彩雲の果てに ~猫が結んだ縁~

序章

 2035年、夏。
 真夏の青空に、一つの雲がぽっかりと浮かんでいた。周囲にある雲とは一線を画した色目。誰もが思わず目を留めるような虹色に彩られた雲だった。
 一組の男性と女性が屋外に出て、虹色の雲の色彩が薄れゆくまで見入っていた。
「見て、虹色の雲が出てる」
「雨でも降ったの?」
「ううん、違う。不思議だね」
 その雲は、彩雲。
 彩雲とは虹色の雲のことを指すが、滅多に現れる雲ではない。

「彩雲は知っていたけど、本物は初めて見た」
 女性が雲から目を離し、ちらりと目をやった方向には彩雲をモチーフにしたオブジェ、反対側には虹が象られたオブジェが並んでいた。
 くすっと笑って、オブジェに語りかける女性。

「みんなの雲が現れたよ。あの中で魂が生き続けてるんだね」

 そうして空に視線を戻すと、虹色の雲は徐々にその色を変えていった。

第1章  誕生

 時は遡る。
 1963年5月5日、ほぼ同時刻。
 首都東京の中心部と、東北最大の都市仙台で、3人の赤ん坊が誕生した。

 東北最大の都市、仙台で産まれたのは、女の子と男の子の双子。
 産まれた場所は病室がひとつあるきりで分娩室さえない小さな産院だった。
 母親は20時間以上の陣痛に耐え、やっと女の子を産むと、それから30分ほどして、男の子が産まれた。

 男の子は最初、産声をあげなかった。 
 産婆はすぐに身体を温め、医師は何度か男の子の頬をたたいた。
 何分くらいそうしていただろうか。
 産んだ母親、楓は、出産の疲れから、何が起きているのか判断できずにいた。
 やっと男の子は声をあげた。
 その声は、消え入りそうなくらい小さな、小さなものだった。

 そんな中で、女の子は大きな声で泣き続けた。産婆が母親に告げた。
「娘さんと息子さんだよ。お嬢ちゃん、こりゃ元気だわぁ」

 息子の小さな泣き声を心配した、楓が助産婦に聞いた。
「先生、息子は大丈夫ですか?」
「ああ、声は小さいが自分で頑張って呼吸してるから心配ねぇさ。とにかく母乳だけは飲ませてな。そしたら元気になるよ」

 丁寧に洗ってはあったが、決して真っ白とはいえないシーツと毛布を敷き詰めたベッドに女の子が移された。
 男の子は念のため保育器に入れられた。
 そこに、息せき切って走り込んできた男性がいた。

 双子の父親、亨である。
 保育器が置かれているのを見て少し驚いた表情ではあったが、どちらも息をして手足を伸ばしているのを恐る恐る確認すると、安堵したように椅子に座りこんだ。

 双子の両親は、ひどく貧乏だった。
 双子の誕生を喜びながらも、両親は過去を振り返っていた。

◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇

 双子の父親、亨の実家は酷く貧乏だった。

 小さい頃は病気になっても病院すら行けず、二十歳まで生きられないと言われたほど、亨は身体が弱かった。
 亨の家族は大人数で、食べる米すらなく、物乞いまがいの生活をしたことさえあった。
 高校への進学は、亨にとって叶わぬ夢、勉強など必要ないと中学校にも登校しなかった。
 今も、読み書きがおぼつかないほどだ。

 その代り手先は器用で、家の大工仕事は、小学生の頃から何でもこなした。
 字は読めなくても、機械の修理などお手の物だった。
 幼い頃の病弱さを克服した亨は、早く中学を卒業して、お金を稼ぎたいと願った。

 中学卒業後、手始めに板金の仕事に就いたのち職場を転々とし、18歳になるとすぐに自動車の運転免許を取得した。
 何かの役に立つだろうとの思いだった。
 当時も自動車学校はあったが、お金がない亨は、先輩の運転を見様見真似で覚えた。

 そして運転免許試験場へ行き、実地で試験を受けた。
 技能は自己採点でも満点だったが、学科試験はボーダーラインをやっと超えるくらいしか書けなかった。
 運転の知識がないのではなく、勉強しなかったため、漢字が読めなかったのである。
 その後、地元では名の知られた水産加工の会社に勤務したところ、加工関連の仕事よりも運転技術を評価され、社長付の運転手を任されていた。

◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇

 双子の母親である楓の実家、長田家は元々農村地帯の旧家だった。
 第二次世界大戦の折、楓の父が戦死し一族は疲弊。
 その上当時の当主である楓の祖父は女性やお金にだらしない性分で財産を守ることができず、次第に長田の家は没落していった。
 にもかかわらず、プライドだけは高い一族だった。

 近隣の村で、使用人を数人召し抱える名家、北条家から嫁いだ楓の母、杏に対し、祖母は何か理由をつけてはいびり、冷たくあしらった。
 祖母は優雅で若い嫁に嫉妬したのだろう。
 しかし、いくら姑にいびられても、優雅で躾をきちんと受けた母は、自分が至らないせいだと我慢し続けた。
 当時中学生だった楓はそれが我慢ならなかった。

 いびられ続け、自己の健康管理もままならなかった母は、いつしか原因不明の病に倒れた。長田の祖父母は、北条の家に一切知らせず母を納屋に放り込んだ。毎日納屋に食事を運ぶ楓は、自分が北条の家に連絡するから、ここから逃げようと、何度も母を説得した。
 しかし母は、首を縦に振らなかった。
 長田家の跡取り娘となる楓が長田の祖父母に逆らえば、自分が逃げた後、どんな危害を加えられるかわからないと考えたのである。お願いだから北条には知らせないでくれと懇願する母を前に、楓は泣いた。

 母はろくな治療も受けられず、一か月ほどで亡くなった。すると、驚いたことに長田の祖父母はすぐさま母を火葬した。信じ難い光景だった。涙すら出てこないほどの衝撃だった。なぜ、何の恨みがあってここまで母を貶めるのか。いくら考えてもわからなかった。
 火葬したのち、長田の祖父母は北条家に使いを出して「嫁が急死した」「嫁は常々実家に納骨して欲しいと言っていた」と嘘をつき、納骨を北条家に委ねた。
 楓は母の最期を長田の祖父母から固く口止めされ、北条家への訪問を一切禁止された。残された楓は悲しみと闘いつつ、女性一人でも生きていける手段を得るためにと学問を志したが、祖父が許さなかった。

「女ごときに学問などいらん。すぐ結婚して長田の子を産むのがお前の役目だ」
 押し問答の続く日々。
 高校受験願書の提出日が近づいた。楓は覚悟を決めた。
「それなら北条の家に真相を暴露してやる!」

 母の仇なんかに負けるものか。
 お前たちの言うことなど聞くものか。
 長田の家に復讐してやる。
 それでも、力任せの復讐などしない。
 長田の家を継ぐ者を葬り去る。
 自分の命を懸けて。
 そう、自分がいなければ長田の直系は途絶えるのだ。

 長田の祖父母は一瞬、たじろいだ様子を見せた。そして、しぶしぶ願書の提出を認めた。
 進学を認めお金を出す代わりに強いた進学先は、家の近くにある農業系の高校だった。
 楓の学力とはかけ離れた高校で、成績は女ながらに毎回トップ。
 友人は一人も出来なかった。
 一番になるなんて許せないという男子生徒もいただろうし、女子にとってもそれは同じで、羨望というよりも嫉妬に近い感情だったようだ。

 高校に通い始めて初めての夏休み。楓は覚悟を実行に移す計画を立てた。
 お金を貯めて、家出する。
 必ず家を出る。
 それが楓の計画だった。
 
 だから今、長田の祖父母と衝突するわけにはいかない。待って、待って、待つ。
 そうすればいつか機会が訪れる。時間をかけて計画を実行に移す、そう思って歯を食いしばった。
 学校でも家でもいつも独りではあったが、家出計画を思えば苦にならなかった。

 学生たちとは裏腹に、教師からの信頼は厚かった。楓は、教師と話しながら戦時中の空襲と現在の復興状況を教えてもらった。
 東北の最大都市である仙台は、第二次世界大戦で空襲攻撃を受けながらも、戦後の復興は目覚ましいこと、首都圏ほか様々な地域が大規模な空襲に見舞われたが、戦後の変貌は目を見張るようであることなど。歴史を語りたがる教師に対し、楓は東京への電車賃を聞いた。
 電車賃、といぶかる教師だったが、そちらに叔父がいるので会いたいからと誤魔化した。
 お金を貯めるため、楓は学校の合間を見て高校近くの農家を訪ね、農作業を手伝った。いくらかの作業賃がもらえた。また、休みの日は祖父母の農作業も手伝った。お小遣いの対価として、もくもくと作業をこなした。

 楓が高校を卒業した年の初夏。
 やっと東京行きの片道切符に相当する程のお金が貯まった。楓は、近所の法事に出る祖父母を見送ると、まとめておいた荷物を手に家を抜け出した。電車に乗り東京を目指し、母方の叔父を頼って仕事を探すつもりだった。
 ところが、楓は歩き出してからはたと気が付いた。
 此処は東北の農村地帯だ。東京に行くには仙台から列車に乗らなければならない。母の実家くらいしか行ったことの無い楓は地理がわからなかった。途方に暮れた。どうやってそこまで行こうか。どのくらいお金がかかるだろうか。
 行動を迷っている暇はない。家出したことが知れたら祖父母が探しにくるかもしれない。とにかく、近くの駅まで歩くしかない。

 そんなときだった。
 楓にとって、見たことも無いような立派な黒塗りの車が通りかかった。思わず手を挙げた。車は楓の手を無視して通り過ぎたが、100mほど行き過ぎたところで止まった。
 楓は猛ダッシュして車に近づいた。運転席の窓をコンコン、コンコン、とたたいた。窓が開くと同時に早口にまくしたてた。
「あの、勝手なお願いですみません、仙台の駅まで乗せていただけませんか」
 窓から顔を出したのは、誰あろう、亨だった。

「私、仙台まで行きたいんです。仙台までは無理でも、どこか近くの駅でいいですから」
「俺の車じゃないから無理だよ」
「そこをなんとか」
「困ったな」
 そのとき、後部座席から声がした。
「亨、これも何かの縁だ。お嬢さんは困っているのだろう。乗せていってあげなさい」
「社長、でも」
「お嬢さん、私が最初に目的地まで行かせてもらうよ、そのあとこいつに仙台まで送らせよう。それでいいかい?」
 楓は嬉しさと同時に、お金も持たず無理強いする自分が恥ずかしくなった。
「すみません、お願いしておきながら私、お支払いできる車代もなくて」
 優しそうな声が後部座席から響く。
「お金どうこうの問題ではないよ。情けは人のためならず。まわりまわって皆が皆に情けをかけてあげればいい。ここで情けを受けたと思ったら、どこかで誰かに返してあげなさい。いいね、お嬢さん。亨も覚えておくといい」

 こうして、社長を目的地まで送り届けた亨の運転で、楓は仙台へ向かうことになった。
 仙台までは大体片道60kmくらいの距離だという。その間、道路はほとんど舗装もされていない。仙台方面で信号がちらほら出てくる程度。もちろん、すれ違う車など数台しかないくらいの田舎だ。
 ただ、亨の運転と話術は卓越していた。でこぼこ道を走っていても巧みなハンドリングで揺れをさほど感じさせないし、ブレーキにいたっては踏んでいるのかいないのか、いつの間にか車が停車するといった状態だった。
 何より、二時間余りの車中において亨の話は面白おかしく、楓は本来の目的すら忘れ笑いころげた。漫才か寄席にでもいるような感覚で、あっという間に短い車の旅は終わった。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「私、これから東京に行くの。あっちで仕事探すつもり。まだ住むところ決まっていないけど落ち着いたら手紙を出したいから、社長さんと亨さんの住所教えて」
「ああ、俺、読み書き苦手。返事できるかわかんないけど、着いたってわかれば安心だから会社に送って。今から住所言うから書き取って」
「本当にありがとう。この恩は絶対に忘れない。社長さんにもよろしく伝えてね」
「わかった。気を付けて。東京で迷うなよ」

 仙台から東京への旅。仙台の駅ですら迷子になった挙句、危うく行き先を間違えそうになり、やっとの思いで飛び乗った東京行きの列車。楓は何時間も列車に揺られ東京駅に着いた。四方八方からから押し寄せる人の波。押し流されそうになりながらも、荷物だけは身から離さずやっとの思いで駅を出た。
 楓は、かねてより頼りにしていた北条の叔父の住所を尋ね歩きながら、夜遅くに叔父の下に辿り着いた。
 母の弟であるその人は、母の死を悼み、涙した。本当のことは言えなかった。言いたかったが、騒ぎを起こして自分の居場所が長田の祖父母に知れるのが怖かった。なんて自分は親不孝なのだろう、ごめん、母さん。ごめん、叔父さん。楓は胸の中で詫びた。

 温厚な叔父は、すぐに知り合いを通じて住処と仕事を紹介してくれた。機械部品を扱う大きな工場の工員である。都内にある女子寮には、三畳の部屋が完備されていた。周りの女子は狭いと不満げだったが、楓にとっては天国だった。
 部屋が片付くとすぐに、社長と亨に手紙を書いた。東京で無事に暮らせるようになったこと、その一歩があの出逢いであったこと、心からの謝辞をしたためた。
 すると、亨から返事が返ってきた。漢字は誤字脱字だらけ、かろうじて平仮名だけが読める程度の粗末な手紙。でも、楓は嬉しかった。

 長田家の嫁姑関係で悩む中、小さな頃から学校で周囲に溶け込もうとしなかった楓にとって、初めての友人ができた気がした。以来、5年もの間、亨との手紙のやり取りは続いた。いつしか、二人の間に恋心が芽生えていた。顔を合わせることはできなくとも、いつもお互いの顔が浮かんだ。
 楓は大都会での暮らしを謳歌しつつも、帰郷に備えお金を貯め始め、5年働いた街を後にした。

 楓は、帰郷に際し、ひとつだけ希望があった。
 祖父母の近くでは暮らしたくない。
 東北最大の都市、仙台での生活を希望した。
 亨は自分の給料で家族を支えていたため最初難色を示したが、楓の境遇を知っていたので、最後には承諾してくれた。その代り、亨の家族へ仕送りすることを明言した。
 ここで重大な問題が生じた。戸籍である。楓が結婚し戸籍から抜ければ、新戸籍の存在が明らかになる。祖父母に見つかってしまう可能性があるのだ。
 亨の実家に入るのも嫌だった。楓の実家から近かったのもあるが、他にも理由があった。誰しもがそうでないとは知りつつも「姑」に対する嫌悪感が拭えなかったからだ。
 戸籍をどうすればいいのか楓には当てがなかった。亨は、籍を入れないでおくことを提案した。結婚式もしない。同じ屋根の下で暮らすことができればそれでいい。楓も結婚式への憧れなどなかったから、同棲で意見は一致した。
 二人は戸籍を変えずに、夫婦と偽って仙台市内の新聞配達店で住込みとして暮らし始めた。二人で早朝に新聞を配達し、それが終わると亨は力仕事を、楓は家事をあてがわれた。お世辞にも、待遇が良いとは言えなかった。

 しかし、妊娠を知った時、二人は子供のために戸籍を作る必要に迫られた。
 産院の医師は、身なりや金で相手を判断する人間ではなかった。見るからに貧乏そうな夫婦と思しき二人連れが、やっとの思いで自分の医院を探したのだろうと思った。医院の見かけは本当に良くなかったから。
 お腹の子供が元気に生まれてくるために栄養をと思いつつ、お金が無くてしばらく検診を受けられなかった。つわりもなく普通に生活できたしお腹も痛くないので検診に行く必要を感じなかった。
 ある日のこと。妙にお腹が出て腰も痛い。念のため産院を訪れたところ、お腹の子は二人いると判明した。もう、人工中絶ができない月数だった。二人は悩んだ末に、出産と育児を選んだ。

 双子を育てるのは、お金も要るし体力的にも辛い。赤ん坊二人が昼夜構わず同時に泣くからだ。学校も同時入学だからお金がかかる。決してお金に余裕のある二人ではないだろうが、そこまでして産みたかったのだろうと、医師は心の中でエールを送った。
 そんな時である。
 こともあろうに産婦が厚かましいことを言い出した。産院の場所を新戸籍に書かせて欲しいというのである。希望を聞いて貰えない場合は戸籍に入れず育てるとまで言い出した。
 医師は驚き、怒鳴り、断った。当たり前だ、産院に戸籍などあり得ない。ましてや戸籍に入れないで幽霊のような人生を歩ませるなど言語道断だ。
何度も頭を下げる産婦。そして、産婦の夫と思しき男性までが一緒に頭を下げ始めた。医師はこの夫婦が嘘をついたり詐欺を働くような悪い人間ではないと思いながらも、どうしてそんな真似をするのか理解に苦しんだ。

 受け入れる気は毛頭なかったが、取り敢えず二人に事情を尋ねた。事情を聞き、医師は驚いた。楓の母の命が野蛮な方法で奪われたのが現実だとすれば、余りに非道であり、警察に連絡すべきだと諭した。
 しかし産婦が、居場所を知られたが最後、連れ戻されると恐れていた。
 医師は、命を扱う者として許せない思いが頭を擡げた。そんな実家に戻れば、赤ん坊たちの未来は明るく輝くことができないと考えた。
 医師は周りに聞こえないよう、小声で告げた。
「私の使用人ということにしよう。その代り、生まれた子供たちの具合が悪い時はいつでも来なさい。それなら、きちんと生活しているかどうかわかるからね」
 亨と楓は、再び、他人から情けをかけてもらえる有難さが身に染みた。

 戸籍の問題が片付いた頃、妊娠は後期に差し掛かっていた、二人は借家を探した。新聞配達の仕事は辞めた。待遇が悪く給料も低すぎた。生まれてくる子供たちのため、別の借家を探そうと考えたのだ。お願い続きで申し訳なかったが、産院の医師に保証人になってもらい借家を借りるにこぎつけた。
 市営や県営の住宅も多く、お店やスーパーなどもあり賑いのある地域に住まいを求めた。働き口がありそうだったからだ。亨はいくつかの会社に面接し、タクシー会社に勤めることにした。タクシー運転手である。元々運転は上手なうえに同僚の車のちょっとした故障くらいなら、すぐに直してあげた。客を喜ばせ、もてなす才能にも長けていた亨は、周囲からの評価も厚く、客からの評判も良かった。送迎に亨を指名する客すらいたほどだ。文字通り、順調に仕事をこなしていた。
 楓も、簡単な事務や縫製のアルバイトを探しては仕事に精を出した。
 しかし、亨の家族への仕送りは思った以上の負担だった。親の病気や弟妹の進学、とにかくお金が出ていくばかりで食べることすらままならない日もあった。
 二人は焦りつつあった。一度は育児を決めたものの、本当に育てられるだろうか。食べさせるものもないような環境で育児などできるわけもない。

 楓は、現在も仕事で東京に住む北条の叔父に手紙を出した。自分の産んだ子供を里子に出すとは言えず、友人が双子を産むのだが経済的に苦しいから里子に出したいらしいと嘘をついた。叔父から手紙で返事がきた。
「実家では跡取りがいないから、もし経済的に困っているご家庭なら是非養子に迎えたい」
 思わぬ方向に話が流れていくのがわかった。
 この話が進んでしまえば、双子の母親は楓だということがわかってしまう。
 叔父は喜んで受け入れると同時に、北条家や長田の祖父母にも話すに違いない。これでは長田の祖父母に居場所が知られてしまう。連れ戻され、二人は離婚させられるだろう。名誉にしか関心のない長田の家のことだ、誰かそこらから旧家か名家から婿養子を迎え、赤子を我が物と化して長田の家を守ろうとするはずだ。それだけは断じて許さない。
 北条の叔父に対しては、なんとか誤魔化して養子の話はご破算にした楓だった。

 二人は話し合った。双子はどちらも自分たちで育てようと。貧乏でも温かい親になろう。親のすべてを子供たちに捧げよう。
 これからの生活に不安を抱きつつも、二人の絆はより強く結ばれた。楓は自分の布団を二人の赤子用に作り替えたり、洋服も赤子用に作り替えるなど、誕生の準備に追われた。一人分なら、どうにかして新品を買えたかもしれない。しかし一人だけが新品では、もう一人が可哀想だと思った。二人を区別することなく、同じように育てたかった。

 紆余曲折の末に迎えた出産。無事に双子が誕生した。
 亨も楓も、言葉では言い表せないくらい本当に嬉しかった。
「そういえば、名前。どうしようか」
「そうね、布団やベビー服を縫うのに気を取られて考えていなかった。どうしようね」
「そうか。それなら椿と葵はどうだい?」
「可愛い。でも、急にどうして?考えていたの?」
「どっちも双子葉植物っていう仲間らしいよ。同僚が言っていた。双子だから丁度いいかなって思った。意味や由来のある名前でなくて申し訳ないけど」
「意味も由来もあるじゃない。双子なんだもの。葵くんと椿ちゃんにしましょう。私も似たような名前だし」
 亨と楓は笑った。
 保育器にいる葵に向かって亨は手を振った。そしてそのあと、椿の指をそっと触って笑いかけた。
 こうして、産院は穏やかな空気に包まれた。

◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇

 東京、某区にある大規模な個人経営の産婦人科。
 産まれたのは男の子だった。
 施設内の設備は充実し、母親である玲子は陣痛の苦しみさえなく出産を終えた。最初から予定日を決め、医師に無理やり頼んで帝王切開したのである。
 別にお腹の子や自分に問題があったわけではない。陣痛に苦しみ痛い思いをするのは嫌。ただそれだけの理由からだった。最新の技術を使い、縫い目もほとんどわからなくするよう医師に指示してある。ビキニを着るつもりもないが縫い目のあるお腹など見たくもない。
 最新医療を受けたかったから、本当は著名な病院の産婦人科で出産と思い手配しようとしたところ、無駄な帝王切開を断られた。だから自分の要望を聞いてくれる医師を選んだ。玲子にとっては「痛みのない出産」それが一番の問題だったのだ。

 麻酔から目覚めた玲子はホテルの一室を彷彿とさせるような部屋にいた。傍らには元気に泣く男の子がベッドの中で手足を動かしている。玲子は男の子に目をやるでもなく、鏡の前で顔の手入れを始めた。二週間の入院が面倒で仕方なかった。安心したことといえば産んだのが男の子だったことくらいだ。二度と出産などしたくないと思った。
 お腹が空いたのか、小水やら大便がおむつに付いたのか、赤ん坊がぐずり結構大きな声で泣き始めた。
「ああ、うるさい!」
 玲子はナースコールを押した。看護婦が駆けつける。
「うるさいから別室に移してくれない?そのためのナースでしょう」
「あの。母乳はどうなさいますか?一番初めの母乳は大切なのですが」
「直に飲ませろって言うの?嫌よ、抱きたくもないわ」
「そのまま放っておきますと胸が張ってしまいます。それでしたらマッサージなどで母乳を出されてはいかがでしょうか?」
 看護婦は母乳の重要性を知っていたので、咄嗟に嘘をついた。胸が張る産婦が大部分だが、まれに胸が張らない産婦もいるのである。
「そうなの?仕方ないわね、じゃあマッサージお願いするわ。人手がないなら臨時のナースを雇ってちょうだい」
「かしこまりました」

 男の子の実家は、都内でも有数の資産家だった。祖父である天海勝利が起業した物産会社で、貿易なども幅広く行い、政治家とのパイプも強い。父親である茂は、子供の誕生を喜ぶでもなく、母体の心配さえしていなかった。茂にとって、産まれるのは男でなければならない、ただそれだけだった。

 祖父の天海勝利は、一代で財を成遂げた。一人息子の茂を産み、妻はまもなく亡くなった。
 勝利の父母は遠く離れた場所に暮らし弟妹も多かったため、金の面でも育児の面でもあてにはできなかった。
 勝利は一人で茂を育てた。
 店舗を持たずワゴンタイプの車に魚や野菜を積み込んで方々を回る行商人として生計を立てた。行く先々でその土地の情報を仕入れ顔を売り、行商をしながら人脈を幅広くした。社会奉仕も欠かさなかった。
 体力のない老人の家まで荷物を運んであげたりするのは当たり前で、その他にも、商いのチラシ配りや、祭り開催の宣伝活動などを離れた地区から応援した。亨が勤務した水産会社の社長と同じように、「情けは人のためならず」を信条にしていたからである。
 そうして信用を第一に商売を続けた。
 勝利はやがて有限会社を起こし、事業を少しずつ拡げ続けた。社会奉仕も変わらずに続けていた。事業の拡大とともに株式会社に形態を変え、株主のための会社を自負するようになった。その末の栄華である。

 古今東西、会社創業者の二代目、三代目は不甲斐ないと言われがちだ。
 茂は絶対に惰弱などとは言われたくなかった。そういった思いが心の全てを支配していたのだろうか。茂は家庭など顧みず、一心不乱に仕事に打ち込んだ。おかげで会社は順調に業績を伸ばしていた。
 茂自身は、何より行商が嫌だった。昔を思い出すとヘドが出た。物心ついた頃、母親はいなかった。病気で亡くなったと言われた。学校が休みの日や日曜日は、いつも行商を手伝わされた。
「いらっしゃい」の声掛けから始まり、客との会話、お年寄りの家まで荷物運び、どれもこれもが昔の貧乏な思い出だった。母も居なかった小さな頃の思い出は根こそぎ忘れてしまいたかった。
 茂は社会奉仕に興味を示すどころか毛嫌いしていたので、父の勝利に自分の仕事ぶりを評価され会社を任されたことで、茂のプライドはボーダー線上で保たれた。評価されたということは、自分が正しいのだと茂は信じた。
 すると今度は、三代目となる自分の息子に会社を潰されたくない、そんな気持ちが沸々と首をもたげた。

 だから、結婚するなら頭の切れる女性と決めていた。金持ちの同級生には、旧家や名家の娘を娶り名誉を重んじる者もいた。
 茂は、結婚相手の出自など気にしなかった。結婚相手に求めるのは賢さのみ。
 玲子を選んだ理由は、彼女の挑戦的とも取れる頭の良さ、回転の速さを認めたからだった。恋愛感情など会社経営には重荷なだけだ。
 そんな考えの持ち主だった茂は、誕生するのは息子ではなく経営の後継者という認識しかなかった。だから産まれたのが男の子と聞いて安心しただけで、母子ともに元気なのかどうかなど、興味もなかった。とにかく、一流の幼稚園から始まって東大に入り自分の会社を継いでさえもらえばいい。東大に入れないような息子はいらない。何人か息子がいれば一番優秀な子を後継にするだけだと決めていた。

 玲子は名家や金持ちの出身ではない。関東北部出身で両親は公務員だった。
 当時の公務員は決して高給取りと称される部類にはなく、玲子はよくも悪くも普通に育った。妹がいたが玲子と仲は良くなかった。妹は両親の愛情を独り占めしているから嫌いだった。公立の小中高を通し、友人と呼べる人間は玲子にはいなかった。玲子自身は目鼻立ちがすっきりとした美人だったが、冷たい性格のせいか特に人気を博するでもなく、目立ちながらも独りでいることが多い少女だった。
 成績だけなら大学に行くことも可能ではあったが、大学に行ってインテリ女史になるつもりはなかった。地元の高校卒業後、すぐに都内に引っ越した。銀座の高級クラブでホステスをすることを決めていた。もちろん、玉の輿に乗るためである。

 其処等のホステスと違い、玲子の頭の回転の速さは半端ないものだった。
 酒の相手とはいえ大手メーカーの専務や常務、名の売れた会社の社長クラスが常連のクラブだ。彼らの目に留まるにはどうしたらいいか考えた。色仕掛け作戦の同僚ホステスもいたが、玲子から見たら馬鹿らしかった。飽きられたら終わりだ。
 そこで玲子は、毎日出勤するまでに何種類もの新聞に目をとおし、仕事の無い日は経済誌や歴史の本を読み、世の中の情勢を的確に把握できる力を付けた。歴史は関係なさそうに思われるだろうが、決してそうではない。日本史世界史を問わず、歴史の話好む客は多い。
 ただ、いくら勉強し知識を蓄積しても、それをひけらかしてはいけない。客に失礼のないように、頷く。意見を求められればやんわりと、客が求めている言葉を発する。それが自分たちの仕事と割り切っている。
 そして、相手の目や手の仕草から、相手が今何を考えどうして欲しいのかをこれまた的確に掴める天賦の才とでもいうべき力量を兼ね備えていた。
 玲子は男性を異性として見ていなかった。自分に対し恋愛感情など持たない、自分の力量のみを求める相手を待った。

 そのクラブに接待のため現れたのが茂だった。
 二人は目を合わせた瞬間、同時に、自分が求めている相手だと確信を持った。
 最初、茂の父、勝利は、茂が結婚を考えている女性がホステスと聞いて渋い顔をしたが、一度顔合わせしたところ玲子の知性を認めたようだった。
特に反対されることもなく、華やかな結婚式を挙げた二人だったが、実生活は冷めたものだった。家政婦に全てお任せの生活、顔を合わせない日すら続く有様だった。でもそれに感傷など抱く玲子ではない。宝石や毛皮をふんだんに購入できる生活ができればそれで満足だった。
 玲子は自分が男の子を産むという使命を帯びていることだけは悟っていた。どうか最初の子供が男の子であるようにと願った。子供は嫌いだった。ましてや、複数回の出産など考えるだけで鳥肌がたった。

 産まれてまもなく別室に移された赤ん坊。部屋の中は温かくされ、綺麗なベッドに高級そうなシーツや毛布、布団が取り揃えられ、そこに寝せられた。傍らにはナースが一人付き添っていた。付き添いとは名ばかりで、赤ん坊の顔を見ることもなく雑誌を読んでいる。時折、ちらりとのぞく程度。あとはミルクやおむつ交換のみで、泣いたからとて抱っこすることなど一切なかった。
 当然、茂は病院に駆けつけるわけもなく、秘書を通じて一枚の封書を渡しただけだった。
 封書の中には男の子の名前が書かれていた。

「聖哉」=「せいや」

 茂や玲子が考えた名ではない。祖父、勝利が付けた名である。人徳に優れ人に感動を与えるような人間に育つようにと。
 義父のいうことに逆らうことは許されないし、別に自分で考える気もなかった。
 玲子は自身の病室で渡された封書をペーパーナイフで開け、ちらりと中を覗いた。そこにあったのは紙切れだった。何の感情も表情もない玲子。
 そう、この子は私の子じゃない、会社のための子。
 母親としての感情は欠片もなかった。

第2章  10年後

赤ちゃんたちの誕生から10年の月日が流れた。
 1973年。
 仙台の借家で暮らす深野椿と深野葵。早いもので小学校四年生になっていた。
 椿は生まれたとき同様、元気いっぱいの少女に育った。顔はまあ、美人とまではいかないが、笑顔と持ち前の明るさで、周囲に存在感を与えていた。優しいながらも気が強かったので時に暴走しては家族をヒヤリとさせた。
 弟の葵は、生まれたとき同様、物静かな少年だった。それでも大人しいだけの少年ではなく、鋭い観察力や洞察力を兼ね添えた賢さで、時に暴走する双子の姉、椿を抑えるのが葵の役目だった。

 子供たち二人の洋服はいつも楓の手作りだった。
 椿も葵も母のお手製の服が好きだった。本を買ってきては好きなデザインを選び、母に縫ってもらったり編んでもらったり。お揃いだったり全く違う模様にしたりと自由に自分たちだけの洋服が出来上がった。編み物では必ず古いセーターを解くため、双子のどちらかが両腕を前に出し解かれた糸を腕に巻き取る作業があった。そしてそれを球状に巻いて毛糸玉を用意するのだった。
 椿も葵もセーターは温かくて好きだったが、この手巻き作業だけは腕が疲れるから苦手だった。

 子供たちが喜ぶ顔を見て微笑みながらも、楓はどこか申し訳ない気持ちで一杯だった。手作りの洋服は、店頭で二人分の洋服を買うお金がないのが本当の理由だ。買えないからこそ手作りせざるを得なかった。子供たちのセーター類は楓や亨が着ていたセーターを解いた毛糸の再利用。
 楓は家事全般が得意だったし縫製のアルバイトもしていたから、型紙を切り抜きミシンを踏むのは苦にならなかった。ただ、男女の別が面倒で、型紙は男の子用だけ。だから椿はいつもパンツを穿いていた。 流石にシャツやジャケットは男の子と同じわけにはいかないから、着せたことがない。Tシャツにパンツ。寒い時にはセーターと決まっていた。元気で大らかな性格の椿は、服装など余り気にしなかった。

 葵は体が弱く小さなころから病院通いが続いた。かの産院の医師に見てもらうことがほとんどだった。子供は大きくなるにつれ丈夫になるからと励まされた。亨も楓も、自分の着る物や嗜好品など一切を我慢して病院費に充てた。十年が経ち、ようやく病院通いも減ってきていた。
 一家は相変わらず粗末な食事で暮らしていた。一杯のかけうどんを分け合う日もあった。亨の実家で弟妹が独り立ちし、前より仕送り額が減っていたにもかかわらずに。
 それはひとえに、亨と楓に新たな目標ができたからだった。葵には街中の空気が良くないと考えた楓の提案で、市の中心部から離れたところに家を建てようと提案したのである。
 中心部から離れれば離れるほど、公共の交通機関もない。となれば車も必要になる。家と車を買うために、両親は身を削って働きお金を貯めていた。

 双子が住む町は様々な人種の住む地域だったから、それこそ色々な経験をした。双子で同じクラスになることは通常ないらしいが、葵の病気を心配した母が学校に掛け合い、一年生と二年生の時は同じクラスだった。特別の計らいだったと聞いた。
 周囲の子供たちは、お金がない子も結構いたし、反対にお金持ちの子もいた。双子は両親からお小遣いをもらえなかったから、同級生と一緒に買い物へ出かけたことがなかった。クラスの子が流行りの筆箱や消しゴムなどを持っているとちょっぴり寂しかった。でも、我慢した。
 小学校の時、深野家では、夏になると冷麦ばかり食卓に上った。朝昼晩、一日三色冷麦暮らし。そのおかげで、椿は冷麦が苦手になった。冬は鍋物が多かった。具材は野菜がほとんどを占めた。究極の材料は、もやしである。ご飯に味噌汁、おかずがもやし。一杯のかけそばをも超える、深野家ならではの食生活だった。

 もうじき冬が近づく、ある晩のことだった。
 久々に熱を出した葵は病院から帰って床に臥せっていた。
 椿は家の外で何か物音がするのが聞こえた。そっと玄関を開けてみた。そこには、怪我をした子猫が力なく鳴いていた。
「お母さん!お母さん!」
「どうしたの?椿」
「猫がケガしてるの。お家に入れてもいい?葵みたいに病院連れて行ってもいい?」
 楓は胸が苦しくなった。可哀想な子猫。このままでは生死にかかわるかもしれない。病院に連れていってあげたい気持ちもあった。
 しかし、怪我をしている動物を病院に連れて行けば人間など比ではないくらいお金がかかる。まして、一度情が移れば飼いたいと言い出すに違いない。今の我が家にその余裕はなかった。
「椿。玄関を閉めてちょうだい。お母さん、動物が嫌いなの」
「だって。ケガしてるんだよ」
「ごめんねって猫ちゃんに謝って。うちではどうしようもないの」
 力なく鳴く子猫を前に、椿の目には涙が溢れた。
「ごめんね、猫ちゃん」
 そういって玄関を閉めた。しばらく鳴く声が聞こえていたが、じきにその声は聞こえなくなった。

 椿はしばらく玄関前で泣いた。泣き声が家族に聞こえないように、左腕で口をふさぎながら泣いた。たぶん母は嘘をついている。母は誰にでも優しい。動物が嫌いという話も聞いたことがない。なぜ母は嘘をいったのだろう。
 その時初めて椿は悟った。
 自分の家にはお金がないのだと。葵を病院に連れて行くだけで精一杯なのだと。
 そういえば、クリスマスに他のお家では、丸い大きなケーキや電球のピカピカ光るものを使ったクリスマスツリーがキラキラしていた。でも、自分の家では自分と葵のケーキが二切れと、野山でお父さんが採ってきた小さな木に、布団からはみ出た綿を雪に見立てたツリーだけだった。
 他にも、二月くらいからだろうか、女の子の同級生の家では雛人形を飾っていた。五段飾りや七段飾りなど色々あったが、着物姿のお内裏様とお雛様は、それはもう綺麗なお人形だった。男の子の家だと四月くらいから鯉のぼりが空を舞った。一匹だけではなく、三匹も舞っている家が多かった。
 
 どちらも、自分の家には無かった。
 そのくらい、うちはお金が無いのだとあらためて感じた。
 左腕に歯形が付くぐらい、椿は泣いた。心が張り裂けそうだった。猫のことが心配で仕方なかった。誰か病院に連れて行ってくれないだろうか・・・死なないで、猫ちゃん。
 猫のことで母に文句を言う気にはなれなかった。
 今までお金のことなど気に掛けたこともなかったが、お金がないと猫一匹さえ助けられないのだと身につまされた。

 楓は、いつまでも玄関前にいる椿に声をかけられずにいた。
 申し訳ない気持ちで一杯だった。人間も動物も、命の尊さに変りはない。親として一番に教えるべきことなのに、それができなかった。家と車のためとはいえ、果たして自分の行動は正しかったのだろうか。いや、間違っている。自分は決して今日の出来事を忘れまい。子供たちが忘れたとしても。いつか何かの形で、命の大切さを必ず子供たちに伝えようと心に決めた。

◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇
 
 東京、港区で暮らす天海聖哉。
 今晩も父は仕事、母はパーティ。
 いつものことだ。親との会話もなく、家政婦が作った豪華な料理を独りで食べる毎日。
 
 家の周りは閑静な住宅街。豪華で煌びやかな雰囲気を醸し出す洋風の館と手入れされた庭。一目で高級とわかる車が車庫に並ぶ家並みが続き、海を見渡す方向を見ると高層マンションが立ち並ぶロケーション。幸せの絶頂を物語るような街である。
 聖哉の自宅もまた、豪華絢爛さを競うような家と車庫と庭が広がっていた。
 自宅は平屋の8LDK。そのうち二つは茂の書斎と寝室。一つは応接間。聖哉にも部屋が一つ与えられていた。一つはリビングダイニングといいながら、リビングの用途には使われていなかった。その他の部屋は、驚くべきことに玲子のクローゼット、メイク室、寝室として使われていた。客がくれば応接間に通せばよいし、そもそも宿泊客などいなかった。いたとしても、ホテルを予約して宿泊してもらえば済むことだ。若干名使用人さんたち、家政婦さんや庭師のおじさん、運転手さんなどは、みな通いの使用人だった。茂も玲子も、他人が自分たちの空間に入り浸るのを極端に嫌がった。
 そんな環境で十年を過ごした聖哉。聖哉にとって、この家に幸せなどという文字は見あたらない。どんなに外見が立派でも、中身は空っぽだったのだ。

 両親は、子供である聖哉に全く関心を持たなかった。100%興味がなかった。興味があるとすれば、聖哉の進路だけだった。
 それでも、物心がついた当初、聖哉は父や母に褒められたかった。
 幼稚園でお勉強を頑張ったし、運動会の徒競走でも一番になった。絵も上手に書いたし、工作も上手に作った。歌だって綺麗な声で上手に歌った。
 学校で授業父母会がある日は、母が来た。周りの母親たちは自分の子供に手を振ったり笑いかけていた。でも、聖哉の母は能面のような顔をして、聖哉が何を話すか、それだけを気にしていた。皆の前で答えを間違えると、必ず夜に叱られた。
 
 顔や頭など見える部分には何もされなかった。その代り、下着を脱がされお尻が真っ赤になるまで竹の棒で叩かれた。
 そこに父が帰ってきても、父は何も言わず自分の書斎に閉じこもった。
 助けてはくれなかった。
 僕はとても悪い子に違いない。僕が悪いから父も母も僕が嫌いなのだ。誰か、良い子になる方法を教えて。毎晩のように、泣きながらベッドに入った。叩かれた痛みよりも、毎晩、相手にされない寂しさが胸に詰まって痛むのだった。

 大人の都合で進路を決められる子供たちは多い。聖哉もその中の一人だった。
 しかし、聖哉の両親のそれは、尋常の範囲を超えていた。
 名の通った幼稚園に入るため、聖哉は毎日合格に必要な知識を詰め込まれた。
 両親は、第一に幼稚園を吟味した。玲子は自分が心から尊敬する女性が通われたという幼稚舎にと願ったが、小学校が女子のみという理由で茂が却下した。茂、玲子ともに合格点を出したのが世田谷にあるエスカレータ式の教育施設を完備する学校法人の幼稚園だった。そこは両人の意見が一致し至極満足だったようである。聖哉自身は知能もずば抜けていたので特に問題となることもなくすんなりと幼稚園に入園し、そのまま学園附属の初等学校、中学校へと進学した。そこなら、普通に学内選抜試験を受けて大学まで進学できた。だが茂は東大への進学率が高い都内難関高校への進学を既に決めており、その他の選択を許すことはなかった。

 聖哉は、怪我をすると勉強ができなくなるという理由から、外で遊ぶことは一切禁止されていた。
 家庭教師が来ない日は習い事。ピアノ・水泳・英会話。ピアノは玲子の趣味だ。良家の子息をイメージさせる、ただそれだけの理由。水泳は身体を鍛えるため茂が決定した。水泳は伸び伸び泳げるので好きだった。
 一度だけ両親にお願いをしたことがある。サッカーや野球などのクラブチームで仲間と一緒に活動することだ。両親は許さなかった。いや、許さないのではなく、二人とも聖哉の言葉を、さも聞こえなかったかのように無視したのだった。
 いつも冷たい空気の張りつめた家庭だった。両親は喧嘩こそしないものの、必要最小限の会話しかなかった。
「お早う・お帰り・お休み」
 それすら言葉にしない両親だった。勿論、息子に対してもである。
 幼少時から父母に褒めてもらえず相手にもされず、周りに見えない場所への体罰を強いられ、悉く無視され続けた結果、聖哉は普通の少年と少し違ったものの見方をするようになっていた。
 そのためか、聖哉は口数が少なかった。玲子に似た端正な顔立ちも相俟って、小・中学校では「天海のプリンス」と呼ばれていた。近づき難い、打ち解け難い、そんな雰囲気も重ね掛けした、少なくとも素直に喜べるようなネーミングではなかった。

 もうすぐ冬。今年も一人のクリスマスがやってくる、そんなある日の夕方。習い事からの帰り道だった。久々に車ではなく徒歩で家に向かっていた聖哉は道端で段ボールを見つけた。毛布が敷き詰められた段ボールには子猫が入っていた。「誰か拾ってください」というメモとともに。
 可哀想だという感情はなかった。お前も独りか、そう思って段ボールを持ち上げた。思った以上に軽かった。
 聖哉は家に向かった。
 玄関を開けると、キンキンとした声が響いていた。珍しく母が家にいるのがわかった。母が家政婦に文句を言っているらしい。いつものことだ。話したくもないのでさっさと部屋に入ろうとしたところ、ドアが突然開いた。
「聖哉、それは何?」
「猫」
「そんな汚いもの捨てて」
「どうして」
「あたしは猫が嫌いなの」
「ママに飼ってほしいとは思ってないけど」
「猫なんて壁から何から引っ掻くじゃないの。イタリア製の壁紙なのよ」
「そう」
 その時、母がヒステリックに叫んだ。
「あなた、あたしの言うことが聞けないっていうの?捨てなさい、今すぐによ!捨てないならあなたも家に戻らなくていいわ!」
 聖哉は母を冷めた目で見つめた。
 母も冷い声に戻っていた。
「何、その反抗的な目。ママって呼ぶなといつも言っているでしょう。何回言ったらわかるの。そんなことも覚えられないの、あなたは。お父様のいう東大はおろか高校だって落ちるわよ」
 冷たく言い放つ母を無視して聖哉は玄関に向かった。いつものことだ。怒るとか悲しいとか、そういう感情はなかった。ただ、ほんの一瞬、母に対し強烈な殺意が湧いた。

 家を出て聖哉が向かったのは人影の少ない公園だった。
 先ほど湧いた一瞬の感情は消えていた。いや、正確には心の深い部分に押し込めてられていた。まだ小学生だったから自分では気づかないだけだった。
「お前も独りだな。生きるの、つらいな」
 ダンボールには、毛布の他に散歩用のリードのような紐が一緒に入っていた。段ボールを地面に置いた。子猫は段ボールに座って右足を上げ、指を舐めている。そんな子猫を見ながら聖哉は猫の首筋に紐を巻きつけるようにクロスさせた。ふうっと息を吸いこんだ。そして、息を吐きながら躊躇うことなくクロスさせた紐を縛り上げ首を絞めた。子猫は「ギャッ!」という鳴き声とともにぐるりと体を回転させた。紐からすり抜け、夜の帳の中に逃げ去って行った。
 殺し損ねたか。
 普通ならこんなときはどう思うのだろう。
 殺せなくて悔しいのだろうか。
 逃げてくれて喜ぶのだろうか。
 それとも、一緒に居られなくて寂しく思うのだろうか。
 殺せば恍惚感が得られると聞いた、また追いかけようか。
 果たして、どの感情も、どの選択肢も聖哉にはなかった。

 今ではもう、何も感じなかった。何食わぬ顔で家に戻ると、母と顔を合わせないよう自分の部屋に入った。そして本を開いた。
 小学四年である聖哉が開き机に広げた本は、都内難関高校受験突破用の参考書だった。

第3章  中学1年生

1975年、春。椿と葵は中学一年になった。
 椿と葵は、中学校入学に合わせ仙台市の北にある泉市に家を建て引っ越した。長閑な集落の一角だ。引っ越すとすぐに、楓は役所にいって住所を変えるとともに、産院の医師あてにお礼の手紙をしたためた。医師には元気でいて欲しかった。

 一方の椿と葵。今まで住んだ町とは風景が一変していた。高い建物もあまりない。見渡す限り、お店も見えない。スーパーもない。どういった生活が自分たちを待ち受けているのか、胸がドキドキした。転校ではないが、知っている子が一人もいない中学校だ。どんな学校なのか楽しみだった。

 深野家の周りには田園地帯が広がり、家の北側遠くに山が見えた。昨日よりも朝晩の空気がひんやりするような気がした。空気が美味しく感じられた。夜には満天の星空が広がった。自然豊かで仙台の中心部から離れている分、土地を広めに買うことができた。楓が切に願い働き、貯金に励んだ結果だった。
 新築した家は、一階南側に玄関があり、東側西側ともに、六畳の和室が二つずつ並んでいた。玄関を入ると奥には階段があり、そこから二階に上がることができた。二階には部屋が三つ。両親の分が一つ、椿と葵に一つずつだった。そして、玄関脇から東側と西側に向け縁側が伸びていた。
 周りには広々とした庭があった。まだ手入れされていなかったが。
 母によれば、ここには野菜などを植えるのだという。
 椿と葵はふむふむと聞きながら考えた。自給自足か、悪くないな。野菜好きな椿はニンマリした。反対に、苦手な野菜の多い葵は青ざめたが、栽培の難しい野菜は植えないほか、玉ねぎは却下、と聞き、玉ねぎが苦手な葵はほっと安心した。

 どうして玉ねぎを植えなかったのか。他の農家では畑に玉ねぎを栽培している。
 楓は聞いたことがある。玉ねぎは犬や猫が食べると中毒を起こし死に至ってしまう、と。
 反対に、葉物であれば猫が食べても大丈夫だという。古き日の苦い思い出がこれで御破算になるわけではないが、これ以上、猫を苦しめることはしたくない、楓はそう心に誓っていた。

 前の借家ではみんなで一緒の部屋にぎゅうぎゅうづめで寝泊まりしたから、椿と葵にとっては、嬉しさ半分、誰も隣にいない寂しさ半分だった。
 親に内緒で、布団を一部屋に運び二人一緒に眠ろうと約束した。
 子供たちが通える中学校は二つあり、どちらかを選択することができた。どちらも距離の面では同じようなものだったが、結局、平坦地を通学する方が葵の身体にとって負担が軽いだろうとの結論に至り平坦地にある中学校への通学を希望した
 その中学校は男女ともブレザーに女子はスカート、男子がズボンという制服だった。
 小学校の卒業式。お金持ちの子たちは着飾って来た。でも椿と葵は中学校の制服を着て出席した。周りの子と被ることもないし、わざわざその日のためだけにお金を使いたくなかった楓が二人を説得したのだった。子供たちは引っ越しのためにみんなと違う中学に行くと知っていたので文句ひとつ言わずに従った。椿も葵も、余所と違って家はお金がないから、両親に何かをねだることは罪であるかのように思っていたのだった。

 中学入学式の朝。
 同僚から幸運にもカメラを譲り受けることができた亨は、楓と子供たちのスナップ写真を撮った。だが、フィルム式カメラは一気に何度もシャッターを切ることが許されない。フィルムが無駄になってしまうからである。
 ポーズと表情と背景を考えに考えて、「はい、チーズ」とシャッターを切る亨。
 椿がしびれを切らす。
「おとうさーん、まだ撮るのー?」
「みんな一緒のは撮れたから、あとは一人ずつのを一枚撮らせてくれよ。大事な記念の写真だから」
「しかたないなー。お父さんの拘りには参っちゃう。でも今日は我慢してあげるよ。記念日だもんね」
 中学校までは三~四キロほどあっただろうか。椿は体力があったので大丈夫だったが、両親は葵を心配した。タクシーの仕事はシフト制だったので、亨がいるときは送っていくことにしたが、葵自身は親に頼りっぱなしの自分を変えたかった。いい機会だから、ゆっくりでもいい、自分の足で歩いていきたいと。
 だから朝だけ亨にお願いした。亨がいない日は、朝早く家を出て、一人ゆっくりと歩いた。椿は寝坊の常習犯だったから一緒に家を出ると遅刻してしまうのだった。

 ひと月後。亨が夢みていた車を中古で入手できた。車の愛称はてんとうむし、本名はスバル360カスタム。大衆から絶大な人気を得ていた車だ。タクシー会社の同僚たちから良心的な中古業者を紹介してもらい、中期型以降の可愛い目をしたてんとうむしを探した。見つけた車は商用のバンタイプで税金も安かったので、迷わず決めた。色はクリーム。亨が一番好きな色だった。車が家に到着した時、目標が一つずつ叶っていくようで、すこぶるご機嫌な亨であった。

 楓もまた、ほっとしていた。
 一段落した今なら、椿の願いを叶えてあげられる。
 中学は制服だから普段の私服代もさほどかからない。葵さえ元気になってくれれば、自分もアルバイトだけではなく、工員として正社員で働くことができるかもしれない。そうすれば今よりも格段に収入が増えるだろう。
 ただ、高校進学のためには、ほとんどの生徒が塾通いをすると聞く。子供たちも通いたがるだろうが、そればかりは余裕がない。
 高校進学はまたあとで考えるとして、子供たちにやっと命の尊さを教えることができる。
 楓が考えたのは、猫が自由に家と外を出入りできる空間だった。
 畑の自家栽培も人間だけのためではない。葉を食べることによって猫に良い部分もあると聞いたことがある。猫に悪いものを植えないよう気を配った。猫の食べ残しを人間が食べるようなものだ。子供たちや夫には口が裂けても言えないな、と一人笑った。

 椿と葵は中学に入学し、部活動が半ば義務化された。二人とも、実は運動が苦手である。葵はまだ体の弱い分そう見える部分も少なからずあったが、普段から大声で叫ぶ椿は運動抜群と思われる傾向にある。部活動の勧誘週間もあり、椿は散々な目に遭った。
「椿ちゃん大変だったね、先輩たちに追い掛け回されて」
「ほんと、実演したら運動神経の無さに今度はみんなで笑うし。放っといてほしいよ」
「でさ、どうするの」
「そだね、どっかに所属しないといけないね」
「生物部はどう?美術部や吹奏楽部はお金かかりそうだし」
「音痴のあたしに合唱は無理だしなー。一等賞目指す部はイヤだ」
「僕も嫌だな、勝ち負けなんて競うのは。だから生物部にしよう」
「わかった。明日二人で入部届だそっか」
「生物部って何か動物飼ってるのかな。カメとか。そういえば、カメって水槽で泳いでるイメージあるでしょう。でもね、陸ガメは走るの速いんだよ、知ってた?」
「いや、カメはノロいのがお約束でしょうが」
「陸ガメは本当に走るんだってば」

 椿は大笑いしながら葵の話を否定する。
「うっそだ~」
「小学校のころお金持ちの子が陸ガメ飼ってたの。そしたら、畳の上をさささーーーって走っていったんだよ!本当に速かった!」
「ウサギがカメの甲羅被ってたんじゃないの?」
「椿ちゃん、信じてないでしょ」
「だってさー。その話がホントなら「ウサギとカメ」の昔話が台無しになるでしょうが。いたいけなチビッコの前で「カメの方が速いんでーす」なんて言える?」
「いや、論点が違う。陸ガメは走る。これが真実だよ」
 ひとしきりカメの特攻走りに花が咲いた。ひと息ついた時、葵が聞いた。
「椿ちゃん、猫が飼いたいの?昔さ、玄関のところでずーっと泣いてたことがあったよね。猫だったんでしょう?」
「聞いてたのかー。でもさ、うちそんな余裕ないじゃん。だから大きくなって仕事してお金もらえるようになったら何かしたいって思ってる」
「そのときは僕も一緒にやるよ」
「ありがとう、葵」

 子供たちが中学に入学したと思ったら、もう、桜の季節が終わろうとしていた。
 と同時に、野良猫が増える時期になる。春と秋は野良猫の出産がピークになるようだった。3~5月と9~10月は野良家族情報も多い。
 その話を聞きつけた亨と楓は急いで保護場所を考えた。縁側脇に猫ルームを作ることで保護ができるだろうとの結論に達した。
 さあ、すぐに東西どちらかだけでも猫ルームを完成させなくてはならない。大前提となったのが、外から猫が入れるようにするために一番下の部分に小さな扉を付けることと、家の中からも出入りできるよう、縁側と猫ルームをつなぐことだった。扉は開け放したままにしても良い。泥棒が入れるような大きさではないのだから。それに、万が一空き巣が入ったとて、盗られるような財産など何もない。

 猫ルームの建設にあたり、外装で亨と楓は衝突した。
 亨が提案したのは、一番簡単で、四角い窓を並べ隙間を壁で埋め、屋根には傾斜をつけ雨どいを付けるという、至極オーソドックスなデザインだ。
これに対し楓が提案したのはハウス栽培に使用されるような板に乗ったかまぼこを縦にしたようなデザインだった。
「丸いデザインは可愛いけれど無駄が多いよ。四角い物を置いたら、どうしたって余る部分がでてくる。できれば普通の四角いデザインにして、猫のジャングルジムとか、かくれんぼ出来る場所とか、猫トイレとか、猫にとって必要なものを沢山作ってあげたいな」
 我ながら名案だと自画自賛の楓だったが、亨の言葉を聞き、がっくりと肩を落とした。
「やっぱり丸いのはダメ?」
「猫ルームの基礎から上物にかけて、誰が作るんだい?大工さんじゃないと無理だよ」
「え?そうなの?亨さんすごく器用だし大工仕事もできるから下から上まで全部作れるものだとばかり思っていたわ」
「出来るだけやってみるけどね。基礎ぐらいなら作れるかもしれないけど、壁や屋根になると流石にお手上げだ。見た目に丸いと可愛いのは認めるよ。でも設計士や土木技術のある人でないと無理だよ」
「そうなのね。わかった、任せるわ。早く雨が凌げる場所を作らないとね。子猫が増える季節だもの。見た目にこだわって猫ルームが必要な理由を忘れるところだった。ありがとう、亨さん。思い出させてくれて」

 猫ルームは、家の両脇部分に鉄筋とコンクリートで基礎を作ることから始まる。
 その頃の主流である布基礎と呼ばれる手法だ。そこに土台を築き、基礎と固定することで強固な土台になるのである。もっとも、当時は宮城県沖地震の前だったから、誰も地震対策など講じていなかった。
 しかし亨は通常よりも多めに鉄筋を入れ、複雑に組み上げることにした。お金の問題ではない。天性の勘がそうさせるのだった。

 まず基礎部分にコンクリートを流し込む作業から始まる。晴れていないとこの作業はできない。五月晴れを待ちたかったが余裕もなく、とにかく早くコンクリートが固まるのを待つばかりだった。コンクリートが十分に固まったのを確認し、土台をつくっていく。本来なら床下部分にもコンクリートを敷きたかったがお金の余裕がなく、防湿効果のあるボードを何枚か重ねて敷き、その上に断熱効果も兼ね備えると言われ譲り受けたボードを重ねた。最後に木材を敷き、土台からずれないよう角をきっちりと固定しながら釘を打ちこんでいく。きっちり固定しなければ、やがてずれてしまい災害に弱くなる。亨は最新の注意を払った。

 土台を仕上げると、次は外が一望できる大きな猫ルームをつくる段階に入った。
 外壁や天井など上物の材料は、建設会社や金物の卸を扱う店に熱心に足を運び相談したり物色したりした。相談しても、最初は誰も相手にしてくれなかった。
 しかし、次第に亨や楓の熱心さに負けて聞く耳を持ってくれる人たちが現れた。そういった人たちやそのつてから、不要になった部分やサンプル品を格安で手に入れることができた。ちょっとサイズが違ったりする窓枠やヘンテコな形のトタン屋根。そこはそれ。デザインとして取り入れた。外壁も色々な種類があったが、トタンをベースに継ぎ接ぎすることにした。
「本当は石を積み上げてブロックみたいな外壁にしたかったんだ。温度調節が上手くいくような気がして。けど、石は高いし地震とか来たら崩れてしまうからね。外壁にはあまりお金を掛けられない」

 外壁の内側は、薄手の材木を立てて固定し、防湿・防音効果のあるボードを交互に張った。壁紙はあえて段ボール紙にした。猫の爪とぎに役立つからである。壁のボードに爪が食いこまないように、何重にもダンボールを重ねた。取り換えも容易だ。段ボールが素っ気ないなら、何か上から張り付けたり、穴を開けておもちゃをぶら下げてもいいだろう。段ボールだから何でもアリだ。舐めてはいけないもの以外、どんな風にアレンジしてもいい。
 防湿効果を狙い屋根部分までボードを張ったが、天井は簡単にベニヤ板を張っただけにした。もっと天井らしい材料が見つかったら交換する。最後にトタン屋根を取り付けて、西側猫ルームの完成である。

 楓は感慨深いものを感じた。亨のおかげで、やっと子供たちに命の尊さを教えてあげることができる。小さな動物、猫。凍えないで済むように、傷を癒せるように。
 自分たちにはお金がない。だからろくなご飯も上げられないし医者に連れていくことも無理かもしれない。それでも、できるだけのことをしてあげよう。
 昔のあの晩のようなことだけは、二度としたくない。
 他者の命を軽んじる長田のような生き方だけはしたくない。
 お金も名誉もない自分たちが子供に伝えてあげられるのは優しさ。それだけなのだから。

 椿たち二人は、両親が家の脇に何か作っているのは知っていた。だが、洗濯物の干場くらいにしか考えていなかった。
 ある週末の夕方のことだった。
 二人で学校帰りの道を歩いていると、遠くに見える家の前で母が立ち尽くしているのが見えた。椿が胡散臭そうに呟く。
「洗濯場、できたみたいだね」
「ホントに洗濯物干し場かな。二階にも洗濯物干場があるよ」
「じゃあ、近所のおっさんおばさんのたまり場?勘弁でっしょー。絶対嫌だから」
「ここであれこれ考えても無駄だよ。帰ってお母さんに聞こう」
 15分ほどで二人が家に着くと、楓はまだ家の前に立っていた。
 母が二人に聞く。
「どう、これ」
 葵が答える。
「洗濯物干すの?お父さん大工さん仕事上手だよね」
 椿は尋ねた。
「お母さん、まさか井戸端会議場にする気じゃないよね。それだけは勘弁してよ」

 楓は、二人を猫ルーム内に招き入れた。
「ここはね、猫ちゃんが安心してご飯を食べたり雨宿りしたりするところよ。苛められないように首輪もつけるし、ここに来てる証拠に写真も撮るけど、基本的に野良猫に 変わりないわ。自由に生きていくのよ、猫ちゃんたちは」
「病気の猫がいたらどうするの」
「できるだけ病院には連れていく。でもね、獣医さんに聞いたの。動物は最後まで精一杯生きる本能があるんだそうよ」
「本能?」
「そう、生きる、何としても生きぬく、っていう本能があるって。少々の怪我ならじっとしていれば治る子もいるし。傷が深かったり化膿していたり、産まれたばかりの小さい子は体力がないから病院に連れていきましょう」

 椿は涙が溢れた。あの時のことを母は忘れていなかった。
 本当は母も子猫を助けたかったのだ。
 助けられなくて苦しんだのは、自分より寧ろ母かもしれない。
 そんな母の心を推し量り、感謝の言葉を心の中で表す椿だった。
 母と椿を見て安心したのが、誰あろう葵だった。二人の間にわだかまりがあったらどうしようかと、ずっと心配していた。まして、あの時猫を助けられなかったのは自分が病院に行っていたのが原因だった、二人に申し訳ないと思っていた。
 葵もまた、重責から逃れたような気がした。

 亨は次の猫シーズンを待たずして、六月前に東側にも猫ルームを増設した。六月半ばから梅雨のシーズンが到来するからである。工法は、西側ルームと同じである。五月末は好天が続く。思ったより早く東側の猫ルームも完成した。
 仕切りにより猫ルームはいくつかのブースに分かれていた。自由な出入りと言いつつも、朝晩のご飯タイム兼見回りで、雄猫と雌猫は東西違ったブースに移された。
深野家一家は、自称猫保護用モビルスーツと呼ぶ作業用つなぎや、厚手の洋服にビニール手袋や軍手を重ねて、網を片手に猫を追いかけたり蚊帳を使って猫を捕まえたりした。 怒って逃げたまま二度と来ない猫もいれば、ご飯をあげると再び訪れる猫もいた。母猫御一行さまは、危険が無いからなのだろう、隅っこに隠れながらご飯を待った。

 庭に出れば、葉っぱの森があった。猫ルームに出入りする猫たちは好き好きに葉っぱを食べた。で、吐く。吐いた物を隠そうと、一所懸命土を掘る。あとは知らん顔してお散歩に出る、の繰り返し。猫ルーム脇と屋外、門周辺に何カ所か猫トイレを設置した。そこで用を足す子もいれば、所構わず、という子もいた。なるべく、トイレ躾だけは頑張ってもらった。成猫でも結構覚えてくれたし、子猫はほとんどが覚えてくれた。
 母猫子猫家族を住まわせ子猫が旅立つと、親猫も外に放した。また子沢山になったら保護するつもりで。その間、猫ルームの前には沢山のお土産が猫たちから寄せられた。カエル・鳥の亡骸等々。初めて見たときは頭の痛い思いだったが、猫の習性なのだと思うとそれも許せた。

 見るからに人間に虐待を受けたであろう猫もいた。スコップか何かで顔面を強打されていたのである。その子は猫ルームにやっとの思いで辿り着いたのだろうか。猫ルームの隅に蹲ったまま一カ月近くも飲まず食わずの日々が続いた。触らせてはくれなかった。化膿していたのかどうかも見せてくれなかった。心配で、毎朝毎晩様子を見た。身動きひとつ取らなかった。まさか・・・と思ったことも何度かあった。
 二か月近く経って、その子は自分の足で歩き、自分でご飯を食べ始めた。深野家全員、手の施しようがないと半分諦めていたので一家の喜びはひとしおだった。右目に後遺症が残ったようで少し目の位置がずれていたが、とても可愛い猫だった。大人しく、人間の言葉がわかるような仕草を見せた。深野家では、基本野良猫だけを出入りさせるつもりだったが、その子だけは長い紐を首輪に巻いて、門から外に出ることの無いようにした。「タマ」と名付けた。名付けの由来は特にない。一応、首輪に名前と住所と電話を書いた。

「タマ、門の外に出ちゃだめだよ、畑で葉っぱ食べておいで」
 深野家4人の言葉を守るかのように、タマは門の外に行くのを止めた。長い紐そのものは、門以上の距離まで歩けるような長さだったが、タマは言いつけを守った。
 成猫だったが、トイレもすぐに覚えたし、何より、人間同士の小競り合いがあると必ず現場に顔を出した。
「ニャウ~、ニャッ、ニャッ」
 喧嘩を窘めているように聞こえた。タマの声を聞くと、自然と小競り合いは収まった。
 とても頭のいい子だった。

 猫ルームには、猫同士の喧嘩で手負いの猫もやってきた。傷の浅い子は、保護室に隔離し傷が化膿しないよう観察を続け、少しでも化膿しかけるようなら別の保護方法に切り替えた。傷の深い子同様に、野良猫保護に理解のある獣医の下に車を走らせたのである。

 さて。実は、病院帰りの猫は他の猫たちと一緒にできない。病院の匂いがわかるらしく、周りの猫たちが警戒し唸ってしまうのだ。だから病院から帰った子の保護スペースも別室に設けなくてはならなかった。初めは知らなくて、どうして周囲の猫が唸るのか不思議だったが、病院に行くたび同じことが起きたのでわかったことだ。
 餌は、獣医に通うくらい衰弱した子を除き、大した物をあげていなかった。猫に悪いと言われる材料を除き人間のご飯を作る。その残りを猫たちに振舞う、それだけだった。飢えを凌いでもらい自然に命を全うさせてあげることができればそれで良かった。
 餌をあげることを快く思っていない人もいるようだったが、理由を説明してわかってもらえる人と何を言っても無駄な人がいた。猫嫌いの人に何を言っても無駄だ。猫が虐待されないよう、首輪と名札をつけ写真を撮ることを徹底した。

 実のところ、母猫が子供を産まなければ猫は増えない。母猫が寿命を全うすればその地区から猫が居なくなるからである。
 昔人にそんな知識はなく、いや、知識はあっても自然の中で命を全うできればそれでよしというのが一般的な考え方であり、多数派だった。ましてや、楓のような農家育ちは尚更のことである。

◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇

 同じ1975年、春。聖哉も中学生になった。
 子供が中学部に進学する記念の時期だというのに、天海の家では茂が浮気をしたという理由で、母が家を出ると宣言していた。近々新しい母と弟がくるのだという。
 聖哉は不思議に思った。父は恋愛に興味のない人間だ。浮気という言葉など似つかわしくもない。まして、父が母を妻に迎えたのは、母の冷徹なまでの頭の切れを気に留めたという噂を聞いたことがある。噂に違わず、ホームパーティでの母の立居振る舞いは完璧であり、参加した皆が褒め称えていたものだ。
 
 それでも、見栄っ張りで己の悪い噂を嫌う父と母が、浮気による離婚などというスキャンダルを受け入れること自体、聖哉には納得いかなかった。何か裏があるのかもしれないと思った。おおよその見当はつく。継母となるはずの女性が、父を騙したのだろう。天海の家系に巧く収まるとは、狡猾な女性だ。弟は自分より5歳下らしい。父は聖哉以外にも男の子が欲しかったはずだ。
 天海聖哉が何かの原因で人生を脱線したとき用に、スペアの男子が必要なのだ。

 聖哉としては、別に母など居ても居なくても構わない。母が何処へ行こうが自分には関係がないし、母が教えるはずもない。
 期日が来ると母は莫大な慰謝料と毎月の高額な生活費、馴染みの家政婦を自分につけることを約束させ、家を出た。喧嘩ひとつせずに。父と母の関係性は本当に面白い。
 母は聖哉には目もくれず言葉一つかけず、部屋を出た。家政婦は聖哉を可哀想に思ったのだろう、一瞬目が泳いだが主人の前でそれは口にできず、母の後を追いかけそそくさと姿を消したのだった。

 新しい母は、一見優しく接してくれたが、時折冷徹な表情になった。弟に会社を継がせるつもりなのだろうと、一目で見破った。別にどうでもよかった。
 継母と仲良くする気持ちもないし、弟も可愛がりたくない。
 これは浮気というより、母が二人目の妊娠を拒んだのだろうと推察された。父は感情に流される人間ではない。
 母もよく文句を言わなかったものだ。それだけ「男子を産む」のがストレスになったのだろう。いや、あの人は出産そのものが嫌だったに違いない。

 継母と弟は親子らしい生活を送っていた。継母は茂にも父としてのポジションを求めた。天海の家族は三人、が継母の考えだったらしい。
 三ケ月で人は本性を表すという。ご他聞に洩れず、継母は三ケ月ほどで次第に顔つきが変わり、あからさまに聖哉を差別し始めた。弟べったりの継母だった。それもそうだ。この弟がいなかったら天海の家に入ることができなかった。その代り、継母には邪魔者が出来た。血の繋がらない息子であり、天海の後継者である聖哉だ。継母は毎日のように、出て行けと言わんばかりの態度で聖哉に接した。家族が集まると聖哉を追い出すように勉強を仕向けた。客人に対する弟の自慢、聖哉の悪口。家の中で笑い声が聞こえるのは、独りでいるときに比べて思ったよりも辛かった。

 聖哉のことは総て家政婦に任せきり。一人は慣れっこだった。
 それでも楽しそうな家庭の音色を聴くに付け、聖哉は徐々に居場所を失って行った。前妻の子だから仕方がないのだろうと思いながらも、孤独な立場を認識するにつれ、聖哉の心の中には家族に対する憎悪の感情や寂しくて凍えてしまいそうな感情が交互に渦を巻いた。
 そんな日が続く中、いつしか聖哉の心の中には、この継母の幸せを奪いたい、いっそ殺してしまえ、という悪魔の声が囁きかけるようになっていった。
 実際にその場面を想像すると、胸がドキドキと高鳴るのを感じた。

 火を放って継母と弟を殺せば、二人は黒焦げになり跡形もなくなる。一番実行したい方法だった。しかし、誰にも気付かれないように灯油やガソリン家の中に持ち込みそれらを撒いて火をつけるのは難しかった。火気類は全て使用人が扱ってくれたからだ。夜中を狙えば結構な確率で成功するかもしれない。使用人は日勤だから、狙うなら夜か。
 弟だけなら首を絞めるのが簡単だ。まだ小学生だ。しかし、今の自分の握力で継母の首を同じように閉められるだろうか。論理だけならロープのような細い紐があれば圧力を分散させることなく閉められるはずだが、抵抗される力は強いだろう。吹き飛ばされる可能性もある。そうすれば、今度は聖哉が首を閉められることになろう。

 まあ、あの継母を奈落の底に突き落とすだけでいいなら、弟を葬るだけで十分だ。
 父が悲しむはずもない。突然継母と弟を連れてきたときに違和感があった。次に継母が妊娠したところで、男子を産む確率は五分五分だ。娘は要らないと明言する父にとって、娘を産んだ正妻ほど邪魔なものはなかろう。それなら正妻である継母を追い出し、また同じことを繰り返せばいい。損をするのは継母だけ、という簡単なシナリオ。
 それにしても、実母はそういったシナリオを全て計算していたのかもしれない。兎に角男子を産み、それが長子だったから今の生活があるというわけだ。なんとも計算高い母親だ。あまりの冷淡さに笑うしかない聖哉だった。

 放火にせよ絞殺にせよ、どちらにしても、だ。今の聖哉は刑事罰を受けなくても許される年齢のはずだ。実行するなら今かもしれない。
 ハタと、そこで現実的思考に立ち戻った。刑事罰を受けなくても、少年院行きは確実だ。多分、聖哉ほどそういった場所に似つかわしくない人間もいないだろう。そして作業を強要され、保護観察処分あたりでおさまるのが妥当な線か。
 聖哉自身は特に死刑も厭わないが、継母と弟に嫉妬した未熟な少年の衝動的な犯行、として新聞の三面記事に載るなど、聖哉のプライドが許さない。
 ああ、やめたやめた。
 デモ。

 いつ爆発するかワカラナイ、自分でもワカラナイ、モンスター、そう、モンスター。
 いつ衝動をばら撒こうか。
 いつ殺人ゲームを始めようか。
 ゲームを始めたら、もう後戻りはできない。
 ゲームオーバーとともに皆地獄に堕ちるのだ。
 いつどんなふうに悪魔が現世に蘇るのだろう。
 僕は悪魔に心を売り渡しても構わない。
 いつ爆発するかワカラナイ、自分でもワカラナイ、モンスター、そう、モンスター。

 目の前にちらつく、幻覚ともいうべき惨状。
 部屋の中を歩いていると、家族写真を床に落とした。写真には、祖父と茂、玲子、聖哉の四人が写っていた。聖哉の家族と呼べる人間。
 そういえば、生まれてからこのかた、ほとんど祖父に会ったことがない。天海の一族に祝い事があるときくらいだ。
 祖父は眉がきりりとしていて頑丈な身体つき。目を見ると引き込まれそうになる印象が残っていた。祖母は写真でしか見たことがない。早くに亡くなったのだそうだ。
 一人で祖父宅に行けないこともなかったが、家人に告げるのが面倒で訪ねたことがない。
 父と継母も結婚式を挙げたが祖父は来なかった。認めていないということか。あの人たちが祖父に認められていないとしたら、痛快だった。

 その後も、継母に疎まれ嫌味を言われ、弟には後ろから頭に石をぶつけられるなど、聖哉は蔑ろにされた。そのたびに、図書館へ行くと理由をつけて外出した。
 猫を探し、餌付けと称して毒餌を与えた。餌に液状の農薬を浸すのである。農薬は父の会社の倉庫から盗んだものを使い、瓶は遠く離れた場所に砕いて捨てた。足がつかないようにするためだ。瓶に貼られているシールなどは極力剥がしたりアルコールで拭き取ったりした。こういった部分から出所が判明しないとは限らないから。
 一度だけ、人が来る気配を感じ、瓶をそっと足元に置きその場を立ち去ったことがある。それでも、顔や背格好などは見られていないはずだった。

 聖哉にとって、虐待は恍惚感や高揚感を伴うものではなかった。
 事実、虐待後の姿は見ていない。そう、猫が餌場に集まってくるのを確認するだけで、毒餌を猫が食べたのか食べなかったのか、死んだのか元気なのかは確認しなかった。苦しんでいる姿を見ていれば何らかの感情が芽生えたかもしれないが、人に見られたらお仕舞だ。それに、その後の姿を確認するため同じ場所に行けば面が割れる危険性があったから、リスクを回避した。
 それにしても、継母は実母と違い、全てにおいて下品極まりない人間だった。パーティでのホスト役もろくにできず、外注した司会者任せ。話すことはブランド品や海外旅行。陰で昔からの株主さんが話しているのが聞こえたことがある。
「前妻の方は政治経済世界情勢と何でも話せたのに、残念だよ。これが反対ならわかるさ、後妻さんが完璧だっていうならね。天海さんも何を考えているのやら」
 そのとおり、継母は残念な女性だった。別に綺麗でもなければ賢いわけでもない。何も取り柄が無いのが取り柄といったところか。あとは、悪魔みたいな性格も取り柄だな、聖哉はそう思っている。
 それを物語るかのように、継母は平気で聖夜の頭や顔に傷をつけた。火をつけた煙草を頬や手のひらに押しつけられたこともある。その晩ばかりは、流石に考えが纏まらないくらい頭が混乱した。こっそりと夜に抜け出し猫を絞殺しようという手段を衝動的に使った。血が出ると家族に知れるので、刺殺は避けた。
 当時は動物虐待をマスコミなどが取り上げることもなく。性質の悪い悪戯くらいにしか扱われなかったようだ。
 聖哉自身の心の奥底には、人間への殺意が膨らみつつあったというのに。

