ぼくの名前
つよしくんは、とっても弱虫な男の子。
友達がみんなで楽しく鬼ごっこをしている時も、鬼に追いかけられるのが怖くて、みんなの中に入らず、ひとりで公園の砂場でトンネルを作って遊んでいます。
「ほんとにこの子は弱虫ねぇ。」
「強い子になるようって、つよしって名前にしたんだがなぁ。」
お母さんとお父さんも、どうしたものかと困っていました。
ある日の休日、つよしくんたちは、おばあちゃんがいる田舎へ遊びに行きました。
そこでお母さんは、つよしくんの弱虫をおばあちゃんに相談しました。
すると次の日、おばあちゃんは、
「つよしや、ちょいとおばあちゃんとおいで。」
と、つよしくんを連れて山の中へ入って行きました。
「おばあちゃん、どこ行くの?」
不思議に思ったつよしくんがおばあちゃんに聞きました。
「お前の名前を取り戻せるところだよ。」
おばあちゃんはにっこりと笑って、そう言いました。
少し歩くと、やがて神社の赤い鳥居が見えました。ふたりがそれをくぐると、その先には向こう側が見えないほどの真っ直ぐな一本道が続いています。
つよしくんが上を見上げると、木々の間からキラキラと光が差して、つよしくんたちを照らしていました。
その光があまりにもきれいだったので、つよしくんはしばらく、ぼうっと見とれてしまいました。
やがてつよしくんがその光から目を戻すと、どうでしょう。
隣にいたはずのおばあちゃんの姿が、いつの間にか見えなくなっているではありませんか。
つよしくんは怖くなって辺りを見回しました。けれど、おばあちゃんの姿は見当たりません。つよしくんを置いて先に行ってしまったのでしょうか。
「お・・・おばあちゃ~ん!」
つよしくんは慌てて先へ進みました。
こんな見知らぬ山道にたったひとりぽっちで取り残されたのでは、弱虫のつよしくんはたまったものではありません。それはそれは、一生懸命先へ進みました。
すると突然、脇にある草がガサガサッと音を立てて揺れました。
「ひっ・・・!」
つよしくんはびっくりして動けなくなってしまいました。
ガサガサッ、びよーん!
一匹のカエルが跳び出して来て、つよしくんのおでこにピタッと止まりました。
「う・・・うわあああ!!」
つよしくんは夢中でカエルを振り落とすと駆け出しました。
「うわああ!怖いよ、おばあちゃ~ん!うわあんうわあん・・・うわっ!」
あまりちゃんと前を見ていなかったので、つよしくんは大きな木にぶつかってしまいました。
「うっ、うっ・・・いてて。」
座り込んだつよしくんが目を開けると、目の前に大きな蜘蛛がぶら下がっていました。
「・・・わああああ!!!」
蜘蛛を見たつよしくんは恐怖でわけがわからなくなり、驚いた勢いでそのまま草むらへ突っ込んで転んでしまいました。
「うわぁっ!いててっ!うう・・・もういやだよ、帰りたいよ・・・おばあちゃあん!」
つよしくんは必死におばあちゃんの名前を呼びながら起き上りました。
ドボン!!
またまた前をちゃんと見ていなかったので、目の前に池があることに気がつかずに、つよしくんはそのまま池に落っこちてしまいました。
「うわっ!うわああ!助けて!溺れちゃうよ・・・!怖いよぉ!おばあちゃん!お母さぁん・・・お父さぁん!!」
バシャバシャ泳ぎながら必死に池から這い上がると、よろよろしながらも、つよしくんはまた、道の先を真っ直ぐ進みました。
「うっうっ・・・、僕、もうやだよう、帰りたいよう、おばあちゃん、どこ行っちゃったんだよう・・・。」
やがてつよしくんは、歩くのも疲れて立ち止まりました。
ふと目の前を見ると、道の向こうの方に、神様が祀られているお社が見えました。
つよしくんがとぼとぼそのお社の前まで行ってみると、突然、どこからか声がしました。
「お前の名を述べよ。」
「うわっ!だ、誰だ・・・!?」
声は再び繰り返します。
「お前の名を述べよ。」
おそるおそる、つよしくんは自分の名前を言いました。
「な、名前・・・?僕は・・・僕は、つよし。だけど、僕は弱虫だから・・・、こんな名前、僕の名前じゃないよ・・・。」
しゅん、として、つよしくんは言いました。
「それはどうかな。お前が本当に弱虫なら、たったひとりでここまで辿り着けなかったのではないか。」
「・・・えっ。」
「カエルが飛びついても、蜘蛛が目の前に現れても、池に落ちてしまっても、たったひとりで、ちゃんとここまで来れたではないか。」
「・・・たった、ひとりで・・・。」
「そうだ。お前は本当は弱虫ではない。くじけそうになったら今のことを思い出し、その名前に自信を持つのだ。」
「・・・自信・・・。」
「そうだ、お前は強い子、つよしだ。」
つよしくんは涙が乾いた顔を上げると、誇らしげに言いました。
「そうだ、たったひとりでも、怖くても、前に進むことができた・・・。僕は、僕は、
つよしだ!」
そのとたん、ざざーっと風が吹いて、木々がゆらゆら揺れました。
つよしくんは風の強さに目をつむりました。
「つよしや、つよしや。」
やがて自分を呼ぶ声に気がついて、つよしくんは目を開けました。
「つよしや、どうした。」
見ると、おばあちゃんがとなりにいます。
目の前には、さっき見たお社がありました。
「・・・あれ、おばあちゃん。」
「どうした、ぼーとしよって。ほら、お祈りがすんだから帰るよ。」
「う・・・うん。」
つよしくんはおばあちゃんの手を取り、来た道を戻り始めました。
すると、再びあの不思議な声が聞こえました。
「忘れるでないぞ、つよしよ。」
「あっ・・・。」
つよしくんは振り向き、立ち止まりました。
「・・・ありがとう、神様。」
おばあちゃんの田舎で体験した出来事がまやかしだったのか本当だったのか、つよしくんはわかりませんでしたが、ひとつだけ、本当に起こった出来事がありました。
ほら、今日も聞こえます。
友達と一緒に楽しそうに鬼ごっこをする、
元気なつよしくんの笑い声が。
おしまい
ぼくの名前