JCに生まれ変わった僕のヤモリが可愛くて強すぎる件。その2

新たな陰謀の始まり

 ここは人気(ひとけ)のない裏通りの地下に設立された秘密基地。

 そこで一人の少女と獣人のような使い魔(サーヴァント)が瘦せこけた男に呼び出されていた。

「時に(ゆかり)。君にやって欲しいことがあるのだよ」
「な……何でしょうかお父――プロフェッサー?」

 縁と言う名らしい栗色をした長い髪の一部をサイドに結んだ少女はプロフェッサーなる男にオドオドしながら訊ねると、プロフェッサーは続ける。

「まずはこれを見てくれ」

 プロフェッサーが指を鳴らすと、何もなかった空間に大きなモニターが突如出現し、少年に背負われた長い金髪とヤモリのような尻尾が特徴的な人型の使い魔(サーヴァント)が大映しになった。

「この使い魔(サーヴァント)なんだけど、調べれば調べるほど興味深くてね――」
「勿体ぶってないで早く要件を言いなよおやっさん」

 勿体ぶるように説明を始めたプロフェッサーに、縁の隣で立っている虎の耳と尻尾が特徴的な使い魔(サーヴァント)がじれったいと言わんばかりに尻尾を揺らして急かす。

「だ、ダメですよシータちゃん! 話は最後まで聞かないと怒られますって!」

「ハハハ、これは済まない。平たく言えば君たちにこの使い魔(サーヴァント)と接触して欲しいのだよ。近々橘学園に編入する君ならできるだろう?」

「し、しかし――」

 依頼を言い渡されて戸惑う少女に、プロフェッサーはさらにこんなことを突き付けた。

「ああ、可愛い縁なら父親の言うことは聞いてくれるよね? 反抗的な態度を取られたら悲しいなぁ」
「そんな……!」

 憂いありげな顔をにじり寄せるプロフェッサーの言葉に戸惑う縁。

 どうやらこの二人には何かただならぬ縁があるようである。

「――分かりましたプロフェッサー。わたしがやりますから、だからそんな悲しい顔見せないでください……!」

 渋々了承した少女にプロフェッサーはゲスな笑みを浮かべて彼女の肩に手を置いた。

「分かればいいのだよ分かれば。それでは幸運を祈る」

「ゆかり……」

 その様子を使い魔(サーヴァント)である虎耳のシータが心配そうに見つめる。

 クロエを巡るまた新たな陰謀が始まった瞬間であった。

出逢い

「おらあぁ!」

『あーっとぉ! 馬頭君の使い魔(サーヴァント)アレスが伊野代(いのしろ)君の使い魔(サーヴァント)クロボーに技を決めたぁ!!』

 橘学園で行われたこの日の選抜戦では、馬頭の使い魔(サーヴァント)であるライノアーマーのアレスが同じ学年の男子の使い魔(サーヴァント)であるブラックゴブリン(額に角が生えた、黒い猿のような使い魔(サーヴァント)である)のクロボーを担ぎ上げて自慢の角に押し付けている。

「クッ、キャキャーーッ!!」

「クロボー!」

「伊野代、早く降参しねーとこいつの背骨折れるぜ?」

 薄ら笑う馬頭の言葉通り、クロボーの身体はアレスの角を境にくの字に折れ曲がって限界寸前だ。

「分かった、降参だ……!」

『おっとぉ! 伊野代君の降参で馬頭君、無傷の七連勝が決定-!』

 実況の宣告で観席が歓声であふれる。

「ハッハッハァ! 俺とアレスは無敵だぜヒャッハー!」
「全くだぜアニキ!」

 馬頭は試合が終わってクロボーを放り投げたアレスと腕を組んでテンション最高潮。

「恐ろしいほどの強さだな……」
「ゆーたに負けてからここまで巻き上げるなんて大したヤツよね……!」

 観席で優太と共に試合を見ていた三吾と美佳が驚愕混じりで呟く。

 すると闘技場の大モニターにマイクを手にした少女が大写しになる。

『さてと、わたくし小田原(おだわら)がリポートいたします。馬頭君、今の気分はいかがですか?』
『ああ、今サイコーの気分だぜ! ちょっとマイク貸せよ』
『えっ、ちょっと!?』

 闘技場で馬頭が小田原からマイクをひったくると高らかに叫んだ。

『夜森ぃ! 公式戦でぜってーお前をぶっ飛ばしてやる! だからそれまで負けるんじゃねーぞぉ!!』

「これは負けてられないね、クロエ!」
「もちろんだよご主人! また返り討ちにしてやるんだもんっ!」

 馬頭に刺激された優太の言葉にクロエがやる気満々で腕を振り上げる。

 優太とクロエもまた、この時までに勝利を積んで馬頭と同様に無傷の七連勝を飾っているのだ。

 そこへ本日の試合が全て終了したと言う旨のアナウンスが闘技場に流れ、観客となっていた生徒たちは思い思いの場へと帰っていく。

「オレたちも帰ろうぜ」
「そうね」

 顔を見合わせる三吾と美佳に優太は手を合わせてこんなことを告げた。

「ごめんっ。教務室に持って行かなきゃいけない書類があるから先行ってて」
「分かったわ。それじゃあ行きましょう、石垣君っ」
「待ってくれよ天津~!」

「それじゃあ行こっか、クロエ」
「うんっ」

 スタスタとその場を離れる美佳に三吾が慌ててついて行くのを見届けた優太はクロエに声をかけて、教務室へ向かうことにした。

 教務室へ来た優太は書類を担任の岡崎先生に提出した。

「わざわざありがとうございますね、夜森君っ」
「岡崎先生、頼まれていたことですからこれくらい当然ですって」
「夜森君って本当に几帳面でステキです~! 先生があと十歳若かったら恋人になりたいくらいですよ~!」

 一介の生徒相手に頬を赤らめながら身体をくねらせる岡崎先生に優太は苦笑するしかない。

「それでは失礼します」
「気を付けて帰ってくださいね~」

 手を振る岡崎先生に見送られて教務室を後にした優太は廊下を抜けて階段を進む。

「すぐに終わって良かったね、ご主人っ」
「そうだねクロエ」

 そして腕時計をかざして「もう五時か」と呟いた途端にクロエが優太の背中で何やら慌て始めた。

「ご主人! 早くしないとゲッコー仮面が始まっちゃうよぉ!!」
「そうか、今日はゲッコー仮面の放送日だったね! それじゃあ急ごっか!」

 クロエに急かされて優太はそのまま階段を駆け下りる。

 余談だが、ゲッコー仮面とはヤモリの仮面を被った同名の忍者が江戸の町中で活躍するヒーロー番組で、世間の人気はそこそこだがお気に入りとしていてクロエは毎週欠かさず観ているのだ。

「ご主人もっと速く~!」
「そんなこと言わないでよクロエ~! 君を背負ってただでさえ辛いのに――」

「キャアッ!」

 慌てて階段を駆け下りて一階の廊下に面したところで優太は一人の少女とぶつかってしまう。

「ごめんっ! 大丈夫!?」
「いたたたた……。はい、わたしは平気です」

(あれ、見かけない顔だな……)

 優太とぶつかって尻餅をついた栗毛の少女は学校の制服を着ているのだが、優太はその見知らぬ顔に戸惑いを感じた。

「あの~、君は――」

「しましまパンツだ! アタシと一緒~」
「ふえっ!?」

 いつの間にか優太の背中から降りてしゃがみ込んでいたクロエの言葉に栗毛の少女は顔を真っ赤に染め、慌てて橙色のスカートの裾を押さえる。

「あ、あの……見ました……?」
「えっ!? いやあのっ、その~!」

 突然の問いかけに優太は激しく動揺した。

 本当のところ先ほどの少女の姿勢からして優太の目にもピンクと白の縞パンツはばっちり見えていたわけだが、まさかそんなことをストレートに伝えるわけにもいかずにどうしたらいいか分からないのだ。

 ふとその時、どこからか目の前の少女とは別の少女の声が聞こえてくる。

「おーい、ゆかり~!」
「君は――使い魔(サーヴァント)!?」

 優太と少女の間に割り込むように駆けつけてきた少女には虎耳と尻尾が付いていた。

「もう、そんなところで何してるのさぁ?」
「すみませんシータちゃん! それではわたしたちはここで失礼します~!」

 少女は後から来た虎耳の使い魔(サーヴァント)を連れてそそくさとその場を後にする。

「何だったんだろう……?」

 その様子を釈然としない感じで眺める優太。

 これが彼と秘密を抱える少女との出逢い、そしてクロエに降りかかる第二の受難の幕開けであった……。

編入生の縁

「昨日のゲッコー仮面楽しかったねご主人!」
「そうだね。今回も事件を見事に解決してすごかったよ」

 翌日、教室の席に着いた優太はそばにいるクロエと昨日のゲッコー仮面のことを楽しく話している。

「ったく、あんな子供向け番組で喜ぶなんておまえらも幼稚だよなー」
「アタシたちは幼稚なんかじゃないもん!」
「そうだよ三吾君、人の好きな物にケチ付けちゃ駄目だと僕は思う」
「そんなもんかね~」

 抗議にまで息ぴったりな優太とクロエに三吾も肩をすくめた。

 するとそこへ岡崎先生が教室へと入る。

「皆さんおはようございます~」
「おはよう岡ちゃん!」
「いえあのっ、その呼び方はやめて欲しいと何回言ったら分かってもらえるんですか~!?」

 生徒たちからの親愛に岡崎先生は教師らしからぬ可愛さで狼狽えた。

 こんな様子からも生徒たちから愛される一面が見えてくる。

 そしてまた可愛らしく「コホンッ」と咳き込んでから岡崎先生はこんなことを告げた。

「それでは皆さん、このクラスに新しいお仲間さんが来てます~。どうぞ~」

 岡崎先生に促されて入ってきたのは、

(あの娘って昨日の――?)

 優太と昨日ぶつかった栗毛の少女であった。

「日向(ひなた)縁(ゆかり)です。よろしくお願いします」

 礼儀正しくお辞儀をしたその少女にクラスは一瞬静まり返る。

 一部を淡い桃色のシュシュで顔のサイドに結び上げた栗色の長い髪。

 くりくりとした丸く愛らしい目。

 褐色のブレザーの上からでも分かる、大きめの胸。

 彼女はクラス、いや学年でも稀に見る美少女であった。

「日向さんはえーと、聞いたことない場所ですねぇ。とにかく遠くからこの春引っ越してきました。どうか皆さん仲良くしてあげてくださいね~」

 情報が書かれた紙を見ながらのやや曖昧な岡崎先生の説明に縁はにこやかに微笑む。

 そして静まり返っていたクラスは一転してクラスメイトたちの質問攻めで騒がしくなった。

「日向さん! 恋人はいますか!?」
「好きなタイプは!?」
「今度私たちとご飯食べない!?」

「へっ、ふえ~!?」

 次々寄せられる、不純きわまりない男子からの質問攻めと親愛を込めた女子からの提案に縁はたちまち動揺する。

「なんかデジャヴを感じるな――あれ、どうした優太?」

「あの娘、編入生だったんだ……」

 岡崎先生の時と同じ光景に呆れる三吾とは対照的に優太は縁を見て考え込んでいた。

 するとその時、優太の席のそばで立っていたクロエが縁を指差して叫んだ。

「あーっ、昨日のしましまパンツだぁ!」
「こらクロエっ!」
「あたっ、痛いよご主人~!」

 クロエの発言に優太は彼女の頭を軽くチョップするが、時既に遅し。

 縁の注意が優太たちに向けられた。

「あ、あなたは昨日の――!」

 優太たちに気付いた縁は、今度は彼らに向かって駆け寄る。

「どこかで見たと思ったら、やっぱり昨日の人たちだったんですね!」
「う、うん。僕は夜森優太、こっちは僕の使い魔(サーヴァント)クロエだよ」
「クロエだよっ。よろしくね!」

 優太に紹介されたクロエは舌をチロッと出しながら縁に向けて笑みを向ける。

「昨日はごめんね、ぶつかったあげくに恥ずかしい思いまでさせちゃって。ほら、クロエも謝るんだよっ」
「はぁい……、ごめんなさい」
「いえ、いいんですよ。むしろわたしの汚いパンツなんかを見せてしまってこちらが申し訳ないくらいです~!」
「いやそんな――!」

 ペコペコ頭を下げる縁に優太は戸惑いを隠せない。

 続いて縁は優太にこんな提案をする。

「あの~、良かったらこれから友達として仲良くしてもらえませんか?」
「うんっ、いいよ日向さん」
「はいっ! よろしくお願いしますね、夜森くん!」
「えっ、ちょっと!?」

 嬉しさ余ったのか縁にいきなり手を握られて戸惑う優太。

 なし崩しですぐさま縁と仲良くなった優太だが、クラスメイトから向けられる針のむしろにゾクッとしたのだった。

みんなとの昼食

「――それでその娘と友達になったってわけね」
「うんっ。結構感じのいい女の子だったよっ」

 昼休みになって優太とクロエは美佳と三吾の二人と共に食堂へと向かっている。

「それにしてもおまえ、あんな可愛い娘とすぐ友達になれるなんて羨ましいぜ~!」
「えへへっ、痛いよ三吾君~!」

 三吾に肘でグリグリされて優太ははにかむ。

 その途中の道で背中の上のクロエがふと何かを見つけたのは、

「ねえ、あのヒトって――」
「あれって日向じゃねえの?」

 虎耳の使い魔(サーヴァント)を連れて辺りを見渡している縁であった。

「日向さん、どうしたの?」
「ひゃいっ!?」
「そんなに驚かなくても良いのでは?」

 優太に声をかけられて小動物のようにビクンッと驚く縁、その様子に美佳のそばで浮遊してるエリシエルが案じる。

「ごめんね、ゆかりは少しビビりなんだよ。あ、私はシータ。よろしくね」
「そうだったんだ。こちらこそよろしくね」

 シータと名乗った虎耳の使い魔(サーヴァント)に自己紹介ついでに説明されて優太もそれに快く応じた。

「あの、そちらの方たちは……?」
「そう言えばまだ紹介してなかったね。こっちのたくましい方が三吾君で、こっちの二人が美佳とエリシエルだよ」
「石垣三吾だ。よろしくなっ」
「天津美佳よ、友達としてよろしくね」
「エリシエルだ。よろしく頼む」

 続けて優太たちも縁とシータに自己紹介をする。

「皆さん……こちらこそよろしくお願いしますっ!」
「ゆかりってば、固くなりすぎだよ」

 紹介を受けてせわしなくペコペコする縁にシータが背中を叩いてなだめた。

「ところで二人はそこで何をしてるの?」
「あ、あのですね……じつはわたしたち食堂に行きたいのですが道に迷ってしまいまして」

 少し困ったように苦笑する縁に優太はこんな提案をする。

「それなら付いてくるといいよ。僕たちもちょうど食堂に向かうところだったから。いいよね、三人共っ」
「もちろんだよご主人!」
「オレは構わねーぜ」
「あたしも平気よっ」
「私はマスターの意志に従う」
「あ、ありがとうございます! それではお言葉に甘えてっ」

 こうして優太たちは縁とシータの二人も加えて食堂へと向かうことにした。

「ここが食堂ですね!」
「そう。ここの食事は安くて美味しいから結構評判なのよ」

 優太たち七人が来た食堂は、ちょうどお昼時と言うこともあってたくさんの生徒や教師たちが思い思いの席で食事を取っている。

 注文用のタッチパネルの前に来た優太はこんなことを提案した。

「それじゃあ日向さん、今日は僕が奢るよ」
「えっ、いいんですか!? でもわたし――」
「遠慮しなくてもいいよ。君にはその、昨日のこともあるし……」
「そんな! 昨日のことは気にしなくてもいいですよ、あれは事故みたいなものですし――」
「やらせとけばいいじゃないの日向。ゆーたはやると決めたらなかなか曲げないんだから」

 オドオドしながら遠慮する縁に美佳があっけらかんと諭す。

「分かりました、それではごちそうになります」
「うんっ」
「それじゃあ……何でもいいんですよね?」
「もちろんだよ。遠慮しないで言ってみて」

 相変わらず遠慮気味な縁に優太は笑みを浮かべる。

 すると縁は深呼吸をしてから告げた。
「それじゃあとんこつラーメン特盛りでっ!」
「――え?」
「や、やっぱりダメですか!?」
「いや、駄目ってわけじゃないけど食べきれるの?」
「心配はいらないよ。ゆかりはこう見えて結構大食いだから」

 思わぬ注文に戸惑う優太をシータが代わりにあっけらかんと説明する。

「ちょっとシータちゃん!? それは恥ずかしいから言わないでくださいっ!」
「分かった、とんこつラーメン特盛りねっ」

 顔を赤くしてシータを叱咤する縁を後目に美佳がタッチパネルを操作してみんなの分の注文を済ませた。

 注文した昼食を受け取った五人はちょうど空いていた七つの座席に着く。

「それにしてもホントよく食べるな日向さん……」
「私でもここまで食べる気にはならんぞ」

 最新型の掃除機よろしく大量の麺を吸い上げる縁に三吾とエリシエルはそれぞれの昼食を取りつつ苦笑する。

「ね、すごい食欲でしょ?」
「そうだねシータ……」
「ところで三人は来週から行われるタッグマッチのペアは決めたかしら?」
「タッグマッチ、ですか?」

 美佳の言葉に縁が麺をすすりながら反応すると、代わりに説明を始めたのは三吾だ。

「そう、来週からのタッグマッチでは選抜戦の息抜きとクラスメイトの交流も兼ねて同じクラスの奴とタッグを組んで勝負するんだ。面白そうだろ?」
「そんでもって、タッグマッチの結果も一応公式大会の出場権に反映されるの。だから負け続きの人でもチャンスがあるってわけ」
「それすごく面白そう!!」

 三吾の説明にシータが虎の尻尾を振りながら金色の目を輝かせて食いつく。

「あたしはもう組む相手を決めてるけど、あんたたちはどうするのかしら?」
「そうだね……僕は――」
「それならわたしと組んでください夜森くん!」

 考え込もうとした優太に縁が突然申し込んできた。

「え、ご主人と組むの!?」
「ダメ、でしょうか? ――わたし、この学園に編入したばかりで他にアテがないんです……!」
「分かった、そう言うことなら僕で良ければ助けになるよ」
「ありがとうございます、夜森くん!」

 快くタッグ結成を受け入れた優太に縁はまたペコペコ頭を下げる。

「私からもよろしくね。それであんたは――」
「クロエだよっ」
「そうそうクロエ、同じ使い魔(サーヴァント)としてよろしくっ」
「こちらこそよろしくね!」

 使い魔(サーヴァント)のシータとクロエも和気あいあいと握手を交わした。

「こりゃ参ったな、オレは誰と組もうか」
「三吾君ならいい相手がすぐ見つかると思うよっ」
「ありがとよ、優太」
「全く、あんたたちは仲がいいわよね~」

 そして和気あいあいとした空気の中で七人は仲良く食事を済ませたのだった。

お手並み拝見

 食堂を後にした七人はそのまま校庭に向かう。

「ねえシータ、オマエってどんくらい強いのぉ?」
「私? そうだな~、結構強いかもよ?」

 クロエに訊ねられて腕を頭の後ろに回しながら飄々と言ってのけるシータの肉体は細身でありながらも筋肉質に引き締まっていて、いかにも身体能力が高そうだ。

「へ~、じゃあ今からバトルしようよ!」
「ちょっと、クロエ!?」

 なし崩し的にクロエが突然シータに勝負を申し込んで慌てる優太。

「駄目だよ、そんないきなり勝負を申し込んだら――」
「わたしで良ければ相手しますよ?」
「ホントに!?」

 縁の了承にクロエが目を輝かせる。

「本当にいいの日向さん!?」
「ええ。わたしも夜森くんたちの実力を見てみたいです!」
「あたしも同感だよ」

 やる気満々な縁とシータに優太も快く応じた。

「分かった。それじゃあお手合わせ願うよ!」
「そう来なくっちゃ!」

 そして優太とクロエ、それから縁とシータの四人は広々とした校庭でそれぞれの立ち位置に付く。

「夜森くん、こう見えてわたしたち結構強いんですよ?」
「それはどうも。だけど僕たちもちょっと前に学年序列二位になったばかりだからね!」

 優太と縁はお互いに意気込む。

「そんじゃあ審判はオレにやらせてもらうぜ」
「頼んだわよ石垣君」
「それじゃあ始めっ!」

 そして審判を名乗り出た三吾の号令でバトル開始。

「シータちゃん、わたしの力を受け取ってください!」
「うんっ!」

 縁が手をかざすと、虎の手のようなシータの拳に電流がまとわれる。

「それじゃあこっちも!」

 続けて優太も手をかざせばクロエの身体に炎のような赤いオーラがまとわれた。

「先手必勝! シータちゃん、突っ込んでください!」
「オーケー!」

 縁の指示を聞き入れ、シータが地面を蹴ってクロエに飛びかかる。

「かわしてクロエ!」
「うんっ!」
「はああっ!」

 飛びかかってきたシータの拳をクロエは後ろに飛び退き、すんでのところでかわした。

 空振りしたシータの拳が粉塵を巻き上げて校庭の地面にめり込む。

「なかなかいい判断じゃん、やもり!」
「それはどうもっ。こっちも行かせてもらうよ! 迸れ、焔の花道(フレア・オンステージ)!」
「はあっ!」

 宙に飛び上がったままクロエが腕を振り上げると、炎が一直線にシータへと向かう。

「迎え撃ってください!」
「オーケー! はっ!」

 縁の指示でシータは身構えてから振るった右腕で炎を払いのけた。

「クロエの炎を振り払うなんてそっちもなかなかだね!」
「はい、ありがとうございます!」
「そっちも結構な火力じゃん、火傷するかと思ったよ!」
「エヘヘッ、だけどアタシの力はまだまだこんなもんじゃないもんね!」

「お互いにいい勝負してるじゃないか」
「そうねエリシエル。だけどまだ始まったばかりだからどう転ぶか分からないわよ?」

 お互いに攻め合うクロエとシータの様子を眺めるエリシエルと美佳。

「今度はこっちから行かせてもらおうかな! クロエ、シータに突っ込むんだ!」
「分かった! はあっ!」

 優太の指示でクロエが地面を蹴ってシータに飛びかかる。

「今度はそう来ますか。シータちゃんも突っ込んでください!」
「了解っ!」

 同じくシータも地面を蹴って飛びかかり、クロエと肉薄した。

「組み伏せろ、猛虎の拳(タイガー・ナックル)!」

「クロエ!」

 縁の指示で拳を光らせるシータ、それをクロエは紙一重でかわしてその背後に回り込む。

「そんな、私の拳をかわすなんて!」

「背中がお留守だよシータ! 燃え上がれ、炎上(バーニング)!」
「はっ!」

 身体に炎をまとったクロエがシータの背中にしがみついた。

「熱つつつつつつ!!」
「振り落としてください!」

 転げ回って振り落とそうとするシータだが、クロエも尻尾まで巻き付けて死に物狂いでしがみついて離れない。

「いいぞ、あれでシータはクロエの炎から逃れられまい!」
「ああなったクロエを振り落とすなんて簡単にできることじゃないわよ!」

 外野で解説するエリシエルと美佳だが、縁は一呼吸置いてから慌てず騒がず次なる指示を出す。

「そう来るならこちらにも考えがあります! 解き放て、放電(スパーク)!」
「はあっ!」

 その瞬間、シータの身体に電流がまとわれてしがみつくクロエを感電させた。

「ビビビビビ!?」
「クロエ!?」

 慌ててシータから飛び退くクロエ、それを待っていたとばかりにすかさずシータが肉薄する。

「拳に宿せ、電光の一撃(ヴォルティック・ブロー)!」
「はっ!」

「うぐっ!?」

 電流をまとったシータの拳を土手っ腹に撃ち込まれて大きく吹っ飛ばされるクロエ。

「クロエ、大丈夫!?」
「ううっ、身体がビリビリする……!」

 まともに一撃を受けたクロエは足元をよろつかせる。

「電気スキルで身体が痺れてるのね……!」
「こいつは敵に回したらなかなか厄介かも知れんぞ」

 美佳とエリシエルは真剣な表情で勝負を見定めていた。

「そろそろトドメです! 仕留めろ、捕食の断頭(プレデター・ギロチン)!」
「はああ!」

 クロエの頭上に飛び上がり、光らせた腕を振り下ろそうとするシータ、その時クロエの手に長剣が形成されてその一撃を受け止める。

「そんな!?」

「へへっ、アタシにはまだこれがあるんだもんね!」
「撃ち込む直前に何をブツブツ呟いてるかと思ったらそう言うわけだね! だけどその程度で受け止められると思ったら――うっ!」

 シータが余裕ぶった次の瞬間、クロエがもう片方の手に形成した第二の長剣がシータの脇腹に突き刺さった。

「出たわね、クロエのフェイント!」
「うっ、これはキツいっ」

 脇腹を刺されたシータが後ずさりして距離を取ると、縁が両手を挙げた。

「わたしたちの降参です」

縁と真琴

「えっ、もう!?」

 突然の降参にクロエが長剣を手にしたまま素っ頓狂な声をあげる。

「あのね、さっきのスキルは私の必殺技みたいなモノなんだ。だからこれで決まらなきゃなんか萎えちゃうんだよね」
「それに、諦めも肝心じゃないですかっ」

「そんなものかな……?」

 降参したというのにやたらとすっきりした感じの縁とシータの二人に優太は苦笑い。

「でも日向とシータもなかなかの強さだったぜ」
「ありがとうございます、石垣くん!」

 審判を終えて歩み寄る三吾の評価に縁はシータに手を添えて傷を癒やしながらにこやかに微笑む。

「いやー、キミが噂の美少女編入生かい?」

 するとそこへ手を叩きながらやって来たのは生徒会長の真琴であった。

「君は真琴!」
「知り合いなんですか夜森くん?」
「うん、真琴はこの学園の生徒会長で僕の友達でもあるんだよ!」
「もー、そこは親友って言っておくれよ~」

 優太の説明に真琴は口を少し尖らせながら肘で小突く。

「ところであんたは何の用でここに来たわけ? ――まさか、またゆーたを口説きに来たわけじゃないでしょうね?」

 訝しげに訊ねる美佳に真琴はいつものように飄々として返す。

「まさかあ。ボクはただこの学園に新しく仲間入りした日向クンを一目見ておきたかっただけさ。それにしても――」

「な、何ですか?」

 戸惑う縁に構わず彼女を舐め回すように視てから真琴は不満げに頬を膨らませた。

「悔しいけど結構いい身体してるね。女として負けられないっ! ――あたっ」
「別に競わなくていいでしょっ」

 意気込んだ真琴の頭に美佳が軽くチョップをかます。

 すると今度は空から黒い影が舞い降りた。

「あっ、ガラだぁ!」

 クロエに指を差されてガラはぶっきらぼうに鼻を鳴らしてそっぽを向く。

(あるじ)、今日の分だ」
「いつもご苦労さんっ。ふむふむ、今日はコロッケパンにクリームパンか!」

 ガラが無造作に手渡したビニール袋の中身を真琴は優太たちの前で確認する。

 突然ガラが縁とシータを睨む。

「な、何でしょうか……?」

「見ない顔だな」

「ああ、彼女たちは編入生なんだよ」
「そう言うことか」

 淡白に納得したガラは、猛禽のように鋭い爪の付いた足で真琴の肩を掴んでから翼の腕を羽ばたかせた。

「それじゃあボクはここで失礼するね~」

 そして真琴はガラに掴まれたまま生徒会室へと飛び去った。

「――何だったのかしら?」
「ま、気にすることはあるまい」

 釈然としない美佳をあっけらかんと諭すエリシエル。

 しばらくして学園のチャイムが鳴り響いて昼休みの終了を告げる。

「そろそろ戻らないとですね」
「それじゃあ一緒に戻ろうか日向さん」
「はいっ」

「――女として負けられない、か」

 優太の後ろをせっせと追いかける縁を一瞥してから美佳は一息ついて先ほどの真琴の言葉を呟くのだった。

「よっこらせっと」

 空から生徒会室に戻った真琴は部屋の空間を指差して虚空にモニターを展開させる。

「何をしてるのだ(あるじ)
「いやねえ、やっぱりあの娘が気になってさ。えーと彼女のデータは……おっ、あったあった」

 真琴が指でモニターを操作すると、画面に縁の顔とデータが映し出された。

「理事長もおっしゃっていたけどなるほど、これは少し気になるねえ」
「どうかしたのか?」

 訝しむガラに真琴は神妙な表情で続ける。

「まず少なくとも出身地は偽装されてるね。会社(うち)のコンピューターと繋いでこの地名の住民情報を調べたけどこの娘の名前はなかったはずだ」
「それは一体何を意味するのだ?」
「分からない。正直日向クンのデータはどこまでが真実か分かったモノじゃないよ。ヘタしたら名前も含めて全部がニセの情報かも知れない。何となくだけどこれは気を付けないとね」
「ではどうする? 理事長に話を付けて全校に公開するか?」