第4章  ~出会い~

1976年、双子は中学2年の夏を迎えていた。
 仙台や泉の中学校の修学旅行は、行き先のほとんどが東京だ。椿と葵が通う中学校も、行き先は東京に決定した。
 内心、二人は心配していた。東京など遠くへの旅行となれば、旅行費も高くなる。両親に気苦労を掛けるのではないかと。
 しかし楓はきちんと旅行費を捻出し、小遣いまで準備してくれていた。随分と内職を増やしていたようだった。
「有難う」と何度も感謝の言葉を口にし、二人は身支度をそれぞれのスポーツバッグに詰め込んだ。

 翌日の早朝、亨と楓は車で泉から仙台の駅まで車を走らせ子供たちを送った。集合場所が仙台駅前だった。こんな大事な日まで寝坊する椿を叩き起こし、駅まで急ぐ。集合時間にやっと間に合った。無事、列車は駅を出発した。東京まで6時間余り。二泊三日の旅の始まりである。
 一日目は学校側が決めたルートを回った。はて、どこを訪れたのか椿は覚えていない。葵に聞いたが、実は葵も心ここにあらず。配布されたパンフレットを基に感想を書けばいいよ、と葵は苦笑いした。
 二日目は自由行動だった。二人以上のグループならクラス別でも問題ないということで、双子は二人だけで行動することにした。
 自由行動で二人が選んだのは、母に聞いたことがある街だった。猫が沢山いるのだという。猫を探しながら、二人は街中を散歩した。普通の学生なら、東京タワーやテレビで観たことのある後楽園に行くだろう。でも二人はそういう観光ではなく、兎に角、幸せに生きる猫たちの街が見たかった。

 母の言っていた町に着いた。そこでまさかのアクシデント発生である。
 風邪を引いたのか、鼻水涙目の猫が目の前に現れたのだ。
 しかも、仙台に連れ帰ることができないばかりか、ほんの少しだけの小遣いでは動物病院にさえ連れていけない。
 途方に暮れている双子の前に、たまたま通りかかったのが私服姿の聖哉だった。

 ここは港区の聖哉の自宅からも、世田谷の学校からも遠い地域だった。そんな聖哉が、なぜこの街にいたのか。無論、家での鬱憤を晴らすため猫に危害を加えるつもりだったからである。
 しかし、今回は予定が狂ったのを察した。
 同じ顔をした男の子と女の子が、猫を抱きながら自分に向かって意味不明の言葉を発し続けるのだ。

「ちょっと、ちょっと待って」
 聖哉は二人の喋りを制した。
「君たちが何を言っているのかわからない。見たところ、修学旅行生だよね。」
「よく修学旅行ってわかったねー。あたしたち東北から来たの。猫ちゃん探していたらこの子見つけたのよ。お願いだからしばらく預かってもらえない?」
 
 訛交じりに、言いたいことを言ってのける女子に、聖哉はむっときた。話しかけて欲しくない気持ちが上回っていたのだろう。
「君、ちょっと失礼じゃないか?僕と君は知り合いでもなんでもない」
 聖哉に話しかけたのは、勿論椿だった。思慮深い葵が見ず知らずの人に話しかけるわけもない。

 聖哉の表情を汲み、葵が椿を制止した。
「そうだよ、椿ちゃん。見ず知らずの人に頼むわけにはいかないよ。お母さんの知り合いが今もこちらにいるかもしれない。そこで預かってもらおうよ」
「そうね、お父さんに頼んでここまで来ればいいんだし」

 双子が自分から遠ざかり始めたので聖哉は焦った。今日の獲物はこの猫にしようと思ったからだ。
「預かるのはまた別の問題として、最初から論理立てて話してくれないと訳が分からない。いったい何があった?」
 能天気な椿が引っ掛かる。心配そうな葵を余所に、椿が成り行きを捲し立てる。
 ところが余りに興奮してしまい要領を得ない。聖哉は椿の口に指を添えた。
「黙りなさい」の合図だ。代わりに葵が順序立てて状況を説明した。
 自分たちが住むのは東北・仙台。猫を預かってもらうのは短い期間。できるだけ早く仙台から東京まで両親とともに猫を迎えに来るので預かり先があれば非常に助かる。

 聖哉は納得するような仕草を見せながら、頭の中でスケジュールとリミットを弾いた。これなら虐待して捨て置いても、急に居なくなったと知らせれば済む。
 しかし、保護する場所が問題だった。自分の家は無理だ。継母に許しなど乞いたくもない。かといって託せる友人知人もいない。
 仕方ない、ほとんど会ったことはないが祖父に頼もう。父が寄り付かないくらいだからよほど怖い人かもしれないが、ダメならその時考えればいい。祖父はこれまた高級住宅地として知られる世田谷区に住んでいるはずだ。通った幼稚園から中学まである場所とは違っていたが、同じ世田谷だったのは間違いない。
「そういう事情だったのか。それなら僕が猫を預かるよ。僕は天海聖哉と言います」
 葵は常に冷静だ。
「いえ、まず母の知り合いがこちらにいるのか探してみます。電話帳に載っていればある程度わかるだろうし」
「でも、その方の名前を知っているのかい?こちらに居ない可能性だってあるだろう。僕が預かる方が確実だ」
 聖哉は本来の目的をひた隠しに、陽動作戦に出た。
「さ、急ごう」

「預かってもらえるなら、あそこで段ボール貰おうよ」
 やはり椿は能天気だ。
 3人は、近くのスーパーに立ち寄り、不要になったダンボールを譲り受けた。
 感謝の言葉とともに頭を下げたのは、椿と葵だけだった。
 そもそも、聖哉には、感謝の念で頭を下げるという行為を要する場面が無かったのである。双子が頭を下げるのを見て、不思議に思った瞬間、椿の肘鉄が飛んできた。
「ちょっと、あんたもお礼してよ、貰ったんだから感謝しなくちゃ」
「え?」
 ようやく意味が分かった。そうか、普通はこうしているのか。妙に感心し頷く聖哉だった。
 双子たちは、持っているペンなどで箱に穴を開け空気が通るようにし、抱いていた猫を箱に移した。そして屋根代わりに蓋を閉める。椿は自分が持っていたタオルを猫のために箱の中に敷いてあげた。聖哉には、何故猫如きにそこまでできるのか内心理解できなかった。
 猫如きか、と内心呟きながら次に行動に移る。

 聖哉はタクシーを停め乗ろうとした。
 こともあろうに、拒否された。
 子供3人、段ボールから異音。運転手が怪しんだのも無理はない。
「しかたないな」
 先ほどのスーパー脇に合った公衆電話に戻ると電話帳で天海勝利の名を探した。電話したこともなかったから、番号など知る由もなかった。
 ふぅ、と一呼吸置き、祖父宅の電話番号を回した。
「榎並さん、ご無沙汰しています。茂の息子、聖哉です。これから伺ってもよろしいでしょうか」
「聖哉さま、ご無沙汰しております。お越しの件、承知しました。お車は如何いたしましょうか」
「今、練馬に居るのですがタクシーに断られてしまい困っています」
「それでは、南口のバス発着所までお迎えにあがります。少しお待ちください」
「ありがとうございます」
 3人はゆっくりとバス発着所まで歩き出した。

 しばらくすると、黒塗りの立派な車が目の前に停まった。
 椿が声を出そうとしたが聖哉が遮った。煩いからだ。何分走ったろうか。椿と葵の知る車の乗り心地とはだいぶかけ離れた印象だった。大きな屋敷らしきところで一旦車が止まると、門が開かれた。奥まで車が入っていく。
 椿にとっては目が飛び出るほど大きく立派なお屋敷だった。少し腰が抜けそうになるのを感じた。実際には抜けなかったが。
 テレビドラマに出てくるような、品の良く優秀そうな執事が3人を出迎えた。
「これは聖哉さま、お久しゅうございます」
「榎並さん、こんにちは。今日はお祖父さまにお願いがあって伺いました」
「それではお友達と一緒に応接間にてお待ちくださいませ」
 椿は部屋の中をきょろきょろと眺めるばかりで言葉も出ない様子だった。
 葵は、恥ずかしくて下を向いている。
 聖哉自身も、何年かぶりに会う祖父に対し、緊張の気持ちがあった。
 猫の件が有るから尚更である。

「緊張するなよ、二人とも」
「貴方も緊張してるように見えるよ」
 椿が突っ込む。
「まあ。少しはね。久しぶりにお会いするお祖父さまだから」
「じゃあ、お祖父さんのお家の住所と電話番号教えて。貴方の名前もね」
「椿ちゃん、彼はさっき名乗ったじゃない。天海聖哉さんって。名乗ってないのは僕たちの方だよ」
「あれ?そうだっけ?すごく前から知り合いっぽくない?」
「それは君の大いなる勘違いだと思う」
「ちょっとあんた、失礼なヤツね」

 その時。
 背後の空気が揺らいだ。途轍もなく大きなオーラを感じる子供たち。
 聖哉の祖父である天海勝利が、3人の背中を包み込むような温かみのある声で話しかけた。
「ずいぶん楽しそうにしているな。元気だったか、聖哉」
 驚いた聖哉の背筋がピン、と伸びたのが双子には解った。聖哉は立ち上がり、後ろを振り返って祖父に挨拶した。
「ご無沙汰しております、お祖父さま」
「元気そうで何よりだ。ところでどうした。そちらに居るのはお友達かい?」
 聖哉はかいつまんで今日の出来事の要点を話した。
「要は、猫を預かってほしい、ということだね」
「申し訳ありません。僕の家では難しいもので」
「わかっている。お二方のご両親がお出でになるまで預からせてもらうよ」
「初めまして、深野葵です。こちらは双子の姉、椿です。このたびのご厚意に感謝します」
「こんにちは、あたしは深野椿といいます。よろしくお願いします」

 聖哉が口を出す。
「本当に双子なのか?見た目はまだしも、性格全然違うぞ」
「うっ。ホントだけに文句言えない。あ、猫ちゃんダンボール何処行った?」
「あれ、椿ちゃんが見ていたじゃない」
「広すぎて覚えてないよ。段ボールから脱走したら家の中でパニック起こすかも。ああ、壁紙バリバリ襖バリバリ。まずいっ!」
「猫ってそうなのか?」
「そうだよ、猫はデリケートだから知らないとこにくるとパニックなの。あたしみたいにね」
「きみがいうと嘘っぽく聞こえるからやめてくれ」
「あんたっ!やっぱり失礼だわ。葵でさえ言ったことないのに」
 二人を諌めるように葵が間に入り、榎並は居間から外に出た。そして、段ボールとケージを居間に運び入れた。
 葵が感嘆の声をあげた。
「すごい。立派なケージですね。僕らはこんな高価なものは買えなくて」
「でもダンボールでも家になるんだろう?」と聖哉。
「なるわよー。猫は家に寄りつくっていわれてるの。でもあたしたちは違うと思ってる、ね?葵」
「うん。猫ちゃんによって好きな人間が違うことが分かったんだ。うちで飼ってる猫たちはね、家族四人で世話してるけど同じように世話しても特定の人にだけ懐くんだよ」
「そうなのかい?そりゃ初耳だ。僕にも懐いてくれるかな」
「どうかなー。あんたの行い次第じゃなーい」

 ここから引きずられるように椿との会話が始まった。その間、葵は猫の様子を見ていた。
「ホントに失礼だな。僕が通りかからなかったら君たちは困っていただろう?」
「ごめーん。その代りにマイ猫ちゃんの話聞いてくれる?」
「それは困ってる話と関係ないじゃないか。脈絡ないな」
「そこがあたしのいいところだもの」
「どこがだ」
「天真爛漫ってやつよ。ねー、それより、マイ猫の話聞いてよぉ」
「わかったよ。話してみろ」
「ある日ね、学校の前に段ボールがあったの。それもあたしより背が高い段ボール。でもそこから猫ちゃんの声がするじゃない。びっくりしたわよー。」
「でも背が高い箱なら中が見えなかっただろう」
「そう。で、先生に頼んで箱の中見てもらって。黒猫ちゃんが三匹いたの」
「みんな黒猫?」
「うん、みんな。でもね、尻尾の長さが三匹とも違ってて。ウサギの尻尾みたいに短い子、中くらいの長さでカギ尻尾の子、すらりと伸びた尻尾の子」
「多分兄弟猫だろうけど、不思議と違うんだな」
「でしょー。で、三匹まとめて学校鞄に入んないし。父さん呼んで家まで帰ったの」
「家には猫を飼う場所があるのか」
「あ、言ってなかったね、うち、猫ルーム付の家なのよ」
 椿がお腹を突きだして、どうだ、と言わんばかりの顔をする。今でいうところのドヤ顔だ。

「猫ルーム?」
 猫を可愛がるなどできなかった聖哉は驚きを隠せない。
「外から来た猫ちゃんたちはその部屋を自由に使えるの。嫌になったらお暇するし、雨が降ったらまた来るわ。病気の子は隔離したりするけど、基本自然猫ルーム。盛のつく時期はさすがに子猫ちゃん増えないように東西に雄雌隔離するけどね」
「すごいな。親父さんは獣医さんなのか」
「ううん、お父さんはタクシーの運転手兼なんでも屋さん。お母さんは専業主婦兼なんでも屋さんかな」
「そうか。餌代とか結構かかるだろう」
「まあね、でも自分が少し我慢すればご飯あげられるって思うと我慢できるよ」
「そしたらお腹が空くじゃないか、大変だよ」
「大変じゃないよ、楽しい。で、マイ猫の話だよ。黒三匹を目の前に、家族四人で家族会議開いたの、黒に因んだ名前にしようって。いくつか候補挙げて決選投票したのさー。」
「で、名前は?」
「ひじき、しじみ、あさり」

 しばらくの沈黙。そして、聖哉の大笑い。
「どうして食べ物の名前なんだい?もう少しこう、可愛いのとか外国風とかあるだろう」
「たぶん、黒いもので食べたいものの名前が集まったのね」
「あさりって黒い食べ物か?」
「あさりはね、首と足に白い模様が出てたの。もしかして大きくなったらサビ猫になるかもってお父さんがいうからあさりになったのっさー」
「サビ猫?」
「猫の模様らしいよ。まだら模様みたいなの。でも同じ模様は二つとないって。だから好きな人はすんごく好きなんだって」
「へえ、そうなのか。ペットショップだといろんな種類いそうだけどな」
「ペットショップで血統書付いた犬や猫欲しい人の気持ちもわかるけど、野良を優先して欲しいよ、あたしとしては」

 聖哉は自分の身に重ね合わせて答えた。
「野良もまあ、わかるけど。ペットショップの彼らにとっては、どんな人間に買われるかが一番の問題だろうね。買った人間が可愛がらなかったら飼われた意味がない」
「それってさ。動物だけじゃないかもしれないね」
 聖哉はドキリとした。
「どういう意味だ」
「友達にさ、いたんだ。新しいお母さん来て妹生まれて。口にはしないけど、余り可愛がられてないみたいで。お金持ちだったからきっと高いお洋服着ているはずなのに、ボタンが取れかけていたり袖口汚れていたり。ちょっと前に噂聞いた。中学入って、素行良くない人たちと付き合い始めたって。髪も金髪にしてパーマ掛けて」
「不良ってやつか。不良になれるならまだいいさ」
「そうかなぁ。なんかガラ悪くて近寄りがたいよ」
「そうか?ワルい学生風で人気って聞くけど。僕の中学はそんな素行バレたら、かなり厳しい罰食らうからあまり見ないけどね。それでも、不良になってその恰好を親に見せつけてやれるなんて、羨ましい限りだよ」
「そうなの?猫にしか興味ない田舎娘にはわかんない世界だわ」

「幸せな家庭にいるからわからない世界なんじゃないかな」
 聖哉は椿に聞こえないように向こうを向いて小声で呟くのだった。
 猫を虐待できず残念な思いが残りつつも、椿や葵と話すことで、楽しい、ほっとできる、そんな今までにはない不思議な感覚を覚えた聖哉だった。お互いに言いたいことをいい、押したり引いたりして会話が続く。これが友達なんだろうか。こんな会話は生まれて初めてだ、そう思った。

 祖父の勝利は孫の成長を喜んだ。
 孫は情けの心を持ち合わせていると。猫の保護を振り出しに、他者へ情けを掛けることを学ぶだろう。
 家での茂や継母の動向に関し、茂宅の執事や家政婦を通して報告を受けていた祖父は、聖哉が自宅で猫を保護できないことを知っていた。そこで、双子が引き取りに来るまで自宅で預かり、獣医師に猫を診察させ治療することまで約束してくれた。
 椿と葵は修学旅行の真っ最中だったため、ホテルに戻らなければならない。猫との名残を惜しみ、勝利と聖哉に感謝しながら邸宅をあとにする二人だった。勝利は車でホテルまで送らせた。道に迷うと集合時間に間に合わないからである。
 その日は金曜日だった。聖哉はとても疲れた。今までほとんど同年代の生徒と会話したことがない上に、椿の大胆さや己の衝動が身を潜めていたからである。家に帰っても辛い思いをするだけだから、なるべく家から離れたかったし、明日は学校の都合で休みだったため、わざわざ遠くの地に的を絞ったのである。今晩はどうしようか考えていたところ、祖父が宿泊を勧めてくれ、家には執事の榎並が電話してくれた。双子との楽しい会話に心弾んだ聖哉は、家に戻らなくて済むと思うとほっとした。
 祖父も聖哉の疲れを感じ取ったようだった。
「今日はもう休んで、今度彼らが来たときに色々な話をしよう」
 そう、声をかけてくれた。
 その声が夢の中で聞こえるほど、聖哉のカルチャーショックは大きかった。

 土曜日に仙台に戻った双子は、朝方勤務を終えた父に、事情を話し無理矢理お願いした。朝方勤務終了ということは夜通しタクシーを運転している。普段なら体を休めるところだが、猫を余所に託しているという事情を見過ごすわけにはいかない。
 亨は家族全員に、普段長距離を走るときは二時間ごとに休憩を入れているが、今回は二時間ごとではなく、一時間ごとに休憩しながら東京を目指すと伝えた。葵は父が休みも入れずに運転するのが申し訳なかった。
 しかし、普段より休みの回数を多くするという。そこでやっと安心した。
 能天気娘、椿は父を心配しながらも聖哉にまた逢えるという微かな歓びを抱いている自分を不思議に感じていた。そう、恋というには全く違った想いだったのだが。

 聖哉に聞いた世田谷の住所まではだいぶかかりそうだった。ましてや休養しながらの旅なので時間もかかる。到着までだいぶ道に迷う一家だったが、約束時刻に間に合うべく道を急いだ。
 その時間に合わせ、祖父から呼ばれた聖哉。今の自分にとって、親の顔色を気にしなくていいのは祖父からの命令だけだ。気楽な気持ちで祖父宅に向かった。
 待っていた聖哉の前に現れたのは、今までに乗ったことのない、小さいけれど愛らしい顔をした古めかしい車と粗末な服装の一家。先に双子と会ったときは制服だからわからなかった。周囲にそういった連中が住んでいない聖哉は、素直に驚いた。でも、見かけで人を馬鹿にしてはいけない。ここは祖父の家だから。
 そんな聖哉を尻目に、祖父は車を見て喜んだ。
「この車。私も当時は憧れたものです。年代を重ねてもキュートな車ですな。たぶん、何十年経とうとも需要がある車になることでしょう。良い車を手にされましたね」

 聖哉の考え方もすぐに変わった。
 祖父の話に応えた亨と楓の眼と話しぶりを見たからだった。お金持ちでなくても、高級な洋服や高級な車を持たずとも、幸せな家庭があるのを感じた。
 双子の両親は温かい人たちだ。何に対しても情け深い心を持っている。それでいて簡単に諦めることの無い芯の強さ、そんな信念を持ち合わせているように思えた。
 だからこそ、こうして一匹の猫のために遠路はるばる東京まで来たのだろう。ガソリン代を考えたら割に合わないような気がするが、自分たちのご飯代を削ってでもガソリンに代えたのだろうな、と思った。
 猫の治療をしてもらえたことを知り、祖父に何度も何度も頭を下げる一家。ピーピー騒ぐ椿を優しくたしなめ、四人で猫を可愛がる光景。
 立派な物に囲まれながらも、暗く寂しい生活を送る聖哉には、心底羨ましく感じられるのだった。

 片や、立派な屋敷と車に己の粗末さを恥ずかしく思いながらも、亨と楓は心からの謝辞を述べた。慌ててそれに倣う子供たち。
 楓は、ほんの一握りだけ、猫の餌代としてお金を準備していた。
 こんな立派な屋敷とは知らなかったから、出そうとしたが恥ずかしさに負けてしまい、言い出すタイミングを失っていた。
 亨がそっと楓の背中を押しながら、勝利に切り出した。
「心ばかりですが、預かっていただいたお礼です。受け取ってください」

 勝利は微笑むと、お礼を固辞した。
 両親の優しさは子供たちに通じ、子供たちは両親の背中を見て育っていく。勝利は猫を預かりはしたが、お金のためではない。孫と、双子が弱きものの対しての情愛を覚えてくれたのがうれしかったからである。その対象が今回は小さな動物であっただけで、これからは人々に対しても同じようにできるであろう。情けは人のためではない。回り回って自分のところに帰ってくる。だから勝利はお金を受け取らないという。金額云々の問題ではなく、子供たちの成長を祈って。

「聖哉。それから椿さんと葵くんといったね。君たちも知っておくといい。情けは人のためならず。大切なことだからね」
 亨と楓は、自分たちが出逢ったときに亨の会社の社長が口にした言葉だとすぐに思い出した。
 勝利は子供たちの方に向き直った。
 情けとは君たちが今回お互いに助け合ったことだが、要らぬ情けもあるということを覚えておくと良い。動物と違い、人間に対して余計な情けの一線がどこにあるのかは難しいだろう。こう考えるといい。助けたことによって、相手が自分に依存する。それは余計な情けだ。人間も本来は動物なのだから自分で生き抜く本能を持ち合わせているはずだ。それなのに人に頼りすぎるとすれば、それは甘えや他の邪悪な念によるものだと思って間違いない。難しい話だろうから、お父さんとお母さんにもう一度聞くといい。
 聖哉はすぐに祖父の言いたいことが理解できた。普通の中学生にとっては難しいかもしれない。双子の顔色を窺う。葵は理解している表情だった。椿は、推して知るべし。脳天気な姫君は、猫にしか興味がない。

 子供たちへの訓えを聞き、亨たちは頷き、勝利に一礼した。
 勝利が続ける。
「きみたちにもう一つ教えておきたいことがあるね」
 三人の子供たちが聞き入った。
「動物の世界には弱肉強食という抗いようのないルールが存在する。それは自然の中で自分たちの子孫を残すために必要な手段だ。強いものが弱いものを食べつくしてしまったらどうなると思う?」
 椿が応じる。
「食べるものが無くなります」
「そうだ。そうなれば、共食いになる恐れがあるね。共食いしてしまえば自分の子孫を残すという大前提に背くことになるから、必要以上の狩りをしないのが動物ということになる。」
 聖哉が尋ねる。
「動物はルールを本能的に守っていますね」
「そう、本能的に、だ。ところが、動物の中で本能を忘れた種がひとつだけある。」
「もしかしたら、人間ですか」
「ご名答」
「そう、人間だ」
 人間だけは何か理由をつけて戦争を起こす。種の保存の本能を忘れたのかそうでないのか、まだまだ分からないところが多い。
 また、人間は何かしらの目的を欲し達成し満足すると、今度はそれ以上の目的を欲する。これが他の動物と違うところだ。動物なら満足すれば狩りを止めてしまう。これが勉学のような内容なら構わない、それ以上に知りたい、上手になりたい、早く走りたい、そういった目的は都度更新されるものだからこれもまた本能なのかもしれない。
 一方で、本能的でないものがある。目的を達成する過程で自分が歩んだ同じ道を歩いている者を見下すようになる人間がいる。自分が過去に経験したにも関わらずにね。
 いい例が、ダイエットだ。太っていた男性あるいは女性が痩せて綺麗なスタイルになる。すると、太っている人たちを見下すようになる。それは翻せば、過去の自分を否定したい心理も手伝ってのことかと思うのだが。お金にも同じことが言える。貧乏から金持ちになったと認識した人間は、貧乏な人間をあざ笑う。自分の苦労を忘れてな。さっきの話と照らし合わせれば、その人間は自分が貧乏だったことを忘れていないのだろう。やはり、忘れたかったり認めたくなかったり、そんな心理かもしれない。
 
 椿は納得できなかった。
「でも、自分が歩んだ苦労が解るなら、その人を手伝えばいいじゃないですか」
 葵は、静かに椿を諭す。
「椿ちゃん、人間は業の深い生き物と呼ばれているんだ。妬み、貶め、辱め。嫉妬や侮辱は自分を守ろうとするからこそ生まれる感情じゃないのかな。そのために自分が優位に立とうとして卑劣な策を練って相手を貶めるのだと思う」
 
 勝利は目を細めて葵を見る。葵の聡明さに将来性を見い出したようだ。
「葵君は大人しいが、しっかりした考えを持っているね。人間はね、職業や地位・名誉、あるいは見た目に下賤や上品などの区別などない。上下関係であるかのように勘違いしている輩は多い。人間に上品な何かがあるとすれば、それは心だ。清い心で社会に奉仕できる、どんな小さな命をも大切にできる、そういった思いやりこそが、人間が生まれた意味だと私は考えている。ちょっと難しいが、ぜひ君たちにも理解してほしいと願ってやまない」
 子供たち三人は、姿勢を正し一礼した。ただし、心の中は三人三様。
 椿は意味が解らずに。
 葵は尊敬の念を込めて。
 聖哉は、祖父がどこまで知っているのかわからないという畏怖の念を抱きながら。

 勝利は深野家一家に宿泊を勧めたが、次の日仕事が入っていることから夜通し車を走らせ帰ると答えた亨と楓。丁重に申し出を断りつつも、心から感謝する言葉と礼儀を欠かさずに、一家は東京を後にした。

「行ってしまったな。お前だけでも今日は泊まっていってくれ。先日もあまり話ができなかったから」
「はい、お祖父さま」
「先ほどの余計な情けの話、あれはお前だったら大体わかっただろう」
「はい。今まで嫌というほど見てきましたから」
「普通なら見ないで済むものをお前には見せている。済まないな」
「とんでもないことです。社会の一端が見えるのは大切ですから」
 
 勝利は、ふうっとため息を漏らした。安どの溜息ではない。心配事がある、聖哉は祖父が心配事を抱えていると感じた。
「今日泊まってもらったのには、もう一つ理由がある」
「どういった内容でしょうか」
「実のところ、昔からお前をこちらの屋敷に引き取ろうかと思っていた」
 聖哉は驚いた。
「でもな、お前の父が気難しくお前を引き取ることは無理だった。お前の成績が良すぎて跡取りに対する執着がますます強くなっていき、取り付く島さえなくてな。今なら、弟もできたしお前の父が許すかもしれない。そうしたら私と暮らさないか」
「ありがとうございます。お気遣いいただき、心から感謝します」
 聖哉の本心だった。
 今日の聖哉は、猫を虐待したいという気持ちが無かった。
 祖父を前にしたからではない。
 あの貧乏そうな家族に優越感を持ったわけでもない。
 かといって、施してやりたいという上から目線の気持ちもなかった。
 あるのは、円満そうな家庭が羨ましいという本音だけだった。

 勝利が眉を片方だけ上げながら聖哉に尋ねた。
「あの家族が羨ましいか」
「はい。もし自分で出自を選べるなら、あのような家庭に生まれたかったと思います」
「そうだな、素晴らしい親御さんだ。相当な苦労があるだろうに、笑顔を欠かなさい。聖、お前はこれからあのような大人を志しなさい。お金の有る無しに関わらず、だ。
 お前の父も生みの母も根が悪い人間ではないが、高貴や下賤といったことではなく、物質的な上下関係を重んじる人間になってしまった。上下関係など、何もならないと私は知っている」
 祖父は穏やかな口調で続ける。
「私は戦争も体験したし、色々な自然災害も見てきた。非常事態時の下では、上下関係など取るに足らないどころか足手まといになるものだ。情けこそが、人々を支える原動力となる。甘やかしは人を駄目にしかねない。そこで完結するからだ。解るか、聖哉」
「はい、お祖父さま」
「情けは回り回っていく。自由経済の金銭と同じだ。回れば回るほど、みなが潤うというわけだ。いいか。敢えてもう一度言う。情けなくして世の中を渡ることは哀しいことだ。これから色々なことで迷うだろう。その時は情けという言葉を思い出しなさい。先ほどまでの温かみに触れることができるはずだ」
 聖哉の目から、一滴の涙が零れ落ちた。
 物心ついてから今まで、一度も泣いたことがなかった。
 常に冷静冷徹を装い、学校でも無駄に動くことは無かった。
 特に親の前では挑戦的なまでに顔色一つ変えず生活してきた。
 聖哉は自分が覚えている範囲で初めて、人の前で涙を流した。

第5章  6年間

1978年、泉市。双子は中学3年になった。
 葵も椿も常に学年上位の成績だった。面白いことに、二人の成績順位はいつも連動していた。二,三位。一,二位など。順位が下がった時も一緒で、八,九位など。順位が離れても教科で同じ点数を取ったりと、妙なところが学内でも話題となっていた。二人に足りないのは、あろうことか運動神経だけである。

 6月に、宮城県沖地震が起きた。
 泉の自宅及び猫ルームには被害が無かったが、ライフラインが止まった。猫たちにはあまり関係ないようだったが、猫に分け与えるご飯が作れなかった。ご近所同士声を掛け合って、助けてもらった深野家。
 有難かった。少しずつ、猫ルームの実態を知る人々が増えてきたのだと喜んだ。今でも眉を顰めるご近所さんは多かったから。

 夏場の進路相談の際、楓を含めた三人は教師から奨学金を使った高校進学を勧められた。成績優秀というのが第一条件だったらしく、選考枠もあるという。三人は聞いた瞬間、申し込みを決めた。
 奨学金の選考は無事通過した。
 問題は、入学する高校である。
 公立高以外の私立高校になると、奨学金を使っても進学は難しかったから公立高校しか選択肢はなかった。
 成績的にはナンバースクールと呼ばれる男女別学の難関高校も合格圏内だった。教師はナンバースクールを勧めた。二人とも県内第一の成績を誇る男子高・女子校に入れる実力があったからだ。一人でも多くの学生にナンバースクールで勉強して欲しい、という教師の説得は理解できた。
 当時の市内には三つ、其れなりの学力で入れる男女共学校があった。
 しかし、南北学区制を取り入れていたため、二人が志望出来る共学校は二校に絞られた。もう一校も越境して通学できたのかもしれないが、二人は自宅から一番近く通学にお金のかからない学校を選んだ。相談して決めたのではなく、お互いが別々の場所で同じことを考えていたのである。双子には、そういったテレパシーのようなものがあるという人もいるくらいだ。今回は、見事にテレパシーが通じたようだ。

 三者面談のあと、猫ルームでひじきの尻尾を撫でながら葵が口に出した。
「椿ちゃん、どうするの。あの女子校に、って先生に言われなかった?」
「葵こそ。先生にあそこの男子校行けって言われたでしょ。」
「言われた。でも行かないよ。行く理由がないから」
「ナンバースクールよりさ、共学校志望だよ、あたしは」
「うん。僕は近くの共学校に行きたいと思う、椿ちゃんと一緒に。あそこなら自転車で行けるよね。帰りも早くして猫ルーム手伝いたいし」
「そうね、決まり。別学は却下。共学に決定」
 二人の学力を知っていた両親はがっかりした様子だった。特に楓は、自分が学力以下の学校で寂しい思いをしたのを思い出した。
「本当にいいの?後悔役に立たずよ」
「お母さん、それいうなら後悔先に立たず」
「役にも立たないわよー。いいの?ホントにいいの?」
 葵がひじきを抱っこしたまま楓に頭を下げた。椿がしじみとあさりにも一緒に頭を下げる仕草をさせる。
「高校行かせてもらえるだけで幸せだよ。猫ルーム手伝うのも大事だし、ナンバースクールは行かない」
「あたしもー。葵と一緒なら寂しくないもん。女子校よりいいよ」
 亨と楓は折れた。
 自分たちの希望こそあれ、押し付けは良くない。自分で選んだ道を全うするのがこの子たちのためなのだろう。その先に何が待ち受けていようとも。
 何より猫ルームへの気遣いがすごいことに両親は驚いた。お金は別として、保護しているという責任感が溢れて見えた。この子たちにとって、命を扱うことが一番大切なのだろうと納得した二人は子供たちを信じ見守ることにしたのだった。

 高校入試の結果は無事、二人とも合格である。

 高校に入ってからも、試験勉強に苦労することは無かったので比較的楽な高校生活だった。家からも近いといえば近い。それでも何キロかの道を、冬の道路凍結時以外は自転車で通った。自転車に乗れないような悪天候のときは歩いた。自分がバスに乗るお金があったら猫のご飯になり猫の治療費用になる。それが双子の口癖だった。
 学校では特に部活動への参加を強要されはしなかったが、巷の噂では、部活動で優秀な成績を収めると内申書の内容が変わるのだという。要は、大学受験に有利になるということだ。噂の真偽は謎のままだ。もし本当なら、みんな部活動に汗を流すのだろう。
 
 双子の進学した高校では、入学して半年を過ぎたら、新規の部活動申請ができる仕組みがあった。
 ある日、椿が昼に葵の教室に入ってきた。周囲はびっくりしている、そんなことに構わない椿。
「ね、葵。サークル活動申請しない?部活と同格の」
「どんなサークル?」
「猫ルームボランティア活動よ。部活室を申請して、学校のある日は活動内容の詳細まとめたり、収支決算したり、猫たちの里親募集ポスターとか作ったり。休日の活動先はうちの猫ルーム」
「それはいいね。別に面倒見るのは僕たちだけでもいいけど写真撮ってもらったりすれば有難いね。里親募集の方法とか、今の僕たちに足りないところを補充してもらうにはぴったりだよ。申請目的もきちんとしているから、社会奉仕活動として認められると思うよ」
「でしょ。我ながら名案だわ」
「椿ちゃん、良いところに目をつけたね」
 3カ月が経過するのを待ち、即座に二人はサークル活動の申請を行うため担当教員を探した。

 その名も「猫部」
 椿の命名だったが、葵は事前に知らされていなかった。葵は頭を抱えた。
 早速教員から「承認不可」の一言。ここで引き下がってはいけない。
 葵は帰宅せずに教室の中で、猫部の必要性を箇条書きに纏め始めた。それをもって教員に談判しようというのである。
 椿に喋らせてはいけない。事が捻じれるだけだ。申し訳ないと思いつつ、箇条書きに纏めるフレーズを探す葵。

猫部申請理由
 ・深野家では、1975年から猫の保護活動を行っていること
 ・猫の保護活動は、ひいては命の大切さや、動物が生きる権利を助ける大事な活動に成り得ること
 ・サークル室では、猫たちの里親募集ポスター作製及び寄付金の収支決算、活動内容の詳細を纏めること
 ・休日に活動が認められた場合は、深野家にて猫の写真を撮ったり猫の世話をするなど、ボランティアにて行うこと
 ・猫嫌いの人々から寄せられるクレームを整理し、活動の在り方を常に思考していくこと
 ・この活動は、社会活動の一端として、目標を掲げ行うものであること
 これらの活動は社会貢献活動でもあり、是非、承認をいただきたく、ここにお願い申し上げます

 葵は、そのワンペーパーを持って、教員の元に急ぐ。
「先生。この活動は、決して華やかなものではありません。でも、命を粗末にしない、保護した猫には里親を見つけ譲渡する、そして寄付金の収支決算することでお金の出入りが解り経済活動というものを間近にすることができます。経済観念や社会奉仕の面においても、将来、必ず役に立つと信じています」
 葵の熱弁は教師の耳に届いたのだろうか。
 職員室に行くと、先刻の教員が待っていた。そして二人に、職員会議室に来るよう命じた。
 椿が葵に囁いた。
「問題大きくしちゃった系」
「臨むところさ。決めたことだから引き下がらないよ」
「おうっ」

 職員会議室に入るのは、無論初めてだった。
 流石に、校長をはじめとした教員を目の前にすると二人は緊張した。
 しかし、部の名前を詫びたうえで、葵は先ほどと同じ話を繰り返した。複数の教師から質問が飛んだ。
「どこから拾って保護しているの?」
「自分で家に来る親子猫もいます。子猫が大きくなると自然に親子が姿を消していきます。比較的体の弱い子や人間が触ったりすると母猫から見放されるので、自分たちで面倒を見ていました。あとは怪我をしている猫や弱って餌を探すことができない猫たちを保護しています。あとは近所で拾われた猫が家に来ることが結構あります」
「どうやって里親を探すの?」
「家に居る猫たちの写真を撮ったり、実写が得意な人に描いてもらったりしてポスターを作ろうと思っています」
「猫を売ってお金を取るということ?」
「いいえ、里親さんからお金は頂きません。ただ、虐待目的の譲渡を防ぐため、医療費及び餌代として寄付を募ります。ボランティア活動の一環ですから」
「じゃあ、ほとんど赤字だよね。誰が補填するの?」
「我が家で保護している猫たちですから、赤字は我が家で補填します」
「それで経済活動を学ぶことになるの?」
「ポスターやチラシなどを製作して広範囲に配布し寄付を募る。そして、もし黒字になったらサークルがそれを管理する方向で考えています。僕自身としては、黒字も確かに大事ですが、寄付を募ったり必要物資を調達しそれを収支決算することで、経済活動の実態を少しでも把握することが一つの目的です。世の中の経済は出る物と入る物で決まります。小さな経済活動を毎月経験することでその後の経済活動への道筋がつくと考えます」
「社会活動の一環として行うとあるけど、実際にはどういう活動になるんだね」
「はい、二つ目の目的は社会奉仕です。動物の里親を探すというボランティア活動を通して、社会奉仕に携わる。この二点を論じ合いその都度目標を設定することで活動を活発化させたいと考えています。」

