけがない。「もう一度してもいい?」香澄は妙に甘えた声で夜霧に尋ねる、そんなの断るわけがないじゃないか。
この男、抱きたければ無言で押し倒せばいいものを、わざわざ言葉にして聞いてくるところが癪に障る。本当は解っているくせにわざわざ尋ねてくるのが癇に障る。
だから答えてやらない。答えてはやらないけど、どうしても顔に出る。それが嫌でたまらなかった。
香澄の片手が夜霧の胸に触れる、軽く揉んで乳首をつねるとすぐに反応したらしく「固くなった」と嬉しげに報告する。軽めの口づけをしながら、まだ汗で湿った寝具に寝かされた。香澄は口を夜霧の胸に移動させる、片手で胸を揉み口で吸いながら自由なもう一方の手は夜霧の肌をなぞりながら下に伸びて行った。
つい先ほどまでたっぷりと愛された夜霧の身体はたまらない、こらえてもすぐに息が上がり、ちょっとしたことでも声が出た。夜霧の脚の付け根にある茂みを香澄は指に巻きつけて遊びはじめた。夜霧が腰をくねらせて抗議すると、やっと陰部の方に指を這わせた。わずかに開かれた脚の隙間から指をねじ入れるとすぐに濡れ具合を確かめる。「ぬるぬる」また嬉しそうに香澄は報告する「入れて良い?」指で入り口を触られただけでもさっきまでの快感が蘇ってくる。夜霧はうなずくしかない。てっきり指を入れるものだと思っていたら、男のものをあてがわれた。「行くよ?」香澄のものがゆっくりと中に入ってくる。「あっ…!」入り口を押し広げられただけで夜霧の身体がのけ反る。香澄は余裕たっぷりに先端だけで入り口をもてあそんだ。くちゅくちゅとやらしい音がする。「入れて欲しそうだねぇ」また妙に甘えたようないやらしい声で香澄が尋ねる。夜霧の腰は香澄のものを求めて無意識のうちに動いていた。「まだ駄目」そういうと香澄は身体の向きを変えて夜霧の股間に吸い付いた。自然と香澄の股間が夜霧の目の前に来る。愛しい人のものを見て夜霧は驚いた。さっき果てたはずなのにいつの間にこんなに大きくなったのか、最近の香澄は猛っていることが多くなった。一晩に二度、三度と求められる。
香澄が指と舌で夜霧の弱い部分をたっぷりと責め上げる。夜霧も負けじと香澄のものを頬張った。張り裂けそうな先端に舌を這わせてしゃぶり、幹の部分を唇で締めてこすり上げる。すると気持ちがいいのか口の中の香澄のものがぴくぴく動いた。
二人で散々気持ちいい部分を探り合い触りあっていると、先に夜霧が音を上げた、香澄の指と舌の動かし方が気持ちよくって意識が飛びそうになった。身をよじって香澄の動きを止めそう伝えると、香澄も向き直って自分のものを夜霧の入り口にあてがう。夜霧の口の中で最大限にまで膨らんだ男のものが入り口を押し広げる、先ほどと同じようにくちゅくちゅと入り口をもてあそぶ音がする、舌や指とは違う太くて固い肉の感触に夜霧は嬉しくなって香澄の腰に脚を絡ませた。すると一気に、一気に根元まで香澄のものが、夜霧の体内の奥深くを突き上げた。夜霧は悲鳴に近い声をあげる、たっぷり愛撫された部分だけでなく、指では届かなかった肉の壁までも一気に押し広げられる感覚…。
香澄は先端近くまで腰を引き。もう一度根元まで突き入れた。そのたびにびくっと身体がのけ反る。強引な方法だが一度絶頂に達した夜霧の身体から、もう一度快感を引きずり出そうとしているのが解った。香澄が男のものを引き抜くたびに、膨れあがった先端部分の反り返りが、夜霧の内壁を削り取るようだった。そしてすぐさま押し込まれる。夜霧はその感覚をもっと味わいたくて尻の穴をすぼめ、そのすぐ上の部分で出し入れを繰り返している香澄のものを締め上げた。香澄の息も荒くなる「夜霧…そんな絞めたら痛い…。」夜霧は気を付けて絞めたり緩めたりを繰り返した。「ちょっと待って、気持ちいい…。」香澄がものを抜いて休もうとしたので、夜霧は慌てて香澄の身体にしがみ付いた「抜かないで…っ」