 ガラの提案を受けて首を横に振る真琴。

「いや、データを偽装してると言うだけで日向クンを晒し者にするのは賢明でないと思う。ここは少し様子を見ようよ」

 そして真琴はため息を付いてからモニターを閉じた。

(あの娘、やたらと優太クンを慕っているみたいだ。厄介なことにならないでおくれよ……)

 そう願いながら真琴は暗雲立ちこめる曇り空を眺めるのだった。

縁のおつとめ

「――それでは今日はこれで放課です。気を付けて帰ってくださいね~」

 この日の授業が全て終わり、生徒たちはそれぞれの場所へと向かうために教室を後にする。

 それはもちろん優太たちも例外ではない。

「優太、この後どうするつもりだ?」
「そうだね、行くところもないから取りあえず真っ直ぐ寮に帰ることにするよ」
「そっか。気を付けて帰れよっ」

 そう言って三吾はにこやかに優太の肩を叩く。

 すると優太の席とは反対側から縁がスタスタと歩み寄ってこんなことを告げた。

「あの、ダメだとは思いますがわたしもご一緒させてもらえないでしょうか?」
「えっ、日向さんも?」

 突然の問いかけに優太は目を丸くする。

「はい、もしよろしければ夜森くんたちのお部屋を掃除したくって」
「ゆかりは家事も結構得意なんだよ」

 縁の説明にシータもそばで太鼓判を押すが、優太は少し戸惑う。

「どうする、ご主人?」
「え、でも男子寮に女の子を連れてっても大丈夫かな……?」
「大丈夫なんじゃねえの? この時間なら男子共は部活とかで寮には戻って来ねえだろうからさっ」

「それなら是非っ!」

 三吾の言葉で縁の目が俄然輝きを増して、優太はため息を付いて渋々了承した。

「分かったよ。そこまで言うならお願いしようかな」
「ありがとうございますっ!」

 そして縁はもはや定評となったペコペコ頭下げを披露する。

「それじゃあ行こっか」
「はいっ」

 校舎から出た優太と縁はそれぞれのダッシュボードに乗って男子寮へと向かった。

「夜森くんって本当にクロエちゃんと仲良しなんですね!」
「えっ、そうかな?」
「はい! いつもピッタリくっついていてすごく微笑ましいですっ」
「アタシたち仲良しだって!」

 縁の言葉にクロエが優太の背中で嬉しそうに舌をペロッと出して顔を合わせる。

 そしてクロエを入れた三人は十五分ほどで男子寮に到着した。

「ここが男子寮、ですか!」
「そうだよ。まあ、女の子がここに来ることは滅多にないけどね」

 男子寮に目をキラキラと輝かせる縁に優太は指で頬を掻いて苦笑いする。

「それじゃあ入ろっか」
「はいっ」

 そして優太は胸元のポケットからICカードの学生証を取り出し、扉の前に設置された機械にかざして自動ドアを開けた。

「ここも最先端になってるんですね! 驚きですっ!」
「あれ、君の前住んでいたところは違ったの?」
「あっ、いえ! よく考えてみてら前のところもそうでしたね」

 戸惑いながら苦笑いする縁に優太は男子寮の廊下へと彼女を導きながら神妙な表情で続ける。

「この技術もGTCの快挙と並ぶ世界の発展の象徴だよね」
「――GTC……おじいちゃんはその会社に――!」

 GTCの名前が出た途端に縁は表情を暗く曇らせ、唇を震わせながら小声で呟いた。

「ん、何か言ったぁ?」
「あっ、いえ! 何でもないです!」
「そっか」

 縁の何気ない反応を気に留めずにクロエと優太が彼女から目を離した瞬間にシータが縁を肘で小突いて囁く。

「ダメだよゆかり。聞こえなかったみたいだから良かったけど、もし聞かれてたら私たち怪しまれるって!」
「す、すみませんシータ……」
「着いたよ」

 縁がシータとやり取りしているうちに優太たち四人は部屋に到着した。

「ふーん、これが男子の部屋かー」

 ほどほどに使いこなれた部屋に入るなりシータが物珍しげに耳と尻尾を動かしながら辺りを見て回る。

「だけど汚いです」
「え、そう?」
「そうですよ、ほら!」

 そう言うと縁は窓の縁を姑のように指で撫でて、目ざとく見つけたホコリを優太に見せてから告げた。

「窓の縁なんかこんなに汚れてます! これは気合いを入れないとです、夜森くんとクロエちゃんは少し外に出てくださいっ!」
「「えっ、ちょっと!?」」
「ほら、出てった出てった!」

 突然の宣言に戸惑う優太とクロエを強引に締め出すシータ。

「――追い出されちゃったね」
「僕たちの部屋なのに……」

 爪弾きにされた優太とクロエの二人は部屋の扉のそばでふてくされる。

 そこへ三吾も帰ってきて、彼はその様子に目を丸くした。

「おい、どうした二人とも!?」
「サンゴ、掃除するってアタシたち追い出されちゃったよ」
「何ぃ!?」

 クロエの言葉を聞いた途端三吾の挙動が不審になり始める。

「どうしたの三吾君?」
「掃除って、まさかオレのとこもやる気なのか……!?」
「そりゃそうでしょ、あのヒト部屋の隅々までピカピカにするつもりっぽいから」
「そりゃ大変だ! ――グハッ!?」

 三吾は部屋に分け入ろうとした途端にシータに大きく吹っ飛ばされた。

「まだ掃除中!!」
「痛てて……、ったくーーー!」

 そして小一時間ほど経ってようやく制服をホコリまみれにした縁が部屋から出てくる。

「優太くん、掃除終わりましたよ~」
「ずいぶん時間かかったね……」

 額に冷や汗をかきながら優太たちが部屋に入ると、

「うわ~、ピカピカだぁ!」
「これが僕たちの部屋なの!?」

 中はさっきの様子とは別物のように片付き、後光を放ってるようにさえ思えるほどになっていた。

エロ本とプリン

「えへへ、結構散らかっていたので張り切っちゃいました~!」

 後頭部をさすって舌をペロッと出す縁を後目に三吾は慌ただしくベッドと机の下を探し始める。

「ない、ない、ない……!!」

「どうしたの三吾君?」
「聞いてくれよ優太! 秘密の場所に隠しといたエロ本が一冊残らず消えちまってるんだ!!」

「エロ本? ――ああ、そう言えばベッドの下とかに女の裸がいっぱい載った本がこれでもかとあったね」
「それなら一冊残らずビリビリに破いて捨てましたよ?」
「――嘘だろ……!」

 天使のような悪魔の笑顔でえげつないことを口にする縁に三吾はゴミ箱を漁って顔を真っ青にした。

「そんな、オレの心のゆとりが……!」

「そんなの読んでる暇があったら誰かと付き合いなよ」
「それができたら苦労しねえっつーの!!」

 あっけらかんと言ってのけるシータに、三吾は血涙を流しながらエロ本の残骸を力なく手にしてツッコむ。

「――とにかく綺麗にしてくれてありがとね」
「はい! これから毎週、いえ毎日掃除しに来ようかと思いますっ!」
「――マジで?」

 口元を引きつらせながらの優太の感謝に縁は笑顔で拳を胸元でギュッと握り締め、逆に三吾は真っ白になって放心した。

 そんな一方でクロエがベッドに飛び込んで転げ回る。

「うわ~! ベッドもフカフカだ~! 本当にありがとう、ユカリ!」
「――いいよなお前らは。失ったモノが何一つなくて」
「しっかりしてよ三吾君!」

 口から魂が抜け出そうになっている三吾を優太は必死で叱咤激励するが、もはや手遅れか。

「そうだクロエちゃん、おやつはいかがでしょうか! ものによりますけどわたしが美味しいものを作りますよ!?」
「えっ、ホントに!? じゃあプリンが食べたぁい!」

 縁の提案にクロエが目をキラキラ輝かせて乗ると、早速縁が部屋の台所に向かう。

「日向さん、そこまでやってもらったら悪いって!」
「いえ、わたし決めたんです。夜森くんたちにはとことん尽くそうって!」
「おまえは新妻かよ!?」
「あっ、サンゴが復活したぁ」

 どこから持ってきたのかバンダナとエプロンを身につけてやる気満々の縁に三吾が威勢良くツッコむ。

「と言うわけで三人ともゆっくりしてよ。言っとくけど料理中は覗き見禁止だからね」
「ここまで来ると鶴の恩返し顔負けじゃないかな!?」

 優太がツッコむもシータに締め出された三人は仕方なく台所の外でビデオを見ることにした。

 余談だがこの時代のテレビは壁に埋め込むスタイルが主流になっている。

『我が名はゲッコー仮面、今一度悪を成敗して進ぜよう!!』

「あ、ゲッコー仮面だぁ!」
「そう言えばもうそんな時間なんだな……」

 テレビ画面いっぱいのゲッコー仮面に尻尾をブンブン振り回して興奮を隠せないクロエとは対照的に三吾は興味なさげにポテトチップスをつまむ。

「そこだよゲッコー仮面! すごい、月光乱舞カッコイーーー!!」

「はいはい、クロエもまだお子ちゃまですねえ」
「三吾君……」

 二十分ほど経過して画面の向こうで悪の怪人と激闘を繰り広げるゲッコー仮面を飛び跳ねながら応援するクロエの様子を放心気味に眺める三吾。

 やはり先ほどのことをまだ引きずってるのか。

 ちなみに月光乱舞とはゲッコー仮面の必殺技であり、その美しさから子供たちのみならず大きなお友達からも人気の高い技である。

 そしてゲッコー仮面が終わる頃に縁がにこにこしながらパッドを抱えて台所から出てきた。

「クロエちゃ~ん、美味しいプリンできましたよ~」
「え、ホント!?」

 プリンと聞いてクロエが目を輝かせながら縁に駆け寄る。

「おお~! 美味しそう!」

「ずいぶん早かったね」
「はい。あまり時間をかけてもあれなのでお手軽なものにしました」

 パッドの上に置かれてるプリンはベーシックなカスタードプリンであった。

「それでは召し上がれっ」

「いただきま~す!」

 満面の笑みで縁に差し出されたプリンをクロエ
スプーンですくって口に運ぶ。

「ん、スーパーのプリンよりもすっごく美味しい!!」
「ありがとうございます、クロエちゃん!」
「ゆかりの料理は結構美味いんだよ」

 夢中になってプリンを口に頬張るクロエの様子を縁とシータが微笑ましく見つめる。

「ぷふーっ、美味しかったぁ」
「ここまでしてくれて本当にありがとね、日向さん」
「いえいえ、これくらいなんてことはないですよっ」

 プリンを食べ終えて満足そうにするクロエを見て感謝する優太にはにかむ縁。

「ゆかり、そろそろ女子寮に戻らなきゃだよ?」
「はっ、もうこんな時間ですか!? それでは失礼しますねっ!」

 腕時計を見て縁はシータと共に慌ただしく優太たちの部屋を出る。

「それにしてもユカリっていいヒトだよね!」
「――オレのエロ本は一冊残らず捨てられちまったけどな」

 にこやかに微笑むクロエとは対照的に三吾はまた浮かない顔だ。

「そ、それじゃあ晩ご飯でも作ろっかな。二人とも待っててね」

 そう告げて優太が台所に入ると、ゴミ箱に見慣れない小さなビニール袋を見つけた。

「これは、何々――ぱらさいとちっぷ? 何だろう?」

「おーい、今日の晩飯は何だぁ?」
「あ、今作るね!」

 アルファベットで表記された見慣れない名前に首をかしげる優太だったが、特に気にも留めることなくビニール袋をゴミ箱に捨てる。

 ――それが先ほどクロエが口にしたプリンの中に混ぜられていたことも知らずに。

寺門の悪巧み


 男子寮から少し離れた女子寮に戻ってきた縁とシータは建物に入る前に近くの茂みに分け入り、人目がないことを確認してから虚空にモニターを展開させると、画面に瘦せこけた男の顔が映し出された。

『おお、縁か。どうだ、計画は上手くいってるかい?』
「はい、さっきクロエちゃんにあげたプリンにあの白い粉を混ぜましたっ。ところでプロフェッサー、あの粉パラサイトチップって何なんですか?」

 報告ついでに問いかける縁にプロフェッサーは少し馬鹿にした感じで応える。

『そんなこと君が気にする必要はない。それより今後もあの使い魔(サーヴァント)と仲良くしてくれたまえ』
「分かりましたプロフェッサー。それとですね、タッグマッチというものがあるらしいのですが夜森くんとタッグを組めたんです」
『それはつまりあの使い魔(サーヴァント)をいつでも見てられるということだね?』

 つかみ所のない笑顔で応じるプロフェッサーにシータが訝しげに訊ねた。

「さっきから気になってたんだけど、なんでそんなにクロエのこと気にしてるのさ?」
使い魔(サーヴァント)は黙ってくれたまえっ』
「はいはい、どうせ私には話してくれないよね」

 プロフェッサーにピシャリとはね除けられてシータは気怠げに手を振る。

『それでは縁、今後の報告を楽しみにしてるよ』
「はい、任せてくださいっ」

 プロフェッサーの言葉に縁は胸元で拳をギュッと握り締めて意気込みを露わにした。

 一方秘密基地では縁との対談を終えて椅子に腰掛ける寺門に助手のカーミラが紅茶を運んで訊ねている。

「プロフェッサー寺門、娘さんにこの計画の概要をお話にならなくて良いのですか?」
「いいのだよカーミラ君。心優しい縁のことだ、真実を知ったら上手く動けなくなってしまうではないか」

 紅茶をテーブルに置くカーミラの問いかけに悪びれなく答える寺門。

「とにかく今は例の使い魔(サーヴァント)の体内にパラサイトチップを仕込めただけで万々歳ってものだよ。――お、早速例の使い魔(サーヴァント)の生理データが入ってきたな?」

 そして寺門はモニターにかじり付くと、送られてくる難解な文字の羅列を食い入るように読み始めた。

 どうやら縁が知らずにクロエの体内に仕込んだパラサイトチップが寺門の元へ彼女の生理データを送信する仕組みのようだ。

「上手く動いてくれよ、私の可愛い縁」

 寺門は不気味な笑みを浮かべながら呟いたのだった。

 果たして彼の計画とは一体――?

朝のランニング

 朝、メザマシゼミのけたたましい鳴き声が部屋中に響き渡って優太とクロエが目を覚ます。

「おはようクロエ。今日もいい朝だよね」
「うん。ご主人、アタシのお腹、なんか変なんだぁ」

 お腹をさすりながら呟くクロエに優太は心配そうに訊ねた。

「どうしたの、お腹でも痛いの?」
「痛いって言うか、なんかゴロゴロするんだよねぇ。でもこれくらい平気だよ」
「そっか。なら良かった」

 クロエの言葉に安心した優太は灰色のスウェットに着替えていつものランニングの準備を始める。

 そしてクロエも着替えたところで二人が男子寮から外に出ると待っていたのは、

「おはようございます、夜森くんにクロエちゃんっ」

 桃色のジャージを着た縁といつもの軽装をしたシータであった。

「あれ、二人ともどうしてここに?」
「実は少し前に石垣くんからお二人が毎朝ランニングに出てると聞きまして、わたしも参加してみようかな~なんてねっ」

 優太の質問に縁ははにかんで答える。

「――と言うわけで私たちも入れてくれない?」
「そう言うことなら全然構わないよ」
「ありがとうございます!」

 縁がペコペコ頭を下げたところで優太たち四人はランニングに出ることにした。

「はあはあ、待ってくださ~い!」
「ゆかり~、早くしないと置いてくよ!」

 最後尾で息を荒くしながら懸命について行く縁にシータが発破をかける。

「少しペースを緩めよっか?」
「すみません、お願いします……」

 優太の厚意に甘える縁だったが、それでも三分ほど走ると膝に手をついて止まってしまう。

「はあっ、はあっ、もう走れませ~ん!」
「もうっ、ゆかりは体力ないなぁ」
「大丈夫、日向さん?」
「ひ~、わたしもうダメかもです~」

 息をゼエゼエ荒げる縁に優太は彼女に気遣いの言葉をかけつつ持参していたスポーツドリンクを手渡した。

「ありがとうございます。――ふーっ、生き返ります~!」

 よほど疲れていたのかもらったスポーツドリンクを一気に喉へと注ぎ込む縁。

「ご主人、アタシもなんか飲みたぁい」
「それじゃあクロエにはこれだね」
「わーい、バナナミルクだぁ!」

 どこに隠し持っていたのか優太はクロエにリクエスト通り紙パック詰めのバナナミルクを手渡す。

「これでまた走れそう?」
「はい、なんとか……。本当にすみません、勝手についてきたわたしなんかにここまでしていただいて……」
「ううん、いいんだよ。僕も相手が喜んでくれると嬉しいから」

「お前は本当にお人好しだな、少年」

 縁に微笑む優太の正面から白く大きな翼を羽ばたかせてやってきたのはエリシエルだ。

「あ、エリシエル! と言うことは――」
「おはよう、ゆーた」

 少し遅れてエリシエルの主人である美佳も駆け付けてくる。

「やっぱりミカも来たんだね!」
「当然よ。あんたたちと同じようにあたしたちもランニングが日課なんだから。それより――」

「え、何かな?」

 美佳が優太にジト目を向けてから今度は縁に歩み寄った。

「日向だっけ、ずいぶんゆーたと仲良くなったわね」
「あっ、はい。おかげさまで……」

 美佳の言葉に頬をほんのり染めながら身体をモジモジさせる縁。

「はーっ、どうしてゆーたの元にはこうもライバルが寄ってくるのかしらね……」

「何か言った?」

「何でもないわシータ」

 誰にも聞こえないくらい小さく呟いた美佳だったが、シータに訊ねられて平然と取り繕う。

「それよりも日向、どうやったらそんな胸になれるか教えてくれないかしら?」
「へっ、胸?」

 縁の胸を恨めしさ半分羨望半分で凝視しながら問いかける美佳。

「マスターはこの通り乳がないからな、お前のデカい乳が羨ましいのだろう」
「余計なこと言わないでっ!」
「やめろ! 翼を引っ張るなぁ!」

 ぶっきらぼうに解説したエリシエルの翼を美佳が引っ張る。

 確かに同じジャージを着ていても胸元の寂しい美佳と豊かな膨らみがある縁では雲泥の差だ。

「そんな、胸が大きいだなんて良いことばかりじゃないですよ!? 肩は凝るし、気を付けないとブラもダメになっちゃいますし――」

「なんて贅沢な胸の悩みっ!!」

 巨乳ならではの悩みを打ち明けられて美佳は双眸を黒くして縁の胸を鷲摑みにする。

「ちょっと天津さん! そんな強く揉んだら痛いですってばーーー!!」
「悔しい! 悔しいほどに柔らかい胸だわ!!」
「アタシも触りたぁい!」
「分かる、その気持ちすごく分かるよみか」

「…………」

 縁の悲鳴を無視してその胸を揉み下す美佳。

 この状況に便乗しようとするクロエと重々しくうなずく貧乳仲間のシータとは対照的に男の優太は独り蚊帳の外であった。

 そんなやり取りを繰り広げていると、どこからか着信音が鳴り響く。

「あっ、登校時間までもう一時間だ! それじゃあ僕たちは戻るけど美佳と日向さんたちもだよね?」
「もちろんよ。学校でまた会いましょう」
「それでは私たちもここで失礼する。遅れずに来るのだぞ」

「私たちも戻らないとね」
「それじゃあわたしたちも失礼します!」

 そう言い残して美佳とエリシエルは元来た道を戻り、縁たちも後を追うように女子寮への道へ戻る。

「アタシたちも帰ろっか」
「そうだね」

 最後に残ったクロエと優太も男子寮に戻ることにしたのだった。

タッグの相手

 制服に着替えた優太は三吾と一緒に学園に登校して教室の席に着いていた。

「それにしても日向さん、おまえにべったりだよなぁ」
「え、そう?」
「だって今日はランニングにもついてきたんだろ? こりゃもしかしたらもしかするんじゃね?」

 意味ありげにうなずく三吾に優太は何だか分からないと言った感じで首をかしげる。

 すると教室の扉を開けて縁が優太に駆け寄ってきた。

「今日も一日頑張りましょうね、夜森くん!」
「うん、今日もよろしくね」
「はいっ! じも――じゃなかった、日向縁、今日も頑張っちゃいます!」

 胸の前で拳を握り締めながら眩しいほどの笑顔で応える縁。

 それを見て優太は一瞬微笑ましい気分になるも周囲から向けられる針のむしろにまたゾクッと背筋を震わせた。

 しばらくしてホームルームの時間になると、少し慌てた感じで岡崎先生が教室に入る。

「すみません、少し遅れました~!」

「ドンマイ、岡ちゃん!」
「だ~か~ら~!」

 相変わらず馴れ馴れしく接してくる男子生徒たちに岡ちゃんこと岡崎先生が叱責するも、その可愛らしさでさらに男子共が沸き立つ。

「そうですっ、今日の放課後からタッグマッチが始まります! 皆さんはタッグを作ってありますか?」

 岡崎先生の連絡にクラス全体がざわめく。

「それでは健闘を祈ります~」

 岡崎先生が退室すると、クラスメイトたちがお互いのタッグパートナーの元に集まり始める。

 もちろんそれは優太も例外ではなく、と言うか縁の方から歩み寄ってきていた。

「夜森くん、今日から一緒に頑張りましょう!」
「それじゃ私からもよろしく」
「よろしくね、二人とも」
「アタシもアタシもぉ!」

 使い魔(サーヴァント)のシータとクロエも加えて意気投合していたとき、優太はふと三吾の方に目をやる。

「三吾君は相手決まってる?」
「それがまだなんだよーーーーー! どいつもこいつも手頃な相手を見つけちまってオレだけまだ――」
「あそこに独りでいるヒトがいるよぉ?」
「本当か!? ――えー、あいつ……?」

 クロエが指差した先にいたのは隅で佇む、クラスの問題児として悪名高い馬頭であった。

「ないない、あいつとだけは御免被るぜ――って言ってるそばから来やがったぁ!?」
「石垣、俺と組め!」

 三吾に気付いた馬頭が血走った目でドタドタと駆け付けてその肩をガッシリと掴む。

「なんでだよ馬頭!? 組む相手なら他にも――」
「俺ら以外全員できちまってるからお前に声をかけたんだろうが! 言っとくけどお前に拒否権なんてねえからな!?」

 馬頭の切羽詰まった言葉で三吾が辺りを見渡してみればクラスメイトは皆既に誰かと組んでいて、この二人だけが残ってしまっているのだ。

「はいはい、分かったよ……」
「よーし、これで俺らは盟友だ。精々足手まといになるんじゃねえぞ」

(大丈夫かよ……?)