 その日は職員会議から締め出された二人。
 心配ながらも、決定を待つしかなかった。

 1週間後。
 どうにか、サークル申請が認められた。
 否定的な教員も多い中、社会奉仕の部分が最後の突破口となり、サークル活動開始決定の知らせが椿と葵の元に届いたのである。

 早速、椿はサークル活動に参加してくれる人を募集するためポスターを作って校内に貼った。
 昼休みには、椿が放送室をジャックしてサークルの説明を行うなど、過激な一年生として有名にもなった。
 しかし、放課後はダッシュで家に帰るため、朝と昼しか募集の時間はない。こじんまりとした部屋を準備してもらい、朝と昼はそこで待機し手伝ってくれる生徒を待つ日々が続いた。
 三日、一週間、サークル室を訪ねる生徒は一向に現れない。

 昼ご飯を食べ終えた椿は天井を見上げた。自分の発案だったから、内心、期待していないといえば嘘になる。
 これが現状なのだろう。サークルへの勧誘期間は一カ月。その後は随時入部となっている。期待しないで自分の出来ることをしようと思った。
 そうして一カ月が過ぎた。楓の手作り弁当を食べ、もうポスターをはがす時期かなと、椿は掲示板のある一階へ向かった。そしてポスターに手を掛けた瞬間、後ろから声を掛けられた。
 そこには、女子が一名、男子が一名立っていた。
 話によると、放課後にサークル室に行ってもいないし、昼は忙しかったため椿たちに連絡がつかなかったのだという。
 放課後の状態を説明し詫びた椿は、サークル室へと二人を誘った。

 昼間は弁当がてらサークル室に待機している椿と葵だったので、すぐにお互い自己紹介した。
 葵は、サークル設立の要旨と活動内容を記した用紙を手渡し、賛同してくれるならまたここに来てほしいとお願いした。
 男子生徒も女子生徒も、用紙を複数欲しいという。五枚ずつ渡した。
 活動内容が地味だから、余り集まらないのはわかりきったことだ。でも、一人でも多くの人に趣旨をわかって欲しかったから、椿も葵も嬉しかった。
 次の日、サークル室には昨日の二人を含め一年生が5人集まってくれた。

 実は双子が一学期の中間試験と期末試験で学年ワンツーを独占していたことから、二人の名前は学年中に知れていたのだという。
 それが急に「猫部」などというサークルを立ち上げたものだから、怖いもの見たさあり、変人扱いするものあり、というのが校内の評価だったらしい。
 来てくれたのはほとんどが女子だった。運動部で名をあげれば内申書が加点される。普通ならそちらを選ぶのは当然だ。
「自己紹介で今日は終わりだね」
「明日から、僕が放課後残ってみんなに活動方法を考えてもらおうと思います。椿ちゃんは家の方でみんなが活動できるよう片付けて。僕は活動メニューと活動スケジュールを作るから」

 昼休み解散のあと、椿と葵はほっと一息ついた。これからどうするか、どうすれば活動が長続きするか。それなりに息の抜けない状況である。やるからには半端にしない。
 二人は右手でつくった拳骨をコツン、と合わせた。
「やったね」
 椿が笑った。

 それから3年間、二人を主体としたサークル活動は続いた。
 サークル活動を進めるためには里親募集が不可欠だった。よって、学校側に特別に許可を得て、校内掲示板に里親募集コーナーを設けた。猫の写真を見たからだろうか、徐々に校内でボランティアに名乗りを上げてくれる生徒が出てきてくれた。
 男子生徒が増えたのが驚きだった。
 みな動物好きの人で、家が動物病院だという先輩は、獣医を目指していたので動物の扱いには手馴れていた。男子が増えたのはそういう理由だったようである。そういった男子生徒からは、病気などの専門的な知識を得ることができた。それも深田家の猫ルームにとっては大きな収穫だった。

 また、女子生徒は事務作業の傍ら猫ルームを清潔にしてくれる。実は綺麗好きの猫にとって、これほど嬉しいことは無い。女子生徒たちが来てくれると、足音でわかるらしい。猫たちは猫ルームの真ん前で一列に並びまるで女子生徒が来るのを待って敬礼しているかのようだった。
 皆が、微笑ましくて笑った。写真に撮らずにはいられない光景だ。
 カメラ好きの生徒は、そういった写真も含め活動内容を写真に撮り、校内で披露した。

 学園祭の主役は、なんといっても里親を探す猫たちである。
 学園祭の執行部を通じて学校側に許可を取り、猫たちを実際に見てもらうことに決定し、ケージの手配が必要になった。猫ルームでは余程の病気でない限り、ケージを必要としなかったからである。
 家が動物病院の先輩が、割安のケージやお古のケージを譲ってくれた。学内で寄付も募っていたので、寄付金はケージ代に充てた。
 学園祭の朝、亨や生徒たちの親御さんに頼み、里親を見つけられそうな猫たちを何台かの車で運ぶ。室内だと猫アレルギーの人に迷惑を掛けるということで、校庭の片隅に何張りかテントを借りて、猫たちがスタンバイする。

 休日の学園祭と言うこともあり、学校近辺の人も学内に入る。学内のポスターや楓が拵えた猫の着ぐるみで校庭に人々を案内する。
 やはり子猫の人気は高かった。とはいえ、大きい猫でも人馴れするし、トイレ躾できることも知っていたので椿としてはいささか残念な思いである。

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 椿と葵にとって、勉強にサークル活動にと、あっという間に過ぎていった3年間だった。
 卒業式の前に、後輩から連絡が来た。サークル活動はこのまま続けたいから猫ルームに出入りさせてほしいという。後輩たちがボランティアの約束をしてくれた背景には、社会奉仕という点で、運動部と同様に学内での評価が高くなるという利点も少なからずあったようだ。だから今後もお手伝いの人は集まってくれるだろう。そこは安心できた。
 深野家は喜んでそれを受け入れた。一人でも多くの人に現状を知って欲しかったし活動にも目を向けて欲しかった。そのためには、やはり広報活動が欠かせないのだと感じていたから。

 高校卒業を控え、双子は各々自分の進路に向かい歩み出す。
 椿は、大学への進学をあきらめ近隣の工場に就職することにした。仙台の北部に位置する工業団地に大手の工場があった。そこなら福利厚生も充実していた。大学に行きたい気持ちもあったが、大学の勉強で猫のためになることは何もなかった。それなら、猫たちのためにお金が欲しかった。大学は行きたくなったら行けばいい、 今は後輩たちと猫ルームを守ろうと思った。
 反対に、今まで物静かに暮らしてきた葵は、奨学金を利用して獣医を目指すことを家族に告げた。

 これまでは、動物たちの診察を多くの獣医さんにお願いしてきた。お願いしても、一言で電話を切られたことも有る。最初に野良ルームの現状を話してから診察をお願いしていたのだが、法外な料金を吹っ掛ける獣医もいた。来てくれたのは良心的な獣医さんだけだった。お金を受けとらない人さえいた。
 しかし、怪我をした動物たちの病院代は結構な金額になる。それに甘えてばかりでは将来的に猫ルームを続けることは難しい。
 ましてや、病気の種類や治療方法、薬剤の処方などを一元的に管理できれば、総合的な獣医師としての活動が可能になる。葵の目指すのは、犬猫等の小動物だけではなく馬など様々な動物も診療できる獣医だ。将来的には猫ルームをもっと広げたい。行き場のない動物たちが安心して暮らせる処を提供してあげたい。それが葵の夢だった。
 6年という準備期間にはなるが、その後何年も獣医師として働くことを考えれば決して長い期間ではないと踏んだ。

 県内には獣医学部を持つ大学がない。だから県外に行かなければならない。葵は、国公立の北海道の大学・近県の大学・東京の大学を受験候補として掲げていた。
 北海道の大学は、かなり大きな都市だが寒さも半端ではない。それに、仙台との行き来にお金と時間がかかった。当時、島々を結ぶ海底トンネルは工事中で、行き来するには船で海を渡るか飛行機しかない。北海道の大学はとても魅力的だったが候補から外れた。
 東京の大学は学力が足りなかった。浪人して在宅で届く学力は、葵にはなかった。一年でも早く獣医師の免許を取りたかったから、ここも諦めざるを得なかった。
 第一志望は必然的に近県の大学に決まった。
 行く大学を決めるという第一の関門はクリアした。獣医師として働けるようになるまでの6年、一瞬たりとも無駄にはできない。自分自身で選択したこの道を精一杯歩き続けて、一人前の、命を尊ぶ獣医師として猫ルームに戻る。それが葵の覚悟だった。

 だが近県の大学ですら通学は無理だった。アパート暮らしになる。両親は下宿を進めたが、実のところ葵は、椿がいれば誰とでも仲良くやっていたものの非常に引っ込み事案だった。下宿で他の学生や管理のおばさんと顔を合わせるのがこの上なく辛かった。
 本当のことを両親に告げ、安アパート代の契約料だけ両親に借り、家庭教師のアルバイトをして生活することにした。粗末なアパートと食べ物には慣れている、栄養にだけ気をつけて健康を維持すればいい「もやしがあれば生きられる」それが葵の口癖だ。電話も引かず、連絡は公衆電話から。一週間に一度、ほんの一言「元気?」と家族を気遣う葵だった。
 葵が大学三年になった年、東北新幹線が開通した。
 しかしアパート代とアルバイト料・新幹線の学割通学代を相殺しても、家に戻ることを諦めるしかなかった。家に戻り往復で通学できるようになったのは、卒業論文がメインになる最後の半年だけだった。
 時を同じくして、北海道に通じる青函トンネルも開通した。もう少し早く開通していれば、もう少し自分が若ければ。
「タラレバ」を口にしたらきりがない。
 運に翻弄されながら、葵の勉強は続くのだった。

◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇

 都内、港区。
 高校三年生の聖哉は、東大を目指すべく勉強漬けの日々だった。
 昔から知能が発達していると言われてきた。記憶領域も幅広く、多くの知識を記憶できるのも確かだ。成績が落ちないような訓練もしていた。まるで脳機能を自在に操るかのように。
 まず、目で見たものを一瞬で記憶する。それが顔であれ、動くものであれ、文字であれ。一般には右脳が司ると言われる領域だ。これらは鍛えるのがなかなか難しい。
 そして、計算や論理的思考など左脳が司ると言われる部分、こちらは反復することにより鍛えやすいと言われている。
 聖哉は、これらすべてを頭の中に「引き出し」と称して同系列の知識や記憶を整理し入れておく。似たような系列の情報が入れば引き出しに入れ、必要な情報は引き出しから取り出す。そうして知識や記憶を蓄えていくのだ。聖哉は数学の公式なども一見し記憶領域の「引き出し」に入れる。その後、公式の意味を解いた時点で数学公式領域の「引き出し」に入れ直す、といった具合だ。
 こういう方法を取る生徒もいる。だから高校ではそれなりに接してくれる男子もいた。昔通った学園のように育ちを気にする連中ばかりではない。まして、善し悪しに関わらず、聖哉の潜在能力(と友人たちは称した)に興味を持つ生徒は多かった。

 早い時期から勉強も一段落している聖哉は、四年前のことを思い出していた。
 祖父が一緒に住みたいと言ってくれて嬉しかったあの時。だが、執事の榎並が電話したところ父は猛反対した。聖哉の親権は手放さないと榎並に怒鳴り散らした。勝利はそこに居なかったことにして、榎並は電話を切った。
 当時は、ただ単に「おっさんのヒステリーは滑稽だ」と思ったものである。

 しかし、なぜだろう。祖父の命令には絶対服従だった父が、である。天海の家族で唯一毛色の違う自分の厄介払いもできただろうに。今の父なら、自分を後継にとは言わないはずだ。継母の手前言えるはずもない。
 聖哉には背景が読めた気がした。
 父が手放したくないのは、自分ではなく、祖父の財産なのだと。今、父は祖父が始めた会社を引き継いでいる。祖父は社内での発言権が強かった上に、全ての社員から敬われていた。政財界での信頼も厚い。そんな祖父が孫と暮らし、万が一孫と養子縁組でもするような事態にでもなれば、父にとっては不都合極まりないことだ。父に入る遺産が減る。たぶん、ただそれだけの理由で親権にまで話が及んだのだろうと踏んだ。

 結局あのとき、祖父との同居は叶わなかった。
 そればかりか、一連の事を聖哉の計画だと罵った父と継母は一層聖哉を除け者にし、ご飯さえ与えないときが増えた。それでも、家政婦は家族に内緒でこっそりと、ご飯を用意してくれた。サンドイッチやスープで過ごすことが多かったが、たまに継母たちが出かけると、栄養のある食事を作ってくれるのだった。
 そして聖哉は、祖父に会えないよう監視された。要は、祖父宅の前に監視者がいるのである。どこからどう行こうが、祖父には会わせないつもりのようだった。
 
 天海家の中で独りきりとなり、偽物家族と過ごした聖哉の精神はすっかり擦り減っていた。父からの無視、継母と弟からの暴力、ともに耐え難いものとなっていた。弟も継母と一緒に殴ったり蹴ったりと、まるで玩具のぬいぐるみにするかのように聖哉に危害を加えていた。
 天海の家にはグランドピアノがある。聖哉が弾いたピアノだ。と同時に、玲子が弾いたピアノだ。玲子は独学でピアノが弾けたのだった。継母と弟はピアノが弾けなかったから必要無いものだったのだが、聖哉が弾いた写真や客人の話を聞き嫉妬したのだろう。一度ならず二度までも、ピアノの鍵盤に無理やり触らされナイフで指を切り落とされそうになったことがある。弟はまだ小学生だったから聖哉ほどの力がないにしても、継母の力には正直驚いた、火事場の馬鹿力というやつなのか。いずれも使用人が機転を利かせ近所にパトカーを呼んでくれたらしく、継母たちの傷害罪は未遂に終わった。

 東北から来た椿と葵の双子に会って以来、本当に衝動的な時を除いて動物への虐待行為は減りつつあったのだが、現在の聖哉は「箍が外れた」心理状態になっていた。
 元々持っていた衝動的殺人願望が徐々に蘇る感覚。
 息子への温もりに欠ける両親を恨み、自分の孤独を苛む聖哉だったが、今回箍が外れた衝撃は余りに大きかった。
 悪魔と契約しモンスターになる・・・毎晩のように夢で魘された。
 一家を惨殺してしまえと悪魔が囁く。悪魔は着る物から小道具までを指示して殺める時間や瞬間の動き、凶行が終わり小道具類を処分する手口まで再現する。全てが終わり、家を後にすると、悪魔が契約の代償を求めてくる。頷いた瞬間、出てくるのは猫ルームで深野家に同様のことが行われている惨状だった。

 毎晩のように同じ夢で、汗びっしょりで毎晩目を覚ました。
 あるときは通りすがりのホームセンターにふらふらと記憶のないまま入っていったこともある。包丁を物色していたらしく、手にした包丁を落としてしまい、やっと正気に戻ったのだった。
 殺意は罪のない子供たち、すれ違う幼稚園児や小学生にまで及ぼうとしていた。実際に声をかけようと近寄ったことすらある。そういう場合、やはり邪魔は入るもので、意を実行に移すには至らなかった。
 猫に虐待を加えることで我慢して人間にだけは手を出さない。それが今できる我慢の精一杯だった。悪魔との契約に手を染めぬよう、モンスターに変身してしまわぬよう、衝動を抑えるのに必死な聖哉だった。

 とはいえ、普段は天海の人間たちからどんな仕打ちを受けようとも、顔色一つ言葉一つ変えなかった。ある意味、悪魔の仮面を隠しつつ、能面を被って過ごしていたのである。こいつらに、一瞬たりとも隙は見せない。今の自分は弱き動物。弱さを見せれば食い尽くされる。強くなる、絶対に強くなる。こいつらを殺せる日がくるまで、 絶対に生き抜く。そのためにも、馬鹿な継母や弟に見せつけるためにも、東大には現役合格する。
 昼は勉強、真夜中は徘徊の日々が続く高校最後の年だった。

 大学受験生にとっての一大イベント、共通一次試験の日がやってきた。
 緊張する者あり、余裕綽綽の者ありと様々な表情の人間が集い、一種異様な空気に包まれる会場。
 こういった一発試験では、座る席を間違えたとか受験票を忘れたとか、そういう理由でパニックを起こす生徒が多い。別に席は替わればいいのだし、受験票は忘れたら再発行してもらえるし、筆記用具すら貸してくれる。
 パニックを起こせば緊張の度合いが増して本領が発揮できない。
 要はどれだけ胆を太くしていられるかに尽きるのかもしれない。
 共通一次試験での点数で入りたい学部を最終決定する。第一志望の大学を受験できたらとてもラッキーだ。
 聖哉は胆だけは異常に太い。試験の結果もまずまずで、無事東大に合格した。これで、第一のハードルはクリアした。経済学部を志望しているが、せめてキャンパスが家から遠ければ良かったに、と聖哉は嘆いた。

 監視を付けられているため祖父とは会えず、家に帰れば虐待が待っている。
 家を出ればそれで済むさと人は言うだろう。それで済むならとっくの昔に家を出ている。父がどんな方法で自分を押さえつけるかわからない、それは正直言えば怖いものだった。動物を虐待している自分が押さえつけられるのが怖いなどというのは憚られる言葉かもしれない。
 しかし、動物以下の扱いさえしそうな父だった。ヘビに睨まれたカエルといったらわかるだろうか。怖くて逃げること、動くことさえできなかった。そうして家から離れられない聖哉は、相変わらず悪夢に魘されては目覚め、夜中に徘徊する日々を送っていた。
 徘徊し、猫を虐待する。楽しくはなかったが気の毒にも思わない。
 そして歩きながら、人を殺す自分を想像するようになっていった。

 今度の想像の相手は、天海家ではなかった。
 祖父には怒られそうだが、聖哉にはどうしても許せない類の人間が存在した。自分を優位にするがために他の人間を貶める輩である。小さいころからそういった人間は存在した。自分が一番でありたい。それが彼ら彼女らの願い。そのためには手段を選ばない人間などこの世のクズだ。父や継母もこの類の人間だが。
 そうだ、この世のクズどもは消えればいい。さあ、あいつらをどうやって始末しようか。悪魔よ、また手を貸すだろう?契約するだろう?対価は自分の命でどうだ。不満か?深野家は対価にならん。対価は自分の命と頭脳だ。さあ、十分な対価になるだろう?
 この世から消す相手の顔が次々と目の前に現れ、契約による想像は日増しに現実味を帯びたシナリオになっていく。自分はモンスターになってしまうのか。いや、もう既にモンスターなのか。
 聖哉は自分が人格障害ではないかという恐怖に苛まれるのであった。

第6章  20歳

1983年、6月。
 3人は別々の場所で20歳になった。
 猫ルームで猫を保護しながら暮らす椿。葵もいない今、何か足りないと感じていた。猫ルーム自体は順調に運営されていたが、周辺では問題も表面化してきていた。

 周囲は家が建ち始め、猫嫌いの住人から苦情が来ることが、しばしばあった。
 猫ルームから散歩に出た猫が余所の家に寄り用を足すのである。猫嫌いが一番に嫌うところはそこだった。
 また、猫ルームを真似て、道端や公園で猫たちに餌を与える輩が出始めた。餌を片付けるなら良かったのだが、そういったところまでは気が付かなかったらしい。
 椿たちが引っ越したころは長閑な街だったが、今ではちらほらと住宅街になり、猫のことでいがみ合う住民が対立するようになっていった。
 皆がさほど苦痛を感じないで済む方法はないのか、考えても答えは出ない。椿からすれば、ゴキブリが太古の昔から居なくならないように、ネズミがなんだかんだと居なくならないように、猫だって同じなのだと思う。ヘビだってなんだって同じだ。不必要でないから居なくならない。と考えると、尚更思考停止した。
 よし、今日は寝よう。

 そんなある日、東京で猫と街の共存を目指す団体が設立されたという情報を得た椿は、首都にいって詳しい話を聞きたかった。
 だが、団体の概要や設立趣旨などを、たかが地方の一市民に教示してもらえるのだろうか。
 そんなとき、ふっと聖哉のことを思い出した。何年逢っていないだろう。だが、聖哉の住所、電話番号さえわからない。
 椿の信条は思い切った行動だ。机の中をひっかきまわし、昔訪れた聖哉の祖父、天海勝利から届いた手紙を取り出した。宮城に戻ってからお礼の手紙をだしたところ、返事がきたのである。葵が保管していたのだが、大学に行く際に椿が預かることになったのだ。

 そこで椿は天海勝利宛に手紙を書いた。聖哉に会いたいこと、猫と街の共存を目指す団体に接触したいことなどを書き記した。

 天海勝利は、総てにおいて迅速に動いてくれた。椿を再び自宅に招くとともに、最後の滞在日には大学に榎並を向かわせ、聖哉を勝利の家に呼ぶ手筈を整えていた。また、動物と人間の共存を目指す団体「キャットTOKIO」幹部にも接触してくれた。あっという間に、団体幹部から話が聞けることになった。

 聖哉を自宅に呼ぶ前の晩。
 勝利は、自宅書斎の椅子に深くもたれかかって手と手を合わせ、一心に考え込んでいた。
 以前、聖哉と自分との同居話を持ちかけたあと、聖哉が天海の家でどんな仕打ちを受けているか、勝利は全て知っていた。その時は手を出さなかった。いや、出せなかった。今となっては申し訳ないことをしたと心から悔やんでいた。
 そろそろ、満を持して動くときが来た。今度は一歩も引かない構えだった。榎並にメモを渡し、細かく今後の指示を出した。

 榎並から電話を貰い、聖哉は椿の上京を心から喜んだ。
 しかし、天海の家が監視を付けていることを知っていたので入れるかどうか心配だった。
 榎並は電話口で静かに言った。
「お任せください。こちらの大勢は万全です。旦那さまが本気になられましたので。そこで聖哉さまにお言伝があります。どうしても必要であり、お金では手に入らないものだけをバッグに入れて家を出なさい、とのことです」
「というと?」
「洋服や教科書など、買えるものは必要ないということです。勉強してきたノートや集めた資料の中で入手困難なものなどはお持ちください。資料関係やノートでしたら、お父上に咎められても疑われはしないでしょう」
 大学のキャンパス内で榎並と待ち合わせた。そのまま、後部座席にカーテンを配した車に乗り込んだ。その車で勝利宅に一気に入ったので監視者も気付かなかったようである。

 椿に初めて会った中学二年の時から、もう6年経っている。椿は変わっただろうか。いや、あの能天気さは一生変わらないだろう、そう思うと自然に笑みがこぼれるのだった。聖哉が微笑むことができるほど、深野一家、中でも椿の存在は聖哉にとって大きかった。あの時期から今まで、気兼ねなく話せた人間は椿だけだった。葵も信頼できる人間の一人だが、椿とはまた違ったものがあった。
 車が勝利宅に入り奥深くまで進んだ。屋敷が見えてくる。榎並と椿が待ってくれていた。車から降りた聖哉は思わず椿に駆け寄った。お互いにハグして、再会を喜んだ。

 聖哉の目を見た椿は、何となく違和感を覚えた。
 端正な顔立ち。背も高く、一緒に歩いたら恥ずかしいくらい綺麗だ。
 その目には憂いを湛えながらも、剣の如く鋭い眼光が見え隠れしている。
 椿を見る眼差しに、後ろめたいものがあるような気がした。
 指先がほんの少しだけ震えていたのを視認できた。
 瞬間に、椿は聖哉が動物虐待を行っているのではないかと予想した。

 一度会ったきりで今でさえ相手の素性も何も知らない。
 わかっているのはお金持ちなのだろうということだけだ。
 でも普通のお坊ちゃまとは、何か違う。
 何故そう思うのかもわからなかったが、とても寂しそうな眼差しだった。
 お金があっても幸せになれない人々を見てきた。
 心に闇を抱える人たちがたくさんいた。
 もしかしたら、この人もそうなのかもしれない。
 虐待の事実があるとしたら止めさせなくてはいけない。虐待を繰り返して得る幸せなど、どこにもないのだから。

 椿から声を掛けた。
「おう!元気だった?」
「久しぶり」
「あれから何年になるだろね」
「6年かな。早いな」
「6年かあ、どうりでひじきもしじみもあさりも、でっかくなったわけだ」
「そんなに大きいのか?」
「ひじきは六キロ超えて、まるで熊さんみたいなんだよ。しじみはね、ヘンテコなキャラクターそっくりの顔。女の子なのにねぇ。あさりはやっぱりサビ猫ちゃんだった」
「熊って、それ凄すぎるだろ」
「うん、廊下走ってると馬みたいなの、ドドッ、ドドッ、ドドッって。すごいでしょ」
「すげぇ。ちょっと見てみたい、その姿。笑っちゃ失礼だけどさ」
「そういえば東大現役だって?すごいね。こっちじゃそうそう東大なんて入れないよ」
「僕の高校は東大合格者数の一位を年々更新しているそうだから」
「高校も大学も激戦区を勝ち抜いたわけだ」
「まあ、熾烈な受験戦争ってやつかな、共通一次もあるしね」
「葵も共通一次の事いってた。東大は無理だったって。ややこしいよね、何回も試験あってさ」

 聖哉は入試に関して持論を展開する。
「うん、日本の入試制度は入学までのハードルは高いけど、比較的卒業率が高い。一方、外国での入学試験はさほど熾烈でもないと聞いたけど、勉強して結果を出さない限り卒業できない。だから中退も増えるみたいだけどね。目的とする学業修得のためには、兎に角皆必死に勉強する風土が成り立っているらしい。そもそも、大学に行くのって何が目的なんだろう。入学が目的なのかな、それとも外国みたいに目的のために入学するのかな。鶏と卵論争になりそうだな。僕自身は何を勉強して卒業するかが本分だと思うから、入学試験は簡単にしてほしい」
「あー。あたしに学問は無理と痛感した瞬間だわ」
「椿・・・。お前の言葉は無かったことにしてやる。ところで、葵も共通一次ってことは、どこか国公立大に行ったのか」
「うん、獣医師になりたいって。近県だけどね、獣医学部に行った」
「猫ルームの関係で?」
「それもあるみたいだけど、葵にはどうやら秘密の計画があるみたい」

「秘密?」
「うん。あたしがきいても教えてくれないの」
「椿にさえ教えない秘密があるのか?葵に。そりゃ是非聞いてみたいな」
「そうなんだよ、生まれて初めてだよ、こんなこと」
「葵の提案なら、かなり面白いものが聞けそうだ」
「あたしの悩みは?」
「支離滅裂なじゃじゃ馬姫の悩みは聞く耳持たない」
「あんたねー。久しぶりに逢ったっていうのに、相変わらずねぇ」
「椿には本音が言いやすいんだ。許してくれ」
「許すよ、それで心が晴れるなら。聖哉くん、何か悩んでるでしょ。話せないなら今は聞かない。でもその代り、仙台の家に来てほしいんだけど」

 聖哉はドキッとした。
「いいのか、僕がお邪魔しても」
「猫ルームに寝てもらうから寝床は心配ないよ」
「僕は野良猫か?」
「ううん、違う。飼い主を間違えた血統書付きの猫。だから野良猫の楽しさを知って、外に飛び出すの、いつか」
 聖哉は、椿が聖哉自身の所業を知っているのだと直感的に確信した。
 指先が震えた。
 身体全体が震えてきそうだった。
 必死で右手指を丸めて拳骨をつくり、もう片方の手で握った。
 心臓が飛び出すのではないかというくらい、ドックン、ドックン、と波打った。
 聖哉は、真実が知れたら、自分は軽蔑されると思った。卑怯で卑劣な自分が恥ずかしかった。

「野良猫はいいよー。誰の猫でもないの。嫌な飼い主いないからね」
「そうか」
「だから必ずおいでよ!」
 聖哉の思いとは裏腹に、咎める様子もなく逆に猫ルームに誘ってくれた椿。
 素直に嬉しかった。このまま仙台に行きたかった。天海の名も何もかも投げ出して。
 そんな二人に、榎並が声を掛けた。
「夕食の準備が整っています、どうぞこちらに」
 椿はいつも賑やかだ。
「ありがとうございます。あ、あと3時間で新幹線、最終だよー」
「大宮までお送りしますのでご安心ください、椿さま」
 聖哉は、天海の家に戻ることを思うと吐き気がした。実際、ろくな食事を摂っていなかったからか、目の前が暗くなるのを感じた。ふらついた。

「聖哉。もう天海の家に戻る必要はない。お前には本当に申し訳ないことをした。あそこまでするとは思ってもみなかった。本当に済まない」
 勝利が手をついて頭を下げた。
「お祖父さま、そんなことをなさらないでください。お祖父さまが悪いわけではありません」
 そこまで答えたあとのことは覚えていなかった。聖哉はストレスと栄養失調から目眩を起こしたのだった。

 椿は咄嗟に察した。天海家の事情は自分が聞くことではない。
 帰ったら連絡して、落ち着いたようなら仙台に来てもらおう。よし。帰るぞ。
 榎並に会釈すると、そっと席を外し戻るための支度を始めた。榎並が後を追いかけた。
「榎並さん、あたし今から家に戻ります。お食事ご一緒できなくて申し訳ありません」
「いいえ、椿さま。不覚でした、聖哉さまがあそこまでお疲れとは・・・。わたくしどもの方こそ申し訳なく思います。すぐ車を用意させますので」
「お祖父さんや聖哉さんによろしく伝えてください。家に戻ったら電話しますって」
「承知しました。お気遣いありがとうございます」

◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇

 椿が笑いながら「おいで」という風に手を振っている。そこへ向かおうとしたとき、父が急に立ちはだかった。椿に刃を向ける父。足が動かない。どんなに叫んでも、椿を助けることが出来ない。椿にどんどん刃が近づいていく・・・。
「やめろ!」
 聖哉は目を覚ました。夢だった。

 椿に再会し、仙台に誘ってもらえたことで少し心が楽になったものの、天海の家に戻ることが嫌だと思ったことまでは覚えている。が、その後の記憶がなかった。
 気がつくとソファに横になっていた。祖父が傍にいた。
「大丈夫か?随分とやつれたな。本当に済まない」
「いいえ、大丈夫です。やっと気の置けない友人と話すことできて、気が抜けたのだと思います。今までずっと張りつめていましたから」
「そうだろうとも、全部知っていた。知っていながら何もできず、自分が不甲斐なかった」
「全部?」
「そうだ。お前の行動は全て私に伝わっている」
 祖父はじっと目を閉じた。
 聖哉は何もかも悟った。
「すると、お祖父さまは僕の罪もご存じなのですね」
「ああ」
「椿に申し訳なく思っています。いつか言わなくてはと思いつつも、言ったらみんなが離れてしまいそうで怖くて。それでも、告白しなければいけない罪ですね」
「そうだな。お前の境遇は過酷だった。たまたま天海家に生まれたばかりに苦労した。愛情もかけてもらえずにな。しかし、それとこれとはまた別だ。いつか話さなくてはならないだろう」
 祖父がひょいと目を開けた。
「ところで聖哉。お前が中学二年の時だったな、あの子たちに会ったのは」
「6年前、14歳でした」
「あのとき、お前は情けをかけた」
「あれは、偽りです。本当は虐待するつもりで誘導したのです」
「でも、私のところに保護してもらいに来ただろう。虐待するつもりならここには来なかったはずだ。どうにでもできただろうさ。あの時からお前の人生は変化していたのだよ」
「そうでしょうか」
「ああ、目にはみえなくとも、確実に変化していたのだと私は思っている。だからこそ、今のお前がここにいるのだ」
 聖哉は、涙ぐみ声を振り絞った。
「ありがとうございます。でも、たかが動物という人がいるかもしれませんが、僕の犯した罪が消えることはありません。あのままだったら、僕は継母と弟、父までも手にかけていたかもしれないのです」
 勝利は聖哉の頭をそっと撫でた。
「ああ、色々な状況から見て、絶対に無いとは言えないことだ。それに、動物の虐待も今の刑法で裁かれる事はないかもしれない。しかし罪は罪。決して許されるものではない。二度とそのような罪に手を染めることは許されない。これからは今まで以上に弱き者への情けを忘れないようにしなさい。わかったね」
 聖哉は、祖父の胸で泣いた。
 祖父は、昔の行商が会社の原点だったこと、そこにあったのは人々の情けでありお互いさまの精神だったことを説いた。今は時代が違うかもしれない。
 しかし日本人が失ってはいけないものがその二つなのだと昔を懐かしむかのように穏やかに笑った。
 話し終えたところで、間が空いた。

「榎並。聖哉にミルクティとスフレを持ってきてくれ。私にはコーヒーで頼む」
「かしこまりました」
 榎並が奥に引っ込むと、祖父は聖哉の肩を抱いた。
「今日お前を呼んだのには理由がある。私はお前と養子縁組をするつもりだ。お前は五月で二十歳になった。もう親権で騒ぎ立てられる謂れはない。お前自身の意思と私の意思が重なった結果ということになる。問題は、これからだ。縁組の事を知れば、茂は財産を奪われると思い、暴れ出すだろう。もしかすると良くない筋の人間に依頼するかもしれない。あいつならやりかねない。暫く、お前にボディガードをつけようと考えている。学生のような恰好の出来る人間を見繕っている最中だ」
「なぜそこまで」
 聖哉は驚いた。まさかボディガードだなんて。
「お前は父親の執念深さを知らない。私に手を出せば破滅することを知っているから茂は此処に近づかないだけだ。だがお前は違う、ひよっこ学生だと思われている。だから、どこかのチンピラを差し向けてこないともいえないのだ」
「白昼堂々襲ってくると?」
「全くないとは言い切れない。リスク回避のためにはこちらもある程度自衛策を考えねば。ここから通うなら毎日送り迎えさせよう。学内では男女合わせて数名のボディガードを配備する予定だ」
「それでも、騒ぎになったりしないでしょうか」
「そのときは、また考えるさ」
 甘さの残るミルクティとシャープな珈琲の味が漂ってきた。榎並が部屋に入り、テーブルにそれらを並べる。
「ありがとう、榎並。今日はもう休みなさい」
「ありがとうございます。それでは、屋敷の中をもう一度見回ったあと、お休みをいただきたく思います。旦那さま、聖哉さま、おやすみなさいませ」

 珈琲を飲みながら祖父の話は続いた。
「私も独り暮らしに飽きがきてな。四年前は単純に、苦労している孫と暮らしたいという思いだけだったのだ。そしてお前が大きくなり独り暮らししたければそれを、留学したければそれを与えるつもりでいた」
「父は一緒に暮らしていなかったのですか」
「茂は大学生になるとすぐにマンションを買ってくれと言ったきり、出て行った。その後は一緒に暮らしていない」
「榎並さんがいるし、お手伝いの方も常駐ですよね」
「ああ、みなちゃんと働いてくれるし助かっている。しかし、子や孫と暮らしたいと思うのは家族として不思議な感覚ではないだろう」
「僕は育ちが多分普通ではないので、何がいいのか、何が普通なのかわからないのです」
「なぜあんな息子に育ってしまったのかわからないが、私にも悪いところがあったのだろう。ただ、お前をこんな目に遭わせた罪は重い。それだけは確かだ」
「本当に僕は天海の家を出ることが出来るでしょうか」
「向こうに勝ち目はない。すでに養子縁組の書類は調えた。あとはお前の自署だけだ。こちらの書類に目を通して、署名押印して欲しい」
「ありがとうございます、お祖父さま」
 聖哉は礼を言うと、自筆で署名した。
「茂のことだが」
 勝利は思いつくままに言葉を並べていくようだった。
 あのとき、茂は養子縁組を瞬時に悟ったのだろう。だから普段は大人しくしているものの黙っていられなかった。動産不動産の財産もそうだが、養子縁組で自分と息子が同等の立場になると察した茂は、お前がビジネスにおいて自分以上の業績をあげると予想したに違いない。自分以上の業績が数字になり結果として残れば、自分の立場が脅かされるという不安が募ったのかもしれない。だからお前を会社からも我が家からも遠ざけたかったのだ。ただし、追い出すことはできなかった。私の情報網に引っ掛からないことなどないと知っている。先ほども言ったが、私の怖さを知っているからこそ、あいつは普段、我が家に顔も出さない。

 聖哉は申し訳なさそうに頭を下げる。
「申し訳ないのですが、僕は天海物産を継ぐ気にはなれません。株主様のための会社ですから、一族経営の必要はないと思っています」
「私もそう思いながら経営してきたつもりだが、結果としてあいつを社長に据えてしまった。あいつが望んでいることを知っていたからだ。なんとも親バカな話だよ。今では二代目だの三代目だのと五月蝿くて。まるで経営者のための会社じゃないか。本来の姿ではない」
「僕自身はそういった考えを残念に思っています」
「本当に残念だ。ところで聖哉、お前、将来はどうやって生きるつもりだ?」
「相手が許してくれるかどうかわらないですが、もし許してもらえるなら仙台の猫ルームで働きたいと思います」
「ボランティアではあるまい」
「ええ、ちゃんと食べていけるような仕組みを作ります。その前段として保護団体を立ち上げたいと考えています。あとは、双子の片割れが獣医さんになりたいということでしたから、それらで収入の道筋をつけ動物の保護活動を仕切りたい、というのが僕の考えです」
「動物保護団体に動物医療も抱き合わせるということか」
「団体設立の主な目的は動物の保護による殺処分数減、青少年の凶悪犯罪抑止力、街猫運動による地域の融和です。街猫コミュニティの一環として、小動物を飼育したくてもできない方への期限付き動物譲渡なども考えています」
「動物の保護団体は数も多いと聞く」
「僕たちの団体の要は、獣医師の関与にあると思っています」
 動物保護団体で獣医師常駐のところは少ないかもしれない。日本の人口ピラミッドを見ると、将来的な高齢化が取沙汰される中で、逆に出生率は下がっていくか、いいところ今の水準で推移すると思われる。動物は好きだけれど、高齢だから自分たちに万が一あったら、と躊躇している方々も多いはず。そこで動物たちを期限付きで譲渡するビジネスを展開する。定期的な巡回診療やボランティアチームのパトロールで万が一を少しでも減らせれば幸いなことであり、これで街のコミュニティ維持や、犯罪に対する自衛の役割も果たせると考えている。
 
