ルシフェルさんの友達

「ルシフェルさん、ちょうど良かった」
外回りから帰ったルシフェルにルサルカが声を掛けた。
「他の奴の集魂なら行かねぇよ」
顔の前で手を振るルシフェル。
「違うわよ。今、訪問の希望が入ったんだけど誰も居なかったから。いいわよ、誰か近い人を行かせるから」
「行きます。僕はどんな雑用でも喜んでする主義です」
そう言ってルサルカの手から住所のメモを奪うと勢いよく事務所を出た。

「えっとぉ、我が前方にラファエル我が後方にガブリエル・・・」
学校の図書室で見付けた禁断の魔術書を片手にたどたどしい口調で呪文を唱えてみた。
処女の生き血は無理なので、通販サイトの楽座を使って血糊セットを取り寄せた。
血糊で書いた五芒星はなかなか雰囲気が出ている。
生贄の羊はとりあえず味付けジンギスカンで代用。
冗談のように見えるが新一は結構本気だ。
「我が前方に五芒星が燃えあがり、我が後方に六芒星が輝く!」
・・・・・・・・何も起こらない。
当然だ。
(分かってるよ)
新一はそんな表情を浮かべて魔術書をベッドに放り投げた。
【中学館 図解入り やさしい黒魔術入門】
よくもこれを信じたものだ。
普通ならば小学生だって鼻で笑う話。
だが新一にはこの本がワラであり、新一自身は沈む寸前だった。
(もういいや)
全てを諦めたように床に座り込んだ新一はポケットからカッターを出した。
刃の先をジッと見詰めて数秒。
息を止めて目を瞑った。
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
新一はカッターどドアを何度か交互に見て、とりあえずインターフォン向かった。

「はい」
『あ、この度はどうもありがとうございます。私、堕天使商会のルシフェル・・・』
「セールスなら結構です」
新一は受話器を置くと部屋に向かって踵を返した。
その時、置いた受話器から声が聞こえた。
『呼んだろ、アンタ。新一クンよ、デタラメな儀式で俺を呼んだだろ』
新一は驚いて振り返った。
受話器は確かに置かれている。
いや、それより何より儀式の事をこのセールスは知っている。
新一は怖くなって部屋に逃げた。
ベッドに潜り込んで頭から布団を被った。
5分か10分。
少し落ち着いて布団から頭を出すと黒い全身のそれが五芒星の中心に立っていた。
手には図書室の本を持っている。
新一は卒倒しかけたが、卒倒しなかった。
身体の自由も効かない。
自分が丸太にでもなったみたいだ。
「気絶なんてさせねぇよ」
ルシフェルはそう言って新一の目の前に顔を近付けた。
怖かったが悲鳴すら出せない。
「よ・び・ま・し・た・?」
ルシフェルの問い掛けに辛うじて動く頭を縦に振った。
「っつーか、何だよ。この血糊の五芒星。生贄がジンギスカンって、生贄の意味を辞書で調べなさいよ」
ルシフェルは呆れ顔で新一を見た。
「悪魔ですか?」
新一はカラカラの喉から搾り出すように尋ねた。
「ヒポポタマスにでも見えるか?」
「ヒポポポ?」
「ヒポポタマス、カバだバカ」
「バカは酷い!」
新一は猛烈に抗議した。
「バカにバカと言って何が悪い。悪魔呼び出して話の途中で受話器を切る無礼なバカはバカ以外の何物でもないんだバカ!」
ルシフェルは更にまくし立てる。
「だいたい勝手に中に入って来れる奴がどうしてチャイムなんか鳴らすんだよ!」
喚く新一。
「それはマナーだろ」
ルシフェルは反して静かに言った。
新一は思わず黙ってしまった。
「イキナリ俺が入って来たらお前はどう思う?」
「・・・泥棒とか強盗」
「だろ。だからチャイムを鳴らして身分を名乗ったのにお前は話を聞かなかった」
「チョット待ってよ。それなら五芒星から出てくりゃいいじゃない。儀式で呼び出されたなら、何処へでも入って行けるならそこから出て来たらいいじゃないか!」
新一の言い分はある意味もっともだ。
だが、ルシフェルは動じない。
「お前はダンボールで作ったドアをお前専用と言われて喜んで使うか?ちゃんとした暖簾があるのに、お前専用は新聞紙をぶら下げた暖簾だったりしたらどうよ?」
「・・・」
「血糊で描いた五芒星。確かに俺はそこに出て来れるけどよ、そこまでのサービスはやってないわ。せめて処女とは言わんからスッポンの生き血でも使ってくれよ」
「ごめんなさい」
完敗だった。
「で、契約するんだろ」
「あ、はい」
「契約の意味は分かってるよな」
「魂・・・」
新一は僅かに逡巡しつつも答えた。
「じゃ、お客様だな」
ルシフェルはニヤリと笑うと鞄から書類を取り出した。
「それでは新一様、契約内容と書類作製に関わるお話をしますね」
豹変という言葉の見本のようだ。
新一はそう思いながら説明を受けて契約を済ませた。