 観念して三吾は馬頭と組むことにしたが、当の馬頭には感謝の欠片もなく、そんな傍若無人な彼に三吾はこの先やっていけるか一抹の不安を感じるのであった。

トレーニングルーム

 昼休みになって優太とクロエは三吾と共に昼食を取ることにしたわけなのだが。

「サンゴ大丈夫?」
「あー、オレもう終わっちまったかも知んねえ……」

 心配そうに見つめるクロエに目をやることなく三吾はチビチビとおにぎりをかじりながらうなだれている。

「だけどさ三吾君、馬頭君って人間性はあれだけど結構強いよね! 君のランボーと組めばきっと――」

「優太。オレさっきあいつとどっちがリーダーやるかじゃんけんしたんだけどさ、結局どうなったか分かるよな?」
「あ……」

 生気が感じられない三吾の言葉に言葉を失う優太。

 実は直前に三吾と馬頭でどちらがリーダーを担当するかじゃんけんしたのだが、じゃんけんが絶望的に弱い馬頭が三番勝負、五番勝負と譲らないまま泥沼にもつれ込んだために仕方なく三吾の方が折れた次第だ。

「あーっ、こんなことならもっと早くに相手決めとくんだったぜ……!」
「三吾君……」

 頭をかきむしる三吾に優太は何て言葉をかければ良いか分からず言葉に詰まってしまう。

 だけど三吾はすぐに自分の頬をビシッと叩いて勢い良く宣言した。

「けど過ぎたことでクヨクヨしても仕方ねえよな! こうなったらやってやるぜ!!」
「よっ、男前!」

 清々しい宣言にクロエが合いの手を入れると、三吾は三つあったおにぎりをやけ食いであっという間に平らげる。

「それじゃあオレはちょっくらトレーニングルームに行ってくるぜ!」

 威勢良く食堂を飛び出した三吾と入れ替えに今度は優太の元に駆け寄ってきたのは、

「すみませ~ん、遅れました~!」
「ごめん、待った?」

 彼のタッグパートナーである縁とシータであった。

「ううん、僕もまだ食事中だよ」
「それなら良かったです~」

 微笑みながらの優太の言葉に縁は大きな胸をホッとなで下ろす。

「それより食べ終わったらどうする? あたしたちは特にすることないけどさっ」
「それじゃあ一緒にトレーニングルームに行こうよ」
「「トレーニングルーム?」」

 サンドイッチをつまみながらの優太の提案にシータと縁は揃って首をかしげる。

「そっか。二人はこの学園に来たばかりだから知らないんだ。体育館の近くにあるんだけど、そこでバトルの練習ができるんだよ」
「面白そうだね!」

 その説明でシータが目を輝かせてテーブル越しに身を乗り出した。

「決まりだね!」
「そうですね、クロエちゃんっ」

 しばらくして昼食を終えた優太とクロエ、それから縁とシータの四人は体育館の近くにあるトレーニングルームへと向かう。

「ここがトレーニングルーム、ですか」

 四人がたどり着いたのはコンクリート製のいかにも頑丈そうな建物だった。

「ルームと言うよりはビルディングじゃないの?」
「取りあえず入ろうよ-!」
「そんなに慌てなくても大丈夫だよクロエ。今から入るからね」

 ピョンピョン跳ねてはしゃぐクロエを落ち着かせてから優太は学生証を機械の前にかざしてドアを開ける。

 中に入ると細い一本の廊下の両脇に強固な扉が立ち並ぶ異様な光景が四人の目に映った。

「なんか入りづらいですね……」
「ちょっと怖いかも……」

「二人ともすぐ慣れるよ」
「アタシは何回か入ったことあるから平気だもんっ」

 この無機質な空間に怖じ気づく縁とシータの二人を優太はなだめる一方でクロエは以前に経験があるのか余裕そうにクルクル回る。

「ちょうど一部屋空いてるみたいだから入ろっか」

 そう言うと優太は空いている部屋のセンサーに学生証をかざしてドアを開けた。

「ここがトレーニングルームの中、ですか……!」

 扉の向こうは管理室に繋がる強化ガラスが埋め込まれた一画以外コンクリートに四方を囲まれた、何とも殺風景な空間である。

「それでゆうた、ここで何ができるの?」
「それはね――、デクノボーをお願いしまーす」

『リョウカイ』

 優太のお願いに電子音声が応えたかと思ったら、突如天井から等身大の木の人形がバラバラと数体落とされ、それがカクカクと動き始めた。

「な、何ですかこれ!?」
「これはデクノボー、トレーニング用に生み出された植物型の家庭動物(ファミリアニマル)だよ。こいつを対戦相手だと思って叩こう!」
「久しぶりにこいつらの相手するから燃えてきたよ!」

 気合い十分の優太とクロエは早速ワラワラと向かってくるデクノボーと向き合う。

 その様子を見て少し怖じ気付く縁を一瞥して優太はこんなことを告げた。

「それじゃあちょっと見ててね。迸れ、焔の花道(フレア・オンステージ)!」
「はっ!」

 優太の指示でクロエが腕を振り上げると、一直線に迸る炎がデクノボーにまとめて命中。

「わあ、すごいね!」
「ふっふーん、そうでしょーシータ」

 シータの賞賛に誇らしげに胸を反らすクロエ、ふと縁がデクノボーを見て気付く。

「見てください、デクノボーが!」

 それは炎が直撃して一度倒れたデクノボーが再びムクッと立ち上がる姿だった。

「この通りデクノボーは何度攻撃してもすぐに復活するから攻撃を当てる訓練になるんだ。設定次第でいろんな動きをさせることもできるから応用も利かせやすいんだよ」

「なるほど、便利だね!」
「さっ、二人もやってみなよ!」

 解説したところで優太は縁たちにも攻撃を促す。

「はいっ! えーと――組み伏せろ、猛虎の拳(タイガー・ナックル)!」
「了解!」

 縁の指示でデクノボーに力強い拳の一撃を食らわせるシータ、しかし大きく吹っ飛ばされてなおデクノボーは何事もなかったように立ち上がる。

「これはなかなかタフだね!」
「この調子で昼休みが終わるまで特訓しよう!」

 こうして優太たちは昼休み中トレーニングルームで攻撃の特訓をしたのだった。

相性最悪

 そして迎えた放課後、学園の皆が屋外闘技場に集結したところで早速タッグマッチ第一試合が始まりを告げる。

「まずはサンゴの番だったよね」
「三吾君、大丈夫かな……?」

『さぁ、早速赤コーナーに選手が入場だぁ!』

 優太が案ずる中、早速アナウンスと共に闘技場に三吾と巨大なウツボ型のランボー、そして馬頭とアレスが入場した。

「いいか、ぜってー俺の足手まといになるんじゃねえぞ」
「それはこっちのセリフだっつーの!」

「あちゃー、あの二人いがみ合ってるわね……」

 入場してなお睨み合う二人に同じく観席にいる美佳が額に手を添えてため息を付く。

『続いて青コーナーから入場してきたのは――』

 反対側の入り口から堂々と歩いてきたのは、

「さあ、ボクたちの勝負の始まりだよ!」

『あーっとぉ! 学年序列三位の生徒会長が早速お出ましだぁ!』

 生徒会長にしてこの学園の実力者でもある真琴のタッグであった。

「――終わったわね」
「勝負はまだ始まってないよ美佳!?」

 早くも諦めた美佳を知ってか知らずか、真琴が三吾と馬頭の二人に歩み寄って一言。

「キミたちがボクへの敗者第一号かな?」
「あぁん、何だとぉ!?」
「おいおい、落ち着けって馬頭!」

 不敵な笑みで漏らす真琴に顔を真っ赤にして殴りかかろうとする馬頭を必死で抑える三吾はふと真琴の隣にいる小柄な男子に気付く。

「なあ会長、あいつがあんたのタッグパートナーか?」
「ん、ああそうだよ。彼は和泉(いずみ)クン、副会長にしてボクの右腕さ」
「和泉です……、よろしくお願いします……」

 真琴に紹介されて和泉がオドオドしながらコクンと一礼。

 そんな彼が連れている使い魔(サーヴァント)は全体的に水色のクラゲを思わせるコスチュームを着た、小柄な少女型である。

「主人と同じでなんか弱そうだぜっ」
「それは和泉クンに失礼だよ馬頭クン。和泉クンもジェリードールのアクアスクンも実際強いからねぇ!」
「はいです、頑張りますです」

 真琴に応えるようにアクアスと言う名の少女型使い魔(サーヴァント)が主人と同じく控え目に意思表明をした。

『それでは両選手が配置に付いたので、試合開始!』

 試合開始のアナウンスで一斉に沸き立つ全校生徒。

「前衛はワタシに任せろ!」

『おっと、生徒会長の使い魔(サーヴァント)ガラがいきなり突進だ!』

 翼の腕を力強く羽ばたかせて突撃するガラ。

「俺のアレスに真っ向勝負だなんていい度胸じゃねえか。アレス! 突き進め、偉大なる突撃(グレイテスト・タックル)!」
「おい待てって!」

 三吾の制止を無視した馬頭の指示でアレスが猪突猛進にガラに突っ込む。

「うらあああああ!!」
「全く、単純な奴だっ」

 アレスの突進をガラは涼しい顔でヒラリとかわしてから後ろに回り込み、足でその背中をガシッと鷲摑みにした。

「なっ!? 離れろっての!!」

 ガラを振り落とそうとアレスが巨体を揺するが、鋭い爪が硬い皮膚に食い込んで離れない。

「ったく仕方がねえ! ランボー、ガラをなんとかしてくれっ!」
「グルウウオオオオオオン!!」

「させません……! 囚われよ、流水の鎖(チェーン・ストリーム)……!」
「ですっ!」

 三吾の指示でガラとアレスの元へ突進しようとしたランボーだったが、魔法使いよろしく杖を手にしたアクアスが形成した水の鎖に縛り付けられてしまう。

「ルオッ!?」

「ナイスだよ和泉クンにアクアスクン!」
「はいっ、サポートは任せてください! そのまま締め上げてくださいアクアス!」
「はいです!」

 真琴に賞賛されて和泉は先ほどの頼りなさが消えて自信満々だ。
 そんな主人のやる気を察してか、使い魔(サーヴァント)のアクアスも杖を握る手に力を込め、ランボーを縛り付ける手をさらに強める。

「グルルルル!」
「落ち着けランボー! そんなに暴れたら余計食い込むって! ――おい馬頭! アレスは一体何やってんだ!」
「無理言うんじゃねえよ石垣! あいつも今取り込み中なんだ!」

 一方お互いの使い魔(サーヴァント)が力を発揮できない中、三吾と馬頭のコンビはお互いにいがみ合うばかりでチームワークなんてあったものではない。

「あの二人大丈夫かな……?」
「あれでは敗北も時間の問題だな」

 観席で三吾たちを案ずる優太ともはや戦況を諦めてるエリシエル。

 そして真琴はさらなる指示を出した。

「和泉クン、こんなつまらないバトルはあれで決めてしまおう!」
「はい、会長! 呑み込め、魔海の渦潮(サルガッソ・ヴォルテクス)!」
「はああああ……!」

 和泉の指示でアクアスが杖を立てて力をため始める。

「マズイ、大技が来るぞ!」
「アレス! 背中のそいつは無視してあのクラゲ女を潰せ!」

 馬頭が慌てて指示を出した瞬間、ガラがアレスから離れて空へ舞い上がった。

「しめた! これでアレスは自由――」
「いや、オレたち詰んだかも知んねえ……!」

「剣よ降り注げ、幾千の剣(サウザンド・ソード)!」
「残念だったな。はっ!」

 真琴の指示でガラが翼の腕を振り下ろすと、虚空からおびただしい数の剣がアレスとランボーに降り注ぐ。

「グアーーーーーーー!!」
「グオオオオン!!」

 全身に剣が突き刺さってのたうち回るアレスとランボー、そしてアクアスの身体が青く光り輝いて、

「お願いします、アクア!」
「はいです! はあああっ!」

 杖をかざした途端、アレスとランボーの足元から水が溢れて勢い良く渦を巻いて二体を呑み込んだ。

「アレスーーーーー!!」
「ランボーーーーー!!」

 そして水の渦が消える頃に巻き上げられたアレスとランボーが地面に叩きつけられる。

「アレスとランボー戦闘不能! よって東條&和泉タッグの勝利!」

 竹刀を手にした体育教師の判定が下されて観席が沸き上がった。

『あーっとぉ! 巨大な相手二体を生徒会コンビがいともあっさりと下したぁ!!』

「おい、大丈夫かアレス!? ――お前の使い魔(サーヴァント)がちゃんと動かなかったから負けちまったじゃねえか!!」
「そっちが使い魔(サーヴァント)を考えなしで動かしたからだろ!?」

 敗北した三吾と馬頭の二人は我慢の限界を迎えて口論を始めてしまい、その様子を対戦相手だった真琴は肩をすくめてため息を付く。

「いがみ合ってる暇があったら使い魔(サーヴァント)たちを保健室に連れて行くべきじゃないかい?」

「それもそうだな。馬頭、行くぞ」
「ちょっと待て、リーダーは俺だぞ!? 何お前が指図してんだよ!」

 真琴に促されて三吾と馬頭はいがみ合いながらもお互いの使い魔(サーヴァント)を何とか歩かせて保健室に向かったのだった。

強いられる苦戦

「それにしてもヒドい試合だったわね……」
「全くだ。あれではタッグを組んだ意味がない」
「あの二人もいつか分かり合える日が来るよ、きっと……」

 先ほどの試合が終わって優太たちはそんなことを呟きながら控え室に向かっている。

「東條……まさかあの東條じゃありませんよね……?」
「ん、真琴の名字が気になるの?」
「あ、いえ! 別にそういうわけじゃないです~!」

 優太に呟きを聞かれて狼狽える縁。

 しかしすぐに気を取り直してこんなことを告げる。

「次はわたしたちの番ですね!」
「そうだよご主人! なんかアタシ燃えてきた!!」
「よしっ、それじゃあ準備を始めようか」
「はい!」
「オーケー!」
「うん!」

 そして優太とクロエ、それから縁とシータの四人は美佳と別れて準備を始めることにした。

 そして迎えた本日二度目の試合、優太と縁はそれぞれの使い魔(サーヴァント)をそばに連れて闘技場に入場する。

『早速入場してきました、夜森君&日向さんタッグ! 編入したばかりの日向さんの実力は未知数だけど夜森君は先日あの生徒会長を破った、まさに学園で今一番勢いのある選手だぁ!』

 闘技場に響き渡るアナウンスに応えるかのように手を振る優太と健気にその真似をするクロエ。

 さすがは新参の実力者と言わんばかりの余裕である。

 一方の縁は緊張からかすっかり縮こまっていた。

「緊張するの、ゆかり?」
「あ、いえ。わたしは平気ですよシータちゃん」
「無理しないでね、日向さん」
「も、もちろんです! わたし、夜森くんの足手まといにならないように頑張ります!」

 案ずる優太に縁は胸元で拳をギュッと握り締めて応える。

『続けて青コーナーから登場してきたのは-! 北斗君&モハメドと佐々木君&マスク・ド・コングの格闘タッグだぁ!』

 アナウンスと共に優太たちの向かい側から入場してきたのはタキシードを思わせる衣装を着たカンガルーみたいな使い魔(サーヴァント)とマスクを被ったプロレスラーのような出で立ちのゴリラを思わせる使い魔(サーヴァント)をそれぞれ連れた屈強な男子生徒二人だ。

 どうやらカンガルーの方がモハメドでゴリラの方がマスク・ド・コングのようである。

 早速入場してきて、モハメドが上体を反らして背伸びをし、マスク・ド・コングが平手で胸を叩いてその強さをワイルドに誇示した。

「相手も強そうですね……」
「だけど面白そうじゃん!」

 少し怖じ気付く主人とは対照的にシータは虎の手のような拳を掲げてやる気満々だ。

「行けるね、クロエ?」
「もちろんだよご主人!」

『それでは試合開始っ!』

 優太とクロエが意気込んだところで実況によって試合開始が告げられる。

「クロエ、私があのゴツいゴリラをやるからあんたはカンガルーの方お願い!」
「分かった、シータ!」

『おっとぉ? シータとクロエは早くも息ピッタリかぁ!?』

 お互いに目配せしてからシータとクロエはそれぞれの相手に突進した。

 先に相手の懐に駆け込んだのはシータだ。

「娘よ、このワシに独りで挑むとはなかなかの度胸だな」
「へえ、あんた喋れるんだ。だけど女の子だからって甘く見てたら痛い目見るよ!」

「組み伏せろ、猛虎の拳(タイガー・ナックル)!」

 縁の指示を受けてからシータが光らせた拳でマスク・ド・コングの胸ぐらを殴り込もうとするが、そいつの太い腕に阻まれてしまう。

「私の拳を受け止めるなんてなかなかだね、ゴリラのおっさん!」
「ふむ、そちらこそ女のくせに大した拳だ。それと――」

「打ち下ろせ、粉砕の豪腕(アーム・スマッシャー)!」

「ワシをゴリラなどと呼ぶなあああああああああ!!」
「わっ、危ない!」

 絶叫しながらの豪腕の一撃を後ろに飛び退いて咄嗟にかわすシータ。

 標的を失った腕が叩きつけられ、地面に大きく亀裂が入る。

「ぐあああおおおう!!」
「あんなのゴリラと言わずに何て言うのさ!」

 そして野獣のごとく雄叫びをあげるマスク・ド・コングにシータは再び突進してそいつと拳を打ち合うことになった。

 一方クロエはタキシード姿のモハメドと向き合っている。

 しかしモハメドはその場で小さくステップを刻むばかりでなかなか攻めてこない。

(自分の間合いに入るのを待っているのかな……?)
「クロエ、まずはこれだよ! 迸れ、焔の花道(フレア・オンステージ)!」
「はっ!」

 優太の指示でクロエは地面に炎を一直線に迸らせる。

「払いのけろモハメド!」
「はっ!」

 主人の指示でモハメドが腕の一振りで炎を払いのけた。

「そのような小細工、私には効きませんよ? かかってきなさい」

「ナメんなあーーーーーっ!!」
「ちょっと、クロエ!?」

 手をこまねいてのモハメドの挑発に乗ったクロエが地面を蹴って跳びかかる。

「仕方ないなあ! 燃え上がれ、炎上(バーニング)!」
「ありがとうご主人! はああっ!」

 咄嗟の優太の指示でクロエは全身にまとわれた炎を拳に集中させてモハメドに殴りかかった。

「かかりましたね?」

 しかしその一撃は落ち着き払ったモハメドの片腕で食い止められてしまう。

「そんな!」
「おや、拳に力が籠もってませんねえ。肉弾戦は不慣れと見ましたっ!」

「打ち上げろ、殴り上げ(ストロング・アッパー)!」
「あうっ!?」

 続けて繰り出されたアッパーカットをあごに受けて打ち上げられるクロエ。

 すかさず体制を整えつつ体勢を整えるクロエだが、口元に少し血が垂れる。

「クロエ、火炎殲滅斬(フレアエクスセイバー)だよ!」
「うんっ! 炎よ焼き――ちょっと!?」

「そうはさせませんよ?」

 提唱して従具(アームズ)を形成しようとしたクロエだが、モハメドがその隙も与えずに跳びかかってフックを連続で繰り出してきた。

「よし今だ! 蹴り飛ばせ、双蹴(ダブルキック)!」
「うあっ!!」

 腰を落として連続フックをかわしたクロエだったが、モハメドの強烈な両脚蹴りをまともに食らい、大きく吹き飛ばされて見えない障壁に激突してしまい、口から血反吐を噴き出す。

「クロエ!」

「あの身長差での両脚蹴りはなかなか強烈ね……!」
「シータもあのゴリラに力負けしてるが大丈夫なのだろうか……?」

 観席で観戦する美佳とエリシエルの危惧通り、クロエとシータは早くも屈強な格闘タッグに劣勢を強いられていた。

(何か突破口はないのでしょうか……!?)

閃きの逆転

 オロオロしながら辺りを見回す縁は、クロエに怒濤の攻撃を繰り出すモハメドの姿勢を見てハッと気付いて優太に提案する。

「夜森くん、モハメドの尻尾をなんとかできないでしょうか!?」
「尻尾……そうか! クロエ、そいつが蹴るときの尻尾の軸を払うんだ!」
「えっ、うん分かった!」

 指示を受けてクロエは尻尾でモハメドがちょうど両脚蹴りを繰り出した瞬間に彼の全体重をその時支える尻尾を払った。

「なっ、そんな!?」

 支えを失って横倒しになるモハメド。

「今だよクロエ、そいつにしがみついて!」
「うん!」

 その瞬間を逃さず優太の指示でクロエが横倒しになったモハメドの身体にしがみつく。

「爆ぜろ、爆焔(フレア・エクスプロージョン)!」
「うああああっ!!」

 そしてその指示と共にクロエを中心として爆風が吹き乱れ、粉塵が晴れる頃にのびたモハメドが姿を現した。

「モハメド戦闘不能!」

 その様子をマスク・ド・コングと打ち合いながらシータが一瞥する。

「おっ、やるじゃんクロエ! それじゃあ私も! お願いゆかり!」
「はい、わたしたちもここで決めちゃいましょう! 猛り狂え、野獣の躍進(ビースト・アクセル)!」
「来たぁ!!」

 縁の指示でシータの双眸が赤く光り、その全身が黄金のオーラでまとわれた。

「なっ、この気迫はぁ!?」

「これで終わりだよ、ゴリラのおっさん!」

「構うなコング! 打ち下ろせ、粉砕の豪腕(アーム・スマッシャー)!」

 主人の指示で腕を振り下ろしたマスク・ド・コングだが、その一撃はシータの細くも引き締まった片腕で食い止められる。

「馬鹿なっ、ワシの渾身の一撃を片腕で!?」
「もしかしたらあのスキル、肉体強化の効果があるかも知れないわね」

 おののくマスク・ド・コングを後目に観席で分析する美佳。

「今度はこちらの番ですよ! 拳に宿せ、電光の一撃(ヴォルティック・ブロー)!」
「はっ!」

 片腕でマスク・ド・コングの腕を引き留めたままシータが電流をまとわせたもう片方の拳を土手っ腹に打ち込んだ。

「ぶほっ!?」

 思わぬ一撃に後ずさりながら身体を痙攣させて血反吐を噴き出すマスク・ド・コング。

「どう、私の拳は?」
「そりゃもう――」

「仕留めろ、捕食の断頭(プレデター・ギロチン)!」

 マスク・ド・コングの返事を待つことなくシータは縁の指示でその首筋に強烈なラリアットをぶちかました。

「――答えなんて聞いてないんだけどね」

 必殺の一撃をまともに受けて地面に突っ伏して動かなくなったマスク・ド・コングを前にシータがあっけらかんと漏らす。

「マスク・ド・コング戦闘不能、よって勝者は夜森&日向タッグ!」

『試合終了ーーー! なんと最後は体格で劣るクロエとシータのコンビが逆転勝利だあーーーーー!!』

 実況の叫びでまたしても観席が沸き立った。

「すごいよシータ! あんなゴツいゴリラをぶちのめしちゃうなんて!」
「そっちこそ!」

「――ワシはゴリラではない……!」

 ハイタッチを交わすクロエとシータに無視されながらも漏らすマスク・ド・コング。

「やりましたね、夜森くん!」
「そうだね。これも君のおかげだよ日向さん。あの時君が閃いてくれたおかげで僕たち勝てたんだから」
「えっ、そうですか……!?」

 優太に感謝されて縁はほんのり赤く染まる頬に両手を添える。

「おっ、ゆかりってば顔赤いよ?」
「えっ、そうなんですか!?」

 シータに肘で小突かれながら縁は狼狽え、その様子を優太は苦笑いした。

 もっとも、観席でその様子を嫉妬の眼差しで美佳が睨んでることに優太は気付いてないが。

 そんなこんなで優太と縁のタッグはさい先良く勝利できたわけであった。

寺門の研究と縁の約束

 その頃秘密基地で寺門はいつものごとく独りでモニターにかじり付いている。

「ほうほう、この時には代謝が著しく上がって……おや、この反応は――?」

「研究が順調で何よりですね、プロフェッサー」

 そこへ助手のカーミラがコーヒーを注いだ小さなカップを寺門の手元にそっと添えた。

「本当にその通りだよカーミラ君。さすがは私の娘、よくやってくれてるよ」

 モニターに大映しにされたクロエと縁を薄ら笑いながら眺める寺門。

「それで分かったことは何かおありですか?」
「そうだねえ、まずこの使い魔(サーヴァント)の生理データが人のものと爬虫類のもの両方の数値になってるんだ。恐らくDNAも同様になっているはず。それから――おっと、これはまだ確信に至っていないから説明はよそう」

 そんなことをカーミラに述べてから寺門は再びモニターにかじり付くのだった。

「今日は楽勝だったね」
「そうだよね、シータっ。今のアタシたちは敵なしだよっ!」

 この日の試合が終わってシータとクロエが和気あいあいと会話してると、縁がモジモジと指先を動かしながら優太に提案する。

「あ、あの……明日はお休みなのでその……一緒にお買い物に行きませんか?」
「うん、いいよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」

 優太から了承を得られて縁は感激極まってパーッと顔を輝かせてからペコペコ頭を下げた。

「それで、どこに行くの?」
「そうですねえ~」

 人差し指をあごに添えて縁はクロエを見やる。

「ん、どうしたのぉ?」

 不思議がるクロエに対して何かを思い立ったかのように柏手を打つ縁。

「そうですっ、クロエちゃんの新しいお洋服を買うのはどうでしょうか!?」
「お洋服!? いいねぇ!」
「確かに耐熱制服と美佳のお古だけだと少し寂しくなってきたからちょうど良かったかも」
「決まりだね」

 乗り気なクロエと優太にシータがビッと親指を立てる。

「それでは明日エーオンショッピングモールに集合しましょう!」
「エーオンショッピングモールだね。分かった、それじゃあ明日ね」

 ショッピングの約束を交わした優太は縁と別れて学園を後にした。

お洋服を買おう

 そして迎えた翌日の土曜日、優太とクロエは一足早くエーオンショッピングモールの入り口に来て縁たちを待つ。

「あ~、可愛いお洋服早く着たいな~!」
「もうちょっと待ってねクロエ。もうすぐ日向さんが来るはずだから」

 待ちきれないと言った感じでその場をクルクル回るクロエを優太がなだめると、程なくして聞き慣れた声が聞こえてきた。

「お待たせしました~!」
「あ、やっと来たぁ! 遅いよユカリ~!」

 到着して膝に手を着き息を切らす縁に頬を膨らませるクロエ。

「はひ~、すみません~!」
「全く、ゆかりってば服を選ぶのに時間がかかりすぎだって!」

 背中に手を置いて叱責するシータの言うとおり、今の縁は水色のボレロと純白のワンピースに赤いパンプス、それから髪をいつものシュシュの代わりに桃色のリボンで結んで気合い十分だと言うことがこれでもかと伝わる身なりをしていた。

「だけど今の日向さん、すごく可愛いよ」
「え、ホントですか!? ――嬉しいです……!」

 優太に服装を評価されて手を添えた頬をほんのり染める縁。

「それじゃあ行こうか」
「は、はいっ!」

 そして優太たちはエーオンショッピングモールに入ることにした。

「うわ~! 話には聞いてましたけどやっぱり大きいです~!」

 エーオンショッピングモールの中に入って縁はその規模の大きさに目を丸くする。

 エーオンショッピングモール、この辺りで最大のショッピングモールで様々なお店が内装されており、休日は家族連れやカップルなどたくさんの人で賑わうのだ。

「早くお洋服買いに行こうよ~」
「こらこらクロエ、そんなにはしゃいだら迷子になっちゃうよ。僕と手を繋ごう」
「うんっ」

 はしゃぐクロエをなだめて優太は彼女と手を繋ぐ。

 その様子を微笑ましそうに見つめるのは縁であった。

「二人とも本当に仲良しですねっ」
「うん。クロエは卵の頃から僕と一緒だったからね」
「卵……?」
 その言葉に首をかしげるシータに優太が慌てて付け足す。

「あ、そう言えば話してなかったね。クロエは元々クラウンゲッコーだったんだよ」
「クラウンゲッコーって、あのトカゲちゃんですよね? でも今のクロエちゃんは確かに尻尾はありますけど人型ですよ?」

 不思議がる縁に優太はクロエのことを少し話した。

「なるほど、ちょっと信じられないけどやもりがウソをつくわけないもんね」
「何だかロマンチックです!」

 目を輝かせるシータと縁に優太は微笑む。

「そういうわけで今はあんな姿だけど僕とクロエは今も変わらず固い絆で結ばれてるんだよ。ねっ、クロエ」
「うん! アタシ、ご主人がだぁい好きぃ!」

 優太に応えるようにクロエがその腕を組んだ。

「お、早速ブティックが見えてきたね」
「うわぁ~、可愛い服がいっぱい!」

 ショッピングモールのブティックに来てクロエが早速目を輝かせて尻尾を揺らめかせる。

「それでは一緒に見てみましょうかっ」
「うんっ! うわ~、どれがいいかな~!」

 ブース内に陳列するたくさんの洋服を前に色めき立つクロエ。

「日向さん、クロエにはどんな服が似合うかな?」
「そうですね~、あの髪と肌の色ですから意外とギャルっぽい服が似合うんじゃないですか?」

 優太の問いかけに人差し指をあごに添えて応える縁。

 程なくしてクロエが服を持って優太の元に駆け戻ってきた。

「ごしゅじ~ん、アタシこれがいい!」
「ん、どれどれ?」

 嬉々としてクロエが持ってきたのは黒いタンクトップとサスペンダー付きのショートパンツであった。

「うーん、これはちょっと露出が多いんじゃないかな……?」
「え~、ダメなのぉ?」

 優太に戸惑いの眼差しを向けられて目を細めるクロエ。

「いや、駄目じゃないけど他にも欲しい服はあるかな?」
「うん、そりゃもういっぱい!」
「それでは気になるのを全部持ってきて試着すればいいんじゃないですか?」

 縁のアドバイスにクロエがパッチリまつげの目をキラキラさせる。

「うん! ちょっと待ってて!」

 そう言うとクロエはお気に入りの服を探しに独りでブティックに分け入り優太は縁と二人きりになった。

 ちなみにシータはブティックの雰囲気が苦手だと言って外で待っている。

「ここまでしてくれてありがとね、日向さん」
「いいえ、わたしこそ夜森くんとクロエちゃんと一緒にお買い物できて楽しいですからっ。――こんなに楽しいの何年ぶりでしょうか……?」

