助け給え
木製の高級時計台の上に太陽の光を詰めこんだ林檎をそっと置くと、急に台は光りだし見るものを圧倒する虹にも似た光の乱反射を映し始めた。柔よく剛を制す、の格言通りに林檎の硬い実は淡い輝きに包まれ、幻だったかのように見えなくなった。柔らかな光は部屋中の家具や、質量を持つものを夢の世界へと誘う使者となった。次第に強さを増す波に近海の世界は時化を激しく泡立たせ、一つの窓に揺るぎない決意を起こさせた。窓には光を通す透明物としての力、一方で光以外の物を通さない遮蔽物としての力があった。途端に光は一本の線となり、ある方向を方位磁石と同様に指し示し始めた。だが、方位の持つ二次元性と異なり、わずかに傾斜しているのだ。傾きは空に向いていた。丁度、その頃、月が青い空に浮かんでいた。本日の天気は、相撲力士の名前と同じ“カイセイ”だった。月を射る一対の視線のように時間が進むと、光は月と並行して移動した。光の照らす空気は細かい人の眼には判別できない粒子を含みながら、遠く遠く、大気圏にまで達していた。大気圏に入ると、光は邪悪なるサタンが堕天したように真っ黒な一本の延べ棒に変わる。月の表面まで来ると、黒がある一点に集約していることがはっきりとわかった。一点にあるのは広大な洞窟だった。太陽の恵みも届かぬ暗い穴に 不気味な黒が、時計台からの無限線と交わり、人間には理解できない魔黒とでも呼ぶしかないような禍々しい色をつけていた。
暗闇には確かにいる。命のあるものが。動くモノが。混沌の姿をした地面に落ちたアイスクリームに似ている奴は、じっと黒光によって変質を続けている。
ふいに、林檎と台の接触が失われた。部屋の主が帰ってきたのだ。白い手袋をした主人は、そっと、林檎を手に持った。林檎は赤くもあったし、青くもあったし、また部屋に散乱していた虹色のようでもあった。だが、重要なのは主人にとって、林檎はどのような意味を持つか、ということだ。主人は疲れていた。目の前の林檎の色など気にしなかった。ただ、林檎を食べたいという食欲に動かされて、大きな白い口を開けた。口の中にある剃刀は林檎を細かく裁断して、深く深海に横たわる碇にした。碇は孤独の象徴である。つまり、林檎も孤独になった。だが、主人は構わずブルドーザーのような勢いで食い散らかしていく、地面の土を掘り進めると同時に林檎はなくなった。光明は失われたことを、月までの軌跡の全ての智者が知り、皆は震度8の揺れで驚愕に震えた。揺れは世界の地上の性を反転させた。雄は雌になり、雌は雄になり、男は女になり、女は男になり、女性名詞は男性名詞になり、男性名詞は女性名詞になるという現象が起こった。言葉の変容まで、林檎が失われたことによって、林檎は“始まりの果実”であると偉い学者たちは結論づけた。およそ、結論というものが、あるとしたならば、こうやって、真理は見出されるのだ、といったやり方で、真実は明らかになった。始まりの果実を食した人間は、アダムと呼ばれた。イブとも呼ばれた。というのも、性が変わったからである。元々は男であったかもしれぬ。元々は女であったかもしれぬ。だが、どちらにも変わりうることが明らかになった世界の法則の前に性は意味を失くした。
さて、一方月では何が起こっていたのだろうか。月の洞窟に潜んでいた正体不明の“奴”はどうなったのか。時間の飛躍を、セルゲイ・ブブカ並みに進めることにしよう。奴は姿を現した。真っ黒な王冠を被っていた。ただ、奴以外の誰にもそれは王冠とは、わからない。つまり、その王冠は世界の物を使って表すならば、無花果の実を叩き潰した石についた実の色そのものだったからである。そして、奴は手に白銅の金柑の葉と実の枝を持っていた。金柑の球体は地球の球体と共鳴している、と誰かが思った思念が実体となり、奴の手に現実の脅威となって握られたのだ。奴は銀環の手をギシギシと音をきしませながら振った。
その瞬間、地球では、雷光が、凡そ、地球史上にありえなかっただろう巨大な雷光が至る所に落ち始めていた。全ての生き物は“信仰するモノ”に祈った。「助け給え」
助け給え