「では新一様、願いをひとつ。何なりとお申し付け下さいませ」
ルシフェルは恭しく頭を下げる。
「友達になって下さい」
「は?」
鳩に豆鉄砲、悪魔に聖水。
そんな表情のルシフェルに新一はもう一度「友達になって下さい」と繰り返した。
「いや、待て待て。俺は知ってるぜ。分かってんだ。お前が学校でどれだけ悔しくて、死にたくなるほど追い詰められてきたか。そこは普通は復讐とか支配者的な地位とかにしとかないか?」
ルシフェルは似つかわしくないことにジタバタしていた。
悪魔に魂を差し出して「友達になれ」なんてバカすら超越している。
神だって自分の意にそわない連中は街ごと滅ぼすってのに、その神が作った人間が支配や復讐を望まないなんてあり得ない。
「ルシフェルさん、僕は魂を差し出してまで要求しています。貴方も悪魔としての節を通して下さい」
新一はこの数分で急に大人になったみたいだった。
覚悟と決断を経験した少年はもう子供ではなかった。
ルシフェルはフッと口元に笑みを浮かべた。
「かしこまりました新一様。これより私は貴方の生涯の友となりましょう」
ルシフェルは再び深々と頭を下げると新一に向き直った。
「よし、新一。何かしようぜ」
新一は笑顔で大きく頷いた。

「ゲーム!ゲームしよう。僕ね、このゲームをコンピュータ以外とやるのが夢だったの」
新一は桃次郎伝説というゲームを立ち上げて、コントローラーのひとつをルシフェルに渡した。
トラック野郎が日本全国を走り回って金を稼ぐ双六ゲームだった。
次はキャッチボール。
オセロ。
マンガの読み回し。
多くの子供が普通に経験するであろうことを新一は嬉々として楽しんでいた。
夢中で遊ぶ新一のお腹が鳴った。
もうすっかり夜だ。
「新一、親は?」
「今日は二人とも遅いんだ。月末はいつもね」
「メシ食おうぜ」
「賛成、賛成。カップ麺でいいかな?」
「なんだよ」
ルシフェルは口を尖らせた。
「ダメ?」
「玉ねぎとジャガイモとモヤシとうどん!冷蔵庫に無いか見てこいよ」
ルシフェルに言われた新一は一階の台所へ行った。
「うどんが無いよ」
下から大声で叫ぶ。
「じゃ、うどん買ってくるから玉ねぎとジャガイモを輪切りにしておけよ。あと、ホットプレートも出しとけ」
ルシフェルも大声で応えた。

程なくしてチャイムが鳴った。
ルシフェルだった。
「入って来れば良かったのに」
「親しき中にも礼儀ありだ」
そう答えたルシフェルに新一は思わず笑った。
ルシフェルも一緒になって笑った。
「用意は出来たけど、何をするの?」
そう尋ねる新一にルシフェルは味付けジンギスカンを出した。
「勿体無いだろ、生贄が」
からかう様に言うと封を切ってホットプレートにタレごと入れた。
「新一、うどん!」
言われた新一はうどんを投入。
ルシフェルはうどんをほぐしながらタレに絡めた。
「うわぁ、実はジンギスカンって初めてなんだ」
立ち込めるタレの香りに新一は声を弾ませた。
「美味えぞ」
ルシフェルはドヤ顔で新一を見た。
悪魔のドヤ顔はあまりにハマり過ぎていて新一はひとしきり笑った。

