世界と男と女
物語作家七夕ハル。
略歴:地獄一丁目小学校卒業。爆裂男塾中学校卒業。シーザー高校卒業。アルハンブラ大学卒業。
受賞歴:第1億2千万回虻ちゃん文学賞準入選。第1回バルタザール物語賞大賞。
初代新世界文章協会会長。
世界を哲学する。私の世界はどれほど傷つこうとも、大樹となるだろう。ユグドラシルに似ている。黄昏に全て燃え尽くされようとも、私は進み続ける。かつての物語作家のように。私の考えは、やがて闇に至る。それでも、光は天から降ってくるだろう。
twitter:tanabataharu4
ホームページ「物語作家七夕ハル 救いの物語」
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母星のマザーコンピューター『アストロヘブン』の影響は既に、火星にも及んでいる。アストロヘブンの脳力には、どんな人類の賢者もかなわない。だから、智を信じる人類によって、コンピューターが世界を管理している。アストロヘブンの巨大な基礎機械は母星である地球にある。今や、地球に住んでいる人間はいない。アストロヘブンの決定だ。最後の人類が宇宙に上がってから、2000年が過ぎた。大きな戦争もなく、アストロヘブンは上手く人類を管理してきたといえる。ただ、人類思想考古学を研究するハリル・レイドにとって、不満がひとつあった。それは、人類に進歩がない点である。ハリルが、その長大な論文をネットに投稿したところ、直ちに指名手配となった。警察が家にやってきて、職務を行っていった。ハリルの家の本などを全て持ち出して、アストロヘブンに入力するのだ。そして、ハリルは、様々な検査をされた。遺伝子、脳内環境、身長、出身学校、交友関係。全てをアストロヘブンに警察官が入力し終わった後、ハリルは地球の砂漠に1人落とされた。その前に警察官は言った。「これからお前は、地球に落とされる。お前は堕天使のようなものだ。そこで、アストロヘブンの選んだ人間を殺すのだ。そうすれば、お前の罪は許され、孤独から抜けられる。この装置を持って行け。この装置の使い方は、普通のコンピューターと同じだ。説明書も入れておいた。さあ、宇宙船に乗れ!!」こうして、小さな携帯端末を持たされたハリルが地球にやってきたのは、2日前だった。持たされた保存食も切れかかっている。地図の一点に目印がある。そこに殺すべき相手がいるらしい。あと3kmほどで相手と会える。ハリルは、この二日孤独にさいなまれていた。人間が恋しかったのだ。ひたすら進むべき砂漠は、刻々と表情を変えてハリルを歓待したが、その色合いにハリルはうんざりしていた。「こんなくだらない景色を見るために来たんじゃないよ」愚痴ばかり出るハリル。やっと目指すべき相手の姿が見え始めた。既に、砂漠ではなく、街の廃墟に入っていた。廃墟のビルの高階に動く影が見えた。「おーい」ハリルは大声をあげて、もう1人を呼んだ。もう1人は逃げるように、さっとビルの中に入ってしまう。
ハリルはもう1人を探すために、壊れかけたビルにおそるおそる足を踏み入れる。中は、殺風景ながら、古い棚やベッドがたくさん置かれていた。階段を探してみるが、どこにもない。上に行くにはどうすればいいのか?ハリルは途方にくれた。諦めて、外に出ようとすると、入り口付近に1本の縄が上に向けて伸びている。なるほど、上の人は、あそこから上がっていったのだな。ハリルは縄をしっかりと握りしめて、体を上へ上へと引っ張りあげる。2階に上がってみると、暗い廊下が続いている。廊下の両脇には、狭い部屋がたくさん作られている。部屋には、頑丈なドアがついていて、びくともしない。まるで独房のようだ。どんどん進んでいくと、大きなフロアがあって、その脇には階段があった。火星を出るときに、渡された端末は役に立たない。現在地と目印は重なっている。確かに、上に求める1人がいる。そう確信したハリルは、3階、4階、5階としらみつぶしに探していく。いよいよ最上階に来た。もう、この先に階段はない。そこは、それまでの階下と違って、広大な空間が広がっている。その中央に車椅子が置いてある。いや、そこには人がいた。「こんにちは」ハリルは声をかけた。女は弱々しく顔を上げた。「誰?」女は目が悪いようだった。長髪が、ふけで白髪のように真っ白だ。