香澄はものを入れたまま腰を動かさない。夜霧と香澄の陰部は密着しさらに夜霧が香澄の腰を脚でしっかり抱え込んで離さない。身体の中の香澄のものを夜霧は必死で味わった。全体を絞めるだけでなく、入り口から奥まで順番に絞めたり、奥から入り口に向かって絞めたり。もう少しで快感に手が届きそうなのに届かないもどかしさで半狂乱になりそうだった。たまらなくなって腰をもぞもぞ動かすとたちまち香澄が手で止める。絞めたり緩めたり絞めたり緩めたり、手や舌のように自由がきかないもどかしさが辛かった。
急に香澄が夜霧を抱き起すと、二人は向かい合わせに座ったような形になった。急に腰の自由が解かれて、夜霧は狂ったように腰をふった。自分の体内の気持ちいい部分を見つけると香澄のものでそこを擦った。完全に目覚めさせられた身体から、次々と快感の場所を見つけ出すと夜霧は必死でこすった、来て…来て…。夢中になるあまり意識が吹き飛びそうになった瞬間、もう一度寝具に押し倒された。続けざまに香澄がその上から覆いかぶさる。「あ、嫌」と思ったのも束の間、もう一度出し入れが開始された香澄のものに夜霧はたちまち虜になった。「いやっ!いやっ!」言葉とは裏腹に夜霧の腰は隠微に動き、香澄の硬い肉を包む夜霧の粘膜からはとめどなく液が流れ出した。香澄の硬い肉の感触を味わいたくて夜霧は夢中になって膣を絞める。「ううっ」香澄がうめき声をあげ、腰の突きが早くなった。香澄の硬いものが体内で暴れるほど、夜霧はどうしようもなく感じた。甘い喘ぎ声が叫び声になって止められない、察した香澄が唇を重ねて声を制した。
香澄の首に夜霧の腕が絡まると、二人の身体は二回目の絶頂に向けて激しく動き始めた。
先に達したのは夜霧だった。かくん、と身体の感覚が変わった気がしたかと思うと腰から全身に快感の波が押し寄せた。膣の内部がひどく敏感になり、香澄のものの動きがわかった。わかって…動かされるたびにものすごい快感が彼女を襲った。香澄が夜霧の口をしっかり塞ぎ身体を押さえて居なかったら、夜霧は獣のように暴れて叫んだだろう、香澄も容赦なく突き上げた。もう少し余裕があれば、香澄の身体のとりこになった夜霧を色々な角度で責め上げて、乱れるさまを存分に楽しむこともできたのだが、彼もまだ若く目の前で愛しい美しい娘が淫らに悶えるさまを見て興奮を押しとどめることができなかった。
先ほど出したばかりの精が、またたっぷりと込み上げてきていた、自分が腰を動かすたびに狂ったように悶える夜霧を見ながら香澄は彼女の身体の奥に向けて精を放った。
ぎゅうぎゅうに締め上げられた男のものの中を精液が走り抜け濁流のように先端から噴き出した。脳天を突き上げるような快感に香澄は力の限り何度も子宮に向かって腰を打ち付けた。

大量の精液が出ている気がする。香澄!と叫ぶ声が聞こえる気がする。だけど最後の一滴まで絞りきり、快感が遠ざかるまで香澄は腰を打ち付けるのを止めなかった。

夜霧は香澄が達した瞬間に意識が飛んだ。快感が全身を覆い、そこで手加減されておれば延々と快感の海の中で浮くでもなく沈むでもなく、香澄の腰の動くままに翻弄されていたのだが、さらに激しく腰を打ちつけられてしまって、とうとう気を失った。
気を失うと感覚が全身を支配した。夢を見ているかのような不思議な感覚、だが体内からこみ上げて来る激しい快感で全身がおかしくなりそうだった。目を開けていても光が見えず身体には力が入らないそれらは永遠とも思えるような一瞬で過ぎ去って彼女の記憶は途絶えた。

香澄という名の獣は、夜霧の身体でたっぷりと快楽を味わい尽くすと、精を放ったものを抜きもしないで女の身体の上に倒れ込んだ。こちらはかろうじて意識を保っていた。
激しく呼吸が乱れ、汗が流れた。乱れて自分を欲しがる夜霧の可愛さを思い出しながら、男は達成感を味わっていた。しばらくそのまま休んで、ゆっくりと身を起こした。流石にこの二回目は体力を使ったようだ。愛しい娘はぐったりとして目をつむっていた。
娘の名を呼び、頬を舐め、唇を吸い、まだ娘の身体から抜かずにいた男のものを動かして内部をつっつき、胸を揉んだり吸ったり、ささやかな悪戯をしていると娘が眼を少しずつ開いた。
そのうっとりとした眼差しは極上と言わざるを得なかった。香澄は初めて見る夜霧のその顔に心を奪われた、改めてこの娘の美しさに気付き、この女の心と身体を独り占めしている自分の幸運を感謝した。少しずつ意識を取り戻しているらしい夜霧は、刻一刻と変わる夕焼けのようだった。先ほどの表情はいつの間にか消え次の表情が現れた、先ほどの表情も美しかったがその次もまた美しい。涙で潤んだ黒い瞳が微かに動くと香澄の方を見た。
見つめられて総毛立ちそうになる。濡れて火照って赤みおびた唇が微かに動くと「香澄…」と小さな声で囁いた。
声を聞いた瞬間、香澄は夢中になって夜霧の唇を吸った。汗に濡れた華奢な身体を折れそうなほど抱きしめて肌という肌に口づけした。
すると夜霧が身もだえして騒ぐので、どうしたのかと聞くと、どうやら肌に触られると異様に感じるらしい。先ほどの快感が強すぎて、肌まで敏感になってしまったのだろうか?
その後の香澄は、嫌がる夜霧を押さえ込んで身体中まさぐり、舐めまわし、挙句の果てに三回目の挿入をして、何をされても感じてしまう夜霧に色々な体位を試して楽しんだのは言うまでもない。ともかく一晩中可愛がられた夜霧はしばらく口をきいてくれなかったそうだ。 了