 優太の感謝に対して朗らかに応えた縁だったが、ふと神妙な表情で口を噤む。

「日向さん……?」
「あっ、いえ! 何でもないです!」
「ユカリ~、服を持ってきたよ~!」

 そこへクロエが両腕一杯の服を抱えて戻ってきた。

「それでは試着してみましょうかっ。試着室はあちらですよ」
「うん! ちょっと待っててね!」

 スキップを刻みながらクロエは服を持って試着室に入り、カーテンを閉じる。

「クロエちゃんって本当に可愛いものが好きなんですねっ」
「あれでも最初は服を嫌がってたんだよ? でもいつの間にか可愛いお洋服を着たがるようになってねっ」

 戸惑いつつも嬉しそうに話す辺り優太のクロエ愛は相当なものだと縁は改めて理解した。

「ジャーーン! どう、アタシ可愛い?」

 試着室から出てきたクロエは先ほどのタンクトップとショートパンツ姿で、ラフな服装と露出した彼女の褐色の肌が元気さを引き出している。

「似合ってますね、クロエちゃん!」
「ホント!? ご主人はどう思う?」
「うん、やっぱり露出が少し気になるけど可愛いよクロエ」

 微笑みながらの優太の言葉でクロエの表情にパーッと光が灯った。

「うん! 服はまだあるからもっと見てっ!」

 そしてクロエは肩を出すタイプの白いTシャツにピンクのミニタイトスカートコーデにピンクのキャミソールと青いフレアスカートコーデ、それから極め付けの空色の袖なしチュニックにピンクのホットパンツコーデと代わる代わる着替えていく。

「――どっちにしてもクロエは肌を出すのが好きなんだね……」

 クロエの服のチョイスから優太は彼女の好みを垣間見て苦笑い。

「でも全部似合ってるじゃないですか!」
「えへへっ、やっぱり?」

 縁の評価に舌をペロッと出してはにかむクロエ。

「露出がやっぱり心配だけど、どれも可愛いよクロエ。それでどれにするか決められる?」
「うーーーっ、どれも良さそうで迷うよ~!」

 優太の言葉にクロエは服を見比べてオロオロし始める。

 そんな様子を見て縁が一言。

「お金に余裕があるなら全部買ってしまうのはいかがですか?」
「えっ、いいの!?」

 その言葉でクロエの瞳が輝き、優太は財布の中身とにらめっこしてからため息を付く。

「分かったよ、ちょっと厳しいけどクロエのために奮発しようかな!」
「わーーーい! ご主人大好きぃ!!」

 涙を呑みながら決断してカードで支払った優太を脇から抱き付くクロエ。

 その時クロエは服全部で三万円近く払ったことでしばらく節約生活に入ることをまだ知るよしもなかった。

ヒロインズの尾行

 服を購入した優太たちは外で待っていたシータと合流する。

「お待たせしましたシータちゃんっ」
「もう、待ちくたびれたよ」

 小さく舌を出して詫びる縁にシータが口を尖らせた。

「シータも来れば良かったのにぃ」
「ううん、私はそう言うのあんまり興味ないからさ。それより次は何か美味しいもの食べようよ」
「いいねぇ!」

 続けてフードコートに向かうことにした優太たち四人の後方では、

「うーん、今のところは特に怪しいところはないかな?」

 どことなく探偵を思わせる服装の真琴がサングラスをかけてその様子を陰ながら見守っている。

「何やってんのよ真琴っ」
「うわっ!? ――なんだ美佳クンかい。驚かせないでおくれよ~」

 突然背後から美佳に声をかけられてビクンと身体を震わせる真琴。

「そんなことより真琴、独りで何やってんのよあんた?」

 ジト目を向けながらの美佳の問いかけに真琴は神妙な表情で答えた。

「まだ確かじゃないから詳しくは話せないけど、日向クンがいろいろと怪しくて優太クンがちょっと危ないかも知れないんだ」
「ふーん、要するに日向にゆーたを取られたくないって訳ね」
「いや、そう言うわけ――でもあるけどね」
「そこは否定しなさいよぉ!?」

 ほんのり頬を染めて反論になってない反論を
する真琴に威勢よくツッコむ美佳。

「とにかくっ、ボクは日向クンが何かおかしなことをしでかさないか陰ながら見張ってるわけさ。――分かったらボクから離れてくれないかい? 君がいると邪魔なんだけど」
「そう言うわけにはいかないわよっ。あたしだってあの二人が気になるんだもの」

 その場から離れようとしない美佳に困惑する真琴だが、彼女は続いて悪戯な笑みを浮かべる。

「ははーん、美佳クンもボクと同じで優太クンを日向クンに取られたくないんだぁ」
「ばばばバカッ!? あたしは別にゆーたが誰とくっつこうが知らない――」
「お顔が赤いよ美佳クンっ」
「うるさーーーーーい! ――ふむっ!?」

 真琴に茶化されて顔を真っ赤に染めて絶叫しようとした美佳の口を真琴が押さえる。

「シーッ! あんまり大きな声出したら気付かれるよ!?」
「ご、ごめん……」

 小声で諭す真琴の向こうではシータが虎耳をグルンと回して辺りを見渡していた。

「どうしたんですかシータちゃん?」
「うーん、どこかで声が聞こえたような気がしたんだけど――気のせいか」

「それより早く美味しいもの食べようよ-!」
「そうだねクロエ。日向さんたちもだよね?」
「はいっ」

 クロエと優太に促されて縁とシータもフードコートに向かい、彼女たちが行き着いたのはファーストフード店だ。

「へー、ワックってこんなところにもあるんだね~」
「エーオンは本当に何でもあるからねっ」

 そして四人はファーストフード店ワックに入る。

 ワック、正式名称ワクドマルドのこの店は日本で最大のファーストフードチェーン店であり、二十年ほど前に記録的赤字をたたき出しながらも度重なる改革で不死鳥(フェニックス)のごとき復活を遂げたことでも話題となっている。

「それじゃあ何にする?」
「そうですねえ、わたしは――」

 優太に問いかけられた縁の視線はワクドマルド最大のバーガーであるギガワックバーガーとヘルシー志向のベーコンアボカドバーガーの間をさまよっていた。

「ゆかり、やもりたちには大食いだってことバレてるんだから遠慮しなくていいんじゃない?」
「そ、そうですね。それじゃあギガワックバーガーにしますっ!」

 シータに促されて縁は本命を注文することに決める。

「私はワックナゲットでお願い」
「アタシはソフトクリームがいい!」

 続けて遠慮なしに注文を決める使い魔(サーヴァント)二人を見て微笑む優太。

「うん、分かったよ。――ごめん日向さん、さっきのでお金使い過ぎちゃったから君が払ってくれないかな……?」
「はい、分かりましたっ。困ったときはお互い様です」
「ありがとう日向さん!」

 その時優太には縁が仏様に見えたであろう。

 そして注文を入れてから三分足らずでできた料理を取りに行く優太。

「みんな、持ってきたよ」
「うわぁ-、美味しそう!」

 そして優太は一人一人に食べ物を渡していく。

「シータってお肉しか食べないの?」
「ん、そうだねクロエ。私は肉食だからさ。そう言うあんたは甘いものが好きなんだね」
「うん! 後ね、虫も好きなんだぁ」
「む、虫……」

 ソフトクリームをペロペロ舐めるクロエの好みを聞いて口元を引きつらせながらナゲットを口に運ぶシータ。

「うーん! とても美味しいです~」
「日向さんもいい食べっぷりだね」

 夢中で巨大なギガワックバーガーを頬張る縁は優太に見つめられて顔を赤く染めて手をバタバタ振り始めた。

「いえっあの! ――やっぱり大食いな女の子なんてはしたない、ですよね……?」
「そんなことないよ日向さん、一杯食べる元気な人ってすごく素敵だと僕は思うな」
「夜森くん……!」

 何気なく微笑みを向ける優太に縁は頬をほんのり赤らめて笑みを浮かべる。

 その様子を程よく離れた席で面白くなさそうに見つめるのは、

「何あのリア充……」
「優太クンってば日向クンに気を許しすぎだってば……!」

 相変わらず優太たちを尾行している美佳と真琴であった。

「ゆーたってば、気安く優しい言葉をかけて全くもーーーー!」
「落ち着いてよ美佳クン!」

 最近優太との絡みが少なくて悔しいのかハンバーガーの包み紙をクシャクシャに丸める美佳を真琴がなだめる。

「もう見てられないわ、あんな奴どうにでもなればいいんだから!」

 そして美佳は勢い良く座席を立ち上がるとがむしゃらに突っ走ってワクドマルドを後にした。

非情な命令

「あの、それではわたしここで失礼します。今日はすごく楽しかったですね」
「うん。僕も楽しかったよ」

 エーオンショッピングモールを出た途中で縁は優太と別れて人目の付かない裏通りに向かう。

 そしてシータと共に辺りを見渡して人目がないことを確認してから虚空にモニターを展開してかの秘密基地と通信を繋いだ。

『おお、縁か。早かったね』
「はい。今日はもっと夜森くんと親交を深めることができました!」

 何も知らない縁が嬉々として本日のことを報告すると、画面の向こうの寺門が陰のある笑みを見せてから告げる。

『それは良かった』
「あんたのやってる研究ってのも順調なわけ?」
『もちろん。これも君たちのおかげさ』
「いえ、わたしこそお父――プロフェッサーの役に立てて嬉しいです」

 父親に評価されてはにかむ縁。

 しかし彼女は気付いていなかった、その様子を物陰から注視する存在に。

 美佳が離れた後も変わらず縁を尾行していた真琴はそこで彼女が使い魔(サーヴァント)のシータと共に裏通りに入り込むところを目撃した。

(こんな人通りのないところで一体何だろう……?)

 不思議に思った真琴がその後を付けてみると、裏通りでその二人がモニターを展開させ始める。

(よく見えないけどあの顔って……!)

 モニターに映る瘦せこけた男に真琴は見覚えがあった。

 かつて父の会社で禁断の研究に手を染めて学会から追放された、年老いた教授。

 その見た目と彼の年齢が合わないため本人ではないだろうが、真琴の目にはその教授とよく似てるように見えた。

(まさかあの男が……!? そう言えば彼には息子がいたけどもしかして……! だけどそんな男がどうして日向クンと……?)

 様々な憶測が真琴の頭の中で行き交うが、続く縁の言葉でそれが全て吹き飛ぶことになる。

「いえ、わたしこそお父――プロフェッサーの役に立てて嬉しいです」

(え、今お父さんって言いかけた!? ――言われてみれば画面の男とどことなく似てる……!)

 驚くべき事実に後ずさりしておののく真琴はうっかり足元の小石を踏み弾いてしまい、そのかすかな音をシータの虎耳は逃さなかった。

「誰!!」

(しまった!!)

 踵を返してその場から慌てて逃げ出す真琴。

『縁、シータ! 盗み聞きした不届き者を捕らえろ!!』
「は、はい! シータちゃん!」
「うんっ!」

 寺門の指示でシータが逃げる真琴を一跳びで取り押さえる。

「何するんだいキミ!?」
「あなたは……生徒会長!?」

 後から駆け付けた縁はその顔を見て驚いた。

 無理もない、自分たちの密談を盗み聞きしてたのが友人の知り合いだったのだから。

 そんな彼女を真琴がシータに組み伏せられながらもキッと睨んで問いかける。

「キミたちは一体何者なんだい……!?」
「どうするゆかり、このまま逃がすのもマズいよね……?」
「えっ、どうしましょう……!?」

 真琴を捕らえたはいいがその後どうすれば良いか分からずに戸惑うシータと縁。そこへモニターの向こうから非情な言葉が告げられた。

『――消せ』
「え……? お父さん今何て言いました……?」

 突然の命令で目を泳がせる縁に寺門は画面の向こうから続ける。

『そいつを消せと言ってるのだ! 私の言うことが聞けないのか縁!!』
「――分かりましたお父さん。シータちゃん、……お願いします」

 激しい剣幕に縁は唇を震わせながらシータに命じた。

「ゆかり……。分かったよ」


 その指示を渋々聞き入れたシータは、真琴の首根っこを掴み上げてからその胸部を何度も殴り付けた。

「あっ! がはっ!!」
「ごめんなさい生徒会長、……だけどこうするしかないんです……!」

 殴り付ける度に真琴の口から血反吐が噴き出され、シータの身体に返り血が飛び散る光景を目の当たりにして縁は顔を手で押さえてすすり泣く。

「あたしたちを許して欲しいとは言わないよ、だけどこうなると縁はあいつに逆らえないんだ……!」

 真琴を殴り付けるシータも血涙を流してそんなことを呟いていた。

 そして十回以上も拳を叩き込まれた真琴は口から血を垂らして息も荒くなる。

『縁、そいつにトドメを刺させろ』
「――はい。シータちゃん、お願いします……!」
「悪く思わないでよ会長。――はっ!」

 縁の指示でシータは真琴を少し宙に浮かしてからその首筋に回し蹴りをお見舞いし、地面に叩き付けた。

「そんな……わたし、何てことを……!」
『ふふふ。よくやった縁、これで秘密は守られた』

「おやっさん……!」

 自分の行いで真琴を重傷に追いやったという事実で地面に呆然と座り込む縁に寺門は薄ら笑いながら告げ、シータは画面の向こうの彼をギッと睨み付ける。

『さあ、この場にいては我々が怪しまれるだろう。どうすればいいか分かるね?』
「はい……」

 寺門の問いかけに、縁は死んだ魚の目のままシータを連れてその場を後にしたのだった。

「うっ、うう……!」

 五分ほど経過した頃、真琴は重傷を負いながらも奇跡的に意識を取り戻す。

「まさか日向さん――いや、この場合は寺門縁か――があの寺門教授の孫娘だったとはね……!」

 血の味がする口でそんなことを呟きながら真琴は壁を伝い、ズキズキ痛む身体を引きずりながら進む。

「――そう言えば画面の向こうのあいつ、クロエクンが何とかって言っていたな……。もしかしたら優太クンたちが危ないかも……!」

 そして最後の力を振り絞って裏通りから這い出た真琴はそこで力尽きて倒れてしまった。

 そこへ街を巡回していたコールバード(街の巡回を目的として生み出された、小鳥のような姿をした家庭動物(ファミリアニマル)である)が倒れた真琴の元へ向かい、そのよく通る鳴き声をあげる。

 そして駆け付けた救急車に真琴は病院へ搬送されたのだった。

「真琴が病院に!?」
『そうなのだよ夜森君! 私の娘が、娘が……!!』

 モニターの向こうで取り乱す真琴の父親から急に告げられ、帰り道の途中だった優太はいてもたってもいられずにクロエを背負いながら病院へ急ぐ。

 その道中でダッシュボードでとばす美佳と三吾、それから翼をはためかせて並走するエリシエルと合流した。

「君たちも病院に!?」
「当たり前でしょ!? あいつが大怪我を負うなんて信じられないわ……!」
「とにかく急ごうぜ!」

 全速力で道を突っ走り、病院に着いた優太たちは真琴のいる病室へと駆け込む。

「真琴!!」

 そこで優太たちが目にしたのすすり泣く父親とガラの傍らで変わり果てた姿となった真琴であった。

「ヒドい……!」
「こんなことってあんのかよ……!」

 クロエと三吾が唖然として言葉を失うのも無理はない、目の前の真琴は血で紅に染まった包帯で全身を巻かれ、口元を酸素吸入器で繋がれていたのだから。

「おお、真琴の友たちよ! 娘がこんなことになってしまうなんて私は悲しいよ……!」

 真琴の父親である正男は社長の威厳もプライドもかなぐり捨てて優太にすがってすすり泣く。

(あるじ)がこのような目に遭うとは、ワタシと言うものがありながら……!」

 ガラも拳を壁に打ち付けて無念と憤りを露わにする。

 後から分かったことなのだが、その時ガラは真琴と別行動をしていて、駆け付けたときには既に彼女は病院に搬送されていたのだ。

「一体誰がこんなことをしたって言うのよ……、真琴は腐ってもあたしの友達だったのよ……!?」

 変わり果てた友の姿を眺めて涙を滲ませる美佳。

「真琴、しっかりしてよ真琴!!」

 優太も必死で真琴の身体を揺するが、彼女の反応がない。

「それでこんなことした犯人は分かんねえのかよ!?」
「今警察が調べているのだが、映像も残されてなくて未だ決定的な証拠を掴めてないようなのだ……!」

「皆さん!」

 そこへ縁とシータもかなり遅れて駆け付けてくる。

「日向さん! 君は大丈夫!?」
「――はい、わたしは大丈夫です……」
「ん、どうした二人とも? 焦点が合ってないぞ?」

 様子のおかしい二人を心配して声をかけるエリシエル。

「あっいえ、わたしは平気です……」
「そうだ、私たちこれから用事があるんだよ。それじゃあ失礼するね」
「えっ、ちょっと! ――行っちゃった……」
 
 優太の引き留めを無視して縁とシータはそそくさとその場を立ち去った。

「何だったのよ……」
「それじゃあオレたちもここでお開きにしようぜ」
「娘の面倒を見ていたいのも山々だが私も仕事があるからな、これで失礼するよ」

 病室から出ようとして優太とクロエを引き留めたのはガラだ。

「待て。小僧とヤモリの小娘だけでいいからここに残れ。」
「ん、別にいいけど……」

 優太とクロエを引き留めたガラは真琴を入れて四人だけになった部屋で大きく咳払いをしてからこんなことを言い出す。

「あの編入生と使い魔(サーヴァント)の二人は君の知り合いだったな。だが単刀直入に言おう、あいつらには気を付けろ」

疑惑と信用

「それってどういうことなのガラ?」
「実は先ほどあの虎娘の身体にかすかだが血の跡が見えたのだ。あいつも血を洗い流して服も着替えただろうがワタシの目は誤魔化せない」

 ガラの発言に優太とクロエは彼の言わんことを察した。

「それってシータが真琴を傷付けたってことなのガラ?」
「いや、さすがに(あるじ)の血だとまでは断言できない。しかし何にせよ身体に血を付けるとはただ事ではない、精々警戒を怠るなよ」
「うん、分かったよガラ……」

 そして病室を後にした優太の頭の中では何かモヤモヤしたものが渦巻く。

「ねえご主人、もしかしてシータがマコトをやったってことはないよね……?」
「ううん、彼女の主人である優しい日向さんがそんなことさせるはずがないよ。きっと何かの偶然が重なったんだ、僕はそう、信じたい」

 持論とかすかな希望を口にしてから優太はさらに続ける。

「それに明日からはまた日向さんと一緒に戦うんだ、ガラはああ言ってたけどあの二人を信じないと勝ち進めないよ。そう思うよね、クロエ」
「うん、そうだねっ。よーっし! 明日からも頑張るぞぉ!!」
「その意気だよクロエっ」
 雲間の夕焼けを見つめて意気込む優太とクロエ、その様子を陰から伺うものがいた。

「夜森くん……!」

 他でもない、縁とシータである。

「あいつら、愚直に信じちゃって本当にバカだよね……! 犯人は私たちなのに!」

 涙を滲ませ唇を震わせながら呟くシータ。

「ねえシータちゃん、これからわたしたち夜森くんたちを騙し続けなければいけないんですかね……? あっちが信じてくれてるのに辛すぎますよ、そんなの……!」
「ゆかり……! しっかりしてよ、私たちのやることはあの二人との接触だけ。別に傷付けるわけじゃないよ」

 抱え込んだ罪悪感に耐えかねてすすり泣く縁をシータはその膨らみかけの胸に抱いて慰める。

 しかし彼女二人でさえ寺門の真の意図を知るよしもなかった。

 そしていずれはクロエを手にかけなければならないことにも。

馬頭&三吾タッグの快進撃

 真琴が病院に搬送されてから二日、この日の第一試合は馬頭&三吾タッグと美佳&香苗タッグの対戦であった。

「アレス! 突き進め、偉大なる突撃(グレイテスト・タックル)!」
「うらああああああ!!」

 馬頭の指示で猪突猛進に突撃するアレス、それをエリシエルが正面から大剣で辛くも食い止めて迎え撃つ。

「くっ……、なかなかのパワーだ!」
「へっ、二度も三度も女に負けてちゃアニキに向ける顔がねえよっ!」
「くっ!」

 そう言いながらアレスが力任せに鼻面の角を振り上げてエリシエルの大剣をはね除けた。

「香苗! 援護をお願い!」
「もちろんだよ美佳ちゃん! 惑わせ、見えざる吹雪(ミラージュ・ブリザード)!」
「キューーンッ!」

 白いイタチのような姿をした香苗の使い魔(サーヴァント)であるテトが高らかに鳴き声をあげると、見えない障壁に囲まれた闘技場一面が暗い吹雪に見舞われた。

「ぐっ……前が見えねえ!」

 突然の吹雪に視界を奪われ思わず怯むアレス。

「いいわよテト、次はあたしたちの番なんだから! 見通せ、聖なる眼光(セイクリッド・アイ)!」

 美佳の指示で双眸を光らせるエリシエル。

「まだまだ行くわよ! 剣よ輝け、閃光の剣(スパークル・ソード)!」
「はああっ!」
「うぐぅ!!」

 猛烈な吹雪をものともせずエリシエルは剣に光をまとわせて身動きの取れないアレスを斬りつけていく。

「テトの吹雪がある限りあなたたちは動けない――そんな!?」

 香苗が得意げになった瞬間、テトの背後から巨大な尻尾が地面を突き破って振り下ろされた。

「キューッ!?」

 予想外の一撃をテトがまともに受けたことで、アレスの視界を鬱いでいた吹雪も止む。

「一体何が――!?」

「グルウウオオオオオオン!!」
「オレたちのことも忘れてもらっちゃ困るぜ!」

 呆気に取られる美佳に呼びかけるかのように三吾の使い魔(サーヴァント)である巨大なウツボ型のランボーが全身を露わにした。

「馬頭! この小っこいイタチは俺らに任せておまえらはエリシエルを頼む!」
「へっ、分かってるじゃねえか石垣! 気合い入れろよアレス!」
「おうよアニキ! 大地を割る鋼鉄の刃、鋼鉄大斬刃(アイアンメガロクス)!」

 馬頭の号令で気合いを入れ直したアレスが地面から巨大な斧を引き抜いてエリシエルに突進する。

「打ち砕け、巨大なる粉砕(ジャイアント・クラッシュ)!!」
「おうらああああ!!」

 魂を込めた馬頭の叫びを聞き入れたアレスが目を血走らせて巨大な斧をエリシエルに振り下ろした。

「くっ! なんて馬鹿力だ……!!」

 咄嗟に大剣で受け止めたエリシエルだが、アレスの強大な力を前に押し潰されそうだ。

 するとそこへ審判の一声が響く。

「テト戦闘不能!」

 その判定通りランボーの懐でテトが舌を出してのびていた。

「ごめんね美佳ちゃん……!」

「ランボー! アレスに加勢しろ!」
「グルウウオオオオオオン!!」

 三吾の指示ですぐさまランボーが膠着してる現場へと向かい、エリシエルの脚に背後から食らい付く。

「ぐっ!! ――馬鹿な!」

「今だアレス、そのまま押し倒せ!」
「うらあっ!!」

 ランボーに噛み付かれてエリシエルが大きく体勢を崩したのを見逃さずアレスが斧に力を込めてそのまま地面に叩き付けて粉塵を巻き上げる。

 そして視界が晴れた頃にはエリシエルが地に伏していた。

「エリシエル戦闘不能! よってこの勝負、馬頭&石垣タッグの勝利!」

『あーっとぉ! 天津さん&夢世さんタッグの連勝を崩して馬頭君&石垣君タッグが怒濤の二連勝だぁ!! あの二人に何があったんだぁ!?』

 三吾と馬頭のタッグは初戦とは打って変わって息ぴったりのチームワークで二連勝を飾っていた。

「やったなあ石垣ぃ!」
「ああ! おまえも意外とやるじゃねえか!」
「意外とは余計だ意外とは!」

 勝利した二人はお互いに肩を組み合って意気揚々としている。

「済まないマスター、私としたことがお前の連勝を止めてしまった……!」
「謝ることないわよエリシエル。たまにはこんなことだってあるわ」

 頭を下げて詫びるエリシエルを暖かく抱きかかえる美佳。

 そこへ優太とクロエも観席から三吾と馬頭の元へ駆け付けた。

「すごいよ二人とも! 最初はあんなに息が合わなかったのに!」
「一体どうしちゃったの!?」
「まああれだ、この俺の華麗で豪快な力が勝利の女神にやっと認められたんだ! アーッハッハ!」

 高笑いする馬頭を後目に三吾が優太とクロエの二人の耳元にそっと囁く。

「実はな二人とも、あいつがあんまり譲らねえもんだから、この際馬頭のやらせたいようにやらせることにしたんだ」
「その結果が二連勝ってわけなんだね」
「そう言うこと。サポートに回らされてオレもしゃくだけど、もう諦めた」

 三吾の口から力なく語られる裏話に優太とクロエは口角を引きつらせて苦笑するしかない。

 するとエリシエルが足を引きずりながら歩み寄り優太とクロエに一言。

「そろそろお前たちの番なのではないか少年?」
「そうだね、知らせてくれてありがとうエリシエル。君たちもよく頑張ってたと思うよ」
「負けたのは悔しいけど、あたしたちだってベストを尽くしたんだから!」

 続けて優太に労を労われてエリシエルと美佳も悔しがりつつも笑みを浮かべる。

「それじゃあ行こうかクロエっ」
「うんっ!」

 そして優太とクロエは途中で縁とシータの二人と合流して試合に臨んだ。

残酷な事実

 本日の二試合目で優太・縁タッグは古い特撮作品に出てきそうなカニっぽい人型使い魔(サーヴァント)のギザミと巨大なタコの姿をしたタコキングの海鮮タッグを相手をすることになったわけだが。

「おらっおらっおらあっ!!」
「キエエエエエエエエエエエエ!!」

 シータがマウントを決めて、奇声をあげるギザミを電撃の拳でタコ殴りにしている。

「そのままたこ焼きになっちゃえーーーーーー!!」
「グルルルン!?」

 一方のクロエも焔の螺旋(フレア・スパイラル)でタコキングを火だるまにして試合を一方的な展開に進めていた。

 そしてそのうちギザミは口から泡を吹いて自慢のハサミを力なく横たえ、タコキングも全身大火傷でクターッと伸びてしまう。

「ギザミとタコキング戦闘不能! よって夜森&日向タッグの勝利!」

『決まったぁ!! 夜森君&日向さんタッグ、タッグマッチ開始から無傷の三連勝だぁ!!』

 実況の叫びで観席が一気に沸き上がった。

「やったねクロエ!」
「うんっ! アタシたち絶好調――うっ!」

 優太とハイタッチをしようとしてクロエが腹を抱えてうずくまる。

「どうしたのクロエ!?」
「ううっ、お腹が痛いよご主人……!」
「それは大変です! どうしましょう~!」
「落ち着いて日向さん! クロエ、トイレには行ける?」
「う、うん……」

