見えない翼

見渡す限りの青空のそこかしこに、気持ちよさそうに雲が浮かぶ。
その雲のすぐ隣に並んだディーノは、両手を広げ、大きく息を吸い込み、そして、はいた。
「んん~っ、やっぱサイコーだな、空の中は!」
ディーノの声に応えるかのように、大きな雄叫びが空中に響いた。
ディーノを乗っけている、ドラゴンのランドだ。ランドは大きな翼を悠々と広げ、嬉しそうに空を泳いでいる。
「そうかそうか、やっぱお前もそう思うか~。」
ディーノは嬉しそうにランドの頭をなでると、地上を見下ろした。
遥か先に、街が見えた。
「ようしランド、今日はあの街で一休みしよう。」
指をさし、ディーノがランドに話しかけると、ランドはまたぎゃおーんと雄叫びを上げ、街を目指して翼を羽ばたかせた。

ディーノは街の外れへ降り立つと、ランドにここで待つように言って、街へ向かった。畑などがあれば、食料を分けてもらうためだ。ディーノはいつも、街や村の近くにテントを張って寝泊まりをしていた。
「・・・しかし、デカい街だな~。一番奥にデッカイ塔みたいなのがあるし。何かあんのかな~。」
街の入り口にあった看板によると、ここは『ラトゥールの街』と言うらしい。
ディーノが辺りをキョロキョロしながら歩いていると、あまりにもこっけいだったのか、ひげ面の男が話しかけて来た。
「おい、兄ちゃん、旅人さんかい?そんな油断した顔して歩いてると、悪い商人に騙されるぜ。」
そう言って来た男の人のひげ面の方が、悪い人に見えた。
と言うのは心の奥にそっとしまっておこう。
「初めまして!オイラ、ディーノって言うんだ。ドラゴンと一緒に旅をする、“ライダー”って言う一族なんだ。よろしくな!」
ディーノが元気良く挨拶をした。
「ライダー・・・?へぇ、初めて聞くなぁ。ドラゴンとねぇ。」
「ねぇおじさん、あの奥にある塔みたいなのって、なに?あそこに何かあるの?」
ディーノの質問に、おじさんが目を丸くした。
「兄ちゃん、知らないのかい?あれはセント・ラトゥール大神殿の、エル様がおられる塔さ。聞いたことあるだろう。」
「う~ん・・・あるような、ないような・・・。」
「エル様があの塔で毎日、あっしたちのためにお祈りをしてくだすってるから、世界がずっと平和でいられるってもんだ。兄ちゃんも、エル様に感謝を忘れずにな。」
当たり前のように言うおじさんに、今度はディーノが目を丸くした。
「・・・ずっと!?毎日!?あの塔の中に閉じこもってるのか?」
おじさんが深くうなずく。
「そうさ。それがエル様のお役目だからな。」
ディーノの目がますます丸く見開いた。
「うそだろ!?おかしいよそんなの!ずっと塔の中だなんて・・・そんなの・・・!」
ディーノの反応に、おじさんが首をかしげた。
「おかしなのは兄ちゃんの方だよ。それがエル様の生まれた時からのおつとめってもんさ。そうしないと、あっしらが平和に過ごせなくなっちまう。エル様だって、外に出たらどんな危険な目にあうかわかったもんじゃない。お互いのためにも、これはとっても良いことなんだ。あんまり変なこと言ってると、警備兵に捕まるぞ。・・・そんじゃ、あっしはこれで!じゃあな、兄ちゃん!」
そう言うと、おじさんは人通りの中へ消えてしまった。ディーノはその後すぐ、セント・ラトゥール大神殿と呼ばれている塔へ向かった。
神殿の入り口に、ふたりの門番がいた。ディーノがそばまで行くと、門番たちが持っていた槍をクロスさせた。
「今日は礼拝は行っていない。一般人の出入りは禁止だ。」
そう言われて、追っ払われてしまった。どうやらここに入るのは簡単ではなさそうだ。
ディーノは一度、街を抜けると、街の外でディーノを待っているランドの元へ戻った。
「ランド~!」
ディーノを見つけると、ランドは嬉しそうにディーノのそばへ寄って来た。
「あはは、ごめんな、待たせて!・・・なぁ、ランド。今日、食べ物見つける気になれなくてさ・・・、ごめんな・・・。」
ディーノのしょんぼりした顔を見て、ランドが首をかしげた。
「・・・あの、高い塔の中に、ずーっと誰かが閉じこもってるらしいんだ。それが世界の平和のためとか言ってさ・・・。なぁ、そんなの、おかしくないか?」
返事をしたのか、ギャオーンとランドが鳴いた。
「・・・なぁランド!今晩、あの塔へ行ってみないか?やっぱりずっと塔の中なんておかしいって!」
ランドがまた、ギャオーン!と、鳴いた。賛成!と言うことのようだ。
「よし!決まりっ!じゃ今晩、行ってみよう!」
それからディーノたちは夜を待つと、静かに塔へと飛び立った。
寝静まる街の上を、ディーノとランドが駆け巡り、塔のそばへやって来た。
それにしても高い塔だ。てっぺんが雲の上に隠れて見えない。まるで、世界と塔が別物みたいだ。
ディーノたちは雲の中へ突入した。
「雲を抜けたら、てっぺんだ。行くぞランド!」