「陽炎」

蝉が喧しく鳴いていた。真昼の太陽がむき出しの地面を焼き、肌では感じられない薄い風が乾いた大地から細かな砂塵を巻き上げていた。あり合せで作られた広場にはろくな日避けもなく。カサカサと音を立てる草に囲まれた木立がわずかな木陰を作っていた。面白半分に集まって来た見物客は、汗を拭きながら少しでも木陰に入ろうとしていた。皆が広場の中央を見つめる。そこでは今まさに息詰まる対戦が繰り広げられていた。

用心棒を募集する。という看板が河原に立てられたのは今からひと月と半分ほど前だった。太平となりつつある時代の中で仕える主もなく、さりとて戦で名を上げる望みももはや絶たれつつあることを感じ取る野良の武士たちが巷にはあふれていた。そんな彼らにこの用心棒の話は魅力的であった。寝床と飯といくばくかの金、それだけのために一名という枠に数十人の武士たちが名乗りを上げた。今、広場で人々が固唾をのんで見守る香澄重太郎もその一人であった。用心棒として名乗りを上げた武士たちの中でも抜きんでて彼は強かった。戦いは香澄の一人勝ちであるように思え、歴然たる力の差に参加を辞退するものまで現れる始末だった。香澄は次々と挑んでくる相手を払いのけ一人涼しい顔をしていた。果敢にも挑んでくる挑戦者を巧みな立ち回りで打ちすえ、相手の木刀を叩き落とし明確な力の差を見せつけた。主催した商人も彼を見て満足そうである、これほど強い侍を雇えば盗賊らに怯える日々も終わると考えた。見物客らもみな用心棒は香澄に決まるだろうと思った。
だが最後の相手が桁違いであった。ここに来て香澄が苦戦をしている、相手は香澄と同じような風来坊、歳は十ほど離れて背も数段高い。しかし自分と同じにおいがすると香澄は感じていた。

二人の剣士はお互いに相手の間合いを読んで動かない。汗がしたたり落ちるがそれをぬぐうこともない。太陽が容赦なく地面を焼き脳天から鋭い光線を浴びせ続け、蝉はどこまでも喧しい。じりじりと男が香澄に向かって歩みを進める、それを受けて香澄も足を動かした、ぱっと砂塵が上がったかと思うと木と木のぶつかる音が広場に響いた。意外にも乾いた音で、剣の心得があるものならばどちらかの木刀が折れたとわかる音だった。
男と香澄はすれ違うとすぐさま向きを変えぶつかりあった。男は上から木刀を降りおろし香澄は男の足を思いっきり蹴った。傾く体躯の鳩尾めがけて香澄の右腕が強烈な突きを入れると、男は呻いてその場に倒れた。口からは涎と胃の内容物があふれ出る、香澄は男の木刀をつかむとその切っ先を男の喉元に押し当てた、勝負あった。からんと遠くに木刀が落ちる音がした。香澄の折られた剣がやっと地面に落ちた。

香澄はしばらく男を眺めていた。汗がしたたり落ちる、目がぎらつき息は上がっていた。これで全ての試合は終了した、俺は勝ったらしい。気が酷く高ぶっている、さっきの打ち合いで木刀が折られた瞬間死が頭をよぎった、そこからどうして巻き返せたのか、自分でもわからない。香澄と呼ぶ声がした。その涼やかな声を聞いて誰もが周りを見回した。胡散臭い男どもや土にまみれた女たちばかりだと思っていた見物人に中に一人静かにたたずむ武士が居た。青年かと見まがう凛とした雰囲気だが、よく見れば手やあごの作りがずいぶん華奢である。顔は深い編笠に隠れて良く見えないが後ろから伸びる束ねた黒髪は美しく輝いている。編笠の下から少しのぞいた口元がためらいがちにもう一度動いた。