 慌てふためく縁をなだめて優太はクロエをトイレに連れて行った。

 しばらく女子トイレの前で待っていると、げっそりとしたクロエが出てくる。

「調子はどう……?」
「ううっ、ゲリピーだった……」
「どうしたんでしょうか……?」

 クロエの報告に縁が心配そうに胸元を握ると、シータがこんなことを言い始める。

「そう言えばクロエってランニングでもこのところすぐに息切れしてたよね?」
「言われてみれば確かに……!」

 シータの言うとおり、ここ数日のランニングでもクロエは普段の半分くらいでゼエゼエ意気を荒げて根を上げていた。

「このところバトルが続いて疲れていたのかと思っていましたが、ここまで来ると何かおかしいですよね……?」
「そうだね。クロエ、明日お医者さんに行ってみようか」
「うん、そうだね……」

 優太の提案にクロエはグロッキーのままで応じる。

 するとその時、縁の近くで着信音が鳴った。

「連絡が来たので、夜森くんたちは先に帰っていて下さいね」
「ちゃんとクロエを休ませなよ?」
「うん、分かったよ二人とも。それじゃあ行こうかクロエ」
「うん……」

 優太がクロエを背負ってその場を離れたのを確認してから縁とシータは物陰に隠れてモニターを展開させる。

『例の使い魔(サーヴァント)の様子はどうかな、縁?』
「プロフェッサー、実は最近クロエちゃんの様子がおかしいのですがどうしたんでしょうか……?」

 心配で声を震わせる縁に画面の向こうの寺門はニヤリと笑みを作った。

『そうか、もうその段階まで来たんだね』
「ちょっと待ってよ、あんたはこうなることを知ってたわけ……!?」

 違和感を覚えたシータの問いかけに寺門は薄ら笑いながら説明を始める。

『知ってたも何も、君たちがそうなるよう仕向けてくれていたのだろう? この前渡したあの白い粉、実は特別な寄生虫の卵だったんだ』
「そんな……どうしてですかお父さん……!?」

 父の口から語られた衝撃の事実に口元を抑える縁に寺門は不敵な笑みを浮かべて続けた。

『あれはただの寄生虫ではなく、寄生した宿主の生理データをこちらに提供してくれる便利なモノなのだ。それを自然な形で例の使い魔(サーヴァント)に投与してくれた君たちには感謝だよ』
「ウソ……!」

 高笑いする寺門が告げた真実に縁は呆然と跪く。

 あの時自分が作ったプリンに混ぜ込んだパラサイトチップと言う名の白い粉。

 あれがまさか寄生虫の卵だったとは。

 だけどその事実を知った今、ここ数日のクロエの様子がおかしかったことに合点がいく。

 あれはおそらく寄生虫の副作用だったのだ。

 そう思うと縁は涙ぐまずにはいられなかった。

「そんな、わたしのせいでクロエちゃんが……!」
「ゆかり……! ちょっとおやっさん、クロエを苦しませてまであんたは何がやりたいの……!?」

 すすり泣く縁を庇いながら吠えるシータ、それを見て寺門はため息を付いてからこんなことを告げる。

『縁、次で最後の頼みだ。もちろん聞いてくれるね?』
「――なんでしょうか……?」

『――例の使い魔(サーヴァント)を殺してでも秘密基地に連れて帰れ』

 顔を上げる縁に寺門が下したのはあまりにも非情な命令だった。

「そんな、どうして……!?」

 立て続けに残酷な事実と命令を聞かされて打ちひしがれそうな縁に寺門は不気味に薄ら笑いながら答える。

『私の目的は最初からあの使い魔(サーヴァント)を研究することだったのだよ。研究するには標本があった方がいいとは思わないかい? それでは健闘を祈る』
「ちょっと、おやっさん!?」

 シータの叫びも虚しく通信はそこでブッツリ途切れてしまった。

「――ウソでしょ……!?」

 そしてシータも事実を呑み込めずに呆然と立ち尽くしたのだった。

シータの決意

「――クロエちゃんの調子はいかがですか?」
『うん、ベッドに寝かせたら少しは楽になったみたい』
「良かった……!」

 優太との通信の途中、モニターの向こうでクロエがすやすやと寝息を立てて眠っている姿に縁はホッと一息を付く。

 しかし縁とシータの顔がどこか浮かないことに優太は何となくではあるが気付いた。

『どうしたの二人とも、顔色悪くない?』
「あっ、いや! 私たちは平気だよ!?」
『そう? それならいいんだけど。それじゃあ僕はクロエの看病があるからこれで失礼するよ』

 そう告げて優太が通信を切ると、縁は自分の部屋のベッドに倒れ込んで突っ伏す。

「相変わらず夜森くんはクロエちゃんに熱心ですよね……」
「うん……」

 気まずい空気の中で縁とシータは黙り込む。

 自分たちが見ただけでもいつも寄り添っている優太とクロエ。

 クロエは優太を全面的に信頼し、優太の方もクロエにありったけの愛情を注ぐ。

 その様子はまるで本当の家族だと錯覚するくらいだ、二人の絆はとても計り知れるものではない。

 ――そんな二人を自分たちはこれから引き裂こうとしている。

 そう思うと縁は頬を伝う涙を止められなかった。

「どうして、どうしてあの二人を引き裂かなければならないの……? せっかくあんなに仲良くなれたのに、イヤだよそんなの……!」
「ゆかり……!」

 枕に顔を突っ伏し言葉遣いを変えてまでボロボロ涙を流す縁を見ていられなくなったシータは彼女から目を逸らす。

 彼女は思い出していた、自分たちだって人と使い魔(サーヴァント)と言う違いはあっても幼い頃から姉妹同然に仲良く育ってきたことを。

 楽しいことや悲しいこと、それから辛いことも二人で共に分かち合ってきた。

 そんな自分たちも優太とクロエの二人と同じような境遇であるはずなのに。

 それだけではない、寺門事件からずっと孤立してきた自分たちを全面的に信頼してくれた二人をこんな形で裏切ること、それが縁にとって何よりも辛いのだとシータはすぐに分かったのだ。

「ねえ、ちょっとコンビニ行ってきていいかな?」
「えっ? いいですけど――」

 自分の唐突な問いかけに縁が応じたのを確認してからシータはその場を離れる。

 そして彼女が向かったのはコンビニではなく優太たちのいる男子寮であった。

「ごめんゆかり、あたしがあんたの親父さんの計画を駄目にしてしまうかも知れない……」

 そう呟いて男子寮に歩むシータ、しかし正面の機械にICカードの学生証を読み込ませなければ入れないことを思い出す。

「そうだよね。私ってば何やってんだろ……!」

 機械を前に立ち尽くしてシータは力なく笑ってから頬に涙を伝わせる。

「――あれ、シータ?」
「――あんたはやもり……!」

 シータの目の前に現れたのはビニール袋を手にして男子寮に戻るところであった優太だ。

「あんた、どうして……?」
「えっ? いや、僕はクロエのお薬を買いに行ってたんだけど。そう言う君こそどうして男子寮に?」

 相変わらず優しげな優太の問いかけにシータは今までためていたものがあふれたのか、突然彼に抱き付いた。

「うわっ、一体どうしたのシータ!?」
「やもり! ゆかりを、私のゆかりを何とかしてくれない!?」
「君の主人に何かあったの!?」

 突然のシータの動向に驚きつつも優太は訊ねると彼女は少し距離を取って息を整え直す。

「ごめん、いきなり抱き付いちゃって。ちょっと私の話聞いてくれないかな? もちろんクロエも一緒に」
「分かったよシータ。それじゃあ入ろう」

 改まったシータの様子にただならぬ事情を感じた優太は彼女を自分の部屋に招くことにした。

明かされる真実、それから賭け

 優太が部屋に招くと、シータはまずベッドに横たわるクロエの元に駆け寄る。

「――良かった、今のところは何ともないみたい……。ごめんクロエ、全部私たちのせいなんだ……!」
「――それってどういうことなの……!?」

 シータの口から漏れた事実に目を見開く優太。

 そんな彼を見てからシータは話を始める。

「優太、あの寺門教授は覚えてる?」
「寺門教授って言ったら、五年くらい前に違法な遺伝子組み換え技術を研究して学会から追放された人だよね? その人がどうしたの?」
「まず最初に言っておくけど、ゆかりはそいつの孫娘なんだ」
「えっ――」

 またしてもシータの口から出てきた驚愕の事実に優太は言葉を失う。

 寺門事件、それは事件の名にもなっている寺門教授の行っていた違法な遺伝子組み換え研究が内部告発で発覚したと言う、近年でも稀に見る重大な事件だ。

 彼がどのような研究を行っていたかなど詳細は(おおやけ)にされていないが、世論では世界の調和が乱れかねない研究だったとされている。

 小学生でも知っているその名をまさかシータの口から聞くことになるなんて、優太は驚愕を隠せない。

「あれ、でもあの娘の名字って日向じゃなかったっけ?」
「あんなの偽名だよ。本当は寺門縁って名前なんだ。だけど重要なのはそんなとこじゃない、これから私が言うことを真剣に聞いてくれるかな……?」
「う、うん……」

 縁が寺門教授の孫娘であることも驚愕の事実に値するのだが、続けてシータが語った事実は優太にとって遙かに重大なものであった。

 寺門教授の息子であり、縁の父親でもある男がクロエを狙っていること。

 縁が寄生虫の卵をそれと知らずにクロエに食べさせたこと。

 縁の指示で自分が真琴に重傷を負わせたこと。

 そして自分たちがこれからクロエを殺してでもその男の秘密基地に連れて帰ること。

 シータの震える口から語られた衝撃の事実に優太は愕然とした。

「それじゃあ僕たちに近付いたのって――!」
「そう言うこと。……だけど勘違いしないで欲しい、言い訳かも知れないけど私たちは最初からこのことを知らされていたわけじゃなかったんだ」
「それってどう言うこと……?」

 優太の問いかけにシータは一呼吸置いてから続ける。

「最初はあんたたちに近付くだけのハズだったんだ。だからやもりとクロエの二人と仲良くなりたかったってのはウソじゃなかったし、ゆかりだってあんたたちと仲良くなれて心底嬉しそうだった。あいつがあんなに笑ってるとこ、家族同然に寄り添ってきたあたしでも五年ぶりに見たよ」

 そう伝えながらシータの見せた一点の曇りもない笑みに優太はその言葉が真実であることを悟った。

「だからやもり、あんたには感謝してるんだよ。あの事件の後に辛い思いをし続けた縁に一時でも希望を見せてくれてさ」

 その後の話によると、縁は幼い頃に母を亡くして父親の元で育てられたのだが、寺門事件の後から彼女は至る所で迫害を受けて小学校でも孤立するようになったと言う。

「だからだんだんおやっさんがおかしくなっても、ゆかりはあの人を頼りにするしかなかったんだ。たとえ自分が利用されていたとしてもそれでおやっさんが喜んでくれるならってね。あの人が縁にとってたった一人の味方だったからさ」
「そんなことが……!」
「だけど今回は違う。たとえおやっさんの命令でも縁は自分を心の底から信頼して優しくしてくれたやもりを裏切りたくないし、同じように自分を慕ってくれたクロエを手にかけたくないんだよ……!」
「シータ……!」

 シータが涙混じりで明かした縁の葛藤を聞いて優太はやるせなさを覚える。

「――だから頼みがある。悪いことは言わないからクロエをこっちに明け渡して欲しいんだ。そうすればあいつの命だけは奪わなくて済むかも知れない」

 懇願するシータの眼差しは優太の瞳をしっかりと見つめていた。

 それを受けて優太はしばし考えたが、首を横に振って答えを下す。

「本当に申し訳ないけど、その申し出に僕は乗れない。だってクロエは僕にとってかけがえのない存在だから。君だって日向さんはそんな存在でしょ?」
「やもり……そうだよね、そんなすんなりと渡してくれるわけないよね。でも――」

 言いかけてシータは涙を呑みながら虎のような手から鋭い爪を剥き出しにした。

「私たちだってそこは譲れない、こうなったら力尽くでも――!」
「やめてくれシータぁ!!」

 シータが優太を飛び越えて背後に横たわるクロエの元に跳びかかろうとしたその時、突然彼女の身体に炎が浴びせられる。

「熱つっ!!」

 慌てて飛び退くシータ、その目の前でクロエがおぼつかない足で身体に炎のオーラをまとわせていた。

「話は聞いたよシータ、だけどアタシだってご主人と引き裂かれるなんてイヤだもん!!」
「ウソでしょクロエ、体内に寄生虫を抱えた身のどこにそんな力が残っているって言うの……!」

「どうやら僕たちの絆を甘く見ていたようだね、シータ!」

 シータが振り返れば、温厚だった優太の瞳に炎のごとくグラグラと燃える怒りが確かに見てとれる。

 そしてその右手はクロエにまとわれたものと同じ炎のオーラをまとっていた。

「何、あんたたち何なのさ……!」

 二人のただならぬ気迫に取り囲まれ、虎耳と尻尾を伏せて狼狽えるシータ。

 するとクロエは一息付いて身体のオーラをひとまず消す。

「それじゃあこうしようよ。これから勝負をして、シータが勝ったらアタシを連れてってもいいよ」
「ちょっとクロエ! 勝手に何を言ってるの!?」
「そうだよ! 今のあんたじゃ多分私には勝てない、正気なの!?」

 クロエの提案に狼狽える優太とシータ。

 しかしクロエは真剣な眼差しで続ける。

「アタシはいつだって本気だよ。オマエに勝ってご主人の元に残るんだから……!!」

 優れない体調で冷や汗をかきつつも自信満々なクロエの態度にシータはヘラヘラと笑い始めた。

「あくまでも本気で私に勝つつもりなんだね。分かったよ、そこまで言うならやってやろうじゃないの!!」
「決まりだね。それじゃあ外に出てユカリを連れて来てよ」
「もちろん。ちょっと待ってなよ」

 そしてシータは縁を呼びに部屋を出る。

「本当に大丈夫なのクロエ……?」
「――あんなこと言っちゃったけど、ハッキリ言ってアタシも今すごく辛いよ。だけどシータたちもおんなじくらい辛いと思えばこれくらい……うっ!」
「クロエ!? 駄目だよ無理しちゃ!」

 宣言した後に体勢を崩したクロエを抱き上げる優太。

「平気だよご主人。それじゃあアタシたちも外に出ようよ。そして絶対に勝ってみせる……!」
「うん、そうだねクロエ」

 意気込んでから優太はクロエを背負いつつ男子寮の外に出るのだった。

厳しい戦い

 薄暗くなった外庭に出ると、縁を連れたシータが早くもそこにいた。

「早かったね、シータ」
「そっちこそよく逃げないでここに来れたよね」

「えっ? 一体何が起きてるんですか!?」

 睨み合うクロエとシータの構図に縁は事態を呑み込めずにせわしなくキョロキョロする。

 そんな彼女にシータは振り向いて告げた。

「ごめんゆかり。私、あいつらに全部話しちゃった」
「全部って、どこまでですか!?」

 縁の出生に自分たちがこれから成そうとしていたこと。

 目を泳がせる縁にシータはこれらを優太たちに明かしたことを伝える。

「そんな、何やってるんですかシータちゃん……!」

 呆然と立ち尽くす縁、しかしシータは続けた。

「だけどね縁、私たちが今のあいつらに勝てばクロエが来てくれる、そう言う約束になったんだ! そうすればクロエを殺さないで済むんだよ!」
「本当ですか!?」

 シータの言葉で縁の大きな瞳に希望の光が宿る。

 それを見届けてシータは再びクロエの方に向き直った。

「それじゃあ始めよっか!」
「うん、望むところだよ!」

 こうしてクロエの運命を賭けた、優太と縁の使い魔(サーヴァント)合戦が幕を開けた。

「まずはこちらから行かせてもらいますね! 組み伏せろ、猛虎の拳(タイガー・ナックル)!」
「はっ!」

 縁の指示で拳を光らせたシータが地面を蹴って飛びかかる。

「かわして!」
「うんっ! ――うっ!」

 優太の指示で横に身を翻そうとしたクロエだったが、身体に力を入れた途端に腹を押さえて動きが止まってしまう。

「おらっ!」
「うあっ!」

 その隙を逃さずシータがクロエの頬に拳を叩き込み、左に大きく吹き飛ばした。

「クロエ! 大丈夫!?」
「うんっ……平気だよ……!」

 地面を転げつつも身震いしながら身体を起こすクロエだが、その間近には早くもシータが次の攻撃を仕掛けようと迫ってきている。

「噛み砕け、猛虎の牙(タイガー・ファング)!」
「ガァウ!!」

 縁の指示で今度は口を大きく開けて牙を剥くシータ、それをクロエは咄嗟に手を横に伸ばして提唱した。

「――炎よ焼き尽くせ、火炎殲滅斬(フレアエクスセイバー)! ――ううっ!」

 手に揺らめかした炎から二つの剣を形成したクロエだったが、シータは構わずそのうち一本に噛み付く。

「ググッ、ガガガッ!!」

 そしてシータがあごに筋を浮かべると、クロエの剣にヒビを入れて一瞬で噛み砕いてしまった。

「そんな!」
「さすがに剣を噛み砕くのは辛いかな」

 口から血を垂らしながらシータがあっけらかんと漏らす。

「うあああああああ!!」
「早まらないでクロエ!!」

 優太の制止を無視してクロエが折れてない方の剣で斬りかかろうとするが、その一撃さえシータの腕に阻まれてもう片方の剣も砕けてしまった。

「くっ……!」
「――やっぱりね。はぁっ!」
「うあっ!!」

 そう呟くとシータは剣をはね除けてからクロエの腹に拳を叩き込む。

「ううっ……!」
「クロエ――?」

 剣を手から滑らせながら数歩後ずさりして、クロエは血反吐を吐いてから跪いて手を着く。

「クロエ、ハッキリ言って今のあんた弱いよ」
「シータ、それってどう言うこと……!?」
「さっきクロエの身体に寄生虫がいるって言ったでしょ? そのせいでクロエはいつもの力を出し切れてないし、従具(アームズ)だって脆くなってる」

 優太の問いかけにシータがため息交じりに告げて、

「――断言する、今のあんたじゃ私には絶対に勝てないよ」

 それから二人に向けて吐き捨てるように宣告した。

厳しい戦況

(あるじ)……どうして君がこのような仕打ちを――!」

 その頃病室では身動き一つしない真琴を見つめてガラが唇を噛み締めている。

 本当なら今すぐにでも犯人を捜し出したいところだったが、彼も使い魔(サーヴァント)である以上主人がこの有様ではどうにもできないのだ。

 ふと彼の鋭い目がかすかに震える真琴の指を捉える。

(あるじ)――!?」

 目を見開いて真琴に見入るガラ、それから彼女の唇がかすかに動き始めた。

「…………」
「何、小僧が危ないだと――!?」

 酸素吸入器から息が漏れるばかりで言葉になっていないものの、ガラは真琴の唇を読み取り彼女の言わんことを読み取る。

「ふむふむ、――そう言うことか――! こうしてはおれん、今すぐ仲間を連れて奴らを止めねば!!」

 そう言うとガラはヘッドライトを頭に装備してから(鳥目なので夜目が利かないのだ)病室の窓から翼の腕を羽ばたかせて飛び立った。

 彼がまず向かったのは美佳とエリシエルのいる女子寮である。

 向かう途中の男子寮上空でガラは信じられないものを目にした。

「――やはりこうなるか――!」

 それはシータに辛くも奮闘するクロエの姿だった。

「――これは急がねば、でなければ手遅れになるやも知れん!」

 緊迫の状況でガラは地上の様子を一瞥してから女子寮に急いだ。

「おらおらぁ!!」
「――ううっ――!」

 一方男子寮の外庭ではシータの猛攻をクロエがか細い腕で辛くも持ち堪えている。

(シータの言うとおりだ、クロエの動きがいつもとは比べものにならないくらい悪くなってる――!)

 そんなクロエの様子を優太が目を細めながら歯をギリリと噛み締める。

「ほぉらよっ!!」
「うあっ!!」

 そしてシータの爪がクロエの腹を服ごと切り裂いた。

「ううっ……!」
「クロエ!」

 腹から垂れるクロエの血が地面にポタポタと血溜まりを作る。

 しかし彼女は紅に染まる腹に手を添えながらも拳を握り締めてなおもシータをキッと睨んだ。

「クロエ、こんなこともうやめよう……勝ち負けが分かり切ってるのにまだ足掻くなんてバカげてるよ……!」

 そんなクロエが見ていたたまれないのか、シータが唇を震わせながら彼女に訴えかける。

「どうして、どうしてあなたはそこまでして戦うのですか……? 今のあなたに勝ち目なんてないんですよ!?」

 同様にその大きな胸元に手を添えて涙をボロボロ流しながら訴えかける縁。

「そんなの……そんなのやってみなくちゃ分からないんだから――!」

 その瞬間、クロエの身体をまとう炎のオーラがさらに輝きを増した。

「うあああああああ!!」
「クロエ!?」

 仰天する優太を背後にクロエが絶叫しながら火柱を黄昏の空に巻き上げる。

「こ、これは……!」
「すごい熱気です……!」

 突然の事態に目を見開くシータと縁にクロエは燃えたぎる炎のオーラをまといながら無理に笑みを作った。

「――まだ勝負はこれからだよ……!」

解き放たれた力

 その頃ガラは女子寮の建物が見えたところで目を凝らしてお目当ての部屋を探す。

「あいつらの部屋は――あれか!」

 女子寮の周りを飛び回ってものの数秒で全ての部屋を見凝らしたガラはその部屋へ向かって一直線に飛び向かい、その窓を足の爪で引っ掻いた。

「んもうっ、何なのようるさいわね! ――あんたはガラ!?」

 窓を開けてガラの姿を部屋に入れた美佳は目を見開く。

「どうしたのだガラ、あのオトコ女を見ていなくてよいのか?」
「今はそれどころではない、小僧が危ないのだ!」

 続けて部屋から歩むエリシエルに向かって腕の翼をばたつかせながら慌ただしく伝えるガラ、その様子にただならぬ事情を察した美佳が前面に出た。

「ガラ、それってどう言うこと? ゆーたに何が起きてるって言うの!?」
「話は後だ、とにかく使い魔(サーヴァント)を連れてワタシと来てくれ!」
「――何だか知らないけど分かったわ、あたしたちを案内して」

 ガラの切羽詰まった態度に美佳は皆まで聞くことをせず彼に頼み込む。

「それでは来てくれっ」
「頼むわよエリシエルっ」
「承知したっ」

 頼まれたガラがそう言って窓から飛び立つと、美佳を抱き上げたエリシエルも後に続いた。

「――それで優太たちに何が起きてるのか話してくれないかしら?」
「もちろんだ娘。実はな――」

 空を飛んで現場に向かいつつガラは美佳たちに真琴が必死で告げた事実とついさっき目の当たりにした事態を伝える。

「――それじゃあ今クロエはシータと戦ってるわけ!?」
「そう言うことだ。しかしヤモリの小娘は何故だか全力を出せてない……!」
「それならなおさら急がねばなるまいな」

 ガラの告げた事実に驚愕しつつも美佳たちは一刻も早くクロエの元に向かわなければならないことを悟った。

 そして暗くなりつつある黄昏の空を裂いて先を急ぐと見えてきたのは、

「何なのよあれは……!?」

 薄闇を突き抜ける炎の柱だった。

「そんな……、今のあんたのどこにそんな力が残ってるって言うの……!?」
「落ち着いて下さいシータちゃん。あれはきっと苦し紛れに発動させた強化スキル、あの身では長くは保ちません!」

 ただならぬクロエの気迫におののくシータを縁が状況を見定めてなだめる。

 一方の優太も急激に力を燃やすクロエに体力を急速に持っていかれて顔を歪めていた。

(これはガラと戦ったときの……いや、多分それ以上のものだ。少し危険だけどこれに賭けてみるしかない!)

