GEARS
薄暗く汚い部屋の中、強烈な照明が顔だけを差す。手足は椅子にくくり付けられていて、目の前では屈強な男たちが大から小まで工事道具から手術器具まで、さまざまな玩具を手に取っている。
「拷問」と聞いて思い浮かぶイメージはこんなところだろうか。
実際は結構違っていたりするもので。今、俺がいる部屋は全体的にかなり明るい。いや、明るいと言うか白いのだ。 床も、壁も、天井も。
不気味なまでに白い。
この部屋の中で色があるものといえば 今俺が履いている黒の制服ズボンと、足元に飛び散る俺の血。
訓練で鍛えあげられたこの身体のおかげなのか、それとも単に精神的な問題なのか、
あれだけ暴行を受けたあとでも気絶もせずに結構意識がはっきりしている。
しかし、意識が鮮明なだけに下手に思考を巡らせようとすると、さっき爪を剥がされた指先が特に痛む。
あのメガネ美人ちゃん、大人しそうなナリして容赦ないな。
すると突然、俺のいる部屋の前で何人かの人の気配が足を止めた。鍵を回す音が聞こえて、ドアノブが半回転する。
表れたのは例のメガネの拷問官とその部下たち、口元に満面の笑みを浮かべながら俺に近づいてきた。
また 楽しい時間が始まるようだ。
ーーーーーー五時間前ーーーーーーー
「東」に来てから二週間が経ち、平野月人は忙しく作戦の準備をしていた。
NASSによる作戦に関連する資料等は全てシュレッダーにかけ、あらかじめ持ってきた制服に、ほんの少しほつれやシミをつけて、それらしく仕立てる。制定のカバンも同様に少し汚れをつけた。これを着たらもう、どこから見ても校務に疲れたみじめな高校生である。そして偽の生徒証と取引に必要な書類などをカバンの中にしまう。大体の準備が終わり平野が時計を見ると、約束の時間まであと20分というところだった。鏡を見ながらもう一度身なりを整えて、部屋を出た。 チェックアウトを済ましてホテルのメインエントランスを出ると全身を気持ちの悪い湿気が襲う。
「う…」と思わずうめき声を漏らしながら急いでホテルに頼んでおいたタクシーに乗り込む。
心地よい冷気を感じた。
「雲雀高校までお願いします。」
「雲雀って私立のほうのかい?」
「はい お願いします。」
段々と速く後ろに流れていく景色を横目に平野は窓に頭をもたげた。
しばらくして運転手が平野に話かけた。
「お客さん、雲雀高校の生徒さんなの?」
「いや、違います。僕は高光高校の生徒です。雲雀高校には諸用で行くだけです。」
「だよね、制服違うもんね。」
にこ と平野は返事の代わりに愛想笑いを送る。
「何の用事なの?ってそれは聞いちゃダメか 『校内機密保護法』だっけ?」
意外と食いつくので平野は頭の位置を正した。
「いえ、そこまで重要な案件でもないので大丈夫ですよ。僕は高光高校と雲雀高校との友好取引役員でして、今日は会合があるんですよ。」
「なるほどね、そういうことか。大変だねぇ最近の子供たちは。俺がガキの時はそんなのなかったけどねぇ。」
その時、運転手はハンドルを戻して大きな門の横にある窓口の横に車を止めた。
「こんにちは、在校者の方ですか。」
警備生が丁寧だが、冷たい声で言う。
「いや、俺は訪校だ。後ろの兄ちゃんは、そちらに用があるんだってよ。」
と、運転手は身分証を差し出しながら言った。
警備生はにっこり微笑み、
「そうですか。そちらの方も身分確認ができるものを頂戴してよろしいですか?」
あえて無愛想を装いながら偽の生徒証を差し出す。 警備生はそれと運転手の身分証を持って奥へと引っ込み、しばらくしてからまた戻っきた。
「ありがとうございました。」
「えらく簡単に済んじまうんだな。そんなのでいいのか?」
この運転手はかなり好奇心が強いのだろうか。警備生は何かの用紙に何かを書き込みながらいかにも言いにくそうに答えた。
「あまりはっきりとは言えませんがここ最近は『西』も大人しくなっておりますので、警備体制が少し緩くなっているんです。お手間をおかけしました。ようこそ雲雀高校へ。」
と、また作り物のような満面の笑みを浮かべながら言った。
それからは何故か運転手は無言で10分ほど走り、雲雀高校本校舎の駐車場で車を止めた。
「ここでいいかな?」
運転手は機械を押しながら言った。
「はい。わざわざ校内までありがとうございました。」
「いいよいいよ。この前もあんたみたいな客が乗ってきてさ、慣れてないみたいで困ってたから。1860円ね。」
鬱陶しいが優しい運転手だったなと思いながら平野は本校舎に入っていった。
「こんにちは。高光高校友好取引委員の桜井さんですね。」
平野を出迎えたのはメガネをかけた温厚そうな”美”女子生徒だった。
「はい、そうです。えっとあなたは…」
平野は少し緊張気味に言った。
「雲雀高校生徒会会長補佐の本条です。今日は宜しくお願いします。」と言いながら手を差し出した。
よろしくと言いながら平野もそれに応える。
「早速ですがついてきてください。うちの校舎は入り組んでいてよく迷子になったりする方もおられるので。生徒会第二会議室に向かいます。」
本条はふふ と微笑みかけてから一切姿勢を崩さず、まさに「すたすた」と廊下を歩き出す。少しの間、黙ってついていっていた平野だがすぐに違和感を感じ始めた。窓がないのだ。
なるほどな、と思っていた平野の心を読み透かしたように本条が言った。
「息苦しいですよね。廊下に窓がないなんて。」
平野馬場少し驚いたがあまり表情に出さないようにして答えた。