そして両親が戻る少し前。
ルシフェルは帰って行った。
「また来てくれる?」
新一の問い掛けにルシフェルは少し間を置いて答えた。
「新一の願いは【俺が友達になる】だろ。また来いってのは別な願い事だからな」
「お別れなんだね」
「バカ言え。友達がまた遊びに来るのはお願いされるから来る訳じゃねぇだろ」
「あはは、そうか。そうだね。友達居なかったからイマイチ分からなかかったよ」
「ふん、じゃぁな」
「またね」
「そうだ新一。お前は悪魔と友達になった初めての人間だ。人間と友達になるのはきっともっと簡単なはずだぜ」
ルシフェルはそう言うと背中から黒い翼を広げて羽ばたいて夜空へと消えて行った。

新一はその30年後、42歳の10月3日に旅立ちの日を迎えた。
不慮の事故だった。
アスファルトはまだ昼間の熱を留めていた。
頬には小石のざらつきも感じていたが、それも徐々に薄れていった。
路上に投げ出された身体はもう動かす事も出来ず、視界もやがて消えた。

「新一、元気だったか?」
「これを見てそう聞くの?」
「悪い悪い」
ルシフェルは笑いながら頭を掻いた。
「結局今日まで来なかったね」
「まぁ、そう言うなよ。立ち話もなんだからよ、あそこのガードロープにでも腰掛けようや」
ルシフェルと、新一の身体から抜けた新一は路肩のガードロープに腰を掛けた。
「今日が満期で回収日かぁ」
新一は救急車に乗せられる自分の姿を見送りながら感慨深く言った。
「桃次郎伝説、もう一回やるか?」
ルシフェルが悪戯っぽく笑う。
「最新版、息子が持ってるからやるかい?」
新一も笑った。
と、そこへ見慣れない者がやって来た。
「ああ、リッチーちゃん。コッチコッチ!」
ルシフェルはフードを被った骸骨を手招きして呼んだ。
「黒瀬新一か?」
リッチーは新一のフルネームを確認した。
「はい」
「では、お前を黄泉へと送る」
リッチーは携えていた大きな鎌を構えた。
「ルシフェルが回収するんじゃないんだね」
新一はルシフェルに聞いた。
「ああ。お前に限っては死神にお願いした。来世に戻るまではコッチで遊ぼうぜ」
次の瞬間、死神の鎌の一閃が走った。

通夜、告別式と多数の参列があった。
「新一、随分と友達作ったな」
「ルシフェルが言ってくれたおかげさ」
「なんか言ったか、俺?」
照れ臭そうに反対を向いた。
「あ、アイツ」
新一は人目もはばからず号泣する男を見つけた。
「誰だ?」
「僕を1番イジメていた奴さ。そして今は1番の親友だった」
「そうか。ま、魂と引き換えに悪魔を友達にしようって男だ。イジメっ子を親友にしちまっても不思議じゃないさ。さて、そろそろリッチーが迎えに来るぜ。家族に最後の別れを済ませて来いよ」
ルシフェルに背中をトンと押された新一は遺族席へと向かって行った。

「相変わらずお前は目茶苦茶だな」
「悪いな、リッチー」
「アイツはお前と契約したんだろ」
「だってなぁ、友達は食えないだろ」
悪びれもせずにルシフェルは笑う。
「輪廻の輪を逸れた魂を私に返してみたり、そうかと思えば告別式まで黄泉には送るなと言う。私まで上から睨まれるぞ」
「まあまあ、今度3人でジンギスカンでも食おうぜ」
「嫌味か?」
「あら、ごめん」
ルシフェルはリッチーのフードの下の肋骨を覗いて脱兎の如く飛んだ。
「アイツは悪魔なのか何なのか分からんな」
表情の無いリッチーが笑ったような気がした。


                      ー了ー

ルシフェルさんの友達

ルシフェルさんの友達

チョット変わり者の悪魔、ルシフェルさんの第二弾。

  • 小説
  • 短編
  • ミステリー
  • ホラー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-26

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