「クロエ! 僕は君を信じる、だから絶対に勝とう!!」
「――もちろんだよ、ご主人……!」

 しかし優太は苦痛をこらえ、突如として発動したこの状態に賭けることを決断し、頭の中に浮かんだスキル名を叫ぶ。

「その身を燃やせ、極大炎上(オーバーヒート)!!」
「うああああああああああああ!!」

 優太の指示と同時に炎のオーラはさらに勢いを増して今までクロエの炎に耐えてきた耐熱制服すらも徐々に焦がしていく。

「正気ですか夜森くん!? そんなことしたらクロエちゃんが死んでしまいますよ!!」
「負けて死ぬくらいなら……死んででも勝つ!!」

 縁の警告を魂の叫びで一喝してからクロエは地面を蹴り、炎をまとった拳でシータに殴りかかった。

「うあああああああああああっ!!」
「おっと!?」

 その拳を後ろに飛び退いて咄嗟にかわしたシータだったが、拳から放たれた熱風が彼女のマフラーを少し焦がす。

「これはすごい……! だけど隙だらけだよ!!」

 感心しつつシータががら空きとなった背後に回って拳を振りかぶる。

「拳に宿せ、電光の一撃(ヴォルティック・ブロー)!」
「おらっ――うっ!」

 シータが電流をまとった拳を振りかざしたその瞬間、炎をまとい横薙ぎに振るわれたクロエの尻尾にはね飛ばされた。

「くっ……!」

 炎の尻尾が直撃して焼けただれた頬を拳で拭ってキッとクロエを睨み付けるシータ。

「はぁああああ、うあああああ!!」

 続けてクロエは間髪入れずシータに飛びかかる。

「その手は引っかからない――まさか!」

 再び振るわれた炎の拳に身を翻してかわしたシータに今度はクロエの燃えたぎる尻尾が巻き付く。

「ぐっ! アガッ!!」
「はぁああああ……!」

 クロエは尻尾で締め上げながらシータを火炙りにする。

「ガアッ!!」
「うっ!!」

 しかしシータも苦し紛れの噛み付きでクロエの尻尾から逃れた。

「縁! 私たちも強化スキルだよ!!」
「は、はい! 猛り狂え、野獣の躍進(ビースト・アクセル)!」

 縁の指示でシータの身体にも黄金のオーラがまとわれ双眸を赤くたぎらせる。

「おらああああ!!」

 そしてシータが電撃の拳で渾身の一撃をクロエの頬にお見舞い。

「ぐっ!! ――うああああ!!」
「うぐっ!?」

 クロエも負けじと燃えたぎる炎の拳をシータの土手っ腹に叩き込んだ。

 そして赤と金のオーラが入り交じってクロエとシータの拳の打ち合いが繰り広げられる。

「シータちゃん……!」
「負けるな……クロエ!!」

 それぞれの背後では優太と縁も歯を食いしばり、激闘を繰り広げる使い魔(サーヴァント)に力を注ぎ込んでいた。

 そしてお互いの拳が何度も炸裂して限界を迎えようとしたとき、両者は勝負に出る。

「うああああああああああああ!!」
「仕留めろ、捕食の断頭(プレデター・ギロチン)!」
「はああああああああああああ!!」

 地面を蹴って跳び込んだクロエとシータの二人の距離がゼロになったとき、リーチの差か先にシータの腕がクロエのこめかみに炸裂。

「ふん!」

 必殺の一撃が決まって勝ち誇るように笑みを漏らすシータ。

「ぐっ! ――うああっ!!」

 しかし一撃を食らったクロエも負けじとシータの胸元に燃える拳を叩き込んだ。

「ぐはっ!?」

 そしてその瞬間に赤と金のオーラが消滅して跪く二人。

「「はあっ、はあっ……! ――グボッ!!」」

 息を荒げてから同時に血反吐を地面にぶちまけてクロエとシータの二人は地面に倒れ伏した。

決着と乱入

「クロエ!!」
「シータちゃん!!」

 すぐさま優太と縁がそれぞれの使い魔(サーヴァント)に駆け寄って抱き上げる。

「大丈夫、クロエ!?」
「う……うん、アタシは平気――うっ!」

 耐熱制服をも焦がし身体を痙攣させて満身創痍のクロエは優太の腕の中で微笑みかけてから疼く。

 一方の縁も同じく全身が焼けただれたシータを揺すって必死で呼びかけた。

「シータちゃん! 大丈夫ですか!?」
「――私も派手にやられちゃった。――くっ!」

 縁の腕の中で力なく苦笑してから腹を押さえるシータ。

 それから彼女はおぼつかない足取りでクロエと優太の元へ歩み寄って一言。

「――あたしたちの完敗だよクロエ」

 シータが優太たちに見せたそれは降参する者のものとは思えない清々しい笑顔だった。

 そこへ必死の形相で異を唱えたのは縁だ。

「どうしてですか!? この状態だとどう考えてもクロエちゃんの方が重傷じゃないですか! なのに――!」

 縁の異議にシータは首を横に振って告げる。

「――違うよゆかり、……このバトルは始めからクロエが不利だった。……けどそんな状態でも万全な私をここまで追い詰めてみせた……。……それでも私たちの勝ちだって言えると思う……?」
「シータちゃん……」

 あまりにあっけらかんとしたシータの答えに縁も納得したようだ。

 そこへ問いかけるように呼び止めたのは優太であった。

「ちょっと待って、それじゃあ君たちはどうするの……?」
「決まってるじゃないですか、わたしたちが負けたんですからクロエちゃんはこの際諦めます」
「――気にしないでよ、……ここはなんとかあたしたちがおやっさんを説得してみせるからさ」

『困りますよ、勝手に話を進められては』

 縁とシータが清々しく言い放ったところでどこからか聞き慣れない声が闇から聞こえてくる。

「誰……!?」

「――クロエっ、危ない!」
「ふえっ!?」

 何かを感じ取ったのか、シータが慌ててクロエと優太を抱きかかえて庇うと、

「シータ……ちゃん!?」

 地面から突き出た鋭利な尻尾がシータの肩に深々と突き刺さっていた。

「くっ、ああああああああ!!」

 尻尾が引き抜かれてからあまりの苦痛に悶絶するシータ。

 そして優太たちの前に歩み出てきたのは、

「あなたは、カーミラさん……!?」
「お久しぶりですね、プロフェッサー寺門の娘さんっ」

 レディーススーツを身にまとった女性のカーミラだ。

宣告

「どうして……どうしてカーミラさんがここに……!?」

 突然の登場に縁は呆然として口をパクパクさせる。

「知り合いなの、日向さん?」
「はい、あの人はわたしの父の助手です。それよりもどうして……!?」

 優太に説明しつつもしどろもどろな縁にカーミラは美しい顔を歪ませて遠回しに説明を始めた。

「あなたも困ったものです、プロフェッサーの命で例の使い魔(サーヴァント)に接近したはいいけど情に流されて放棄するとは。おかげで私が使えなくなったゴミの後始末をしなければじゃないですかっ」
「それって……わたしのこと、ですか……!?」

 カーミラの言い回しに目を白黒させて訊ねる縁、続けてカーミラは真顔で告げる。

「――プロフェッサーから伝言です、あなたたちは用済みだと」

 それは縁にとってあまりに残酷な宣告であった。

「――日向さん……!?」

 ふと優太は間近で縁の身体が震えてることに気付く。

「そんな……うそです、うそですうそですうそですうそです! わたしがお父さんに見捨てられるなんて、そんなことあるはずがありません!!」

 頭を抱えて発狂寸前になる縁に追い打ちをかけるようにカーミラは薄ら笑いながら続けた。

「まさか実の娘だからと言って自分は特別だと思ってらっしゃったのですか? だとしたら思い違いもいいところですね。あのお方にとって命とは利用できるかできないか、それだけです。そして――」

 嘲笑してから縁を指差すと笑みを止めたカーミラが最後に宣告。

「――命令に背いた以上あなたたちにもう利用価値はない、それがプロフェッサーの意志です」
「…………!」

 それは縁にとって絶望の宣告であった。
 今まで社会から受けてきた迫害の中でいつまでも自分を認めてくれるたった一人の存在(ヒト)

 彼女にとってただ一つの希望であったそれが一瞬にして失われたのだ。

「そんな……わたし、これからどうすればいいの……!?」

 四つん這いで呆然と立ち尽くす縁。

 そんな彼女にカーミラは薄ら笑いながら歩み寄って告げる。

「そのようなことを考えるのは無意味です。何故ならゴミ同然のあなたたちはここで処分されることになるのですから」
「ゴミ……だって……!?」

 カーミラの発言に胸の中で怒りの炎をグラグラと燃やす優太、しかしそれよりも先に動いたのはシータだ。

「ゆかりをゴミだなんて言うなあああああああああああ!!」

 肩を押さえおもむろに立ち上がってから地面を蹴って正面からカーミラに跳びかかるシータ。

「全く、使い魔(サーヴァント)の分際で馬鹿なことを。はっ!」
「うぐっ!?」

 しかしカーミラは想定内だと言わんばかりにため息を付いてから落ち着き払った様子で回し蹴りをお見舞いしてシータを大きく吹き飛ばした。

「あっ……ガハッ!!」
「シータ!!」

 地面を転げ回るシータに優太が叫ぶ。

 すると彼とクロエの前に先ほどの尻尾の持ち主が地面を突き破って姿を現す。

「ウルウーーーーーールゥッ!!」

 それは巨大で華奢なサソリであった。

「さあデッドスティンガー、その使い魔(サーヴァント)をやってしまいなさい」
「ウルウーーーーーールウッ!!」

 指示でデッドスティンガーなる巨大サソリに毒針の付いた尻尾をクロエと彼女を庇って覆いかぶさる優太に振りかざさせてからカーミラは縁の首筋にナイフをかざす。

「精々よく頑張って下さいましたね。それではさようなら」
「――イヤ……!」
「……ゆかり……!!」

 そしてナイフとサソリの毒針が振り下ろされようとしたその時、黄昏の空に一筋の閃光が走った。

「はああああああっ!!」
「ウルウッ!?」

 その閃光は雄叫びをあげてデッドスティンガーの尻尾の先を切り落とすと、優太たちの目の前に降り立つ。

「待たせたな、少年!」
「君は……エリシエル!」

「あたしもいるわよっ」

 優太の目の前には白く大きな翼を広げたエリシエルと主人である美佳が背を向けて凛々しく立っていた。

エリシエルの裁き

「大丈夫か、小僧!」

 そこへガラも腕の翼を慌ただしくばたつかせて優太の前に着地する。

「な、何事ですか……!?」

 突然の加勢にナイフを持つ手を止めるカーミラ。

 そんな彼女に美佳が指を差して一喝。

「何だかよく分からないけど、ゆーたに手出しする奴はこのあたしが許さないんだから!!」
「そう言うわけだ、お前たちにはここでお引き取り願おうか」

 そんな彼女に応じるかのようにエリシエルもカーミラとデッドスティンガーに大剣の切っ先を向ける。

 するとカーミラは嫌悪に似た表情で笑みを浮かべた。

「突然現れてヒーロー気取りですか。不愉快です、やってしまいなさいデッドスティンガー!」
「ウルウーーーーーールウッ!!」
「舞い上がって、エリシエル!」

 振るわれたデッドスティンガーのハサミを白い羽根を散らし、空へ舞い上がってかわすエリシエル。

「一気に決めるわよ! 光よ乱れ撃て、閃光の乱射(フラッシュ・マシンガン)!!」

 その指示でエリシエルは大剣で虚空に描いた円から光の弾丸を乱れ撃ち、デッドスティンガーを蜂の巣にする。

「ウーーーッ!?」

「トドメよエリシエル! 悪を断ち切れ、裁きの刃(エグゼキュート・ブレイド)!!」
「はああっ!!」

 続けてエリシエルは剣にまとわせた赤い光を刀身の何倍にも伸ばしてデッドスティンガーの顔面に突き刺してから持ち上げて、その身を真っ二つに切り裂いた。

「――ふっ」

「そんな、デッドスティンガーをこうも容易く……!」

 空中で涼しげに大剣に息を吹きかけるエリシエルにカーミラは恐れおののく。

 それを見届けてから美佳が警告した。

「悪いことは言わないわ、エリシエルの刃に切り裂かれたくなかったらここから立ち去りなさい!」
「くっ、小娘の分際で! ――いいでしょう、あなたの強さに免じてここは引きましょう」

 顔を歪めてからカーミラは穏やかにそう吐き捨てつつ踵を返してその場を後にする。

「僕たち、助かったんだよね……?」
「ゆーた、クロエ!」

 あっと言う間に付いた決着に唖然と目を見開く優太に美佳が抱き付く。

「良かった、無事で……!」
「美佳……。ごめんね、君たちにまで心配かけちゃって」
「それで、クロエは無事なの!? さっきはものすごい火柱が見えたけど……!」
「それなんだけど……」

 必死の形相で問いかける美佳に優太は自分の腕の中で苦しげにうずくまるクロエを見せる。

「クロエ、あんたってばどんな無茶したのよ……!」

 満身創痍のクロエを見て自分のことのように涙する美佳。

 そんな中でガラはと言うと、呆然と四つん這いになっている縁に歩み寄ってこう吐き捨てた。

「貴様が諸悪の根源か、この雌狐め。あの女も仲間だったんだろ?」

「なん……ですって……!?」

 睨み付けながらのガラの言葉に美佳は目を見開き、それから縁に問い詰める。

「それってどう言うことなの日向! あんた一体何したの!?」

 美佳からのキツい糾弾に縁は生気を感じられない声で応えた。

「はい……、わたしが……わたしが全部悪いんです……!」

 そう言ってから縁は恥も外聞もなく号泣し始める。

「困ったな、これでは話が聞けないぞ」
「二人とも、問い詰めるのはいいがあの二人を病院に運ぶのが先決ではないか?」

 すっかり縁に気を取られていた美佳とガラにエリシエルが動けないクロエとシータを一瞥してから物申した。

「そ、それもそうね! エリシエル、あの二人をお願い! あたしたちも後から追いかけるから!」
「承知したマスター」
「ワタシも力になろう」
「頼むわガラ」

 こうして負傷したクロエとシータはエリシエルとガラに病院へと搬送され、残った優太も悲しみに暮れる縁の手を取りながら美佳と共に病院に向かうのだった。

「二人ともダメージが大きいですね。クロエさんは疲労と寄生虫で極度に衰弱してますから目覚めるまで一週間は下らないですし、シータさんはダメージの上に毒にまで侵されてますから厳しい状態です……」
「そんな……!」

 医師のお告げ通り、クロエとシータは同じ病室にて全身に包帯を巻いて点滴と酸素マスクで繋がれ、いかにも重傷患者と言わんばかりの容態である。

「クロエ……僕がもっとしっかりしてれば……!」

 苦しそうに顔を歪めて横たわるクロエの傍らですすり泣く優太の肩に後から事情を聞いて駆け付けた三吾が手を置く。

「優太、あんまり自分を責めんなって。お前がそんな姿見せてちゃクロエも悲しむぜ?」
「そんなことよりも――」

 そう言いながら美佳が腕を組みながらシータの傍らですすり泣く縁に目を向けた。

「日向、事情を洗いざらい話してもらうわよ」
「はい……。実はわたし、本当の名前は寺門縁って言うんです……」
「寺門ってあの寺門……!?」

 寺門と言う名を耳にして驚愕を隠せない一同に縁はコクンと頷く。

「はい、あの寺門教授はわたしのおじいちゃんなんです。それでわたしはその意志を継ぐ形でクロエちゃんに接触したんです……」
「しかし、寺門教授なら重大犯罪者として今もなお獄中にいるはずだが?」

 縁の告白に異を唱えるガラ。
 彼もまたGTC社の一人娘である真琴の使い魔(サーヴァント)として気にかかったのだろう。

「わたしのお父さんもまた教授の研究を継いでるみたいで、わたしはお父さんの指示で今まで動いていたんです……」

 そこから縁はクロエに寄生虫の卵を仕込んだことと真琴を手にかけたことを皆に打ち明けた。

「そんなことってあるのかよ……! って優太は驚かねえのか!?」
「ん、僕はさっきシータから大体同じ事を聞かされてるからね。最初聞いたときはビックリしたよ」

 驚愕を隠せない三吾の問いかけに優太は落ち着いて答える。

「最終的にクロエちゃんを殺してでもお父さんの待つ秘密基地に連れて帰ることになってたんです……」
「それでさっきはあんな感じで戦っていたのだな」

 エリシエルの言葉にコクンと頷いて縁はさらに続けた。

「……だけど本当はこんなハズじゃなかったんです……! 最初はお父さんからクロエちゃんと接触するようにしか言われてなくって、寄生虫の卵を入れたのだってそれとは知らなくて、生徒会長を手にかけたのだって――」

「――全部お父さんの指示だった、って言いたいの?」

 普段よりもドスの利いた声で言い放ってからおもむろに立ち上がると美佳は縁の肩をガシッと掴む。

「それって無責任だと思わないの!? クロエと真琴をあんなにして、それでも自分は悪くないって言いたいの!?」
「天津さん……!?」

「あたしはそんなの納得できない、何も考えないで父親の操り人形になって、そしてゆーたの優しい心を裏切って、踏みにじって、利用したのよ!! そんなの絶対許せないんだから!!」
「落ち着いてよ美佳、日向さんにだってきっと事情が――」

「――じゃあどうすれば良かったのさ!!」

 美佳の糾弾に縁が曝されるのに耐えかねたシータが吠えた。

「ゆかりだって分かってたよそんなことくらい……! だけど他に頼りにできなかったゆかりじゃどうすることもできなかった、おやっさんの命令に従うしかなかった……。何も知らないあんたがズケズケと言わないで――うっ!」

 反論してから疼くシータを縁がなだめる。

「シータちゃん! ――いいんですよ、事実なんですから。わたしは操り人形だったんです、悪いのは全部わたしなんです……」
「日向さん……」
「こんな奴に同情することないわよゆーた」

 泣き崩れる縁に同情を示そうとした優太に美佳は冷徹に言い捨てた。

「寺門縁、あんたにこれだけは言っておくわ。あんたはゆーたを裏切った、それだけは忘れないでおくことねっ。行きましょっエリシエル」
「そうだな」

 そう言い残して美佳は今まで黙りこくっていたエリシエルを連れて病室を出ようとしたその時、突然病室内のテレビが付いたかと思えば砂嵐と共にノイズ混じりの音声が鳴り響く。

使い魔(サーヴァント)の様子はどうだね少年?』

予告と友情の決意

「あんたは……!?」

 突然の呼びかけに目を見開く優太、続けて反応したのは悲しみに打ちひしがれていた縁だ。

「お、お父さん……?」
「ってことはあいつが寺門教授の息子ってこと!?」

 縁の発言に美佳が目を見開いて驚くと、画面の向こうの人物は高笑いしてから続ける。

『それでは予告しよう、三日後に私の部下がその使い魔(サーヴァント)を迎えに行く。抵抗しても無駄だよ、大人しく差し出すのが身のためだ。それでは懸命な判断を待つ』

 そう伝えてからテレビ画面がぶっつりと途切れた。

「そんな……!」
「日向さん……!?」

 直後に呆然と立ち尽くす縁に優太が声をかける。

「わたしのせいで、わたしのせいでこんなことに……! お父さんはきっとここに手下を仕向けてくるはずです、そうなればあなたたちもただじゃすみません……!」

 彼女の様子からしてプロフェッサー寺門なる人物が送り込んでくる戦力はかなりのもののようだ。

 しかしこれに動じないで美佳が言い放つ。

「――それがなんだって言うのよ?」
「天津さん……!?」
「誰が相手だろうとあたしはゆーたとクロエを守り抜く、そう決めてるんだから……!」
「おっ、いいこと言うじゃねえか天津っ」
「べっ、別にこれはゆーたたちのためなんかじゃなくてあたしが我慢ならないってだけで――!」

 三吾に賞賛されてそっぽを向きながらいつものツンデレを披露する美佳。

「まっ、寺門だか何だか知らねーけど優太とクロエにヒドいことしようとする奴なんてオレだって許せねーからなっ」
「美佳、三吾君……! ありがとう、二人とも!」

 二人の友人の意気込みに優太は精一杯の感謝を表す。

 すると今まで黙秘を貫いていたガラも口を開いた。

「そうなれば(あるじ)の右腕である和泉にも協力を仰ぐといい。(あるじ)の敵討ちと言えば喜んで協力するはずだ」
「ありがとう、ガラ」

「そんじゃあオレも馬頭の奴に連絡しよっかな」
「あんなごろつき呼んでどうすんのよ?」

 美佳の疑問に三吾は「チッチッチッ」と指を振ってから答える。

「あいつは単純だから思いっきり暴れられるってだけで喜んで協力してくれるはずさっ」
「三吾君も馬頭君のことよく知ってるんだね」
「伊達にあいつのタッグパートナーしてねーってのっ!」

 優太の賞賛に自虐気味なツッコミで返す三吾。

「それじゃああたしも香苗に協力してもらおうかしらねっ」
「皆さん、どうしてそこまで……!」

 あくまで寺門に立ち向かう気満々の三吾と美佳に縁の心に何かがこみ上げる。

「そりゃあ友達だからよ。当然でしょ?」
「困ってるときは助けになる、それが友達だぜ!」

 得意げに説明する美佳と三吾の二人。

「それじゃあ勝負は三日後よ、全力でクロエを守りましょう!」
「おう!」
「ああ!」

 そして美佳の号令で三吾とエリシエルが意気込む。

「二人とも……本当にありがとう!」
「いいってことよ! 友達だろオレたち?」
「だからっ、あたしは自己満足でやってるだけだから感謝される筋合いなんかないわよっ」

 改めて感謝する優太に三吾と美佳はそれぞれ応じた。

 意気投合するそんな優太たち三人から縁は疎外感を感じるのであった。

優太の思い

 それから二日後、優太はクロエのいない中で心に心配を引っかけながらクラスの席に着いている。

「クロエ……大丈夫かな……?」
「お医者さんが付いてるんだから心配いらねえって。それに明日はオレたちでも守ってやるからよっ」
「ありがとう三吾君。そう言ってもらえると心強いよ。――そう言えば日向さんは今日も来てないね……」

 優太の言うとおり、シータが入院して以来縁は二日間学校に来ていない。

「まあ、あんなことがあった後だからな。シータのことも心配だろうし、第一おまえに合わせる顔がねえんだろうよ」
「ところで三吾君、美佳はあんなこと言ってたけど君はどう思ってるの?」

 優太の問いかけに三吾は少しの間首を傾げてから神妙に答える。

「オレだってあいつを全く憎んでないと言ったらうそになるな。友達の大切な存在をあんなにされたんだからさ。だけど大事なのは過ぎたことを悔やむよりも現在(いま)をどうするか、そうだろ優太?」
「それもそうだね」
「そう言うおまえは日向さんのこと恨んでないのかよ?」
「うーん、僕には彼女を単純に恨むことなんてできないかな。だって日向さんも君や美佳と同じ大切な友達だからね」
「おまえならそう言うと思ったよ、優太っ」
「はーい、皆さんホームルームの時間ですよ~」

 優太が答えると岡崎先生が入ってきて話が途切れた。

「そんじゃあ後でなっ」
「うん、また後で」

 それから二人は放課後にクロエの待つ病院に行く約束をしたのだった。

 ここはプロフェッサー寺門の秘密基地、頭上にモニターが並ぶ薄暗い部屋で寺門は独り微笑んでいる。

 するとそこへカーミラに連れられて入室したのは白い髪と亡霊のように青白い肌をした幼げな少女だ。

「わたしに何か用かしら?」
「おお、来てくれたか小悪魔(リリス)君。それではこれから明日の作戦を聴いてもらおうか」

 それから寺門は小悪魔(リリス)に明日決行する作戦の内容を話す。
「ふーん、要するにその使い魔(サーヴァント)の捕獲の手助けをすればいいのね」
「その通りだよ。そしてカーミラ君、君には捕獲ついでに裏切り者の始末も担ってもらおう」
「かしこまりました」

 寺門の説明を聞き入れて白く長い髪を手でさらっと撫でる小悪魔(リリス)と深々とお辞儀をするカーミラ。

「くくくっ、これで私の元に絶好の標本が手に入る。明日が楽しみだ」

 二人が退出した部屋で寺門は独りほくそ笑むのだった。

「クロエっ」

 はやる気持ちを抑えて優太はクロエの待つ病室に入る。

「相変わらずだんまりか……」

 続けて入ってきた三吾も病床に横たわりピクリとも動かないクロエを見て心を痛めた。

「クロエ。また君が目を覚ましてくれる、僕はそう信じてるよ」

 そう呟きながら小ぶりなクロエの手を優しく握る優太。

 そんな彼に声をかけてきたのは、

「ごめんやもり、私のせいでこんなことになって……!」

 同じ病室で治療を受けるシータだ。

 彼女は医師から助かるかどうかも危ぶまれていたが、その高い生命力で奇跡的な回復を遂げていた。

「いいんだよシータ。僕は君たちを責めるつもりなんてないから」
「どうして、どうしてあんたはそこまで私たちを信じてくれるの……? 私たち、あんたを裏ぎっ――うっ!」

 問いかけようとしてシータが痛む肩を押さえて疼く。

「無理しないでシータ。友達だもん、信じるのは当然でしょ?」
「友達……私たちが……?」
「シータ、優太ってのは一度信じた奴はどんなことがあっても信じ抜く。そう言う男なんだっ」
「ふーん。それ、今のゆかりにも聴かせてあげたいな……」

 優太と三吾の持論を聴いてシータは重みが取れたかのようにスッキリとした笑顔を向けた。

「そう言えば日向さんはどうしたんだ? 見当たんねえけど」
「そう言えばいないね」

 縁がいないことに気付いた三吾と優太の二人にシータは力のない笑みを向ける。

「ゆかりなら私が事前に返したよ。あんたたちと顔を合わせられないって言ってたからさ」
「そっか……」

 その言葉を聞いて優太は縁との間にできた壁を実感し、そして一通り面会を終えたところで優太と三吾は病室を後にした。

戦いへ臨む少女たち

 翌日の午後、優太は放課後すぐにクロエのいる病室に来ていた。

「クロエ、君は僕たちが守ってみせるからね」

 その宣言を優太はクロエの耳元でそっと囁く。

 続けて入室してきたのは美佳とエリシエル、それから香苗とテトだった。

「話は聞いたよ夜森君。わたしも精一杯力になる!」
「シャーーッ!」

 美佳から事前に話を聞いていた香苗が胸元で拳をギュッと握り締めて意気込むのと同時にイタチ型のテトがやる気満々と言った感じで唸り声をあげる。

「優太、クロエはあたしたちが守るから」
「ありがとう、二人とも……!」

「俺らも忘れてもらっちゃ困るぜ!!」

 続けて扉を勢い良く開けて入ってきたのは馬頭だ。

「馬頭君! 君も来てくれたんだね!」
「へっ。お前の使い魔(サーヴァント)を倒すのは俺なんだ、他の誰でもねえ!!」
「そう言うわけでこいつにも付き合わせてやってほしい」

 そこへ三吾も少し遅れて入室する。

「うん。少し乱暴に聞こえるけどすごく心強いよ!」
「まっ、オレも一緒だからな。変な方に暴走しねえよう努力はするぜ」
「おい三吾、それはどう言うことだっ」
「そのまんまの意味だぜ、慎一っ」

 そんなやり取りをしながら三吾と馬頭が肩を組み合う。

 二人がいつの間にか名前で呼び合う仲になっているのには誰も触れなかったが。

 さらにこの病室にやや小柄な少年と少女型の使い魔(サーヴァント)も入ってくる。

「あ、あの……自分で良ければ力になります……」
「あ、アクアスも力になるですっ」
「ありがとうございます、和泉先輩っ」

「これでメンバーは全員揃ったわね」
「そんじゃあクロエ防衛チーム始動だ!!」
「うんっ!」
「ああ!」
「「おうよっ!」」
「「はい(ですっ)!」」
「みんな……本当にありがとう……!」

 美佳と三吾の号令で士気の高まるクロエ防衛チームの皆に涙を滲ませて感謝する優太。

 その直後、暗雲立ちこめる夕焼け空の元で鬼のように角を生やした屈強な巨人のような使い魔(サーヴァント)が一体、こちらに向かってくるのに皆が気付いた。

「あれは……!?」
「遂に……来たみたいだね、おやっさんの手下が……!」

 シータの力ない説明を裏付けるかのようにその鬼型使い魔(サーヴァント)が病院に向かってゆっくりと、でも着実に歩んでくる。

 そして病棟から百メートルほど離れたところで鬼型使い魔(サーヴァント)が歩みを止めると、その肩にちょこんと腰をかける幼げな白髪の少女がメガホンを手にして叫んだ。

「さぁて、例の使い魔(サーヴァント)を差し出す準備は出来たかしらぁ?」

 その大音声で病棟の窓ガラスがガタガタ震えて今にも砕け散りそうになる。

「寺門だか何だか知らねえけど、随分物騒な奴を仕向けてきたじゃねえか」
「慎一、まさか怖いのか……?」

 鬼型使い魔(サーヴァント)を目の当たりにして身震いする馬頭に三吾が不安げに問いかける。

「まさかっ。これは武者震いに決まってんだろっ。相手として不足ねえぜ!」
「そう来なくっちゃな!」

 そして馬頭と三吾はお互いに手を組み合った。

「あら、誰も出てこなくていいのかしら? グズグズしてるとわたしのオーガちゃんが病院ごと叩き潰しちゃうわよ?」

 その間にもオーガなる鬼型使い魔(サーヴァント)の肩の上で少女が余裕ぶる。

「それじゃあ行くわよ!」
「「「「「「おー!!」」」」」」
「おい待てっ、なんで天津が仕切ってんだよ!?」

 美佳の号令で再び士気を高めて病室から駆け出す一同。

 馬頭だけは美佳が仕切るのに異を唱えてるが。

 最後に美佳が病室から出ようとして優太とシータに背を向けながら一言。

「あんたたちは何があっても外に出ちゃダメなんだからね」
「もちろん。信じてるよ、美佳」

 優太の言葉をしかと聞き入れて美佳とエリシエルも病室を飛び出した。

開戦

 病室を出たクロエ防衛チームはその場で立ち止まって作戦会議を始める。

「ここで攻撃担当と防御担当に別れましょっ。持ち場は分かってるわね?」
「もちろんだよ、美佳ちゃんっ」
「……自分たちが精一杯……病院を守ってみせます……!」
「頼んだわよ、香苗に和泉先輩っ!」