香澄。名を呼ばれて香澄は我に返った、この試合を開いた商人の使用人が呼んでいる、が香澄に届いたのはその声ではない。香澄が見物人の方に目をやると陽炎の向こうにぼんやりとたたずむ、すらりとした人影を見つけた。夜霧丸か…。香澄は歯をむき出しにして笑うと見物人の群れに元気に手をふった。そして彼の名を呼ぶ商人の使用人の元に急いだ。

その日の夜は祝いの席だった。香澄を雇った商人は彼の強さを褒め丁重にもてなした。彼が言うには、近ごろ、主のいない武士や戦で農地を失った農民たちが、武装し盗賊になって、方々の家を襲っているという、この屋敷も標的にされており、いつ襲ってくるか分らない。そのために用心棒として香澄に居て欲しいというものだった。特に珍しい話でもなく香澄は話を半分も聞くと、承知したといい後は飲食に専念した。その席には夜霧丸も来ていた、夜霧丸は香澄と長く旅を続けている女である。香澄は手短に「私の妻です。」と紹介した。二人は正式に夫婦となっているわけではないが、男女の関係になってから久しい。だから妻だと言っても特に差しさわりはない。それに今回、香澄が用心棒の試合に出ると決意したのも夜霧の身体を案じてのことだった。夜霧からはまだ何も報告はないが、いつ彼女の身体に香澄の子が宿ってもおかしくはない状態だった。

商人は屋敷の一室を香澄らの部屋として準備した。宴も終わり二人はそこに案内されると、夜霧はやっと二人きりになってほっとした。昼間の戦いの最中からずっと香澄を見ていたが少し様子がおかしいような気がしていた。今日の最後の相手は強かった、香澄と互角・・彼が勝てたのは運が良かったといっても過言ではない。その相手を倒してから香澄が沈んでいるような気がする。

夜霧の視線に香澄は気が付かない、酒の酔いに身を任せてぼんやりしている。大丈夫?と声をかけても生返事しか返ってこない。きっと疲れているのだと思った夜霧は、今夜は彼をゆっくり休ませてやろうと寝床の準備を始めた。寝るにはまだ少し早い時間だったが構わない。ふいに「夜霧・・」と香澄が呼んだ、ふりむくと香澄が相変わらず空を見ながら呟いた「慰めてくれ」