「いえ、最近の学校でちょくちょく見かけるので対して気にはしません。」
「ウチの先生曰く『安全のため』だそうです。おかしいですよね。」
拳銃を持った2人の男子生徒が守衛として立っている部屋の前で本条がふわりと回れ右をして歩くのを止めた。
「着きました。ここが生徒会第二会議室になります。すみませんが…。」
「…念のために安全検査をさせて頂きます。」
そう言うなり本条が有無を言わさず平野の体を触りまくった。平野は正直悪い気持ちでは無かったが、さすがに股間まで容赦なく触れてきたときは少し驚いた。
「ご協力ありがとうございました。すみません。最近『西』との関係も酷く悪くはないとは言え、『常に備えよ』が我が校のモットーですので。」
「いや、大丈夫ですよ。何処とも今だにそんな感じです。それに本条さんのような綺麗な方になら全然構いません。」
本条は微笑みながら「お上手ですね。」と言って会議室の扉を開けた。
会議室に入り先に平野の目に飛び込んできたのはの部屋の内装より何よりも相手側の生徒会長(だと思われる)だった。
ソファに深々と座り、タバコを吸いながら左右の脇に女生徒を抱えていた。
ザ・ボスキャラといった感じだった。平野は行ったことはないがキャバクラとはおそらくこんな感じなのかと思った。少しの間唖然としていると、その男が口を開いた。
「ようこそ我が雲雀高校へ。俺が生徒会長の近藤だ。今日は遠くまでご苦労だったね。」
「こ、こんにちは。高光高校友好取引委員の桜井です。本日はよろしくお願いー」
「あ〜 いいからいいから、もうそーゆー面倒くさいのは無しにしようよ。俺はさっさとウチの”軍隊”のチカラ上げたいだけなんだよ。本条ちゃん、ウチがどうしたいか説明してあげてよ。」
本条は少し困ったような顔をしていたが説明を始める。
「我が校にある事実上軍事組織『校内治安維持隊』は来年度から応募人数の拡大を図っています。なので、普段から交流があります貴校、高光高校に武器の輸出を依頼したいのです。主な内容は自動小銃や拳銃などの火器と装甲車などの輸送兵器です。」
近藤が前のめり気味に身を乗り出して本条の話を継いだ。
「とゆーわけで我が校は是非とも高光高校さんから良いお返事をいただきたく、君をここに呼んだわけだが…どうかな?引き受けてくれる感じ?」
平野は近藤のいわゆるチャラさに振り回されそうになりながらもきちんとこたえる。
「はい。うちの生徒会長である高木に貴校に対する処遇は他のどの学校よりもとびきりにしろ と言われてきております。今回の貴校との友好取引、もちろんお引き受けさせていただきます。具体的に申しますとHK416アサルトライフル215丁、p226ハンドガン123丁、装甲兵員輸送車仕様V-150を9台、M3ハーフトラック近代化改修型15台、 これらが今回の『商品』となります。」
平野は努めて冷静に言った。これまで何度となく作戦を成功させてきた平野でも、やはり本番の、しかもクライマックスが近くなってきていると思えばそりなりに緊張してくるのだった。近藤はにやりと笑ってから堪えきれなくなって大笑いした。満足するまで笑ってから近藤は言った。
「いいね、最高だ。これでまたウチの兵隊は強くなり、十貭を差し置いて『東』のトップに立てる。そん時は『西』のヘボ校どもなんて瞬殺だ。」
「それは心強いものです。」
平野は震える右手をそっと隠しながら微笑んだ。
「よーし。もちろん買いだ!のったぜこの商談。料金も今日のうちに払っちまうよ。」
「ありがとうございます!では少々お待くださいね…」
そう言いながら平野は携帯を取り出し、NASS作戦支援課に電話をかけた。この電話をして金を振り込まさせて、俺が帰れば俺の任務は終了だ。
「プッ」と電話が繋がる音がしたので平野はサラサラと喋り出す。
「桜井です。雲雀高校との友好取引は成立しました。今日のうちにお支払いいただけるようなので、取引用口座の番号をおねがー」
「中止だ。」
ようやく聞こえた電話口からの第一声はそれだった。
「本作戦は先刻、13時26分をもって中止という命令が下りた。繰り返すが本作戦は中止だ。それと平野、君には退局命令もでている。今まで我が校のためにご苦労であった。そして幸運を祈る。」
それだけを言うと電話は一方的に切られてしまった。
本条が不思議そうな顔をした。
「どうかしたのですか。」
「い、いや大丈夫です。電波の繋がりが悪いみたいで、はは。」
平野は完全にパニックになっていたがなんとか抑えながらもう一度ダイヤルする。
「ーはい。こちらNASS作戦支援課です。」
平野の声は震えていた。
「おい、いきなり作戦が中止とはどういうことだ。」
「すみませんがNASS関係者でない方には作戦内容をお教えすることができません。」
「何を言っている?俺はー」
そこまで言ったところで電話は切れてしまった。
「何か問題、があるみたいだな…」
近藤がゆっくりと立ち上がりながら言った。
「いえ別に問題があるわけでは…」
「ちょっとだけ、質問に答えてもらえる?桜井さん?」近藤は立つと平野よりもはるかに背が高かった。
「まぁ ちょっと怪しいなって気もして何だけど…ね。」
近藤が平野を睨みつけながらそう言った。部屋にいる全員が平野を見つめていた。近藤が何かに向かって首を振る。その直後、本条の左足が顔面に飛び込んだところで、平野の記憶は終わっていた。
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