 聖哉の未来構想は続く。

 逆に若い世代では一人っ子や子供のいない夫婦が増える。子供がいるなら、小さいうちに弱き者を助けることを教えなくてはならない。それでも転勤族は必ず動物を飼える環境に住めるとは限らないから、そういった家族に対しても動物たちの期限付き譲渡をすることできっと子供の情操教育に役立つに違いない。
 一方で地域の溝が深まっている。椿が相談したかったのも、何がしかの問題が起きているからなのだろう。動物好きと動物嫌いの人々は相いれない。
 融和策を考えなくてはならない。

 捨てられた犬や猫は今もガス室で大量に死にゆく。最低限の数に近づけるためには、団体を作り、里親事業を核として、自然で生きる猫には避妊や去勢の手術を施したうえで、気軽に出たり入ったりの住処を提供する。犬は自然に任せることが不可能であるから、団体で保護しながら里親事業の更なる展開が必要であろう。
 
 また、規制しなくてはいけない動物ビジネスもある。動物を物のように扱い、日本中を回る業者の存在である。虐待と言う意味では、ペットショップも変わらない。ペットをお金で買うことそのものが、動物後進国たる所以であるのに、誰も声を上げない。

 それらの事業を立ち上げに関わるためにも、一度仙台を訪れてみたい。

「椿曰く、僕は飼い主を間違えた血統書付きの猫だそうです。それで、仙台に来ないかと誘われたのだと思います。全てわかったうえで誘ってくれたのでしょう」
「はっはっは、あの子はときに突拍子もない発想をする」
「本当に。でも、一番気の置けない友人でもあります」
「それは良かった。向こうに行くなら、総て話して清算して、これから先を見ればいい。そして、万が一また虐待などの罪に手出ししそうになったら、すぐに電話しなさい。いいか、すぐに電話するのだぞ」
「はい、わかりました」
「椿さんの電話番号を聞いておいたから、あとで電話してみなさい。実は私も見てみたいのだよ、猫ルームを」

 椿は家に戻るなり「聖哉を此処に招く」と爆弾宣言をして皆を驚かせた。聖哉の心の闇が気になったからだった。葵も夏休みで戻ってくるだろう。みんなで話せば何とかなる。
 大学は7月から9月までが夏休みである。実際には補講や実習などで戻れる期間は限られていたが、葵は聖哉の都合に合わせると言ってくれた。
 聖哉に手紙を書こうとしたところ、聖哉から電話が来て、びっくりした。
「あらま、生き返ったのね、おめでと」
「おかげさまで。ごめんな、折角料理を用意してたのに」
「あたしはいいよ、でも、そっちは大変だったと思ってさ」
「いや、なんとなく流れに乗った感じ。どこに流れるかはまだわからない」
「うん、声も元気そうだね。じゃ、前に話した招待の話、受けてくれる?」
「ああ、ぜひ。でさ、お願いあるんだけど」
「何?猫ルーム泊の拒否は無しだからね」
「違う。お祖父さまが、是非猫ルームを拝見したいと仰っている」

 椿、しばし、いや、かなりの沈黙。

「なんだってぇ―――――――――――――――――」
「もう、行く気満々でね」
「新幹線で来るの?」
「天海の専用機で行くそうだ」
「それ、マジっすか?」
「うん、本当だよ」
「うち、飛行機降りる場所無いよ」
「大丈夫だ、椿の家には下りない。各地の飛行場にプライベート専用施設とかあるから。そこから車移動になると思う」

 7月も半ば。とある空港のプライベート用施設から、何名かの人間が専用機内に消えた。
 天海勝利の専用機である。専用機はそのあと給油を済ませ、離陸した。
 その中に、聖哉と思しき人間が認められた。一般客の目に触れる場ではないのだが、一人の探偵モドキが、その後姿をカメラに収めていた。
 それは、聖哉に背格好の似たボディガードだった。フェイクを飛行場に向かわせ聖哉はそこから身を隠し、他のボディガードと一緒に大宮に向かい、新幹線に乗車した。
 東京の煩雑さに慣れている聖哉だから、無事に仙台駅に到着した。
 ボディガードの人たちにお礼をいう。
「ありがとうございました。こちらに滞在している間は危険も少ないと思います」
「承知しました。私どもは市内ホテルにて待機します。勝利さま到着まで、護身と連絡用に一人、聖哉さまに同行させますのでご安心ください」
 ボディガードが姿を消した。

「お―――――――――――い」
 椿の大きな声が改札口の向こうから聞こえた。聖哉は急いで改札を出た。
「そんな大声、大袈裟だぞ」
「ごめーん。逢えてうれしかったからさ」
「葵も戻ったのか?」
「うん。今父さん迎えに来てる。さ、急ごう」
 仙台駅構内から外に出た聖哉は、駅前に広がるデッキを見て驚いた。あまりお目にかかったことの無いシステムだったからだ。ペデストリアンデッキ、という名がついているのだという。
 駅の正面は変わった光景だった。車がいない。と思ったら下を走っている。そうか、ここは二階部分なのかと納得した。デッキの二階部分は幅が広く綺麗で、色々な通りにつながっていた。一階部分はバスの発着所であり、タクシーの集結場所であり、自家用車の駐車スペースなどがきちんと区分けされ、合理的であるように思えた。新幹線の開業に合わせて駅構内や駅前西側広場の改修が行われたらしかった。将来的には、駅東側も改修されるらしいと椿が言っていた。何でも、仙台駅を中心に西側が戦時中の空襲で被災し、全て無くなったのに対し、東側はかろうじてそれを免れたのだそうだ。そのため、駅西側は道路や区画整備が行われたが東側は行われず、現在に至っているのだという。

 聖哉は、この画期的なシステムを全国主要都市に浸透させるべきだと思った。
 というのも、ペデストリアンデッキを降りて駅を見上げた時に、とてもシンプルで綺麗な情景が目に入ったからである。長閑な外国の駅風景や東京駅の風景も好きだが、車社会の日本においては、こういった合理的なシステムが不可欠なのであろう。
 降車場にタクシーが停まっていた。予約車の文字が見える。ダダダッとその車目掛けて椿は走る。そのあとを聖哉も追いかける。
「お願いしまーす」
 椿がコンコンとドアをたたいた。
「こんにちは、聖哉さん。ご無沙汰でしたね。元気でしたか?こちらの男性は?」
「こちらこそご無沙汰しております。一緒に居るのは大学の同期生です」
 タクシーの運転手は、椿の父、亨だった。そういえば、職業はドライバーだと聞いた覚えがある。猫ルームまで約30分以上かかっただろうか。車の中での椿との毒舌会話が楽しくてあっという間の到着だった。
 亨はタクシーを降りることなく「では夜に」と言い残し去って行った。実は仕事中だったのだ。

「まあ、お父さんは、駅からここまで客を乗せたのは確かだから」
「それだったら代金をお支払いしなくちゃいけないよ」
「昔、猫ちゃん預かってもらったでしょ。あのとき聖哉くんのお祖父さんお金を受け取らなかった。情けをぐるぐる回そうって。だから今回はうちが受け取らないって決めたの」
「それでも」
「大丈夫。売り上げには違いないからね。歩合給に上乗せあるさ」
「歩合っていうと、歩合だよな」
「そうだよ、東大生が歩合知らなかったら退学だよー」
「お前はどうしてそう言動が突っ走る」
「これがあたしだからー。若いって証拠よ」
「アホな証拠だ」
 冗談をいえるのは、やはり椿だけだ。
 そこに、家の中から楓が出てきた。
「ようこそ、泉へ。6年ぶりになるのね、聖哉さん。お変わりなかった?」
「おかげさまで元気にしています」
「あら、こちらの方は?」
「大学の同期生です」
「そういえば、東大に合格したと聞いたわ。よく頑張ったわね、誉めてあげる」
 楓に誉めてもらって、素直に嬉しかった。
「いいえ、僕など親の意思で学校を決めただけです。それよりも自分の勉強したいことを決めて進学された葵くんのほうが余程立派です。先々まで考えているのですから」
「ありがとう、東大には及ばないけど葵も頑張ったって誉めてあげたいわ」
「もう帰っているのですか?」
「いいえ、明日戻ると連絡があったわ。さ、中に入って。お茶にしましょう」
 椿は猫ルームの点検やボランティアさん指導のため席を外していた。

 お茶を持ってきた楓から、猫ルームの原点として、10年前の出来事を聞かされた。
 同じ頃に自分が初めて猫を虐待したことを思い出し、聖哉は肩身の狭くなる思いがした。
 それを知ってか知らずしてか、楓は語った。
「あの時の猫ちゃんは虹の橋を渡ったかもしれないわね。怪我もしていたし。それでも、次は幸せな飼い主さんのところか、野良ちゃんでも苛められないところに生まれ変わったと信じているの」
「ええ、そうですね。何も苦のない世界に生まれ変わっていますよ。そういえば、こちらの県にも猫島があると聞きました。国内では他にも猫島があるそうです。そういった島は人間より猫の数が多いそうですよ。犬はご法度で、猫神さまが祀られているのだとか」
「そうなの?知らなかったわ」
「きっと、その時の猫ちゃんも猫島に生まれ変わっていますよ。そして、大事にされていることでしょう」
 聖哉は、今まで犠牲にしてきた猫たちもそうあって欲しいと心から願った。どうかみんな、幸せな猫島に生まれ変わっていてほしい。
 それにしても、あの椿が人目を避けて泣くなど、よほど辛かったに違いない。猫を虐待することで椿が悲しむのなら、聖哉は何としてでも自分を止めたかった。自分自身を傷つけてでも。

 その晩、猫ルームを最後に点検し終えた聖哉と椿は散歩に出た。もう陽は沈んでいた。東京ではお目にかかれない星々が天空に犇めき合うように輝いていた。
 公園の芝生に、突然ごろりと椿が横たわる。
「星が見えるよ。聖哉くんもご覧よ」
「東京じゃ星なんて見えないからびっくりだよ。初めて見るかも、こんなたくさんの星」
「何億光年も先にある星が、こうやって光っているんだよ。中には、今はもう爆発しちゃって無くなった星もあるかもしれない。だって、何億光年もかけて光がここに届くから。今あたしたちが見ている光は、何億光年前に恒星として存在した星なの」
「詳しいな」
「うん、小さいころ、宇宙に行きたかった。猫のことやお金や、頭の出来総合して諦めた。でも、知識はある程度健在」
「星の一生や宇宙の成り立ちに比べたら僕たちの一生なんてあっという間なんだろうな」
「そだね」

 聖哉は意を決した。
 罵倒されるのも、絶縁さえ覚悟した。
「君たちみんなに謝らないといけないことがある。実は、昔から動物を虐待していた。傷つけ、結果として殺したことも有る」
「なんとなくわかってた」
「怒らないのか」
「命はいつか消えるものよ。命の長さが問題でもないし。猫島の話、母さんにしたでしょう。猫たちみんなが、きっと猫島であたしや聖哉くんを待ち構えてるよ」
「待ってる?何故だ?」
「そりゃあ、決まってんじゃん。祟るのさね。猫の祟りは怖いよー」
「そっか、僕は祟られても仕方ないな」
「今からでも遅くないさ。可愛がれとは言わないけど、動物たちと距離置きなよ」
「距離か・・・。なかなか難しかったのが正直なところさ」
「理由があるんだよね、たぶん。それを断ち切らない限り、無理ってことかな」
 その言葉を受け、夜空を見ながら聖哉は自分の生い立ちを語り始めた。
 祖父からは想像もできない父、生みの母、継母。
「だからって、弱いものに当たり散らす言い訳にもならないけどな」

「あ、流れ星。あたしね、思うんだけど」
 月さえ見えない今夜は、星々の競演だった。何個か星が流れていく。瞬くような星々と清んだ空気に、聖哉も心が清んでいくような気がした。

 夜空を見ながら、椿が話し出す。
「青少年が動物を虐待する行為、それって多くは心の悲鳴だと思う」
 ほとんどの場合、虐待している本人が誰かに虐待されているのではないか。虐待とはブラックホールのようなもの。片足突っ込んでて、ある線超えたらブラックホールに真っ逆さまって寸法。抜けられなくなって、酷くなるとかなりまずい犯罪に走る。動物虐待から始まって人間を殺すに至った青少年も結構多い。虐待は無限ループ。虐待受けて育った大人が自分の子を虐待するのは有名な話だ。
 しかし、ブラックホールに足を突っ込んでも助かる人がいる、幸いにも。それは、たった一人でいいから自分を信じ支えてくれる味方を見つけることができた人。そういう人は二度と心が悲鳴をあげることはないし、ブラックホールから遠ざかる術を会得できる。この世から虐待が無くなることは無いけど、減らすことはできる。
「これがあたしの考えなんだ」

 聖哉は感心した。

「椿にしてはまともな発言だ」
「今のお言葉、ご飯代から引いとく、覚悟しな。さて、これからだよ、聖哉くん。虐待を止めたいなら、ブラックホールから遠ざかる術を会得しないと」
「どうすればいいのか方法が見つからない。時々、悪魔に支配されそうになる自分がいるのがわかる。手に取るようにわかるんだ」
「そっか。そこまで切羽詰っていたか。そんならさー。家出してさ、一人暮らしして葵みたく家庭教師とかして食い繋いだら?」
「一人暮らし?葵が家出したのか?」
「違うだろーが。葵は通学できないから一人暮らしなんだよ」
「あ、そっか。そっちの一人暮らしか。お祖父さまが一緒に暮らしたいって言ってくださった。天海の家の事情も、僕の虐待の罪もすべてご存じだそうだ」
「そうなの?そりゃよかったよー。愛情が何よりの薬だ、虐待には」
「ただ、父が何するかわからない。金の亡者と化しているから」
「そりゃ化け物親父だねぇ」
「氷のような人だ。どこまでもいつまでも解けない氷」
「アイスマンだね。北極で眠らせるのが一番なんじゃない?」
「お前、ホントに怖いものないな」
「誉めないでよー」
「誉めてない。ただ、あの父のことだ。もし此処がバレたらお前や亨さん、楓さんや葵まで何をされるかわからない。この家の人たちが傷つくのだけは絶対に嫌だし、もしも万が一そうなれば、僕はブラックホールに堕ちるかもしれない」
「大丈夫。聖哉くんは堕ちやしないよ。あたしたちが引っ張りあげるから。必ず」
「わかった。ありがとう。本当に、いつも椿は俺を助けてくれる」
「いいってことよ。明日、葵が来たら壮大な夢、聞こうか」
「ああ、楽しみにしてる」

 次の日帰省した葵は、疲れた様子もなく猫ルームの様子を見に行った。獣医師の卵としてはやはり一番に気になるのだろう。
 そして、猫ルームに葵、椿、聖哉の三人が集った。
 葵が語り出した。
「知っているかい。この地球上の中、自ら命を絶つ動物は人間だけなんだ」
 他の動物はどんなことがあっても生への執念がすごいという。最後の最後まで諦めない。それが逆に年老いた動物たちを殺すという手法にもつながっている。警察犬とか盲導犬なら引退後に可愛がってくれる里親制度もあるが。種牛や種馬などは有名な品種とか行政の所有ならまだしも、個人の所有で利用価値のない牛馬や豚などは邪魔なだけになる。あとは、競技用の馬、サラブレッドがいい例だ。走ってお金を稼いでいるときはいいけど、引退したら種牛として儲かりでもしない限り馬舎に預けて居なくなる馬主も後を絶たないと聞く。馬といえば乗馬用の馬も同様である。よほど安楽死させないと可哀想な場合以外は、年をとって働けなくなっても生きる権利がある。野生なら最後の最後まで生きる。
 問題がもう一つある、これは環境的な要素がかなり強いから何とも言えないが、と続ける。

「なんだ、それは」
 聖哉の問いに、真っ直ぐな目をして答える葵。一人暮らしが葵を変えたように思う椿。
「野生のイノシシや熊だよ。猿やタヌキ、キツネ、鹿とかもいるね。鹿はほとんどが国で定められた天然記念物とかそういう類だから僕たちの出る幕はない。一番の問題は熊なんだ。大きいだろう?飼育しきれない」
「で、野生の動物やら元名犬名馬やらが、どこでどう繋がる?」
「メインの話を忘れてた、ごめん。僕はね、将来的に猫ルームとは別に、こういった野生の動物たちを助ける施設を作りたいんだ」
「動物園にするのか?」
「まさか。まあ、野良動物園って仮の名前はあるよ」
 基本的に、野生の子は怪我治療のみ飼育対象。年老いた動物たちには終の棲家を提供する。熊は今のところ対象外。飼育するのはまず難しいだろうし、野山で暮らすのが一番いい。猿も結構な病原菌を持っているからだけど、そこは考え中。猿山公園なんていうのもあるくらいだ。猪も獰猛だ。人間に怯えても水にドボンして逃れるらしいからプールとか湖とかあればいいらしいが。

 そこはこれから勉強していくとして、野良動物園に入れるか検討材料の一つになる。そして、その施設は欧州にある保護施設を目標にして、運営費のほとんどを寄付金で賄っていきたい。
 しかし、寄付だけでやっていくのは大変なことは確かである。寄付を募る一方で、収益をあげていく事業も必要だ。その方法として、猫を住まわせた喫茶ルームや、猫が好きだけど住居事情で猫を飼えない人に猫を貸し出す猫マンションとかを考えている。運転資金が一番のネックだけど、銀行とかの融資を考えている。ある程度の当てはあるが、僕たちができることは僕たちでやりたい。大変は大変だけど、各セクションの収支の流れをきちんと把握して、その時々の景気判断材料を検討しながら、どこにどのような構想を企画立案して実現させる、という流れのもとに野良動物園プロジェクトを始動させていきたい。軌道にさえ乗れば、一定の成果は上がると信じている。

 椿も聖哉も驚いた。
 あの、大人しかった葵が凛々しくなった。元々論理的思考の持ち主ではあったけれど。
 野良動物園に興味をもった聖哉は、即座に卒業後の方向性を決めた。
 大学を出たら欧州の施設を目標に日本版野良動物園の建設と維持管理に人生を費やすのである。
 椿の笑顔が間近で見られるからでもあった。
 聖哉にとって、間近で支えてくれるのはいつも椿だった。
 ブラックホールから救い出してくれたのは椿だったのである。

 次の日、勝利たち一行が猫ルームを訪れた。勝利自身はお忍び旅行のつもりだったようだが、どこから聞きつけたのか、あるいは茂お抱えの探偵モドキがマスコミにリークしたのか、取材陣が現れた。
「なぜ仙台に?新規事業をお考えと伺いましたが?」
「いや、今回はプライベートな旅行です。取材は遠慮していただき・・・いや、明日の午前十時にまた此処で会いましょう。取材に応じます」
 周囲は目を丸くした。天海グループの会長が取材といった。取材というからには取材する何かがあるはずだ。一体何を見せるつもりなのだろう、何を語るつもりなのだろう。 マスコミ陣営はほくほく顔で去って行く。
 天海勝利他数名のお忍び行脚隊は、明日午前に伺いますと言い残し、予約していたホテルに戻るとのことで、これまた去って行った。

 目を丸くしたのは猫ルーム関係者も同じだ。何を取材するのだ?
 楓が声掛けした。
「もしかしたらもしかするわよ。さ。みんなでもう一度お掃除して綺麗にしましょう」
「はーい」
 椿たちやボランティアさんが動き出した。

 翌日、取材陣と勝利たち一行は約束の時刻に現れた。そして、勝利に対し昨日と同じ質問を繰り返した。
 勝利が簡単に説明する。
「プライベートで訪れたい場所がありましてね」
「何処ですか」
「後ろにある住宅です。こちらの家では野良猫や傷ついた動物の命を救うために、皆が協力し行動しているのです。私はこの活動にとても関心がありましてね。国内外を含めた動物愛護の活動に、非常に興味を持っているのです」
 メディアの連中が、事前に撮る位置や撮る人間などを指名するのは稀だ。深野家の台処や風呂とトイレまでは遠慮したようだが、西ルームから縁側へぬけて玄関前を通りまた縁側から東ルームまでの、隅から隅までをカメラマンは回し続けたようだった。おまけに、働いている人全員が顔を撮られた。聖哉はとっさに猫タワー脇に身を隠したが、深野一家はもろにテレビカメラの餌食となり、インタビューまで受ける始末だった。
 しばらくして勝利へのインタビューも終わりマスコミは居なくなった。

 勝利は皆に頭を下げた。
「みなさん、お騒がせして申し訳ないことをしました。こういった活動をテレビで流してもらうことも重要です。取材に来たのは全国ネット系列の放送局のようです。みなさんがいつもどれだけ頑張っているか、全国で観てもらえるいい機会だと思っています」
 代表して、楓が答えた。
「ご配慮ありがとうございます。いつも応援してくださることに感謝しています」
 その後、勝利は家の中に入り、猫ルームの詳細を知りたがった。ボランティアさんに質問したり動物たちの様子を見たり。一時間を超えた頃、勝利は榎並に命じて車を用意させた。
「聖哉、お前も一緒に帰るか?」
 聖哉は帰り足のことを全く考えていなかった。もう少し、此処に居たい気持ちはあったが祖父が居なくなれば父の行動がエスカレートするかもしれないというリスクがある。
 残念ではあったが、祖父と一緒に此処をあとにすると決めた。ボランティアさん、獣医師さん、高校生サークル軍の面々に、一礼した。
「まだ学生なのでなかなか足を運べませんが、いつかきっと此処に戻ってきます。みなさん、動物たちをどうぞよろしくお願いします」
 みな、拍手で見送ってくれた。椿も出てきて握りこぶしの親指を立てる。
「元気で!聖哉くん!」

 東京に戻った聖哉。
 生まれて初めて笑顔に溢れた生活が始まった。祖父との暮らしはやや緊張しながらも、色々な話を聞くことができ参考になった。事業の話から世界観に至るまで、祖父は個の価値観をとても大切にしていた。だから聖哉自身、自分の考えがすっと口から出ていくことが多かった。普通の家庭生活を送らなかったが故の未熟さは否めなかったが、それでも嗜められながら世間でいうところの一般常識を教わった。
 本当に居心地が良かった。
 榎並はすべて完璧に執務をこなしてくれるし、お手伝いの人たちもとても優しかった。天海の家では陰で庭師のおじさんと家政婦さんが父や母、継母の陰口を言うのを良くしばしば聞いたものだ。でも、ここでは一切そのようなことがなかった。祖父が情けを掛けるからこそ、みながそれに応じ一所懸命仕えてくれるのだろう。聖哉は晴やかな気持ちだった。
 学校までボディガードが付いた。車で祖父宅を出てから途中で同級生を乗せるかのように、ごく自然に。男女二人が最初のボディガードだった。
 普通ボディガードが勝手に大学講義室内に入ることは許されない。ボディガードの二人は、聴講生や科目等履修生という制度を利用した。決まった科目などを勉強することで大学構内や講義室、図書館などへの立ち入りが許される。大学での勉強はボディガードにとっても楽しかったらしく、聖哉と三人で過ごす姿は、一見、大学の友人そのもののようだった。

 一度だけ人気の少ない場所で襲われかけたことがあった。三人を大学生としか思っていなかったのであろう。突然、聖哉目掛けて走り寄ってきた人物がいた。どうやらナイフを隠し持っていたようだった。即座にボディガードの男性が無言のうちに体術でナイフを手から叩き落とし、組み伏せた。女性ボディガードも無言で聖哉を庇う仕草を見せる。聖哉を仕留められなかった相手の男は、うめき声をあげたがそれ以上は何も口にせず、足早にそこを立ち去った。
 その夜、聖哉は早速、今日の出来事を祖父に報告した。
「あの二人がボディガードだとわかってしまったでしょうか」
「構わないさ。これでもう、私の本気度が半端なものでないことも知ったはずだ。天海グループ関連の筆頭株主としての私、天海物産会長としての私、そして他の株主を纏め上げている立場の私、ということを茂に知らしめなくてはならない。その他にも色々なことはあるが、会社関連だけならそういうことになる。私を敵に回せば社長としての茂を解任させることも辞さない。会社内でどういった軋轢があるかも知っているからな。ま、今日のことで少しは大人しくなるだろう。しかしボディガードの二人には引き続き警護を継続してもらうつもりだ。言っていたよ、授業は楽しいと」
「それは良かったです。本当に、お二人には良くしていただいています」
「ああ、このまましばらく様子を見よう」

 聖哉は迷っていたことがあった。今までボディガードなどの件もあり、なかなか言えなかったが、思ったことを口にしてみた。
「お祖父さま、お願いがあるのですが」
「何だね」
「できれば家庭教師のアルバイトをしてみたいのです。お許しいただけるでしょうか」
「いや、特に構わないが。急にどうしたのだ、お金に困っているわけでもないだろう」
「猫ルームの運営資金として送りたいと思っています」
「それはいい考えだ。大賛成だよ、私は。ボディガード連中も一緒に入れるお宅を探そう」
 家庭教師のアルバイトはすぐに見つかった。東大に通っていると、こういう時は便利だ。
 どうしたら相手が理解しやすいのか、生徒ごとに指導方法を変えて臨む。そういった粘り強い準備やソフトな口調、品の良さが生徒さんの親御さんに認められたらしく、噂が噂を呼び家庭教師の仕事は引きも切らなかった。
 そうして得たお金は、すべて猫ルームの運営にと仙台に送った。
 椿たちから感謝の言葉があったのは言うまでもない。

第7章  それぞれの道

 
 半年余りの後に卒業を控えた聖哉は、祖父に今後の進路を相談しようと思っていた。
 祖父が新会社を設立することはない。それは祖父の口から聞いている。
 自分としても仙台で野良動物園や動物マンションの経営に携わりたい気持ちがある。
 一方で、スペインのMBAプログラムを学びたい意欲もあった。
 でも椿のいない外国は嫌だった。

 就職希望の学生は三年次の春辺りから就職活動を始めるらしい。同級生はリクルートスーツに身を包み会社訪問やOB・OG訪問などに明け暮れているようだ。もしかしたら、二年次後半から活動している学生もいたのかもしれないが、聖哉は就職という概念が無かったため、全然活動していなかった。
「いいよな、天海は。家の仕事を継ぐから就職の心配もないだろう」
 そのように同じゼミの学生に言われ、言葉に詰まった。
 その夜、祖父にこぼした。
「就職活動、するのを忘れていました。いずれは仙台に行くつもりですが、やはり世の中を見てみたいと思います」
「そうだな、世間の冷たさを味わうのも大切だ。今回は一切手も口も出さない。自分の力で活動してみなさい。それにしても、気付くのが遅すぎだぞ。お前にしては珍しいな」
 反省しながら、いくつか会社を訪問した。
 やはり世間は温かいところばかりではない。天海の名を出しただけで断られた会社もある。同業系列はおろか、お坊ちゃまイコールお荷物だからと言わんばかりに様々な業種で「ご縁が無く残念です」と返事が来る。
 ああ、世間は冷たい。
 しかし、焦っても仕方がない。会社訪問を続けた。靴が二足駄目になった。そんなある日、家庭教師先のお宅で声を掛けられた。予備校の講師である。
 もちろん天海の仕事を継ぐのだろうが、少しの間だけでも講師として働いてくれればありがたい、とのことだった。いやいや、こちらこそありがたいお話です、ぜひ働かせてくださいと、聖哉は深々と何度も頭を下げた。
 半年後、聖哉は大学を卒業した。祖父が盛大に祝ってくれた。仙台からも祝いのメッセージが届いた。聖哉にとって、何よりも嬉しいことだった。

◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇

 春、聖哉は予備校講師として社会人一年生を迎えた。祖父の名は誰にも知られないようにしていた。講師というからには、家庭教師時代同様、それなりの準備をしなくてはならない。また、二十二歳になった自分から見た生徒たちの心理に興味があった。

 塾や予備校を掛け持ちして受験に備える生徒は少なくない。複数通えるということは、それなりに収入の高い家庭が多いだろう。しかし、高収入の家庭に育った子供がみな幸せかと問えば、違うのではないかというのが聖哉の考えだった。
 人口ピラミッドから推測するに、これからの日本は高齢化社会と化すのは必至だ。
 しかし、一方で出生率は下降していくと考えられた。子供の数が減るにつれ、一人の子供にかける教育費は年々増大するに違いない。徐々に大学進学率は上がっていくだろう。
 ところで、教育費にお金をつぎ込む親が、子供を心から愛している親と同義ではない。聖哉がいい例だ。そこで聖哉は、年間収入が平均よりも倍以上の家庭で親からの愛情を受けずに育った子供は動物を虐待することから始まり、やがて矛先は人間へと向かい殺人などの凶悪犯罪に発展する、という心理を理論立てて構築したいと考えた。
 特に金持ちの父親との確執で歪んだ精神はかなりの確率で殺人に傾いていると考えられ、虐待は連鎖反応を起こしている。親に虐待された子供は親になった時、また我が子を虐待するといった状態になる。そして反対に、愛護の精神は親の愛情から始まるという逆説が成り立つと確信している。
 経営学を学んだ聖哉が心理学的見地からの理論構築を成し遂げるには無理があった。勉強できないわけではないが、膨大な資料や過去の文献などを読み漁り論文として纏める必要がある。
 徹夜続きを覚悟し、準備に入ろうとしたときだった。

 予備校から、テレビのクイズ番組に出演するよう指示があった。
 天海の名もあるため断りたかったが、上層部の意向だった。
 聖哉は実母譲りの端正な顔立ちにすらりとした体型だったので、予備校の宣伝に使われたのだ。気が向く仕事ではなかったが、仕方がない。
 東大卒の美青年はテレビ初出演にもかかわらずポーカーフェイスで全問正解をたたき出した。結構難しい問題が出るという噂の番組だったらしく視聴率が跳ね上がったと聞いた。一瞬、後悔した。後悔は役に立たない。番組スポンサーから気に入られた聖哉はそのクイズ番組が放送終了するまで二年間近く、テレビ局通いが続いたのである。

 葵から電話が来たことがある。
「すごかったよー。クール・ガイ、天海聖哉って。最近じゃ視聴率高いらしいよ」
「うげぇ・・・。予備校宣伝の出汁に使われたな」
 青少年心理を論理的に構築したいと葵に話した。葵も賛成の意見だ。
「そういえば欧米とかの研究成果を引用することも多いね、心理学や精神分析学は。脳科学って本当はとても大事な医学だと思う。僕はもっと詳細に研究すべき分野だと思っているのだけど」
「確かに。俺も脳の構造や心の構造って大事だと思う。自分の経験した範囲しかいえないけど、俺は最初から動物虐待に興味があったわけじゃない。家の中の冷たさや虐待で孤立感が増したんだ。その末の凶行だった。言い訳に聞こえるかもしれない。でもその両方の心理を繋ぐ役割を果たしたのが脳からの何らかの伝達物質かもと思ってる」
「そうだね、今も到る所で同じことが繰り返されていると思う。放っておいたままで脳の綿密な働きを解明しなかったら、これから人類は何処にいくかわからなくなるね」
「俺の考えは間違っていない。愛情の欠落から生じる犯罪心理は、自分の子供への虐待にまで連鎖しているんだ。それを概念として明らかにしない限り、動物への虐待も止まないし、人間への犯罪や虐待も収まらない。負の連鎖なんだ」

「俺って」
「え?」
「昔は僕だったよ、一人称。今は俺になってる。気付かなかった?何か自分の中で変化があったのかもしれないね」
「わからない。自然に出てた」
「自然に出たならいいことだよ。さっきの連鎖の話だけど、僕もそう思う」
「ああ。いつか必ず俺たちの主張を研究してくれる人が現れる。今は待ってみようか」
「うん、自分たちが今できることを、やる。そうだよね」
「椿は?元気?」
「猫ルームで猫たちのお風呂」
「相変わらず?」
「元気だよ。テレビ見れないって怒ってた。うち、ビデオ無いから」
「別に顔変わったわけじゃないし、なんで怒るの。いいよ、今度の休日そっち行くから。何でもクイズ出せって言っといて。全問正解してやるって」
「忙しそうだけど無理しないで。椿ちゃんにも伝えておくから」
「葵も元気で。年中無休の獣医さんなんだろ。無理するなよ」
「あ、今月もお給料ありがとう。アルバイト時代からずっと送ってくれてるって皆感謝してるよ。本当にありがとう」
「猫たちのために自分のご飯減らすって言ったの、椿だっけ、葵だっけ。あの言葉が忘れられない。だからこれからも俺が出来る限りのことをするよ」

 聖哉は気付いていなかった。自分の内面が変わってきたことに。
 やはり悪魔から解放された自分がいて、そいつは自身のことを俺と称し、双子を呼び捨てにするようになったのだろうか。双子への呼び捨ては親しみの表れであり、信頼の証しでもあった。
 二年前までの自分が嘘のようだった。世田谷での暮らしが始まってからは、一切徘徊することも悪夢を見ることも無くなった。時折、氷と化した父が椿を襲う夢を見た。

「あたしの火炎噴射で返り討ちにしてくれるわ。わっはっは~っ」
 椿は意に介さない。自分はブラックホールから遠ざかったのだと、こんな自分でも幸せになれるかもしれないと、そう思った。

第8章  同じ夢

 時に。
 祖父、勝利の予感は的中した。
 1990年、のちにバブル時代と言われた好景気が弾け飛んだのだ。株価は軒並み下落、紙切れ同様になった企業もあった。
 天海の会社も例外ではなかった。株価はだいぶ下がり、株主総会では経営に対する質問や要望などが相次いだ。茂は株主総会に勝利が来ると思っていたので少し焦っていた。
 勝利は株主総会に姿を現さなかった。
 そればかりか、古参の株主から「勝利さんが株を手放したってねぇ」と聞いた時は対応に困った。頷くでもなく首を振るでもなく、努めて平静を装い株主総会を切り抜けた。
 勝利が何を考えているのか茂には分らなかった。
 しかし、株を手放したということは、自分に対する影響力が低下するのは必至だ。茂は内心、ほくそ笑んだ。

 そんな父の様子を見聞きしつつ、黙々と仕事に励む聖哉と静観を決め込む勝利だった。

 茂に知られることなく、聖哉たちは仙台での計画に舵を切りつつあった。
 聖哉は祖父と相談しながら、やはり土地は仙台にすると決めた。
 最初に非営利法人の設立を考えた際は、検討段階でやむなく諦めた。非営利法人になるためには途方もないハードルをクリアする必要があったのだ。
 任意の動物保護団体として活動する一方で、動物医療を法人化するかどうか、天海勝利と葵はプロジェクトの根幹となる部分について意見交換していた。
 勝利としては、あくまで医療は医療として法人化するべきという考えだった。

「君たち三人は、三人で同じ夢を見て、三人で同じことを一緒にやろうとしてきた。私は、違う視点から君たちを見ている」

 まず、葵。獣医学部を卒業し獣医師の免許を取って猫ルームを改装し動物医療を開始した。それは紛れもなく免じて許される資格だ。獣医師の人数も増えたと聞く。時期は別として、是非法人化するべきだ。そして、保護団体やマンション、野良動物園のスタッフは、法人から派遣という形では如何だろうか、と。

「はい、開業資金を借りて現在はぼちぼち営業できている状態です。これから他の物件への派遣業務が出てくると思っていたので、今のお話はとても分かりやすかったです。派遣に関しては基本的に無償、トラブルや重大事案に関してのみ料金制にしたいと考えています。僕としては、聖哉くんが日本に戻る二年後を目途にコンサル業務を任せ法人化していきたいと思っています」
「そうだね、二年後MBAを学んだ聖哉は逞しくなって戻ってくるだろう。コンサル業務も安心して任せられる。私が違う視点といったのは其処なのだ」
 団子状態で一緒に動くのではなく、三角形の頂点から放射状に円を描く。一見バラバラなようにみえても、円は重なっている。重なっている部分は色が暗くなるからすぐに判るだろう。そこは三人で知恵を出し合えば良いではないか。葵は動物医療。聖哉は経営コンサルタント。椿は保護団体のまとめ役。色のついた部分、足りないあるいは負荷のかかる部分をお互いに補い合えばいい。

「三角形の頂点から放射状に円を描くというのは、そのような意味だったのですね。僕には考え付きませんでした」
「同じ場所から見ないからこそ気付くこともある。経営も、保護もそうだ。医療技術は流石に口出しできないがね。医療技術の進歩や、非営利団体の法改正がこの先あるかもしれない。その時々で、三方向から見ながら、君が中心となってプロジェクトを進めていってほしい」
「聖哉くんではなくて、僕ですか?」
「ああ、君にはその力が十分にある。それに、下手に聖哉の存在が知れるとあれの父親が五月蝿いかもしれない。君たちに余計な迷惑を掛けたくないのだ。これは聖哉も同じ意見だろう」
「はい、承知しました。色々とお気遣いいただき本当にありがとうございます。日本のトップ経営者の方から直接のご伝授、恐縮です。財界の大御所と呼ばれる意味がとてもよくわかりました」
「はは、昔の話さ。それではプロジェクトのハード部分について私の意見を聞いて欲しい」