夜霧は部屋の明かりを少し落とした。香澄はさっさと床に寝転がって天井を見ている。夜霧は帯を解きながら「休んだ方が良いのではないの?」と聞いた。答えがないので香澄の横に寝そべり手足を絡めた、香澄はよほど疲れているのか身じろぎしただけだった。「大丈夫?」夜霧は長い髪を掻き上げると香澄の首筋に口づけをした。そのまま耳まで唇でなぞっていき顔を両手で包むと優しく接吻した。唇に軽やかな接吻を繰り返していると流石に香澄も応じて、二人で唇を吸いあった。夜霧は手を顔から香澄の肩、そして腰にすべらせて彼の着物の帯をゆるめた。そして着物の衿を広げると筋肉で固く締まった胸に舌をはわせた。いつも彼がするように首筋を舐めて肩を甘く噛んで、乳首に口づけした。厚みのある胸にちょこんと付いた男の乳首を吸いながら、もう片方は指で愛撫する。いつもなら身体を貪られるのは夜霧なのに今日は正反対だ。それに戸惑いながらも香澄の興奮具合を知りたくてそっと股間に手を伸ばした。香澄の男のものはすでに固くなり天井に向かってそそり立っている。夜霧はほっとしながら褌の上からそれを撫で、香澄の耳元で「なめた方が良い?」と聞いた。うん。とか、ああ。とか香澄のいい加減な返事が聞こえると、夜霧は香澄の足元に顔を向けて手を腰の方に伸ばす。男のものを布ごしに少し触った後、褌の中からそれを取り出した。薄明りで見えるそれはいつものように大きくなっていた、夜霧はそれを両手で支えると、先端の敏感なところを柔らかい唇で優しく愛撫した。少し皮をずらしただけで先端の部分がむき出しになる。お互いに昼間の汗は風呂で流しているからさほど匂いはしない、夜霧は心をこめてつるりとした粘膜をなめ、先端の割れた部分に舌を差し込み動かした。すると塩っぽい味の液が先端からにじみ出てきた、先走りだ。それを舌で舐めとりながら先端のふくらみを口全体で包み、ちゅっちゅっと吸った。
香澄の腰がもぞもぞ動く、自分の愛撫に香澄が感じてくれていると思うと夜霧は嬉しくなった。今夜は香澄をたっぷり悦ばせてあげようと思い、もっと動きやすいように香澄の身体に自分の身を重ねて脚を広げまたがる。しばらくそのままの体勢で香澄の敏感な部分をなめ続けた。香澄はしばらくその快感を味わっていた、だんだん奥からこみ上げて来るものを感じると、目の前にある夜霧の白い尻を揉んだ。肛門のある位置から下の方を二つに割ると女の部分がむき出しになる。指にぬるつきを感じる。男のものを舐めながらこの女はもう濡れている。夜霧の陰部は普段から綺麗に手入れされている、陰毛は前方部分だけ残して短く剃ってあり白い柔らかな皮膚が見える。香澄が舐めたり触ったりしやすいように、彼女の淫乱な部分はいつでもむき出しになるよう手入れがなされてあった。
今夜はまだその部分に手を付けていないのに、夜霧の体は念入りに教え込まれた快楽を思い出しているようで、すでに涎をたらしている。香澄はぼんやりとこの貪欲な穴をどんな風に可愛がろうかと思った。そしておもむろに女の尻を抱き寄せると、小ぶりの桃のような柔らかい肉にかぶりついた。甘い果汁こそ出ないもののぬるぬるした液がにじみ出てくる。肉を割り開き、割れ目にそって縦に何度もなめると液はさらに増える。香澄は穴を探り当てると中に舌を差し込み動かした。そうやって二人で気持ちのいい部分をなめ合うと興奮が嫌でも高まる。香澄が夜霧に合図すると夜霧も心得たもので、香澄の方に向き直ってまたがると今までなめていた男のものを、濡れた自分の身体の中にそっと導いていった。香澄の先端を自分の身体の下にある穴の入り口にあてがいゆっくりと中に入れる。肉を押し広げて入ってくる感覚に夜霧はつい「あ・・」と小さな声を漏らした。夜霧は膣の肉をきゅっと締めたり緩めたりして香澄のものを刺激しながら少しずつ奥まで差し込んでいった。たっぷり時間をかけて全てを飲み込むと、夜霧は本格的に腰を動かし膣を使って愛撫を始めた。香澄は早くも気持ちがいいらしく息が荒くなっている。夜霧は腰を密着させたまま、意識して膣の入り口から奥まで順番に肉を引き締める。香澄は夜霧の身体を抱きしめるとそのまま膣の肉の動きを味わった。気持ち良くてたまらない。夜霧は香澄の胸に身体を預けながら巧みに膣で男根を愛撫する、香澄が腰を無茶苦茶に動かしたいのをこらえているのが解る。背中にまわされた腕に力がこもり指先が無暗と夜霧の肌を撫でまわす。夜霧はより集中して膣肉を動かした、男の性感は知るよしもないが体験的に知っている事はある。香澄の好きな動きを思い出しながら膣の肉を動かす。どのくらいの時間が過ぎただろうか我慢に我慢を重ねた香澄もたまらなくなり夜霧に「そのままぐっと絞めていろ」と耳打ちすると、夜霧の身体をしっかり抱いたままぐるりと身体を回して夜霧の身体の上に乗った。夜霧が穴に力を入れて絞めたままなのを確認するとおもむろに腰を動かした。最初はゆるゆると、そしてぐいぐいと激しく突きだした。その時、夜霧は初めて自分の体内がひどく濡れていることに気付いた。欲望に火が付いた香澄の腰が激しくぶつかり、そのたびにぐちゅぐちゅという音がする。夜霧はもう少し念入りに膣の中を愛撫してほしいと思ったが、もう爆破寸前の香澄には酷な話かもしれない。今夜は香澄を悦ばすのだと決めたことを思い出して、香澄の腰に合わせて腰を動かし膣を締めた。「出すぞっ」香澄は短く言うが早いか、男のもので夜霧の子宮口を突き上げた。優しく撫でるようにいじられると極上の快感を呼ぶその部分も、力任せに突き上げられてはどうしようもない。痛みでも快感でもない強い感覚に思わず夜霧は声を出した。
まだ、屋敷の使用人は起きている時間に違いない、初めて来た屋敷で初めて会った人々にさっそく自分の喘ぎ声を聞かせるのは恥ずかしくてたまらなかった。必死で声を抑えようと思うが、香澄の突きがそれを許してくれない。「香澄っ・・待って!」と声を絞り出していっても香澄の興奮をさらに高めただけのようだった、夜霧は両手で口をふさいで必死で終わるのを待った。すると香澄が「まだ力を抜くなよ?」と耳元でささやいた、何かと思うと今度は身体をあわせたまま四つん這いにされた。限界まで膨れ上がった男のものがきゅっと締めた膣の中で一回転すると、その快感に夜霧の身体はのけ反った。そして香澄は後ろから夜霧の甘い肉を貪りだした。夜霧は口から声がもれないように両手で押さえて、巧みに膣を動かした。別の生き物のようなその動きに香澄はしばらく酔いしれ、そして快感に任せた突きを開始する。「もっと声出せよ。」「いや。」「どうしてだ?」「ばか。」そんなやり取りをしながらも香澄の興奮は高ぶり、腰の動きも激しくなっていった。「いいか?」夜霧は夢中でうなずいた。もう声をこらえるのも限界だった。抑えていても漏れ出る声は甘く、苦し気になっていた。もう二人は無茶苦茶に腰を動かし快感を貪った。香澄が「うわぁっ」と叫ぶと、夜霧の体内に突き入れたものから精液がほとばしった。香澄は夜霧の身体から男根を引くやいなや最奥めがけて突き入れる。男根の先端が子宮らしきものに突き当たるとき一段と狭い部分を通るそこで亀頭をこするのと涎が出そうなほど気持ち良い。さらにその狭い部分で先端をこすり続けていると精液がどんどん吹き出す。香澄は頭の中が真っ白になって獣のような声を出した。