 美佳の指示で香苗と和泉はそれぞれの使い魔(サーヴァント)を連れて屋上へと向かう。

「それじゃああたしたち攻撃担当は外に出るわよっ」
「待てよ天津、なんでお前がいっちょ前に仕切ってやがる――」
「今はそんなのどうだっていいだろっ! 後で思い切り暴れられるんだからそれまで我慢だっ」

 美佳に突っかかろうとした馬頭を三吾が言いくるめる。

「それじゃあ行くわよ!」

 そして美佳たち攻撃担当は病院の廊下を駆けて出口から敵の待つ外に出た。

「あら、例の使い魔(サーヴァント)はどうしたのかしら?」
「クロエはあんたたちなんかに渡さないんだから!」

 オーガの肩の上から余裕綽々と一瞥する少女をキッと睨み付ける美佳。

 それを受けて白髪の少女は余裕の笑みを消して真顔で告げる。

「そう。大人しく差し出せば痛い目に遭わないのに残念ねっ」

 それから少女はオーガの肩の上でむくっと立ち上がってから名乗りを上げた。

「わたしは小悪魔(リリス)、プロフェッサー寺門の手下ってところかしらね。邪魔をするものは容赦しない、それがプロフェッサーの意志!」

 高らかに宣言した小悪魔(リリス)は腕を前にかざして言い放つ。

「やっちゃえ、わたしの操縦魔(マリオネット)たち!」
「オンオオウウウウウウウッ!!」

 小悪魔(リリス)の指示で咆哮を上げるオーガ。

 それに同調するかのように空からわらわらと小型の使い魔(サーヴァント)まで舞い降りてきた。

「な、何だあれは!?」

 それは脇腹の皮膚が翼のようになったヤモリのような使い魔(サーヴァント)で、大群で現れたかと思えば病棟の上空を飛び回って口に赤紫のエネルギーを溜め始める。

「病院が危ないわ! ――防衛チーム、よろしく頼むわ!」
『はいっ、……任せて下さい!』

 モニター越しに出された美佳の指示に反応して屋上にいた和泉が動いた。

「よろしくお願いします、アクアス! ……囲い込め、泡の障壁(シャボン・プロテクト)!」
「はいです! はあああ……!」

 和泉の指示でアクアスが杖を振り上げると、病棟を巨大な泡みたいなものがすっぽり丸ごと覆い被さる。

「それで防げると思ったら大間違いよ。やっちゃえ、ファンタズマ!」
「チリリリリリリリリリ!!」

 ファンタズマと言う名の翼ヤモリが小悪魔(リリス)の指示で、口に溜めていたエネルギーを光弾として一斉に放ち始めた。

 しかし泡の壁は次々と炸裂する光弾にビクともしない。

「小賢しいわね……!」

「あたしたちも行くわよ、エリシエル!」
「ああ!」

 続けて美佳の号令でエリシエルも黄昏の空に舞い上がる。

「空の奴らはあたしたちがやるから、石垣君たちはあのデカブツをお願い!」
「了解だぜ天津! 慎一も行くぞ!」
「んなこと分かってるっての!」

 さらに三吾と馬頭もそれぞれの使い魔(サーヴァント)を呼び寄せた。

「グルウウオオオオオオオン!!」
「うっしゃーーーーーーっ!!」

 二人の合図で地中からは巨大なウツボ型のランボーが地面を突き破って出現、さらにアレスも遙か彼方から土煙を上げて駆け付けてくる。

「エリシエル! 光よ乱れ撃て、閃光の乱射(フラッシュ・マシンガン)!」
「はあっ!」

「チリリリ!?」

 舞い上がったエリシエルが手で虚空に描いた紋章から光の弾丸を乱射して赤紫の光弾を相殺しつつファンタズマを次々と撃ち落としていき、続けて病棟の方からも小さな水晶の塊が無数に放たれてファンタズマに炸裂した。

『わたしたちも加勢するよ!』
「サンキュー香苗!」

小悪魔《リリス》の狙い

 一方空でもエリシエルが大剣でおびただしい数のファンタズマを一体ずつ斬り捨てている。

「全く、なんて数だ!」
「こうなったらまとめてやっつけるわよ! 香苗、援護お願い!」
『うんっ!』

 空中での攻防を見据えながら美佳がモニター越しで香苗に援護を要請した瞬間、ファンタズマの大群を取り囲むように吹雪が吹き荒れた。

「チリリリリリ……!」
「エリシエル、今のうちに力を溜めて!」
「承知したっ! はあああ……!」

 吹雪でファンタズマの動きが止まったのを確認してからエリシエルが全身に光の力を溜め始める。

「小賢しいわね! オーガ、そんな傷さっさと治しちゃいなさい!」
「オンオオオウウウウウッ!!」

 小悪魔(リリス)の指示でオーガが雄叫びをあげると、負傷した箇所が湯気を上げてみるみるうちに治癒していく。

「嘘だろ、奴の傷が治っていく……!」
「ふっ、これくらいオーガの治癒能力があればどうってことないわ。――この力は!?」

 傷が癒えたオーガに三吾たちがおののく様子を見て勝ち誇る小悪魔(リリス)だが、空から発せられる膨大な力を感じて笑みが消えた。

「時間稼ぎありがとね! 裁きを下せ、光明の天罰(ブライト・ネメシス)!!」
「はああああああ!!」

 頃合いを見た美佳の叫びでエリシエルが大剣を天に掲げると、空からいくつもの光線が降り注いでファンタズマの大群をまとめて焼き払う。

「そんな、わたしのファンタズマが……!」

「こっちも忘れてもらっちゃ困るぜ! やれ、ランボー!!」
「グルウウオオオオオオン!!」

 ファンタズマを殲滅されておののく小悪魔(リリス)に追い打ちをかけるように三吾の指示でランボーがオーガの巨体に巻き付いた。

「グガガガガガガ!!」
「オーガ!」
「三吾にばかりいい顔させねえぜ! 突き進め、偉大なる突撃(グレイテスト・タックル)!!」
「うらあああ!!」

 続けて馬頭の指示でアレスが突進してオーガを引き倒す。

「グガガガガガガ!!」
「あんたにもう勝ち目はないわ、降参しなさい!」

 オーガが地に倒れて地面に尻餅を付く小悪魔(リリス)を見据えて歩み寄って降参を呼びかける美佳、しかし小悪魔(リリス)は何を思ったのか突然高笑いを始めた。

「あんたたち、それで勝ったつもりなわけぇ?」
「――どう言う意味よ?」
『ううっ!!』

 その時病棟の方で漆黒の一筋が走ったかと思うと突然モニター越しでアクアスの悲痛な叫びと凄まじい破裂音がもたらされる。

「一体何があったの!?」
『申し訳ございません……、敵に侵入を許してしまいました……!』
「なんですって!?」

 突然の報告に呆然とする美佳を小悪魔(リリス)が顔を歪めて嘲笑った。
「まさかあんた、最初からこれが目的で……!?」
「今頃気付いたのぉ? でももう遅いわ、これでわたしたちの逆転勝利よ!」

 勝ち誇ったかのように高笑いをする小悪魔(リリス)、それと同時に空からは先ほどと同じくらいの数のファンタズマが舞い降り、オーガもランボーを振り解いて投げ捨てる。

「ルオッ!?」
「うあっ!」
「ランボー!」
「アレス!」

 放り投げられたランボーが激突して吹き飛ばされるアレス。

「ウソでしょ……!?」
「さあ、終わりにしましょう」

 呆然と地面に座り込む美佳を一瞥しながら小悪魔(リリス)は改めてオーガの肩に乗ってから手をかざしてさらなる攻撃を開始した。

侵入

 一方病院の屋上では香苗&テトと和泉&アクアスが今まで飛んでた奴らより二回りも大きなファンタズマに乗って侵入してきたカーミラと相対している。

「まさか……こんな不意を突かれるなんて……!」
「さあ、例の使い魔(サーヴァント)と裏切り者の居場所を教えて下さい。いるのでしょう?」

 突然の乱入に狼狽える和泉を見据えながらカーミラが余裕綽々と問いかける。

 すると香苗が彼女の前に立って反抗し始めた。

「知ってたとしても教えないもん!」
「この私に楯突く気ですか。いいでしょう、やってしまいなさい」
「ゲゲゲゲゲゲ!」

 カーミラの指示で大型のファンタズマが香苗に向かって飛びかかるのをテトが跳び上がって迎え 撃つ。

「テト!」

 しかし体格の差でテトは大型ファンタズマに噛み付かれて振り回されてしまう。

「アクアス! テトを助けるのです!」
「はいです――きゃあっ!!」

 和泉の指示でアクアスが杖を構えた瞬間、有無を言わさず突進したカーミラの拳で吹っ飛ばされてしまった。

「アクアス!」
「邪魔はさせませんよ」

 地面を転げるアクアスに呼びかける和泉を後目に拳にふっと一息をかけるカーミラ。

 それに反応して大型ファンタズマも噛み付いていたテトを放り投げる。

「キュウンッ!」
「テト!」

「そちらに教える気がないのであればこちらで探し出すまでです」
「やめてっ!!」

 香苗の叫びも虚しくカーミラは大型ファンタズマに乗って病棟を掠めるように窓の向こうをそれぞれ物色し始めた。

「見つけましたよ」

 そしてすぐにある一室に狙いを定めるとカーミ ラは大型ファンタズマの背から跳んで窓ガラスを突き破って中に侵入する。

「やはりいましたね。例の使い魔(サーヴァント)に裏切り者さん――おや、片方だけですか」
「まさか……!」

 侵入した先には恐れおののいて歯をギリリと噛み締めるガラとその奥に優太たちがいた。

縁の覚悟

 病棟の三階から躍り出たシータとカーミラの二人が地面に叩きつけられる。

「くっ……!」

 地面を転げながら体勢を立て直したカーミラは反逆者(シータ)をギッと睨み付け、同じくシータも肉食獣を思わせる鋭い眼差しで睨み返す。

「うおおおおおおおおお!!」
「くっ!」

 渾身の力を込めたシータの拳を両腕で防ぐカーミラだが、衝撃を殺しきれずに病棟の前で激戦を繰り広げていたオーガと小悪魔(リリス)の前まで吹き飛ばされた。

「カーミラ、何やってんのよ!?」
「私だって想定外ですよ!?」
「はああああ……、うおおおおおおおおお!!」

 カーミラに向かって駆け寄るシータ、そんな彼女に小悪魔(リリス)が小型ファンタズマをけしかける。

「くっ、この!!」
「チリリ!!」

 襲い来るファンタズマに鋭い爪で果敢に立ち向かうシータだったが多勢に無勢、その素早い動きに翻弄されてしまう。

 そんな彼女にカーミラが駆け寄って胸ぐらに拳をお見舞いした。

「うっ!!」
「先ほどは不意を突かれましたが、主人のいない使い魔(サーヴァント)など恐れるに足りませんね」

 病棟の壁に叩き付けられて目を細めるシータにカーミラが手を揺らしながらおもむろに歩み寄る。

 そんな一方で美佳たちも勢力を増した小悪魔(リリス)使い魔(サーヴァント)に苦戦を強いられていた。

「くっ……! なんて数だ、これではきりがない……!」

「チリリリ!!」

 懸命に剣を振るうエリシエルを翻弄するかのようにファンタズマの大群が縦横無尽に飛び回り、それから彼女にまとわりつく。

「おい天津! さっきのド派手なのは使えねえのか!?」
「無理言わないでよ馬頭! あれ使うのにどんだけ体力と時間がいると思ってるのよ……!」

 馬頭の問いかけに息を切らしながら答える美佳。

「オンオオオウウッ!!」
「ぐっ……!」

 そしてアレスとランボーも身体を赤く光らせて棍棒を振るうオーガに為す術なく押されていた。

「ふふふっ、あなたたちに勝ち目はないですね」
「カーミラさん、あんた……!」

 この激しい攻防にほくそ笑むカーミラに身体を疼かせながらギッと睨み付けるシータ。

 その全体の様子を庭の茂みで見守るものがいる。

「シータちゃん、みんな……!」

 誰あろう、仲間の輪に入れなかった縁だ。

 彼女は茂みの中で息を潜めながら自分の手を凝視する。

(操り人形、か……。確かにその通りだよね、こんな時にも一歩を踏み出せないんだもん……)

 目の前で苦しみ、傷付きながらも守るべきモノのために戦う仲間たち。

 そんな光景を目の当たりにしてなお行動を躊躇う縁だったが、ふと彼女の頭に一人の少年が思い浮かんだ。

(そう言えば夜森くんはいつも一生懸命で意志が強かったな……。わたしとは大違いだよ……)

 虚ろな目でそんなことを考えてると、ふと以前に交わした優太とのやり取りを思い出す。

『夜森くんって本当に強いですよね。どんな時もクロエちゃんに一生懸命で、ちゃんと自分の意志を持っています。羨ましいですよ』
『そうかな? 僕だって全然強くないよ。ちょっと前までクロエが傷付くのも怖くてバトルの最中に発狂しそうになることもあったからね』
『そうなんですか? とてもそうは見えないんですけど……』
『だけどね、たとえ怖くたって怯まないで立ち向かいたい。どんなに傷付いて辛い思いをしても諦めないで立ち上がるクロエを見て決心したんだ』

 その時の縁には優太の優しくもしっかりと正面を見据えた眼差しがとても心に残り、自分もそうなりたいとさえ思っていた。

(そうだよ、こんなところで怖じ気付いてちゃダメなんだ!!)

 そう思い立った縁は頬を手でピシンと叩いて茂みから飛び出し、それから叫んだ。

「シータちゃん! わたしの力、受け取って下さい!!」

立ち上がるシータ

「全く、子供のくせして手こずらせてくれましたね。だけどお遊びはもう終わりです」
「カーミラさん……!」

 突然の訪問者に歯をギリリと噛み締めるシータ。

「さあ、終わりにしましょう。まずは――」

 部屋に侵入するなりカーミラが見渡して狙いを定めたのは、

「――例の使い魔(サーヴァント)の回収が先ですね」

 病床でピクリとも動かず横たわるクロエであった。

「そうはさせんっ! ――ぐふう!?」
「邪魔はさせませんよ」

 飛び蹴りをぶちかまそうとしたガラを逆に回し蹴りで返り討ちにしてからカーミラはほくそ笑みながら告げる。

「抵抗は無駄です。さあ、使い魔(サーヴァント)を渡しなさい」
「よせ……!」

 蹴られた腹を押さえながらのガラの呼び止めを気に留めずクロエに向かっておもむろに歩み寄るカーミラ。

 そんな彼女の前に立ちはだかったのはクロエの主人である優太だ。

「そこを退きなさい。死にたいのですか?」
「クロエは……渡さない!」

 カーミラの恐喝に脂汗をかきながらも臆することなく仁王立ちでクロエを庇う優太。

「本当に馬鹿ばかりなのですね。呆れるばかりですよっ!」
「うっ!!」

 カーミラの膝蹴りで一瞬怯みつつも優太は体勢を立て直して彼女の前に立ち塞がる。

 その後も膝蹴りの連打が続く中で優太は跪くことなくカーミラの前に立ち続けた。

「やめてよやもり……! こんな状況じゃクロエちゃんを守り切るなんて――」
「できるかどうかじゃない……、この命に代えてでも僕はクロエを守り抜くんだ……!!」

 悲痛な訴えかけでも意志を曲げない優太にシータが目を見開く。

 そんな彼の不屈の意志にカーミラはだんだん恐れを抱き始める。
「このっ!!」
「ぐあっ!!」

 耐えかねたカーミラに蹴り上げで正面に吹き飛ばされて血反吐を吐く優太。

「そんなに死に急ぎたいのですか、あなたは……! ――いいでしょう、お望み通りあなたをあの世に送ってやりますよ!!」

 髪を乱し息を荒げるカーミラは懐からナイフを取り出して優太の喉元に構える。

「終わりです……!」

 そしてカーミラのナイフの刃が光を反射したその瞬間、彼女の肩にシータの手が置かれた。

「――何の真似ですか、シータさん」

 カーミラに問いかけられてシータは病床から上体を起こした状態で有無を言わさず彼女の頬に拳を叩き込む。

「ぶふっ!?」

 思わぬ一撃に足下をよろつかせるカーミラを見据えてシータがおぼつかない足取りで病床から降りて地に足踏みしめた。

「――私に刃向かうとはいい度胸ですね、シータさん……!」
「――私、やっと分かったんだ……。やもりとクロエたちが自分の中でどんなに大切な存在だったのかってね!」

 そう高らかに告げたシータの双眸には迷いを吹っ切って澄んだ闘志が宿っている。

 その宣言を受けてカーミラは不気味に薄ら笑い始めた。

「ふふふっ、満身創痍のあなたに何ができるというのですか?」
「そんなのやってみなくちゃ分からない、私はあの二人からそう学んだんだ!!」

 そう叫ぶや否や、シータはカーミラに体当たりし、割れた窓ガラスから彼女もろとも飛び出す。

「手負いの身であのような力を出せるとは……!」

 負傷した身でありながらも敵に立ち向かおうとするシータにガラはかつて大ダメージを抱えながらも自分へと果敢に立ち向かった好敵手(クロエ)の姿を重ねた。

逆転勝利

「ゆかり! ――来てくれたんだね……!」

 手をかざして力を送り込む縁にシータは目頭を熱くする。

 一方カーミラは突如姿を現した縁に対して薄ら笑いを浮かべた。

「よくもまあこんなところにノコノコと出てこられましたよね」
「わたしだって……わたしだってもう操り人形じゃないんです!! 雄叫べ、雷鳴の咆吼(ブリッツ・ハウリング)!!」

「みんな、耳を塞いで! ――グアアアアオオオオオウウウ!!」

 縁の魂を込めた号令でシータが味方に注意を呼び掛けてから腹の底から雄叫びを上げると、周囲のファンタズマの動きが止まってバラバラと墜落し始める。

「こ、これは……!」
「か、身体が動きません……!」

 同じく咆吼をまともに受けたオーガとカーミラも全身を痙攣させていた。

「今だみんな! 今のうちに片付けようぜ!!」
「ええ!」
「おう!」

 それを見て三吾たちはそれぞれの使い魔(サーヴァント)たちに動けなくなった敵を攻撃させる。

「悪を断ち切れ、裁きの刃(エグゼキュート・ブレイド)!」
「はああああっ!!」

「チリリリ!?」

 美佳の指示でエリシエルが着地してから赤い光で刀身を何倍にも巨大化させた大剣を振り回して身動きの取れないファンタズマを一網打尽。

「ランボー、そいつに巻き付け!」
「グルウウウオオオオン!!」

 三吾の指示でランボーがその巨大な身体をオーガに巻き付かせて自由を奪う。

「今だぜ、慎一!」
「おうよっ! 全てを蹴散らせ、栄光の猛進(グロリアス・ドライブ)!!」
「うらあああああ!!」

 三吾に促された馬頭の指示で、アレスが白いオーラをまとってクラウチングスタートの体勢になる。

「行っけええええええええ!!」
「ぬあああああああ!!」

 ランボーが離れたのを見届けてからアレスが力一杯駆け出してオーガを粉砕。

「きゃあっ! そんな……わたしの操縦魔(マリオネット)たちが!」
 自分の使い魔(サーヴァント)が全滅し、吹っ飛ばされてから地面に座り伏して恐れおののく小悪魔(リリス)

 続いてシータがカーミラに向かって飛びかかり、拳を振るう。

「くっ!」

「はあっ!」
「うあっ!」

 続けて繰り出されたアッパーカットでシータがカーミラを空高く打ち上げた。

「くっ……!」
「さあ、これで正真正銘あんたたちの負けよ」

 腕を組んで勝ち誇る美佳と彼女に同調して大剣の切っ先を跪くカーミラたちに向けるエリシエル。

「これは想定外です……! ここは撤退を……!!」

 カーミラがかすかな声で呟いたその瞬間に病棟の屋上から大型ファンタズマが舞い降りて彼女と小悪魔(リリス)を背中に乗せると、そのままどこか遠くへと飛び去った。

「これって……オレたちが勝ったんだよな……!」
「やったなあ、三吾!!」

 思わぬ勝利に呆ける三吾の肩を馬頭が嬉しそうにビシッと叩く。

「何とか守り抜けたみたいだな」
「そうね……。ったく、手を焼かせてくれるじゃないのっ」

 エリシエルに労を労われてホッと一息付いた美佳はすぐに縁に歩み寄る。

「あんたもただの操り人形じゃなかったみたいね。見直したわ」
「あ、はい……。わたしが……やったんですよね……?」
「そうだよゆかり。これはゆかりが自分の力で勝ち取った勝利なんだ」
「――はい!」

 シータに諭されて縁が満面の笑みを見せたのも束の間、彼女の元に通信が届いた。

「お、お父さん……?」
『縁よ、君は命令に背くばかりか私の手下の邪魔までしてのけた。これはどう言うことだか分かるかね……?』
「お父さん……あれはその……ですね……!」

 モニターの向こうの寺門に邪悪な笑みを向けられて狼狽える縁。

 そして彼は笑みを消して宣告した。

「縁、お前はもう私の娘でも何でもない。どこへでも好きなところに行くがいい」
「そんな……お父さん!? お父さーーーーーーーーん!!」

 縁の呼び掛けも虚しく通信がそこで途切れる。

 その瞬間、縁の肩がワナワナと震え始めた。

「ちょっと、どうしたの一体!?」
「しっかりしてよ、ゆかり!」
「わたし……わたし、これからどうすればいいの……? いやあああああああああああああ!!」

 突然降り出した夕立を浴びながら縁は虚ろな目で絶望の叫びをあげた。

悩みの種

「――退院おめでとう、クロエクン」
「ありがとっ、マコト」

 負傷してから十日後経った放課後、クロエは一週間の療養と三日のリハビリを終えて退院することになった。

 そんな様子を意識はあるがまだ病床にいる真琴に祝福されてるわけだ。

「良かったねクロエ、ちゃんと治って」
「うんっ! これでバッチリだよ!!」

 優太の言葉に応えるようにクロエがその場でくるっと回ってから拳の素振りを披露する。

「いやー、使い魔(サーヴァント)はやっぱり回復が早いよね。ボクなんて退院にあと二週間くらいかかりそうだよ」

 すっかり元気になったクロエの様子に真琴は苦笑した。

「真琴も焦らずに頑張ってね」
「ありがとう、優太クン。ボクもすぐに復帰しないとねっ」

 優太の励ましに柔和な微笑みで返す真琴。

「そう言えば寺門縁クンの調子はどうだい?」
「それがあれからずっと学校に来てないんだよね……。シータも今日退院したとは聞いてるんだけど」
「そっか……」

 縁の近況を聞いて真琴が残念そうに目を細める。

 本来なら縁とシータは人身傷害で退学処分になってもおかしくなかったのだが、真琴と優太の情状酌量により一週間の謹慎処分で済まされることになった。

 それも三日前に解かれたわけなのだが、どう言うわけか縁は依然学園に顔を出していないのだ。

「それじゃあ僕たちはここで失礼するね」
「うん、また今度ね」

 真琴の病室から出て優太は傘を差してからクロエを背負いながら男子寮への道をダッシュボードで進む。

「ユカリ、大丈夫かなぁ……?」
「美佳の話だと父親に見放されたと聞いてるから心配だよね……」

 二人で縁を案じていると、道の途中で見慣れた虎耳が目に付いた。

「あれってシータだよねご主人?」
「あれ、本当だ。どうしたんだろう?」

 二人が目にしたのは雨が降り注ぐ中で傘も差さずに道端のベンチで寂しげにうなだれて座るシータの姿だ。

 いても立ってもいられなくて優太はダッシュボードから降りてシータに歩み寄って傘を貸す。

「そんなところでうなだれて、どうしたの?」

 声をかけた瞬間、シータが優太の肩をガシッと掴んで懇願し始めた。

「やもり……! ゆかりを助けてよ……!」

シータの頼み

「ど、どうしたのシータ!?」

 突然のことに少し驚いて傘を落とす優太にシータは距離を取って詫びる。

「ごめん、急にこんなことされたら驚くよね」
「ユカリに何かあったのぉ?」
「クロエ……良かった、あんたも元気になって」

 すっかり元気になったクロエを見て安堵の息を付くシータ。

「それよりもどうしたの? 取りあえず話してくれない?」
「うん……。だけどここじゃああれだから女子寮に来てくれないかな?」
「分かったよ、シータ」

 シータもダッシュボードの後方に乗せて優太は女子寮に向かうことにした。

 優太は後ろに乗せたシータから話を聞きながら女子寮への道をダッシュボードで走る。

「実はねやもり、あれから縁は部屋に引きこもったまま出てこないんだよ。私が持ってくるスープにも手を付けないし、このままじゃゆかりが……!」
「泣かないで、シータ……」
「でもそれは心配だよね……。日向さんは他に何か言ってたりする?」

 涙を滲ませながら主人の近況を打ち明けるシータを慰めようとするクロエ。優太も縁のことが気がかりでさらに問いかける。

「それがね、私にも何一つ話してくれないんだよ……。だけどきっとおやっさんに見捨てられたのがショックなんだ、ゆかりにとってあの人こそが唯一の理解者だったからさ……」
「そうだよね……」

 シータの神妙な説明に口を噤む優太。

 するとシータが表情を真剣なものに変えてこんなことを言い出した。

「だけどやもり、今はあんたがいる。あんたこそがゆかりに救いの手を差しのべられる唯一の存在かも知れない……!」
「それってどう言うこと、シータ?」
「前にもゆかりがあんたを裏切るのを嫌がってると私言ったよね? もしかしたらなんだけど、やもりがゆかりにとっておやっさんに代わる存在になれるかも知れないんだ」

 そこからシータは一瞬顔を申し訳なさそうに背けてから向き直り懇願する。

「だからやもり、……こんなこと頼める身分じゃないってことも分かってるけど……ゆかりを助けてくれないかな……?」

 その頼みに優太は即答した。

「分かったよシータ。僕なんかで良ければ力になるよ」
「ありがとうやもり……!」
「着いたよご主人」

 話している間に優太たち三人は女子寮にたどり着く。

「それじゃあ私が案内するね」

 そしてシータは縁から借りたと思われるICカードの学生証で女子寮の門を開けて、優太とクロエを中に案内する。

 そして優太たちはシータに連れられて縁の部屋の前まで来た。

「ここが日向さんの部屋なんだね」

 優太の問いかけにシータが頷く。

「ゆかり、お客さんを連れて来たよ」
「――誰ですか?」

 シータの呼びかけで中から縁の弱々しい返事が返ってくる。

「日向さん。僕だよ、優太だよ。君とちょっとお話ししたいんだ」

「――帰って下さい……」
「日向さん……?」

「――帰れって言ってるでしょ!?」

 優太が部屋に一歩を踏み入れようとした途端、普段の彼女とは思えない荒っぽい言葉と共に枕が飛んできた。

「フブッ!?」
「はっ……!? ご、ごめんなさい……!」

 投げた枕が優太の顔に当たり、慌てて謝る縁。

「はははっ、いいんだよ日向さん。それより中に入ってもいいかな?」
「――はい、どうぞ……」

「クロエはここで待ってて」
「うん、分かったよご主人」

 クロエを部屋の前に置いて優太は縁の元に歩み寄ると、部屋の奥で毛布を被ってうずくまる縁の姿があった。

新たな希望

「日向さん。僕なんかがこんなこというのもあれだけど、辛いことがあるなら言ってよ。どんなことでも聴いてあげるからさっ」

 優太の優しい言葉で毛布から顔を出す縁、その顔は涙でグシャグシャになっている。

「――わたし、死にたいです……」
「そんな、それってどう言うこと……!?」

 縁の力ない打ち明けに優太が目を見開く。

「――わたしは夜森くんたちを裏切って、そして気の迷いでお父さんも裏切って、もうどこにも居場所がないんです……!」
「そんなこと――」
「――ないって言うんですか……? 裏切り者のわたしなんか、もう学校にもお父さんの元にも戻れないんですよ……? これ以上どうしろと言うのですか……?」

