ENDLESS MYTH第2話―33

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それが現実なのか、悪夢ではないのかとメシアは自らの眼を疑った。
 そんなことあるはずがない。絶対にあってはならないのだ!
 けれども現実は彼にまざまざと残酷な真実を突きつけた。
 バジーザの突き出した美しい装飾を刻んだ切っ先は、死に濡れていた。だがメシアの鮮血を所望したデーモンの意図とは異なっていたせいか、不服が滲んでいた。
「命を失うことを覚悟ですか」
 腹から背中に抜け出た槍は、その人物が柄をしっかりと握りしめたことで、抜き取ることが困難になっていた。
 それにも増して、バジーザがその悪趣味から、苦しむ眼前の人物が激痛にもんどり打つ姿を堪能する思考があったのだ。
 メシアが槍に貫かれた彼の背中に近づこうとした刹那、
「近づいてはなりません!」
 男は声を出すのも苦痛であった。全身の感覚はすでになく、口から溢れ出す生ぬるい血は、言葉すら濁らせる。
「神父」
 マックス・ディンガーは槍を掴んで、最期の力を振り絞る。
「よく、聞きなさい!」
 血の泡を吹きながら神父は叫ぶようにメシアへ言った。叫ばなければ、言葉が出なかったのだ。
「マリアは、娘は生きています。あの子はわたしたちの組織、ソロモンの兵器として、貴方のご両親が保護しています」
 大切な人が死したと思い込んでいたメシアは失ったと思っていた光が蘇った気がした。
「これから貴方の身には、苦痛と苦悶が降りかかります。死よりも辛い出来事がたくさん起こります。それでも、だからこそ貴方しか救えない人たちが数多いるのです。
 たがらお願いします」
 一度、血を呑み、神父は薄れ行く意識をその場にとどめて、唸るように叫ぶ。
「大勢の人の中に、マリアも、娘も含めてやってください。あの子は弱い。だから、支えが必要なのです。あの子を頼みます」
 まるで遺言のように言い終えると、バジーザを睨みつけ、最期の叫びを猛々しく上げた。
「第壱式攻撃術の開放を要請する」
 と、叫んだ時、神父の身体は黄金の光を帯びて、肉体の表面に紋章のようなものが複数、光のラインによって描かれ、それらが直線で結合していく。
 まるで魂の輝きが現れたかのようであった。
「ほほう。死ぬ覚悟ではなく、無、になる覚悟でしたか」
 槍から光が光速で浸透していき、バジーザの肉体へと伝染していく。
「私を道連れというわけですか。デーモンとてアストラルソウルと同位体。無、になればそれが死というもの。
 しかしそこまでして救世主を守ろうというのですか」
「彼は守護するべき人物。最後の希望、なのですから」
 と微笑みをバジーザへ神父は向けた。
「残念ですが、私は貴方と心中するつもりはありませんので、お先に失礼させていただく」
 そう囁いた瞬間、神父の腕は槍の感触を失い、槍は黄金に輝く肉体から抜き払われ、一気に神父の肉体から血しぶきが放出されていく。命が流れ出すかのように。
 暗闇は消失し、バジーザの肉体は蝋燭の炎が食えるかのようにゆっくりと消えていく。
「再び相まみえることを楽しみにいたしましょう」
 メシア、ジェフに視線をしっかりと据えると、完全にデーモンの姿は消えてしまった。
 呆然としていたメシアだったが、黄金に輝く神父の肉体に慌て、手を伸ばす。
 しかし神父の感触はなくなった。指先が神父の腕に触れようとした時、マックス・ディンガーの身体は光の粒となって砕け散った。
 自分の掌を見たメシア。
 何が起こっているのか把握できないメシア。
 そこへ脚の傷を上着を脱いで縛り、止血しながらベアルド・ブルが呟く。出血が多かったせいか、唇が青くなっていた。
「・・・・・・マックス・ディンガーは消滅しました。上級上官のみが使用できる第壱攻撃術。・・・・・・それはアストラルソウルすら消滅させる最後の科学技術だ。マックス・ディンガーはもう因果律にはいない。完全に無になってしまったんだ・・・・・」
 神父が消滅した。マリア・プリースの父親が。

ENDLESS MYTH第3話ー1へ続く

ENDLESS MYTH第2話―33

ENDLESS MYTH第2話―33

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-24

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