ディーノのかけ声に、ランドが翼を羽ばたかせた。
塔にそって、静かにてっぺんを目指す。やがて、雲の最後が見えた。
「よし!」
ディーノとランドが雲を抜け、夜空へ飛びだした。すると。
「あ・・・。」
ディーノの目に、思ってもみなかったものが飛び込んできた。
女の子だ。窓から女の子が顔を出し、夜空を見上げていたのだ。
「・・・だれ・・・?」
女の子は不思議そうに、大きな目をまん丸にして、訪ねた。ボーっとしていたディーノがあわてて答える。
「・・・あ、え~と・・・!こ、こんばんは!オイラ、あやしいもんじゃなくて!だな!えっと!・・・って、じゅうぶん怪しいよな~・・・ははは・・・。」
女の子は変わらず不思議そうな顔をしている。ディーノとランドを見ても、怖がってはいないようだ。
「・・・オイラ、ディーノって言うんだ!こっちはランド。でっかいけど、これでもまだドラゴンの子供なんだ。」
自己紹介をするディーノ。女の子がランドを見た。
「・・・ディーノ、ランド・・・ドラゴン?」
「・・・もしかして、ドラゴン、知らないのか・・・?きみ・・・えっと・・・。」
「エル。私、エル。」
「エル・・・。」
昼間出会ったおじさんが“エル様”と言っていたのを思い出した。
この子が、塔にずっと閉じこもっている女の子なのだろうか。
「ねぇ・・・きみ、さ・・・、もしかして、こっから出たこと、ない?」
ディーノの問いかけに、エルがこくん、とうなずいた。
「生まれてからずっと。10年くらい。」
「じゅうねん!?」
ディーノの声がひっくり返った。
「・・・なんで!?そんなにすることある?そん中・・・!なんで外・・・出ないの・・・!?」
ディーノとは正反対に、エルの表情は変わらない。
「なんで?それが私のお役目だから。」
「お役目・・・、あのおじさんも言ってたな・・・。お祈りってヤツか?」
「そう。毎日、世界の平和のためにお祈りするの。私がやることはそれだけ。」
「・・・それだけぇ~~?」
「あなた、さっきから言ってること、変。」
「変なのは・・・エルの方だよ!なんだよ、人のためばっか!もっと・・・、自分の人生なんだからさぁ!自分の好きなことしたらいいんだよ!人間なら・・・、もっと自由なはずだ・・・!」
ディーノに同意するように、ランドが吠えた。
「あっ!こら!ランド!シィ~ッ!見つかっちゃうって・・・!」
ディーノの予想通り、誰かの声と足音が近づいて来た。
「・・・ほらおいでなすった!行くぞ、ランド!」
ランドは翼を羽ばたかせると、更に上空へ舞い上がった。
「エル、また来る!明日のこの時間に!」
エルが見守る中、ディーノたちは夜空へと姿を消した。
「エル様!何事ですか!?」
番兵らしき男が、エルの部屋へ入って来た。
「・・・なんでもない。空に、何かが通ったみたいだけど。」
「そ、そうですか・・・。それならようございました。」
番兵が一礼して部屋から出て行くと、エルはまた、ディーノが去った夜空を見上げた。
そして、夜が明けた。
ディーノとランドは、もう起きていて、朝食を探しに山へ来ていた。
果実がたくさん生った木を見つけると、ランドが思い切り体当たりをした。たくさん落ちて来た果実を、ディーノが素早い身のこなしでキャッチした。
「ランド!パーッス!」
ディーノが投げた果実を、ランドが嬉しそうに口の中に入れた。ふたりはそうして朝食をすませると、木の幹に寄りかかって休んだ。
「・・・なぁランド。昨日オイラさぁ、エルに、また明日って言ったけど・・・。エルがオイラたちのこと誰かに言いつけてたら、もうエルに会えなくなっちゃうんだよな・・・。」
ランドは、ディーノの横でうとうとしている。
「・・・あ~っ!もう!ドジやった!・・・ともかく、今日もエルのとこに行ってみよう!」
グッとこぶしを握ると、ディーノはうとうとしているランドの体に寄りかかり、流れて行く雲を見上げた。
そして、またその日の夜。夜空に、ディーノとランドが駆け巡る姿があった。
昨日のように雲を突き抜け、その先には。
「・・・あ・・・!」
エルがいた。昨日のように窓から顔を出し、ディーノを見つめている。
「こんばんは。」
「・・・えっと、なんで・・・。」
エルの挨拶に、ディーノがとまどった。
「あなたが言ったのよ。明日のこの時間って。」
「・・・いや、そうなんだけどさ・・・。」
ディーノはエルの様子をうかがうと、部屋の中を指さした。
「・・・ねぇ、中、入ってもいいかな・・・。」
エルは最初、目をぱちくりしたが、やがて、どうぞ、と、窓からはなれた。
ディーノの顔がぱぁっとなった。
「ランド!ちょっと遊んでて!」
ランドにそう言うと、ディーノはランドから飛び降り、エルの部屋の中へ入った。
ランドは翼を大きく羽ばたかせると、すぐに見えなくなった。
「あまり大きな声では喋れないわ。番兵に聞こえてしまうから。」