「ここで何を?」ハリルは、女の醜さに気分を害して、言った。女の目に生気はない。「何も。あなたは?何故ここに?」女は警戒している。問われたハリル、本当のことを言うべきか迷う。けれども、もともと正直な性格なので、事情を簡単に話す。「そう。私を殺すように……」女の体はますます弱っていくようだった。女が何故車椅子に座っているのか、ハリルはようやく気づいた。女の足は細い枝のように力をなくしていた。「どうして??」ハリルは驚いて、独り言。その声が女に聞こえたのだろう。女は優しく声を絞り出す。ここに来て、ハリルを信用したようだ。「私は地球で生まれた最後の人間です。全て家族は、殺されました。最後に残ったのは、足も目も悪い私だけです。あいつらは、何故私を生かしておくのでしょう?あなたに聞いても仕方のないことですね。とにかく、私のいる場所に毎日、食事が届けられます。憎いあいつらから。でも、私は食べずにはいられない。生きるために」そこまで、言って女はせきこんだ。鈍い重いせきだ。肺もかなり悪いのだろう。ハリルは、近づこうとして、気づいた。火星では、こんな人間を見たことがない。ハリルは、こんな人間が存在することに恐怖していた。女の話から彼女は生まれつき足も目も良くないらしい。「私を殺すのでしょう?」女は、ハリルに笑顔で聞いた。ハリルは、どうしていいかわからずに立っていた。女は諦めたように、のろのろと手を動かして、ビルの窓に近寄る。「ここの景色が好きなんです。昔、両親と一緒に良く外を眺めました。ほら、この時間になると、夕日が……」ハリルは、初めて見る地球の夕日に、まるで新鋭の芸術を見るように、首をかしげる。「この景色が見えるのですか?」ハリルは、女の車椅子の後ろに立って、夕日を眺めて聞く。「見えます。私のふるさとですから」女のかすれた声。ハリルは、女が泣いているのを知った。「お願いがあります」女は後ろを振り向いて、ハリルを見た。ハリルは、そのとき、女を美しいと思う。「なんですか?」自分の考えに赤面しながら、ハリルは問い返す。「屋上に行きたいのです。連れて行ってくれませんか?」「屋上?もう階段はないですよ」「私は両親が殺されてから、ここを出られなかったのです。どうか、最後に大きな夕日を見てみたいのです」「確かに、窓から見えるのは、光だけですね。いいでしょう。やってみましょう」ハリルは、窓から身を乗りだして外を見ると、確かに屋上がある。2階まで戻って、縄を取ってくる。最上階のぽっかりと空いた窓。外の壁面には足場があって、屋上までたどりついた。屋上のフェンスに縄をくくりつけ、降りて女に反対をくくりつける。「少し痛むかもしれません」ハリルは胴体を結ぶと、屋上から女を丁寧に引っ張った。女はぐったりとしている。「もう少しだ」ハリルの声が飛ぶ。
そのとき、突風が吹いて女の体を壁に打ちつけた。「大丈夫か!!」ハリルは聞くが、女の答えはない。ただ、ゆらゆらと縄は揺れているだけ。縄の結び目が甘かったのだろう。重みでフェンスから縄が外れる。慌てて、ハリルは縄をつかむ。想像以上に重い。持ち上げるのと、支えるのでは、まったく重みの次元が変わる。もし、縄を離せば女は死ぬという事実にも、ハリルは緊張した。そのとき、女の声がした。か細い声だ。「縄を離してください。あなたもこれで火星に帰れます。きっと、これが一番良い結末だったのです。安心してください。アストロヘブンは、常に地球を見ています。すぐにあいつらがやってきて、あなたを火星へ送り届けるでしょう」女はそれだけ言うとまた力を抜いた。ハリルは、その言葉を聞いて、悲しくなった。この女はどうして私の身を案じるのだろう。死がそこに迫っているというのに。この女を生かしたいという強烈な欲望がわいてきた。「諦めるな!!」ハリルは大声で言うと、縄を力いっぱい引き上げる。
女は荒い息をしていた。ハリルは、ようやく落ち着いて、女から縄を外す。「どうして?」女は空を見て言う。ハリルは、何も言わなかった。
2人は夜になってお互いの話をした。最後に女は言う。「進歩って、結局私たちが思うものと少し違うのかもしれない。ほら、星はみんな近くに寄り添っている。進歩ってお互いの関係そのものなの。あなたは私と生きていくことを選んだ。殺すのではなく、生かすことを選んだ。それが進歩」
世界と男と女