 弱々しくも切実な彼女の話に優太は一瞬言葉に詰まるが、すぐに問いかける。

「――本当にそれでいいの、日向さん……?」

 その言葉で空気が一瞬止まったかと思えば、縁の瞳から涙がブワッと溢れ出た。

「――いいわけないじゃないですか! わたしだって普通の女の子みたいに友達と一緒に毎日を楽しく過ごしたかった、夜森くんたちとも本当の友達になりたかったです!!」

 そこから嗚咽を漏らしながら縁は続ける。

「だけど、だけどそんなこと許されないんです……! 夜森くんたちを裏切った以上、もう仲良くする資格なんて――!」
「――ないって言うの? どうしてそんなこと自分で決めつけるの……?」
「夜森……くん……?」

 気が付けば優太の目からも涙が滴り落ちていた。

「僕も日向さんと仲良く友達であり続けたいって思ってる、それは今でも変わらないよ……? 僕だけじゃない、三吾と美佳、それからみんなだって君の帰りを待ってるんだよ……?」
「どうして……ですか? 裏切り者のわたしなんかをどうしてまだ――」
「――そんなこと関係ないよ!!」

 縁の泣き言に優太が吠える。

「裏切ったとか寺門教授の孫娘とかそんなの関係ない、僕は君という一人の女の子を今でも友達だと思いたい! ――君もそうなんでしょ……?」
「でも、でも今のわたしにはもう希望も何もない――」
「だったら僕が君の希望になる!」

 優太の叫びで目を見開く縁。

「たとえ周りのみんなや社会が君を受け入れなかったとしても、僕だけはいつだって君の味方だよ。僕が君の最後の希望になってみせる!!」

 その言葉を受けて縁は優太の胸元に飛び込んですすり泣き始める。

「うわっ、日向さん……!?」
「夜森くん……夜森くん夜森くん夜森くん……!!」
「日向さん……今までずっと辛かったんだね。でももう大丈夫、君には僕がいるよ」

 胸の中ですすり泣く縁の背を優太が優しい言葉をかけながらさすってあげた。

「やったね、ご主人」
「うん、やっぱり私の目に狂いはなかったね」

 部屋の外で事を眺めていた使い魔(サーヴァント)二人も感動の場面に涙する。

 しばらくこの状態が続いてから縁がこんなことを提案する。

「夜森くん、これからは名前で呼んでいただけないですか? 日向って呼ばれるのもみんなを騙してるみたいでもうイヤなんです」
「日向さん……、分かったよ()っ。それじゃあ僕のことも名前で呼んでくれるかな?」

 優太の返事で縁の瞳にパーッと希望の光が蘇った。

「はいっ! これからもよろしくお願いします、優太くんっ!」

 満面の笑みで応える縁は改めて優太に抱き付く。

「立ち直ったみたいだね」
「あ、シータちゃん。ごめんなさい、心配かけちゃってっ」

 歩み寄ったシータに詫びる縁、ふとそのお腹がキュルルと大きな音をあげた。

「えへへっ、しばらく何も食べてなかったからお腹ペコペコです~」

 照れ隠しにはにかむ縁に優太は苦笑しつつも安心の笑みを浮かべる。

「そっか。それじゃあ僕が何か作るね。台所使ってもいいかな?」
「はい、よろしくお願いします」

 それから縁は優太の作った夕飯を三回もおかわりして友達として仲良く食卓を囲んだのだった。

新たな友情

 その翌日、優太はクロエと共にいつものランニングに精を出してると、前方に美佳とエリシエルの姿を確認する。

「あ、美佳とエリシエル。今日もランニングなんだね」
「ゆーたにクロエじゃないっ。あたしはいつも通り平常運転よ。――それよりも――」
「ん、何?」

 美佳にジト目を向けられて戸惑う優太にエリシエルがため息を付いて説明した。

「少年よ。実は引きこもっていた例の娘が今朝から鼻歌を歌ってランニングに出ていたのだが、あれはどう言う風の吹き回しだ?」
「そっか。完全に立ち直ったんだね」

 エリシエルの報告に優太が安堵の笑みを浮かべると、彼の後方からその名を呼ぶ声が聞こえてきた。

「優太くーーーんっ!」
「あれってユカリじゃない!? オーーーイ!!」

 クロエの呼びかけで優太も後ろを振り返ると、ジャージ姿の縁が息を切らしてシータと共に駆け寄ってくる。

「すっかり元気になったんだね、縁っ」
「はい、おかげでわたしも元気一杯ですっ!」

 ガッツポーズをしながら名前で呼び合う二人が気になるのは美佳だ。

「あら、いつの間に名前で呼び合う仲になったのねっ」
「はいっ! 優太くんはわたしの希望です!」
「――希望……?」

 嬉々として話す縁に美佳はしばし頭にハテナマークを浮かべてから何かを悟ったかのようにため息を付く。

「ゆーた、あんたってばまた当たり障りのないこと言ったわね?」
「えっ、いやその……」

 美佳に疑惑の眼差しを向けられて戸惑う優太に縁がすり寄って、その頬に唇を付けた。

「えっ……?」
「なっ!?」
「これは昨日のお礼です。これからわたしの希望であり続けて下さいね?」

 頬にキスをされて顔を真っ赤にする優太に微笑みかけて告げる縁。

 そんな状況を美佳が黙って見てるわけがない。

「ちょっと寺門縁!? あんた何して――!」
「そうです、これからはわたしのこと名前で呼んでくださいね美佳ちゃんっ」
「まっ、いいけど……ってそんなこと言ってるんじゃないわよ縁!?」

 拳を振り上げて追いかけ回す美佳から縁が悪戯な笑みを浮かべて逃げ回る。

 そんな様子を目を点にして眺める優太とクロエに声をかけたのはシータだ。

「ありがとね、ゆうた。あんたのおかげでゆかりも元気になったよ」
「それならいいんだけど……」

 相変わらず縁を追いかけ回す美佳に苦笑する優太にシータはさらに告げる。

「そう言えば今日は私たちの試合だったよね」
「そう言えばそうだったね! 一緒にがんばろっ、シータ!」
「うん!」

 それに応じてクロエがシータとお互いの拳を付き合わせて使い魔(サーヴァント)同士の友情を噛み締めた。

「おーい、二人とも~。そろそろ学校の準備しなきゃだよ~」
「そ、それもそうね。今日は負けないんだからね、縁!」
「はい、こちらこそっ!」

 美佳に指差されて意気込む縁。
 何を隠そう、今日の試合で優太と縁のタッグは美佳たちのタッグに当たっているのだ。

「それじゃあ学校でまた会おうね。行こっ、クロエ」
「ミカたちもまた後でね!」
「ええ!」

 優太は美佳たちにそう言ってからクロエを連れて男子寮に戻る。

「わたしたちも戻りましょっか」
「そうだね、ゆかり」
「それじゃあまた放課後ねっ」
「はいっ!」

 美佳の言葉に縁は胸元で両手の拳をギュッと握ってはにかみ、そして美佳たちと共に女子寮に戻った。

激突

『二週間にわたって繰り広げられたタッグマッチも今日で大詰め! いやー、今年も激しい戦いの数々だった!』

 威勢のいいアナウンスと共に今年度最後のタッグマッチが幕を開けようとする。

『さて、今日の対戦カードは最後を締めくくるのに相応しい戦いになりそうだ!』

 その言葉の直後に闘技場がざわめく。

『赤コーナーから入場してきたのは――天津さん&エリシエルと夢世さん&テトだ!』

 アナウンスと共に赤コーナーから勢い良く吹き出す煙から美佳とエリシエル、それから香苗とテトのタッグが威風堂々と歩み出てきて闘技場が歓声に包まれる。

「わたしたち、こんなところまで来ちゃったんだね……!」
「怖じ気付くことないわよ香苗、あたしたちの力をもってすればこんなの当然なんだから! そうでしょ、エリシエルっ」
「無論だマスター」

 いつもとは違う雰囲気に戸惑う香苗を激励する美佳とエリシエル。

『このタッグはここまで休みなく戦い続けて現在五勝を上げている! まさに今一番勢いのあるタッグと言えよう! ――そして! 青コーナーから入場してくるは――!』

 続いて煙が吹き出され、溢れんばかりの歓声と共に青コーナーから歩み出てきたのは、

『――現在無傷の連勝中、夜森君&クロエと日向さん&シータのタッグだ!!』

 優太とクロエ、それから縁とシータのタッグだ。

「またここに立てるなんて思いもしなかったよ」
「そうですね、シータちゃんっ」

 感慨深く呟いたシータに笑顔で同意する縁。

「うっひゃーっ! 闘技場なんてすっごく久しぶりな気がするよー!!」

 一方クロエは久しぶりに立つ闘技場でピョンピョン飛び跳ねて興奮を隠しきれない。

『このタッグは無傷の二連勝を飾ったものの、そこから不幸に見舞われて一週間ほどのブランクが空いてしまった。果たしてこのブランクを埋めることができるかぁ!?』

 実況の言葉に縁が浮かない顔でうつむいてしまう。

「それってわたしのせい、ですよね……」
「気にすることないよ縁。もう終わったことじゃないか」
「そうだよゆかり。今はこの戦いに集中しよう」
「そうですねっ。わたし、頑張りますっ!」

 優太とシータの言葉で持ち直した縁は改めて一歩を踏み出し、そして四人は先に入場していた美佳たち四人と相見えた。

「とうとうこの時がやってきたな」
「正々堂々やりましょっ!」か
「もちろんそのつもりだよ、エリシエルに美佳っ」
「アタシたちだって負けないもん!!」

 エリシエルと美佳の言葉に優太とクロエも威勢良く返す。

 すると美佳は縁にも一言。

「縁、立ち直ったあんたたちには悪いけどこっちも手加減しないわよ」
「はいっ、もちろんです!」

『それでは始めっ!』

 お互いに配置に付いたところで審判のかけ声により試合が開始した。

「まずはこちらから行かせてもらうわよ! エリシエル!」
「承知したっ! 降臨せよ、聖天光臨剣(ヘヴンアドヴェンター)!」

 美佳の号令でエリシエルが天より光の筋と共に大剣を手にしてから純白の翼を力強く羽ばたかせて突進。

「来るよ、二人とも!」
「かわしてください!」
「「うんっ!」」

 それぞれの主人の指示でクロエとシータが左右に飛び退いて、振るわれたエリシエルの剣をかわす。

『おーっとぉ、クロエもシータもブランクを感じさせないコンビネーションだぁ!』

「なかなかやるじゃない二人とも。だけどこっちだって! 香苗、援護お願い!」
「うんっ! 吹き荒れろ、荒ぶる吹雪(ブレイジング・ブリザード)!」
「シャーッ!」

 香苗の指示でテトが身構え、闘技場を吹きすさむ吹雪で包み込んだ。

「ううっ、寒いよぉ!」
「クロエ!」

『おーっとぉ!? 爬虫類系のクロエにこれはキツいか!?』

 吹雪をまともに浴びて動きの止まるクロエ。

「今よエリシエル!」
「承知! はぁっ!」

 これを好機とばかりにエリシエルが吹雪の中を突っ切って、一気にクロエとの距離を詰める。

「これでも食らうがいい!」

 そしてエリシエルが大剣を振りかざしたその時、吹雪の中でシータが彼女の懐に突っ込んだ。

「なにっ!?」
「クロエには手出しさせない!」

 そしてシータはその拳をエリシエルの土手っ腹に打ち込む。

「ぐうっ!」

 剣を大きく振りかぶっていたエリシエルは咄嗟に防御できずまともに拳を受けてしまい、体勢を大きく崩した。

「雄叫べ、雷鳴の咆吼(ブリッツ・ハウリング)!」
「グオオオオオオオオオ!!」

『うっひゃ、これはものすごい大音声だ!』

 そして縁の指示でシータが雄叫びをあげて吹雪をかき消す。

「そんな、テトの吹雪を一瞬で!」
「ありがとう、縁!」
「はい! まだまだ行きますよ!」

 吹雪をかき消されておののく香苗を後目に優太と縁が目配せして意気込んだ。

「ふーん、なかなかやるじゃない。それならこっちだって! 剣よ輝け、閃光の剣(スパークル・ソード)!」
「はっ!」

 ほくそ笑んだ美佳の指示でエリシエルが剣に眩い光をまとわせると、剣を正面に突き出してクロエとシータに突撃。

「かわすんだ、クロエ!」
「シータちゃんもお願い!」

「させないっ! 煌めきを放て、水晶発射(クリスタル・シュート)!」
「シャーッ!」
「「ううっ!!」」

 それぞれの主人の指示でエリシエルの攻撃をかわそうとしたクロエとシータだが、テトの発射した水晶の塊の数々で動きを止められてしまう。

『あっとぉ!? コンビネーションではあちらも負けていないぞぉ!』

「ナイスアシストよ、香苗! やってしまいなさい、エリシエル!」
「ああ!」

 そして水晶に怯んだクロエとシータに向けてエリシエルが光の剣を振りかざした。

「これはマズい! クロエ、従具(アームズ)で受け止めるんだ!」
「うん! ――炎よ焼き尽くせ、火炎殲滅斬(フレアエクスセイバー)!」

 優太の指示で慌てて両手に従具(アームズ)を形成し、シータを庇う形でエリシエルの剣を辛くも受け止めるクロエ。

 その瞬間、闘技場に鋭い金属音が響き渡る。

タッグマッチ閉幕

「くっ、ぐぬぬ……!」
「頑張ってくれ、クロエ!」

 歯を食いしばりながらエリシエルの剣を食い止めるクロエとそんな彼女に顔を歪めながら手をかざして力を送る優太。

 シータがくっついているこの状況でクロエが焔の螺旋(フレア・スパイラル)などの範囲スキルを使えばタッグパートナーを巻き込んでしまうため、取りあえず従具(アームズ)で受け止めるしかなかったのだ。

 しかし力の差か、エリシエルの剣に押されてクロエの腰が次第に下がっていく。

「クロエ! ――くっ!」
「ジャジャッ!」

 一方のシータもいつの間にか懐に潜り込んできたテトの素早い身のこなしに手を焼いており、クロエに加勢できないでいる。

『おーっとぉ、夜森君&日向さんタッグがここに来てピンチかぁ!?』

(このままじゃクロエが押し切られてしまう! 何か手はないのか……!?)

 この苦しい状況に頭を巡らせる優太はふと先日のシータとの戦いを思い出した。

(もしかしたらあれが使えるかも……!?)

「クロエ! 炎上(バーニング)から炎を尻尾に集中させるんだ!」
「ううっ……分かったご主人!」

 優太の指示を受けてクロエがまとわせた炎を尻尾に集中させる。

「これは!?」

『おお!? クロエの尻尾が燃えているぅ!!』

「うあああああっ!」

 目を丸くしたエリシエルにクロエが燃える尻尾を巻き付けた。

「くっ、くぁああああ!」

 尻尾の炎に怯んだエリシエルが大剣を手放すのを見計らってから優太は次なる指示を出す。

「息吹け、火炎の吐息(ファイヤー・ブレス)!」
「ブフーッ!!」

「ああっ!」
「キーーッ!」

 クロエが口から吹き出した火炎を、拘束したエリシエルはもちろん周囲にいたテトにも浴びせかけた。

「今だよ、縁!」
「はい! 拳に宿せ、電光の一撃(ヴォルティック・ブロー)!」
「はあっ!」

「キュイーーン!?」

 体勢を立て直したシータが電気をまとわせた拳でテトを殴り飛ばして闘技場の見えない障壁に叩きつける。

『テト戦闘不能!』

「ごめんね、美佳ちゃん……!」

 のびたテトを目の当たりにして詫びる香苗に美佳が労を労う。

「いいえ、あれだけの強敵にここまで持ち堪えたのが立派なくらいよ。後はあたしたちに任せて! エリシエル!」
「うむ! はあっ!」

「ううっ!」

 エリシエルの翼の一撃で怯んだクロエが尻尾の拘束を解いてしまう。

「一気に決めるわよ、準備はできてるかしら!?」
「もちろんだ!」

「優太くん! あれ!」

 美佳の号令で空高く舞い上がるエリシエル、それと同時に縁がその先を指差した。

「な、何だあれ!?」

 優太が驚愕するのも無理はない、いつ溜めたのか分からないがエリシエルの頭上に膨大な光のエネルギー体が形成されていたのだから。

『なんとぉ、エリシエルの頭上に膨大な光のエネルギー体ができてるぞぉ!?』

「これで終わりよ! 裁きを下せ、光明の天罰(ブライト・ネメシス)!」
「終わりだ!!」

 そしてエリシエルが虚空に大剣を振り下ろした瞬間、闘技場にいくつもの光の筋が一気に降り注いだ。

「「ううっ!!」」

 そして闘技場全体が目を開けていられないほどの眩い光に包まれる。

「クロエ!!」
「シータちゃん!?」

 光が晴れた頃にはクロエとシータはうつ伏せに倒れ伏していた。

「クロエとシータ戦闘不能! よって、天津&夢世タッグの勝利!!」

 審判の判定により観席がざわめきたち、そこから歓声が響き渡る。

「大丈夫、クロエ!?」
「シータちゃん!?」

 慌ててそれぞれの使い魔(サーヴァント)に駆け寄って抱き上げる優太と縁。

「ごめんねご主人、アタシ負けちゃった……」
「いいんだよクロエ、君もよく頑張ってくれた」

 弱々しく詫びるクロエを優しく抱きしめる優太。

「ゆかり、派手にやられちゃったよ……」
「全く……、いつも無茶しすぎですっ」

 負けてなお清々しい表情のシータに縁は苦笑する。

 それから優太は勝利を挙げた美佳とエリシエルに歩み寄って言葉をかけた。

「あははっ、僕たちの完敗だよ」
「そんなことないわよゆーた、あんたたちだって結構いい勝負してたじゃないっ」
「それはどうもっ」

 そして美佳と優太はお互いに拳を打ち合わせる。

 すると闘技場に実況からお知らせのアナウンスが届く。

『これにてタッグマッチは閉幕、来週からは引き続き公式戦に向けた選抜戦が再開されるぞ!』

「これでタッグマッチは終わりなんですね……。わたし、優太くんと組めて本当に良かったです」
「僕もだよ、縁」

 お互いに笑顔を交わす縁と優太。

 するとそこへ柏手を打ちながらガラが歩み寄ってきた。

「喜びを分かち合うのも結構だが、(あるじ)から君に伝言だ」

GTCでのお話

 タッグマッチ閉幕後、優太とクロエ、それから縁とシータはガラに連れられてGTCのビルに来ていた。

「話って何だろうね、ご主人?」
「社長と研究班からってガラが言ってたけど、何の話なんだろう……?」

 そして小綺麗な廊下を歩いて優太たち四人は社長の部屋に案内される。

「オヤジさん、客を連れてきた」

「入ってくれたまえ」

 中からの荘厳な言葉で優太たちが入室すると、立派な机の前に社長である真琴の父親が身構えていた。

「お久しぶりですね、社長さん」
「うぬ、私も君と会えて嬉しいよ。――君たちが寺門教授の孫娘かね?」
「は、はい……」

 社長に眼差しを向けられて、申し訳なさそうに目を逸らす縁。

「はははっ、この前の件は気にしなくて良いのだよ縁さんっ。我が愛娘も君のことは許しておるからのっ」

「良かったね、ゆかり」
「は、はい……」

 社長の言葉で安堵の息を付くシータと縁。

 しかし咳払いの後に社長は真剣な表情で続ける。

「しかし、これで寺門教授の息子がクロエちゃんを狙ってることが判明したわけなのだが、あいにく奴の居場所がまだ判明してないのだ」
「そうですか……」

「だからこれからは今まで以上に気を付けるように。これが私からの言葉だ。次は研究班の元に向かうといい」
「はい、ありがとうございます」

 社長に一礼してから優太たちは研究班に向かうことにした。

「良く来てくれたね、優太君にクロエちゃん」
「はい、お久しぶりですね平賀さん」

 研究班に来た優太たちを出迎えたのは白衣姿に今どきマンガでも見かけないグルグル眼鏡をかけた平賀である。

「そしてそちらのお嬢さん方が縁ちゃんにシータちゃんかい?」
「は、はいっ」
「初めまして。僕は平賀、この研究班の代表だよ」

 なお居心地悪そうにモゾモゾと身体を動かす縁に優しく自己紹介する平賀。

「この前の戦い、こちらも密かに観察させてもらったよ。それにしてもクロエちゃんの強化因子がここまで強大なものになるとはねぇ!」
「私たちの戦い、見られてたんだね……」

 飄々と笑ってのける平賀にシータがため息を付く。

「さてと、ここからが大切なんだけど極大炎上(オーバーヒート)は自身の体力を犠牲にして絶大な力を得るスキルだったんだよぉ」
「ん、それってどう言うことなのぉ?」
「要するにこれは諸刃の剣。だからどうしてもと言うとき以外は使わないで欲しいんだよね。約束できるかい?」
「はい、これからは気を付けます。クロエも無茶しないでよ?」
「うんっ!」

 優太に満面の笑みを向けながらクロエは指切りをする。

「それじゃ僕からのお話は以上だよ」

 一方寺門の秘密基地はいつになく静まり返っていた。

 それもそのはず、寺門の手下たちは揃って液体で満たされた治癒カプセルの中で先日の敗戦での傷を癒やすべく眠りに付いているのだ

 そして寺門はと言うと、独り部屋で椅子に腰掛けている。

「今回も失敗に終わってしまったか。だけどまあいい――」

 そう言いかけて寺門は虚空に展開させたモニターに映像を映し出す。

 それはクロエとシータが戦っている様子だった。

「娘だったモノのおかげでいいデータが手に入ったのだからな。これは期待できるぞ……?」

 そして部屋は寺門の薄気味笑い高笑いで満ち溢れる。

 彼の野望はまだ始まったばかりだ……。

公式戦に向けて

『あーっとぉ! クロエが最後に勝利を挙げて公式戦への出場権を勝ち取ったぁ!!』

 GTCに招かれてから一ヵ月後、優太とクロエは最後の対戦相手を下して無傷の十六連勝を飾り、見事公式戦への出場権を得ていた。

「ごしゅじーーーん! やったね、アタシたち公式戦に出られるんだね!」

 感激のあまり優太に飛びついて抱きつくクロエ。

「今までよく頑張ったね、クロエっ」
「うんっ!」

 優太に脇腹を撫でられてクロエは満面の笑みを浮かべる。

 そこへ歩み寄ってきたのは美佳とエリシエル、それから三吾であった。

「おめでとう優太! これでオレたち三人揃って公式戦に出場だなっ!」
「うん! まるで夢みたいだよ!」

 三吾に背中をビシバシ叩かれてはにかむ優太。

「クロエも以前からは考えられないくらい強くなったからな、これほ妥当だろう」
「そうねエリシエル。だけどあたしたちも負けないからね、ゆーた」
「もちろんだよ」

 続けて優太は美佳と握手を交わす。

 何を隠そう、公式戦には美佳と三吾も出場することになっているのだ。

「皆さ~ん!」
「おっ、縁ちゃんじゃねえかっ」

 そこへ縁とシータも駆けつける。

「そう言えば縁たちも公式戦に出るんだったね」
「あれからスゴかったよね~! だってタッグマッチから無傷の六連勝だったもん!」
「そんな、照れるよクロエっ」

 クロエに賞賛されて後頭部をさすって照れるシータ。

 そこへさらに柏手を打ちながら歩み寄ってきたのは真琴だ。

「みんなおめでとう、これで公式戦に出場だね」
「あ、真琴。君も公式戦に出るんだったね」
「そうさ。あれから大変だったんだよ?」

 両手を腰に添える真琴に皆は苦笑する。

 真琴もまた退院してから怒濤の連勝を挙げて公式戦への出場権を勝ち取ったのだ。

「まずは関東大会、総当たり戦だからみんな頑張ろう!」
「そうだねっ!」

 そしてしばらく意気投合してからそれぞれの帰路を辿る。

「良かったな優太、これで念願の公式戦出場だぜっ」
「うん、そうだね」
「ご主人はずっと公式戦に出ることが夢だったもんねっ」

 三吾とクロエに祝福されて微笑む優太。

「そんじゃっ、これから公式戦まで特訓だな!」
「おお! アタシもっと強くなるんだね!」

 三吾の言葉に握り拳を胸元に添えて意気込むクロエ。

 そんな彼女に優太は神妙な顔でこう訊ねる。

「ねえクロエ、これからどんな戦いになるか分からないけど、それでも頑張ってくれる?」

 その問いかけにクロエはニッと笑みを浮かべてから優太に抱き付いた。

「もちろんだよ、ご主人っ」
「うん、それじゃあ一緒に頑張ろうね!」
「うんっ!」

 そして優太はクロエと共に夕焼け空に手をかざして今後の戦いに向けて意気込んだのだった。

JCに生まれ変わった僕のヤモリが可愛くて強すぎる件。その2

JCに生まれ変わった僕のヤモリが可愛くて強すぎる件。その2

  • 小説
  • 長編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-29


  1. 新たな陰謀の始まり
  2. 出逢い
  3. 編入生の縁
  4. みんなとの昼食
  5. お手並み拝見
  6. 縁と真琴
  7. 縁のおつとめ
  8. エロ本とプリン
  9. 寺門の悪巧み
  10. 朝のランニング
  11. タッグの相手
  12. トレーニングルーム
  13. 相性最悪
  14. 強いられる苦戦
  15. 閃きの逆転
  16. 寺門の研究と縁の約束
  17. お洋服を買おう
  18. ヒロインズの尾行
  19. 非情な命令
  20. 疑惑と信用
  21. 馬頭&三吾タッグの快進撃
  22. 残酷な事実
  23. シータの決意
  24. 明かされる真実、それから賭け
  25. 厳しい戦い
  26. 厳しい戦況
  27. 解き放たれた力
  28. 決着と乱入
  29. 宣告
  30. エリシエルの裁き
  31. 予告と友情の決意
  32. 優太の思い
  33. 戦いへ臨む少女たち
  34. 開戦
  35. 小悪魔《リリス》の狙い
  36. 侵入
  37. 縁の覚悟
  38. 立ち上がるシータ
  39. 逆転勝利
  40. 悩みの種
  41. シータの頼み
  42. 新たな希望
  43. 新たな友情
  44. 激突
  45. タッグマッチ閉幕
  46. GTCでのお話
  47. 公式戦に向けて