 勝利の意見の概要は次のとおりだった。
 まず、野良動物園である。勝利が広大な土地購入と建物建設までを行い、その後に葵たち保護団体に貸与する方向で引き渡す。非営利団体の法改正があれば、その時点で寄付に切り替える方針だ。
 次に動物マンションだ。マンション用地も仙台市内に三つほど取得し建築完了後、団体側と契約を交わし貸与する形に決定した。寄付に関しては野良動物園と同様である。
 動物用施設の土地は、高速道路のインターから西に向かった場所に決めた。
 ゴルフ場用に買い付けられていた土地が、バブル崩壊により宙に浮いていたのだった。見つけた瞬間、勝利はそこをまるごと買い占めた。東京ドーム5~6個ぐらいの広さだろうか。どんなふうにでも建築したり増築したりできるよう、土地は広めにした方が良い。
 動物棟と管理棟、季節などによっては宿泊も良さそうな土地柄だ。また、できれば子供たちが動物の世話をできる施設にしたい、そんな思いもあった。

 聖哉は、バブルが崩壊した後、仕事に道筋をつけたうえでお世話になった会社を辞めた。元々三年の契約ではあったが、バブル崩壊の余波が色々なところに蔓延していたので、正直、バブル処理の役に立てず残念だった。社長ほか、上司や同僚の皆に心から頭を下げた。
 次に聖哉を待っていたのは、祖父との約束、スペインのMBAプログラムの勉強だった。
 祖父がかねてより信頼を寄せているスペインの友人宅にホームステイした。
 平均年齢27歳、ちょうど今の自分と同じくらいの人々が世界トップレベルの勉強をしていると思うと、椿たちのためにも負けられないと思えた。毎日、頭をフルに使って勉強した。どんなことがあっても椿たちを守れるように。

◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇

 1992年。3人は29歳になっていた。
 聖哉は二年制MBAプログラムを修得し日本に戻った。
 まず祖父に帰省報告をし、その足ですぐ仙台に向かった。
 仙台訪問の目的は、動物マンションの建設である。

 天海勝利が建築のGOサインを出し、一階に必ず動物病院と動物カフェを完備し、一年余りの時間をかけて滞りなく建設を進捗させた。
 そして葵たちの法人から獣医師スタッフが派遣され、動物病院業務と、月一回の各戸訪問を担うことになっていた。マンション用地と建物は予定通り勝利が貸与する形で契約も交わしている。一階の動物カフェも含めたマンション経営は保護団体が担い、将来的に非営利法人に移管する契約も盛り込まれている。
 行政機関から殺処分寸前の動物を預かり、里親を探すのも動物カフェの重要な業務だ。その業務は、保護団体を仕切る椿と、獣医師免許を持つ葵が同席すること 、多頭飼育による現場崩壊を招かない程度の数に限り、行政から譲渡を許された。犬、猫、ウサギなどが主な引き取り動物たちだった。犬猫は、子犬子猫、成犬成 猫と分かれていた。大きな子たちは、皆大人しい種だと担当の職員さんから聞いた。中には多頭崩壊した一般家庭から押収された陸ガメもいた。
 椿は、昔の葵の言葉を思い出した。
「ねぇ、葵。陸ガメって走るの?」
「走るよ」
「じゃあ、見てみたい」
「猫ルームは無理だから家の寝室で放してご覧よ」
「うん、やってみる」

 早速、一匹だけ陸ガメを動物用のカゴに移し、カフェではなく自宅に戻った。自分の寝室はベッドしかない。女性の部屋とは思えないほどシンプルだ。
 どうせ走るわけがない。ベッドまで行き付く前に捕まえられるだろう、そう踏んで、部屋のど真ん中でカゴを開けた。
 サササササ――――――――――――ッ。
 カメが消えた。
 どこだ?どこにいる?
 ドアは閉めてあるし、四方を見渡してもいない。
 まさかと思い、ベッドの下を覗いた。
 いた。
 カメは走った。
 あたしの負けだ。葵に謝ろう。
 悪戦苦闘の末、カメを捕まえた椿。
 葵に詫びて動物カフェの砂水槽にその子を移した。

 動物マンションの形態は次のとおりである。
 主として猫たちを一階あるいは二階のカフェで飼い、カフェのお客さんやマンション入居者に対する譲渡制度を設ける仕組みだ。譲渡された動物たちは一カ月に一度、無報酬で葵たち医療スタッフが各戸の動物を巡回診察することで虐待を未然に防ぐ。マンション契約の場合、契約終了時にはその子を家族にしてもいいし、転勤先で飼えなくて家族にできないならカフェに戻すというサイクルで運営する。
 仙台はどちらかといえば支店経済の街である。大手企業の支店が軒を並べている。すなわち、単身赴任や転勤族が多いのが特徴だ。転勤するから動物飼育を諦める人々は多い。そんな人々のニーズに応えられたのか、入居への問い合わせは多かった。
 そういった管理業務や経営コンサルティング業務を滞りなく済ませ、マンション業務が軌道に乗るよう尽力していた。管理人さんも動物好きな人を選んだのは言うまでもない。
 マンション契約時には必ず聖哉が同席した。
 過去に虐待したことのある聖哉は、相手の目を見れば虐待目的かどうかわかった。
 どんな綺麗ごとを並べたてようが、動物を家族として育てる目的以外の人間に部屋は貸さない。全国の保護団体に問い合わせると、やはりその名は保護団体の中では危険人物と目されており、団体関連からは譲渡を行っていないとのことで、個人間の譲渡で虐待を繰り返しているらしかった。

 椿は猫ルームの主として、保護と里親探しの指揮を執るほか、動物マンションにも顔を出したり、動物カフェにも頻繁に出入りしていた。先のとおり、行政機関にも通いづめだ。
 流石に疲れる。自分の分身が三つ欲しかった。
 動物カフェでは、今までボランティアをしてくれた人の中から信頼度の高い人物を三人選び、カフェのオーナーとして雇用した。カフェオーナーには、動物マンションの 巡回診療などに立ち会う業務なども任せた。また、一階に常駐している医療スタッフとの綿密な連絡体制もカフェオーナーの仕事にした。
 これで、ある程度動物マンションと動物カフェについては基礎固めが終わったと感じた。あとは、猫ルームでボランティアさんを育成し、カフェに派遣する業務が残っている。カフェオーナーは、カフェ業務だけでなくマンション巡回や医療スタッフとの打ち合わせもあるため、必然的に業務量が多くなる。やはり複数のボランティアさんが必要になると見込まれるのだ。

 ボランティアさんの育成や喧嘩の仲裁も椿の仕事だ。
 ボランティアさんたちのほんの一部は、ややもすると方向性がほんの少し違っただけで仲違いする。それを収めるのは結構頭の痛い仕事である。ああ、なるべくならと思いつつ、最終的には椿たちの趣旨に合わない方に辞退してもらうのだった。
 しかし、ボランティアさんの世界は 広いようで狭い。噂が噂を呼ぶ世界である。だから極力目と目で語り合い、腹を割って話し合うような機会を増やし対応していた。
 どうしようもない女性ボランティアが押し掛けたときがあった。寄付金に手を付けようとしたり、周りにサボることを教えてかき回そうとしたり。しかし、猫ルームの猫たちはその女性を嫌って逃げ回った。力づくともなれば、猫側も力づくで応戦した。他のボランティアさんには決してしない猫までもが、総動員で爪を立てた。
 結局、金銭目当ての泥棒を繰り返すボランティアとわかり、すぐに警察を呼んだ。

 聖哉の隣にいた、椿の後輩ボランティアさんが言った。
「猫たちが全然言うこと聞かないなんて、初めてのことですよ」
「やっぱり猫には善悪が判るのでしょうね」
「そういえば、あの人が来てから変わってしまった人もいるんです」
「人は兎角緩い方、楽な方に流されがちですからね」
「貴方は猫ルームの人ではないですよね」
「ああ、今はね。ただ家族同然のつもりでいるから、何かあったら相談してください」
 聖哉は名刺を渡した。その時椿が現れた。
「家族同然のつもりじゃなくてね、家族同然なのよ。今は東京にいるけど」
「え?椿さんの婚約者とか?」
 キャーピーと嬉しがる女子連。が、椿も聖哉も同時に言葉を発した。
「いや。違うから」
 またもやキャーピーと嬉しがる女子連。
「でも、なんかこう、ステキです。結婚とかじゃないとしても、お互いを一番認めているみたいで」
 椿も聖哉も、アイコンタクトで笑った。

 一連の騒動で遅れたが、聖哉は仙台に来たもう一つの理由を椿と葵に話した。
 祖父の意思でもあるが、これからの動物保護の在り方について海外の保護施設を見学し内情を見てきたい。大凡の日程を話した。
 本当は三人で行きたかったが、獣医として働いている葵も、保護活動に忙しい椿も、海外に行くことができないだろうと思った。自身の本音を語れずに、一人で背負いこもうとしていた。

「これから欧州の施設を見てこようと思っている。葵は獣医の仕事があるし、椿は保護で大変だろう。俺一人で行ってくるつもりだ」
「一人だと見えてこないものもあるよ!」
 椿が口をとがらせる。
「だって、今も楓さんに手伝ってもらってるんだろう」
「ところがどっこい」
 今度は口元を緩ませる椿。
 ボランティアさんも獣医師さんも心配いらないというのだ。まさか、楓さんに総て任せるつもりかと説教しかかる聖哉に、椿は待って待ってと腕を組み、右人差し指を振る。葵の取り組みが宮城・地元のニュース番組で紹介されたのだという。大学で共に学んだ仲間や、獣医師希望の学生がボランティアとして働いてくれるというのだ。
 利益目的ではないこと話して、動物を助けたいって人だけ一次面接し終えたところで、獣医師以外にも、高校からのサークル活動の後輩たちもれんめんとと続いており、テレビの影響もあってボランティアさん希望とか増えたという。ちゃんと誓約書を貰ってるし、大丈夫だと思う、と椿は勢いづいて話す。
 近頃は、運動部のマネージャーのように、地味に陰でいろんなことを纏め上げる力がある人が進学や就職に有利という話もあるようだ。

「経理的な部分は帰ってから全て俺がサポートする。すまないが俺達がいない間は楓さんにお願いしよう。二週間分の寄付や仕入れと支出を分けて、ノートに書きつけたうえで伝票取っといて欲しいって伝えて。後輩たちにも話してほしい。ボランティアの人たちには今まで通りに来てもらって。俺たち戻るまで新規のボランティアは入れない方がいい。トラブルに対処できないから。自分の意見を押し通しすような人には、この際辞めてもらうことにする。見繕ってくれ。それなら三人で行けそうだ」
 
 出発まで、パスポート取得やら簡単なドイツ語講習までてんやわんやの双子たち。葵はある程度ドイツ語に慣れていたから問題なかったし、聖哉は外国語も堪能だ。残るは椿である。椿は日本語以外、苦手中の苦手だった。
「あたし、ひとりでは行動しないから。それなら迷ったりしないよね」
「はいはい、姫は我ら二人のナイトがお守りいたします。これでいいか?」
「許す」
「映画の王女様みたいな行動だけはやめてよ。あ、アレって違う国だった」
「ああ、でもアレには憧れるわ~」
「アレってアレか?椿は顔が違うだろ。俺はあの顔できるぞ」
 聖哉が眉毛を片方だけ動かす。椿は大声で腹を抱えて笑った。

 一か月後、三人は目的地に向け出発した。これが夢への第一歩になるのだ。
 欧米では動物保護に対する基本的価値観がきちんと確立されている。特に日本でも有名なのは欧州に属する国である。
 その国では、国中に保護施設があるのだという。活動拠点から行ける範囲の施設には全部足を運んだ。東京ドームでいえば何個か入るくらいの大きな施設もあった。何れの施設も、敷地内の動物たちは伸びやかだった。人を怖がる様子は無かった。危害を加えられないことを肌で感じ取っているのだろう。猫や犬だけでなく、様々な 動物がいることに驚くのだった。中には凱旋門賞を取れなかったサラブレッドが馬主から見限られ施設に送られたこともあるという。爬虫類はほとんど扱っていないが、怪我して治療できれば動物園に引き渡すのだという。
 一番大規模な施設訪問の際、事務的なことに話が及んだ。

 事務部門の中枢はNPO法人の理事長であり、その他理事、役員が数名。保護スタッフの数は一〇〇人を超え五〇〇人ものボランティアが登録されているという。それ以外に専門知識を持った獣医師や看護スタッフが交代で常駐しているのだそうだ。その他にお客様専門の館内案内スタッフがいて、こちらはボランティアが専門に 受け持っているのだという。寄付の受領とその処理は事務スタッフに任せるそうだが、結構なボリュームになるとの説明を受けた。
 定期的に命の大切さを説いたフィルム上映や実際に動物と触れ合うことのできるスペース・保護の体験コーナーなどもあるという。
 収入について尋ねた。ほとんどが寄付によるものだという。多くは好き嫌いなしに命への投資だが、稀に猫が嫌いな人からの寄付もあるのだそうだ。理由は、猫を見なくて済むからだとか。あとは、色々な動物がいる分、動物別に寄付額も違うという。有名なサラブレッドなどはもちろんだが、意外にも普通の動物で自分が飼えない動物たちへの寄付が多いらしい。
 企業からの寄付は割合的には決して多くは無い。しかし、そこはやはり外国。動物愛護がステイタスになるということで、企業からも車や色々な寄付があるのだそうだ。日本の企業にも動物愛護への関心を持ってほしいと願う三人だった。以外にも国からのお金はないらしく、例えば、行政側が行うべきことを施設側で行っていれば、その分のお金だけは支払われるらしかったが、同等の立場として国に意見を言うためにも、国からの補助は受け入れないとの話だった。

 滞在期間は二週間。
 事務的な、特に寄付部分について何度も質問したり、ボランティアとして外国施設における動物の保護活動を手伝ったり、NPO法人についての詳細を訪ねたり。
 あとは、街中に出てインタビューして回った。ビデオカメラを手に、突撃するのである。
 ある程度外国語のわかる葵と聖哉がインタビュアーだ。インタビューしない側がビデオカメラを回す。
 椿はと言えば・・・インタビューする人間を見定める役と本人だけが豪語していた。
 日本での動物売買や殺処分について話をすると、かなり驚かれた。欧米では動物を販売する店がないし、まして殺処分など余程でなければあり得ないのだという。そのせいか、余りいい顔をされることがなかった。日本は野蛮な国だと思われたのだろう。

 まだ陽は高いというのに、椿は脇でビールビールと叫んでいる。
「能天気な椿姫だな」
「嫌なことは考えないようにしてるの」
「いい顔ほど怖いものはない。ぶっきらぼうならそれ以上落ちないで済むぞ」
「日本って建前と本音があるもんね」
「ああ、外国はそういった文化がないからな」
「でも、日本では動物が売買されているっていったら、みんな驚いていたね」
「こちらにはそういった店がないらしい、法律で禁じられているのかも」
「それだけでも羨ましいよ」
 葵の言葉がすべてを物語っていた。

 ようやく日本に着いた。東京で聖哉と別れた。
 聖哉は今頃、お祖父さんとゆっくりしているはずだ。
 椿は、以前首都で聞いた動物保護団体での活動内容をベースにした、仙都方式の動物保護の在り方と、住民間の対立解消に向けた素案作りに頭を捻る毎日だった。
 椿の考えるキャッチコピーは、「街猫と住む温もりの都」だ。
 野良猫ではなく、街猫。図らずも、昔の聖哉と同じ言葉を使っていた。本人同士で話し合ったわけでもなかった。
 街猫対策の第一歩として、猫を中心とした動物の保護団体を立ち上げ、ボランティアさんによる猫捕獲と去勢及び避妊オペの実施を行う。去勢されていない雄猫は喧嘩が多く血が絶えない。オペは可哀想だがそうすることでいくらか大人しくなってくれる。雌猫にとっても避妊オペは可哀想だが、虐待など悲惨な体験をする子猫が増えないようにするためだ。オペ後の猫は耳をチョンとカットし、オペしていることを知らせる。でないと何度もお腹を斬られる猫が出てしまう可能性がある。オペについては獣医師の関与が必須だ。オペ代は全てボランティアというわけにはいかない。将来的には行政機関にオペ代金の一部助成制度を要望するつもりだ。
 そうすれば、街には行き場の無い子猫たちが産まれることは無くなる。当然、殺処分される猫もぐんと減ることになるし、虐待される猫も減るだろう。
「猫嫌いの住民」は現在生きている親猫だけを我慢してもらうことになる。
 
 一方、「猫大好き住民」には、ルールを決めて親猫に餌やりしてもらい綺麗な状態で街猫として飼育してもらう。
 あとは、子猫の里親や寄付、ボランティアさんをお願いする「助っ人住民」。
 大凡三種類の住民タイプに分かれることになろう。
 しかし、前述の括りに入らないタイプの住民がいる。
 ペットショップで買った猫たちを捨てる住民だ。このような住民がいるから野良猫が綺麗さっぱりいなくなることはほとんどあり得ない。
 それにしても、野良猫と違い、産まれてから今までご飯を貰って生きてきた猫が突然町に放されたら、一体どうなるだろうか。
 不埒な言い方だが、人間の子供に当てはめると状況が良く掴めると思う。
 そう、飼育され続けた犬や猫などの動物たちをポイ捨てするのは、虐待に他ならないのである。
 自分でも気が付かない虐待を止めさせるためには、どうすべきか。
 色々な機会を設けて街猫運動を助長し捨てさせない空気を作ること。
 行政が動いて、猫たちペットショップで売買される動物にマイクロチップを埋め込み、販売時には、住民票や免許証など購入主を特定できるような仕組みを作ってもらうこと。
 そういった行政への要望書を提出するためにも、街猫運動を活発化させることが必要だ。

 葵は猫ルームで怪我した猫たちの治療にあたっていた。
 近所の人が診察に訪れたり、猫ルームを手伝ってくれる友人たちの紹介で動物の診察に訪れる人もいた。大学時代の友人が数名、仙都に移り住んでくれたから交代で動物たちの治療に当たることができ、夜中でもすぐに駆けつけてくれる獣医さんとして、街の情報誌に掲載された。動物マンションにも交代で獣医師を派遣している。マンション内やカフェの動物だけでなく、一般住民のペット診療も増えてきたとのことだった。マンション及びカフェについては譲渡事業の一環なので診療も無料だが、流石に一般の方が飼うペットは、獣医師法による診療になり、当然料金がかかる。詳しく話をして、理解してもらい診療に当たった。皆で色々な出来事を経験しながら動物の診察に明け暮れていた。食べるに困らない程度の収入を得ることができていた。

 ひと月もしないうちに、また聖哉が来た。
「忙しそうだね」
「ああ、かなりハードになる。葵、お前野良動物園の設計図か内面図持ってるか」
「うん。ある程度まで絞ったのを持ってるよ」
「じゃあ、これから俺たち三人と診療の無い医師連中で内容を詰める」
「あら。いきなりトップスピード」
「祖父が今だ!って叫んで俺をこちらに派遣した。祖父からの伝言だ。「一週間の間に内面図を完成させて、今年中に建設に入りましょう。その時がきたようです」だそうだ」
「あらら、音速か光の速さだね」
「頼んだぞ。役所関係回りながら土地の辺り見てくる」
 野良動物園建設の日が来たか、と葵は嬉しくなり椿たちみんなに話した。一同喜んだ。しかし、思いもよらぬことが起こった。
 土地の目途はつきある程度の設計段階までこぎつけたのに、野良動物の保護行為は、地域の人にとっていいことだけではなかったようである。主に猫が中心だったはずなのだが。
 騒音、悪臭、獰猛な動物の逃走や施設破綻時の動物たちの処理方法など異論が噴出し、建設反対のビラが撒かれたり、開園そのものを潰そうという動きもあった。
三人にとって、足踏みの状態が続いた。住民合意は避けて通れない問題だからだ。

 そこで、聖哉はすぐに榎並に電話をした。
「お祖父さま、仙台で野良動物園への反対運動が起きています。どのように鎮静化し工事を進めるか悩んでいます」
「お前の策を聞こう」
「まず、どうして野良動物園が必要か、そこがみなさんお分かりでない。噂が噂を呼び尾ひれがついて独り歩きしている状態です。そこで問題点を整理し、住民説明会を開催したいと思います。一般の反対派ですが、こちらはテレビで欧州の動物保護施設特集を組んでもらおうと思っています。仙台に同じものを作るという宣伝も兼ねて。欧州側に番組の意図と相応の謝礼を支払えば園内の撮影許可も下りるでしょうし、同じ施設ができるとなれば市民や県民の誇りにもなります。世界にあるものが日本にできるのですから。建築主として天海の名を出していいものでしょうか」
「どちらに転ぶか、それはわからないな。ただし、メディアに出るとなれば今以上に色々な噂が飛ぶから覚悟しなさい」
「僕を養子にしてくださった時から、お祖父さまの後ろに隠れるだけでは駄目だと感じていました。自分自身のトラブルならば、前を向いていくつもりです」
「そうだな、その時々で巡り合わせもあるだろう。お前たち三人の知恵の絞りどころだ。頑張りなさい、応援している」
「ありがとう、お祖父さま」

 これを機に攻勢に転ずる決意を固めた聖哉は、高校・大学の同期生で現在はテレビ局に勤務する男性と、これまた高校・大学の同期で省庁に勤務する男性にコンタクトを取った。テレビで欧州の動物保護施設を特集した番組を放送して欲しいとお願いした。
 詳細な放送内容と欧州の取材先を伝えた。当の動物保護施設の撮影許可が下りるまで少し時間を要したが、全体特集及び動物ごとの詳細番組として関係省庁が後援する形で構成を組んでもらえることになった。ドキュメンタリーを得意とするテレビ局及び関係省庁からのОKサインがでた。
 だが、果たしてそれで周辺住民の理解が得られるだろうか。放送が始まる時刻になると、猫ルームに集まって小型テレビを三人で固唾を飲んで見守った。全体特集番組と動物ごとの詳細番組を見終えるまでの一カ月余り、半ば生きた心地のしない三人だった。

 さて、その後、野良園周辺はどうなったのだろうか。
 テレビの影響はすごかった。国内での賛成意見は週刊誌を賑わせ、新聞社の取材などもあり、葵が主に取材に応じた。
 賛成意見の主なものとして、放送内容と同様の動物保護施設ができるなら大変喜ばしい、というものだった。動物ごとに詳細な説明を加えたことも功を奏したようだった。犬や猫の殺処分も大幅に減ることが望ましい、と賛成意見を寄せてくれる人もいた。

 賛成とまでは行かなくとも、強硬に反対を唱える住民はほとんどいなくなっていた。
 其れとは別に、寄付の方法や動物の収容規定、ボランティアになる方法など、色々な質問がテレビ局に寄せられたと報告があった。
 テレビ局から、再放送の決定と、放送中に質問に対する答えをナレーション形式で流す方法を提示された。国全体にわかってもらえる、またとない機会だった。質問が来るたび、葵が回答を準備してテレビ局側に渡した。
 番組は好評で何回も再放送が組まれた。

 聖哉は、行動に移すなら今だと確信し建築申請を提出した。
 建築主は天海勝利である。こちらも法人ができるまでの間は土地と上物が貸与という形になっている。
 計画としては、敷地を3つに分割し一つずつ申請する。万が一どこかで何かのトラブルがあっても、一箇所でも出来上がっていれば前に進むことが出来る。リスク分散しながらの計画を進めた。
 一つ目は比較的大規模な動物保護施設だ。敷地内に建物をロの字型に建て、ひとつひとつケージを配し屋根を設ける。そして内側全体をガラス張りにして見学できるようにし、希望があれば直接手を触れることも可能だ。中庭を設けて犬など運動が必要な動物に備える。こちらは、どちらかといえば犬や猫などペットとして譲渡可能な動物を主とした施設で、サラブレッドや乗馬用の馬などもこちらに収容する計画だ。

 二つ目の保護施設には、野生の動物や大きな動物を収容する計画である。ただし野生なだけにどんなウィルスを持っているか分からない。また、野生だと飼うことが禁じられている種もあるし、何より人間に飼われてしまったら野生の勘を忘れてしまう。そういったことも含め、野生動物たちは一般公開の対象とせず、施設内に隠しカメラなどを設置し隣の施設からリアルタイムモニターで見学できる間接見学を予定している。本当は熊やイノシシも収容したいが、残念ながら今回は諦めることにした。その時々で方向を模索していく予定である。

 三つ目の施設は、管理棟に宿泊棟を併設した。「ふれあい」ではなく、「動物飼育教室」として、飼育のプロを呼び飼育する際の注意点などを講演することにした。これから動物を飼いたいというときのために、初心者用マンガ式小動物別飼育パンレットを配布し動物愛護及び健全な飼育の啓発に努めた。
 宿泊棟は、その延長線上で建設した。二日間、あるいは三日間の飼育プログラムを準備した。ボランティア志望、町内会有志、小中高生に向け、猫やウサギなど小動物の保護方法なども講義した。一方、高速道路で日帰りする人々には、仙台界隈の観光を見やすくパンフレットに収め、園内で次の目的地を探せるように気を配った。

 さて、建築許可の申請に当たっては、やはり色々と細かなことが多く、建築に詳しくない聖哉では無理だ。祖父の知人の一級建築士のアドバイスを得て、やっとのことで建築の許可が下りた。
 施設の宣伝広告は、メディアの力を最大限借りることにした。
「天海勝利、仙台に欧州式動物保護施設を建設」との見出しが新聞や昼のワイドショーを賑わせている。
 さあ、夢の実現は目の前だ。

 その前に、行政機関との間で協力体制を築きたいという、超難問が待ち構えていた。
 動物センターなどに持ち込まれ殺処分される動物を減らすため、動物保護団体が覚書を交わし動物センターから殺処分しなくても済む動物たちを全て引き取り、動物マンションやカフェで飼育するとともにボランティア団体が里親探しを一手に引き受けるのである。残りは野良動物園で保護しながら里親などの機会を待つ。膨大な数の動物が殺処分されている現状に対して、動物保護団体と地方公共団体、ボランティアグループが一体となった動物殺処分廃止計画を要望する書面を出したが、思ったような進展は無かった。
 また、西日本や中部の地震災害を受け、災害時に避難所暮らしをする人々はペットを連れていけないことや、ペット可の避難所でもトラブルが相次いだこと、ペットがいる家では車で寝泊まりして体調を崩す人が相次いだことから、野良動物園で一旦ペットたちを預かり、落ち着くまで保護するという災害時動物避難所指定計画も急ぎたかった。要望したがやはり、思ったような進展はない。
 しかし災害はいつくるかわからない。動物殺処分廃止計画と災害時動物避難所指定計画は、何回でもトライする覚悟で要望を続けるのだった。

 一年余りの時間をかけた野良動物園の工事終了日。聖哉は朝一番の新幹線で東京を発って野良動物園に駆けつけた。建設現場から猫ルームに戻った三人。時間は夕方五時だ。
 さすがに今日は疲れた。しかし建設を急がなかった分、仕上がりは満足のいくものだった。自分たちのわかる範囲で設計図とにらめっこしながら疑問点は全て尋ねたし、何より建築主が天海勝利ということで、丁寧な工事が行われたような気がする。
 やっと、ついに、完成にこぎつけた。
「完成したな」
 満足げな聖哉。
「名前どうする?」
 冷静な葵。
「SENDAI」
 考えのない椿。
「DATE ANIMAL」
 突然、亨と楓が飛び込んできた。
「へ?なんで?」
 椿が聞く。
「伊達な動物。伊達アニマルじゃなくて、デイトアニアルよ」
「楓さん、それって男女のデートの意味ですよ。それでもいいですか?」
「あらやだ、だめね」
「ファンタジー」
「外国バンドの曲だ」
「ばれたか、大好きなんだけど」
 椿はヒューヒューと口笛を吹く。
「じゃあ、ファンタスティックパークっていうのはどう?」
 葵が口にした。みな、やんややんやの大騒ぎである。
「本名はファンタスティックパーク。愛称はファンタパーク」
「あ、それなら呼びやすくていいわね」
 椿も楓も嬉しそうだった。

 建設を終え、最初に始めたのがスタッフ募集である。メディアが取り上げてくれたおかげで、建設終了時から開始した寄付は予想をかなり上回った。
寄付が予想を上回ったことで最終的には、ボランティア100人、業務スタッフ50人、事務スタッフ10人、医療スタッフ20人と看護スタッフ20人で施設の開園に扱ぎ付けることができた。
 ここでは、見学料の代わりに、入場時に1グループ300円以上の寄付を募るのである。
 窓口で寄付金を支払い、園内に入る。そして、退園時に「施設に満足した」あるいは「何かに役立ててほしい」という気持ちを持ったお客さんはもう一度寄付してもらい、施設を出るときに寄付明細を渡す仕組みにした。中で実際に保護現場を見たり動物の世話もできることから、何度も足を運んでくれる家族もいた。その末に犬や猫を飼いたいので譲って欲しいとの申し出も多かった。リピーターの人々は、いつも多額の寄付金をお支払いくださった。初めて見た人々にとっては、善し悪しもあるだろう。別にいくら以上という強制はしないが、1円というのも正直寂しいので300円スタートにした。

 最初は野良ルームからの子猫や行政で殺処分される一歩手前の子犬や子猫が多かった。里親探しを行いながら世話をした。やはり野生の動物が怪我をして入園してくる事例が増えた。熊は怪我をしていれば麻酔をして、治療した。園で飼うのは無理だった。タヌキやキツネも多く保護された。色々な病原菌を持っているとされている彼らは、一時的に隔離棟へ運び治療した。猿の保護例は今のところない。
 野生動物は長く保護できない。自然の理を忘れないようにするために、早く元の場所に放すことが望ましい。
 懸念していた馬なども入園してきたし、ブリーダーの飼育崩壊現場からレスキューされた犬や猫たちも多かった。しかしブリーダーの場合はブランド犬猫が多数だったので、里親探しは比較的スムーズに運んだ。
 野生動物などの脱走を防止するため、園の周囲にはそれとわからないように高圧線を配していた。これで外から入るのはまず無理である。

 ファンタパークの完成記念を兼ねて、椿と葵は天海の家に連絡を取り、保護団体の活動ついて現状説明と、より具体的な将来ビジョンの報告と施設のお披露目を予定している旨を伝えた。
 勝利たち一行は、専用機で仙台入りしたのち、直にファンタパーク入りした。開園のお披露目の際、勝利は敢えてテープカットに列席しなかった。天海のパークと思われるのが嫌だったのだ。東京では取材に応えたが、出資のみで経営はしないこと、土地建物などは団体に貸与していることなどを伝えただけだった。

 パークに到着した勝利に、葵が挨拶した。
「ようこそおいでくださいました。天海さまのご尽力にてついにファンタスティックパークが完成しました。お疲れでしょうから、ご休憩ののちに施設内をご案内します。そのあとで保護団体の活動報告などの現状をご報告します」
「ありがとう。落ち着いたら呼んでくれると思っていたよ。何故か聖哉は話してくれなくてな」
 施設の概要と内部を案内したあと、一行はパークを後にした。近くにある大手デベロッパーが開発した大規模開発地の一角にあるホテルに勝利たちを案内するとのことだった。とても綺麗な街だった。片道三車線の幹線道路から住宅が見えることは無く、住宅側は丘の上に位置するような形で、住宅から道路まで緩やかな傾斜で芝生が植えられていた。植樹も綺麗に剪定されていた。
 ホテル側も同様に芝生が植えられ、素晴らしい景観だった。くるりとコーナーを曲がり、まず、葵たちが乗る車がホテルの車寄せに停まった。葵と椿が車を降りると、次に勝利の車が車寄せに入った。勝利が車を降り、ロビーに入った時だった。
「お祖父さま!」
 聖哉が飛んできた。双子が用意したサプライズだった。
 天海氏にはひとかたならぬ恩がある。聖哉がこちらにくるたび、嬉しさと寂しさがあったことだろう。見知らぬ土地で、観光したり話をしたり。そんな普通の生活を送って欲しかった。
「ありがとう、葵くん、椿さん」
「いえいえ、私と葵の夢を叶えてくださったお礼です。足りないけど」
「お祖父さま、ひと月ほどこちらで過ごしませんか。丁度温かくなってくる頃です。ここは閑静な場所ですし、高速道からも近いのでオススメなんです。お身体が差し支えないなら、少し遠くまで足を伸ばしてみましょう。東北にはお越しになった経験がありますか?」
「いやあ、前に深野さんの猫ルームに伺ったときだけだ。じゃあ、このひと月はお前が観光コンサルとガイドを兼ねて、私を案内して欲しい」
「かしこまりました」
「さ、楽しいことが続く。今度は報告を聞かせてもらうことにしよう」

 保護と街猫運動に関しては、椿が責任者だ。以前東京で聞いた動物保護団体での活動内容をベースにした、仙台方式の動物保護の在り方と、住民間の対立解消に向けた素案をレクチャーした。
 キャッチコピーは、「街猫と住む温もりの都」
「猫嫌いの住民」「猫大好き住民」「助っ人住民」を中心とした、行き場の無い猫を減らす、虐待の無い街づくり。しかしそこに立ちはだかるのが「捨て猫住民」の存在だ。
 その問題については、行政が主導しペットショップで売買される際にマイクロチップを埋め込み、販売時には住民票や免許証など購入主を特定できるような仕組みを作ってもらうこと。そういった行政への要望書を提出するためにも、街猫運動を活発化させることが必要である。
 動物病院が西側に建った深野家では、保護スペースは東側猫ルームのみになった。
 今後も猫オペによる耳カットを中心に野良猫を増やさない方針を主とし、基本的には里親を探す方向性に変わりはないが、どうしても人馴れせず野生に暮らしたい猫などは無理に人の家に押し込めず、避妊や去勢の手術を施したうえで、気軽に出たり入ったりの住処を提供する。
 今後は里親探しを今まで以上に強化する必要もある。その対策として今後浮上するのが聖哉も挙げていた「期限付き猫譲渡事業」である。
 猫好きと猫嫌いの対立については、保護団体が間に入り双方の意見を聞き取りながら地域の融和を目的に街猫運動の根幹とすべく整理していく。
 県内で殺処分される犬や猫は結構な数字となるが、猫の数が圧倒的に多い。一日でも早く、一匹でも多くの猫たちを死なせないためにも、街猫が子猫を産まないような対策が必要だ。

 猫ルームでは前から、野良猫のオペを実施し終わった猫には耳カットしている。オペについては獣医師の関与が必須だ。オペ代は全てボランティアというわけにはいかない。将来的には行政機関にオペ代金の一部助成制度を要望するつもりだ。
 少しでも環境を良くして住民対立を防ぐには、そういった方法が必須だと感じていた。
 その一方で、自然の繁殖のみしか認めないグループで反対行動の機運が高まっていた。
 椿も葵も、保護団体に関わるみんなが思う。全ての人が動物好きなら対立など起こらない。互いの言い分が平行線を辿るからこそ、折衷案として猫オペが必要なのだと訴えている。
 任意保護団体として活動を続けることでは全員の意見が一致している。非営利特定法人としての活動はしばし待て、との勝利の意向があったからだ。

 それからひと月の間、聖哉はコンサル業を休んで祖父とホテルでの生活を楽しんだ。慣れ親しんだ使用人ではないが、榎並さえいれば不具合もなかった。毎日とはいかずとも、東北のあちこちを祖父は訪ね歩きたかったようだ。特に、リアス式海岸に興味を持ち、時間をかけ宿泊先を変えながら南から北へ、北から南へと移動した。
「フィヨルドは見学したことがあったが、同じような景観かと思ったら全然違うのだな。驚いたよ。私は水辺の景観が昔から好きだった。海の無い場所で育ったからだろう。大人になって海辺で仲間たちと遊んでいたとき、真っ暗な空が急に光った。稲妻だったよ。あの光景も忘れられない一つだ」
「海にも寄られますか」
「降りて潮風を浴びてみたい。潮の香りを嗅いでみようか」
 小さな海水浴場の駐車場に車を停め、砂浜に降り立った。少しバランスを崩しかけた祖父の肩を抱いた聖哉。
「ありがとう、聖哉。今回のサプライズは忘れることのできない宝物になったよ」
「いいえ、これまでのご恩にいくらかでも報いることが出来れば嬉しいです。また今度、東北以外にも旅行しましょう」
「そうだな、今度はどこにしようか」
「北は北極海から南は南極まで。いずれは地球の外まで行けるかもしれませんよ」
「はっはっは。ならば、ぜひ宇宙を所望したいものだ」

第9章  活動の広がり

1995年。
 西日本で大災害が起きた。国中が震撼した。
 現場は途轍もない自然の力で破壊されていた。災害時の動物保護について、どんなにスピード感が重要か、まざまざと見せつけられた出来事だった。一週間ほど、葵と椿が交代で動物保護団体でボランティア活動を行い、両者は仙台に帰宅したばかりだった。
 そんな折、聖哉が仙台を訪れた。

 その年成立した一つの法案があった。NPO法人設立に関する法案だ。これでやっと、椿たちがNPO法人として活動できる。活動の幅は大いに広がるだろう。
 これである程度の道筋がついた。椿・聖哉・葵の三人は、早速それぞれの分野でNPO法人設立の作業に取り掛かった。
 まず、NPO法人設立作業。これは聖哉が受け持ったが、法人名を書くのが恥ずかしい。法人名は「愛らぶアニマル」勿論、椿が高笑いして付けた名称だ。果てしなく単純な椿。そして、次の事務手続きに移る。祖父の命により、NPO法人の設立認可と同時に、天海勝利の所有する物件、ファンタスティックパークやマンション全てをNPO法人に寄付したのである。
 理事長や理事の選定には深野家や医療フタッフに人選を仰いだが、一日も早く事業を行えるよう、経営コンサルとして聖哉がトップスピードで走り続けた。聖哉は今も東京で勝利と暮らす。コンサル業務が忙しいと月に一度も仙台に来ることが出来ないときもある。だからこそ、仙台にいるときにはコンサル業務に徹した。
それでも、聖哉は東京に帰るとしょんぼりする。マンションの見取り図くらいは知っているが、カフェの内装アイディアなど、本当はみんなと楽しく相談したかった。カフェについてはほとんどアイディア提供できていなかったから。