香澄が精を吐きつくしてぐったりとすると、夜霧も力が抜けた。夜霧の快感は絶頂まで行かなかったがそれでも満足だった。香澄はけだるそうに床に横になった。夜霧は内腿を滴り落ちる男の精を拭くと彼の横に寝そべる。香澄は夜霧を抱き寄せるとその胸に甘えた。肌の温もりを確認するように乳に頬をこすり付ける。香澄はさっきの獣のような激しさをすっかりどこかにやってしまったようだ。夜霧はそんな香澄を優しく抱きしめた。夜霧の乳房に吸い付いた香澄はまるで大きな赤ん坊のようだった。そんな様子が愛おしくてたまらなくなった夜霧は香澄の汗ばんだ身体を撫でて頭をしっかりと抱いた。

商人の家には一年と半年近く世話になった。二人はそれなりに商人の屋敷の生活に溶け込んだ、香澄はもとより大らかな性格だったし、武士らしくない気さくさで使用人らの評判も良かった。夜霧はもとから器用なたちで家事や手伝いを進んで行ったし、控えめながらも色々と気を配って屋敷の女たちに溶け込んだ。彼女の美貌は屋敷だけでなく町中の男らの注目を浴びたが、香澄が毎晩のように可愛がっていると知れていたので、誰も遠くから眺めるだけだった。それに香澄は夜霧の居ない時を見計らって、彼女との夜の情事を面白く話して聞かせるものだから、おおむねそれで満足した。また屋敷の使用人たちはこっそりと二人の夜の営みを覗き見した。香澄もそれを了解していて、ちょっと戸をあけて月明かりが差し込むようにしたり、明かりをわざと付けたままにしたりして夜霧を抱いた。灯りに照らされて夜霧の白い肌が輝き、黒髪が乱れるさまは覗き見する者らにとってもたまらなく隠微だった。

しかし平穏な日々にも嵐は来る。盗賊たちが近づいているという噂がこの町にも届き、香澄らも警戒を強めていた。そのころ夜霧の身体には香澄の最初の子が宿っていた。彼女の悪阻は激しく寝込むこともしばしばだった。幸運にも商人の妻を初めとして周囲の女たちが、妊娠で不安にかられる夜霧を慰め、色々と気を使ってくれた。この人たちが居るならお腹の子も無事に育ってくれるかもしれないと夜霧が思いはじめたとき、事件は起きた。
盗賊らが夜中に忍び込んできたのである。異変を察知した香澄は男らを集め武器を持たせ、女と子どもたちを屋敷の奥に隠れさせた。そして自ら指揮をして夜盗らと戦った。身重の夜霧は女たちと共に隠れた、彼女も剣術の心得はあったが今は戦えるような身体ではなかった。それでも太刀を持ち、いざとなれば戦う心づもりで居た。

