Afternoon breeze

【万U引力の法則】

秋の入口にさしかかった夏の終わり。
穏やかな木漏れ日の中に僕らは座っていた。
アールグレイの香りを楽しみながら読むシェリーの詩集。
彼女は隣でワーズワースを開いている。

「もう!」
長い髪を掃いながら不意に彼女が癇癪。
「どうしたんだい?」
本を読む手を止めて尋ねる僕。
「風に舞った枯れ葉が私の髪に纏わり付くのよ」
恨めしげに見上げた枝からまた数枚の落ち葉がひらり。

僕は彼女の髪から一枚の葉を取り詩集の栞にして彼女に言った。
「キミの引力が葉を呼ぶんだね」
「私に引力があるの?」
目を丸くして聞き返す。
「あるさ。質量を持つ全ての物質には引力があるんだよ」
いつか読んだNewtonに書いてあった。

「でも、私は木の葉に引き寄せられないわよ」
「それはね、木の葉の質量が小さいから引力も小さいせいさ」
ふ~ん。
そんな雰囲気の表情。

「だから最終的にみんなこの大地に居るのさ。大きな地球に引き寄せられているんだ」
僕がそう言葉を続けると突然彼女が頭を僕の肩に乗せた。
僕が不思議そうな顔をすると
「貴方の存在が地球より大きいの」
クスクスと悪戯っぽく笑いながらそう言った。

【君の歌】

カーテンの隙間から差し込む陽光。
朝の訪れに気怠い体を起こす。
隣りに君の姿は無く、代わりに軽やかな歌声がキッチンから聞こえる。
やがて香ばしいトーストの香り。
僕は『おはよう』の言葉を携えて君の元へ。
君は振り向くと優しく微笑んで挨拶を返す。
そして再び口ずさむ歌。
懐かしさを感じる英詩のリズム。
『その歌は?』
僕はその言葉を掛けるのをやめて君の歌を聴く。
君は出来上がったサニーサイドをテーブルに並べる。
僕はそれに合わせてコーヒーをおとす。
サイフォンの中の水がクツクツと音をたてる。
紅茶が好きな君にはアールグレイを。
テーブルを照らす朝日の上に並べられた朝食。
僕達は席に着いて神様にお祈りを捧げた。
美味しそうに紅茶を飲んでくれる君に僕は問掛ける。
「さっきの歌は?」
君は小首を傾げて少し考えてから答えた。
「ママが好きだった歌なの。タイトルも知らずに覚えたわ」
そしてまた優しく微笑んだ。

いつか僕達の子供も君の歌を覚えるのかな?

【COLOR】

丘の上。
海を見下ろす草原に寝転んだ。
見上げた空は何処までも蒼く高く……
浮遊する感覚。
まるで吸い込まれてしまいそうだ。

「ねぇ」
不意にボクの顔を覗き込んだ彼女に意識が引き戻される。

「何だい?」
ボクは大発見をしたような笑顔の彼女に問い掛けた。

「あのね、見て見て」
彼女が指差す方に目を向けると水平線の彼方へ続く空と海があった。

「あぁ、ここからなら地球が丸い事がよく分かるね」
緩やかに弧を描く空と海の睦む場所。
地上から星の形を見られる瞬間だ。

「あのね、空は海で海は空なの」
彼女はいつも唐突だ。

「まるでリドルだね」
笑うボクに彼女は続けた。

「空は海の碧を映して蒼になって、海は空の蒼を映して碧になったの」
ボクは黙って彼女の次の言葉を待った。

「空と海はお互いが好きでそれぞれの色を映して融け合ったのよ」

「ふふ、それが水平線の彼方なんだね」
ボクの言葉に何度も頷くと彼女は微笑みながらこちらを見た。

ボクはボクを映した彼女の瞳にまるで吸い込まれてしまいそうだった。


キミは何色だろうか?

【season】

ある夕暮れ 長く続く堤防の道。
君はいつも僕の少し後ろを歩いていた。
照れる僕を気遣って、君は後ろを歩いていた。

そんないつもの帰り道、微かな風が君の声が運ぶ。
後ろを振り向いた僕に君は言った。
「夜は寒いから、季節に例えたら冬ね。気分が晴れやかな朝は春。ふふ、そんな気がしない?」
「昼間は暑いから夏だというのかい?」
僕はつまらなさそうに答えた。

「そうよ」
楽しげに言った君は続けて話す。
「夕暮れは秋、だってほら!」
君は僕の視線から体を横に避けた。
君の後ろには朱に染まり、一日の終わりを告げている街並みがあった。
「もみじ色の街よ」
真直ぐに並んで伸びる影がふたつ。
影の幹の先にもみじの街が葉を揺らすようにキラキラと輝いていた。

ああ、いつだって君はそうだ。
こんな照れ屋で無愛想な僕に世界の美しさを教えてくれる。
「幹がふたつじゃおかしいよね」
僕は君を背中からそっと抱き締めた。
愛おしい気持ちごとずっとずっと抱き締めていた。

Afternoon breeze

Afternoon breeze

恋人たちの風景を午後のそよ風(Afternoon breeze)にのせて紡ぎます。

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-27

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 【万U引力の法則】
  2. 【君の歌】
  3. 【COLOR】
  4. 【season】