 正直、寂しかった。
 いつも皆で一緒に笑っていたかった。
 みんな揃って笑っていることが俺の夢だった。
 本当にちっぽけな夢だけど、それさえあれば立派な家も高級車も贅沢な暮らしも、お金さえも要らなかった。
 でも、椿の夢を叶えるためなら寂しさも我慢できる、そう思った。
 昔、小さい頃に味わった我慢とは違う。誰かを助けるための、誰かを守るための我慢。
 そう、我慢には色々な種類があるのだと分かった。
 虐待などの心理的・肉体的苦痛に耐える我慢もある。この場合は往々にして犠牲が伴う。
 足腰などの痛みを耐える我慢もある。犠牲ではないが早めの処置が必要だ。マラソンのように長い距離を諦めないで走り続ける我慢もある。この場合には達成感というご褒美が待っている。
 自分は我慢することによって犠牲になるのではない。その代りご褒美もない。それでいい。プラスもマイナスも要らない。俺をいつでも受け止めてくれる温かい人たちがいる。たったそれだけで俺は満足できる。そう思った。

 今回の仙台出張は長かった。全てに片を付け、NPO法人として保護活動するためだ。細かいことまで全て仕切りつもりで来た。
 並行して、動物医療部門。猫ルームが対象物件だった。
 葵の発案どおり、勝利からの提案を受け、聖哉が戻ってきてから法人としていた。動物の場合、医療法人として設立はできないのである。医師が数名常駐することから、法人としての運営が最適と思われた。大学卒業直後から政府系金融機関の融資を受けて西側猫ルームの改築を行い数名のスタッフで動物病院を始めていた。東側は今も猫ルーム機能を果たしている。
 病院の経営状態を把握した。大学時代からの友人でそのまま残ってくれる男性もいたし、個人で施設を準備する必要が無いことから、応募者はそれなりにいた。収入もまずまずなので当座は心配いらないだろうし、この方が安定した経営ができると考えた。この法人からNPO法人に獣医師を派遣する協定も結んでいた。何より、葵がいる限り内部的なことに関しては心配いらないだろう。
 動物マンションの獣医師常駐も契約通りに進んでいるが、NPO側が負担する医療費が少し多いように感じられた。この資料だけではわからない。あとで各マンションから資料を集め、検討材料とすることを決めた。

 NPO法人は聖哉のアドバイスの下、保護事業及びマンション管理、住民への「街猫運動」などあらゆる面で機能強化を視野に入れ動いていた。
 法人には、勝利が個人財産から多額の寄付をした。また、これまで貸与していた動物マンションの建物や敷地、ファンタスティックパークの建物及び敷地についても正式に寄付する意向を固めたという噂が政財界に流れた。その後メディアからの取材が殺到した。取材への対応は祖父側ですべて仕切った。聖哉が前に出ることは許されなかった。
 今はまだ、聖哉が祖父の代わりをすべきでない、と祖父からの指示であった。
 天海勝利が動物愛護のために寄付をした、というだけでメディアはこぞって記事にした。天海勝利の名は、この時代においても影響力があった。天海が寄付するNPO法人なら、と寄付を申し出る企業もあったくらいだ。
 天海側では、取材等で寄付の理由を聞かれると、動物保護への惜しみない協力、幼年期の情操教育と青少年の健全な心の発達、人間と街猫との共存など、人々を癒す力に尽力したいと答えていた。財界の大御所が放った発言は、重みを持つものだった。

 どちらかといえば、椿は目の前のことに熱中する節がある。
 葵は先を見越して考えるが迅速な行動に移すのは苦手な方だ。
 聖哉は右脳と左脳が同時に活動を始めるので、素早く動くことができる。

 聖哉自身は、個人や小さな団体での活動や、自分たちのようなNPO法人がどんなに一所懸命活動しても、日本の根幹的な環境行政・青少年の犯罪抑制に杭を打つことができないことを知っていた。そこで経営コンサルタントとして、青少年教育関連の管轄・動物保護関連の管轄・NPO関連の管轄省庁に要望書を書いた。

 年間収入が平均よりも倍以上の家庭で親からの愛情を受けずに育った子供は動物を虐待する確率が非常に高いことから始まり、やがて矛先は人間へと向かい殺人などの凶悪犯罪に発展するという心理があること。特に金持ちの父親との確執で歪んだ精神は、かなりの確率で殺人に傾いていると考えられ、虐待は連鎖反応を起こしている。親に虐待された子供は親になった時、また我が子を虐待するといった状態になる。そして反対に、愛護の精神は親の愛情から始まるという逆説が成り立つと確信している。
 青少年の犯罪抑制のために野良動物園の必要性を訴え、補助を要請した。ただ、心理学を勉強していない聖にとって、内容はある程度正当であっても、法的根拠がないと撥ねつけられることも知っていた。この案件は長丁場になると思っていたから、小手調べの段階と知りつつ最初の挨拶程度に要望書を送った。

 動物保護の法令に抜け道があることを訴えた。
 欧州のように、全てのペットショップを廃止できれば望ましい。だがそれは無理だとわかっていたので、子供の動物たちに悪影響がないよう配慮を求めた。具体には、展示時間である。夜の展示は酔っ払いが記憶を失くし購入することが往々にしてあるからだ。
 また、犬や猫の移動販売全面禁止を要望した。犬猫の移動販売は、表向きはイベントと称して大きな会場を借り、ふれあいコーナーなど設けているが、その実情は決して愛護精神に基づく事業ではなかった。
 ビリビリ引き裂いた新聞を敷いただけの縦横十センチ程度の小さな段ボール。そこに入れた子犬や子猫は何百、何千キロもの移動を強要された。そして高価な値で販売された。もちろん、外見はきちんとした犬種や猫種である。だが小さな子犬や子猫の病歴は隠されたままだった。もし買ったとしても、長生きする子は皆無なうえに、何らかの病気を発症し動物病院通いが欠かせない状況になっている。しかし、辛い移動や飼育状況から、イベント会場に来た犬たちは「自分をここから助け出して!」と言わんばかりに吠える。猫も同じだ。
 ふれあいコーナーに出てくる犬猫は、売れ残り。死なない程度に餌をやって、イベント会場に連れて行く。彼らにとって、イベントは面倒そのものであり、小さな子が来て何かを目の前で振っても興味を示さない。とにかく、何もする気が起こらない。
 虐待以外の何物でもないこのイベントと称する生体売買は許せなかった。
 この体験は聖哉ではなく、双子が経験したものだ。
 悪徳業者は厳しく取り締まり営業強化を取り消すべきだと断罪した。

 また、若者を大事にしないと国が亡ぶ、というのが聖哉の持論だ。
 今の若者が仕事に就けない現状を見ると、将来が心配になる。お祖父さまはいつも、初めは出来なくて当たり前だから三年は育てる期間なのだと仰っている。実践されていないような気がするのは聖哉だけだろうか。
 今の日本には、若者を受け入れるだけでなく育てる枠組みが必要なのだ。そうしなければ日本はいつか疲弊し破綻するだろう。若者就労対策は必要不可欠であり早急に措置すべきもの、と聖哉はかねてより述べている。
 管轄省庁に送った手紙には、それらの省庁が横のつながりを持ち青少年の犯罪防止するための抑止力として、学校施設への心理カウンセラー配置、命の大切さを教えること、動物保護団体見学の義務化、最初に犠牲となる猫などの動物保護・NPO法人の広報活動許可、など法人設立に弾みをつけることを書き添えた。青少年が犯罪に手を染める前に誰かが気付いてあげなければならない。

第10章  34歳

3人は34歳になっていた。 
 1997年、もうすぐ2000年という節目になりつつあった。
 相変わらず、聖哉の仙台―東京間の往復は続いていた。
 忙しく、祖父に会っていない日も多かった。経営について少しでも話が聞きたい、そんな思いもあった。
 それに、経営も順調になりつつあるファンタパークを再びご覧いただきたい。そして、こんどは東北以外の地域を旅したいと話したら、承諾してくださるだろうか。
 そんな時だった。祖父宅にいる榎並から電話がきた。
「聖哉さま、お疲れさまです。順調に運営されているようですね」
「はい、お祖父さまや榎並さんにも現状報告を、と思っていたところです」
「勝利さまからのご伝言をお預かりしております」
「お祖父さまに何かあったのですか?」
「勝利さまはお身体の調子が優れません。仙台での療養をお望みです」
「どこかお悪いのですか」
「それはまた後程」
「わかりました。では準備を整えておきます。」
 聖哉は榎並の指示通り、以前宿泊したホテルをワンフロア、無期限で予約した。
 翌日専用機にて仙台に着いた勝利。
 体調が良かったらしく、ファンタスティックパークを訪れた。車いす姿ではあったが、時折笑顔を交えて説明を受けながら頷き感嘆を漏らす場面もあった。
 一通り説明が終わると、勝利は聖哉を呼んだ。
「よくここまで頑張った。よく夢を叶えたな。お前は自分に打ち勝った。誇りに思うぞ」
「お祖父さまが拠り所となってすべてを援助してくださったからです。お金という意味ではなく、世の中、情けというものを教えてくださいました」
「さて、私は少し疲れた。東京には戻らずに近くのホテルで過ごそうかと思う。ワンフロアを借り切った、お前も泊まってくれないか」
「はい、夜も早めに切り上げて戻って参ります」
「是非そうしてくれ」
「それでは、深野さんたちにも来ていただきましょう。交互に。椿は相変わらず五月蝿いですから」
「それは助かる。話し相手になってもらえるな」
「お任せください、お祖父さま」
「ああ、言うのを忘れていた。もう東京には戻らない。お前のコンサル事業拠点もこちらで構わないと思う。この際仙台に移ってもいいかもしれない。屋敷に大切なものがあったら、深野さんに預かってもらうといい。仙台市内にマンションを準備して事務所兼自宅にする方法もある。今後屋敷は閉める予定だ」
 ちょっと驚いたが、聖哉にとって仙台への移住は願ってもないことだった。
 次の日榎並とともに東京へ行き、大事なものを整理して深野家あてに配送した。祖父の大事なものは、どうやら仙台市内のどこかに預けてあるらしかった。ただ、忘れ物がないかどうか、それを確認したかったようだ。

 勝利の家では榎並以外の使用人が並んでいた。
 榎並が皆に告げる。
「皆様、これまで旦那様と聖哉さまのために一所懸命お仕えいただき有難うございます。旦那さまから皆様にお手紙をお預かりしています。以前よりお知らせしていましたが、本日を持ちまして、この家での給仕が終わります。もう一つの封筒には、ひと月分のお給料と、これまでの功労金の小切手も入っていますのでご確認ください」
 皆、封を切って手紙を読んだ。別の封筒内の給料や小切手を確認する者もいれば、確認しないまま泣き崩れる者もいた。
 今まで食事を作ってくれた優しい家政婦さんが恐る恐る榎並に確認する。
「旦那様はもう、こちらにはお戻りにならないのですか」
「はい。これからは聖哉さまと一緒に仙台で過ごされたいとのご希望です」
「どこかお悪いのですか」
「現在検査中です。良くしていただいたのに申し訳ない、とのことでした」
 皆が口を揃えた。
「旦那様に、お大事になさってくださいとお伝えいただけますか」
「かしこまりました。皆様のお優しさが今までこの家を支えてくれました。本当にありがとうございます」
 聖哉も挨拶した。
「僕は短い期間でしたが、本当に幸せな毎日を送ることができました。これも皆さんのおかげだと思っています。心から感謝しています。みなさんもどうかご自愛ください」
 皆が支度を整えるまで待ち、榎並と聖哉は玄関口で皆を見送った。
 そのあと、榎並が呟いた。
「こちらにくることは、もうありますまい」
 聖哉は驚いた。
「二度と、ですか」
「はい、二度と。これから家の戸締りを見て参ります。鍵は旧知の不動産会社に託して月に数回換気せよとの仰せでした」
 勝利に言われたとおり不動産会社に鍵を預け、榎並と聖哉は仙台に戻った。

 勝利は仙台郊外のホテルのワンフロアを借り切って静養に努めた。
 聖哉は祖父の年齢を知らされていなかったのだが、八十四歳だという。激動の時代を生き抜いてきた祖父に尊敬の念を込めて、聖哉は毎日ホテルに泊まり、深野家でも時間の許す限りホテルを訪れるのだった。
 ワンフロアを借り切ったのには理由があった。主治医と看護師が同行していたのである。ある晩聖哉は、榎並から勝利の病名を知らされた。祖父・勝利は末期の膵臓がんと診断されていたのだった。そのため、もしもの場合に備えて医師が同行しているのだという。
 それを聞いた時、人目もはばからず聖哉は泣いた。深野家の人たちには伝えることができなかった。

 勝利が仙台を訪れてから半年が過ぎた。勝利はホテル内で緩和ケアを受けながら過ごしていた。なるべく痛みの無いように、人間らしく生きられるように、との願いからである。抗がん剤や放射線治療は一切拒否してのことだという。祖父らしいと思った。
 そんなある日のことだった。
 ファンタスティックパークにいた聖哉の下に榎並からの電話が入った。
「勝利さまが病院に入院されます。これから東京の茂さまにも連絡します。聖哉さまは病院にお急ぎください」
「わかりました、急ぎ向かいます」
 病室に着くと、勝利が眠っていた。息をしているのかどうか心配だった。
 覗きこむと、明るさでわかったようで目を開けた。
「おお、来たか。もうファンタスティックパークには行けないようだ。残念だな」
「そんなこと仰らずに、またお越しください」
「お前にお願いがあるのだ。是非、聞いて欲しい」
「どういったことでしょうか」
「私は一代で財を成したから墓がない。妻の遺骨は屋敷にて供養していた。今は、さるお寺で預かって頂いている。しかしな、お前たちのあの施設を見て人間も土に返るべき生き物だと分かった。だから私と妻の墓を施設内に作り散骨して欲しい。いつまでも動物たちと一緒に供養されたいと思う。墓は仰々しくしないでくれ。みんなが一緒に入れるような大きさでお願いするよ。ちょっとした草原や花畑の丘にしてほしい。周囲はホテル周辺の芝生のようにな。場所を選んですぐに榎並に連絡しなさい」
「親族連中が納得するでしょうか」
「遺言を書いた。効力を発揮する正当な書面だ。弁護士数名と榎並が立ち会う。問題はない」
 聖哉はパークの見取り図を出し、場所を考えた。祖父がそのように希望するなら、自分もそれに倣おうと思った。入園してすぐの右手側と左手側に、こじんまりとした空地がある。そこをちょっとした丘のように盛り上げてみんなに見てもらえるようにすればいい。
 片方を動物たちにして片方を自分たち人間に。散骨なら場所を取ることも少ないだろう。チビッコが踏み荒らしたりすることの無いように、最新の注意を払おう。少し傾斜をつける方法もある。いずれ、今は場所だけ決めて榎並さんと相談しよう。

 その場所を第一候補として榎並に報告した。榎並が別室の弁護士と話していたとき、天海の家族が入ってきた。いかにも看病疲れといった面持ちである。流石の聖哉も呆れ返った。そこまで演じたいか、そのポーズ、である。病院の関係者が居なくなると、三人は聖哉を睨みつけた。
 父は財産が減る悔しさに。継母は聖哉の成功を妬んで。弟は素行が悪く残念な頭脳の持ち主だったため通常の大学など遥か彼方。当然、出来のいい兄への悔しさから。
 まあ、この人達はそういう人種だった。表と裏の顔で生きていたな。仕方ない、変わらないものは変えられないのだ。

 皆が病室に集まる中、少しずつ、勝利の意識は遠のいていった。
 息を引き取る間際、祖父は親族の中で聖哉を指名した。
「お祖父さま。お疲れでしょう。少しお休みください」
「ああ、そうさせてもらう。私はずっとお前とともにいるよ」
 聖哉の耳元で囁く勝利だった。
 そして、安らかに息を引き取った。
 聖哉は涙が出た。祖父がいなければ、きっと今頃自分は罪を犯していただろう。感謝してもしきれない、いくら頑張っても返しきれないほどの恩がある。自分のことで精いっぱいだった自分が恥ずかしい。どうして体の事を気にかけてあげなかったのか。もっと早くから祖父の調子を見ていれば気が付いたかもしれない。
 本当に御免なさい、お祖父さま。

 天海の家族は、すぐに遺体を荼毘に付し東京に運ぼうとした。
 しかし、弁護士たちの一言で「待った」が掛けられた。勝利が宿泊していたホテルに、関係者が呼び出された。とはいっても、茂と継母、弟に、勝利側の弁護士数名、榎並だけだったが。

 おもむろに立ち上がった弁護士が、勝利の遺言及び財産分与を発表すると告げた。父や継母の顔色が高揚したのが見て取れた。
 その内容が告げられるや、父が叫ぶ。
「嘘だっ!そんなはずはない!」
 
「いいえ、茂さま。ご覧のとおりです。勝利さまは茂さまに会社の経営権をお譲りになりました。茂さまにはそれが全てです。一方、20歳を過ぎてから聖哉さまを養子としてお迎えになりました。こういったことは別に不思議なことではありません。聖哉さまへの財産分与ですが、残念ながら相続対象となる財産がございません。世区の家も借入金の担保物件に入っておりますし家具や調度品、絵画に至るまで全て借入金の担保とされました。聖哉さまに託された遺言は、勝利さま及び奥様をご供養されることです」
 それでも父は引き下がらない。継母と失意のあまり部屋を出て行ってしまった。弟は会社を継げると思っただけで満足したらしく、口笛を吹きながら楽しそうに部屋を後にした。
「土地や屋敷を担保にしてまで借りた金はどこにあるんだっ」
「借入金は全てNPO法人への寄附に充てられました」
「寄付?馬鹿馬鹿しい。無駄な事を。株券は?天海の銘柄は放したらしいが他社の株を持っていたんじゃないのか」
「株からは手を引かれております。一切ございません」
「ホテルを借り切っていたんだろう。現金があるはずだ」
「そちらもすべてNPO法人へ寄附するようにとの遺言でございます」
 聖哉も驚いた。争わないよう、全て整理したのか。いや、待てよ。確かファンタパークと動物マンションも建築貸付から寄附に切り替えたはずだ。
 なんにせよ、父に知れる前に暇乞いするとしよう。
「それでは、僕はこれで失礼します。なにかお手伝いすることや事務処理などあればお声掛けください。今まで祖父が本当にお世話になりました。心からお礼申し上げます」
 部屋を出ようとした、ちょうどその時だった。
「聖哉!待て!」
 突然、父が掴みかかってきた。
「なんでしょう」
「お前が親父を唆したな、何をした!」
「僕は何もしていませんよ」
「育ててやった恩も忘れて親の金を掠め取るなど泥棒だ、お前は!」
「養育は親の義務でしょう。きちんと育てられた覚えもありません」
「口だけは達者だな。今に見ていろ。その仮面の下の本性を暴き出してやる!」
「そうですか、僕はお祖父さまをもう一度弔った後に出ますので」
 父から離れ、祖父のご遺体の前に座った。父と話すのが世界で一番疲れる作業だと思った。そこに榎並が来た。
「聖哉さま、どうかお気をつけください。旦那さまの情報では、お父上が聖哉さまの過去をご存じなのだとか。」
「え?」
「心に拠り所を持たれる前の聖哉さまの行動を逐次追跡していたとの情報です」
「そうでしたか、榎並さん。それにしても、かなり驚きました」
「そうでしょうとも。実の父親だというのに、何故、と勝利さまもお怒りでした」
「ありがとう、その件については覚悟しています。自分のしたことは自分で始末つけないといけないですから」
 榎並はにっこりと笑った。
「今のお言葉、勝利さまもさぞかしお喜びのことと存じます」
「成長したかな、俺」
「はい、本当にご立派になられました。榎並もうれしゅうございます」
「榎並さん、これからどうされますか」
「わたくしは勝利さまから暇乞いのお給金をいただいておりましたし、どこか静かな自然の中で畑仕事でもしたいですね」
「それなら、仙台にいらっしゃいませんか?お祖父さまも喜ぶと思います。何といっても榎並さんに供養して欲しいでしょう、祖父母は」
「わたくしの親類筋に相談してみます。お気遣い心から感謝します」
「こちらなら僕の事務所兼自宅があります。車があれば大丈夫。なんといっても、猫ルームは大所帯だからみんなが家族みたいなものですよ。深野さんたちも榎並さんと変わらない年齢だ」
 榎並が去ったあと、聖哉はしばし呆然とその場に立ち尽くした。
 やはり父は食えない人間だ。いや、異常としか考えられない。長男の動物虐待を知りながら、諌めるでもなく怒るでもなく、それを証拠写真として保存していたのである。

 遺言に激怒した父は、本当に事実を暴露し始めた。写真週刊誌に写真が流出したのである。聖哉は一時期テレビにも出演し人気があったため「あの人は今」のような見出しが週刊誌を賑わせた。動物虐待の張本人が今や凄腕の経営コンサルタントとして動物保護のNPO法人に力を貸しているという真逆の実態。
 過去の彼の生活や実母の職業、実母の現在の生活はもとより、「継母が『自分の息子ともども彼に殺されかけた』と告白した」という内容の手記が掲載されたため、週刊誌は大きくそれを取り上げた。
 聖哉自身は何を言われても良かった。実際、コンサル業務もクライアントからキャンセルが相次いだ。まあ、仕方がないだろう。それよりも猫ルームやファンタスティックパークへ影響するのではないか、それが心配だった。
 驚きだった。心底驚愕した。父にとって金だけが信じるに値するものであったとしても、金の恨みで実の息子を売るのか。息子が罪を犯したのを知れば何とかして止めさせるだろう。それを叱らないどころか暴露ネタに使うとは。
 自分だけが悪魔ではなかった。父も悪魔だ、そう思った。
 祖父、勝利との間に軋轢があったのかもしれない。祖母は早くに亡くなったと聞く。何が次第に父を狂わせたのか、それはわからない。ただただ、余りの異常さに寒気がした。

 聖哉は幾度となく警察に呼ばれ、事情を聴かれた。しかし任意同行までは至らなかった。事実として継母及び弟に対する殺人未遂の容疑を立証できる要素は何もなかったから。
 その陰で天海勝利から最後のミッションを請け負った専属の弁護士たちが動き出した。最後のミッションは、金と名誉と地位を欲するあまり悪魔に魂を売り渡した我が息子が、我が孫であり我が養子に対し悪事を働いた際には孫を守り、息子の罪をつまびらかにせよ、というものだった。
 弁護士たちは密かに警察に相談したうえで、流出写真の出処は天海茂宅と断定、家宅捜索を行ったのである。そして証拠を集め、それが茂からの命令であったことを証明するために証人を探し出したのだった。証人は主に元使用人だった。茂は使用人を人間扱いしなかったから、どんなことでも命令した。動物虐待の現場写真撮影を命令され、拒否したがためにクビになった使用人は多かった。押収した証拠品と元使用人たちの証言から、長男の虐待を知っていながら隠匿したうえに、家庭内の争いに乗じ証拠をばら撒いたという事実が浮かび上がったのである、

 聖哉の器物損壊及び動物虐待の罪に対する時効は成立していた。
 刑事罰に問われることは無いが、そこは人道的観念という錦の御旗を掲げたがる人種は後を絶たない。NPO本部やファンタスティックパークにはクレームや嫌がらせの電話、メールが相次いだ。父の仕業だとすぐに判った。そしてまた週刊誌などに法人名を載せるつもりに決まっている。
 そこで聖哉は、国内大手の新聞社すべてと、各都道府県の拠点地方紙に、見開きで謝罪広告を掲載することを決めた。

 ある日の新聞に、それは掲載された。
「天海聖哉よりみなさまへ
 わたくし、天海聖哉が行ってきた過去の罪は、弁解の余地もなく、非道なものでした。
 言葉を話すことのできない、誰かに助けを求めることのできない動物たちを手にかけるなど、決して許されざる罪です。あのまま罪に手を染めていたら、次はもっと悲惨極まりない犯罪を起こしたであろうことは明らかでした。一連の罪に関し心からお詫び申し上げます。
 各社にて報道のとおり、いくら親からの虐待を受けて育ったとはいえ、それを小さな動物たちに向けていいはずがありません。今は自分の行った罪を深く悔いております。
 わたくしを救ってくれた方々は動物たちの保護をしていました。自分たちの食べる物がなくても動物に分け与えていた方々です。その優しさに触れ、また「虐待は連鎖になる」との言葉に犯罪性のループを見出し、ようやく其処から逃れることができました。本当に感謝の言葉も見つかりません。
 わたくしは、偶然の巡り合わせで犯罪に身を染めることが無くなりましたが、世の中には未だに虐待の連鎖、犯罪のループに陥っている少年少女がいる可能性も否定できないのです。親に虐待されても相談できず、その矛先を何かに向ける。それはほとんどの場合、自分より弱い物であり、時間とともに、矛先や手法がエスカレートしていくという研究結果もあると聞き及んでおります。
 全ての虐待事例が連鎖ではないにせよ、未来を担うかけがえのない青少年たち。
 彼らの未来を、虐待の連鎖や犯罪のループから守り抜いていくのが我々大人の使命であり、役割であると自負する今日この頃です。
 青少年の犯罪を未然に防ぐためにも是非、動物保護NPO団体などへのご寄附、あるいは実際にご家族皆さまで足を運んでいただき、動物の譲渡会や、保護動物の様子を見ていただけるだけでも、小さき者の命の大切さがお解りいただけるのではないかと感じています。
 わたくしは、まず動物たちを適正に保護し動物虐待の温床現場を減らすことで、ひいては、虐待の連鎖、犯罪のループから青少年を救い出すことが出来ると信じております。
 みなさまには、これからも動物保護へのご理解とご協力を心からお願い申し上げます。
                                 天海 聖哉」

 このようにあらためて、謝罪の言葉を述べるとともに、自分のような少年を作り出さないために、寄付やボランティアを通じて動物保護への協力願いを訴えるのだった。
 直後に、放送メディア各社からの要望を受け、記者会見の様子が全国に放映された。好意的な質問もあれば恣意的な質問も飛ぶ。できるのは、過去を謝罪することだけだ。
 演技めいた涙の謝罪ではなく、新聞に掲載されたとおり、心を込めて謝罪したつもりだ。
 聖哉が自分の罪を認め全国民の前で謝罪したことで、虐待の連鎖、犯罪のループを理解してもらえる機会ができつつあった。
 目に見える結果となって、それらは間もなく齎された。
 幼児期からの虐待により子供が残酷な心理状況に堕ちていく様を憂いた篤志家からの寄付が増えたのである。親の虐待による子供の変化を憂う聖哉の訴えには、賛成の声も寄せられた。
 聖哉は、やっと過去から解放されたような気がした。勿論、相応の罰は覚悟している。罪から解放されても罪が消えることは無いのだから。それでも胸を張って前を向ける、歩き出せる。そう思った。

 結局、父は自分が周りから咎められる結果となった。家の中はバラバラとなり、継母は離婚し弟を連れ逃げ出していった。
 会社もどうなっているのかわからなかったが、別に会社が悪いわけではない。グループ企業もあるし社員も優秀だからなんとかなっているだろう。
 しかし聖哉は父を許す気にはなれなかった。自分と同類なだけだと思った。ただ、信じて受け止めてくれる人がいない、可哀想な人間だと、其れだけは理解した。

 やっと落ち着いたと思った矢先のことだった。
 コンサルオフィスの電話が鳴った。聞き覚えのある偉そうな口調の声が聞こえた。
 なんと、生みの母、玲子だった。
「久しぶりね、聖哉」
「ご無沙汰しておりました」
「元気かの一言もないの?」
「お元気そうなお声でしたので安心しておりました」
「口が巧くなったわね。私に似たのかしら」
「色々と勉強いたしましたので」
「お父様、仙台に散骨されるそうじゃない。一度伺いたいのだけれど」
「かしこまりました。空港からの車やホテルなど手配いたします」
「茂さんはどうしているの?聞いているかしら」
「いえ、父のことは聞いておりません。榎並さんがこちらにいますから天海物産に問い合わせましょうか」
「そうね、あんな形で家を出たけど決して嫌いではなかったし。会ってみようかしら」
「そちらも承知しました。お時間頂戴するかもしれませんが」
「急がないわ。ねえ、聖哉」
「なんでしょう」
「今更だけど、貴方には申し訳ないことをしたと思っているわ。私は母親になってはいけない女だったと思うの。母性がないのね」
「色々ありましたが、私は母さまを恨んでいません。意地悪もされませんでしたし」
「ああ、相当苛められたって放送されていたわね。苦労したでしょう」
「いえ、今となっては古い写真の中です。今が充実していますから」
「支えになってくれる人がいるのね。安心したわ」
「ありがとうございます。母さまもお元気で。ご自愛ください」
「あなたもね、では、連絡を待っているわ」

 そういえば母は、再婚することなくテレビや雑誌などで様々なジャンルのコメンテーターとして活躍していた。クール・ガイならぬクール・ビューティと呼ばれているらしい。昔株主さんが何でも話せるといっていたのは、強ち間違いではなかったのだろう。

 聖哉はテレビをつけて母の顔が映った瞬間、いつもチャンネルを回していた。顔は見たくなかった。記憶力が良かったから、その番組は見ないようにした。雑誌は買わなければそれでいいし、必要に迫られて買ったとしても、母の部分だけ切り取って捨てれば良かった。それだけ、あの孤独は思い出したくない感情だった。
 だから実のところ、今回も関わりたくない案件だ。申し訳ないと思いつつ榎並に連絡し、一任した。榎並はそれぞれに連絡を取り、父母は再会し同居を始めたらしかった。父がなんと罵られようとも、母は気にしなかったようだ。天海のおかげで贅沢をし、離婚してもテレビや雑誌といった華やかな舞台で活躍できているからそれで満足なのだろう。さすが、クール・ビューティである。
 やはり、父と母はあれでいて、お互いの領分を侵すことなく自由に生きていたのだと、大人になり幸せになったからこそ納得できた聖哉だった。
 普通ならあり得ない幸せの形。しかしあの二人にはあの生活が最高だったのだろう。
 幸せの形など、人それぞれでいい。他人が口を挟むことではないのだから。

 その後、榎並経由で聖哉あてに、天海物産から通達及び申し入れがあった。天海茂をすべてのグループ企業代表取締役から解任し、経営権を剥奪する決議を行った、という内容だった。息子の動物虐待を知りながらそれを隠し盗撮したうえに、金の恨みで表沙汰にした、という週刊誌の見出しが、勝利を知る株主はおろか、一般の株主からも非難の的になったという。はあ、そうですか、と榎並に答えたところ、目が飛び出るような言葉を聞いた。現在経営コンサルタントとして活躍していることもあり、経営を任せられるのは聖哉しかいない。是非、グループ企業をまとめあげてほしい、というものだった。要は、天海グループ全体を率いて欲しいということだ。
 以前祖父に話した通り、一族経営するつもりは毛頭ない。
 榎並に伝言を頼んだ。
 自分は天海グループ創始者の孫ではあるが、現在経営に携わるほどの力量もない。できることなら社外取締役として、外部から経営状態を把握させてもらうことで天海グループを盛り上げていきたいと考えている。それでよければ、是非お手伝いさせていただきたい、と。
 グループからは、残念だがお考えを尊重し社外取締役として今後ともお力添えいただきたいとの返事が来た。
 やっと、祖父と自分の思いが叶ったと安心した。

 色々あり過ぎて手が回らなかった。
 祖父の遺言である。やっと祖父母の遺骨を散骨する施設「流星の丘」がファンタスティックパーク内に完成した。祖父母を散骨し、心から冥福を祈った。
 周りのブースには動物たちが眠る。そちら側の名称は「虹の橋」である。
「流星の丘」には天海の祖父母、聖哉、深野一家が埋葬される。もちろん榎並も一緒の埋葬を望んだ。もう一つ、「流星の丘」の一角に「流星群」という小さなブースがある。其処には深野家の四猫たちが代々弔われている。
 榎並の捌きは実に流麗だ。今回も、慎ましくも優しさ溢れる情感にて散骨の儀式を仕切ってくれた。聖哉は、心からお礼を述べると同時にできる限り見習おうと思った。
 散骨の儀式が滞りなく終わったのち、榎並は皆の前で口にした。
「わたくしをファンタスティックパークで雇用していただきたくお願い申し上げます。老いぼれですが、お役に立てることもあろうかと」
「榎並さん、素晴らしいスタッフを得て光栄です。貴方が居ればどんなViPが来ても百人力ですよ!」
 流石に榎並を猫ルームに住まわせるわけには行かない。そこで、聖哉が市内に借りている事務所兼自宅に一緒に住んでもらうことにした。部屋数はそれなりにある。聖哉がコンサル業務で留守にするときも多い。ファンタパークが休みの時はゆっくり寛いでもらえるだろう。本当に、流れるように進む毎日だった。

 ある日、榎並を通して生母、玲子から伝言があった。玲子が、自分亡きあとの全財産をファンタパークに寄附するという内容だった。父と玲子は離婚したため、お互いの財産は自由である。生母は、父にも勧めておくが期待しないで欲しいといったという。
 父が「聖哉には遺産を分け与えない」とだけ書いてもらえれば、みな弟にいくのにな、と聖哉はぐったりした。金持ちのそういう相続ネタが一番嫌いだ。
 そんな折、母から再び伝言が来た。父の財産について話し合いを持ったらしい。父名義の財産も、すべてファンタパークに寄附するとのこと。さすが、凄腕のクール・ビューティである。
 「有難く思います、どうぞご自愛いただきますよう」と電報を打った。
 実のところ、親子とはいえ金目のことには関わりたくない。
 しかし、玲子の財産相続については自分が第一位の相続人となるのだろう。
 巨額な財産は困る。相続税が払えない。
 父が居れば港区の自宅を売却することもできまい。寄附するのなら聖哉が関わることもなかろう。今回はこれが一番だと思った。父の遺言がどの程度効力を発揮するかわからないが、万が一弟が絡んでくるようなら、自分はあっさりと身を引く決意でいる。
 お金に翻弄される人生など、まっぴらだ。

第11章  災害を超えて

そうして迎えた、2011年。
 東日本を中心に大災害に見舞われた。兎に角度胆を抜かれた、と言っても過言ではないほどの災害だった。幸い、猫ルームとファンタスティックパーク、各動物マンションに大きな被害は無かった。
 しかし、周辺のライフラインは壊滅状態に陥った。電気だけが市の中心部から少しずつ回復していく。反対に、都市ガスは遅れた。パイプラインが全滅したのである。プロパンガスは使用可能だったが、ガスが漏れている地域では使用厳禁、使えば付近が爆発に巻き込まれた。仙台の都市ガスは一カ月経ってやっと復旧した。郊外の地域から復旧したのだという。
 仙台の其処彼処に点在する食堂では比較的見た目の被害が少なく、握り飯や簡単な惣菜などを売った。皆で分け合いながら食べ繋いだ。コンビニやスーパーなどもしばらく商品が無く開店できなかった。スーパーやコンビニの一時開店の噂が流れるや、三時間から四時間待ちの人だかりになった。結果、店に入っても食べるものは残っていなかった。ガソリンはいつ配給されるかわからず、配給日が張り出されると車たちが長い列を作った。
 寒い中、毛布一枚の避難所生活が続き、医療のための薬すら届かない状況に陥った。
 仙台よりも被害の大きかった地域では、何もかもが一変した。景色、そう、色さえ変わったようだと漏らした知人がいた。本当に、それらの地域に住む人々はどんな色をみたのだろうか。

 災害から一カ月、猫ルームも、ライフラインが復旧したばかりだった。災害後、猫ルームの動物たちは全てファンタスティックパークに移送した。人間たちも一緒にパーク入りして、保護されてくる動物の対応に当たったり、他の地域にボランティアとして派遣を望んだ学生もいた。猫マンションの猫たちは、当時の同居人の無事を確認すると同時に一時的にファンタパークへ移送することを提案した。県内では猫のご飯も買えない状況が一カ月以上も続いたのだ。
 ファンタスティックパークは危機管理のために自家発電機を装備していた。また、餌も豊富に準備していたので一時的に飢えを凌ぐことはできた。しかし、いつまた災害が来るかわからない。その場合、現在の保護状況では餌が足りなくなる恐れもある。早々に関西方面の卸業者に餌や必要物資を手配し、日本海側のルートを使って仙台に入るよう依頼した聖哉だった。

 椿がいつものように猫ルームにいた。聖哉がそこに入ってきた。
「大変なことになったな」
「ああ、そだね。」
「此処以上に大変なところがまだまだあるからな、俺たちはまだ幸せな部類だな」
「そうそ。動物たちと生きていられるだけで幸せってもんだよ」
「そうだな、それでいいや」
「そ。それでいいなって。聖哉や葵が居ればいい」
「俺も椿が居ればそれでいい。絶対に、俺より早く死ぬな」
「絶対とは言えないよ」
「絶対だ。俺より長生きしろ」
「変な聖哉~。昔っから変か」
「椿お前、この期に及んで言いたい放題だぞ」
 聖哉は、椿さえいればこの世で生きていく意味があった。椿が好きだった。女性としてとか彼女とかそんな関係を求めているのではなく、一緒にいて安心できる大きな存在として傍にいて欲しかった。何でも許せる家族として。
 自分はたまたま、こちら側に来たのだと思う。あそこで修学旅行中の椿と葵に会わなかったら今頃自分は破滅していた。自身を傷つけるならまだしも、何をしでかしていたかわからない。お祖父さまもある程度監視されていたようだから人を殺めるまでには至らなかったかもしれない。しかし、心はボロボロになって善悪の判断どころか人の顔さえ分からなくなっていた可能性もあったはずだ。
 俺を地獄から救ってくれたのは椿と葵。そして深野さんたちとお祖父さま。
 感謝しながら生きよう。感謝しながら、どこかで誰かにこの恩を返そう。
 お祖父さまがいつも言葉にしていた「情けはひとのためならず」なのだから。