屋敷の外や入り口が騒がしい、香澄らを先頭に男らが戦っているのだろう。女たちはひたすら脅えていた、そんな中で夜霧だけが嫌に冷静にあたりの気配をうかがっていた。酷く嫌な予感がした。その予感は的中し、どこから入ったのか一人の男が女たちの隠れている部屋の戸を開けた、見覚えのない男の登場に女たちは悲鳴を上げた、夜霧は太刀を持ち女らと男の間に立った、そして別の出口から外に逃げるよう女らに指示した。男は布を顔に巻き付け隠している、だがどこかで見覚えのある姿だと夜霧は思った。背が非常に高い、男が剣を抜くのと夜霧が抜刀したのは同時だった。重い身体を駆使して間一髪、夜霧は男の打ち込みをかわした。しかし相手の方が数段上だった、男の打ち込みは早く重い。ただでさえ素早く動けない夜霧は防戦が精一杯だった。瞬間夜霧は男のことを思い出した、いつか用心棒の試合の時に香澄と互角に戦った男だった、それでは、自分が挑んで勝ち目のある相手ではない。
夜霧がそれに気づいたときすでに遅かった。彼女は部屋の隅に追い詰められ、逃げ場を失っていた、男は彼女を頭のてっぺんから足先まで見つめると、軽く膨らみ始めた腹に目を止めた。男の目がにやりと笑う、その視線に夜霧は寒気がした。お腹の子は何としても守らねばならないと強く思った、男が動くと夜霧は反射的に腹をかばった。男は刀の峰で夜霧の身体を打った、鉄の棒で打たれる痛みに夜霧は悲鳴を上げた、すぐに殺すつもりはないらしいが、何を考えているのかも解らない。頭部を打たれ一瞬夜霧の意識が飛んだ、その隙をついて男が夜霧の身体を蹴とばした。彼女は受け身を取ることもできずに木の床で身体をしたたかに打った。男はなおも夜霧を攻撃した、知らせを聞いて香澄が部屋に飛び込んで来た時と、男が夜霧の鳩尾に強烈な蹴りを入れたのは同時だった。
香澄の腕や刀はすでに盗賊の返り血で赤く染まっていたが、男にいいように虐待された夜霧の姿を見て思考が飛び、目の前が真っ赤になるほどの激しい怒りが燃え上がった。香澄は刀を振り上げ男に飛びかかると、めちゃくちゃに打ち据えた。男の手足が飛び全身を切り刻んでも怒りが収まらなかった。男がとうにこと切れても香澄は執拗に叩きのめした。もはやどちらが悪鬼か解らぬありさまだった。
夜霧はとにかく地獄のような有様から逃げようともがいた。男に踏みつけられた鳩尾が不吉に痛む、もがくと激しい痛みが全身を襲った。胃液が逆流し嘔吐が止まらない、意識を失いそうになる狭間で最後まで残った思いは腹の子のことだった。無事だとは思えないが無事を願った。夜霧と香澄の初めての子だった、産まれて来てほしいと初めて思った子だった、だが願いも虚しく腹の子は流れた。

その夜の騒動の後、しばらく夜霧は立ち直れずにいた。子どもを亡くしたことが悔やんでも悔やみきれなかった、それは香澄も同じだった。香澄が惨殺したせいで男の正体は解らないままになった。盗賊の親玉だといわれたが、殺しきれなかった賊は皆逃げたので詳しいことは解らずじまいだった。ただ盗賊らに大打撃を与えたのは間違いないようで、それからというもの夜盗の話は聞かなくなった。
だが、そんなことよりも夜霧の悲しみの方が深刻だった、過去の辛い記憶が呼び戻され彼女を苦しめた、なんとか平静さを保とうとする姿が痛々しく、香澄は無理をしなくていいといっては慰めた。とうとう彼女は悲しみのあまり病気になり床について動けぬまま半年が過ぎた。心身が弱っていたところにちょっとした風邪をこじらせて高熱を出した。香澄は付きっきりで看病したが熱はなかなか下がらない。病に苦しみながら夜霧は悪夢を見ていた、熱のせいで目覚めることができず、延々とうなされ続けた。見かねた香澄が夜霧を起こそうとしたが意識がどうしても戻らない。そんな状態が数日続いた

やがて二人は商人の屋敷から去り、もらった金で小さな道場を立てた。香澄の強さはちょっとした評判になっていたから剣を習いに来るものも多かった。その時の暮らしも長くは続かなかったが、苦痛にまみれた夜霧の人生の中でも一番穏やかで幸せな日々だったのではないかとのちの香澄は思うのだった。

「エピローグ」

しばらくして、ある町に一つの道場ができた。そこの主は若いがめっぽう腕が立つと評判だった。またそこの若い奥さんが人並み外れて美しいと噂が立った。
門下生は道場での厳しい剣の修業を受けたが、その奥さんが少しでも顔をのぞかせると一瞬で疲れが消える、そしてまた剣の修業に励めるというのだった。
道場の主は香澄であり、その妻は夜霧丸だった。今では夜霧と呼ばれている。二人が結ばれて久しく、二人には一人の男の子どもが生まれていた。

そんなある日、道場破りが現れた。なかなかの腕前で二番弟子、一番弟子も破れる。最後に主の香澄が相手をすることになった。しかし道場破りはなかなか打倒せない
おかしなことに香澄の攻撃をかわすばかりで、自分からはほとんど仕掛けて来ない。ただ時間だけが立って行った。