エルが言うと、ディーノがうなずいた。少し、声を落として喋る。
「・・・えっと、昨日はいきなりやって来て、その、いきなり色々なことを言っちゃって・・・ごめんな。」
「気にしてない。」
無表情のまま、エルは答えた。
「・・・そっか。でも、なんでオイラたちのこと、番兵に言いつけなかったんだ?オイラてっきりエルが言ってるかと思って・・・、もう会えないんじゃないかと思った。」
少ししてから、エルが答えた。
「あなたと話がしてみたくて。」
「・・・え・・・?」
エルがディーノに歩み寄った。
「・・・自由って、なに?」
「・・・自由・・・?」
「そう。あなたの言うことは、私が聞いたことない言葉ばかり。私の知らない世界のこと、教えてほしいの。」
ディーノはエルの目を初めてちゃんと見た。この目はきっと、なにも知らない目だ。
世界のこと、人々との交流。ランドと一緒に世界を旅しているディーノとは全く正反対な生活を、エルはしているのだ。
「・・・教えてあげるよ。」
「え?」
ディーノはぐいっとエルの手を寄せると、突然窓から飛び降りた。
「・・・ディーノ・・・!落ちる・・・!」
「大丈夫!」
慌てるエルに、余裕の表情のディーノ。ふたりは一緒に、ものすごい勢いで塔を落下した。
「・・・きゃああ~~~!」
雲の中に入り、視界が失われたその時、遠くの方でドラゴンの鳴く声が聞こえたような気がしたかと思うと、ふたりはいつの間にか、ランドの背中にいた。
「へへっ!ナイス、ランド!」
「・・・・・っ!」
ディーノがランドの頭をなでる横で、エルはびっくりした顔で言葉を失っていた。
「・・・あれ、エル・・・?」
エルの様子を見て、ディーノが慌てて手をバタバタさせた。
「わわわわ、ごめん、エル!オイラ、いつもの調子でやっちゃって・・・!そっか!エル、ドラゴンなんか初めて乗ったんだもんな・・・!びっくりしたよ・・・な・・・?」
エルの表情が全く変わらない。
「・・・え、エル・・・?」
しばらくして、エルがやっと口を開いた。
「私・・・、こんな気持ちになったの、初めて・・・。」
うつむきながら、やっとエルが言った。
「あ・・・。そ、そうだよな、ごめんな!怖かったよな・・・!」
「・・・怖かったけど・・・。」
エルはバッとディーノの方を向いた。
「・・・何て言っていいのかわからないけど・・・、初めて、自分の気持ちが湧いてきて、声に出して、あんなに・・・、あんなに大きな声を出したの初めて・・・、こんなの初めて・・・!」
ディーノの顔を見るエルの瞳には、今まで無かった輝きがあった。
「・・・エル・・・。」
その顔を見ると、ディーノは大きな声を出して笑った。
「・・・なぜ笑うの?」
不思議な顔をしたエルに、ディーノが笑いをおさめながら言った。
「・・・はは、ははは・・・。ごめんごめん。オイラ、嬉しくって。」
「・・・嬉しい?」
「うん!」
ディーノが大きく両手を広げた。
「エル、それって、わくわくしたってことさ!」
「・・・わくわく・・・?」
「そうさ!それが人間さ!これがエルの知らなかった世界さ!」
ディーノの笑顔に、エルの顔にも、わずかながら笑みが零れた。
「・・・知らなかった・・・。私は生まれた時から、言われたことしかしないで生きてきたから・・・ずっと・・・。」
「だったら、これから色々やればいいんだよ!エルは今知ったじゃないか。人間だってきっと、ランドみたいに、見えないけど、自由な翼を持ってるんだよ。だから・・・、自分の人生なんだからさ。みんな、人に頼らないで、自分でなんとかしなきゃ!」
「・・・自分の人生だから・・・。・・・そうなのかな・・・。」
「うん!でも、ほんとに助けてほしい時はさ!ほら・・・!」
ディーノがランドの頭をなでた。
「友達に助けてもらうんだ!友達はいいぜ!オイラも何度もランドに助けてもらったんだ!」
「友達・・・。」
「ああ!エルだってもう、オイラとランドの友達なんだぜ!だからこれから・・・、一緒に・・・頑張ろうよ!」
一生懸命喋るディーノに、エルがまた、笑顔になって、そしてうなずいた。
「・・・ありがとう、ディーノ、ありがとう・・・ランド・・・!」
ディーノが笑うと、ランドもぎゃおーんと吼えた。
ふたりを乗せたランドが、夜空を気持ちよさそうに飛び、羽を広げる。
その上には大きな満月が、3人を見守るように輝いていた。


おしまい

見えない翼

見えない翼

きみにもあるよ!

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-04-30

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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