 椿は、聖哉をブラックホールから救い出すことができ心から安心していた。
 最初会ったとき、何をするつもりだったのか、それすら聞いていない。
 ただ、聖哉を見ていると寒さに震える子猫のようだった。怪我の痛みを訴える子猫のようだった。放ってはおけなかった。家族関係で辛い思いをしただろう。虐待に走ったのも、原因の多くは其処にあるに違いない。天海のお祖父さんに引き取られてからは一度も動物を虐待していないのだから。冷たい家庭で一人過ごす辛さは自分にはわからない。ましてや、お金があるばかりにそういった環境に陥るなんて不思議過ぎる。自分はお金に縁がないからそう思うのか。
 ま、いっか。
 椿には元々恋愛感情というものが無い。
 ましてや、猫と出逢ってからというものの、常に想いは猫にあり。
 どちらかといえば猫中心に物事が回っている。その他で一番大事なのが葵と聖哉、父と母、榎並さんやボランティアさんという構造だ。
 椿のような神経があってこそのNPО法人活動と言っても過言ではないかもしれない。

 そんなとき、パークに対し被害のあった地区から猫レスキューの依頼が入った。猫だけ助かったのか余所から来たのかわからないとのことだった。
 その後、色々な場所からレスキューの依頼が入った。犬猫を初め飼育されていたと思しき牛馬豚たち。ボランティアさんがいない地域では、ボランティア募集からスタートする羽目になってしまった。災害の影響で動物確保や世話のボランティアをしてくれる人員は確保が難しかった。しかし、動物たちの命は待ってくれない。一日も早く保護することを最大目標に掲げた。
 被災した動物が保護されパークに入園するにつれ、次第に収容棟が足りなくなっていた。しかし、保護を断るには余りに不憫だった。幸い、そういった状況が新聞等で報道されると、寄附を申し出てくれる企業が増えた。その他にも義捐金や寄付をいただくことができた。
 それらを大事に使いながら、周辺に土地を広げ臨時の収容施設を手配した。獣医師や看護スタッフはボランティアで各地から集まってくれたが、犬猫保護ボランティアは一時的に足りなくなっていた。ホームページや街のフリーペーパーに募集広告をだした。

 猫島もしばらく音沙汰が無かったが100匹の猫たちのうち、助かったのは70匹くらいだという。山に逃れたものは助かり、家の土台部分に隠れた子たちは被害に遭ったと聞いた。正直3人は驚いた。猫でも本能が欠けてくるのかと思える出来事だった。
 その後、猫島から一番近い土地で猫伝染病が大規模に流行したと聞いた。幸い外国から援助チームが来日しワクチンを投与してくれたおかげで猫島の猫たちは助かったのだという。胸が痛むとともに、自分たちが情報を集められなかったことにショックを受けた。
 本土の伝染病情報を知らないとは、椿も葵も自分たちが情けなく思えた。今後は県内の色々なNPО団体と意見交換を活発にして、仙台は基より県全体に動物愛護と合わせて虐待の連鎖をを断ち切る活動を伝えて行かなければならない。

 3人は、災害前にファンタスティックパークを開園できたことに、内心ほっとしていた。今、この現状で事業化するのは無理だったことだろう。建設にかかる人材も材料も集まらなかったのは想像に難くない。そればかりか、動物たちの保護もできずに関係者の皆が悔しい思いをしたに違いない。
 災害で甚大な被害を受けなかったこともあり、ファンタパーク事業は寄付を募りボランティアさんを育て、猫ルームのライオン版みたいな感じで活動していた。決して贅沢をできるわけではないが、心は充実していた。

 今回の大規模災害では、行政視点では発見されない様々な盲点が見えてきた。その結果だろうか、災害時動物避難所指定計画は大きく前進した。周辺の市町村や県との協定について各地方公共団体はほとんどが前向きに検討してくれることとなった。協定締結まで、あと一歩だ。
 動物殺処分廃止計画については、避難所と違う視点の問題だ。やはり災害での復興の遅れが影響しているのだろう。未だ進展には至っていない。
 世の中も現状も変わらぬまま、返事を待たないつもりで国への陳情も続けている。
 3人の意見はこうだ。
 世界的に失業率が高い中とはいえ、日本の2013年の長期失業者率の、実に四割が35歳未満の若年労働者なのだそうだ。確か全体の失業率は4~5パーセントくらいだったはずだから、いかに若年層が働ける状況に無いかがわかる。やはり聖哉は若年層への待遇を改善して欲しいと願っている。若年層の雇用が増え給与が増えれば、自ずと婚姻率があがる。婚姻率が上がれば、今よりも出生率があがる。出生率があがれば将来を担う人材が豊富になるのだ。日本を救うためにも政策実行して欲しいと願っている。

 そしてそこには、虐待を蔓延させない家庭環境をつくらなければいけない。
 若年人口を増やしただけではだめだ。
 各々が小さな時から小さな幸せを掴める世の中でなければいけない。
 個人の力だけでは、命の大切さを国民全体に知らせることは到底できないからこそ、それを国主導で実行し、親からの虐待に苦しまないよう、戸籍の無い可哀想な子供を世に作らないようにしなければいけない。子供は太陽の下で輝くべき存在なのだ。
 国全体で若者を育てればいい。
 小さな頃から動物に接し愛することで命の大切さを学び、そのあと何でもいい、夢を持ち歩み続けて前に進んでほしい。そうすれば、お金の有無にかかわらず幸福満足度が上がると思う。
 地位やお金に執着したい気持ちが理解できないわけではないが、それは時として虚像に過ぎない。虚像を守るために要らぬ争いをしたり、他人を苦しめるのは如何なものか。
 虚像を抱き煩悩あるうちは幸せなど訪れるはずもない。
 常々そう考える三人だった。

第12章  ひとりの少女

 2015年春。
 東京で開催された、とあるパーティで聖哉は面影が昔の自分そっくりな少女に会った。
 父親は西日本の名士で社会奉仕にも余念がないようだった。
 しかし聖哉は、長年の勘から父親の笑顔は総じて表の顔であり、確実に裏の顔を持っていると直感した。
 そして、少女は間違いなく動物虐待に手を染めていると感じた。
 聖哉は中学校二年生だという少女に近づき、腰を落して目線を下げながら話しかけた。
「こんにちは、僕は天海聖哉と言います」
「こんにちは、佐藤真矢です」
「唐突ですまないが、君、動物を虐待していないか?」
 少女は無表情のまま答えた。
「本当に唐突ですね。いいえ、虐待はしていません。どうしてそう思われましたか」
「昔の僕と同じ目をしているから」
「天海さんはそれを実行したことありますか」
「動物を虐待していたよ。あと少しで人間に向かうところまでいった」
「そんなこと私に話していいんですか。マスコミに売ったら叩かれますよ」
「いや、もう叩かれた。器物損壊や動物虐待の時効は過ぎたかもしれないが、罪は一生消えない。みなの前で謝罪することしかできないけれどね」
「どうして私に話しかけるのですか」
「君にそうなって欲しくないから」
「私の境遇をご存じで?」
「いや、知らないが察しは付く。親御さんには僕が説明して了解を得るから、ぜひ僕と一緒に仙台に来ないか」
「了解は要らないと思います。父母とは別居が決まっているし、戸籍も抜かれましたから」
「抜かれた?戸籍を?」
「はい、戸籍は祖父母のところに移しました。祖父母は老人ホームに入所しているのでアパートを探すように言われています」
 事情はわからないが、中学生になんということをするのか。聖哉は憤りを感じながらも、昔の自分と重なった境遇に胸が詰まった。
「一つ聞きたい。物心ついてから今まで、幸せを感じたときがあるか」
「覚えていません。実の母は私が3歳の時に亡くなったと聞いています」
 言葉遣い、声のトーン、何もかもが冷え切った真矢。
 原因はわからないが罪を犯すような真似だけはさせたくない。
 悪魔になりつつある彼女を止めなければならない。直感的にそう思った。
 早速、真矢の父親に名刺を渡して簡潔に伝えた。
 天海聖哉を保護者として、真矢を預かりたいと。真矢の父は固辞するような言葉を並べたてたが、その目は爛々と輝き、まるで厄介払いができたと喜んでいる様子だった。
 結局、「天海の血筋宅でホームステイできるのなら」という条件で真矢を渋々家から外に出す、という猿芝居を、大根役者もビックリの演技力で演じた父親だった。
 聖哉は、この父親も虐待のループに嵌っているに違いないと確信した。

 その会場からそのまま、真矢と仙台まで移動した。真矢は寝てしまい、会話は無かった。仙台に着いた聖哉は、椿たちの待つ猫ルームに急いだ。
 椿は少女を見てちょっと驚いた様子だった。
「あら。未成年、それも少女誘拐は罪大きいよ。お尋ね者お断り」
「誘拐なんぞするか。お前、セクハラ発言だぞ。名誉棄損もプラスだ」
 椿が少女に向けて笑う。
「この人ね、顔良いからホストのおっさんに見えるけど悪い人じゃないから安心して」
 ぶっきらぼうな声で、真矢という少女が答える。
「そうですか」
 少女は笑いかけられたことがないのだろう。緊張した様子が見て取れた。
「さ、お風呂はいろっか。疲れたでしょう。粗末な服しかないけどそれ着て寝てね。寝床はあたしと一緒。おい、セイントナントカくん。お尋ね者は去れー」
「だから誤解だって。その前に、なんだ、そのセイントナントカって」
「心優しきヒーローの名よ」
「そうか、俺はヒーローでいいんだな。ところで葵は?」
「ああ、今来るわ」

 葵が来た。
「おや、可愛らしいお客様だね。お嬢さん、お名前は?」
「佐藤真矢と言います」
「僕は深野葵と言います。こちらに居る女性が僕の双子の姉、椿です」
「あ、あたし自己紹介もしてないしー」
「まったく、五十過ぎにもなって、どうしてそう落ち着きがないんだよ」
 聖哉の反撃に、本気で答える椿。
「あんたみたいなホストオヤジに言われたかないわよ」
「ホストは余計だ。ただのおじさんでいい」
「ナントカライダーもバイク乗らなくなったしねぇ。車に乗ってるらしいよ」
「なんで今度はナントカライダー。で、なんでライダーが四輪」
「真矢ちゃんは知ってる?」
「いえ、名前くらいしか」
「今度見せてあげる。あの顔がバッタに見えるのはあたしだけか?」
「どうかな、真矢ちゃんに見てもらって決めたらどうだ」
「あ、まーやっていい名前だね。これからはまーや、って呼ぼう」
 笑いが起こった。真矢もいつしか口元が綻んでいた。
 だが猫ルームに案内すると、真矢の目が異様に光った。勿論三人が見逃すはずもない。
 幸い、今は猫ルームにもカギをかけてある。中にいる猫たちには危害が及ばないだろう。ただ、外からご飯を食べにくる猫に危害を加える可能性がある。隣に寝ながらも真矢を気にする椿。
 聖哉が言葉を発せずとも、葵と椿は事情を察した節が見て取れた。
 葵は昼夜問わず医療スタッフとして何人かと交代制で働いていたので、時間が開くと外を見回った。それは聖哉も同じだった。

 季節外れの転校手続きを済ませた真矢。
 聖哉は真矢を養子に迎えようか悩んでいた。こればかりは二人に相談しなくては。俺たちで進めた事業の跡継ぎに。
 その時気が付いた。真矢の将来なのに、なぜ自分が決める?決める権利があるのか?
 いくら足長おじさんになるとはいえ。その前にやらねばならぬことがある。真矢の心を溶かすことだ。このままではいつ虐待や犯罪に走るかわからない。
 それでも、信じることが第一なのだろうと聖哉は思った。だから、あえてそのことで言葉は掛けなかった。

 真矢は真矢で、いつも猫ルームの周りをウロウロしていた。やはり、脳から命令が出ているのか、腕が疼いた。
 そんなところに現れたのが、亨と楓だった。二人とも七十五を超え、身体はさすがに老人そのものというところか。しかし、同年代に比べ口は達者な方だった。
 楓は、双子の誕生からの生い立ちを語った。
 猫を見捨てざるを得ず心で泣いた話、東京の聖哉の祖父宅があまりに立派で恥ずかしい思いをしたこと、亨が器用で猫ルームを手作りしたこと、亨は読み書きができないほど貧乏だったこと、など。

 聖哉同様お金に困った経験のない真矢は驚いた。昔の話とはいえ、そんな貧乏がこの世にあるとは。一番心に残ったのが、猫を助けられず、かといって両親を責めることもできず左腕に跡が付くぐらい泣いた椿の話だった。
 猫ルームの原点がそこにある。楓はうふふ、と笑った。
「情けは人のためならずなんですって。どんな意味かわかる?」
「人に情けをかけてあげれば回り回って自分に返ってくるという意味ですよね」
「わたしはね、知らなかったの、実は。情けかけたってその人のためにならんよ、って意味だとばかり思っていて。聖哉さんのおじいさまに聞いてやっと意味がわかったのよ」

 真矢は楓の話を聞きながら思った。
 自分はモンスターなのか、人間なのか。
 此処ではみなが、自分を気にかけてくれる。虐待防止の目的もあるのだろうが、自分を人間らしく扱ってくれる。自分が何なのか今までわからなかった。今もわからない。
 誰か、誰か教えて欲しい。

 その夜、真矢は夢の中で過去の回想の中にいた。
 真矢の実家は九州の名家だった。先祖代々、地元の名士として活躍したと聞く。真矢の母はやはり名家の出身だったがうつ病を患っていた。名家ゆえに、病院への通院などするはずもなく、秘密裏に医師が往診していた。母の関心は自分にはなく、専ら父からの愛だった。母にとっては、自分の夫が総てだった。
 しかしその父は、うつ病の母を疎ましく感じ愛人を囲っていた。出張と称しては愛人宅に寝泊まりしていたようだった。お世辞にも良好な関係の父母とは言い難かった。
 実家の蔵には地下室があった。入ってみたことがある。明らかに人が住んだ気配が感じられた。もしかしたら、過去にも自分のようなモンスターが一族の「恥」として入っていたのかもしれない。

 父母は、小さな頃からカエルや昆虫などを解剖して遊んでいた自分を不気味がり、傍によるなと言い渡した。兄弟はいたが仲は悪かった。父母は兄弟の事ばかり心配した。何故か自分は蔑ろにされた。兄弟に危害を加えると思っていたのだろうか。
 誰も相手にしてくれない家。学校の同級生も同じ。教師も同じ。自分の遊び相手は解剖させてくれる生き物だけだった。
小学校五年の時だった。家の蔵に入って鼠を見つけた。罠を仕掛け捕まえ、鼠駆除の農薬を飲ませ殺した。蔵の地下室で哺乳類最初の解剖が始まった。鼠がどんな 病原菌を持っているかわからないから、ビニールの雨合羽に長靴を履き、ビニール手袋をして水泳用のゴーグルと何重にも重ねたマスクをして解剖に臨んだ。家にあった包丁を使った。切れ味が良くないが、何とか腹を割くことが出来た。血の赤さを見た瞬間の高揚感は今も忘れられない。とはいえ、動物の内臓などにも興味はあった。本を片手に内臓を確認し、最後に手足などを切り分け八つ裂きにした。そして、近くの山に葬った。十字架を目印に。 
 それ以来、解剖の対象は哺乳類に変わったのだった。
 父母は動物を殺す自分を化け物扱いした。しかしうつ病とは違いかなり深刻な状態の娘を前に、世間体を気にして精神科に相談さえしなかった。解剖が知れる度に、パンと飲み物だけ与えられ、一晩中地下室に閉じ込められた。

 暗く、ジメジメした地下室は、生涯自分を閉じ込めておく地下牢のようだった。暗い。何も見えない・・・。

「真矢!真矢!」
 椿に呼ばれる声に引き寄せられるように目が覚めた。汗びっしょりだった。
「どうしたの?悪い夢でも見たの?」
「すみません、起こしてしまって」
「あたしはいいって。それより、悪い夢を見たようだね。魘されてたよ」
「そうですか。すみません」
「謝るなって。真矢は悪くない。寝言でわかったよ、何となくの事情。もしも嫌でなければ話してくれる?」
「でも睡眠時間減ったら明日の仕事に差し支えます」
「ずる休みさぁ。真矢の方が大事だもん、当たり前だよ」
 真矢は夢に出た過去の回想を全て話した。椿は黙って聞いていた。話し終える頃には、空が白んでいた。
「さあ、きょうはトンズラすっか。真矢もトンズラしろや」
「学校、行かなくてもいいんですか」
「今日だけは特別に休みだ!」
 椿の豪快さは、真矢にとって初めて接する人種だった。

 真矢を再び眠りにつかせ、椿は葵と聖哉を居間に呼んだ。
 精神科の受診を相談するためである。
 椿の直感が聖哉のそれとは違うと叫んでいる。聖哉の場合、虐待行為を実行してもそれによる恍惚感や高揚感は無かったし、疲れ果てるだけだった。高揚感を得たのは危害を加える方法を想像したときだけだった。やはり、聖哉と真矢は精神の状態が違うと訴えた。葵も椿に賛成した。
 しかし、聖哉は躊躇していた。
 まだ中学二年だ。精神科の受診は真矢本人に辛い過去としてしこりを残すのではないか。自分だって同じ境遇で育ったが、今はこうしている。
「どうしても行かないと駄目だろうか」
「聖哉がそう思う気持ちはすごく理解できる。たぶん、今の真矢みたいな心理状態だったと思うから。でも今の真矢は自分が何なのか知りたがってる。自分がサイコパス、モンスターじゃないかって不安なんだよ。その不安は的中するかもしれない。でも、日本で駄目なら世界中の精神科医を探して、真矢を苦痛から解き放ってあげようよ。世界の方が研究進んでいるんでしょ」
そこに、起きてきたのか、眠れなかったのか、真矢が現れた。
「私は、できることなら自分が何者なのか知りたいです。此処に来て思いました。もう殺めるような真似をしたくない。サイコパスだったら怖いけど、頭では分かっていても身体が言うこと聞かなくて。それが辛いです」

 その言葉を聞き、聖哉も納得した。
 榎並に頼んで信頼のおける精神科医を探した。日本だけでなく、欧米も視野に入れて。たまたま、日本から欧米に渡りパーソナリティ障害について研究を続けているドクターを探し当てることが出来た。
 転学後、学校にその旨を極秘裏に相談した。幸い、生徒のメンタルに理解のある学校だった。ちょうどその学校では副担任制度があり、もう一人の先生が部屋に常駐していたので、真矢の教室にはボディガード兼副担任のようなポジションの女性看護師を配置してもらった。もちろん、養護教諭免許所持者である。
 そして、夏休みに真矢を海外に渡らせ、反社会性パーソナリティ障害、サイコパスかどうかを診てもらった。あちらのドクターにとっても、真矢の行動や心理状態、家庭環境は障害を見極める研究材料として有効だったようである。クラスのみんなには「海外旅行」といってある。
 結果、真矢はサイコパスの一歩手前、行為障害=素行性と診断された。このまま進めばサイコパスになる可能性があったという、主にカウンセリングを通して治療することとなった。カウンセリングチームについては、日本国内の大学病院に週一、月二、月一の間隔で通った。クラス側には、まとまった休みが取れると旅行と称して海外に行きながらドクターに最終判断を仰いでもらうといった治療が続き、一年半が経った。

 真矢は寛解に近い状態まで精神が安定した。初めて会った時とは別人のように、活発な少女になっていた。元々の素質もあったのだろう、頭の回転も速く運動神経も抜群。学業では非の打ちどころがなかった。
 聖哉や椿たち大人の深い愛情が真矢を安定させたのかもしれない。ブラックホールから引っ張りあげたのは間違いない。
 特に、椿の豪快さが真矢を安心させたところは大きいようだった。
 真矢は椿が大好きだった。

 いつしか真矢も高校受験の門をくぐる日がやってきた。
 その頃、仙台市内の公立高校はほとんどが男女共学に変わっていた。
 秋の中学での面談。父親代わりに聖哉が出向いた。
 教師は当然のようにナンバースクールを勧めた。
 家に帰り進路について、猫ルームで真矢と聖哉の会議が始まった。
 今の真矢は猫ルームでいつも二代目ひじき・しじみ・あさりと遊んでいる。もう、猫や哺乳類を解体したい欲望は消えた。十字架を創り、毎日過去の動物たちに合掌している。
「任せるよ。お前なら何でもどこでも何でもOKだ。俺の言う心理学に拘るな」
「実はさ、精神学びたい気持ちもあって。精神科医なら心理も当然学ぶよね。精神科医として研究に没頭するのもいいな。心理学も含めてさ」
「何時でも何度でも何にでもチャレンジできる。お前次第だ」
「お願いがあるんだけど。もし奨学金使えるなら奨学金使って学校に行きたい」
「それは、なあ」
「ダメ?」
「いや、たぶん無理だ。保護者の収入が高いと奨学金の対象にならないから」
「そうなんだ。オヤジの戸籍抜けたからいいのかと思ってた」
「保護者が俺だからな」
「じゃあ椿の娘になる。それなら収入少ないでしょ」
「葵が稼いでる。つか、椿に収入なしなんて言ってみろ、足蹴りくらうぞ」
「椿、家出しないかな。ついてくのに」
「やめとけ。あいつのメシは超絶マズイ」
「あ。言いつけてやる。明日の聖哉は目に青タンできてるよ、きっと」
「そりゃいやだな。このことはオフレコにしてくれよ」
「椿のこと、好きなんだね」
「葵も好きだ。真矢も好きだし楓さんも亨さんも榎並さんも。みんな俺の家族だもん」
「一番好きなのは誰?」
「そうだなぁ。鼻の差一つ分で椿かな。でもみんな好きだから選ぶのは難しいや。みんなと逢ったからこそ今の俺がいるから」
「逢ってなかったら?」
「継母と弟殺して少年院行きだった。そこまで切羽詰ってた」
 聖哉は肩を竦め天井を見上げた。当時の心理状態を思い起こすのも嫌だったが、真矢の前では正直でいようと決めていた。

「そういえば、昔同じような事件あったはずだよね、聞いたことある」
「ああ、父親との確執だよ。母親が優しい場合はかろうじて途中で留まるケースもあるけど、父親の権限が強ければ強いほど、母親が冷たければ冷たいほど犯罪がエスカレートすると俺は思ってる。俺とお前は犯罪を起こす一歩手前だったかもしれないんだ」
「うん。自分でも不思議なくらい変わった気がする。最初此処に来たときはサイコパスみたいに毎晩ウロウロしてた。でもね。近頃感じない。それどころか、自分のあげたご飯食べてくれるとニンマリしちゃう」
「そうか。この家は根っから温かいんだな。いいところに来ただろう?」
「うん、天国にきたみたい。でなきゃ楽園か、最後の砦ってところかな」
「なんだ、最後の砦って」
「此処でまともにならなかったら人間失格、みたいな感じ」
「言えてるな。俺たちは失格しないで済んだけど、失格する人がいるのかもしれないな」
「動物虐待だけが悪いことじゃないもん。欲が深すぎて誰かを傷つける人や平気で他人を陥れ踏みつける人、脳内変換で自分の都合のいいように物事をでっちあげる人。あたしから言わせれば心を病んでいるとしか思えない。どんなに言い訳しようが人間失格者だよ。そんな輩を、ここにいるみんなが、動物たちが、入ることを許すと思う?だから此処に入れない人も絶対にいるよ。動物たちは敏感だもん」
「そうだな。虐待だけじゃなく、人間失格者そのものが此処には入れないってことか。やっぱりここは最後の砦なんだ」
「守るよ、ここを。だから必ず心理学を勉強して、聖哉の言葉が正しいって証明してみせる」
 真矢は明るく笑って、聖哉の目をまじまじと見つめた。
 

第13章  最後の砦  

それから20年余りが経過した。

 真矢は大学院卒業後渡米し、5年ほど精神に関する勉強に明け暮れた。今は日本に戻り、精神科医としてパーソナリティ障害の研究を行うと同時に、心理学者としても活躍し、一定の評価を得ていた。
 児童心理と犯罪心理が専門である。
 聖哉の思いを世に出すべく、今も学問を続けている。

 初代猫ルームの住人は、真矢を残し皆他界した。
 今は皆、流星の丘で安らかな眠りについている。隣のエリア、虹の橋には動物たちが眠る。初代、二代目、三代目、四代目の猫たちも一緒だ。
 
 20年前、楓が急な病でこの世を去ると、亨も追いかけるように病に倒れた。皆に尽くしてくれた榎並も同時期に天海勝利のもとへ旅立った。
 真矢はカウンセリングを受け、精神的にはほぼ寛解に近い状態だったが、自分に愛を注いでくれた人たちの死を受け入れられず、心が空っぽになりかけた。
真矢を救ったのは聖哉、椿、葵と二代目タマ、二代目黒猫三兄弟の猫たち。癒される気持ちを初めて知った。自分の頬や手を舐める猫たちの舌がザラザラしてくすぐったかった。
 葵は元々身体が弱かったと聞いた。椿や聖哉よりも流星の丘に行くのが5年早かった。双子の片割れを失くし呆然とする椿を、今度は自分が慰めようと思った。聖哉と一緒に椿を支えた。その二人も、五年ほど前に相次いで流星の丘へ向かった。聖哉が望んだとおり、椿の方が半年遅く流星の丘に眠った。

 真矢は椿たち皆を流星の丘に懇ろに弔ったのち、丘に向かって誓った。
「私がここを守ります。みんな、どうぞ安らかに・・・」
 
 真矢は月一回、ひとり丘を訪れ傍にある芝生に座り、ゆっくりと、色々なことを記憶の引き出しから引っ張り出している。聖哉直伝の記憶の引き出しだ。

 そういえば聖哉は常日頃から椿に言っていた。
「お前は俺より長生きしろ」
 椿はいつも反撃していたものだ。
「あんた、たぶんタコになるよ」
「なんでタコだ」
「アンタの場合は、口がタコになるんだよっ!つか、耳にタコできるわっ!」
「タコの口ってどこにあるか知ってるか?耳もどこか知ってるか?」
「あら、そいえば知らない、どこ?」
「俺も知らん」
「あんた、マジ喧嘩売ってない?」
「いや、仲良しだと思ってるよ」
「四代目ひじきしじみあさり!聖哉をペンペンしてこいっ!」
 椿と聖哉は、お互いをどう想っていたのだろう。とても仲が良かったしお互い好きだったのかなと思ったこともある。でも、何か違う。愛情、そう、恋愛ではなく、愛情。
 お互いに相手の総てを受け入れ、信じ、お互いの心を大切にしていた。葵に対してもそれは同じだったけれど、椿の濃い毒舌は、比較的聖哉に向けられていたような気がする。

 真矢が20歳を過ぎたころに初代猫ルームはその役割を終えたが、当時を物語る建物として、維持管理しながら保存することを決めた。
「さすがに木造だから、ガタがきてるな」
「維持管理も結構かかるけど、これだけは残しておきたい。僕らのルーツだから」
「わかった。こちらは猫ルームへの寄付から維持管理費を賄う方向で進めよう」
 次の話題は、二代目猫ルームである。葵が座長となり粛々と進むはず、だった。
「一階部分は動物病院入居決定。猫ルームは三つに分けて保護する猫の状態とか自然猫とかに分けるよ。あと、何かご意見ご質問はありませんか」
「うん。今度の猫ルームは外壁を石で作りたいな」
「なんでー?あ、お父さん言ってたことある。ピラミッドみたいな感じ」
「石ってさ、暑さ寒さに強いと思うわけ、な、マーヤ、良いと思わない?」
「はい。マーヤです。強度を考えると相当なコストだよ。天海グループの総帥してればそのお金もあったろうが、今の聖哉には無理かと。残念だね」
「ちぇーっ」
「SRC構造の建物にするよ。で、一階はその通りで、二階にはNPO法人の事務所を入れるつもり。この土地だと容積率とか建ぺい率の関係から三階までしか建てられないと思う。三階は自宅にしようと思ってる」
「お願いです。天海聖哉が暮らせる部屋も用意してください」
「あんた、あんな立派なマンションあるさー。事務所兼自宅とか言って、4LDKだぞ。猫ルームへの不法侵入者めー」
「独りで暮らすのイヤなんだよお。数日間誰とも口きかない日だってあるし」
「って、いつもこっちで寝泊まりしてんじゃん」
「うん、どっちの言うことも正しい。聖哉、こちらで暮らすといいよ。提案があるんだ」
「葵と話していたの。あたしもやっと20歳になったから、そのお祝いに聖哉の戸籍に入れてもらおうと思ってた」
「ほんとにいいのか?マーヤ?天海の家に入ってくれるのか?うわー。夢みたいだよ」
 聖哉と真矢が養子縁組を行うことになった。20歳も過ぎ成人していることから、実の両親には知らせないと真矢は譲らなかった。気持ちを優先し、手続きだけ済ませた。
「さ、あとは三階の自宅。ルームシェア方式にするから。個人部屋を四つ作って、真ん中には大きなリビング、水回りと、タマや黒猫兄弟の部屋も作らないとね」
「あ、設計はあたしがやる!みな仕事で忙しいでしょ。あたしまだ学生だし」
 
 二代目猫ルームも無事に建築が終了し、葵、椿、聖哉、真矢の四人で部屋を分けた。
 一番部屋にいる確率の低い聖哉は、北東向きの部屋を。次いで部屋に居ない葵が北西向きの部屋を、朝早い椿は南東向きの部屋を、朝に弱い真矢は南西向きの部屋を。部屋と部屋の間には、一メートルくらいの壁が設けられ猫のためのスペースとして活用することにしている。トイレ、台所、風呂などの水回りは、二階事務所脇に固めて事務所でも3階でも利用できるようにした。
 トイレとシャワーだけは、さすがに二階だけとはいかず三階各部屋に完備したが。
 一階猫ルームは、建築当初から夜は動物医療スタッフと警備スタッフに常駐してもらっている。猫が歩いただけで警報音が鳴る機械警備は猫ルームには使えない。
二代目猫ルーム完成がちょうど、2020年。オリンピックの開催された年だ。

 真矢は高校生の頃、猫ルームに出入りしていたボランティアの大学生と仲良くなった。彼の名は慎司。やはり聖哉が見つけてきた。慎司自身、虐待の被害者であり動物への加害者である。真矢と慎司は同じ境遇で育った者同士、いつも悩みを共有し、答えを探してきた。慎司は聖哉達に感謝し、自分がファンタスティックパーク他のNPO団体を維持したいと経営学を専攻した。
 今はNPO法人の代表を務めている。
 葵が亡くなったあと、椿と聖哉の提案で葵の部屋に引っ越してきた。慎司自身は恐れ多いと恐縮していたが、流石は椿。
「NPO法人の責任者だ、逃げられないよう住まわせることとする」
「脅すな、椿。見ろ、震えてるぞ」
「武者奮いでしょ?」
「無茶振りだ」
 椿と聖哉の掛け合いが今でも思い出される。

 現在、猫ルーム住人は二人となったが五代目タマと黒猫3匹組は健在だ。人間二人は紙切れの結婚は考えていない。精神的な繋がりだけでお互い満足している。 お互いを受け入れ、信じ、お互いの心を大切にするよう努力すれば、きっと素敵なパートナーになれると信じている。自分たちの後継者は、聖哉が真矢にしてくれたように養子を迎えるつもりだ。
 二代目猫ルームも初代同様、いつもみんなの笑顔が溢れている。

 ファンタスティックパークは、今や観光の目玉だ。
 休みの日、平日を問わず来訪者は多い。みな、寄附してくれるために立ち寄ってくれる。中には正式におうちの子になる動物も多い。見極めるために来訪してくださるのかもしれない。まとまった休日には、本家の動物園と並ぶくらいの来訪がある時も。本家で色々な動物を堪能し楽しみ、こちらではそれら命の重みを感じてもらえるのだそうだ。
 欧米モデルを継承しているため、国内での「野良動物園構想」組が視察に来ることもあれば、宿泊棟に泊まり動物のお世話をして帰る小学生もいる。
 あとは、稀なケースとして真矢たちのような虐待青少年の検査・診断などを行ったり、カウンセリングをここで行うこともある。パブリックビューイングで動物の様子を見せるため、結構な割合で精神状態を掴むことが出来る。これは正しく真矢の仕事だ。

 動物マンションも20年が経ち老朽化が目立ってきた。新たにオープンした地区もある。動物マンション事業はペットとの暮らしを簡単に楽しみたいという要望から、居住者が途切れることは無かった。
 真矢が新たな試みとしてチャレンジしたのは、動物カフェ風ルームシェアと、高齢者用動物マンションである。
 高齢者動物マンションは既設のマンションを利用し、一階に動物病院、福祉介護センターを入所させて高齢者のニーズを模索する。高齢者が飼育している動物たちは、万が一の際にはファンタスティックパークに移送され終生飼育される。入居する高齢者たちは親族への財産分与を嫌う人が多かった。遺言書でパークへの財産寄付を申し出る事例が散見された。
 中には裁判に持ち込む親族もいたが、天海真矢が相手と知るや、天海グループの組織力と優秀な弁護団を相手にすることを避け、訴訟を取り下げる親族がほとんどだ。
 金への執着は人間を腐らせる、聖哉の言葉だ。
 真矢自身も同様に思う。精神学とか、そういうものでは一括りにできない感情だ。
 ルームシェア事業に関しては、マンションを建てる必要もなく、賃貸物件でペット可マンションを探せばよい。いつでも撤退できるのが強みだ。ルームシェアはトラブルが起こりがちだが、動物を中心にしているためか、比較的トラブルも報告されないようだった。ボランティアさんにもいるように、方向性が違う人同士は一緒に生活できない。その場合は、シェア解消してもらい、別の人を入れている。
 ルームシェアでは、一般男性と、独り暮らしが寂しくなった高齢の方が多かった。買い物は若い者がする。力仕事もだ。代わりに、犬猫のお世話とお袋の味を食事に作ってもらったりする。お互いに住み分けができ、健康面での心配事も減る。
 高齢者の独り暮らしはは何かと不便だ。動物を飼いたいけど自分が居なくなったらこの子が可哀想。高齢層のそういったニーズは結構根底に潜んでいたようだ。
 だから一般男性と同じように引き合いがあった。一般男性は、アパートに独り暮らしだと犬猫を譲渡してもらえなかった。
 虐待を心配されてのことだ。ここなら月一回の見回りもあるし、快適に動物たちと過ごすことが出来た。

 ただ、動物虐待と同時に、同居高齢者への暴行、虐待が無いとは限らない。
 高齢者については介護センター職員が部屋を尋ね、身体検査を兼ね病気治療やリハビリテーション療法を基に老化防止の対策を講じる手配を行う。
 認知症などが発症した場合も、若者から情報を得て医師を手配する。独居老人問題が、少しでも減るようにと、真矢は願ってやまない。
 そんな背景も手伝っての事か、見込んだ程度以上の収穫があった。これをこれからどのように発展させるか、福祉活動に生かす手もあるし、色々な保護制度への活用も視野に入れられる。

 ここからが勝負か。真矢はスタッフ皆で撮った写真を見た。
 パークと猫ルーム、二枚ある。
 そういえば、野良動物園はファンタスティックパークなんて小奇麗な名前だった。
 その原点ともいえる此処には名前がない。猫ルームはあくまで通称だ。NPO法人の名称は「愛らぶアニマル」
なんとも椿らしい、単純かつ不思議感漂うネーミング。

終章

真矢は、NPO活動を通じて知り合った芸術家と懇意になった。新進気鋭の女性だった。
 彼女に、初代猫ルーム用のオブジェ制作を依頼した。猫をモチーフにしたオブジェは、二人で幾度もデザインを練り直した。納得のいくオブジェにしたかった。
そして数か月後の秋、二代目猫ルームで待つ真矢の元に、大きな荷物が届いた。
 例のオブジェである。
 大切に、大切に取り扱ってほしいと配送業者の人たちに頼みながら、石を磨いて作ったオブジェを東側猫ルーム脇に設置してもらった。また、西側猫ルーム脇にも、また別のデザインの猫オブジェを飾ってもらった。
 オブジェには真矢が考えた名前が大きく彫り込まれ、ひとつには猫や人々が虹の橋に集うモチーフ、もうひとつには彩雲に猫や人が乗っているモチーフが目を引いた。
 気に入った。
 慎司にも見てもらった。二人で笑い、助けてくれた皆に思いを馳せた。

「~最後の砦~」
 猫たちにとっても、病んだ人間たちにとっても、此処は最後の砦だったのである。

彩雲の果てに ~猫が結んだ縁~

彩雲の果てに ~猫が結んだ縁~

違う地で同時刻に産まれた3人は、若者になり同じ方向を見始めた。 血の繋がりとは何か。 虐待に端を発した境界性パーソナリティ障害は起こりうるのか。 3人を通して、幸せを掴むことにスポットを当てた作品。

  • 小説
  • 長編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-19

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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  1. 序章
  2. 第1章  誕生
  3. 第2章  10年後
  4. 第3章  中学1年生
  5. 第4章  ~出会い~
  6. 第5章  6年間
  7. 第6章  20歳
  8. 第7章  それぞれの道
  9. 第8章  同じ夢
  10. 第9章  活動の広がり
  11. 第10章  34歳
  12. 第11章  災害を超えて
  13. 第12章  ひとりの少女
  14. 第13章  最後の砦  
  15. 終章