一方、夜霧は子どもをあやしながら家事をしていた。道場から試合の音が聞える。夜霧は一抹の不安を抱えながらも、主人の腕を信じていた。そこに人影が現れた4人の黒装束の男たち。夜霧の顔から血の気が引いた。人を呼ぶが、道場からの音で声が通らない。
夜霧は素早く隠してあった刀をひっ掴み、構えた。こうなることは承知のうえだ。彼女は可能な限り、香澄に武芸を習っていた。彼にとって一番弟子といっていい存在が夜霧だった。狭い家の中では十分に動けない。夜霧は四人の隙をついて家の外に出た。家の裏庭には竹やぶがある、夜霧は飛び道具を避けるためにそちらへ逃げた。

「愚かな」黒装束の一人が夜霧を追いながら呟いた。「そちらは鋼鉄の線が張り巡らしてあるわ」夜霧は鋼鉄の線に気づくと竹やぶに入らず、一本の竹に飛び移った。そうやって一本の竹を揺さぶると別の竹に飛び移った。そうやって竹を揺さぶっていくとやがて竹林全体が揺れだした。ぷつん、ぷつん、張り巡らされた鋼鉄の線が切れる音がする。「こちらの番よ」そういうと夜霧は竹林の中央に走っていった。後を四人の忍びが追う。夜霧の姿が突然消えた、しかし、どこからともなく彼女が背負っていた子どもの泣き声がする。「これで隠れたつもりか」一人が泣き声のする方に近づき土中に刀を刺した。ブツっと嫌な音がして鋭く尖った竹が男を串刺しにした。夜霧は土中に掘ってあったトンネルを移動する。赤ん坊の泣き声が竹林中から聞こえた。男たちはめくらめっぽうに刀を突き立てた。すると仕掛けられていた竹槍が雨のように降り注いだ。夜霧が現れた。男らは刀を構えた。

「ただでは死なないわ」三人の忍びに囲まれたのを確認して彼女は周囲に火を放った。火は竹に燃え移ると、竹に仕込まれた火薬が次々と爆発した。三人の内、一人が逃げ遅れて負傷した。火はあっという間に燃え上がり、中では誰も生きていられないと思われた。
炎の竹林から逃げ出した男を香澄が襲った。一刀のもとに脳天を叩き割る。夜霧はまた別の男と対峙していた。「夜霧、強くなったのう」黒装束の男はいった「師匠」夜霧は刀を構えじりじりと間合いを詰める。「戻ってこい夜霧、今なら子ども共々助けてやる」「私には香澄がいます」「あの男は忘れろ」「できません」師匠の打ち込みを夜霧は受け止めた。助けるといいながら全く手加減がない。恐らく嘘なのだと思った。師匠の剣さばきは香澄のそれに比べて精彩を欠く。勝機はあると夜霧は思った。師匠の周りにキラキラと光るものがある「(鉄線・・)」夜霧は風上に回った。風に流されたそれに絡め取られる訳にはいかない。夜霧は師匠の間合いに踏み込んだ。閃く刃、肉が斬れる鈍い音があたりに響いた。

「やったか」香澄が来た。「うん」夜霧は師匠の亡骸を見つめてつぶやいた。「こっちも最後の一人を倒した」夜霧は忍びたちの服をあらため、連絡に使う用紙を取り出した。「これで誤魔化せるとは思えないけど」「また来たらまた倒せばいい」それに夜霧絶命と書き記した。
焼け焦げた竹やぶから赤ん坊の泣き声がする。「熱い思いをさせちゃった」夜霧は慌ててそちらに向かい、土中深くに隠した赤ん坊を掘り出した。「この子が大きくなるまで逃避行はお預けだからね」香澄は微笑んだ。「俺はお前とこの子が居るならどこでも満足だ」そういうと三人は道場に向かっていった。



<了>2016年1月27日加筆修正。

「さみだれ」

「さみだれ」

時代小説です。五月雨の中を二人の旅人が行く。だが、一人が高熱を出して雨宿りすることに。彼を介抱していた香澄重太郎はあることに気づいた。(「さみだれ」)香澄重太郎は仕事がうまくいき、夜霧丸を誘って遊郭に向かう(「続・さみだれ」)二話以降強い性描写や残酷表現がございますのでご注意ください。pixiv、「小説家になろう」の成人向けサイトでも公開しております。

  • 小説
  • 中編
  • 恋愛
  • 時代・歴史
  • 成人向け
  • 強い暴力的表現
  • 強い性的表現
更新日
登録日
2016-01-29

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 「さみだれ」
  2. 「続・さみだれ」
  3. 「青葉木梟―アオバズク―」
  4. 「夜霧」
  5. 「荒療治」
  6. 「荒療治のあと」
  7. 「陽炎」
  8. 「エピローグ」