幼虫
蛾の幼虫がプニプニと柔らかそうな体をして、通り過ぎて行く。僕は、何故こんなところに蛾の幼虫がいるのか不思議に思った。ここは、東京のど真ん中なのだ。路上を歩いていると、踏み潰される危険がある。幼虫が向かっているのは、車が物凄い勢いで走っている幹線道路だ。僕は、そっと公園でさっき拾った葉を幼虫の進行方向に置く。幼虫は、駄々をこねるようにムニュムニュと動くが、葉っぱに乗る気はないらしい。なおも幹線道路に歩いて行く幼虫に僕は、背を向ける。この幼虫がいなくなっても、いいじゃないか。そんな、気持ちだった。僕は、そのまま家に帰ろうと、公園の方に向かう。風が吹いた。僕の胸に当たった風は、『それでいいの?』と聞いた。僕は、後を振り返り、見えるはずもない幼虫を見たような気がした。幼虫を踏みつぶさないように、慎重に走って探す。いた!幼虫は、ちゃんと歩道を歩いている。さすがだな。僕は、じっと彼の後を親のように見守る。昆虫は、親に育てられることは、あまりない。だから、せめて僕が……。そんな思いだった。でも、困ったことに、幼虫は、少しずつ車の走る道にそれている。僕は、思い切って幼虫を手でつまんだ。とてもフワフワした体だった。幼虫は、赤子のように、無防備で、純粋無垢だった。なぁ、お前どこに行きたい?僕は、聞いた。幼虫は、かわいい顔をして、木がいいよ、と答えた気がした。わかる人にはわかる。心を僕も感じたのだ。僕は、そっと手のひらに幼虫を包む。微かな温もりが伝わる。ああ、これが生きているってことなんだ。さっきの公園まで足早に歩く。幼虫は、僕の手の中で元気いっぱいだ。ああ!!お前!!なんて、元気なんだ!僕は、思わず叫んでしまう。自転車で僕とすれ違った人が、奇異の目で見る。その視線に僕は少したじろぐ。そして、立ち止まり、幼虫をもう一度見る。何も変わっていない幼虫が、そこにはいた。とても可愛い姿のままだ。自然に笑みがこぼれる。公園につくと、幼虫を優しく放す。いつかは、一人で行かなければならない。僕のように。だから、お前も行くんだよ。心の声が届いたかは、わからない。ただ、幼虫は少し、その場をうろうろしていた。その後、一本の木めがけて、またおっとりと歩き始める。僕は、さっきより離れて、誰もいない公園で幼虫を見送った。立派な大人になるんだぞ。
幼虫
物語作家七夕ハル。
略歴:地獄一丁目小学校卒業。爆裂男塾中学校卒業。シーザー高校卒業。アルハンブラ大学卒業。
受賞歴:第1億2千万回虻ちゃん文学賞準入選。第1回バルタザール物語賞大賞。
初代新世界文章協会会長。
世界を哲学する。私の世界はどれほど傷つこうとも、大樹となるだろう。ユグドラシルに似ている。黄昏に全て燃え尽くされようとも、私は進み続ける。かつての物語作家のように。私の考えは、やがて闇に至る。それでも、光は天から降ってくるだろう。
twitter:tanabataharu4
ホームページ「物語作家七夕ハル 救いの物語」
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